「アイス!」
廊下の向こうから走ってきたのは基地一番のやんちゃなアヴィエーターであるマーヴェリックのRIOだった。
「どうした、グース。・・・今日、アレは一緒じゃないのか?」
「アレって・・・なあ、マーヴを物扱いするなよな」
「別にそういうわけじゃない」
「なあ、頼みがあるんだ。ちょっと、こっちに来てくれよ。あんまり他人に聞かれたくない話だ」
そう言って、グースはアイスマンの腕を引き、物陰に身体を納めた。
「またやらかしたのか?だったら、今更隠れて話す必要も・・・」
「違うんだって。あのさ、俺の代わりにマーヴの部屋に行ってくれないか?本当なら俺が行ってやりたいっていうか、いつもは俺が行ってるんだけど、今日はキャロルと一緒にブラッドリーの誕生会の準備をしなくちゃいけなくて」
「それならマーヴェリックも一緒に準備をしたがるんじゃないか?」
「今日っていうか、しばらくマーヴは部屋を出せない」
「意味がわからん」
「行けばわかる、なあ、アイス。これはアイスにしか頼めないんだって。頼むから、黙ってこの鍵を持ってマーヴのところに行ってやってくれ」
「病気なのか?まさか、二日酔いとかじゃないだろうな」
「誓って違う。病気や二日酔いの方がよっぽど安心できる」
グースは本当に困った顔をして、アイスの青い瞳を覗き込んだ。こんな真剣な表情は珍しい。
「・・・わかった。貸せ、その鍵」
アイスマンは部屋の鍵をグースから受け取ると、それを手の中で軽く弄ぶ。
「俺、お前のこと、信頼しているから」
グースがアイスマンの肩を痛いくらいに掴んだ。そして、唇を噛みしめながら小さく溜息をついた。
「本当に・・・信じてるから。頼れるの、お前しかいないんだ、アイス。・・・じゃ、頼む」
グースは踵を返して来た廊下を戻り始めたが、時折振り返って、アイスに視線を送ってくる。本当に信頼されてるのか怪しい行動だ。アイスは手のひらの中の鍵を軽く見やると、訪れたことのあるマーヴェリックの部屋に行くべく歩き出した。
***
一応ノックをする。しかし、返事はない。その為の合鍵か、と納得する。病気でも二日酔いでもなければ何なんだ。
アイスは静かに部屋のドアを開けた。
「マーヴェリック・・・」
名前を呼び、姿を探そうとしたが、アイスはすぐに眉を顰めた。部屋中に充満する香り。香水でもぶちまけたかとお思うほどの濃密さ。
アイスマンは寝室であろう奥の部屋に足を進めた。ベッドに小さな山ができていて、微かに動いている。そして、この部屋に溢れている香りの発信源。
アイスマンは米神を指で揉み解しながら小さな溜息をついた。「そういうことか」と。アルファであるアイスマンが、抑制剤を服用していても、かなり体に来る濃密な香りだった。おそらく、オメガのヒート。アイスマンはベッドの端に座り、白い小さな山を軽く叩いた。
びくんっと小山が跳ねる。
「マーヴェリック、顔を出せ」
「・・・やだ」
小山の中から小さな声が聞こえた。確かに、こんな状態のオメガにやってやれることはない。ヒートの嵐が収まるのを待つか、それとも・・・。
アイスマンは白い毛布の端を掴むと、力任せに引っ張った。
「ひゃっ」
現れたのは横向きになって小さく蹲るマーヴェリックだった。
「返せってば!」
「意味ないだろう。隠れていたって、すごい香りだ。ああ、最初に言っておくが、グースに頼まれてここに来た。それとお前がオメガでも驚かない」
「・・・何で?」
「知ってたから」
「?」
マーヴェリックが潤んだ瞳を細める。意味が分からないらしい。
「初めて会ったときから、お前がオメガだって知ってた」
「っ・・・何で・・・?」
「俺はアルファだから。そういうことには鼻が利く。・・・マーヴェリック。ここまでヒートが酷いのは初めてか?」
「・・・たぶん。・・・わりと抑制剤が効くし、グースが身の回りの世話をしてくれて・・・」
「フォローもな」
「・・・・・・」
「飛べない時もあったんだろうが」
「・・・・・・」
無言は是だ。きっとヒートでマーヴェリックが跳べない時は、グースが適当な不始末をでっちあげて、相棒が飛ばなくてもいいようにしていたのだろう。
「起き上がれるか」
「・・・・・・」
普段とは違い、言葉が少ない。それでもマーヴェリックはゆっくりと起き上がった。
「抑制剤は飲んだんだろう?」
「ちゃんと飲んでる。でも、最近、効きが悪い」
「勝手に薬を増やすなよ。ちゃんと医者に言われたとおりに飲め。肝臓をやられるぞ」
「わかってる。・・・アイスは・・・平気なのか?ここにいて」
「グースに頼まれたからな」
「そうじゃなくて・・・」
マーヴェリックがそう問うのは、アイスマンがアルファだからだ。マーヴェリックも初めて会った時から、アイスマンがアルファであることは察知していた。一種の防衛本能。今までも、不埒なアルファが、マーヴェリックを慰み者にしようとしてきた。それをいつも助けてくれているのがグースだ。そのグースが今はいなくて、アイスマンがいる。
「グースは?」
「ブラッドリーの誕生会の準備。だからお前のことを頼まれた」
「そっか。そうだ・・・もうすぐだ。プレゼント、買わなくっちゃ」
「今は無理だけどな。・・・何か飲むか」
「水・・・それと、抑制剤」
「今日の分は飲んだんだろう」
「でも、効いてないし・・・」
「水だけだな。待ってろ」
アイスマンは綺麗に片付いているキッチンへ行くと、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。それを、持って寝室へ戻った。
マーヴェリックはベッドのヘッドボードに凭れ掛かって、うつろな瞳をしていた。両手で体をさすっている。いつものようなキラキラとした笑みはない。
「番は・・・いないのか?」
そう訊いてから愚問だったことに気付く。番がいたら、ヒートでこんなにも苦しむことはない。しかし、マーヴェリックは気にした風でもなく、アイスマンからペットボトルを受け取った。が、それは叶わなかった。手に力が入らないのか、取り落とした。蓋が開いていなかったことが幸いだった。
「ごめん」
アイスマンは答えることなく、シーツに落ちたペットボトルを拾い上げ、蓋を開けると、その飲み口をマーヴェリックの唇に当てた。
「自分で・・・」
飲める、と言おうとしたが、グッとペットボトルを押し当てられて言葉が続かなかった。マーヴェリックがアイスマンを見ると、ゆっくりとペットボトルが傾けられた。冷たい水が口腔を潤し、喉を流れていく。それで自分が、酷く乾いていたことに気づいた。体の中を蠢く、嫌な感覚に気を取られていたからだ。半分ほどの水を飲んで、マーヴェリックは再びアイスマンを見た。もう充分、という意味を込めて。喋ることができないから。それをアイスマンは察知してくれたらしい。ペットボトルをマーヴェリックの唇から離し、蓋を閉めてベッドサイドのテーブルに置いた。
「それで?」
「?・・・な、何?」
「それで、俺はグースの代わりに何をしたらいいんだ?」
アイスマンにとっては尤もな質問だった。自分がこの部屋に来た意味を問うている。
「何って・・・別に・・・」
「グースは?グースはいつもどんな風に、ヒート中のお前の面倒を?」
「・・・部屋の掃除とか?・・・ご飯を作ってくれたりとか?・・・まあ、あんまり食べられないんだけど・・・」
「どっちも俺の苦手分野だ」
「うん。だと思う。・・・だから・・・帰っていいよ、アイス。喉が渇いていたことを思い出させてくれてありがとう。ああ、鍵は掛けなくてもいいから。どっかそこら辺に置いといてくれれば・・・」
「馬鹿か、お前は。そんな危険な真似できるか」
アイスマンは眉を顰めて、若干、声を荒げた。どこまで無防備なんだ、この僚機は。あまりにも危機感が薄い。しかし、目の前の飛行機馬鹿は、本当に意味がわからない・・・というように首を傾げている。
「あのな。お前の匂い、相当だぞ。下手すれば、部屋の前を通っただけでも分かる。それがアルファだったらどうする?目の前に御馳走が寝てるようなもんだろうが。しかも、お前は、ピート”マーヴェリック”ミッチェルだぞ?」
ヒートでなくとも、オメガでなくとも、自分の僚機に好きあらば近寄ろうとする不埒な輩は大勢いる。今無事なのはRIOのグースと、僚機の自分が様々な馬鹿野郎どもを人知れず排除してきたからだ。きっと、ヒートの時にグースが傍にいるのも、マーヴェリックが放つ甘い香りに吸い寄せられる不埒な馬鹿から、相棒を守るためなのだろう。
「俺は掃除も料理もできないが、お前を危険から守ることはできる」
「・・・んー・・・」
「何だ、その不満そうな態度は」
「何だか、自分が情けないから。自分で自分を守れないなんて、軍人じゃない」
「別に軍はお前にそういうのを求めてはいないと思うぞ。そういうのはネイビーに任せておけ」
「意味が分からない」
「分からなければ、それでもいい。それよりも、どうしたら、少しでも気が紛れる?」
「・・・抑制剤」
「駄目だ。健康診断で引っ掛かれば、飛行機に乗れなくなるぞ」
「やだ」
「じゃあ、我慢だ」
「んー・・・」
マーヴェリックは、寄り掛かった姿勢から、ポテンっとベッドに身体を落とした。丸めた姿勢でシーツを手繰り寄せる。巣作りのように。
「何で・・・何で、オメガに生まれちゃったんだろう」
「その代わり、優秀なアヴィエイターになれただろう」
「二番目だけどな。一番はアイスだし。アイスはアルファだし。・・・いいな、アイスは。何でも持ってる」
「何を言ってるんだか」
アイスは呆れたように言った。自分が一番なのは、上官を怒らせないからだ。上官が望むように飛ぶからだ。それだけの技術があるからだ。自分には、マーヴェリックのような天性のセンスはない。神はそれを自分には与えてくれなかった。
「・・・アイス・・・悪いけど、向こうの部屋に行っててくれないか?」
「?」
「・・・アイスの匂い、結構、キツい」
「・・・分かるのか?」
「ん・・・悪い意味じゃない。すごく、いい匂いがする。だから、あっち行って」
「ふうん。それは悪くないな。お前もいい匂いがする」
「・・・何・・・それ・・・」
アイスマンは確信をもって、体重はかけずに、マーヴェリックに覆い被さった。
「俺たちは身体も僚機だってことだ」
アイスマンはニヤリと笑って、その黒髪を撫でた。
「え・・・ちょっと・・・アイス・・・何、その言い方っ」
「ああ、悪い。心も身体もだ。初めて会った時から気になっていた」
マーヴェリックは思い出す。自分の斜め後ろに座っていたアイスマン。カレッジ・リングを嵌めた指で、器用にペンを回していた。随分を自分を見てくるな・・・と思いながら、彼がアルファであることに本能的に気づいた。だから、自分も挑戦的な視線を送った記憶がある。向こうも自分がオメガであることを見破っていた、ということだ。
「嫌か?」
「嫌な匂いじゃない・・・」
「俺も、好きな匂いだ」
アイスマンがマーヴェリックの首筋に顔を埋めた。そして、その香りを吸い込む。頭がクラクラするような・・・。マーヴェリックも彼の好きなようにさせて、その身体を突っぱねることはしなかった。思考の隅っこで、「ここで頸を噛んでもらえたら、一生、楽になるな」と思った。言葉にはしなかったけれども。ただ・・・。
「なあ、アイス」
「どうした?」
「身体が辛いから、楽になりたい・・・」
アイスマンはそれが何を意味するか、すぐに悟る。
「いいのか?」
「いい。アイスなら・・・いい・・・?」
「そうか」
アイスマンは一度、マーヴェリックから身体を離し、着ていたシャツを脱いだ。そして、マーヴェリックのTシャツにも手を掛ける。
「自分で脱げる」
「いいから、やらせろ」
Tシャツの中に手のひらを潜り込ませ、その鍛えられた筋肉の感触を楽しむ。柔じゃないところがいい。
「ん・・・」
ヒートのせいで、だいぶ感じやすくなっている身体は、少しの刺激にも確実に応えた。Tシャツを脱がせ、下着にも手を掛けると、マーヴェリックの脚がアイスマンを撫でるように絡みついてくる。その太腿の内側に吸い付いてやると、「んんっ」とマーヴェリックは声を上げた。
「あ・・・アイス・・・そういうの・・・いいから・・・」
「悪いが、そんなに即物的な人間じゃないんでな」
「ん・・・」
それでも、マーヴェリックが辛そうにしている顔を見るのも可哀想で、アイスマンはその整った尻に手を這わせた。割れ目を撫でると、すでに濡れている。オメガ特有の現象。指を差し込むと、そこはすぐに飲み込んでくる。グジュリ・・・という淫猥な音。アイスマンの指に絡み付く粘膜。アイスマンはマーヴェリックの表情を確かめながら、指を動かし、増やしていく。僚機の表情が次第に緩んでくるのを見て、その耳元に唇を近づける。
「スキンは?」
「・・・ない・・・」
「それは困ったな。こんな状態のお前を置いて買いに行くのも興醒めだしな」
下半身の感覚を追うことに専念していたマーヴェリックが、腕を動かしてアイスマンの首に回す。
「いい・・・挿れて・・・して・・・無理・・・我慢できない・・・」
「・・・孕んだら、しばらく飛べなくなるぞ?」
ぴくんっとマーヴェリックの身体が震える。ゆっくりと睫毛が動き、緑色の瞳が覗く。
「・・・アイスは、そういうことにならないようにしてくれる」
「・・・冗談だろう?まったく。・・・わかった。体外に出す。しかし、避妊率は100%じゃないからな」
半分呆れながらも、我儘な姫君の言うことを聞くのも悪くはない。アイスマンは体勢を整えると、すっかり濡れて緩んだ後孔に自分の楔を打ち込んだ。
「はっ・・・あ・・・ああ・・・ああっ」
本当なら最奥まで責めてやりたいところだが、今日のところは我慢する。そう、今日のところは。マーヴェリックの身体を揺らしながら、勃ち上がった屹立も手で慰めてやる。
「やっ・・・あっ・・・ああんっ・・・」
喉を仰け反らせてマーヴェリックが達するのと同時に、アイスマンは自身をその身体から引き抜いた。そして、マーヴェリックに腹に白濁を撒き散らす。と、同時に、僚機を抱きすくめると、その頸に犬歯を立てたのだった。
***
「深い!!!!」
「悪かった」
「痛い!!!!」
「悪かった」
「めっちゃ傷になってる!!!!」
「悪かった」
「何で噛むんだよ!!!」
「番だから」
「へ?」
「何だ、その反応は。どう考えたって、俺たちは番だろう」
「いや、僚機」
「いや、番」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
話が噛み合わず、見つめ合うアイスマンとマーヴェリック。
「えっと・・・」
「身体は楽になっただろう?」
「うん、すごく・・・ってそうじゃなくて!!!!何で俺とアイスが番になるんだ?」
「お前、マジでそれを言ってるのか?」
「俺はいつだって真面目だぞ」
「真面目な奴は戦闘機を壊さない」
「話をすり替えるな!」
「お前、オメガだよな?」
「そうだよ」
「オメガの特性は?」
「・・・・・・」
「お前、オメガ教育を受けてないのか?」
「・・・つまんないから寝てた」
「リーフレットとかあっただろう?」
「F14のマニュアルなら読む」
「マーヴェリック、お前は本当にオメガとしての危機感がなさすぎる。これじゃあ、グースも苦労するよな。っていうか、お前、今まで本当によく無事でいたな」
アイスマンは呆れて天井を仰いだ。それでもすぐにベッドに座るマーヴェリックを抱き締めた。そして深い傷になってしまった噛み跡を舐める。
「初めて見た時から、お前は俺の番だと思っていた。それが僚機になって本当に嬉しかった。今は、それと同じくらいに嬉しい」
「アイス?」
腕の中でマーヴェリックが身じろいだ。嫌なわけではなく、居心地の良いところを探して、だ。相変わらず、いい匂いがして、それもまた落ち着く。多少なりとも精を注いでもらって、頸を噛まれて、身体を駆け巡る嫌な熱も引いた。
「・・・なあ、アイス。番って何?」
「・・・あー・・・それは、明日から俺がみっちりと教えてやる。ただ・・・身体は今、楽だろう?」
「うん」
「セックスしたことと、俺に頸を噛まれたからだ」
「・・・じゃあ、もうヒートは来ない?」
「それは、来る」
「何だ・・・また辛くなるんだ」
「そうしたら、また抱いてやる。ただし、他の男には抱かれるなよ」
「殴るから。今までもそうしてきたし」
どうやらアイスマンとグースの知らないところでも、危ないことはあったらしい。本当に、無自覚なオメガは厄介だ。けれども、その厄介さも愛おしいと思うアイスマンだった。
「明日・・・飛べるかなぁ・・・」
「明後日だな。我慢しろ。お前がマーヴェリックである限り、空は逃げない」
「んー」
「マーヴェリック。背中、いいか?」
「ん?」
アイスマンはマーヴェリックの背後に回り、右の肩甲骨に唇を当てる。そして、強く吸い上げた。
「うあっ・・・ん・・・」
やや暫くしてから離れると、肩甲骨の朱痕が残る。それをアイスマンは満足気に眺めた。
「な、何?」
「子羊が群れから逸れないように、な。印だ」
きっと。
マーヴェリックを抱く度に、同じように痕を残す。自分の所有の印を。
END