その日、マイクは娼館のマダムに呼ばれた。館の中でも一際豪華な造りの部屋で、細かな装飾の施された机を挟んで、マイクはマダムの前に立った。
「マイク。あんたの部屋をそろそろ、若い子に譲りたいんだよ。いくら、Mr.スペクターにい含められているとはいえね、こちとら商売だ。若い男を抱きたいと言ってくる客はいるってことは・・・悪よねぇ、マイク」
おそらく、ハーヴィーのことを心の何処かで気にはしているのだろう。マダムは少々上目遣いにマイクを見た。自分の一存で、あの部屋からマイクを追い出すという体裁にはしたくないのだ。マイクの意志で、あの部屋を出て、そして5階に行く。そうしたいのだろう。
マイクは頷いた。荷物は無いに等しいので、部屋はすぐに出られます。そう・・・今すぐにでも」
「いやいや、そんな急ぐことはないさね。そう・・・まあ・・・2、3日ぐらいであの部屋を開けわしてもらえれば・・・ね」
「・・・わかりました」
「5階にあんたの部屋は用意しておくから」
「ありがとうございます、マダム」
マイクは精一杯の笑顔をつくり、そして部屋を出たのだった。
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本当にマイクの荷物は無いに等しい。服は、クローゼットの中にある、一番シンプルなシャツとズボンでいい。私物は青いショールだけだ。他に持って生きたいものといえば・・・。
マイクは、ベッドの下から箱を引っ張り出した。そして蓋を開ける。そこに入っているのは、美しいチョコレートの箱だけだった。マイクは、その箱を畳んだショールの間に挟んだ。そして・・・指先で、右の耳朶に触れる。アクアまりんのピアス。それを外すかどうか、考える。どう考えても、5階で暮らす人間の装いにはふさわしくない。しかし、マイクは、今、それを外すことはせず、5階に行く日に外し、チョコレートの箱に入れることにした。
荷物は・・・それだけだ。本当に今すぐにでも、この部屋を出ることができる。マイクはテーブルの上にショールを置くと、小さな机に向かった。ハーヴィーに手紙を書こうと思ったのだ。
ハーヴィーと出会えたこと。二人での語り合いがとても楽しかったこと。書きたいことはたくさんあったが、未練がましくなるようで、マイクは感情を抑えながら、短い手紙を書いた。最後は、「さようなら」の言葉で締めくくった。・・・じわりと、涙がこみ上げてきた。けれども、それを指先で拭って、手紙を5階で働く人間に託した。
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「マイク、5階に行っちゃうのね」
マイクと仲の良い娼婦が、昼に近い食堂でマイクの隣に座った。
「うん。今日、今の部屋を出て、5階に行く」
「・・・Mr.スペクターがいるんだもの。マイクは、ずっとあの部屋にいたっていいと思うのに」
「そういうわけにもいかないよ。だいたい、ハーヴィーはお客とはちょっと違うから」
「でも、マダムの懐には、きちんとお金が入るのよ?マイクがミスターと寝ても寝なくても」
「そうかもしれないけど・・・でも、客商売なんだから、いつまでも、僕があの部屋を占領するわけにはいかないよ。・・・それより、君とこうやって食事をするのもこれで最後だね」
「・・・寂しくなるわ、マイク」
「まあ、同じ娼館の5階にいるんだから、何か用事があったら言いつけてよ。何でもするよ」
「ありがと。・・・でも・・・マイク、5階での生活はきっと大変よ?」
「うん。覚悟はしてる。でも、仕方のないことだから。心配してくれてありがとう」
マイクはスープの皿を空にすると、ゆっくりと立ち上がった。
「さよならは、言わないよ。また、会えるから」
「そうね。何かあったら、マイクを頼るわ」
「そうして。じゃ・・・」
マイクは食器を片付けて食堂を出ると、今日は最後になる自室へと向かった。朝、ベッドの上に置いたショールを持って5階に行く。ただ、それだけだ。
「あれ?」
マイクは自室のドアが少し開いていることに気づいた。きちんと閉めたはずなのに。もしかしすると、5階の誰かが迎えにきたのだろうか。
マイクはそっと扉を開けた。そして、息を呑んだ。
ハーヴィー・スペクターが長い足を組み、カウチに座っていたからだ。それも、ものすごく不機嫌な表情で。
「ハ・・・ハーヴィー・・・?」
ハーヴィーは立ち上がった。
「行くぞ。荷物があるなら、持て」
「え?ちょっと・・・その、僕、これから5階に・・・」
「うるさい。君は俺と一緒にくるんだ。早く、荷物を持て」
有無を言わせない、厳しく、強い口調だった。
「言うことを聞かないのなら、引きずるぞ」
「それは・・・でも・・・その・・・」
痺れを切らしたハーヴィーがマイクの腕を掴んだ。
「君に選択肢はない。俺と一緒にこの部屋を・・・いや、この娼館を出るんだ」
マイクは、その力強さに逆らうことができなかった。
********************
ハーヴィーが娼館の重たい扉を押し開いた。その後について、マイクはゆっくりと娼館を出た。少し、歩いたところで、ハーヴィー立ち止まり、マイクを見た。
「・・・本当に、君には、それしか荷物がないんだな」
マイクは鞄ひとつ持たず、ただ、古ぼけたショールを手にしていただけだった。自分の持ち物はこれだけだったからだ。
ハーヴィーは、油脂に包んだ物をマイクに渡した。
「・・・これは?」
「金だ。君は借金のかたに、あの娼館に売られたわけではない。君自身に借金はない。君が客をとって稼いだ金は、衣食住に使ったであろう分を除けば、全て君の物だ。それを女将に清算させた。だから・・・その金は、純粋に、君のものだ」
「僕は・・・貴方に買われたわけじゃ・・・ないってこと?」
「そういうことだ。君は自由だ。何処へでも行ける。右でも左でもいい。東西南北、何処へでも行ける。そして、何でもできる。・・・元来、頭のいい君だ。・・・己の才覚で、生きろ」
「・・・何でも・・・できる?」
「ああ。何でも」
「僕は・・・自由?」
「ああ」
「何を・・・望んでも・・・いいの?」
「もちろんだ」
ハーヴィーは笑って、頷いた。
「僕は・・・」
マイクの言葉の続きを待つ。
「僕は・・・」
マイクは、スッとハーヴィーの顔を見つめた。
「僕は・・・貴方と一緒にいたい。・・・貴方の傍にいたい。・・・それは、望んでも、いいこと?」
真摯な質問に、ハーヴィーはそっとマイクに近づいた。
「そういう生き方もある。・・・ただし、俺は役にたつ人間が欲しい。ただの愛人はいらない」
「・・・わかってる。貴方のために、自分の能力を使いたい」
「いい心がけだ。・・・ただ・・・愛人はいらないが、恋人は欲しいと思う」
そう言って、ハーヴィーはマイクの顎に指をかけた。
「娼館を出たから、言おう。マイク、君を愛している」
「・・・僕は汚れていて・・・愛される資格はないよ?」
「その汚れは、俺が洗い落としてやろう」
ハーヴィーは、マイクに口付けた。今まで何度も娼館であっていたにもかかわらず、ハーヴィーがこうしてマイクに触れ、キスをしたのは初めてだった。
それが、ハーヴィーのマイクに対する、矜持だったからだ。
離れた唇の隙間からマイクが言う。
「僕も・・・愛してる。たぶん・・・初めて会った時から・・・好きになってた・・・」
無垢な笑顔を見せる。それはハーヴィーが初めてみる表情だった。
「・・・さて、俺の屋敷に帰るとするか。今日から、君の家になる」
「・・・いいの?」
「一緒にいたいんだろう?」
「・・・時々、会えたら・・・それでいいって・・・思っただけで・・・」
「そう言うな。実は、君の部屋も用意してあるんだ」
マイクは驚いて、目を見開いた。
「君が言い出さなければ、拉致するところだった。そうせずにすんで良かった。さあ、来い」
ハーヴィーが’馬車に促す。
マイクは、古ぼけたショールを握りしめ、その後に続いたのだった。
********************
「うわ・・・あ・・・」
馬車から降りたマイクは、口をポカンと開けて、それしか声が出なかった。上流階級の人だから、相当な屋敷に住んでいるであろうことは想像していたが、まさか、これほど大きな屋敷とは思わなかった。ただし、娼館しか知らない、世間の狭いマイクのことなので、スペクター邸に限らず、きっと驚いたに違いない。
「ほら」
ハーヴィーが促すが、マイクはなかなか1歩が踏み出せなかった。
ハーヴィーと一緒に行きたい・・・とは言ったものの、実はそれは非常に身の程知らずな言動だったのではないか、と今更ながらに思った。そんなマイクの腕をハーヴィーが掴んだ。
「臆するな。使用人は皆、君が来ることを知っている」
「え?・・・で、でもっ・・・」
マイクがハーヴィーに一緒に行きたいと言ったのは、ついさっき、娼館を出たときだ。それなのに。
「言っただろう。君が言い出さなければ、拉致するところだったと。俺は随分と前からこの屋敷に君を連れて来るつもりで、その準備を進めていた。決行を決めたのは・・・君から手紙を受け取ったからだ。・・・何が、『さようなら』だ。悪いが、俺には君と会えない生活など考えられないからな。それはこれから嫌というほど、教えてやる」
そう言いながら、ハーヴィーはマイクを半ば引きずるようにして屋敷の玄関へと引っ張って行ったのだった。
「おい、帰ったぞ」
「おかえりなさいませ。ご主人様。ああ、よかった。マイク様もご一緒ですね」
出迎えた壮年の執事が笑顔で言った。
「お申し付け通り、ご主人様の部屋に、簡単な食事とお茶を用意しています。どうぞ、ごゆるりとお休みください、マイク様」
「え・・・あ・・・その・・・えっと・・・」
「敬語で呼ばれたことのないマイクは正直戸惑った。けれども、執事を笑顔を見ると、自分は歓迎されていないわけではなないことは理解できた。
「あの・・・お世話になります・・・」
マイクはペコリと頭を下げた。
「ご主人様の指示で色々と準備をさせていただきましたが、もし、足りないこと、足りないものがございましたら、遠慮なく、申し付けてください」
「え・・・そんな・・・・こんな風に押しかけてきたのに・・・こっちが迷惑をかけてるんじゃないないかと・・・」
「いえいえ。マイク様はご主人様が非常に大切にしているからですから。ですから、私はマイク様の使用人でもありますから、遠慮なく、何なりと」
「・・・そ・・・そんな・・・」
マイクは困ってしまった。ちらりとハーヴィーの顔を窺い見る。
「マイク。執事は嘘は言わない。嫌味も言わない。彼の言葉は心からのものだ。遠慮するな。それよりも、2階の部屋に行くぞ」
「ごゆっくりとお休みくださいませ」
執事は一礼し、ハーヴィーとマイクを見送ったのだった。
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「荷物・・・そのショールはそこのテーブルにでも置いておくといい。いや、俺が置こう」
ハーヴィーが手を出し、マイクが持っている青いショールを受け取ろうとした。が、マイクは後退りをした。反射的に。
「どうした?」
「あ・・・大丈夫・・・自分で置けるから・・・」
その、少々挙動不審な態度に、ハーヴィーが眉を潜めた。そして、一瞬の隙を狙って、マイクの手からショールを奪い取った。
「あっ・・・!」
マイクが慌てて手を伸ばすが、さっさとハーヴィーがマイクから離れた。そして、ショールの手触りに違和感を覚える。何かが、間に挟まっている。ハーヴィーは綺麗に畳まれた青いショールを開いた。そして、おやっと、目を開く。そこには、ハーヴィーが初めてマイクに与えた、チョコレートの箱があった。
「これは・・・」
「あの・・・本当は・・・ショールだけって思ったんだけど・・・その箱綺麗で・・・それに貴方との思い出だから・・・その箱を見たら・・・5階に行っても頑張れるかなって・・・それに、ピアスを入れるものが、他にはなくて・・・」
「ピアス?」
ハーヴィーは改めてマイクの耳を見た。今更だが、自分が与えたアクアマリンのピアスは見当たらなかった。ハーヴィーはチョコレートの箱を持ち上げ、それを振った。すると、カラカラと音がする。テーブルの上に置き、蓋を開けると、そこにはアクアマリンのピアスが入っていた。
「・・・ごめんなさい。外さないようにって言われてたけど・・・5階では・・・不具合で。でも・・・あの部屋に残して来るのも嫌で」
「いや。謝ることはない。このチョコレートの箱にしても、ピアスにしても、俺からの贈り物を大切にしてくれている気持ちは伝わる」
ハーヴィーは箱の中からピアスを取り出すと、マイクに近づき、その右耳にピアスをつけてやった。
「もう、外すなよ」
「・・・うん」
ハーヴィーはマイクの蜂蜜色の髪を梳き、撫でると、上を向かせてキスをした。娼館の前ではできなかった分、じっくりと。何度か角度を変えながら、唇を喰んだ理、舌を絡め吸ったりする。
「んっ・・・んくっ・・・」
飲み込みきれなかった唾液が、マイクの口の端を伝った。
「あっ・・・ふっ・・・」
わずかに離れた隙間から、必死に呼吸をする。幸福感と息苦しさが綯い交ぜになって、マイクはハーヴィーのフロックコートの襟を指先で掴んだ。
ようやく、ハーヴィーのキスから解放されたときには、もう、マイクの膝はガクガクだった。娼館の客に、こんなキスをされたことは。否、娼館ではキスすらされたことがない。
「こんなところで、がっつくこともないな。時間はたっぷりあるし、柔らかなベッドもある」
「え・・・」
流石のマイクも、そのセリフから、ハーヴィーが意図することはわかった。マイクは一度唇を引き結ぶと、意を決したように言った。
「あの・・・お風呂・・・入らせてもらっても・・・いい?僕・・・あの娼館を出たままだから・・・その・・・なんていうか・・・汚い。・・・もちろん、お風呂に入ったからって・・・綺麗な体になるわけじゃないけど・・・」
「気持ちの問題・・・ということか?」
「う・・・ん・・・」
「いいだろう。バスルームはこっちだ。下着とガウンは用意しておこう」
「・・・ありがと・・・ハーヴィー・・・」
ハーヴィーにバスルームに連れて行ってもらう。パタンっとドアを閉めると、マイクはようやく、大きな溜息をついた。
ものすごく、急展開だった。
あの部屋を出て5階に行こうとしたら、ハーヴィーがいた。そして自分を娼館から連れ出してくれた。それどころか、自分を屋敷にまで連れてきてくれた。切羽詰まった、自分の思いを、後先考えずにぶつけただけなのに、ハーヴィーは受け入れてくれた。しかも、ずっと以前から考えていたという。
あの人には、敵わない。心底、そう思った。そんな彼に、自分が今できることを考える。
考えながら、マイクはバスタブに湯を張り始めた。
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泡だてた湯船の中で、マイクは丁寧に体を洗った。洗ったところで、これまでのマイクの生活は消えるわけではなかったが、それでも、マイクは時間をかけて体を洗った。そして、海綿を湯船の中にするりと落とすと、そろそろを指を体の後ろに回した。
さっきのキスで、ハーヴィーが望んでいることは十分すぎるほどにわかっていたし、自分もそれに応えたいと思った。ここが娼館であったなら、いつも準備している香油を使うのだが、さすがにそんなものは持ってきていない。マイクは左手でバスタブの縁に掴まりながら、右手を自分の体の中へと侵入させていった。そこを清めることと、解すことと。その2つが目的だった。準備で快感を得ることはない。ただ、ハーヴィーに汚らしいと思われたくなかった。しばらくしてから、ようやく指を抜くと、マイクは立ち上がって、全身の泡を洗い流した。大きめのタオルで体の水分を拭う。ハーヴィーの部屋とバスルームの間の小部屋に行くと、ラタン製のチェストの上にガウンが置いてあった。さっきハーヴィーが言っていた着替えだろう。マイクが触り心地の良いガウンを手にすると、その下に下着が置いてあった。が、それを見てマイクは思わず、あんぐりと口を開けてしまった。
「・・・な・・・何を考えてるの・・・ハーヴィー・・・」
マイクはその白い下着を見ると、頭を抱えた。幾ら何でも・・・と思う。けれども、それがハーヴィーの所望なら、仕方がない。逡巡の後、マイクはその白い下着を手に取った。
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「マイク、腹は減ってないか?」
バスルームから姿を現した、ガウン姿のマイクにハーヴィーが声をかけた。すでにハーヴィーも、ネクタイを外し、くつろいだ服装になっている。
「え・・・あ・・・うん。大丈夫。・・・えっと・・・その・・・僕、先にベッドに入っていた方が・・・いい?」
喉奥から絞り出すような掠れた声で、マイクが尋ねる。その質問にハーヴィーは片眉を上げた。その仕草に、マイクは「しまった」と思う。どうやら自分はしくじったのかもしれない。ただ、どんなしくじりかは自分でもわからなかった。どうしていいかわからず、目を泳がせる。そんなマイクの蜂蜜色の髪を撫でながら、ハーヴィーは言った。
「君を抱きたくない・・・と言ったら嘘になるが、急ごうとは思ってない」
「え・・・でも・・・えっと・・・・あの・・・」
「どうした?マイク」
「だって・・・その・・・用意してあった・・・その・・・下着が・・・なんていうか・・・」
「ああ」
悪戯っ子のように、ハーヴィーが笑った。
「あのパーティーでの黒いランジェリーも良かったが、君には白の方が似合うと思った。タナーの馴染みの娘が、あれを用意したんだろう?それで、買った店を聞いて、色違いを用意した」
「えっ・・・貴方が・・・買いに行った・・・の?」
「そうだが?」
へらっとハーヴィーは言った。マイクの方が顔を赤らめる。自分で見るのも恥かしいのに、それを買いに行ったとは。マイクは思わず、ガウンの胸元をキュッと合わせ直してしまった。
「・・・見せてくれるか?マイク」
「・・・・・・ここは・・・ちょっと。・・・ベッドの方が・・・まだ恥ずかしくない」
「わかった。先に入ってろ」
「・・・ん」
マイクはハーヴィーから離れると、天蓋付きのベッドに近づき、そのさらりとしたリネンの中に潜り込んだ。ガウンをどうしようかと思ったが、少し考えて、リネンの中でガウンを脱ぐと、ふわっと床に落とした。けれども、体はしっかりとリネンで隠す。そこへ、ハーヴィーが近づいてきた。
「君をこの屋敷に連れてこようと決めてから、すぐにベッドを買い替えた。君には、天蓋付きのベッドが似合うと思った。それに・・・使用人が入ってきても、寝乱れた君の姿を見せなくて済む」
「う・・・」
その言葉に、マイクはますますリネンを引き上げる。そこへハーヴィーがベッドに乗り上げてきた。
「隠すことはない。見せてくれるんだろう?」
「・・・み・・・見るだけ・・・だよね?」
「ああ・・・まずは、見るだけ」
マイクは、ゆっくりとハーヴィーに背を向けた。あの娼館のパーティーで見せたのと同じランジェリーだ。ただ、色が違うだけ。だったら、後ろを見せた方がいいと思った。マイクも、恥ずかしさが薄れる。
するっとリネンから、背中をから腰を見せる。折り畳んだ足も。
レースの多い、ハイウエストのランジェリー。腰の辺りを彩る白いリボンが、ともすれば、コルセットのようにも見える。セクシーであるが、白いので可愛らしくもある。
ハーヴィーは指先で、マイクの背中を上から下へと、掠めるようになぞった。
「ひゃっ・・・あ・・・ハ・・・ヴィー・・・見るだけって・・・言った・・・」
「・・・それは・・・無理な話だな」
言いながら、唇を寄せて、今度は背中に口付ける。
「本当は・・・あのパーティーの夜に君を抱きたいと思った。しかし、客として、あの場所で、君とセックスはしたくなかった。実に俺は理性的だと、自分を褒めてやりたい」
そんなハーヴィーの告白に、マイクの胸がとくんっと鳴る。
話しながらもハーヴィーの唇は下へとゆっくり降りていった。レースとリボンで彩られた肌の隙間を舌先で突く。
「ふっ・・・んっ・・・」
擽ったさなのか、それとも気持ちの良さなのか、マイクは小さく鼻を鳴らした。ただ、嫌悪感はなかった。ハーヴィーに触れられることが、恥ずかしくもあったが、嬉しかった。
指先でキュッとリネンを握りしめながら、マイクは体を捩った。
ハーヴィーは歯でリボンを端を噛むと、すうっと結び目を解いた。そして、リボンに指を絡め、ゆっくりと引き抜き始めた。
「ふあっ・・・あ・・・」
リボンがマイクの素肌に擦れる。それが絶妙な刺激になる。空いているハーヴィの手が、リネンの中に潜り込み、マイクの平らな胸を撫でた。そんなところ、娼館では触られたこともない。
「あ・・・の・・・ハ・・・ヴィー・・・」
「ん?なんだ?」
「・・・えっと・・・その・・・セックスするなら・・・あの・・・別に・・・僕・・・」
言いながら、マイクがランジェリーのウエスト部分に指をかけようとした。が、その手はすぐに外された。
「俺の楽しみを奪うな。ああ・・・できることなら、ただ・・・感じてろ」
「・・・か・・・感じるって・・・その・・・」
マイクは「感じる」ことがわからない。娼館で春を鬻いてはいたが、それは客の欲望を満たすためであって、自分の快楽を求めるわけではなかった。マイクにとって、セックスとはそういう行為だ。だから、ハーヴィーが挿入しやすいように、ランジェリーを脱ごうと思ったのだ。それを遮られた。
いつの間にか、マイクは胸と下腹部を、ハーヴィーの手で柔らかく揉むように触られていた。
「あ・・・」
血液が、体の中心に集まってくるような感覚がある。ランジェリー越しに、確実にハーヴィーの指先がマイクを高めてくる。それに、どう反応していいかわからない。もちろん、体は正直だ。次第にランジェリーの中で自分が主張してくるのはわかる。けれども、自分は一体どうしたら良いのかがわからない。マイクはリネンの端っこを噛みながら、ぎゅっと目を瞑った。そんなマイクの頰を、ハーヴィーが背後から片手で挟むように掴んだ。自然とマイクの口が開き、口からリネンが落ちた。
「はぐぅ・・・」
マイクが小さなうめき声を漏らした。その開かれた口に、ハーヴィーが指を差し込む。もちろん、もう片方の手は、マイクを弄り続けている。マイクはハーヴィーの指を噛まないように口を半開きにした。そうすると、下腹部への快感が声となって漏れる。
「は・・・あ・・・ああ・・・あ・・・」
小さな声ではあったが、ハーヴィーはニヤリと笑った。可愛らしい、いい声だと思う。もっと啼かせてみたいと思う。・・だから、マイクの下半身を揉み込む手に力を込めた。
「ひゃっ・・・はっ・・・あっ・・・あっ・・・あ・・・あ・・・め・・・・あ・・・ゔぃ・・・」
首の後ろをキツく吸い上げる。所有痕を残すように。
「ひっ・・・いっ・・・いいっ・・・」
ハーヴィーの指が口の中に入ったまま、それを噛まないように啼きながら、マイク背中を仰け反らせた。客も触らない、自分でも触らない、そこを執拗に刺激されて、マイクはランジェリーの中に精を解き放った。薄い生地があっという間に濡れてしまったのが分かる。そこでハーヴィーが、ようやくマイクの口から指を抜いた。
「あ・・・はぁ・・・あ・・・ごっ・・・ごめんなさいっ・・・」
「ん?どうして謝る?」
ハーヴィーがマイクの耳に息を吹きかけるようにして言いながら、アクアマリンのピアスごと、マイクの耳朶を舐った。
「あのっ・・・その・・・は・・・離して・・・ハーヴィーの手・・・汚れちゃうから・・・」
ランジェリーの薄い生地越しに、マイクの精液はハーヴィーの手を濡らしてしまっているはずだ。
「気にすることはない。・・・君は、こうしてイッたことはないのか?」
「・・・・・・」
無言のマイクに、ハーヴィーはこういう経験がないことを悟った。娼館でマイクがどんなセックスを強いられてきたのか。それが垣間見えたような気がした。
ハーヴィーは上手くマイクの体に手をかけ、リネンの上に仰向けに横たわらせた。けれどもマイクは起き上がって、ハーヴィーの手を確かめ、リネンで拭おうとする。しかし、ハーヴィーはそれをスイッと避けると、わざとマイクに見せつけるように、自分の指先を舐めた。
「やっ!嘘っ!だめっ!汚いってば!」
マイクは慌ててハーヴィーの手首を掴んだ。
「何だ、この程度のことで。これからもっとすごいことをするのに」
ハーヴィーはトンっとマイクの体をベッドにし戻した。そして、ランジェリーのウエストに手をかける。
「じっ・・自分で脱ぐし!・・・それに、自分で拭くから!」
「ああ・・・煩いなぁ・・・」
ハーヴィーは嫌な顔はせず、ただそう言うと、すぐにいいことを思いついたような表情をした。天蓋のレースをマイクの手首に巻き付け、縛ってしまう。両方の手を別々に。マイクはベッドの上で両腕を上げるような格好になった。
「暴れてベッドを壊すなよ?落ちてきたら怪我をするからな」
そして、先ほどの続きを始めたのだった。ゆっくりと、ランジェリーを下ろしていく。精液で濡れてしまったランジェリーを取り払われるのはいいのだが、如何せん、この格好が恥ずかしい。マイクは情けない表情で、横を向いた。
ふるんっと、力を失ったマイクがランジェリーから現れる。マイクもハーヴィーに迷惑をかけないようにと、膝を軽く立てて協力した。
ランジュエリーの中で放ったせいで、下腹部や鼠蹊部も濡れている。ハーヴィーはそこに顔を寄せて舐め始めた。
「っ!・・・ハーヴィーっ!!!」
思いがけない行為に、マイクが焦った声を出す。もう、悲壮感しかない。
「やめて・・・ねえ・・・お願い・・・ハーヴィー・・・そんなことしないで・・・」
けれども、ハーヴィーは聞く耳は持たず、下腹部と鼠蹊部を綺麗に舐め上げると、今度はマイク自身を口に含んだ。
「やあっ!!・・・だめっ!・・・それ、だめっ!!本当に汚いからっ!!!」
マイクが足をジタバタさせた。それをハーヴィーは軽く押さえ込んでしまう。クチュリクチュリとわざと音を立てて、吸い上げる。
「ハー・・・ヴィー・・・っ!!!」
マイクの声に泣きが入ってきた。けれども、ハーヴィーは止めることはしなかった。ここはターニングポイントだと思ったからだ。娼館にいたマイクは、自分を汚いと思っている。相手に奉仕させることはいけないことだと思っている。ただ、無理矢理、挿入されることをだけを強いられてきたマイクに、セックスの気持ち良さを教えたかった。
両手首を戒められているマイクは足しか動かすことができない。最初はバタバタしていたが、次第にリネンを擦るように、足が動き始めた。
「あ・・・や・・・やだ・・・やだぁ・・・ハー・・・ヴィー・・・」
拒絶の言葉ではあるが、その声質には甘さが含まれるようになってきた。ハーヴィーは舌だけでなく、指も使ってマイクを高めていく。
「ふっ・・・んっ・・・んくっ・・・」
マイクの腰が少しずつ、ハーヴィーに押し付けるように浮いてきた。その腰を支えながら、陰茎を吸い上げた。
「ひ・・・あっ・・・あっ・・・ああああーっ・・・!」
ビクンビクンと、ハーヴィーの口腔でマイクが爆ぜる。ハーヴィーは躊躇うことなく、全てを飲み干した。痙攣。そして、ようやくの弛緩。マイクの体がリネンの上に落ちるのを確かめてから、ハーヴィーは口からマイクを解放してやった。
「・・・ハ・・・ヴィ・・・まさか・・・その・・・えっと・・・」
指先で口元を軽く拭うハーヴィーの仕草を見て、マイクが申し訳なさそうに眉を下げた。
「・・・ごめんなさい」
「謝るな。俺はこういうセックスがしたかったし、君にも知ってもらいたいと思ったんだ。・・・ここは、娼館じゃないし、俺は君の客じゃないからな」
「う・・・」
「・・・気持ち・・・良かっただろう?」
マイクは恥ずかしそうに俯いた。イエス、ということだろう。
「あの・・・じゃあ・・・次は、貴方が気持ちよくなる番だよね」
「別に今日は君だけが気持ち良くなっててもいいぞ」
「そんなの・・・ちょっと・・・」
「もちろん、君が嫌でなけれれば、中に入らせてもらおうか」
マイクは静かに頷いた。そして、
「あの・・・さっきお風呂で準備してきたから・・・その・・・すぐに挿入れても・・・」
「おいおい。ここは娼館じゃないと言ったばかりだろうが。俺の楽しみを奪うな」
半分呆れ、半分笑いながら、ハーヴィーは言った。そしてベッド脇のチェストの中から、香油を取り出すと、それを自分の指にたっぷりと絡めた。そして、マイクにキスをしながら、後孔の入り口を軽く突いた。それほどでもないが、少しの柔らかさはある。きっと石鹸を使って自分で解したのだろう。けれども、ハーヴィーにしてみれば、まだまだそこは固い。時間をかけて、入口だけを丹念に弄り解す。
「んっ・・・ふっ・・・だ・・・大丈夫・・・だよ・・・?」
「だめだ、もっと奥まで準備をしないと」
マイクの中に入りたいという欲はあるが、今はそれよりも、自分の指でマイクの体を柔らかく開いていることに喜びを覚える。少しずつ奥まで指を進め、そして指の数も増やしていく。時間をかけて。
「いい子だな。上手に指を呑み込んでる」
「そ・・・そんなに丁寧にしてくれなくても・・・僕・・・慣れてるから・・・大丈夫なのに・・・」
「君が、今まであの娼館でやってきたことはセックスとは違う。心無い人間の性欲の捌け口になっていただけだ。そういうのはセックスとは言わない」
「でも・・・その・・・あの・・・」
マイクが恥ずかしそうに目を泳がせる。
「どうした?」
「・・・僕・・・ハーヴィーに入って欲しくて・・・その・・・嫌じゃなくて・・・貴方に、気を使ってるとかそんなんじゃなくて・・・」
「・・・欲しい・・・ということか?」
マイクは恥ずかしそうに唇を噛んで頷いた。そう自分からねだってしまうほどに、ハーヴィーから与えられる快感は恥ずかしくもあったが、心地よかった。
「それと・・・手首・・・外してもらえたら・・・嬉しい。・・・貴方に・・・触れたい・・・」
そんな可愛らしいおねだりを断る理由もなく、ハーヴィーはすぐにレースの戒めを解いてやった。そうすると、恐る恐る、マイクの手がハーヴィーの腕に触れてきた。
「ようやく、ロストヴァージンだな」
「え?でも、僕・・・」
「あの娼館でのことはカウントしない。ここからがスタートだ」
そう言うと、ハーヴィーはマイクの腰の下にクッションを押し込み、そして両足を抱え上げた。後孔に自分をあてがい、ゆっくりと腰を押し進めた。それに合わせるように、マイクの腕がハーヴィーの上半身に絡まる。完全に体が密着してから、ハーヴィーは体を揺り動かした。
「ハ・・・ヴィー・・・僕ね・・・泣かなかったんだ・・・娼館で抱かれているときは・・・絶対に・・・泣かなかったんだ・・・でも・・・今・・・すごく・・・泣きたい・・・」
「辛いのか?」
「違う。・・・嬉しくて・・・ハーヴィーが優しくて・・・幸せで・・・だから・・・」
体を揺すられるマイクの目尻から、涙が一筋溢れた。けれども表情は穏やかで、とても綺麗だった。
*********************
事後。と言うよりは情事の後、と言った方が正しいだろう。マイクはハーヴィーに抱きしめられて、リネンに包まっていた。ハーヴィーの指は、マイクの蜂蜜色の髪を弄っている。マイクは緩慢に瞳だけを動かして、改めて寝室の中を見回した。
そして。
「え・・・あ・・・れ・・・え?・・・嘘・・・」
マイクは、のそりと体を起こした。そして、正面の壁を指差す。美しい装飾の額に彩られた1枚の絵。ハーヴィーが買い求めた。青いショールを裸体に巻きつけるマイクの絵だった。
「なかなか絵師だな。君の言っていた爺さんは」
「・・・今まで気づかなかった」
「最初は今に飾ってたんだがな。執事に怒られた。『大事な方のこのような絵を、他人様に見せるものではありません』とな。こういうのは一人で楽しむのがいいらしい。俺は見せびらかしたかったんだが」
「・・・やめて・・・居間は・・・やめて・・・。執事さんに感謝するよ、僕」
「しかしな。この寝室に飾るのもやめようと思う」
「え?」
「本物が側にいるんだ。寝室には必要ないだろう?となると・・・どこがいいか・・・仕事部屋・・・ダメだな。君には事業の手伝いをしてもらうから、仕事部屋にも絵は必要ないな。となると・・・廊下か・・・図書室か・・・」
「あの・・・僕、本をいっぱい読ませてもらいたいから、図書室はちょっと・・・」
「そうか?じゃあ・・・ああ・・・廊下がいいな。あまり人の通らない廊下だが、見晴らしのいいテラスに行くときに通る廊下がある。そこがいい。そうしよう」
ハーヴィーは満足気に言った。
「あの・・・僕・・・本当に貴方の仕事の手伝いをするの?」
「そうだ」
「僕・・・学がないから、あまり役には立てない・・・」
「だったら勉強すればいい。それに、娼館を出たときに『自分の能力を使いたい』と言ったのは君だぞ。ああ、そうだな。君なら、すぐに数カ国語はマスターするだろう。まずは、そこからだな。俺の事業は世界展開だ」
「・・・凄い・・・ね。・・・僕、頑張るから。・・・あの場所から、僕を救い出してくれてありがとう」
「気にするな。それよりも、勉強と仕事に夢中になって、俺を放っておくことのないようにな。俺はそっちの方が心配だ」
「放っておく?」
「・・・セックス」
マイクはその単語に顔を赤らめた。
「もし君の体が大丈夫なら、もう一度、君の中に入りたい」
ハーヴィーがマイクの頰を撫でる。マイクは小さく頷くと、自分からハーヴィーに腕を絡め、柔らかなキスを送ったのだった。
「イエス」・・・という言葉の代わりに。
END