悪戯とバスタブ

首が痛いなぁ・・・とか、でも、まだ眠いなぁ・・・とか、朝陽がちょっと眩しいなぁ・・・とか、腰がそこはかとなく怠いなぁ・・・とか。そんなことを頭の隅っこで考えながら、リードはぼんやりと薄目を開けた。やっぱり、陽の光が、眩しい。

「んー・・・・ん?・・・んんん?」

腰の少し上、背中の中央のあたり。なんだか、くすぐったい。くすぐったくて、暖かい。そして、心地良い。また、眠りに落ちてしまいそうな、そんな感覚をリードは感じた。毛布はちゃんと掛けて寝たと思う。けれども、背中に感じるのは、毛布の感触ではなくって。・・・そう・・・そうだ。これは・・・。

「・・・・・・ホッチ?」

閨を共にした男の名前を呼ぶが、返事はない。けれども、背中に与えられる感覚が、次第に確実なものになってきた。

「・・・ねえ・・・ホッチ?」

ホッチは相変わらず答えずに、自分の唇をリードの背中に這わせていた。時々、舌先を出して、舐めたりする。

「・・・や・・・も・・・ホッチってば・・・」

身体を捩って逃れてみようとするが、一晩中、翻弄され、疲れ切ってしまったので、自分の意思とは裏腹に、動かすことができなかった。

「んー・・・んー・・・」

自分の背中に悪戯を仕掛けてくる、上司であり恋人なこの男は、きっとニヤニヤと笑っているのだろう。けれども、その笑みは決して自分を馬鹿にするものではなくて、きっと、この関係に満足している表情なのだと思う。・・・今は、見えないけれども。

そんなホッチの顔を見たいと思う。

「・・・ホッチ・・・顔・・・見せて・・・」

「・・・こちらを向けばいい」

やっと返事が返ってきた。けれども。

「・・・首・・・痛い・・・」

「そんな寝相だからだ」

くすりという笑い声が降ってきた。

「うー・・・」

声だけ聞こえて、顔が見えないのがもどかしい。そして、背中への悪戯は、まだ続いている。

「ダメ・・・なの」

「どうしてだ」

唇が背中に触れるか触れないかの距離で言葉を発せられると、暖かい吐息がかかる。リードは、ぶるりと体を震わせた。

「・・・だってね・・・欲しくなるでしょ・・・」

「駄目か」

「・・・ダメ・・・」

「俺は、楽しい」

「うーん・・・複雑・・・」

BAUでは威厳を保ち、厳つい表情を見せてばかりのホッチではあるが、リードと二人きりでいるときはとても柔らかく微笑む。・・・許されているからだ。全てを。この、IQ187の天才青年に。

ホッチは、持ち上げていた毛布を掘り投げ、その手で丸く柔らかなリードの尻をするりと撫でた。

「そんなに首が痛いのなら、揉みほぐしてやろう。・・・そうだな、風呂で温まってからがいいと思うぞ」

「・・・それ、いいね・・・連れてって?」

「ああ。いいとも」

ホッチは、金髪を梳いて、それからリードがベッドから起き上がるのを手伝ったのだった。

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バスタブの中で、リードが背中をホッチに預けるようにして座り、その大きな手で、ゆっくりと首を揉みほぐしてもらう。

「どうだ?」

「んー・・・気持ちいい・・・ふわぁ・・・ 天国ー」

「天国には昨夜いっぱい行っただろう」

「・・・それとは違うの」

リードは小さく頰を膨らませると、すっと顔をあげた。けれども、ホッチの顔は見えない。かろうじて、顎が少し見えるかな、という程度だ。そういえば、今朝はホッチの顔をきちんと見ていないような気がする。昨夜だって、薄明かりの中でしか、見ていない。仕事の時はいつも見ているけれども、プライベートでのホッチの顔はレアなところがある。リードがちょっと意識してしまって、ちゃんと顔を見れていない・・・という理由もある。

「・・・ホッチ・・・」

「どうした?」

優しい声が降ってくる。

「ねえ、ホッチの顔が見たいよ」

「いつも見てるだろうが」

「仕事の顔じゃなくて。・・・ねえ、僕、ホッチの体を洗ってあげる」

リードは腕を伸ばして、黄色のスポンジを手に取ると、泡風呂の泡を含ませる。そして、くるりと身体の向きを変えると、ホッチの身体に手をかけながら、バスタブの中で膝立ちになった。湯船から、綺麗な形の尻が現れる。ホッチはリードの腰に左手を当てて、身体を支えてやった。明るいバスルームの中で、ホッチの精悍な顔がリードの瞳に映る。けれども、表情はどこか優しげだ。事件を追うときのような厳しさはない。

「・・・お仕事の顔も好きだけど、こういう顔も好き」

「そんなに違っているか?」

「違う。・・・今のホッチは優しい顔してる。仕事の時は・・・真剣すぎる」

「今だって真剣だ」

「・・・何に?」

「リードに」

「・・・うう・・・そういうの、恥ずかしい・・・」

リードはホッチの左肩に右手をかけ、スポンジで右手を撫でる。恥ずかしてくて、ホッチからは軽く視線をそらす。まともに顔は見られない。

「リード」

「・・・何?」

か細い声で、答える。

「キスを」

ホッチからの要求に、拒否はできない。そもそも、拒否する気はない。けれども、光が明るい子のバスルームでは、恥ずかしさが先に立つ。リードは少し、ホッチに顔を近づける。ホッチの視線はずれることなく、確実にリードを絡め捉える。リードはジッと見え植えらているのだ。もちろん、この上なく優しい表情で。

リードはそろそろと自分の顔を近づけた。大好きがホッチの顔が視界に入り、それがどんどん大きくなる。とても柔らかくて、優しい表情。もう少し・・・。けれども、リードには限界だった。もう、まともホッチの顔を見ることができなかった。だから、目を瞑ってしまった。恥ずかしい。けれども、感覚で、距離は詰めた。

リードの唇がホッチに触れる。軽く当たる・・・と言った方がいいかもしれない。残念なことに、リードの唇は確実にホッチの唇を捉えることはできず、少しずれて、唇の端に自分を押し付けることになった。それでも嬉しい。ホッチに触れられることは嬉しくて、リードにとっては喜びだ。でも、このキスは失敗の50点かな・・・と思う。

リードはホッチに触れたまま、小さく口を開いて言った。

「・・・ごめんなさい。ずれちゃった」

「目を瞑るからだ」

怒った風でもない、優しい声。

「だって・・・こんな明るい場所で、こんな至近距離で、ホッチ顔・・・見れないよ」

ホッチはリードの顎を指先で取ると、自分が動き、正確なキスをリードに与える。そういうところは、やっぱり優しいな・・・とリードは幸せな気持ちになった。

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キスをすれば、どうしたって身体が昂まる。湯の熱さも相まって、身体が火照る。

「は・・・あ・・・」

「大丈夫か?熱いか?」

「ん・・・ちょっと・・・」

「冷たい水でも浴びるか・・・いや。身体がびっくりするか。緩い湯の方がいいな・・・」

「待って・・・」

リードはバスタブの中で立ち上がり、左手でシャワーヘッドをフックから外した。そして、またホッチの方へ戻る。すぐさま、右腕で腰を引き寄せられた。

「あ・・・」

リードは自分の右手をホッチに絡め取られた。

「ん・・・んぅ・・・」

右の乳首に与えられる、ヌメリとした感触。いつも、閨で与えられているのと同じだった。ホッチの舌の熱さを感じる。

「・・・ホッチ・・・」

乳首を舌で転がされたり、唇で吸われたり。明るいバスルームでやられると、本当に恥ずかしい。リードは熱気と羞恥で顔を赤くして、ホッチを見下ろした。表情はよく見えなかったが、きっと優しい表情をしていると思った。そして、このままバスルームで抱かれてもいいなぁ・・・とも。

「・・・ホッチ・・・大好き」

ホッチは返事の代わりに、リードの乳首を、強く吸い上げたのだった。

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「そんな寝相で、また首が痛くなるぞ」

ホッチはエアコンを最強にしながら言った。ぐったりとしたリードがベッドにうつ伏せになっている。起きた時と同じように、頭を横に向けて。

「んー・・・も、動きたくない・・・」

結局のところ、リードの心の願いは聞き届けられ、バスタブの中で抱かれた。その結果が、これだ。すっかりのぼせてしまい、身体が火照って、しかも怠い。けれども、心は満ち足りていて、幸せだった。

エアコンの設定を終えたホッチがリードの横に来る。

「どうせ、休みなんだ。ゆっくりするといい」

「ホッチは?」

「俺もここにいるから」

「やった」

そう言うと、リードは静かに目を閉じた。そんなリードの金髪を愛しそうに優しくホッチは撫でたのだった。

ある日の休日のそんな朝の風景。

END