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Ménage à trois

愛はモラルを凌駕するので。そして、自分は選ぶことができないので。

何故なら、自分は同じ質量で二人を愛しているので。

***

どちらの指か分からなかったし、もしかしたら二人のい指だったのかもしれない。尻を高く上げて、あまりの気持ちよさにシーツを噛んでいたから、その辺りのことは本当に分からない。ただ、自分を襲う快楽だけを追いかけた。数本の太くて長い指がアナルを解す間に、余ったであろう指が全身を慈しんでくれる。何処から伸ばされる指なのかが分からない。けれども、確実に快感を与えてくれるので、怖くなかった。

指が。指が、マーヴェリックの口からシーツを引き抜いた。そして顎が掴まれる。

「あ、はっ・・・」

薄目を開けると、僚機が優しい目で自分を見ていた。

「身体を起こせるか?」

マーヴェリックは僚機の問いかけにこくこくと小さく頷いたが、身体の何処に力を入れたらいいのか迷う。

「サイクロン、起こしてやってくれ」

「Yes, sir 」

太い腕がマーヴェリックのウエストに回され、上体を引き起こされる。ぽかりと空いたアナルが寂しい。年下の上司の膝に座らされるが、視界に入るのは僚機に姿だ。

「マーヴェリック、先にサイクロンがお前の中に入るぞ」

それは決定事項で、マーヴェリックの意志を問うものではなかった。それでもいい。どちらも愛している。

「腰を上げて」

湿ったバリトンが耳の傍で囁いた。マーヴェリックはどうにか、手をベッドやサイクロンの膝に付いて、膝立ちする。尻の肉が割り開かれて、熱い昂りがアナルに押し当てられる。期待。マーヴェリックは唾を飲み込む。腰を大きな手に鷲掴みにされて、一気に引き下ろされた。

「ひゃっ・・・あ・・・ああああ・・・・」

完全に開き切っていない狭い道を凶悪な熱が容赦無く押し広げる。完全にウエストをホールドされているので逃げることもできない。とはいえ、逃げる気もないけれども。呼吸を整えて、サイクロンの侵入に協力する。

「いい子だな、マーヴェリック」

僚機の褒め言葉にマーヴェリックは微笑んだ。そして、右手を伸ばす。その手はすぐに優しく取られてキスをしてもらえる。僚機・・・アイスマンは視線をマーヴェリックから外すことなく、指を一本ずつ、丁寧に口に含んだ。

「んっ、ふっ・・・・」

身体を下から揺すられながら、自分の指を舐める僚機を視界に入れる。口が、寂しい。マーヴェリックはほんの少し、上体をサイクロンから離す。腰から下は強制的に密着したままだが。

「アイス・・・」

マーヴェリックは赤い舌を僚機に見せる。アイスマンは口角を上げて微笑むと、その舌を自身の口唇で喰んでやる。そして舌同士を絡める。部屋に響く水音は、2つ。マーヴェリックの口唇と下半身の結合部。マーヴェリックはアイスマンの右手を取り、自分の胸に導く。ぷっくりと膨れ上がった赤い実。アイスマンは強く摘み、捏ねてやる。

「あ・・・は・・・あぐ・・・んっ・・・」

合わせた口唇の隙間から声が漏れる。

気持ちが良い。僚機と年下の上司が与えてくれる痛みや熱や快楽。頭がぼーっとする。下からのt突き上げが激しくなる。身体が揺れる。大きく。波のように。

イく。

とっくに結腸は抜かれている。大きなものの先端は確実に最奥に嵌っていて、それを逃すまいとマーヴェリックの肉壁が捉えて離さない。艶めいた狼が僚機の首に腕を絡める。暴風の大きな手に掴まれた腰が、より一層、引き下げられる。

脳内に光が舞う。

「ひゃっ・・・あ・・・ああ・・・あああーっ・・・」

マーヴェリックは、大きな体躯を持つ二人の男の間で、嬌声を上げて身体を震わせた。自分の白濁で、自身の腹と僚機のそれとを汚しながら。

***

「休むか?」

楔を抜かれ、小さな身体をサイクロンに寄り掛けているマーヴェリックにアイスマンが優しく尋ねる。ブルネットをサイクロンに撫でてもらって気持ちが良い。そんなふわふわとした心地の中で、マーヴェリックは首を横に振った。

「ん・・・アイスにも僕の中に入ってほしい」

サイクロンがマーヴェリックの身体を支え、上官の方へと押しやる。アイスマンの身体に手を付き、その膝を跨ぐ。位置を調整して、自分の手で尻肉を左右に開くと、サイクロンが胎内に残した白い液が溢れ、アイスマンの脚を汚す。

「いっぱい、貰ったんだな」

「アイスもちょうだい」

マーヴェリックはゆっくりと腰を落とす。ついさっきまでサイクロンを呑み込んでいたそこは、ズブズブとアイスマンに絡みつく。サイクロンの両手が腰を掴み、下へ誘うのを助ける。

くちゅん。

「全部、入った」

サイクロンの心地よいバリトンが、マーヴェリックの耳を擽った。「ふふっ」と笑うと、マーヴェリックは掌をサイクロンの頬に当てる。

「ボー、キスして」

身体を捻って、口唇を突き出す。すぐに食べられる。まるで頭から飲み込まれそうなキス。そして、下からは心地よい律動。身体が揺れる。

面白いな、と思う。僚機のキスと年下の上司のキスは全然違う。アイスマンは遊ぶように翻弄してくるし、サイクロンは自分を飲み込むようだった。もちろん、どちらも好き。気持ちが良くて、選びようがない。両方、欲しい。そんな自分は随分と欲張りだな、とは思う。アイスマンとは30年以上の付き合いだ。そこへサイクロンが現れた。暴風は自分に愛を説き、自分も好きだな、と思った。だから、正直に僚機に言ったのだ。

「アイス、どうしよう。僕、二人とも同じくらい、好き」

片眉を上げた僚機は、怒るわけでもなく、一言。

「一日、待て」

と言った。

その後、上司と部下の間でどんな会話があったのかは分からないけれども、マーヴェリックは二人を愛することを許され、そして二人からも愛してもらえることになった。幸せ。二人が与えてくれる愛撫はそれぞれ違って、それでいて同じ熱量を持っていて。だから、自分も同じ熱さを返そうと思う。どちらも好き。愛している。

マーヴェリックは右手をアイスマンの肩に、左手をサイクロンの頬に当てながら二箇所に与えられる快楽を享受する。

マーヴェリックの頭越しに、上司と部下の視線が交差した。アイスマンは目を眇めて笑うと、マーヴェリックの身体を押した。それを補助するように、サイクロンがシーツに縫い止める。

「ふあ・・・あっ・・・」

両脚を高く抱えられ、そして潰される。僚機の全体重が小さな体躯に伸し掛かる。両手は年下の上司に取られ、そして優しく口づけられる。手の甲、手首、腕。突かれる激しさと優しい口唇の動きに、脳がバグを起こす。一つしかない身体が、真逆の愛撫に翻弄される。辛い?辛くない。気持ち良い。好き。もっと。二人とも、遠慮しないで。壊して。愛して。僕もあげる。だからちょうだい。僕が与えられるものは何でもあげる。それが生命だって、いい。惜しくない。だから、僕を一人にしないで。一人にするなら、殺して。

僚機の汗が一雫、喘ぐ狼の頬に落ちる。

「ひっ・・・は、あ、くぅ・・・」

「マーヴェリック。呼吸を」

サイクロンの手の甲が、マーヴェリックの頬を撫でて、口唇を開かせる。

空気。酸素。はくはくと口唇を動かすけれども、うまく呼吸ができない。どうしよう。

顎にサイクロンの指が掛かり、くいっと強制的に上向きにされる。

気道確保。

涙が滲む景色の中に、アイスマンとサイクロンの顔がぼやけて見える。

空気が入る。そして、マーヴェリックは息を吐く代わりに、喘かな悲鳴を上げた。

***

アイスマンは僚機の身体から離れ、その顔色を確かめた。

「潰したか」

意識があるのか、ないのか。力の抜けた小さな身体をシーツの波から救う。

「マーヴェリックをバスルームへ。その間にベッドを整えておくので」

「悪いな。シーツを変えたら、お前も来い」

アイスマンはベッドを降りて、マーヴェリックを抱き上げる。その姿を見送って、サイクロンはガウンを羽織って、シーツを引き剥がした。

新しいシーツ。簡単なベッドメイク。一度、階下に降りて、ペットボトルの水を3本、持ってくる。それをベッドサイドに置いてから、バスルームへ向かう。

バスタブの中で、マーベリックが身体を上司に乗せるようして目を瞑っている。

「シャワーを浴びたら、こいつを頼む」

「わかりました」

サイクロンは泡立てたボディソープで身体を洗い、泡を流す。そしてバスタブの中のマーヴェリックの身体を受け取る。

「中は掻き出してやった。

僚機を部下に預けて、アイスマンはシャワーコックを捻る。

「大丈夫ですか?また湯に入らせても」

「そうだな。俺の経験では後、5分くらいなら大丈夫だろう。俺は先に出る」

バスローブを羽織ったアイスマンが、綺麗に笑ってサイクロンを見る。「相変わらず美しい方だ」と思いながら、腕の中のマーヴェリックを抱え直す。

「んー・・・」

「マーヴェリック?」

マーヴェリックはわずかに身じろぐと湯の中で居心地の良い場所を探して、再び落ち着く。

サイクロンは、ゆったりとしたての動きで、そのブルネットを撫で梳いた。

***

マーヴェリックを抱き上げて寝室に戻ったけれども、アイスマンの姿はなかった。サイクロンは部下をベッドにおろし、ブランケットを掛ける。ややしばらく、その姿を眺め、安定した呼吸音が聞こえるのを確かめてから、階下に降りた。

暗がりの中。ベイ・ウィンドウの側でグラスを弄ぶ上司が見える。

「・・・飲むか?」

アイスマンが出窓に置いたスコッチの瓶を指差す。

「いただきます」

用意していたグラスに琥珀色の液体を注ぎ、サイクロンに渡す。そして、何とはなしにグラスを合わせる。綺麗で涼やかな音が響く。

「・・・俺は、あいつに無体なことをしていると思うか?」

「それを言うなら、私の方が酷い。彼と貴方の関係を知りながら、私は彼に愛を語った」

「その想いを遂げさせてやりたいと思ったのは、俺だ。・・・俺は知っていたんだ。あいつが選べないことを。与えられた本気の想いを無碍にできないことを。あいつを手放したくない。けれども、あいつに与えられた愛を奪いたくない」

「そのおかげで、私は救われましたが?」

アイスマンは額に降りた前髪を掻き上げながら、口角を上げた。

「俺もお前も、ミッションがあれば、マーヴェリックに死を突きつける。あいつの腕が良すぎるからだ。困難な作戦ばかりをあいつに押し付ける。それは、『死ね』と言っているのに等しい」

「否定はしません」

「だから、どんな小さなことでも、あいつが求めるものは何でも与えたいと思うし、ずっと与えてきた。おそらく、俺はマーヴェリックだけでなく、お前にも酷いことをしている」

酷いことを話していても、上司の顔は相変わらず美しいと、サイクロンは思う。ああ。だから、「氷の男」なのだと改めて思う。

「・・・もっと酷いことを言えば、俺はあいつに先に死んで欲しいと思う」

「それは・・・二度と喪失の苦しみと悲しみを彼に与えたくないからでしょう」

「・・・・・・もし、俺が一番先に死んだら、マーヴェリックのことを頼む。あいつは硝子で作られた狼だ」

サイクロンは、敢えて返事はしなかった。

静かな、沈黙。闇。暫しの時の流れ。

その静寂を小さな声が破った。

「アイス?ボー?」

どうやら、アイスマンのシャツを引っ掛けてきたらしいマーヴェリックの姿が現れた。

「大丈夫か?」

近くにいたサイクロンがグラスを置いて、マーヴェリックに近寄る。

「起きたら、僕、一人だった。アイスもボーもいなかった」

どうやら、寝ぼけながらも怒っているらしい。口調に少し棘がある。

「おいで、僚機」

ソファに移動したアイスマンがマーヴェリックを招く。ふらふらと近づき、アイスマンの隣に座る。そして、自分の隣をポンポンと叩きながら、サイクロンを見る。

「二人で飲んでてずるい」

「お前は寝てたからな。飲みたいか?」

「それでいいからちょうだい」

マーヴェリックがアイスマンの手からグラスを奪う。そして、一口。

「・・・僕を一人にしないで」

「ああ、悪かった」

アイスマンが僚機のブルネットを撫でる。隣に座ったサイクロンが部下の手を取り、繋ぐ。

大将と中将が、両側から硝子細工の狼の頬に暖かい唇を当てたのだった。

***

この関係を、一体、誰が、歪といえようか?

END

真珠の涙

左手を見れば、ピート”マーヴェリック”ミッチェル大佐が結婚していることは一目瞭然だった。シンプルだけれども、良質なプラチナのリング。相手は一体どんな人だろう・・・と若鷹たちの妄想が広がる。その中で、一人遠い目をしているのはルースターだけだった。

「なあなあ。お前、知ってるんだろ?大佐の奥さんがどんな人か」

「あー・・・そーねーまーねー知らなくもないけどーあーちょっとトイレー」

ハングマンに聞かれて、誤魔化すルースター。いや、別に上層部は知っているわけだし、教えてやってもいいのだが、驚愕と波紋が大きく広がるような気がして言えなかった。喧騒の中のハード・デック。飲んだり歌ったりしていたが、いつも最後はマーヴェリックの話になる。そして、相手の話。その話になる度に、ルースターは頭が痛くなる。マーヴェリック強火担であるフェニックスも、毎度のことであるが、しつこいくらいに聞いてくる。自分のルースターの父親が、マーヴェリックのRIOであったことは、みんな知っている。不幸な死を迎えたことも。そして、ルースターとマーヴェリックの間に確執があったことも。仲間たちはルースターが幼い頃、随分とマーヴェリックの世話になっていることは把握していた。

が。

しかし。

自分の面倒を見てくれていたのは、マーヴェリックだけではなかった。あの当時のマーヴェリックの同期たちは、自分がグースの息子である・・・という理由をもってして、随分と世話を焼いてくれた。そして、マーヴェリックとの冷戦期間中、ルースターが軍に入るべく色々と尽力してくれたのが、トムおじさんだった。そう、我らが海軍大将、トム”アイスマン”カザンスキー。

「ねえねえ!大佐がこれからここに来てくれるって!」

フェニックスの大きな声。

「おおおおおお!!」

「はぁああああ!?」

どよめく大衆。焦るルースター。

「どゆこと!?フェニックス!?』

「ダメ元でテキストを送ったら、来てくれるって!行動力のある私!偉い!何よ、ルースター。いいじゃない。それともあんたの許可が必要だった?」

「んなことねえよ。でも・・・」

「仲直りしたんでしょ?じゃあ、いいじゃない。あ、それとね、連れがいるけどいいかな?って大佐、言ってた。奥様・・・なわけないかー。あははははー」

「フェニックス。お前、飲み過ぎ?」

「適量ですーっす」

さらに遠い目になるルースター。連れって・・・まさか・・・ね。ルースターは、ある意味、正気を保つために、ビールを煽ったのだった。

***

それから、ややしばらくして。

「あ!大佐ー!!!」

明らかに確実に間違いなく酔っ払っているフェニックスが、目ざとくハード・デックの入り口にマーヴェリックの姿を見つけた。

「待たせたね。みんなだいぶ飲んでるのかな?」

「いえいえー夜はこれからでーす!!!大佐、ビールでいいですよねー!!!!」

すっかり出来上がってるフェニックスが、マーヴェリックを迎え入れる。

「楽しそうだね。ああ、ビールでいいよ」

笑って応えるマーヴェリックのジャケットの袖をルースターが引いた。

「マーヴ!」

微妙な小声。

「どうしたんだい?ブラッドリー。君はあまり酔っていないみたいだけど」

「醒めた。っていうか、酔えない」

「?」

「マーヴの指輪の相手のことを、みんなが気にしてる」

「え?あ、ああ・・・そうか。みんなは知らないのか。・・・ここで知ってるのは・・・」

「俺だけ。ねえ、マーヴ。連れがいるって言ったけど、まさか」

「あはは。そのまさかだよ」

「OMG・・・」

そこへハングマンがビールを持ってやってくる。

「大佐、どうぞ。えっと、連れがいるって伺ったんですが」

「今、来るよ。車で来てるから、それをちょっと預けに行ってる」

「指輪の相手ですか?」

「そうだね。僕のパートナーだね」

さらりとマーヴェリックは答えた。

「ちょっと、マーヴ。いいの?言っちゃって」

「別に隠すことじゃないし。まさか知られていないなんて思ってもいなかったし。ああ、来たよ」

ザッと若鷹たちが入り口を見る。そして・・・固まった。酔いが吹き飛ぶ。

「「「トム”アイスマン”カザンスキー大将!!!!????」」」

「やあ。楽しんでるか?」

上質なコート。襟元にはマフラー。基地に飾ってある写真と同じ顔だ。本来であれば、こういった店に来る人ではない。しかし、アイスマンはニコニコと店内を見やった。

「懐かしいものだな。こういった場所は久しぶりだ」

「アイス。ビールでいいか?」

「ああ」

「俺、もらってきます!!!!」

慌ててハングマンが走る。

「えーっと。お久しぶりです、アイスおじさん。ちょっと状況を説明させていただくとですね・・・」

ルースターがその場を仕切ることにした。

「あーそのーずっと以前から、みんなマーヴのプラチナリングに興味津々で。お相手はどんな人だろうと。まあ、フェニックスがマーヴにテキスト送って、来てくれることになって。連れがいるって聞いたら、みんなこれまた盛り上がって。それでそのーえーと・・・」

「アイス。僕たちにとっての周知の事実は、あまり知られていないみたいだよ」

「なるほど。公然の秘密にもなっていなかったのか」

「まあ、積極的に言いふらすことでもないしね」

そこへハングマンがビールを持って戻ってきた。

「どうぞ、Sir!」

「仕事の場ではないから、楽にするといい」

「あ、はっはいっ」

と、返事はするもののは、ハングマンの体は固まってる。

「大丈夫かよ、お前」

「つか、何でお前は大丈夫なんだよ、ルースター」

「だって。トムおじさんだし」

「海軍大将だろー」

そんな二人のやりとりを、マーヴェリックは面白そうに眺めている。そこへ、フェニックスがやってきた。

「あのー・・・」

フェニックスの視線がアイスマンの左手を掠める。

「お二人は、結婚してらっしゃるんですね?」

「ああ。もう、30年になるか?マーヴェリック」

「そうだね。来月、記念日だよ」

「・・・結婚30年¥・・・」

フェニックスが呟く。そして・・・。

「大佐、そしてカザンスキー大将!真珠婚式のパーティーをしませんか?っていうか、私に企画をやらせてください!!!!」

「フェニックスー!何、言ってんだよ!!」

「うっさいわね!口を挟まないでよ!結婚には節目ってもんがあるのよ!結婚30年は真珠婚式!私が、不死不死鳥の名にかけて、素敵なパーティーを開催しますっ!!!!」

「どうする?マーヴェリック」

アイスマンが口角を上げながら、隣のマーヴェリックに問う。

「そうだね。若鷹たちに任せるよ。ね、ブラッドリー?」

「え?俺?ちょっと待って。い、いいの?トムおじさん、マーヴ。フェニックスの奴、今はこんなこと言ってるけど、酔っ払いだからね?大体、不死鳥の名にかけての意味がわかんない」

「ちょっと聞き捨てならないわねっ!」

フェニックスがルースターの胸ぐらを掴む。

「カザンスキー大将!もし私が約束不履行した場合は、アラスカにでも飛ばしてください!!!!」

「あ、アラスカって結構いいところだよー」

「マーヴ!それ違う!いや、分かった!フェニックス!分かったから!」

「分かればいいのよ。・・・で?お二人は結婚式はどんなだったんですか?」

いつの間にか、手帳とペンを手にしたフェニックスがインタビューを始める。

「ハワイだったよね」

「そうだな。パールハーバーで式典があって」

「ほら、カメハメハ大王像の近くの協会」

「カワイアハオ協会だ。ちょうどプロテスタントの教会で」

「カトリックだったら、門前払いだったよな」

「二人とも式典でドレスホワイトを着てたから都合が良かった」

フェニックスが首を傾げて質問する。

「もしかして、お二人は無計画で結婚式を挙げたんですか?」

「若かったからねー。あはははー」

「まあ、その場のノリはあったな」

「素敵。それでも30年・・・」

「あー・・・フェニックス、なんか思考が別なところに行ってない?」

ルースターが心配そうに言う。

「うっさいわね!完璧な真珠婚式をするためにリサーチは重要なのよ!それで、次の質問なんですけど!!」

ハード・デックの夜はまだまだ始まったばかりのようだった。

***

シャワーの後、しっかりと髪を乾かしてベッドルームに戻る。アイスマンは銀縁の眼鏡をかけて、ベッドで本を読んでいた。仕事をベッドには持ち込まないのが昔からの主義だった。マーヴェリックはといえば、戦闘機関連の雑誌などを、数冊サイドテーブルに積んである。結婚した時に、シングルかセミダブルサイズのベッドを2つ置くことも考えたが、結局アイスマンの意見でキングサイズのベッドになった。「僕とアイスじゃ勤務形態が違うから、ベッドは別にしておいた方がいいんじゃないか?気を遣うし」とマーヴェリックは言ってみたが、「時間的なすれ違いが多いからこそ、ベッドは一緒がいいだろう」と押し通された。

結婚して30年。喧嘩をすることもあったが、1つのベッドで寝ることで、何となく関係は元に戻った。そう。喧嘩をしても、腹を立ててどちらかがソファで寝ることもなかった。それが夫婦円満の秘訣になったのかは分からないが、一緒にいることのできる時間が短いのだから、その時間を互いに無駄にしたくないという思いはあった。

何せ。何かやらかす度に、飛ばされるのだ。これまでどれだけ単身赴任をしてきたことやら。今でこそ、海軍大将にまで上り詰めたが、その過程においてアイスマンの力及ばす、マーヴェリックを遠い赴任地へと行かせることもあった。夫婦だけに、その辺りは厳しくしておかないと、職権濫用と言われかねない。当のマーヴェリック本人はというと、殊勝に「アイス、ごめん」とは言うものの、何処か旅行気分で知らない土地に行くことを嫌がらなかった。二人がそこそこ穏やかに、一緒に暮らし時間が増えたのは、アイスマンが中将に昇進した辺りからだろうか。

「今日は何を読んでいるんだ?」

「これか?『罪と罰』だ」

「ドストエフスキーだな」

「読んだことは?」

「ない。・・・その手の文学はすぐに眠くなるから」

「お前らしいな」

「アイスは読書家だよな。いろんなジャンルの本を読んでるし」

マーヴェリックはベッドに潜り込み、アイスマンの手の中の本をチラリと見る。

「仕事で始末書を読んでばかりだからな。家では気分転換したい」

「・・・ごめん」

「謝らなくていい。マーヴェリックは始末書とセットだ。30年以上前からな」

「うわぁ・・・不名誉」

「そう思うなら、若鷹たちの為に、もう少し落ち着け」

「んー・・・」

マーヴェリックは言葉を濁した。空と飛行機がある限り、その誘惑には勝てない。新しい機体があれば乗りたいし、目指す目標があれば達成したい。30年以上、そうやって飛行機乗りとして生きてきたし、退役のギリギリまでは飛び続けていたい。もう少し、夫には迷惑をかけそうだ。

アイスマンが読んでいた本をサイドテーブルに置き、眼鏡も外した。

「もう、本はいいのか?アイス。寝る?」

「そうだな」

リモコンで、淡い間接照明だけにする。マーヴェリックは居心地のいい場所を探し、作る。そんなマーヴェリックの身体をアイスマンは引き寄せて自分の腕の中に抱き込んだ。後ろから、首筋に吐息をかけながら、皮膚に唇を当てる。

「んっ・・・あ、・・・えっと、アイス・・・する?」

「いいか?」

「・・・うん」

アイスマンの腕の中でくるりと向きを変え、その表情を間近に見る。相変わらず、整ったいい男だと思う。年齢を重ねても。否、年齢を重ね、責任あるポジションにいるからこそ、こんな表情なのかもしれない。

「どうした?」

「あー・・・相変わらず、かっこいいなと思った」

「お前は、いつまでも可愛いな」

「ばーか。僕の年齢で『可愛い』はないだろ。言葉のセレクトミスだ」

マーヴェリックはアイスマンの腕を解きながら、起き上がった。そして流れるように、アイスマンの身体を推して寝かせ、自分はその身体に跨った。寝巻きがわりのTシャツとスウェットの下も脱ぐ。黒い小さな下着だけになる。手触りの良い、アイスマンのパジャマに手を這わせながら、ボタンを外していく。内勤ばかりで多少筋肉の落ちた身体が現れる。

「アイス、口でしてもいい?」

「だったら、先にキスを」

「うん」

覆い被さるようにして、アイスマンの唇を捉える。キスをしたり、ハグをしたりは日常的にしているけれども、ベッドでセックスをするのは久しぶりだった。互いに年齢なのだろう。そこまでしなくても、何処か満たされた感情があった。けれども、セックスが嫌になったわけではない。アイスマンの顔を包み込んでキスをする。すぐに舌を差し入れられ、マーヴェリックもそれに絡める。アイスマンの手は、マーヴェリックの身体のラインをなぞる。鍛えられた、現役アヴィエーターとして身体。

「はっ・・・ん・・・」

ちゅっとしたリップ音を鳴らして、マーヴェリックはアイスマンの唇から離れた。顎に吸い付き、そこから舐めるように下に降りる。パジャマの中でアイスマンが存在を主張していて嬉しくなる。布地の上から触れると、反応がある。マーヴェリックは自分の唇をひと舐めすると、取り出したアイスマンの先端を口に含む。ほろ苦い液体が口の中に広がる。久しぶりの味に、心が高鳴る。それはどんどん硬くなり、凶器へと変貌する。口に含みきれない部分は、指先を使って愛撫する。ぴちゃぴちゃという小さな水音が、寝室に響く。角度を変えて、舌を使って、そして喉奥まで迎えようとしたとき、ブルネットの髪にアイスマンの指が差し込まれた。

「マーヴェリック」

「ん・・・」

自分の名前を呼ぶ、愛する男の濡れた声に、マーヴェリックはそろそろと身体を起こした。

「慣らすぞ」

「大丈夫かも・・・」

「駄目だ。久しぶりなんだから」

「確かめる?」

マーヴェリックは膝を使って移動し、自分の尻がアイスマンの手の届くところで身体を止める。アイスマンはいつの間にか、サイドテーブルの引き出しからローションを取り出していて、自らの指を濡らしていた。アイスマンは左手でマーヴェリックの腰を支え、中指を窄まった箇所に当てて、擽るように撫でる。

「んっ・・・アイスっ・・・意地悪するな」

「慣らしてるだけだ」

「確かめて・・・って・・・あっ、んっ・・・」

つぷりと指が差し込まれた。滑った指が、中で回される。

「は・・・いい・・・ん・・・アイス、大丈夫・・・だろ?」

「もう少し」

「やっ・・・早く・・・指、増やして・・・」

腰を浮かし、指先をアイスマンの胸について、体勢を維持しているが、今にも崩れ落ちそうだった。30年以上も愛した身体だから、もうアイスマンの形を覚えている。一度、縦に割れたそこは、なかなか元には戻らない。

「ア・・・イスぅ・・・」

マーヴェリックのジュニアも勃ち上がり、フルフルと揺れている。

「ああ、いいぞ。マーヴェリック」

言いながら、身体を暴いていた指を抜く。

「ん・・・あ・・・い、いいのか?」

「我慢できなんだろう?」

マーヴェリックはコクコクと頷いた。指をアイスマンに添えて、その屹立を後孔に添える。

「焦るな。ゆっくりだ」

「うん・・・うん・・・」

マーヴェリックは、従順にゆっくりと腰を落とした。ズブズブと太くて長いものが、胎内を犯す。

「は・・・お、少し・・・」

「無理はするな」

「ん・・・もっと、奥・・・欲しいから・・・」

深く息を吸って、吐き出す時に、一気に腰を落とす。男だから、終着点はない。けれども、経験と記憶にある場所に、アイスマンが当たる。

「あ・・・そこ・・・んぅ・・・」

アイスマンはマーヴェリックの両腕を取った。腕を掴み、掴ませる。ヒューマンチェーンのように、手を繋ぐ。下から軽く突いてやると、唇が揺れて、声が漏れた。年齢のせいか、昔のようにガツガツしたセックスはしなかった。スローセックス。心と身体の奥底で、互いの熱を感じ、浸る。

目を閉じていたマーヴェリックがゆっくりを長いまつ毛を揺らしかながら、目を開ける。

「どうした?」

「・・・ハグ」

「わかった」

アイスマンは腕を解き、手をベッドに付くと上半身を起こした。そして胡座をかきながら、マーヴェリックを抱きしめる。その一連の動きで、マーヴェリックの中を犯す位置が変わったらしい。

「はっ・・・あん・・・ぅ・・・」

マーヴェリックもアイスマンの身体に腕を回して、その肩口に顔を埋めるようにする。脚もアイスマンの身体に絡める。自分に纏わり付く身体を揺らしてやる。甘ったるい熱い吐息が、アイスマンの耳を撫でる。時折、身体を揺らしてやりながら、大切に抱きしめてやる。ずっと昔に出会ったブルネットの僚機は、自分の伴侶になった。そしてそれから30年。フェニックスは、それを『真珠婚』と言ったか。

「は・・・あ・・・ん・・・」

「・・・マーヴェリック?」

「ん?・・・何?・・・アイス・・・」

「あの若鷹連中に任せてみるか?」

「え?何?」

「真珠婚式のセレモニー」

「・・・いいけど・・・アイスはいいのか?海軍大将の外聞は?」

「はっ・・・俺は登り詰めた男だぞ」

「あはは・・・強いなぁ」

「お前の為に出世したんだ。誰にも何も言わせないさ」

「本当に強いなぁ」

小さく笑いながら、マーヴェリックはアイスマンを抱く腕に力を込めた。幸せで泣きそうになる。自分がこんな幸せを手に入れることができるなんて、アイスマンと出会うまでは思ってもみなかった。僚機が、自分にくれた幸せを、マーヴェリックは自分の中で大事に育てた。永遠とまではいかなくとも、できるだけ長く続くことを願って。

「アイス・・・好きだよ・・・」

「俺は、愛してるぞ。永遠にな」

マーヴェリックの考えなどお見通しかのような、アイスマンの応え。だから、マーヴェリックも言う。

「僕だって、愛してる。ずっと・・・永遠に」

あまりの嬉しさに、マーヴェリックの目尻に涙が浮かぶ。綺麗な、真珠の涙のように。

END

マイクのセックス事情 その4

ハーヴィーのオフィスから夜の街を見下ろす。街灯やビルの灯り、あるいは自動車のランプが、N Yの夜を彩っている。力のあるも者だけが得ることのできる風景。

ハーヴィーに指示された書類を完成させてオフィスに届け、チェックを待つ間、マイクはソファではなく、窓から夜景を見たくなったのだ。仕事の後の爽快な疲労感。100%とは言わないが、自信はある。自信がなければ仕事でハーヴィーの隣に立つことは許されない。それは、マイクがハーヴィーの部下となって覚えたことの1つだった。

パサリと書類をデスクに置く音が聞こえた。

「完璧だ」

「本当?」

マイクは振り向いた。ハーヴィーが満足気な笑みを浮かべながら立ち上がった。そしてマイクに近づく。

「スペルミスの1つや2つ、あったんじゃない?」

「ほう。あったのか?」

マイクは首を横に振った。ない。何度も見直した。骨子もそうだが、スペルだって確認した。

「君は賢くて、聡い。俺が言わんとすることをきちんと予測できる。そういう頭の良さは大好きだ」

手のひらで頭をぽんぽんされる。

「子供じゃないよぅ」

「そうだな。それじゃあ、裁判の準備が整ったところで、前祝いでもするか」

「もう、勝訴した気分?」

「負けるはずがないだろう。君の準備は完璧だ。・・・酒を持ってくる」

「あ、手伝うよ。っていうか、僕がやらなくちゃ。僕はハーヴィーの部下なんだし」

「ここは俺の城だ。お俺がやる。ソファで待ってろ」

「・・・ここ・・・じゃだめかな」

「ん?窓際がいいのか?」

「夜景がね・・・なんだか綺麗で」

「ああ・・・冬が近いからな」

「空気が冷えると、景色って綺麗に見えがちだよね」

「雪が降ったら、もっと綺麗になる」

「・・・雪が、空気中の不純物を包み込むから?」

「そういう理屈はよく聞くな」

スコッチの入ったグラスを持ったハーヴィーがマイクに近づく。

「悪くない」

マイクにグラスを渡しながらハーヴィーが言った。

「悪くないって・・・良いでしょ?この夜景。あ、そっか。ハーヴィーにとってはこれが日常だもんね。窓のないアソシエイトのオフィスとは大違い」

「まあ、そうだな。意識して、この夜景を見たことはないな。ただ、今夜は特別だ」

「明日の裁判での勝利を願って?」

「願わなくても、勝つ。それよりも、マイク。何が見える?」

「何って・・・」

マイクはスコッチに口を付けながら、外を見た。

「ビル。灯り。・・・夜空は・・・見えないなぁ・・・」

「もっと近くだ」

「え?近く?このビルの?」

マイクは窓に近寄り、下を覗き込もうとした。が、その顎を取られた。

「そうじゃない。・・・俺には、マイクの顔が見えるんだがな」

「・・・あ・・・ああ・・・」

鏡効果。

夜の窓ガラスは、鏡のように人を映す。確かに、夜景の中に、自分の顔が見える。そして自分の背後に立つハーヴィーの顔も。

「分かったか?」

「うん。灯台下暗し、みたいな?全然、気が付かなかった。・・・そうだね。鏡みたいだね」

マイクは笑った。それまでは景色にしか、目がいかなかった。

「駄目だな、僕。・・・物事は多面的に見なくちゃね」

「別に、仕事に絡めて言ったわけじゃない。俺だって、気付いたばっかりだ。夜景の中に、綺麗な顔が見えるな、と」

「僕はそんなに綺麗じゃないよ?」

「自分を卑下するな。いつも言っているだろうが」

「・・・貴方の隣に立つ以上は、ちゃんとするよ?でも・・・やっぱりさ」

マイクは俯いた。ネガティブ・モード。マイクの悪い癖だ。

「本当に君は、面白いな。力を認めてもらいたくて仕事を頑張って完璧にこなすくせに、変なところでそういうくらい顔をする。どっちの本当のマイクだ?」

マイクは思う。元来、自分はどちらかというと明るい性格だとは思う。仕事は好きだし、充実感がある。それをハーヴィーに認めてもらえたら、自分は仕事でハーヴィーの隣に立っていいのだ、という安心感を得ることができる。

けれども。

マイクは、気づかれないように唇を噛んだ。

やっぱり、自分は何処か汚いのだ。

何度もハーヴィーに上書きをしてもらっているとはいえ、自分の過去は消すことも変えることもできない。

「あ・・・」

マイクは1歩、窓から離れた。一瞬、トレヴァーの顔が見えたような気がした。記憶の断片。

「マイク、俺を見ろ」

ハーヴィーが窓ガラスを指差す。そこには、トレヴァーではなく、愛する人の顔がある。

「裁判が終わったら、クリスマスだな。マンダリン・オリエンタルに部屋を取った。あのホテルのレストランもなかなかいい」

「そっか。クリスマスだ」

「忘れていたのか?」

「ううん。街はイルミネーションだらけだし。ただ、ここのところ、書類に没頭してたから」

「そうだな。ホリデー・シーズン前は仕事が多い」

「えっと・・・プレゼント・・・どうしよう。貴方は何でも持ってるから、何をプレゼントしたらいいか、わからないんだ」

「そうだな。それは、そのうちリクエストすることにしよう」

「欲しいもの、教えてくれるの?」

「ああ」

「よかったー・・・」

「君は、欲しいものはないのか?」

「いつも貴方に貰ってるから」

マイクはグラスを持っていない方の手で、ネクタイを指差した。貰ったのはネクタイだけではない。今着ているスーツもハーヴィーが誂えてくれたものだ。自分のアパートでは管理しきれなくて、ハーヴィーからのプレゼントは、そのままペントハウスに置いておくことが多い。そこで過ごす時間が増えたこともある。「いっそ引っ越してくればいい」とハーヴィーは言うが、その度にマイクは笑顔で誤魔化した。仕事では頑張れる。誰にも負けない自信がある。胸を張ってハーヴィーの隣に立つ覚悟はできている。・・・けれども、仕事を離れたら、駄目だった。自分には何の価値もないと思う。だから、自分の帰る場所は確保しておかなければならないと思う。いつ、愛想をつかされてもいいように。

マイクはスコッチを一口含み、そして嚥下した。酒の熱さが心地よく喉を焼く。仕事では見放されたくない。そこでしか、自分は自分の力を発揮できない。ハーヴィーは能力ない人間を嫌う。

「ハーヴィー。明日の裁判、僕も行っていい?」

「もちろんだ。君が来れば勝ち率が上がる」

「・・・僕、頑張るね」

「もう、十分頑張ってる」

ハーヴィーはマイクの持つグラスに、自分のグラスを合わせた。

硬質な、それでいて美しい音色がオフィスに響いた。

***

セントラルパークの南に位置する、マンダリン・オリエンタル・ニューヨーク。メインロビーが35階にあり、客室は全てその上階になる。ハーヴィーは、プレミア・セントラル・パーク・ビュー・スイートのカードキーでロックを解除した。

クリスマスディナーは35階のアジアートで済ませたが、ハーヴィーは恋人に声をかけた。

「何かルームサービスでも頼むか?」

「・・・ごめん。もう、お腹がいっぱい。っていうか、胸がいっぱい」

今、ハーヴィーとマイクがいるのはスイートのリビングだった。半円形を描くように配置されたソファとローテーブル。マイクはおずおずとそのソファに腰を下ろした。すぐにワイングラスを持ったハーヴィーが隣に座る。

「食事は美味かったか?」

「・・・ごめんなさい。あんまり、わかんなかった」

クッションを抱えながら、マイクは申し訳なさそうに言った。

「随分と君を高級な店に連れ歩いたつもりだったが、まだ足りなかったか」

慌てて、マイクがブンブンと首を横に振る。

「ち、違うってば!ほら、今日は・・・その・・・えっと・・・周りが・・・さ・・・」

「ああ。まあ、そうだな。クリスマス・イブだからな」

アジアートよりもグレードの高い店に連れて行ってもらった時の方が、まだ料理の味は分かった。けれども今夜はクリスマス・イブで、周囲はドレス・アップした男女ばかり。マイク的には完全にアウェイ。居心地が悪い、を通り越して居た堪れなかったのだ。しかも、夜景がよく見える一番いいテーブルだった。クリスマスでなければ、ビジネス会食・・・といった雰囲気も出せただろうが、どうやってもクリスマスを払拭することはできなかったのだ。だから、最高に美味しい料理だったはずなのに、味が全くわからなかった。せっかくのディナーを楽しめなくて、ハーヴィーの申し訳ないと思う。

「ごめんなさい。せっかく連れ行ってくれたのに」

「別にいい。食事は第一の目標じゃないからな。マイク、来い」

立つことを促されて、マイクはその通りにする。ハーヴィーに逆らうなんてことはしない。手を取られて窓辺に移動する。

「うわぁ・・・綺麗。オフィスやハーヴィの部屋とは違う景色だね」

セントラル・パークに面している部屋なので、ビル街の灯は少し遠い。笑顔で外を見入るマイクの横顔。青い瞳がキラキラしている。レストランにいる時は違って、何処か緊張の解けた表情だった。ハーヴィーはその顔を見ながら、マイクの背中をガラスに押し付けた。蜂蜜色の髪を撫でる。そしてその手を下にスライドさせて、ジャケットに手をかけた。

「えっと・・・自分で脱いで、シャワーを浴びてくる?」

「いや、いい。このままで」

「ここで?外から見えるよ?」

「セントラル・パークだから心配ない」

「・・・僕は逃げないよ?」

「知ってる。・・・ここがいい」

「変なハーヴィー」

そんなやりとりの間にも、ハーヴィーの手はどんどんマイクの着衣を脱がせていく。マイクも靴を脱いだり、ハーヴィーのジャケットを脱がせたりする。

「んっ・・・」

口付けられて、一瞬、身体が熱くなる。ガラスに押し付けられた背中がひんやりとする。けれども、それが気持ちいい。心が、熱くなる。ハーヴィーに触れられた時の正しい反応。腰を引き寄せらて、身体がガラスから離される。が、すぐに反転させられた。

「あっ・・・」

マイクは咄嗟にガラスに手を付いた。

「ハーヴィー?」

ハーヴィーはそれには応えずに、背後からマイクの皮膚を弄った。

「え・・・あ・・・や・・・あ・・・ハーヴィー・・・?」

首筋にかかる吐息。身体を這いずる手のひら。

「やっ・・・」

息が詰まる。誰?・・・ハーヴィー・・・本当に?いや、この部屋のいるのは、自分とハーヴィーの二人だけ。それなのに。

マイクの身体が自然と硬直する。

怖い。顔が見えない。誰?・・・もしかして・・・トレヴァー?

ひゅっ・・・とマイクの喉が鳴った。ガラスに付いた指に力が入る。自分の後ろにいるのは誰?本当にハーヴィー・スペクター?・・・違ったら?

思考が過去に引き戻されそうになる。古ぼけたアパート。暴力という名のセックス。心の壊れた人形。

「あ・・・ああ・・・あああああ・・・」

身体が震える。誰?誰?誰?誰?呼吸が・・・苦しい。

「マイク」

名前を呼ばれ、顎を取られる。

「目を開けるんだ」

耳元で囁かれる。間違いなく、ハーヴィーの声。マイクは確かめたくなって、そっと目を開いた。

「ガラスを見ろ」

「え・・・」

「’誰が映っている?」

マイクは、ガラスの向こうの闇の中を見た。闇の向こうはオレンジの灯り。他には何も・・・。

「もう一度、言うぞ?誰が、映っている?」

「映って・・・る?」

マイクは視点をもっと手前に合わせた。

「あ・・・ハーヴィー・・・?」

「ああ。俺だ。それに君も」

鏡効果。闇の中のガラスが鏡となり、自分とハーヴィーの顔を映してる。自分の後ろにいるのは、ハーヴィー・スペクター。トレヴァーの顔ではない。

「安心したか?・・・ゆっくり、呼吸しろ。深呼吸だ。4カウントで吸って、それと同じ長さで息を吐け」

暗示にかかったように、マイクは言われた通りにした。最初は、酸素が肺の中に入っていかない感覚があった。けれども、数回、深呼吸を続ける。

「とにかく、全てを吐き出せ。吐ききったら、吸えるから」

言われて、息を吐くことに集中して時間をかける。そうすると、少し、呼吸が楽になったような感じがする。マイクは、呼吸を整えると、もう一度ガラスを見る。ハーヴィーの顔を探す。闇の中に映る、表情はほどく優しい。

「君の後ろにいるのは、俺だ。理解できたか?」

マイクはコクコクと頷いた。

「君の美しい瞳と賢い頭に記憶しろ。そして忘れるな」

ハーヴィーは背後からマイクを抱きしめ、その肩に顎を乗せる。表情は笑顔。マイクの好きな顔。

マイクはそろそろと手を後ろに回し、ハーヴィーの頬に触れる。温かい。

「マイク、愛している」

ハーヴィーの言葉でマイクの心臓が跳ねる。昔、自分を後ろから犯した男は、こんな表情ではなかった。こんな声ではなかった。もっと、残虐で、冷たかった。けれども、ハーヴィーは違う。優しくて、暖かい。

「・・・僕も・・・好き。・・・愛してる」

「いい子だ」

ハーヴィーがマイクの手のひらにキスをする。

「隣の部屋に行くか」

ベッドルームに誘破れる。けれども、マイクは首を横に振った。

「このままで・・・ここがいい。ハーヴィー・・・続けて。後ろから・・・僕を愛して」

「・・・いいのか?」

「うん。・・・こうして僕を抱くのは、ハーヴィーしかいないって、記憶したから。もう・・・大丈夫」

ガラスの中のマイクが微笑む。自分の中からトレヴァーの存在が薄くなる。きっと、消えることのない記憶だけれども、頭の奥底に閉いこんで、鍵をかけることはできる。

「ハーヴィーの顔を、もっとしっかりと焼き付けたい。僕の後ろにいるのは、ハーヴィーだって。ちゃんと覚えるから。お願い」

「そういう可愛いことを言うと、こっちは歯止めが効かなくなるぞ」

「いいよ?・・・ハーヴィーは僕に何をしたっていいんだから」

「優しくする」

「ハーヴィーはいつだって、優しいよ」

ハーヴィーが、ふっと笑って、身体を密着させる。

「覚悟しとけ」

「ん・・・」

マイクは、手のひらをガラスに押し付けた。頸にキスを送られる。熱い吐息はハーヴィーのもの。他の誰でもない。愛する人のもだった。

***

「ねえ・・・本当にこんなんでいいの?」

マイクがキッチンで鍋をかき混ぜながら、不安そうにハーヴィーに問う。

「いいだろう?俺が欲しいんだから」

「だからって、クリスマス・プレゼントに僕の作ったミートソース・パスタって・・・。パスタの美味しいお店に行ったっていいのに」

「君の作ったのがいい」

「んー・・・」

釈然としない表情をしながらも、心の奥底ではちょっと嬉しかった。祖母のレシピ。マイクの一番得意で好きな料理だ。ただし、人参があまり好きではないハーヴィーのために、微塵切りではなく、すりおろして入れている。その分、トマトの量を調整してある。

「ああ、そうだ。俺からのプレゼントだがな」

「え?プレゼントなら、もう貰ったけど?ほら、ホテルのディナー」

「馬鹿。あんなものがプレゼントになるか。だいたい、君は味もわからなっかたんだろう?」

「あはは〜」

「・・・君のアパートを引き払った。荷物は全て貸し倉庫に入れてある。後で一緒に行って、必要なものを取ってこよう」

「ちょ、ちょっと待って!アパートを引き払ったって・・・どういうこと?」

「そのままだ。君は、この先ずっと、ここで俺と住む。まあ、引っ越しをしてもいいんだが」

マイクは慌てて、火を止めた。

「ハーヴィー・・・何してるの?」

「部屋の鍵よりも、一緒に暮らす空間の方がいいだろう?まあ、もう暮らしているようなもんだがな」

確かに日常のほとんどをハーヴィーの部屋で過ごしている。しかし、無断でアパートを引き払いうとは。

「・・・もう、引き払っちゃったんだ」

「ああ。暗視しろ。荷物は捨ててないから」

「・・・それって・・・ものすごく大きすぎるプレゼントだ」

「嫌だったか?」

「・・・ううん。ちょっとびっくりした。でも・・・いいの?」

「ああ。それに、君から俺へのプレゼントにもなるだろう?首に赤いリボンをつけてやろうか?」

悪戯っ子のようにハーヴィーが微笑む。狡い笑顔だ。この表情されると、マイクは何も言えなくなる。

「いいの?僕に、そんな価値がある?」

「あるさ。あるから、俺の隣にいるんだろう?もっと自分に自信を持て」

「・・・ハードルが・・・高いよ・・・」

「何を言ってるんだ。俺の優秀なアソシエイトが」

「ん・・・仕事は頑張る」

「俺のパートナーとしてもな」

「・・・そのハードルが高いんだってば!もうっ」

マイクがハーヴィーに背を向けて、再び鍋をかき混ぜ始める。その姿を、微笑ましく眺める。

あの時。面接会場にマイクが飛び込んできた時。随分と綺麗な青い瞳の子犬が入ってきたと思った。それに素晴らしい記録力。才能のひとひら。

そして、愛した。少し怯える子犬が自分に心を開いくていく様子を見るのが愛しかった。

ハーヴィーは鍋をかき混ぜるマイクを後ろから抱き締めた。ひくんっと、震えたが、すぐに腕の中に恋人は身体の力を抜いた。

「なあ、キッチンでするのもいいと思わないか?」

「ハーヴィー・・・」

「どうだ?ん?」

「・・・はぁ・・・僕がそういうの、逆らえないって知ってるくせに・・・」

マイクはスパチュラから手を離した。そして、ハーヴィーの腕の中でくるんっと向きを変える。

「ノリが良くて何よりだ」

ハーヴィーはマイクを抱えて、クッキング・テーブルにその身体を乗せる。

「ねえ、ハーヴィー?」

「どうした?」

「・・・ハッピー・メリー・クリスマス。・・・大好きだよ」

自分よりも下にあるハーヴィーの頬に両手を添える。そしてかがみ込み、キスをする。ハーヴィーもそれを受け止め、マイクの腰を強く抱く。

クリスマスは、まだ終わらない。

END

Noël blanc

リードは身に付けていた借り物のジュエリーを飾り箱の中に閉まった。メイクはそのまま。鏡の中の自分を見ると、髪に羽根の飾りが付いていた。慌ててそれも外し、鏡台の上に置いた。銀色のスパンコールで彩られた衣装を脱ぎ、自分の赤いドレスに着替える。それから、ホッチに買ってもらったコートを羽織った。そして黒いストールを巻く。コートのポケットから黒いファー付きの手袋を取り出し、嵌める。

フランス、パリ、冬。

底冷えのする季節だ。

リードは楽屋を出て、店···ムーラン·ルージュの従業員用裏口から外へ出た。

暗い街灯が1つ。けれども、その暗がりの中に立つ男のシルエットを見つけて、リードは微笑んだ。

「ホッチ!」

「リード」

「待たせて、ごめんね。寒かったでしょ?」

「いや。来たばかりだ」

「嘘」

リードはホッチの手を取った。

「ほら、冷たい。ひんやりしてる」

「冬だからな」

「僕、一人で帰れるよ?ホッチ、無理しないで」

「それはこっちのセリフだ。君はカフェとムーラン·ルージュの掛け持ちだ。疲れてないか?」

「大丈夫」

ホッチとリードが歩き始める。リードはごく自然に、ホッチに腕に自分のそれを絡めた。空気は冷えているが、まだ雪は降らない。クリスマスまでには降るだろうか。

クリスマスが近く、パリの人々は浮かれていた。こんな時期は夜の街も稼ぎ時だ。ムーラン·ルージュも然り。このクリスマス·シーズンの呼び物として、オーナーはリードに舞台に立つことを交渉した。破格のギャラで。一瞬迷ったものの、リードは承諾した。クリスマスといえば、プレゼントだ。お金があれば、ホッチに何か素敵なものを買うことができる。素敵な何か。素敵な贈り物。ワクワクする。以前、ホッチと行った、ボン·マルシェなら、きっと素敵なものが見つかるはず。クリスマスに向けて、リードの心は高揚するばかりだった。

***

「すぐに暖炉に火を入れるからな。部屋が暖まるまで、コートを着たままでいた方がいい」

「ホッチもね」

「そうだ!ねえ、ホッチ。クリスマス·イブの夜、お出かけしない?」

「出かける?」

ホッチは訝しげに眉を顰めた。自分は執筆、リードはカフェとムーラン·ルージュで忙しく、クリスマスの予定は立てていなかった。もちろん、特別な日に、特別なことを行いたいとは思っていたが。

「あのね、カフェでパーティーをするの。ほら、モンマルトルって芸術家さんが多いでしょ?画家さんが多いんだけど、みんな一人で暮らしている人が多いんだよね。クリスマスの夜にひとりぼっちなんて寂しいからって、カフェのオーナーがね、企画したの。それにね、ホッチの小説のファンもいて、ぜひ貴方に会いたいって!···えっと···ダメかな?」

一気に話した後、リードは俯き加減にホッチの顔色を伺った。つい、自分の思いを独りよがりに喋ってしまうのが、自分の悪いところなのには自覚があった。また、やっちゃった···と少し、トーンを落とした。

「···リード」

「ごめんなさい。貴方の予定も聞かずに」

「何を言っている。俺は君と一緒にいることができたら、それだけで嬉しい」

「迷惑じゃなかった?」

「全然。クリスマスのお仲間に入れてもらおう」

「本当?嬉しいな。あ、それとね、僕、そのパーティーにはドレスで参加なの。芸術家さんたちにムーラン·ルージュのお裾分け」

「そうか。それは喜ぶだろう」

リードが元ムーラン·ルージュの踊り子であることは、カフェの常連客は知っている。踊り子姿のリードを描いた、小さな水彩画を貰ったことがあ理、それはリードのドレッサーの近くの壁に飾ってある。

「でも···パーティーが終わった後は、貴方と二人っきりで過ごしたい」

「もちろんだ」

リードの望みはホッチの望みだ。ホッチはリードに近づくと軽く纏めた髪を撫でた。肩につくかつくないかのギリギリの長さになった髪をリードは切らなかった。ムーラン·ルージュの手伝いに行くことがあるし、ホッチは今のリードのスタイルを好んだから。言ったことはないが、リードは察したらしい。ハサミを入れずに、ここまで伸ばした。ギャルソンの仕事をするときには後ろで結んでいる。

ホッチはリードの髪を纏めているピンを外した。するりと髪が落ちる。

「ねえ、ホッチ。あったかくなろ?」

リードは背伸びをして、ホッチの首に腕を絡めた。

暖炉の火が屋根裏部屋を暖めてくれるには、まだ時間がかかりそうだ。それなら、互いの温もりを交換した方がいい。

「先にベッドに行っていなさい」

「一緒がいい」

小さな我儘。ホッチは苦笑すると、コートを着たままのリードを持ち上げて、ベッドへと運ぶ。舞台の後のリードの唇は艶のある真っ赤なルージュに彩られていて扇情的だ。絶対に一人で夜道など歩かせられない。だから、ホッチは必ず、舞台のある時はムーラン・ルージュに迎えに行く。看板娘ではない今は、モーガンの護衛も付かない。

「ホッチはあったかいね」

ルビーの指輪を嵌めた指が、ホッチの頬をなぞる。ヴァンプの蚤の市で買い与えた小さな赤い石の指輪。今の原稿料なら、もう少し大きな石のジュエリーを送ることができる。蚤の市ではなく、もっとちゃんとした店のものを。そうだ。もう、リードへのクリスマス・プレゼントは決めてある。

ホッチは指でリードの耳朶を弄びながら、その胸元に唇を寄せて薄い肉を吸い上げた。

「んっ・・・あ・・・くすぐったいよ・・・ホッチ・・・」

リードは頭を動かして、自分の耳を触る指を口に含んだ。チロチロと赤い舌を動かしながら、ホッチの指を舐める。自分の秘所を開く指は丹念に。ねっとりを唾液を這わせる。ホッチは右手をリードに委ねながら、左手をドレスの裾から忍び込ませる。絹の長靴下を辿って、鼠蹊部に辿り着く。

「んん・・・」

ホッチの指を含んだ口からくぐもった声を発しながら、リードは体を捩った。腰を上げて誘う。ホッチは指先を器用に使って、下着を引き下ろした。

部屋の空気はまだ冷たい。このまま、体を繋げよう。

ホッチはリードの口から指を引き抜いた。そして、細い両脚を広げ上げる。リードの唾液で濡れた指が乾かないうちにと、ホッチはその窄まった場所に中指を押し込んだ。

「はっ・・・あんっ・・・あ・・・」

既に女性器のようになってしまった蕾が、するりとホッチの指を受け入れる。

「あ・・・ホッチ・・・もっと・・・もっと挿れて・・・」

眼下の恋人が強請るようにホッチを見上げてくる。口付けながら。指2本で広げてやる。

くちゅり・・・とした音が聞こえたような気がする。

「ひ・・・や・・・あ、意地悪・・・しないで・・・来て・・・ホッチが欲しいよ・・・」

リードは、さほど慣らさなくとも、すんなりとホッチを受け入れる身体になっている。ドレス中で、可愛らしいリードの雄が頭をもたげている。

「そうだな。俺も君の中に、早く入りたい」

「あったかいよ?・・・約束するよ・・・ホッチ」

リードは妖艶に微笑むと、長靴下の脚をホッチに絡めた。

***

翌日。

カフェの仕事を休ませてもらったリードは、パリの百貨店、ボン・マルシェを訪れた。ホッチへのクリマス・プレゼント買うためだ。カフェとムーラン・ルージュの給金で懐は暖かい。昨日とは違う赤いドレス、赤いコート、黒いショールに手袋を身につけている。コートと手袋はホッチからの贈り物だ。ホッチから貰ったもの、というだけで、暖かさが増しているような気がする。冬の空気は冷たかったが、リードの心は温かった。

百貨店の中で、紳士用小物を取り扱っているフロアへ行く。プレゼントは、革の手袋と暖かそうなマフラーと決めていた。今、ホッチが使っている手袋はウールのもので、かなり年季が入っていた。穴が空いたところは、リードが繕ったりもした。針と糸を手にしながら、ずっと、手袋を贈りたいと考えていた。それに合う、マフラーと。マフラーだって、結構古そうなものだった。取ろうとしてもなかなか取れない毛玉がたくさんついている。生地も薄くなっていて、防寒になるのだろうかと思うほどだった。ホッチは作家として、今とても大事な時期だ。今日も新連載の打ち合わせで新聞社に行っている。風邪なんか引いたら大変だ。タイプライターを使う指だって、大切にしてほしい。リードと違って、屋根裏部屋で書き物をすることが多いホッチだが、用事で出かけると、必ずリードに土産を買ってきてくれる。リードの好きな甘いお菓子だ。それもパリで話題になっているものばかり。新聞社の人が流行を教えてくれたから、と言っているけれども、そういったお菓子は大概、高額だ。それに比べて自分が屋根裏部屋に持ち帰るものといったら、カフェで貰った残りもののパンばかりだった。だから、ガルシアから「ホリデー・シーズンにムーラン・ルージュで働踊らないか」と打診があった時は、即答でOKした。お金があれば、質の良いものを買うことができる。

リードは並んだ手袋を食い入るように見つめた。

けれども、すぐに困ってしまう。質の良さが自分には分からないのだ。色は黒がいいと思ってはいたけれども、革にもいろいろな種類があるようだった。

「何かお探し物ですか?」

女性の店員から話しかけらて、リードは顔を上げた。ここは専門家に尋ねるが得策だ。

「あの・・・手袋を・・・」

「贈り物ですか?」

「あ、はい!・・・色は黒って決めているんですけど・・・革の種類とか分からなくて。ただ、暖かいものがいいなぁって」

「それでしたら・・・こちらはいかがでしょうか?柔らかい羊革を使っていて、すぐに手に馴染みます。それに内側はベルベットで、とても暖かいですよ。そうですね・・・デザインは、他にもこのようなものがあります。ご覧くださいませ」

店員は3種類の黒い手袋を見せた。

「触っても?」

「もちろんですよ」

リードは一番シンプルな手袋を手に取った。

「わぁ・・・柔らかい。これ、本当に革なんですか?」

「ええ。羊の革は柔らかくて滑らかなんですよ。牛革の方が一般的ですが、このシープスキンは上質でお勧めです」

上質、という言葉に心惹かれる。今日、持ってきたお金で足りるだろうかと心配になる。そんなリードの心を読んだのか、店員は小さな声で、「ご予算はいかほどですか?」と優しい笑顔で聞いてくれた。決して馬鹿にしたような表情ではない。だから、リードはこれまた小さな声で、使える金額を言った。それとマフラーも合わせて欲しいことを伝えた。

「それでしたら、この手袋とカシミアのマフラーを買っても十分、お釣りが出ますよ。あちらにマフラーがありますから、見てみましょうか?」

「あ、お願いします」

やはり専門家は違う、とリードは思った。黒い手袋に合わせて、黒いマフラーを見せてもらう。予算を伝えたせいか、店員はそれに収まるようなものを見せてくれた。

「こちらのマフラーは暖かくて、それでいて型崩れのしにくいものになっています。高級感が出ますよ」

「じゃあ、それを。お会計をお願いできますか?」

「贈り物ですからラッピングしますね。それと、ホリデー・シーズンなのでカードをサービスでおつけしますよ。お相手の名前を、こちらでお書きになりますか?」

「はい。えっとペンをお借りできますか?」

「こちらにあります。どうぞ」

クリスマスらしい綺麗なカードとペンを差し出される。リードはショー・ウィンドウの上を借りて、カードに名前を書いた。アーロン・ホッチナーと。

「あら?」

店員が驚いたような声を上げた。

「もしかして、その名前・・・。作家のアーロン・ホッチナーさんですか?」

「え?あ、はい」

「まあ!私、ファンなんですよ!新聞の連載小説は必ず読んでいます!これは張り切ってラッピングしないといけませんね。少々お待ちくださいね」

「お願いします」

奥に引っ込んだ店員の背中を見ながら、リードは誇らしくなる。以前、タイプライターを買った店の主人もホッチのファンだと言った。カフェに来る芸術家たちもホッチの小説を読んでくれている。

「すごいなぁ・・・ホッチ」

嬉しい。ホッチの作品が認められ、ホッチの名前が知られているのが嬉しい。パリで小説家として生きていくいことがホッチの夢だ。その夢が確実に叶っている。

「やっぱり、すごいなぁ・・・ホッチ」

リードは、もう一度、小さな声で呟いた。

***

クリスマス・イブ。

いつもより早い時間にリードはカフェから帰ってきた。屋根裏部屋でホッチが迎え入れる。今夜は、そのカフェでのパーティーだ。

「ただいまー。さっむいね」

「暖炉の前に行くといい」

「うん。ありがとう」

リードは暖炉の火に手を翳した。

「意外に早く帰ってきたんだな」

「うん。パーティーの準備は店長と他のギャルソンがやってる。ほら、僕は着替えないといけないから。ね?化粧もしないといけないし」

「ムーラン・ルージュの看板娘が来るんだから、客も喜ぶだろう」

「あはは。元、だよー。じゃ、着替えようっかなー」

「リード、今夜は何を着ていくんだ?」

「いつもの赤いドレスだよ」

「だったら・・・」

ホッチはいつも書き物をしている机の下から大きな箱を取り出した。赤いリボンがかけられている。

「なぁに?」

「クリスマス・プレゼントだ。これを着て行ったらいいかと・・・」

「え・・・今夜のパーティー用?」

「いや、もちろん、普段に着たっていいんだが・・・」

「開けてもいい?」

「ああ」

リードは丁寧にリボンとラッピングを外し、そっと蓋を開けた。

「うわぁ・・・」

現れたのは、赤いドレスだった。けれども、普段着ているものよりも上質な生地なのは見ただけでわかる。光沢があるからだ。リードは赤いドレスを持ち上げた。ギャザーの寄り方やデザインが、今のパリの流行のものだと分かる。

「綺麗・・・ありがとう、ホッチ!」

「着替えるのを手伝おう」

リードはギャルソンの服を脱いだ。床にどんどん落とす。下着も女性用のものに変え、ガターベルトも身に付ける。ベッドに座ると、ホッチが長靴下を履くのを手伝う。金色の留め金。そして、ドレス。オフショルダーのドレスで、胸の辺りが浅くカットされている。ベッドから立とうとしたリードを手で止める。そして箱の中で薄い紙の下に隠れている靴を取り出し、リードの足を取る。

「えっ、靴も?」

「ああ。せっかくのクリスマスだから。ドレスと一緒に展示してあって、全てをリードに着せたいと思った」

赤いサテンの靴をリードの足に履かせる。そして、踝に軽くキスをする。

「ありがとう、ホッチ。でも、ごめんね。いっぱいお金を使わせちゃって」

「クリスマスだろう?」

「そうだけど・・・。あ、じゃあ、待ってて、ホッチ」

リードはベッドから降りると自分の衣装箱の中から、包みを取り出した。

「ホッチはこれを身に付けて、パーティーに行ってね。今日も寒いんだから!」

そう言って、包みをホッチに押し付ける。

「・・・僕からのクリスマス・プレゼント。開けてみて」

「君だって、随分とお金を地受かったんじゃないのか?」

「だって、クリスマスでしょ?それに、このためにムーラン・ルージュのお仕事も頑張ったんだもん」

「そうか」

ホッチもリードと同じように、丁寧に包みを開いた。手袋とマフラー。

「これは・・・羊だな」

さすが、元貴族のホッチは見抜いていた。

「内側がね、ベルベッドになっていて、あったかいんだって。って、お店の人の受け売りなんだけど。僕、革のことなんか、全然わかんなくて」

「マフラーも暖かそうだ。いや、絶対に暖かいな。ああ、カードも」

「そう!ホッチの名前を書いたらね、店員さんがびっくりしてた。貴方のファンなんだって!僕、すっごく嬉しかった」

「知名度じゃ、君の方が上だと思うぞ。ムーラン・ルージュの看板娘」

「だから、それは昔の話!」

くすぐったそうにリードは笑った。

「俺の名前が売れたのはその踊り子のおかげだ。君をモデルにした小説で売れるようになった」

「貴方の実力だよ。僕は何もしていない」

「俺の傍にいることを選んでくれた」

「···貴方の傍じゃないと、生きていけないもん」

「これからも、ずっと、俺の傍に?」

リードはこくりと頷いた。

ホッチはリードの首にかかっている、リングを通したチェーンを外した。小さなルビーの指輪。チェーンから指輪を抜き、それをリードの薬指に嵌める。

「仕上げをしよう」

「そうだね。化粧をしなくちゃ」

「その前に···」

ホッチはデスクの上から、紙束に隠した小さな箱を取り出した。

「踊り子はもっと着飾らないとな」

蓋を開け、ネックレスを取り出す。一粒ルビーのネックレス。しかし、赤い石の周りが透明度の高い石で囲まれている。

「鏡の前へ」

ホッチがリードをドレッサーへと促す。

椅子に座ったリードの首に、後ろからネックレスを回し、後ろで留める。

リードは鏡の中の自分、否、首元を覗き込んだ。

「凄い···キラきらしてる···」

「小粒だが、ダイヤモンドをあしらっている」

「ダイヤモンドって···え···これ、絶対に高いでしょ···」

リードは後ろを振り向いて、ホッチを見上げる。

「まだ、あるんだ」

「え、ちょっと待って。僕、心臓が止まりそう」

「いや、まだ死なないでくれ」

笑いながら、ホッチは耳飾りを取り出した。やはりルビーだ。クリップでリードの耳朶にルビーをあしらう。

「ああ、やはり、リードは赤色が似合うな。これでルージュを引いたら完璧だ」

ホッチはドレッサーの上からルージュを取り上げてリードに渡す。リードは鏡の中の自分を覗き込みながら、唇に紅を引く。鏡の中に、踊り子が現れる。

「綺麗だ」

「綺麗なのは、ドレスとルビーのおかげだよ」

「そんなことはない」

ホッチはリードを後ろから抱き締めた。その腕にリードは自分の手をそっと重ねる。

「このままベッドに連れて行きたいくらいだ」

「僕もベッドに連れて行ってほしいくらい」

「しかし···時間だな」

「うん···」

「でも···パーティーが終わったら···」

「そうだな···」

ホッチは腕を解き、リードを立たせる。赤いコートとストールを渡し、自分もコートを着る。もちろん、首にはリードから贈られたマフラーを巻く。コートを着終わった、リードがホッチの前に立ち、マフラーを整える。

「どお?」

「暖かい」

「良かった」

リードは赤いサテンのハイヒールで爪先立ちをする。そして、ホッチに腕を絡めてギュッと抱きしめた。

「今夜は、貴方の為にも歌うね」

「パーティーを盛り上げてくれ」

「うん。···大好き、ホッチ」

「俺もだ」

***

美しく着飾ったリードは、カフェでのパーティーを随分と盛り上げた。モンマルトルの芸術家たちは喜び、そしてホッチの小説を褒めた。

パーティーの終盤で、ある一人の画家が、布に包まれた大きな絵をホッチに渡した。

「これは?」

「我ながら、なかなかよく描けたんだ。あんたたちへのクリスマス·プレゼントだ」

白布を外すと、赤い踊り子の油絵が現れた。ドレスや手袋は赤いが、肌は陶器のように白い。赤と白のコントラスト。額縁の中で躍動する踊り子。

「もうしばらくしたら、日本に帰るんでね。その前に、あの子を描くことができて良かった」

「いただいてもいいんですか?」

「クリスマス·プレゼントだよ」

「俺は何も」

「いいんだ。君の小説とムーラン·ルージュの踊り子からは、多くのインスピレーションをもらったからね。そのお返しだよ」

「自分も、リードからは多くのものを貰っています」

「あの子は、たくさんのものをたくさんの人々に与えることのできる子だ。···幸せに」

「ありがとうございます」

ホッチはもう一度、絵を眺めると、白布をかけた。そこへリードがやってくる。

「みなさーん!オーナーの力作、ブッシュ·ド·ノエルですよー!」

パーティーは、まだまだ終わりそうにない。けれども、自分が贈ったもので彩られたリードを見て、その美しさに誇らしくなるホッチだった。そして。心から、その姿を、愛おしいと思うのだった。

シャンパンの入ったグラスが、日本人画家から差し出される。

「ノエルと踊り子に、乾杯」

ホッチは頷き、自分のグラスを合わせる。

硬質な、それでいて美しい音色が、店の喧騒の中で小さく響いた。

Fin

いつだって一緒

デヴィッド・カーソンはセミダブルのベッドで寝返りを打った。そうしたら、身体のあちらこちらに、「むにっ」と何かが当たったか。何か・・・とは、わかりきっている。人体だ。諸般の事情で同居している、相棒。パイロットのエヴァン・レインツリーだ。

「またかよ」

と、心の中で呟いてから、目を開けた。視界には、くうくうと、気持ち良さげに寝こけている相棒の姿が映る。カーソンは、枕元の時計で時刻を確認した。6:00。まあ、起きても悪くない時間ではある。いつもは、自分の方が寝汚く、起きるのが遅いのだが、たまにはこういう日があってもいいだろう。そろり・・・と身体を動かすと、カーソンはベッドから降りようとした。

が。しかし。

「うわっ・・・!」

突然、後ろから腕を掴まれて引っ張られた。ベッドの上に引き戻される。

「まだ、早い」

直前まで、寝息を立てていた相棒が、パッチリと目を開けて自分を見ていた。

「あー・・・あんた、起きてたの?」

「お前がベッドから出ようとするから」

「そりゃね。朝だから」

「いつもなら、まだ寝てる」

「たまには、こういう日もあんの。何、起きちゃダメなわけ?」

「・・・俺が先に起きる」

「なんで」

「朝食を作るから。俺が」

「あー・・・そー・・・そうね。朝食は大事ね」

家事が壊滅的に出来ないカーソンなので、食事を作るのはいつだってレインツリーの方だ。本人もそれを嫌がってる風でもないので、そういう分担になった。いや、分担も何も、掃除も洗濯も相棒がやっている。

「じゃあ、俺、シャワーを浴びるから、朝食を作れよ。OK?」

「OK」

相棒の動きは早く、すっとベッドから降りて、Tシャツを被ると、さっさとカーソンの寝室を出て行った。

「しっかしなぁ・・・寝室を別にしてる意味、無くね?」

カーソンは呟いた。

********************

眠気はとっくに冷めてはいたが、朝のシャワーは気持ちがいい。なかなか取れない爪の間の黒い汚れは、整備士という仕事の勲章みたいなものだ。それでも、カーソンは丁寧に指先も洗った。ブラシを使って軽く擦る。

カーソンは元々はハワイアン・エアラインの整備士だった。空港のハンガーが、カーソンの城だった。そこへ何故か、やたらとやって来ていたのが、パイロットのエヴァン・レインツリーだった。「パイロットは飛行機を飛ばしてりゃいーじゃん。CAとイチャイチャしながらさ~」と思っていたカーソンだったので、レインカーがやたらとハンガーに来て、整備の様子を見てるのが不思議でたまらなかった。だから、ある日、つい言ってしまったのだ。

「何。何なの。俺の整備がそんなに信用できないわけ?あ?」

と物凄く挑戦的に。

しかし、パイロットは穏やかに首を横に振った。

「いや。違う。その逆だ。お前の整備は信頼できる」

「は?」

パイロットに整備の何がわかるんだ!という思いもあったが、レインカーの前職を聞いて納得した。元空軍のパイロット。F15イーグルを操っていた、戦闘機乗り。空軍のパイロットは、自分の機体を整備士任せにはしない。必ず、自分の目と手を使ってチェックする。その癖だ。その癖が抜けずに、ハンガーに来るのだ。けれども、決して、カーソンの仕事に手出しや口出しをすることはなかった。ただ、静かに、見ていた。

「面白い?暇じゃない?」

「楽しいし、暇は感じない」

「あっそ。まあ、いいけど、そのシャキッとした制服を汚さないように気をつけなさいよね」

「ああ。ありがとう」

わりと、紳士的な口調。

「でさぁ、何で、俺の整備が信頼できるって言うわけ?その根拠は?」

「・・・音・・・かな」

「音?」

「ああ・・・そう。音だ。エンジン音やフラップ音・・・色々な音を聴いて、そう思った」

「へえ・・・いい耳してるじゃんよ」

カーソンは汚れた指で鼻を擦った。黒いオイルのようなものが鼻に付いたかもしれない。しかし、そんなことを気にしていては、整備士は務まらない。

エヴァン・レインツリーは空が好きな男だった。だから、空軍のパイロットになった。空に近づくために。それが理由は語らなかったが、民間航空会社のパイロットになった。同じ空でも、戦闘機と航空機とでは、見える世界は違うだろうに。

カーソンは、レインツリーが明日乗る機体の整備を仲間達と終えて、ほっと一息ついた。いつの間にか、レインツリーが傍にいた。

「ありがとうな」

「これが、俺の仕事だし。あんたは、安全に乗客を空の旅に連れて行ってくれ」

「そうする」

そう言うと、レインカーはポケットから白いハンカチを出して、カーソンの汚れた鼻を拭いた。

「へっ・・・」

驚いたカーソンが1歩後ずさる。

「な、何すんの、あんた」

「綺麗な顔だから」

「・・・あんた・・・眼科に行ったほうがいいわ・・・マジで」

それが、レインツリーとカーソンが、よく会うようになったきっかけだった。

********************

「お!チョコチップバナナパンケーキ!!」

テーブルに並んだ朝食を見て、カーソンが満面の笑みを浮かべた。甘いものが大好きなカーソンだったが、レインツリーが作るパンケーキの中でも、このチョコチップバナナパンケーキが一番の好物だった。他にも、卵料理とソーセージ、コーヒーにミルクが用意されている。

カーソンが座ると、肩にタオルをかけたレインツリーも座った。そしておもむろに、コーヒーにバターを入れてかき回し始める。

「うわ・・・」

「何だよ」

「いや・・・それ・・・何回見ても、引くわー」

「栄養価が高くなるんだ」

「それは100回くらい聞いたっての。でも、引くわー」

カーソンは眉を顰めた。が、チョコチップバナナパンケーキを一口食べたら、ふわっと表情が柔らかくなった。

「ん。やっぱ、美味いわ、これ」

「そうか。それは良かった」

「エッグスンシングスもブーツ&キモズもいいし、カフェカイラ好き。モケズだって捨てがたい。でもさ、あんたのパンケーキが一番落ち着く。美味いし。飛べなくなったら、パンケーキ屋でも始めたらいいんじゃねーの?」

「その時は、お前も一緒だな」

「何で。俺は一生整備士やるの」

「だったら、俺は一生、お前が整備した飛行機を飛ばす」

「・・・整備士は他にもいっぱいいるでしょ」

「俺はお前が整備した機体にしか乗らないって決めてる」

この男の、自分に対する執着は一体何なのだろう。きちんと完璧に整備された飛行機に乗りたい気持ちはわからないでもない。けれども、それは自分でなくたっていいはずだ。もちろん、カーソンは自分の力量には自負がある。それを認めてもらえることは正直、嬉しい。ただ、レインツリーにはそれ以上の何かがある。ハワイアン・エアラインのパイロット辞めた時、レインツリーはその足でカーソンの所にやって来て言ったのだ。

「俺、専属の整備士になれ」

その言葉は提案でも何でもなく、まるで決定事項の命令だった。あれよあれよと言う間に、カーソンは、プライベートビーチのあるレインツリーの家に連れてこられた。そして、現在に至る。パイロットと整備士はコンビだから、いつも一緒にいなくちゃいけない・・・と言うのが彼の言い分だ。最初は難色を示していたカーソンだったけれども、自分の苦手な家事の一切を文句も言わずにやってくれるので、これはお買い得では?・・・と思ってしまった自分もいた。正直、この家は居心地がいい。慣らされてしまったなぁ・・・と後悔しても今更遅い。何せ、身体の関係までもってしまったのだから。成り行きで。・・・成り行き?・・・そうだったか?・・・同意。合意。・・・少々、酒も入っていたしなぁ・・・。

「冷めるぞ」

「あ?ん・・・そだね。・・・もっとメープルをかけようっと」

カーソンはメープルシロップをたっぷり変えると、満足気にパンケーキを頬張った。

「今日は?レナーズか?それともリリハ・ベーカリー?」

「んー・・・そうね。今日はココパフって気分」

「じゃあ、リリハだな」

「よろしく」

カーソンは甘いものが大好きだ。オヤツに必ず、マラサダやココパフを買って行く。いろんな店をチェックしているが、最近はレナーズのマラサダかリリハ・ベーカリーのココパフがルーティーンだ。カーソンはコーヒーを飲みながら、昨日もした会話をもう一度した。

「今日は?カマロ?シルヴァラード?」

「どっちでも。しかし、運転は俺だ」

「あー、はいはい。じゃあ、俺のカマロな」

「OK」

「なあ、ミルクもいいんだけど、オレンジジュースが飲みたい」

「わかった。持ってくる」

どんな些細な我儘も、どんな大きな我儘も、レインツリーはあっさりと受け入れる。飛行機と車の運転いついて以外は。とにかく、機械を動かすこと、操縦することが好きな男だ。もしかすると、彼は自分のことも操縦している気でいるのかもしれない。けれども、それが不愉快に思えないところが不思議だった。

「ほら」

大きなグラスに注がれたオレンジ色。

「あんがと」

カーソンは喉を鳴らしてオレンジジュースを飲んだ。

「んま」

カーソンが美味しそうに食べたり飲んだりするのを、レインツリーはいつも穏やかに微笑んで見てる。その視線にはカーソンも気づいてる。こんなおっさんの飲食する姿を見て何が楽しいのか。わからない。けれども、興味を持たれるのは悪くはない。

「なあ、今日は何処、飛ぶの」

「マウイ島。新婚カップルの輸送だ」

「モノじゃないだから。しかし、いいね、マウイ島。俺、ラハイナの街並み、好きよ」

「そうだな。半日以上は、観光してるらしいから、俺たちも少しは自由時間があるぞ。街歩き、するか?」

「いいね。ただし、完璧な整備が終わってからな」

「わかってる」

「オノ・ジェラート・カンパニーに行きたい」

「わかった」

本当に、車の運転は譲らないが、他のことに関しては、ほとんどカーソンの言うなりだ。それが、また、この男との居心地をよくしている要因の1つなのだろう。

「あー・・・俺って飼い慣らされる?」

とカーソンは言葉に出さずに、心の中で呟いた。

「なあ・・・」

今度は言葉にした。

「何で、今朝、俺のベッドにいたの?」

「コンビはいつも一緒にないとダメだから」

「お前が俺の寝室に来れば、俺はお前の寝室には行かない」

「・・・・・・寝室を熱にしてる意味、なくない?」

レインツリーはそれには答えなかった。カーソンも別に答えは求めていなかった。案外、寂しがり屋なんだな、と思うだけだ。彼の、バックグラウンドはまだまだ知らないことだらけだったが、まあ、一緒に空を飛べたらそれでいいか・・・と思う。

「今日も空が青いね」

「ああ。絶好のフライト日和だ」

大きな窓から見える真っ青な空を見ながら、二人は静かに笑ったのだった。

END

Yea please quit 01

逃げたかった。
いや、現在進行形で逃げたい。
金髪碧眼が美しいダニエル・ウィリアムズ刑事は、上司であり相棒でもあるスティーヴ・マクギャレット少佐宅の2階寝室のベッドの上でブランケットにくるまりながら心底そう思っていた。
いや、現在進行形で思っている。
先にシャワーを使わせてもらったものの、あまりにもダラダラしていたら(30分位)、とうとうスティーヴがバスルームに押し入ってこようとしたので、慌てて脱出。入れ替わりにバスルームに消えた相棒からはしっかりと目をそらし、自分がこの家を脱出する算段を頭の隅っこで考えながら服を探したら、一式なかった。靴もなかった。いやいや、裸でなければなんとかなる!とスティーヴのクローゼットを物色しつつ、あれ?カマロのキーは?と思ったら、それもなかった。スマホもなかった。ダニーの家の鍵もなかった。全てがなかった。
「マジかよ」
そう呟いて、ベッドサイドの時計を見たら、確実にバスルームを出てから2分は経過していた。まずい。猶予は残り1分しかない。1分で何ができる?たかが1分。されど1分。しかし、ダニーが置かれた状況下においては、たかが1分でしかなかった。嗚呼。もう残り30秒。とりあえず、素っ裸で部屋に立ってるのは絶対によろしくないことだけはわかる。
しかし、ダニーはミノムシよろしく、ブランケットを全身に巻きつけてベッドに座ることしかできなかった。
そして、今、目の前には、スティーヴがいる。という状況である。
冒頭に戻るが、ダニーの心と頭は、「逃げたい」というフレーズで埋め尽くされていた。

「ダニー、確認するぞ」
「ああ・・・うん」
「俺はダニーが好きだ。OK?」
「まあ、それは聞いた。OK」
「最早それはlikeではなく、loveだとも言った。OK?」
「・・・そだね。そんなこと言ってたね」
「つまり、俺はダニーを愛してる。OK?」
「すっげー物好きだと思うけど、それも聞いた。OK」
「俺たち、普通にハグしてるよな?OK?」
「一般的なアメリカ人男性の頻度としてちょっと多すぎで長すぎって気がしないわけでもないけど、OK」
「キスだってしてるよな?OK?」
「まあ、俺から進んでしたことはないけどね。・・・OK」
「俺達は、相思相愛ってことだよな?OK?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ダニー、何故、黙る?」
怖い。スティーヴの目が怖い。完全に容疑者を問い詰める視線になっている。いつから、ここは取調室になったんだと、ダニーは思う。しかし、スティーヴの質問にうっかりと答えたら、確実に貞操の危機だ。っていうか、すでに野獣に体を押さえつけられている状態に等しい。
「ダニーは俺のことが嫌いだったのか?」
「うー・・・いや・・・まあ、その・・・ね?なんつうかね?そうじゃないんだけど・・・」
「じゃあ、好きなんだな?愛してるんだな?だったら、何も問題ないよな!」
そう言って、スティーヴの手がダニーをくるんでいるブランケットに伸びる。
「いやいやいやいやいやいやいや!!!!問題あるでしょ!!!!!」
ピタっとスティーヴの手が止まる。そして、眉間の皺が増える。怖い。マジ、怖い。いろんな意味で怖い。何が怖いって、スティーヴというよりも、スティーヴがこれからやろうとしていることが怖い。
「何が問題なんだ?俺には理解できない。付き合っていれば、誰もが通る道だろう?」
「とっ通らねえよ!!少なくとも俺は通ってない!あんたは、軍で通っちゃってるかもしれないけどさ!!」
「それは軍隊に対する偏見だぞ?ダニー。俺だって、男相手はは初めてだ」
初めて同士、ますます怖い。
「でも、大丈夫だ。俺は優勝でエリートだから」
何がー!何処がー!オーマイガー!
スティーヴの意味不明な自信にダニー頭を抱えたくなる。しかし、それをやるとブランケットがずり落ちるので、頭は抱えずにしっかりとブランケットを握りしめる。
「ももももも・・・もうちょっと段階を踏んだらいいんじゃないか?お付き合いってさ。な?」
「だから、さっき確認しただろう。告白した。ハグもした。キスもした。しかも、合意で。次の段階は言わずもがなだろう?」
と、眉間の皺を解いて爽やかスマイルで答えるスティーヴ。
告白を受け入れた、ハグを許した、キスも許した、そんな自分の浅はかさを呪うダニー。こうなることは予想出来ていたはずなのに。けれども、スティーヴのことは嫌いではないのだ。相棒としても、人としても。ただちょっとLOVEの見解にちょっとばかり相違があったような気がしないわけでもないのだが。
「でもさー、俺、男だし」
「それは十分に分かってる」
「じゃあ、男同士でセックスするって、いかがなものかと・・・」
「そうか。ダニーは保守的だったな」
「そっそうそうそうそうそうそうそう!わかってんじゃん!俺ってそういう人間だからさ!」
「でも、新しいスイーツは好きだよな」
「へ?」
「ニュージャージーにはない、ハワイ特有のスイーツは、ビビらないで率先して食べるよな。レナーズのマラサダとかリリハ・ベーカリーのココパフとかテッズ・ベーカリーのハウピアパイとか。つまり」
「・・・つまり?」
「自分が保守的だっていうのは、ダニーの単なる思い込みということだ」
・・・何なの、その論理展開。再び頭を抱えたくなる。が、それをこらえて、ブランケットを握りしめる。
「愛してるんだ、ダニー。だから、俺はダニーの全部が欲しい。そう思うのは、当然の成り行きだと思わないか」
愛とセックスの関連性については、ダニーも否定はしない。30年も生きていれば、好きだなーっていう女の子とセックスに及んだことは多々ある。愛とセックスは詰め合わせである。だがしかし。今目の前にいるのはスティーヴ・マクギャレットという男であって、可愛い可愛い女子ではないのだ。しかも、あまりにも恐ろしく確認できずにいるのだけれども、その体格差と相手のコントロールフリークっぷりからいって、ダニーの方が受ける入れる側であることはあまりにも明白だった。
それが、怖い。激烈に、怖い。猛烈に、怖い。何はなくとも、怖い。
だって。アソコはそういう器官じゃないし。消去法でいったら、アソコを使うしかないってだけの話だし。たぶん、全知全能の神様はそういう使用方法を考慮して、アダムを造ってないと思うし。無理っしょー。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、ダニーはスティーヴに抱きしめられていた。
「絶対に後悔させないから、ダニー」
いやもう、すでに自分は後悔してます。己のパーソナルスペースにアニマルを侵入させたことが大間違いでした。と、ぶるぶる怯えるダニー。
「嫌か?」
「・・・・・・つーか、あのね」
ダニーがボソボソと喋り始める。無理矢理押し倒されることだけは避けたい。
「何だ?」
「笑わないで、聞いてほしーんだけさ。・・・あー。確かに、俺はあんたのこと嫌いじゃないよ?確かに、好きって言葉と受け入れたし、キスだって拒んでない。でもさ、でーもーさー」
「だから、何なんだ?」
「うー。・・・あんねー。・・・おっかねーの!マジ、怖いの!」
「俺が?」
「セックスしようとするあんたが!」
「心外だな」
「鏡を見てみろよ。なんか、捕食動物を目の前にした猛獣って感じ。それに男同士のセックスも怖い!」
「じゃあ、俺は一体どうしたら、いいんだ?」
「だーかーらー。こういうお付き合いは段階を踏みましょうって!」
「それはない」
「即答?」
「俺は十分に段階を踏んだ」
「じゃあ、俺の気持ちは無視なわけ?大事にしてくれないわけ?最低!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す。ダニーも俺の気持ちを大事にしてくれてない」
「しょうがないじゃん!」
「ダニー。喧嘩はしたくない」
スティーヴの声は荒げることなく、穏やかだった。
「ダニーを傷つける気もない。ただ、愛したいだけなんだ」
何かを押し殺したような、優しい声。それに対して、ダニーはあまりきつい言葉を返せなくなる。
「いや、まあ、その、そういうのがわからないわけでもないんだけど・・・さ・・・」
「本当に嫌だったら、殴っていい。それともベッドサイドに銃を置いておこうか?」
「何だよ、それ」
「心の底から嫌なら、俺を撃ち殺せばいい。レイプになるからな。正当防衛だろう?」
「・・・そこまでして、抱きたいわけ?」
「抱きたい」
「・・・・・・わ・・・わーったよ」
ダニーは小さくため息を付く。そこまで言われたら、そろそろ腹を括るしかないようだった。

to be continued

Let`s meet for Pau hana

いつものように、電話で呼び出され。
いつものように、被害者を検分し。
いつものように、銃撃戦になだれ込み。
いつものように、相棒は無茶をし。
いつものように、俺はハラハラさせられ。
けれども、
いつものように、事件は解決。
4人で報告書を分担し、それも終わる。
コンピュータのエンターキーを押して、
俺は椅子に深く寄りかかった。
デスクの上に飾ってある、グレイスの写真を見やる。
無意識に口角が上がるのは仕方がない。だって、彼女は俺の可愛いモンキーで、元気の源だから。
「ダニー」
俺のオフィスの入り口に無鉄砲男が立っていた。
「Let’s meet for Pau hana」
「へ?パウハナ?」
このハワイっ子は時折、俺のわからない言葉を会話にぶち込んでくる。
あー。やだやだやだ。だから、こう答えてやる。
「I don’t know」
よっぽど俺は仏頂面をしていたんだろう。
スティーヴがニヤリと笑った。余計にムッとする。
「”仕事は終わり”って意味だよ、ダニー」
「じゃあ、最初っから、そう言えよ」
「”郷に入りては郷に従え”って言うだろ?ダニーだって、最近は、AlohaやMahaloを使ってるぞ?」
「そうだっけ?」
「使ってる。この間もパンケーキ屋のウェイトレスに言ってたぞ」
「あの程度は、世界共通言語に近いだろう。Pau hanaは知らない」
「じゃあ、これで新しい言葉を覚えたな。スキルアップだ」
「俺はハワイっ子じゃないからいーの」
「これからハワイっ子になるかもだろう」
「なんで」
「ハワイ永住とか」
「しないしないしないしない!俺はグレイスのいるところにいるの!もし、グレイスが日本に行っちゃったら、俺だって日本に行くもんねー」
「俺が日本に行ったら?」
「はぁ?お前は勝手に行っただろうがよ!置き手紙一つで!ふざけんな!」
あの時のことを思い出して、だんだん、腹が立ってきた。
「悪かった、ダニー。膨れるなって」
「膨れてねーし」
実のところ、心はめっちゃ膨れていたわけだけれども。
「機嫌直してくれ。ビール、奢るから」
「今夜の飲み代、全部持ってくれるなら」
「仕方がないな」
「ふーん。気前がいいね。気持ち悪い」
「で?ププは何がいい?」
”ププ”ってハワイ語は大好きだ。おつまみって意味だから。
「そりゃあ、パイナップル抜きのピザ」
「それなら、冷凍庫に入ってる」
「え?お前んちなの?」
「帰らなくていいから、楽だろう?着替えも置いてあるし」
「えー」
「心配するな。ビールはちゃんと冷やしてある」
「そういう問題じゃないんだけどさー」
と、文句を言っている間に、スティーヴが近づいてくる。
あー、これは、来るなーと思った。
今日の銃撃戦は結構激しかったし。
アニマルのアドレナリン出まくってたし。
俺は、左手を伸ばして、グレイスの写真をデスクに伏せた。
と、同時に、唇を塞がれる。
これは序の口だ。
いや、序の口にさせる。何せ、ビールとピザが先だからな。
すっと唇が離れた瞬間に、俺は立ち上がった。そして、ポケットからカマロのキーを出し、スティーヴの目の前で左右に振る。
「安全運転で、よろしく」
「わかってる」
「それと、家に着くまで、お触りナシね」
「そりゃ、ないだろう」
「サカるときは、場所を考えろって言ってんの!ほら、行くよ!」
すでに、チンもコノもいなくなったfive-0の本部。釘を刺しておかないと、何をするかわからないアニマルボーイ。違った。アニマルおっさんか。
腰をホールドされる前に、俺はさっさと歩き出した。
「電気を消すのと、戸締り忘れんなよー」
ひらひらと手を振って後を任せる。
”Pau hana”
うん。悪い言葉じゃない。仕事は終わり。これで、上司と部下関係はリセット。
いつでも主導権を握られてたまるかってんだ。
俺は、心の中のハワイ語辞典に、”Pau hana”といういう言葉を書き入れた。

END

Never let you go. Side:S

今日の俺はカマロではなく、自分の車、シルバラードのハンドルを握っていた。隣にはチンが座っている。
「ダニーの膝、大丈夫だといいね」
チンの言葉に、「ああ」と呟く。
ダニーがファイブ・オーに入った頃、彼は膝の前十字靭帯を痛めた。本人曰く、俺が散々無茶をさせたせいだと言う。そのときは、「なんて、軟弱なんだ!」と思ったが、今にして思えば、俺にも悪いところがあったかな・・・と反省はしている。
その痛めた膝を、先日の容疑者確保のときにアスファルトに打ち付けてしまい、しばらく病院通いを続けている。事件がなければ、俺がダニーにのカマロで病院に連れて行くのだが、今日は聞き込みがあって、それはできなかった。
「心配だろう?」
チンが話しかけてくる。
「ああ」
クスリと、隣から笑い声が聞こえた。チンが笑ったからだ。
「チン?」
「ごめん。なんか、心、ここにあらずって感じだったから」
「・・・・・・そんなこと、ない」
「聞き込みが終わったら、病院に寄ろうか?」
「いや、いい」
「意地を張らなくても」
「張ってない」
「そうだね。スティーヴはいつだって、自分の感情に素直だからね」
また、チンが笑った。
俺は思わず、唇を噛んだ。
父親の元相棒。子どもの頃の俺を知ってるだけに、チンにはかなわない。
一応自分の方がボスとはいえ、チンの方が年上だしな。
「・・・銃器店の聞き込みが終わったら、病院に寄っていいか?チン」
「もちろん。それがいいよ。ダニーも喜ぶ」
「喜ぶ?」
「そう。相棒に心配されて、迎えに来てもらったら、絶対に喜ぶよ」
「そんなもんか」
「そうだよ。そういうものだよ」
相棒か。・・・そうだな、俺とダニーは相棒だ。
・・・・・・でも、相棒と寝るか?セックスをするか?
ただの相棒なら、しないと思う。でも、ダニーはただの相棒じゃない。
相棒じゃなかったら、何なのか。
ダニーを抱いておいて、こんな自問自答をするのはおかしいけれども、自分にとってのダニーの存在意義を真剣に考えてみたことはなかったかもしれない。
ただ、欲しかった。自分のモノにしたかった。あの五月蝿い言葉も、オーバーリアクションも、膨れた顔も、笑顔も、体も全て、自分のモノにしたかった。
けれども、何度、体を重ねてみても、ダニーが自分のモノになったという実感がない。いつだって、どこか、もどかしさがある。
ある時、夜中に目がさめたら、隣にダニーの姿がなかった。外を見たら、カマロがなかったから、家に帰ったことがわかった。俺はすぐにダニーの家に車を走らせた。ダニーの家のセキュリティはたいしたことはなく、ピッキングで鍵はすぐに空いたし、ベッドで熟睡するダニーは俺の存在にも気づかなかった。
ただ、その姿を見て、ほっとしたことを覚えている。そのあとに芽生えた感情はよくわからない。
そんなことが2、3度続いてから、ダニーは勝手に家に帰らなくなった。
正確に言えば、俺が帰さないようにしていたからだけれども。
ダニーの体温を感じていると、とても安らいだ。だから、離したくないのか?
ダニーは俺の精神安定剤なのか?
「スティーヴ?大丈夫か?もう、着くよ。聞き込み先」
「あっ・・・ああ」
チンの言葉で、思考から現実に引き戻された。

銃器店で満足な情報を得る。それをメールでコノに送った。調査を彼女に任せる。
「せっかくだから、ダニーにココパフかマラサダを買って行ってあげようか。きっと喜ぶよ」
「喜ぶ?」
「そう。仲間になった頃は、ハワイ・ネガティブ・キャンペーンの多かったダニーだけど、ココパフとマラサダにはすっかりはまったよね。それと、パンケーキも。まあ、もともと甘いモノが好きなんだろうけどね。こうして、ダニーの好きなモノが、ハワイに増えていくといいよね。どうせだから、両方買って行ってあげようか。ん?スティーヴ?」
「チンは・・・随分とダニーのことがわかるんだな」
「ダニーの甘いモノ好きは見ていればわかるよ。女子のコノ顔負けに、甘いモノを見ると嬉しそうな顔をするからね。気づかなかった?」
「・・・いや。まあ・・・・・・」
「ん?どうした、スティーヴ。ダニーといる時間は、俺なんかよりずっと長いだろうに」
チンが意外そうな顔をする。
確かに、そうだ。カマロの助手席でも、よく甘いモノを食ってるなっていうのは気づいていた。でも・・・・・・。
「スティーヴ。ちょっと車を停めてくれるかな」
「ああ、わかった」
車を道路脇に寄せる。別にココパフやマラサダの店の前というわけでもない。
「スティーヴ。ダニーと何かあった?喧嘩したわけでもなさそうだけど。っていうか、口喧嘩はいつものことだしね」
「別に・・・・・・喧嘩はしてない」
「じゃあ、ダニーの膝のことかな?あれは仕方のないことだよ。古傷を打ってしまったことは不可抗力だ」
「・・・・・・わかってる」
「じゃあ、どうしたのかな?」
チンに問われても返事ができない。自分でも理解不能だからだ。
ただ、心の中がざわついていることだけは確かだ。
「スティーヴ?」
「チン。よくわからないんだが・・・・・・」
「何かな?」
「一緒にいたはずなのに、夜中に目が覚めたとき、一人だった。そのとき、どうにもならなくて、相手の家まで追いかけた」
「へぇ。情熱的だね。スティーヴらしい」
「俺らしい?」
「捜査と一緒。容疑者の確保一筋と同じってこと。ただ、その相手は容疑者じゃないからね。情熱的っていうよりも、愛が溢れてるっていうのかな?」
「愛?」
「だって、相手の家まで追いかけたんだから、そうなんじゃないか?」
うんうん、とチンが頷く。
「じゃあ、相手が逃げないように、手錠か何かで繋ぎ止めておきたいっていうのは?」
「スティーヴ。それを実行に移したら犯罪だからね。ただ、そういう感情はわかる。それは、執着ってことかな。あ、まさか本当に手錠で繋いだりは・・・・・・」
「していない」
「それは、よかった」
ただ、逃げられないように、がっちりと腕の中に収めているだけだ。それは、心の中で補足しておく。
「いいね。愛と執着。それは表裏一体のものだよ。愛しているから、相手に執着してしまう。そして執着してしまう、愛もある。ただし、相手の気持ちを無視して、やり方を間違えると、ただのストーカーだからね」
「・・・・・・たぶん、それは・・・大丈夫だ」
ダニーは俺を拒んではいない。少なくとも、セックスは合意の上だ・・・と思う。
けれども、自分はダニーの気持ちを確かめたことがあっただろうか。
そもそも、自分が、自分の思いをダニーに言ったことがあっただろうか。
・・・・・・それはない。何せ、自分で自身でもわからない感情だからだ。
「スティーヴ。言葉って大事だよ。大切で手放したくない相手なら、ちゃんと、『愛してる』って言ってあげないとね。さ、ダニーにココパフとマラサダを買っていこう」
その言葉を合図に、車を発進させる。
チンに言われたことを噛み締めながら。

「あれー。チンと一緒じゃねーの?」
病院についたら、ちょうどエントランスからダニーが出てきたところだった。
「何か用事を思い出したらしい。買い物の後、別れた」
「買い物?今日は聞き込みじゃなかったっけ?」
「チンが、ココパフとマラサダをお前に買っていこうって・・・」
「え?マジ?両方あんの?さーすーがー!チン!」
そういってダニーは、さっさとシルバラードの助手席に乗り込んだ。俺も慌てて運転席に座る。すでにダニーはマラサダの箱を開けている。
「膝・・・どうだった?」
「ん、美味しい!あん?ああ、膝ね。大丈夫。今日で通院もおしまい。古傷も悪化してないって」
「そうか。よかった」
「ほんっとだよ。これで膝が壊れちゃったら、俺、ファイブ・オーを辞めて、どっかの警察署で内勤だね」
「そんなことさせない」
「何、言ってんだか。あんたに人事権はないでしょうが。知事様の言う通りってやつだよね」
「知事には報告しない」
「はぁ?あのさあ、なんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いよ?まったく、これだからコントロール・フリークの言うことって、いやいやいやいや」
ダニーが首をブンブンふりながらマラサダを頬張る。
「そうだ、本部に行く前に、俺の家に寄ってくんない?銃もバッジも置いてきちゃったんだよね。俺ってうっかりさん!」
「わかった。ダニー、そこらへんに砂糖を散らかすなよ」
「あーはいはい。これはあんたの車だもんねー。ったく、こういうときはカマロの助手席の方が都合がいいよな。自分の車なら、砂糖をこぼし放題!なんてね」
ケラケラ笑いながら、2つ目のマラサダに手を伸ばすダニーを、視界の端に捉えながら、俺はダニーの自宅へと車を走らせた。

「ちょっと車で待ってろよ。それとも、俺のカマロに乗り換える?」
「いや。一緒に行く」
「拳銃とバッジを取りに行くだけよ?」
「いいから」
「はいはい。わかりました。逆らいませんって」
ダニーが両手を挙げて、降参のジェスチャーをする。
家の中へ入るなり、俺は後ろからダニーを抱きしめた。
「!・・・スティーヴ?」
ダニーの怪訝そうな声。
「あんね。今、まだ、勤務時間中。しかも真昼間。だから、離れなさいっての」
「嫌だ」
「あーあーあーあー。まーた、始まった。なんか、スイッチ入っちゃった?アニマル・ボーイ」
ダニーの口調はあくまでも軽い。そういえば、セックスのときも、真剣な言葉のやり取りはなかった。いつだって、軽口を叩きながら、ダニーは俺を受け入れる。
背後から、ダニーの耳たぶを喰む。
「うわっ。くすぐったいよ!それ!やめ!」
身じろぐダニーの耳たぶを解放し、その代わりに顎を掴んで唇を重ねる。少し無理な体勢にダニーは辛くなったのか、自分から俺の腕の中でくるりと向きを変えた。随分とキスがしやすくなる。
ダニーの腕が俺の腰に回された。
貪るようなキスをして、それから、そっと唇を離す。
綺麗なブルーの瞳が俺を見つめる。
「で?この後は?本部?それともベッド?」
片眉を上げての質問。その言葉の裏に、どこか諦めのようなものを感じるのは気のせいか。
「なあ」
「んー?」
「・・・俺は・・・ダニーを愛してるのか?」
「!・・・・・・は?い、今、なんとおっしゃいましたか?」
「だから・・・俺は、お前を愛してるのかって・・・・・・」
「ぶわっかか!あんたは!そんなん知るかよ!俺はエスパーじゃないの!俺にテレパシーを求めんな!ほんとに、あんたって、アニマルな!知性がないのか。いやいやいやいや、そんなことを言ったら世の中のアニマルに失礼だ!あんた、アニマル以下、もとい未満!はい、決定!」
腕の中で騒ぎ立てるダニーが、ふと可愛いな、と思った。カマロの中での会話でも、そんな風に思ったことがある。
「ショックだったんだ。夜中に目が覚めたとき、ダニーがいなかったことがあったろう。ものすごく、傷付いた」
「あーはいはい。それで、あんたは、わざわざ俺の家に来て、ピッキングして、気配を消して俺のベッドに潜り込んでたんだよね!きゃーこわーい」
「それは・・・愛だって、チンに言われた」
「ちょっと待て。俺とあんたが寝てるってチンに言ったのか!」
「それは言ってない」
「あー、よかった。一応、良識あんのね」
ほっとしたように、ダニーが天井を仰ぐ。
「なあ、俺は・・・・・・」
「知らねーよ」
「まだ、言ってないだろう」
遮られて、むっとする。
「あのなあ、スティーヴ。俺はマジ、エスパーじゃないから、あんたの考えてることなんてわかんないの!そりゃ、相棒としてはわかるよ。もう、ツーカーで敵陣に突っ込んでいけちゃうもんね。まあ、あんたの無茶っぷりにも慣れたっつうの?でもさー、愛とか恋と、そういうのはわかんね。ただ・・・さぁ・・・」
「ただ?」
「・・・・・・んー。怒るなよ」
「怒らないから、言ってくれ」
「・・・・・・あんた。寂しいんじゃない?」
「寂しい?」
「あー。自覚がなかったらごめんね。でもさ、あんたの周りからいろんな人がいなくなったじゃん。父親、母親、それとジェナにロリ。それから、えーと、そう。あんたの親友っていう、フレディ・ハート?妹のメアリーだって住んでるのは遠くだし、デブおばさんだってさ・・・・・・」
確かに。ダニーが言ってることは事実だ。だくさんの人が俺の周りから消えた。
「でもさ、その穴埋めを俺でしようとしてるわけじゃないと思う。まあ、俺の自惚れだったらごめんなさいだけどさ、俺がいなくなること、心配してない?」
ダニーがいなくなる。自分の傍からいなくなる。それは、想像もしたくないこと。
「スティーヴ。心配しなくていいよ。俺に飽きるまで、俺に執着してればいいよ。俺、寛大だから」
執着。チンも言っていた言葉。執着から始まる愛もある・・・と。
だとしたら、これは・・・・・・。
「ダニー」
「んー?」
「俺は・・・お前を・・・」
「はい、ストップ。やめとけ、やめとけ。なあ、それよりも、俺は、あんたの傍にいることは嫌じゃない。苦痛じゃない。それをなんて言葉で表していいかはわかんねー。でも、セックスも含めて、嫌じゃないんだよ」
口角を綺麗に上げて、ダニーが笑う。その小柄な体をもう一度抱きしめた。
「なあ、スティーヴ。今は仕事に戻ろうか。で、今夜、お前んちで飲もうぜ」
「わかった」
即答する。
きっと、今夜もダニーをベッドの中で離すことはないだろう。
勝手に帰ったりしないとはわかっていても、腕をその腰に絡めて眠りにつくだろう。そして、その温かな体に安心感を覚えるのだろう。
そして、いつか。いつの日か、言ってやろう。ダニーに。
「愛している」と。
執着は、一種の愛なのだと。自分の中で、完璧に、消化しきれたら。
それきっと、遠くはない、未来だ。

END

Hair Style s1

Sean1

軍人であるが故に、休日でも早く目覚める。アイスマンとマーヴェリックはいつものように、二人でワークアウトに出かけ、部屋に戻る。

「先にシャワーを使っていいぞ」

とアイスマンが言えば、

「いいよ、一緒で。早く汗を流したいだろう?」

マーヴェリックはアイスマンの腕を掴んでバスルームへと引っ張った。ワークアウト用の服をポンポンと脱ぎ捨て、すぐに裸体になる。もう少し、恥じらいとううものはないのか・・・とアイスマンは思うが、それがマーヴェリックなのだから仕方がない。彼女が脱ぎ捨てた衣類をかき集めて、アイスマンはそれらをランドリーに放り込んだ。それからバスルームに入る。背中まであるブルネットの髪はすっかりと水を含んでいた。アイスマンはマーヴェリックよりも先にシャンプーのボトルを掴んだ。

二人が出会った頃、マーヴェリックはショートカットだった。それはそれでキュートで可愛らしかった。しかし、付き合うようになってアイスマンは驚愕した。何せ、ショートカットのマーヴェリックはボディソープで身体どころか、髪や顔まで洗っていたのだから。スキンケアに至ってはニベア1つで済ませるという、妙齢の女性にしてはあまりにも手を抜きすぎだろう・・・という感じだった。そんなことを思い出しながら、液体を手に取り、湯で泡立てると、ブルネットの髪を洗い始めた。慣れたもので、マーヴェリックもされるがままになっている。

「髪、伸ばせばいいのに・・・」

というアイスマンの呟きに言葉で答えることなく、マーヴェリックは態度で応えてくれた。毎月のように髪を切ることはなく、途中、中途半端で鬱陶しそうな時期もあったが、今は背中の中間あたりの長さをキープしている。アイスマン好みの長さだった。

指の腹を使って頭皮をマッサージしてやると、気持ちよさそうにマーヴェリックは口角を上げた。

泡を流してトリートメントを擦り込む。綺麗な髪だ。キュッと両手で水気を絞り、大きめのクリップで留めてやる。

「ありがとう。アイスは髪を洗うのが上手だよね」

「別に普通だ。マーヴェリックが雑すぎるんだ。ほら、洗顔フォームはこっちだぞ」

「あ、そうなの?そっちかと思った」

「そっちはクレンジングリキッドだ」

「見分けがつかない」

「ボトルの色が違うだろう。それにちゃんと書いてある」

「あー・・・見えなかった」

「嘘をつけ。半端ない動体視力の持つ主のくせに」

「あはは」

アイスマンは昇進のため、少しずつデスクワークが増えたが、マーヴェリックは現役アヴィエーターだ。

ボディーソープで汗を流し、その泡もすっきりと流してやると、

「秋に出てるね」

と言ってマーヴェリックは先にシャワーブースを出て行った。結局、マーヴェリックはシャワーの下に立っていただけで、全部アイスマンが洗ってやった。手のかかるお姫様。けれども、嫌ではない。

アイスマンも手早くを身体を洗うと、シャワーブースを出る。あまりゆっくりしていると、マーヴェリックは何もしない。ニベアで終わる。

「マーヴェリック。言っただろう。髪をタオルでゴシゴシと擦るな」

「んー?」

案の定。アイスマンが寝室に行くと、マーヴェリックはドレッサーに座り、ゴシゴシガシガシとタオルで髪を拭いていた・・・というよりも、擦っていた。

「ほら、貸せ」

アイスマンはタオルを取ると、優しく丁寧に、絞るように、髪の水気を取る。アウトバストリートメントを染み込ませ、それからドライヤーのスイッチを入れた。ダックカールでブロックキングしながら、内側から乾かしていく。ブルネットに艶が出てくる。

「今日の予定は?」

「そんなんのアイスの方が分かってるくせに」

「まあな」

「今日は、教官だよ。誰かさんのせいで飛ばせてもらえない」

「若鷹たちを育てるのも、使命の1つだと思え。・・・生きて還ることを教えるのに相応しい教官だと思うが?ピート”マーヴェリック”ミッチェルは」

「そうかな」

「飛ぶことと同時に、生還することも教えてやったほしい」

「分かった。アイス」

「さて。今日はサービスカーキだな。少しだけ緩めにシニョンにしよう」

マーヴェリックにとって、アイスマンの手指は魔法だった。整髪料を付けた手のひらでブルネットをまとめやすくする。きっちりと後ろに流すことはせず、サイドにほんの少しの髪を残し、器用にピンを使いながら、頭の後ろ下に髪をまとめる。トップの髪を指先で少し、引っ張り出す。公式の場に出るわけではないから、このくらいの遊び心はあっていいだろう。

次はメイクだ。

マーヴェリックがニベアの青缶に手を伸ばすのをアイスマンが止める。放っておくと、本当にこれ1つで済ませる。というか、付き合う前は済ませていた。初デートで行ったのはDiorだ。基礎化粧品をラインで揃えた。BAにメイクを施されたマーヴェリックは、素材がいいだけに、薄いメイクでも、かなり化粧映えした。アイシャドウとリップで彩られた目元と唇を鏡で見たマーヴェリックは相当恥ずかしかったのか「自分じゃないみたい」と下を向いていた。

「マーヴェリック。それは乳液。先に化粧水だ」

「だーかーらー・・・分かんないよ」

「覚える気がないだけだろう」

「あ、バレた?だって、どうせ全部アイスがやってくれるし、そういうの嫌いじゃないんだろ?」

「まあな」

言いながら、マーヴェリックの顔にメイクを施していく。今日は若鷹たちが相手だから、控えめに。けれども、マーヴェリックの美しさは最大限に引き出す。教官らしく、凛とした雰囲気が欲しいと思い、アイラインを引く。

「できたぞ」

「ありがと。アイス、軍人やめても、こういう仕事できるんじゃない?」

「これはマーヴェリック限定だ。他の女の顔に興味はない」

暗に「お前だけを愛している」と伝える。

「クローゼットからサービスカーキを出してこい」

「分かった」

その間に、アイスマンは中に身につける下着とストッキングを選ぶ。

「アイスー・・・ボタン取れてたー」

「後でつけてやる。それよりも、これ」

「着替えるー」

ベッドに上に並べられた、ブラジャー、Tバックショーツ、ガーターベルト、ストッキング。ベッドの下にはシンプルな黒のパンプスを置かれていた。

基本的に、マーヴェリックはアイスマンが用意したものに異は唱えない。信頼しているから。ヘアスタイル、メイク、ファッション。その方面にマーヴェリックは完全に疎い。というか、興味がない。だから、アイスマンに任せておけば失敗はないのだ。

「アイスーストッキングが破れるー」

「待て。履かせてやるから。前にも言ったろう。一気に履こうとするな」

「面倒臭い」

そんな悪態を吐きながらも、ニコニコしているのは、アイスマンに構って貰えるのが嬉しいからだ。アイスマンにストッキングを履かせてもらって、ガーターの留め金もやってもらう。インナーとスカート着ている間に、アイスマンが裁縫箱を用意して、取れかけたジャケットのボタンを手早くつける。

「アイスは本当に何でもできるよねー。ありがと」

繕ってもらったジャケットを受け取り、羽織る。パンプスを履き、アイスマンの前に立つ。

「どお?教官っぽい?」

「俺が教官ぽく仕上げたからな」

「ありがと」

マーヴェリックはアイスマンの首に腕を回し、その頬に口付ける。すぐに離れると、

「コーヒーを淹れてくるね。アイスも早く準備した方がいいよー」

言われてみれば、マーヴェリックにかかりっきりだったので、自分はまだバスローブ姿だ。苦笑しながら、アイスマンは頬に少しついたであろうリップを指で拭うと、メンズローションのボトルを手に取った。

***

若鷹たちが軽くどよめく。

並べられた椅子の間を歩くサービスカーキの女性教官。スカートから覗く脚はバックシームのストッキングで包まれている。

壇上に上がった教官が振り向くと、またどよめきが大きくなった。

えらく美人な・・・そしてセクシーな女性教官。

「おはよう、諸君。ピート”マーヴェリック”ミッチェルだ。今日は、君たちに、戦場から生きて還る方法を教える。ちなみに、その方法にマニュアルはない」

響く、凛とした声。

その夜。伝説のアヴィエーターが、ドチャクソ美人だった。・・・というテキストが、写真入りで飛び交ったのは言うまでもない。

END

calling you

もう、時間の感覚がない。というよりも最早、日付の感覚がない。

壁に日焼けたカレンダーはあるものの、既に役にはやっていなかった。

モバイルの電源はとっくに落ち、充電することもなかった。

映りの悪いテレビはオブジェで、気が向いた時にスイッチを入れるラジオから流れるDJの声と音楽だけが、外界と二人と辛うじて繋いでいた。とはいうものの、よほど気をつけてラジオを聞かなければ、今日が何日の何曜日なのか、わからない。そのくらい、ここは孤立していた。モハーヴェ砂漠の中の古びた、カフェの名がついたモーテル。

何となく、昼よりは少し前だろう・・・と分かるのは、この季節の太陽の高さからだ。太陽といえば、この部屋には「幻日」という名の絵が飾ってある。マーヴェリックはいつだったか、コクピットから見た映幻日の光景を思い出す。

ゆっくりと寝返りを打ちながら、手のひらで隣を探るが、そこに人はいなかった。部屋はここしか空いていないと言われて案内されたのはダブルベッドの部屋。モーテルの主人にそう見られたのかは分からないけれども、それは別にどうだっていい。

「・・・アイス?」

部屋の空間の何処かに向かって、僚機の名前を呼んでみる。

「起きたか。コーヒーを貰ってくる。お前も飲むだろう?」

「ああ・・・あ・・・ダメだ、アイス。昨日の夜、コーヒーマシンが壊れたって・・・そんなこと、言ってた」

「マジか。・・・はっ・・・まさに、バグダッド・カフェだな」

「あはは。俺も同しこと、考えてた。・・・アイス・・・」

「どうした?」

「戻ってきて。どうせ、コーヒーないんだし」

「そうだな」

Tシャツとジーンズ姿のアイスマンが、ベッドに戻り、シーツだけを身体に纏わり付かせたマーヴェリックの近くに座る。マーヴェリックは左手で身体を支えて起き上がると、右腕をアイスマンの首に回した。そして、口付ける。最初は下唇を喰むように。そして上唇を舌でなぞり、そのままアイスマンの口腔に差し込んで舌同士を絡める。アイスマンもマーヴェリックの後頭部を手のひらで支えて角度を変えながら、その感触を楽しむ。

「・・・煙草の味がする・・・」

唇の隙間でマーヴェリックが囁くように呟いた。

「嫌だったか」

「・・・好き」

「知ってる」

アイスマンはベッドに上がると、マーヴェリックに覆い被さった。マーヴェリックも素直にその体重を受け止める。

この場所で。何度、身体を重ねたかは忘れた。数える気もなかった。ここに時間はない。あるのは空間。それと互いの身体だけ。だったら、行うことは1つだけ。

「シャワーは、いいのか?」

「いい。ああ・・・でも、アイスは浴びたんだよな」

アイスマンからはボディソープの香りがする。夜は冷える砂漠だが、それを凌駕してしまうくらいに二人は汗をかいている。

「気にするな。お前の匂いは嫌いじゃない」

そう言って、アイスマンはマーヴェリックの首筋に鼻を埋める。

「んー・・・」

気持ち良さげに首を仰け反らせる。くすぐったさと快楽の瀬戸際。

「・・・すぐに入っても・・・いいぞ」

「挿れて欲しいの間違いじゃないのか」

「意地悪な言い方だな」

「どっちが」

互いに笑い合いながらも、互いを求める仕草はやめなかった。

アイスマンは手早く衣服を脱ぐと、改めてマーヴェリックを組みし敷く。片脚を上げさせて、指を一本挿れると、そこはすんなりと受け入れる。昨夜の熱が、まだ残っている。

「慣らさなくて、いい・・・」

マーヴェリックはもどかしそうに腰を揺らした。

「欲しいか?」

「欲しい・・・意地悪すんな」

マーヴェリックがアイスマンの肩を甘噛みする。動物みたいな甘え方。だから、アイスマンはあやすように抱く。両脚を抱え上げて、濡れそぼだった後孔に、欲しがっているものを与えてやる。一気に。最奥まで。

「は・・・あ・・・んぐっ・・・んっ・・・」

そのまま揺さぶってやれば、甘い声が室内に響く。

こんな風に、怠惰な数日を過ごしているのに、アイスマンの僚機は、何処か痩せたような気がする。

「あ・・・アイス・・・アイス・・・」

これほどまでに、名前を呼ばれたことがあっただろうか。古い映画の挿入歌が脳裏をよぎる。

I am calling you.

Can’t you hear me?

そんなことはない。聞こえている。名前を呼ばれる度に胸が熱くなる。自分を求める声。これほどまでに、自分の庇護欲と独占欲を煽る、生き物。放っておけば、空へ消えてしまう。

ああ。

だから。

この爛れた時間と空間の中で、古ぼけたシーツに、この幾分小さな身体を繋ぎ止めておきたいと思うのだろう。このモーテルはケージなのだ。

ドライブの途中で車が故障したのは偶然か、必然か。

車を直すための部品が届くまで、と。このモーテルに身を寄せることにしたのは無意識か、意図的か。

モバイルのバッテリーを充電しようしなかったのは、誰か。

小さな声を上げながら、快楽を追う。その表情をいつまでも見ていたいと思ったのは自分だ。このまま、閉じ込めて、翼を折ってしまえば、ずっと自分の傍にいるのだろうか。

狂気。

ああ。

できるわけがない。

マーヴェリックから翼と空を奪ったら、それはアイスマンの求める者ではなくなる。

アイスマンは、繋がったまま、僚機の身体を引き起こした。対面になることで、深く楔が突き刺さる。

「んああああーっ・・・」

翼を折る代わりに、その身体を抱き締める。繋がっている間だけは、彼を地上に繋ぎ止めておくことができる。あれほど自分すらも焦がれている空が、恋敵とは。

「マーヴェリック」

I am calling you.

Can’t you hear me?

「あ・・・聞こえてる・・・アイス・・・」

心を見透かされたか。アイスマンは小さく笑った。そして、身体を繋げたまま、深いキスを。深淵に堕ちていくようなキスを。

***

マーヴェリックが、エンジンキーを回した。

快調な音を立てて、エンジンはかかった。

「あー・・・随分と着信が溜まっているな」

アイスマンは久しぶりに充電したモバイルを見て溜息を吐いた。

結局のところ、1週間、二人はモーテルにいたのだ。2週間の休みを貰っていたとはいえ、音信不通では多方面に心配をかけただろう。案の定、着信のほとんどはスライダーからだった。きっとマーヴェリックの着信はグースで埋め尽くされているだろう。

「アイス、荷物は?OK?忘れ物はないか?」

「多分な」

「うわー・・・心配。そのバッグの中、絶対にカオスだ」

「うるさい。ほら、いくぞ、整備士兼、運転手」

「はいはい」

故障した車の部品が届けば、後はマーヴェリックが自分で直せる。そうして蘇らせた車に乗り込む。アイスマンは、サイドミラーの映ったモーテルの看板を見た。

バグダッド・カフェ

古い映画のタイトルと同じ名前のモーテル。

ふっ、と笑いながら、アイスマンはサングラスをかけた。そして、モバイルを操作する。

「・・・ああ、悪いな、スライダー。音信不通で。・・・別に、事故じゃない。マーヴェリックも一緒だ。そっちは?は?グースが泣いてる?・・・伝えてやってくれ、マーヴェリックは無事だ。生きてる。ちょっと二人で長い休憩を取ってただけだ。・・・ああ、そう。車が壊れてな。悪かったって言ってるだろ。いや、マーヴェリックは運転中だから。何処かで休憩するときに、グースに電話すればいいんだろう?わかったから。約束する。・・・ああ・・・そうだな。明日、4人で会おう。じゃあな・・・」

アイスマンはモバイルをポケットにしまった。

「マーヴェリック。早く帰ったほうがいいみたいだ。グースがお前の捜索願いを出そうとしていたらしい」

「えー、大袈裟だなぁ、グースの奴!」

ケラケラと笑いながらマーヴェリックは運転する。半日もあれば、帰り着くだろう。

マーヴェリック

I am calling you.

マーヴェリック

Can’t you hear me?

アイス

I know you hear me.

サイドミラーの遠くに、幻日が見えたような気がした。

END