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White Wing Harvey’s Angel

「綺麗な色だな」

ハーヴィーは小さな声で呟くように言った。

「ふぇ?」

ハーヴィーの膝に乗ったマイクが、首を軽く傾げる。ペントハウスのソファの上で、身体中を触られていい心地だったから、マイクはハーヴィーが何の話をしているのかわからなかった。

「君の羽の色だ」

「・・・ああ」

ハーヴィーが自分の翼に鼻先を埋めたのを見て、マイクは合点がいった。確かに、自分でも「最近の羽、綺麗だな。もしかして天界にいる時よりも綺麗じゃね?」と思うほどに、マイクの翼は真っ白だった。その上、最近では真珠の粉が振りかけられたかのような輝きもある。

「ハーヴィーのおかげだよ。ハーヴィーが真っ黒な僕の羽を綺麗にしてくれたんだよ」

マイクはそう言って、ハーヴィーにキスをする。感謝のキスだ。

天界から下界に落とされて、トレヴァーと付き合い出してから、マイクの羽は純白から灰色へ、そうしてとうとう真っ黒になってしまった。悪いことをしたのもそうだが、一番悪かったのはドラッグをやったことだった。ハッパをやるようになって、マイクの羽は加速度的に黒くなっていった。そんな自分の羽を見て、マイクは青ざめた。この先落ちるところは地獄しかない、と。

そんな時に出会ったのが、ハーヴィーだった。トレヴァーとの最後の仕事。これで縁を切ろう。と思っていた時に、うっかりと紛れ込んでしまったアソシエイトの面接会場。マイクは直感的に、トレヴァーから逃れるチャンスだと思ったのだ。だから、自分の得意技を披露した。運よく、ハーヴィーはマイクを気に入り、アソシエイトにしてくれた。もちろん、堕天使であることは秘密にして。

けれども、月日が経って、上司と部下の関係から、友人関係を経て、最終的に恋人関係になってから、マイクの正体がバレてしまった。初めてセックスした時に、マイクの快感と感情が極まって、イく時に思わず翼を出してしまったからだ。

最初は驚き、それでも冷静な声で、「・・・君は悪魔だったのか?」とハーヴィーが眉を顰めて訊いてきた時には、マイクは全力で首を横に降った。そして、自分が天界で少々悪戯が過ぎて下界に堕とされた堕天使だということ。元は白い羽だったが、悪いことばかりしていて羽がどんどん汚い色になり、とうとう黒くなってしまったことを必死に説明した。

ハーヴィーはリアリストだ。もし、これが誰かに聞いた話なら信じなかっただろう。しかし、自分の目の前に翼を有した者が存在するのだから、信じるしかない。しかも、この青年を愛している。だからハーヴィーは黒い羽を撫でながら訊いた。

「羽を白く戻す方法はあるのか?」

と。マイクは、

「僕がいい子になったら」

と、小さな声で答えた。アソシエイトとして一生懸命働いてはいたが、まだまだ足りなかったらしい。それ以来、ハーヴィーは仕事では厳しくマイクに接して、成果をあげさせた。けれども、夜は、優しくマイクに接した。それから時間をかけてゆっくりとマイクの羽の色は代わり、白を通り越して純白になったのだ。

けれども。マイクはハーヴィーに言わなかったことがあった。本当は「いい子」になるだけでなく、「人を愛して」そして「人に愛される」ことが必要不可欠な条件だったのだ。その時のマイクは、ハーヴィーを愛する自信はあっても、彼から愛される自信がなかったのだ。汚い、悪魔のような羽を持つ自分を愛してはくれないだろうと思ったのだ。しかし、結果は・・・この通りだった。ハーヴィーに目一杯、愛してもらって、マイクは天界にいる時よりも綺麗な羽色を持つ天使になった。

マイクは今、ものすごく幸せで、とても満たされていたのだった。

********************

その日、マイクは1日中、ハーヴィーと行動を共にすることはなかった。それぞれ抱えている案件が違ったからだ。もちろん、ハーヴィーに頼まれた資料調べはあったから、それは最優先で仕上げた。ただ、タイミングが合わなくて、結局、夜になっても渡せずにいた。別にドナに預けるか、あるいはハーヴィーのデスクに置いておくかすればいいのだが、マイクは直接渡したかった。労いの言葉が欲しいわけではなかった。ただ、大好きな人の顔を見たかっただけだ。けれども、ハーヴィーは外に出ていて、オフィスにはいない。

「・・・急ぎじゃないって言ってたから・・・明日の朝一番でもいいかなぁ・・・」

マイクは独り言ちると、資料をデスクの引き出しに入れ、スーツのジャケットを羽織ると、メッセンジャー・バッグを斜めがけにした。アソシエイト・オフィスにはもう誰もおらず、マイクは電灯を決消して、オフィスを後にした。

だいぶ涼しくはなったが、夜の空気は、まだ昼間の熱気を保っていた。少し歩くと、汗が出る。お腹も空いたし、喉も渇いた。アパートまで空腹を我慢できそうにない。マイクは、遅めの夕食を食べてから帰ることにした。けれども、給料日前で、少々懐が寒い。外気の熱気とは裏腹に。けれども、NYにも色々な店がある。ハーヴィーが連れて行ってくれる高級レストランだけでなく、安く美味しいものを食べさせてくれるカジュアルな店もある。そんな店を探しながら歩いていると、偶然、ハーヴィーと一緒に入ったレストランの前を通った。その時のことをふと思い出す。そうだ。初めてハーヴィーとディナーを楽しんだ店だ。と言っても、そんな高級レストランに入るのは初めてで、たくさんあるナイフとフォークに戸惑って、マイク的には楽しむどころではなかったけれども。一番テラス側の席で、ものすごく緊張したのを覚えている。まだ、体も重ねていなかった時のことだ。それでも、隠れてキスだけはしていたなぁ・・・と。そんなことを思い出したら、自然と顔が綻んだ。また、ハーヴィーと来ることができたらいいなぁと思う。そうしたら今度は、テーブルマナーも完璧で、美味しい食事を楽しめるだろう。

マイクはその店の前を通り過ぎながら、自分たちが座った席にチラッと目をやった。

そして。

足を止めた。

ハーヴィーがいたからだ。向かいには、とても綺麗な女性。マイクの知らない女の人。「ああ、きっとクライアントだ」とマイクが思おうとした瞬間、その思考は裏切られた。女性が左手をハーヴィーに差し出し、ハーヴィーが微笑みながら、その手を取ったからだ。そして、指を撫でる。

ツキンっと、マイクの胸が痛んだ。何かが、マイクの胸を刺した。目に見えない、何か。

今までマイクに向けられていた優しい眼差しが、その女性に向けられている。

今までマイクに触れていた指先が、その女性に触れている。

マイクは2、3歩後ずさりをすると、アスファルトを蹴って走り出した。

*******************

「ハーヴィー、これ・・・その、頼まれていた資料・・・」

「ああ、悪かったな。昨日、受け取れなくて」

「んー・・・ドナに預けるとか、デスクの上に置いとけばよかったんだろうけど・・・でも、ハーヴィーの仕事はちゃんとやりたいから」

「いい心がけだ」

翌日のオフィス。ハーヴィーはマイクから頼んでいた資料を受け取った。その指先を見るだけで、マイクの胸が痛む。昨夜、綺麗な女性の手に触れていた指。今まで、自分だけのものと信じて疑わなかった、存在。けれども、それは現実ではなかった。マイクの独りよがりな思いだったにすぎない。

「じゃ、今度はルイスの案件を片付けて来るね」

マイクはなんとか笑みを作って、オフィスを出ようとした。が、ハーヴィーに呼び止められる。

「マイク、今夜、ディナーに行かないか?ほら、初めて2人で行った店を覚えてるか」

ツキン。

マイクの胸に言葉が突き刺さった。ハーヴィーとの大切な思い出の場所は、他の女性の場所でもあったのだ。マイクはなんとか声を絞り出した。

「あ・・・うん・・・お、覚えてるよ。えっとその・・・僕がテーブルマナーわかんなくて、めっちゃ緊張したお店・・・」

「今なら、余裕だろう?」

「ハーヴィーに色々と教えてもらったからね。・・・でも・・・今夜は・・・ちょっと・・・」

「都合が悪いか?」

「ル・・・ルイスの案件が、なんだか面倒臭い内容でさ・・・ちょっと苦戦しそう。今日は絶対に残業確定」

マイクはもう一度笑みを作った。ハーヴィーの目にぎこちなく映らなかっただろうか。

「じゃ、早速、その仕事に取りかかるね!」

マイクはハーヴィーの顔を見ないようにしながら、ガラス張りのオフィスを後にした。

********************

ぽけっと、マイクはアソシエイト・オフィスの天井を眺めていた。ルイスの仕事は午前中に終えてしまった。午後はプロボノの仕事をした。けれども、ハーヴィーに「残業」と言った手前、仕事をしなくちゃ・・・とは思う。しかし、何をしたらいいか、思い浮かばない。いつも先を読んで仕事ができるのに、今のマイクはそれができなかった。ちらつくのは、あの綺麗な女性と、それを見つめるハーヴィーの笑顔だ。

「あ・・・ダメだ。うん。今日の僕は全然使い物にならない」

マイクはスーツのジャケットとメッセンジャーバッグを置き去りにしたまま、アソシエイト・オフィスを出ることにした。こうすれば、ハーヴィーが覗きに来ても、残業途中にコーヒーでも飲みに行っただろうと、そう思ってくれると考えたからだ。マイクはスマホと財布だけを持ってオフィスを出た。

********************

店の天井からぶら下がったモニターに、アメフトの試合が映っている。認識しているのはそれだけだ。何も食べずに、ビールをグイッと飲む。味はよくわからない。とりあえず、何かしていないと落ちつかないだけだ。

せっかく綺麗な羽の天使になったのに。昨夜、自分の部屋で翼を広げて驚いた。わずかではあるが、くすんでいたからだ。もう、ハーヴィーが褒めてくれた、純白の羽ではなくなっている。原因は・・・醜い嫉妬心だ。マイクは、ハーヴィーが微笑みを向けた女性に嫉妬している。そして、その女性に微笑みを与えたハーヴィーを軽く恨んでいる。裏切られた。そう感じた。そんな醜いマイクの感情が、羽色をくすませている。黒から白に戻すときは、ものすごい時間がかかったのに、汚い色に変わるのはあっという間だった。

3杯目のビールが空になって、4杯目をオーダーしようと上げた手を、誰かに掴まれた。思わずムカついて、その手を振りほどき、キッした目で睨みつける。そして・・・唖然とした。

ハーヴィーだったからだ。

「な・・・んで・・・?」

「君が嘘をつくからだ。今夜は残業だったんじゃないのか」

「・・・僕・・・結構仕事できるから・・・ルイスの仕事もプロボノの仕事も・・・終わらせたよ。だから・・・いいじゃん。ご褒美に飲んだって」

「ジャケットも鞄もオフィスに置いてか?」

「・・・飲んだら・・・オフィスに戻って、仕事しようかなって・・・」

「その必要はないな」

バサッと、ハーヴィーがマイクのジャケットとメッセンジャー・バッグを小さな丸テーブルの上に置いた。

「誤魔化すな。嘘をつくな。天使のくせに」

口調が厳しい。

「・・・どうせ・・・僕は堕天使だもん・・・」

生意気に応える。

「どうした。何があった?」

一転して、心配げな声。

「・・・別に・・・」

「何か気に入らないことがあるんだろう?そういう顔だ」

「・・・別にって言ってんじゃん。僕のことなんか、放っておいて、昨夜の美女とデートでも楽しめば!?僕は、1人でビールを楽しむの!!!」

マイクは口を尖らせて、そっぽを向いた。

「ちょっと待て。美女って何だ?」

「昨日の夜、デートしてたじゃん。・・・あのレストランで。何?あそこって、ハーヴィーがそういう目的のために使う店なわけ?」

棘のある口調でマイクが言う。言いながら、自分の体の中で、羽はどんどん汚くなっているだろうと思う。けれども、もう止められない。

「もういいよ。・・・僕は男だし、人間じゃないし・・・貴方に愛してもらえるなんて思ってたこと自体が間違いだった。だから放っておいて!!」

マイクが唇を噛む。そんなマイクの様子を見て、ハーヴィーは少し驚いていた。こんなに感情的なマイクを見るのは初めてだったからだ。いつも、自分にどこか引け目を感じているような素振りが

多かった。だから・・・。

「マイク・・・」

ハーヴィーは優しい声でその名を呼び、そして蜂蜜色の髪に触った。

「あれは・・・あの女性は義理の妹だ」

「・・・はいはい。それを信じろって?無理ー。だって、あの女人の手を取って撫でくり回してたじゃん!!」

「ああ・・・そう見えたか。しかし、本当に彼女は俺の弟の奥さんだ。珍しく、自分の旦那に指輪を買って貰って、そしてNYには友人に会いに来たそうだ。友人に指輪を自慢した後に、俺にも自慢したくなったらしい。あのレストランで会ったのは、彼女が泊まっているホテルに近かったからだ」

「・・・随分と出来たシナリオだよね。でも、僕相手にそんな手の込んだ言い訳なんかしなくたっていいよ」

「マイク・・・どうしたら、信じるんだ?」

「何で、僕が信じる必要があるの?・・・いいんだよ、もう」

「俺は君に信じてもらいたい、マイク」

マイクは再び唇を噛んで、ハーヴィーを睨めつけた。そして・・・ようやく口を開くと挑戦的に言った。

「じゃあ・・・キスして。ここで。今すぐに」

どうせ出来っこない。するわけない。そう思って発した言葉だった。

しかし、ハーヴィーはその言葉を聞くと、微かに笑って、マイクの頸に手を伸ばし、その体を引き寄せた。そして、唇を奪った。深く。長く。

周囲から、口笛の音がする。それと微かなどよめきと。

ここはそういう店ではない。普通のカジュアルなバーだ。だから、まさかハーヴィーが本当に自分にキスをするだなんて思わなかった。マイクは驚きのあまり、体も思考も停止してしまった。ハーヴィーはマイクを離すことなく、より一層深く口付け、舌まで絡ませてきた。

ぼうっとなる寸前、ようやくマイクは自我を取り戻し、拳でトンっとハーヴィーの胸を叩いた。それでもハーヴィーは離れない。もう一度、拳で胸を叩く。それを何度か繰り返して、ようやくハーヴィーが少しだけマイクから離れた。そして、

「マイク。俺の本気を甘く見るなよ」

と言って、その腰を掴んで、店を出るべく、力ずくでマイクを歩かせ始めた。もちろん、空いた手には、マイクのジャケットと鞄を持って。

********************

ペントハウスに帰ることはせず、ハーヴィーはマイクを近くのホテルに引き摺り込んだ。もちろん、星が4つか5つはつくホテルだった。そしてその最上階の部屋に連れ込んだ。そしてマイクは抵抗する間も無く、ベッドの端っこに座らせられた。

さっきまでの悪態は何処へやら、マイクは不安そうな表情で、部屋とハーヴィーを見た。そんなマイクには御構い無しに、ハーヴィーはマイクの緩んだネクタイと抜きさり、ワイシャツのボタンを外して脱がせてしまった。

「マイク。翼を」

「・・・・・・」

マイクは膝の上で両手を握りしめた。

「マーイク」

ハーヴィーは床に膝をつき、マイクの頰を両手で包んだ。そんなハーヴィーに対して、マイクは爪が手のひらに食い込むほどに、ますます拳を握りしめた。

「マイク。怒らないから、翼を見せるんだ」

「・・・や・・・だ・・・」

「どうして?」

「だって・・・汚いもん・・・昨日の夜見たら・・・汚くなってた。・・・今日は・・・もっと汚い・・・」

「・・・俺のせいだな?俺が、君を不安にさせたからだな?」

「ち・・違う・・・。僕が・・・嫉妬したから・・・。そういう醜い感情をもったから・・・」

「そうさせたのは・・・俺だろう?」

「・・・ハーヴィーを信じなかった・・・僕が悪いんだ・・・」

「じゃあ・・・今は俺の話を信じるんだな?」

マイクは小さく頷いた。あんな公衆の面前で、あんなキスをされたら、もう信じるしかない。けれども、信じたからと言って、羽がすぐに戻るわけでもない。

「マイク・・・」

ハーヴィーが優しく名前を呼んで、肩甲骨をそっと撫でた。ヒクリ、とマイクの体が震える。

「本当に・・・汚いんだ・・・僕・・・」

マイクは覚悟を決めて静かに目を閉じた。そして背中に意識を集中させた。軽く首を仰け反らせると、バサッという羽音とともに、翼が広がった。そして、すぐに折りたたまれる。マイクが言った通り、その羽は純白ではなかった。けれども、ハーヴィーは愛しそうに、その羽に口付けた。

「ハーヴィー・・・汚いでしょ?・・・僕の羽・・・」

「いや・・・綺麗だ。艶があって、柔らかい」

「でも、白くないんだ・・・」

「それでも、綺麗だ」

「・・・なんで?・・・こんな・・・汚い色なのに・・・」

「色は関係ない。翼を持った君は・・・美しいと思う。翼は君の象徴だろう。君が君である、アイデンティティだ。そうだろう?俺の天使・・・」

「ハーヴィー・・・」

マイクは嬉しくなって、その胸に縋り付いた。

「すまなかったな。君に嫌な思いをさせて」

「違うんだ。僕の嫉妬心が強いのがいけないんだ」

「それは・・・最上級の愛の言葉だな」

「え?」

「嫉妬されるほど、俺は君に愛されているんだろう?」

ハーヴィーは嬉しそうに、ニヤリと笑ったのだった。

********************

その夜は、後ろから犯された。ハーヴィーがマイクの羽を愛撫したがったからだ。背後からマイクの体の奥を突きながら、ハーヴィーはくすんだ羽に口付けた。それと翼が現れる肩甲骨へと。

「ひゃっ・・・あっ・・・あっ・・・」

ベッドに両手を付きながら、体が崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。後ろからであっても、いつもと同じ、愛情深いセックスだった。何故、自分は、この愛する人を疑ってしまったのだろう。嫉妬。天使のくせに。自分はまだまだ未熟なのだと思う。愛を疑う天使は・・・本当に堕天使だ。けれども、堕天使であるがゆえに、ハーヴィーと出逢えた。そして愛してももらえた。それはまるで奇跡に等しい。

マイクの陰茎に絡むハーヴィーの指が、滑りで速くなる。前も後ろも刺激されて、頭の中がチカチカする。セックスなんて概念も行為も、ハーヴィーを好きになって初めて知った。愛を確認して、愛を深める行為であることを教わった。ずっと一緒にいたい。天界に帰らず、堕天使のままでいいから、ずっとハーヴィーと暮らしていたい。その方法がたった1つだけある。それは、マイクがハーヴィーの守護天使になることだ。けれども、自分の感情をコントロールできずに、羽の色が変わってしまうようでは、守護天使にはなれない。自分にはまだまだ、修行が必要だと思う。

「マイク・・・何を考えてる?」

「・・・もちろん・・・あなたのことだよ・・・ハーヴィー・・・ねぇ・・・もう・・・イキたい・・・イかせて?」

マイクが可愛らしい声でおねだりをする。

「ああ・・・いいだろう」

ハーヴィーが背後からのストロークとグラインドを激しくする。それに合わせて、マイクの陰茎を握る手にも力を込めた。

「あっ・・・あっ・・・あっ・・・」

マイクの翼が徐々に広がる。ハーヴィーはその絵なかの中心に唇を当て、きつく吸い上げた。

「やぁっ・・・そこっ・・・うそ・・・ああんっ・・・・」

まさか、そんな場所が気持ちいいとは夢にも思わず、マイクは背中を仰け反らせてハーヴィーの手の中で爆ぜた。もちろん、それに合わせるようにして、ハーヴィーもまたマイクの中に白濁を放った。その瞬間、心なしか、くすんだ翼が、光ったように見えたのだった。

********************

くったりとベッドに俯せになって横たわるマイクを眺めながら、ハーヴィーはくすんでしまったその翼を撫でる。けれども、その色を汚いとは思わなかった。やはり、艶があって、滑らかで、心地よい。ハーヴィーはマイクの全てを愛している。翼を含めて、全てのものを。本当なら、天界に帰れないように、鳥籠にでも閉じ込めておきたいくらいなのだ。

「ハーヴィー・・・」

「どうした?」

「ん・・・好き・・・だから・・・僕・・・頑張る・・・」

「何をだ?」

返事はなかった。マイクは、疲れ切って、すうっと、眠りに落ち低てしまったからだ。

ハーヴィーは、蜂蜜色の柔らかな髪と、くすんでいても美しいと思える翼を、飽きることなく、撫で続けた。

END

女王陛下と下僕子犬

マイクは仕事ができる。フォトグラフィック・メモリーの持ち主であるからというだけではなく、それを生かす術も知っている。だから、ハーヴィーの役に立つ。

ハーヴィー自身、マイクと仕事をすることを面白く感じていたし、時を経るに従って、「部下」・・・というよりも、「相棒」という感覚に近くなっていた。だいたい、マイクも遠慮というものを知らない。我が物顔で自分のオフィスで寛ぐし、勝手に酒も飲む。それを厳しく窘めなかった自分も悪いが。二人でいる時間はそれなりに楽しいものだったのだから、仕方がない。

「僕、仕事、頑張ったでしょ?褒めて!褒めて!」

と言わんばかりのマイクの尻に尻尾が見えるのは気のせいではないだろう。敬礼詐称がジェシカにバレたとき、自分の進退をかけてマイクを守ったのは、彼の能力や仕事への情熱を知っていたからだけではなく、一生懸命に自分の人生を変えようと頑張るマイクの姿が可愛かったら・・・というのもあながち間違ってはいない。

しかし、甘やかすべきではなかった。

・・・と、ハーヴィーはベッドの上で後悔している真っ最中であった。

くっそ面倒くさい案件をジェシカに押し付けらた揚句、ルイスにいらんことをされて、スムーズに進むはずだった仕事が進まず、イライラし、それでも仕事は片付けなければならず、だいぶマイクをこき使った。かなりの残業もさせた。そんな状態でも、ハーヴィーに褒められたいマイクは、上司に八つ当たりされながらも、仕事を頑張った。その甲斐あって、数週間に渡る仕事も無事に片付き、ようやくハーヴィーの肩の荷も降りる。若い子犬は極限状態の中での仕事でアドレナリンが出ているのか、淡いブルーの瞳をキラキラさせて、ハーヴィーを見る。

「僕、頑張ったでしょ?褒めて!褒めて!」

だからハーヴィーはマイクの肩をぽんぽんと叩き、「今日は残業せずにさっさと帰って休め」と労いの言葉をかけた。その瞬間、キラキラしていた青い瞳が曇り、眉が顰められる。何故か、不満そうに唇も尖っている。

「そういうんじゃないのがいい」

「は?」

「早く帰ってもいい、とかじゃなくてさ、もっとなんかない?」

「何がだ」

「お祝い」

「案件が片付く度に祝うのか、君は」

「だって、今回は特別じゃん。すっごい大変な案件だったし、途中でルイスの無意識な妨害もあったし!違う?」

「まあ、違わないな」

「それに、いつもオフィスでスコッチを飲むでしょ?」

「つまり、ここで、スコッチを飲ませろ、と?」

「そういうんでもない」

「じゃあ、なんだ」

大して身長の変わらない若い部下が、小首を傾げて上司を見る。瞳の曇りは取れていて、そこには悪戯っ子のような輝きがあった。ああ、こういうのを知ってる。飼い主に構って欲しい子犬の目だ。構ってもらえることを疑わない子犬の目だ。

「ハーヴィーの部屋でお酒が飲みたい!絶対にここよりも良いお酒がおいてあるよね!」

「・・・・・・わかった」

ちょっとした逡巡の後、ハーヴィーは肩をすくめて承諾した。

「いつ来ても、ハーヴィーの部屋ってモデルルームみたいだよね」

「君の部屋が雑然としすぎてるんだ」

「そお?結構、落ち着いて、居心地がいいんだけどなぁ、あれはあれで。あ、このお酒飲んでもいい?」

確実に一番高い酒を見つける嗅覚。やはり、犬だ。

「ハーヴィー座ってて。僕が注いであげる」

勝手知ったるなんとやらで、綺麗に磨き上げられたグラスを探し出し、琥珀色の液体を注ぐと、マイクは先にソファに座ったハーヴィーに手渡した。マイクはハーヴィーの向かいではなく、隣に腰を下ろした。

オフィスで飲むのと部屋で飲むのと、一体どこが違うんだか、とハーヴィーは思う。だったら、この一番高い酒をオフィスにおいておけば、面倒はないな・・・などと考える。

「ねえ・・・」

マイクが話しかけてくる。

「今、ハーヴィーに好きな人っている?」

「今現在、付き合ってる女はいない」

「・・・君は?」

戯れに聞いてみる。

「いるよ」

即答。

「ふうん。だったら、仕事の成功をそういう女に語ってやったらどうだ?株が上がるぞ」

「ダメダメ。ちょっとやそっとのことじゃ褒めてくれないから。仕事はやって当たり前。仕事はできて当たり前。な、価値観の持ち主だから」

「ハードルが高いんだな」

「そう!その通りなんだよね。僕が寝食を犠牲にして仕事をしても、滅多に褒めてくれない。っていうか、全然褒めてくれない」

「なかなか厳しいな。でも、惚れているんだな」

「うん!そういう厳しいところも好きなんだよね、なんだかんだ言って」

「美人か?」

「めっちゃ美人さん。僕にはもったいないくらい。僕には高値の花なんじゃないかって思うくらい」

「・・・付き合っていないのか?」

「・・・それは、まだ。現在、絶賛、口説き落とし中」

「まあ、頑張れ」

「応援してくれる?」

「ああ。一応、可愛い部下だからな。仕事はできる男だぞ、と言ってやるぐらいのフォローはしてやるさ」

「ありがとう!・・・でもさ、脈があると思う?」

「相手のことを知らないから確実なことは言えない。しかし、君は見てくれは悪くないし、さっきも言ったように、仕事もできる。まあ、問題があるとしたら、経歴詐称ぐらいか・・・。バレたら・・・ダメだな」

「ああ、それは大丈夫。もう、バレてるから」

さらっと言うマイクに、ハーヴィーが固まった。

「おい。誰にも言うなと言ったはずだぞ?」

「言ってないよ。最初から知ってたんだ。わかってて僕を雇ったんだよ」

そこまで言うと、マイクはにっこりと笑った。

ちょっと待て。なんだ、この嫌な予感は。今のこの話の流れ・・・。いや、反芻したらダメだ。悪い結果しか導き出せない。

ハーヴィーは落ち着いて、ソファから立ち上がろうとした。が、その手首を掴まれて、動けない。恐る恐るマイクの顔を見ると、相変わらず笑みを浮かべた子犬の顔がそこにあった。

動揺したのがよくなかった。自分では鍛えているつもりだったが、マイクは力の入れ処を知っていた。さほど体格の違わない部下に寝室に連れ込まれる。

「マイクっ!」

マイクは器用に体を使い、乱暴はせずにハーヴィーの体をベッドに沈めた。すぐに起き上がろうちしたが、あっという間にベッドに縫いとめられる。

「びっくりした?僕、高校時代にレスリングをやってたから、体を抑え込むコツを知ってるんだよね。でも、痛くないでしょ?大好きな人に苦痛を与えるなんてこと、僕、しないから!」

「そういう問題じゃない。どうして、こうなるんだ?」

「どうしてって。ハーヴィーだって、好きな女性をすぐにベッドに連れ込むよね?それと同じだけど?」

「俺はちゃんと同意の上で事に及んでる!」

「あ、そっか。そうだよね。そこが抜けてたね。ごめんね、ハーヴィー。じゃあ、改めて言うけど、僕はハーヴィーが好きなんだ。だから抱きたい。いいでしょ?。じゃ、そういうことで」

「俺の意志を無視するな!」

「あ、そっか。そうだよね。そこも抜けてたね。ごめんね、ハーヴィー。じゃあ、改めて聞くけど、ハーヴィーは僕のこと好きだよね?だから、抱くね。だから、これは同意。じゃ、そういうことで」

「何処が同意だ!何処が!」

「だって、ハーヴィー、僕のこと好きでしょ?でなかったら、僕なんか、とっくの昔にピアソン・ハードマンから追い出されてた。自分の進退をかけてまで、僕を守ってくれた。それって、愛でしょ?ああ・・・僕って愛されてるなって、感動しちゃった」

「都合のいい解釈をするな・・・おい!」

マイクがハーヴィーの体を押さえながら、器用にスーツを脱がせていく。その指先は決して乱暴なものではなく、思いやりと労わりがあった。そんな動きに絆されそうになるが、これは貞操の危機だ。確かにマイクを可愛くない、とは言わない。好きか嫌いか、と問われれば、好きな部類に入るだろう。しかし、それとセックスとは別次元の話だ。

「マイク、落ち着け」

「んー。僕、結構冷静だよ。あ、でもやっぱりちょっとは興奮しちゃうかな。大好きな人とのエッチってワクワクするよね」

そう言いながら、マイクがハーヴィーの耳朶を喰んだ。

「くっ・・・」

かかる吐息の熱さ。冷静と言っている割りには、マイクの呼吸は荒い。男同士のセックスを情報として知らないわけではないが、まさか自分が組み敷かれるとは思ってなかった。抵抗したら・・・余計な怪我が増えそうだった。

大人の余裕を見せるべきか。

男の矜持を守るべきか。

マイクが犬のように鼻をハーヴィーの鼻に擦り付けてきた。

「キスしてもいい?」

甘えたようなマイクの声に、ハーヴィーは体の力を抜いた。

この子犬を拾ってしまった自分の責任だ。それに、何故か、この子犬には勝てないような気がした。甘いと言われればそれまでだが、この子犬が他の人間にちょっかいを出す前に、飼い主としての責任を果たした方がいいのかもしれない。

ハーヴィーは緩んだマイクの手から右腕を抜き、その後頭部をポンポンと軽く叩いてやった。

ハーヴィーのお許しを得た子犬は、それはもう嬉しそうにハーヴィーを全身を探索し始めた。

が、当のハーヴィーはそれを気持ちいいとも思わなかったし、感じもしなかった。高いところをから自分たちを俯瞰してみているような、そんな錯覚があった。後ろにローション垂らされて、マイクが中に入ってきたときだけ、一瞬、苦痛を感じたが、やはり、快楽を得る・・・ということがない。しかし、マイクは一生懸命、腰を動かしていた。おざなりに、マイクの腕を触ってみたりもするが、まあ・・・なんていうか、どうってことなかった。思考の隅っこで、何かに似てるな・・・と思う。ああ、あれだ。飼い主の足にしがみついて、一生懸命腰を振る駄犬だ。あれに似てる。思わず、ハーヴィーは、ふっと笑ってしまった。その笑いに合わせて、突然マイクの律動が止まった。

「ちょっとハーヴィーっ!!!!!」

青い瞳が怒っている。

「ちゃんとセックスしてよ!」

なんだ、その言い草は。と思ったが、黙っておく。その代わりに別なことを聞いてやった。

「ちゃんとしたセックスってどんなんだ?」

「ちゃんと感じてってこと!」

犬相手に感じろ、と言われてもな。これも思うだけで、黙っておく。きっとマイクも男相手が初めてだから、よくわからないんだろう。ハーヴィーは腕を差し出して、マイクの手を取った。

「マイク、俺の体を引き起こせ。抜かなくていいから」

マイクが素直にハーヴィーの体を引く。ハーヴィーも片手をベッドについて起き上がった。向かい合わせになったマイクの唇にキスしてやる。それは嬉しいらしい。すぐに口腔に舌が差し込まれ、舌を弄ばれる。まあ、キスは下手じゃない。ハーヴィーはしばらくしてから、両手でマイクの頭を掴み、自分から離した。

「君がしたいのは、キスじゃなく、セックスだろう」

そう言って、ハーヴィーはマイクの体をとんっと押した。不意のことに、マイクの体がベッドに落ちる。

「君は動くな」

人差し指で、マイクを制すると、ハーヴィーは両手をマイクの腹の上に置き、体を上下に揺らし始めた。マイクの中心が、自分の内部のいいところに当たるように、角度を調節する。目を瞑って、自分の快感を追うように動く。学習能力の高いマイクのことだ。これでわかるだろう。それからマイクの手を取り、自分の中心へと導く。さすがにマイクも同じ男なので、何処を触り、何処をどう刺激すればいいかはわかっているようだった。すぐに、マイクの指が繊細に、それでも次第に激しく動きは占めた。

「んっ・・・くっ・・・」

ハーヴィーの喉奥から声が漏れる。慣れない行為に、額から汗が伝う。それを拭うように、ハーヴィーは髪を掻き揚げた。その姿を下から見上げていたマイクが口を開く。

「やっぱり・・・ハーヴィーって綺麗だ・・・すっごく、セクシーだし」

「は?・・・男に褒められても嬉しくいないぞ」

「だって、それしか言えないもん。・・・でさ、僕、わかっちゃったよ」

ハーヴィーを見上げるマイクの口角が弓なりに上がる。すぐさま、マイクの片手がハーヴィーの背を支え、反対の手をベッドに付いて起き上がり、体勢を入れ替えた。柔らかなベッドに、ハーヴィーの体を押し付ける。

「くっ・・・馬鹿っ・・・いきなり動くなっ・・・」

「ふふっ。教えてくれてありがとうハーヴィー」

マイクが律動を始める。ハーヴィーが感じる部分を的確に抉る。

「どお?僕って賢いでしょ?ハーヴィーが教えてくれた場所・・・当たってるでしょ?」

ハーヴィーはそれには答えず、甘えり厚くはないマイクの胸に両手を当てる。そうしないと、マイクの突き上げが強すぎるからだ。

「マイ・・・クっ・・・か、加減しろっ!この馬鹿!」

「あー。また、馬鹿って言った。・・・僕、結構賢い子なのにぃ」

マイクが不満げに口を尖らすが、それでも腰の動きは止めなかった。ハーヴィーに絡む指の動きもそのままに、どんどん上司を追い上げていく。

「ねえ、中に出していい?」

「・・・・・・」

無言で、ちょっと露骨に嫌な顔をしてやる。

「あ、いいんだね」

「あっ、おいっ!」

「ハーヴィーの中、すっごくあったかくて気持ち良くって、最高・・・僕、そんなに早い方じゃないんだけど・・・ごめん、無理・・・イく」

そう言いながらも、マイクはハーヴィーと一緒にイキたいらしく、よりいっそう、ハーヴィーを包み込む指に力を込めた。

「はっ・・・あっ・・・くっ・・・」

いいところを覚えたマイクが与えてくる刺激に、ハーヴィーも堪えきれなくなる。

「んっ・・・」

「お願い、ハーヴィー。一緒にイって?」

激しくなるグラインドと手淫に、ハーヴィーの脳の奥が焼かれたようになる。

「うっ・・・あっ・・・」

「ハーヴィーっ・・・大好きっ!」

そんな言葉とともに、マイクはハーヴィーの体の上で伸び上がった。

「触るな。ベタベタするな。懐くな」

「えー。ハーヴィー、つれない~。こういうのって、事後も大事じゃん。もっとイチャイチャしよ?」

マイクがハーヴィーの背中を撫でたり、摩ったり、キスを仕掛けたりしてくる。

「俺はさっさとベッドを出て、シャワーを浴びたいんだ」

「ダメー。っていうかさ、ハーヴィー、今、起き上がれないよね?腰、大丈夫?」

「・・・・・・」

「マッサージしてあげようか?」

「却下」

「えー。僕なりの労りなのに」

「それだけで終わる気がしない」

「あ、バレた?僕、若いから、まだイケるよ!でも・・・この次があるなら、今日はもう我慢する」

はぁ?なんて言った?この馬鹿犬は!

ハーヴィーは盛大に眉を潜める。やっぱり、こいつは駄犬だ。馬鹿犬だ。ちょっと甘やかすと、つけあがる。

「ねえ、また、新しい案件に勝利したら、セックスしよ?」

「そんなにセックスしたけりゃ、他を当たれ。俺でなくてもいいだろう」

「え?何言ってんの?やだよ、他の人なんて。さっき言ったじゃん。聞いてなかった?」

「何を」

「僕はハーヴィーが好きなんだよ!ハーヴィー大好きって言ったもん!」

「・・・・・・」

聞いたような気もするが、それは単純に、この子犬がイくとき発した無意識の言葉じゃなかったのか?

「僕、本気なんだけど?本気でハーヴィーが好きなんだけど?だからハーヴィーとセックスしたいって思ったんだけど?だから、セックスしたんだけど?ハーヴィーは違うの?」

畳み掛けるように聞いてくるマイクの声を背中で聞きながら、頭痛がしてくる。冗談ですませておきたかったものを。

「ねえっ!ハーヴィーったらっ!聞いてる!?」

次第に大きくなるマイクの声を聞きながら、ハーヴィーは盛大にわざとらしく、溜息をついた。そして。

「ああ、聞いてる」

「良かった」

ハーヴィーは体を反転させて、マイクの方に向き直った。

「マイク。今日のは単なるご褒美だ。君が欲しいと言ったから。しかし、俺が君を好きかどうかはわからない。ただ・・・自分の進退と引き換えにするくらい、大事だとは思ってる」

「・・・うわぁ・・・ありがとう、ハーヴィー。そういうのを愛してるって言うんだよ!」

「いや・・・愛してるとは、言ってな・・・いっ・・・」

言いかけた言葉はマイクの唇で塞がれた。唇の端から酸素を取り入れながら、『この駄犬には躾が必要だな』と深く思ったハーヴィーだった。

END

眼鏡の御主人様とメイドな子犬

「ねえ、ハーヴィー。このポーカーゲームに終わりってあるの?」

「この調子だと、どちらかがゲームを放棄しない限り、終わらないな」

「えー。僕、やだよ。ポーカーには自信があるんだから」

「ふん。それはこっちのセリフだ」

「だいたいさ、ポーカーなんて、確率を読める僕の方が強いに決まってるじゃん!だいたい、僕、ポーカーで負けたことないんだから!・・・ハーヴィー以外には・・・だけどさ」

「言っただろう。ポーカーは心を読むゲームだ。確率だけに頼ると、負ける」

「むぅ・・・・」

金曜日の夜。ハーヴィーのペントハウス。二人はポーカーゲームを楽しんでいた。負けた方が、相手の言うことをなんでもきく、という罰ゲーム付きで。ところが、実力はイーブン。確率を読めるマイクと、相手の心を読めるハーヴィー。勝負がつかない。

「・・・これじゃあ・・・徹夜だよ・・・」

「じゃあ、お互いに負けを認めて、お互いの言うことを聞くっていうのはどうだ?」

ハーヴィーがニヤリと笑いながら言った。まあ、お互い損にはならないから、いいか?とマイクも思う。

「OK。そうしよ?せっかくの週末がポーカーで終わるなんて、つまんないもん」

マイクはカードをローテーブルの上に放り出した。そして、グラスのスコッチを一口飲む。

「ルールはいいよな?」

「うん。明日の土曜日、相手の言うことを1つ聞く、だよね?いいよ。僕はもう決めてる」

「俺もだ」

「じゃあ、僕から言うね。ハーヴィー、明日は一日中、眼鏡でいて!」

「・・・君は・・・本当に俺の眼鏡が好きだな」

「好きだよ?それなのにさ、最近、全然眼鏡をかけてくれないしー」

「君の問題発言があったからな」

「まだ、根にもってんの?僕の、『他の人に抱かれているみたい』発言」

「いい気はしないな」

「しつこいなぁ・・・。でも、明日は僕もハーヴィーの言うことを聞くんだから、いいよね?」

「何でも、言うことを聞くんだよな?」

「うん!そういう約束じゃない。男に二言はありませーん。ね?何?何がハーヴィーの望み?」

「絶対に言うことを聞くな?」

「ちょっと、しつこいよ、ハーヴィー。早く言ってよ!」

マイクがハーヴィーに近づき、その膝に跨る。

「ハーヴィー?僕が約束を破ると思ってる?僕、結構、素直でいい子だよ?」

「そうだな。じゃあ、遠慮なく言わせてもらおうか」

「んー?何ー?」

「・・・明日は1日、メイド服なマイク・ロス」

「・・・・・・・・・・・・」

マイクは目を見開いて絶句した。今のは幻聴ではないのか?と思いながら。

「ちょっと!ハーヴィー!何?このフィット感!めっちゃ、僕の体型に合ってるんだけど!しかも、さくっとクローゼットの奥から出してるし!」

「君のサイズは俺の手が覚えている。以前からチャンスがあったら着せたいと思ってたから、だいぶ前にオーダーしておいた」

「・・・ハーヴィー。そういうのなんていうか知ってる?変態さんっていうんだよ?」

「それは知らなかった」

土曜日の朝である。約束通り、ハーヴィーは眼鏡姿だ。シャツとスラックスで、割とラフな服装をしている。それに対してマイクは、完璧なメイド服だった。膝丈の黒いワンピース。半袖のカフス部分と襟が白い。スカート部分は軽いフレアー。それにフリルをふんだんに使ったエプロン。レースとフリルを使った白いソックスは、ニーハイなので、スカートを捲らなければ、その飾り部分は見えない。そして、黒いエナメルのフラットシューズ。ラウンドトゥで、黒い小さなリボンが付いている。もちろん蜂蜜色の髪には、白いフリルカチューシャだ。そんなフレンチ・メイド姿のマイクが、キッチンカウンターの椅子で足をぶらぶらさせながら唇を尖らせている。

「すっごい、不公平感を感じるんですけど?」

「約束は、約束だろう?嫌なら・・・俺も眼鏡はやめる」

「あっ・・・ああああああ」

眼鏡に指をかけたハーヴィーを必死に止めるマイク。

「ん?」

「・・・わかったよ・・・この格好でいればいいんでしょ?」

「それだけじゃ、つまらないな」

「・・・何・・・させる気?」

警戒するマイク。

「まずは・・・朝食を作ってもらおうか?」

割と無難な命令をするハーヴィーだった。

ハーヴィーほどではないが、マイクも料理ができないわけではない。しかも朝食だから、簡単なものでいい。けれども、一人暮らしの男の冷蔵庫にしては、色々と食材が入っている。

「ハーヴィー!どれを使ってもいいの?」

「マイク。『御主人様』だろう?」

「うっ・・・そこまで・・・こだわるんだ・・・」

「何か言ったか?」

「いいえ!何でもありません、御主人様!」

マイクは作り笑いで答えた。

「食材は昨日のうちに買っておいた。まさか、そんな格好の君を買い物に行かせるわけにはいかないからな。好きに使うといい。

「はーい」

よし!とマイクはキッチンに立った。せっかくだから、冷たいものだけのコンチネンタルはやめて、アメリカン・ブレックファーストにする。

「御主人様、パンとワッフルとパンケーキとどれがいいですか?」

「そうだな・・・じゃあ、ワッフルで」

「かしこまりましたぁ」

ハーヴィーの家にワッフル・メーカーがあることは知っている。半同棲状態なので、何処に何があるかはハーヴィー並みにわかっている。・・・クローゼットの奥のメイド服には気づかなかったけれども。

「御主人様、卵料理のリクエストは?」

「オムレツがいい」

「はーい」

一番面倒な卵料理を指定してきた!と思いつつも、マイクは笑顔で返事をした。肉料理は、ハムとソーセージとベーコンの3種類とも出してしまおうと考える。残したら、残したでいい。簡単なサラダを作り、フルーツもカットする。

何度か、キッチンとダイニングテーブルをメイド姿で行き来するマイクの姿を、ハーヴィーは満足気に眼鏡の奥から眺めていた。パタパタと動くたび揺れるスカートから見える足は、引き締まっているし、男だから動きが少々ガサツで振り向いた時に無駄にスカートが翻る。その時に見える白いニーハイソックスのフリルが可愛らしい。いや、マイクに関しては少々頭がイカれている・・・もとい浮かれているハーヴィーなので、マイクは何をしてても全てが’可愛い。もはや、末期である。そういえば、昨夜のマイクも可愛らしかった・・・と反芻する。ポーカーゲームの賭けの内容にブーブー文句を言いながらも、体を開かれれば、素直に反応し嬌声を上げるマイクは、何度抱いても飽きないし、一緒の時間を過ごすごとに愛しさも増す。そんな可愛い恋人に、自分の好きな格好をさせたいと思うのが、正常な男の反応だろうが、と自分を正当化するハーヴィーだった。

「御主人様、お食事の用意ができましたよー」

気づけば、マイクが自分の目の前に立っている。

「ああ」

ハーヴィーはソファから立ち上がって、ダイニングテーブルの方へと移動した。

「マイク。君の分は?」

「僕はメイドなので、御主人様と一緒にはお食事はできません。キッチンで適当につまみます」

つーんとそっぽを向いて答えるマイク。

「ふうん。メイドは主人の命令には絶対に従うんだよな?」

「・・・そういう設定?」

「御主人様とメイドなんだからそういうものだろう。マイク、俺の膝の上に座れ」

「・・・」

無言で変態さんを見る目つきになるマイク。

「マーイク」

マイクを見つめながら眼鏡に指をかけるハーヴィー。

「あっ・・・やだっ!ダメ!」

慌ててマイクはハーヴィーに近寄った。そしておずおずと、ハーヴィーの膝に腰掛ける。食事の邪魔にならないように横向きになって。

「・・・これで・・・いい?」

体勢を維持するために、左手をテーブルに着き、右手をハーヴィーの肩に回す。ハーヴィーは返事をする代わりに、フォークだけで切ったワッフルに蜂蜜をかけて、それをマイクの唇を突いた。

「君の好物だろう?ワッフルは。メープルシロップよりも、蜂蜜だったよな」

「え・・・それで、ワッフルだったの?」

「メイド想いの主人なんだ、俺は。ほら」

マイクはそっと口を開けて、ワッフルが入ってくるのを待った。舌に甘い蜂蜜の味が広がる。もぐもぐと咀嚼する。

「・・・使用人が、御主人様よりも先に食事をしていいわけ?」

「主人を喜ばせるのがメイドの仕事だ」

「ハーヴィー、喜んでるの?」

「最高にな。メイド服を作った甲斐があった。ああ、唇に蜂蜜がついたな」

眼鏡をかけたハーヴィーの顔がマイクに近づく。大好きな顔にマイクがドキリとする。もともとハーヴィーのことが好きなのに、それが眼鏡をかけていつもとは違う雰囲気をまとっているのだから、自分のリクエストとはいえ、ドキドキする。

ペロッと唇を舐められた。

「甘いな」

「・・・蜂蜜だもん」

「オムレツでも、甘く感じるだろうな」

「・・・もしかしてさ・・・僕の好きな卵料理がオムレツだから・・・・オムレツを作れって言った?」

ハーヴィーは答えずに、今度はオムレツをマイクの口に運んだ。そして、油で濡れた唇を舐める。

「ちょっと・・・僕ばっかり食べてるし、それにいちいち唇を舐めるの?」

「楽しいからな」

「もうっ・・・ちょっと、フォーク貸して」

マイクは少し無理矢理ハーヴィーからフォークを取り上げると、膝から落ちないように気をつけながら、オムレツを掬って、ハーヴィーの口に運んだ。ハーヴィーも素直に口を開けて食べる。

「美味しい?」

「君が作るんだからな」

「答えになってないよ」

「美味しい。君はなかなか、料理上手だ」

「よかった」

そうやっていちゃつきながら、料理を食べさせ合う。最後に、フルーツの葡萄をマイクの口に入れると、ハーヴィーはすぐにその唇を塞いだ。そして、舌を差し入れる。甘酸っぱい葡萄の味が、キスの味そのものになる。

「んっ・・・んんっ・・・」

ハーヴィーの舌の動きが求めることを悟って、マイクは舌を使い葡萄の粒をハーヴィーの口に送り込んだ。ハーヴィーは左腕でマイクの体を支えながら、右手をスカートの中へと忍び込ませる。メイド服を着てはいるが、下着はボクサーパンツのままだ。フリルとレースのついた下着も用意しておくべきだったな・・・と思いながら、ハーヴィーはスカートの中で悪戯を仕掛け始めた。それと同時に、口の中で葡萄を噛み潰し、その果汁をマイクの口腔に送り込む。マイクはそれを素直に飲みこんだ。それよりも、ハーヴィーの手の動きが気になる。

「はっ・・・ハーヴィー・・・」

両手をハーヴィーの首に絡めて、その肩に顔を埋める。

「どうした?マイク?」

「も・・・ハーヴィー・・・狡い。・・・眼鏡は素敵だし、優しいし・・・」

「それに?」

「・・・エッチだし・・・もう、最高に・・・狡い・・・」

すっと上げた顔は赤く、そして青い瞳は潤んでいる。その表情を眼鏡越しに見つめ、ハーヴィーは微笑んだ。

「主人としては最高か?」

「・・・うん」

そう言って、再び顔を埋めたマイクの体を、ハーヴィーはそのまま抱き上げて寝室に運ぶことにした。どうせ、今日は休日だ。この可愛らしいメイドで遊ぶのも悪くない。・・・というよりも、それがハーヴィーの元々の目当てだった。

せっかくなので、メイド服は脱がせなかった。けれども、背中のファスナーだけは下ろしてやる。マイクが身動ぐと、メイド服がずれて肩が露わになる。そこをきつく吸い上げると、紅い痕が残った。

「・・・ハーヴィー・・・顔・・・見せて・・・」

「ん?」

ハーヴィーが顔を上げると、メイド服の袖が邪魔になりつつも、一生懸命腕を伸ばすマイクの両手が頰に触れた。

「ハーヴィー・・・大好き」

「俺の眼鏡が?」

「そういう意地悪を言わないでよ。・・・まあ、確かに好きなんだけど・・・」

「どうして、眼鏡が好きなんだ?」

「眼鏡が好きなわけじゃないよ。眼鏡をかけたハーヴィーも、好きなんだよ。・・・だってさ・・・いつも格好いいハーヴィーだけど、眼鏡をかけたハーヴィーはまたちょっと違う格好よさなんだよ。いつもと違う魅力があるんだよね。それに・・・僕にしか見せたことないっていうし・・・そういうのって、すごい特別な感じがして、すっごく嬉しい」

「そうか」

そう言われて、ハーヴィーも悪い気はしない。マイクもハーヴィーにとっては特別な存在だ。仕事では、子犬みたいに働くが、プライベートではそこに可愛らしさが加わる。可愛らしい格好といえば、メイドだろう・・・などという至極単純な思考で着させてみたが、これがハーヴィー限定だろうが、似合ってると思っている。恋人に好きな格好をさせたい・・・というのが男の本懐だ。

ハーヴィーはスカートの中に手を入れると、ゆっくりと下着を脱がせ始めた。

体の中に楔を打ち込まれ、体を揺さぶられる。それに合わせて揺れる脚はニーハイソックスで白い。しかし、ハーヴィーの手が弄るので、そのソックスも一方は膝下までずれていた。黒いエナメルの靴の片方は脱げ、床に落ちている。

「あっあっ・・・あっ・・・あっ・・・んあっ・・・」

突き上げられる振動に耐える声しか上げられない。

「ひっ・・・あ・・・ハーヴィー・・・イく・・・イキたい・・・」

「いいぞ」

「でも・・・脱がないと・・・汚しちゃう・・・」

ハーヴィーはそのままでもよかったが、マイクが気にするので、メイド服を脱がすのに手を貸してやった。しかし。ソックスを脱がしてやる気は毛頭なく、また体勢を整えると、マイクの体を追い上げた。フリルカチューシャもそのままだ。

「あっ・・・ああーっ・・・・・・」

ひときわ高い嬌声をあげると、マイクは喉をのけぞらせて絶頂に達した。ハーヴィーもまた、白濁をその体の中に叩き込んだ。

「・・・ねぇ・・・僕・・・めっちゃくちゃに恥ずかしい格好してない?」

ベッドの上であひる座りをするマイクが情けない表情で言う。

「いや?別に?可愛いぞ?」

「一般的な意見を言って」

「俺以外の人間に見せるわけじゃないんだから、いいだろう。俺の眼鏡と一緒だ」

「ぜっ・・・絶対に見せないよ!!!!ハーヴィー以外になんかっ!!!」

裸に片足はずり落ちたニーハイソックス、もう片足は黒いエナメルのフラットシューズ付き。蜂蜜色の髪にフリルカチューシャをつけたマイクを可愛いと言うもの好きは、世界広しと言えど、恋は盲目なハーヴィーだけだろう。

「昼食は俺が作ってやる。少しゆっくりしてろ」

「ねえ?着替えてもいいよね?」

「・・・じゃあ、俺が眼鏡を外してもいいのか?」

「えっ・・・うっ・・・き・・・着ます・・・」

「汚さないで正解だったな。さて、午後は何をして遊ぼうか」

「ちょっと!ハーヴィー!遊ぶって何?なんなの?ちょっと!ハーヴィー!!」

寝室を出ていくハーヴィーの背中に呼びかけたが、返答はなかった。けれども、その肩がウキウキとしていることだけは、マイクにもわかった。

マイクは寝室の天井を見上げた。

「・・・・・・午後の遊びって・・・何?」

マイクの情けない呟きが、寝室に広がった。

END

ダイナマイト

マイクがアソシエイトオフィスでちょこっと残業をしていると、後ろからにゅっと腕が伸びて来て、コトリと、茶色の小瓶が置かれた。「ん?」と思って振り返ると、同じアソシエイト。さほど話をする仲ではない。が、オフィスには自分と彼しかいない。確か・・・そうだ。彼は、数日、日本へと出張に行ってたはずだ。

「お帰り。えっと、空港から直行?」

「まあね。誰かいるかなーって思ったら、マイク、君がいた」

「ふうん。じゃあ、僕に重要な用事があるってわけでもなさそうだね」

「いやいや。今、重要な用事ができた。オフィスに残ってるのが、男の君で良かった、という点においてね」

「どういうこと?」

マイクは眉を顰めつつ、首を傾げた。

「それ。その瓶」

マイクは机に視線を戻した。何やら紙製のラベルが貼ってある茶色の小瓶。

「ジャパン土産」

そいういって、彼は笑った。

「何これ」

マイクは小瓶を持ち上げて検分した。ジャパン土産というからには日本製だ。日本が書いてある。細かな成分表示らしきもの。ただ、1つだけ英語が表記されていた。

『SEX』

と。他の文字は全く読めないが、それだけは読める。唯一の英語だからだ。多分、英語だろう。

「君は・・・」

マイクは呆れたように口を開いた。

「日本で何か良からぬことをやってきた?」

「仕事はちゃんとした。でもさ、夜は暇じゃん。向こうでの仕事で知り合ったおっさんがさ、夜の繁華街に連れて行ってくれたわけ。で、何処に連れて行ってもらえるのかなーって思ったら、まさかの薬局!」

「は?何、それ。日本ではヤバイ薬を普通に薬局で売ってんの?」

「まあ、俺も一瞬はそう思ったわ。でも違うんだなー。そのドリンク、その街の夜の繁華街では相当かなり有名なヤツでさ、飲むとめっちゃ凄い」

「・・・凄いって・・・何が?」

「何がって、聞くなよなー。ラベルを見ればわかるだろう」

マイクはもう一度ラベルを見た。けれども、見たところで、読める文字は『SEX』だけだ。まあ、セックスがらみに違いない。そこを確認しようと顔をあげたら、もう彼はいなかった。おいおい、と思う。

「全く、しょうがないなぁ・・・。これを僕にどうしろっていうんだよ」

と呟きながら、再びラベルを見る。

日本語には、漢字、平仮名、片仮名があることは知ってる。凄く習得が難しい言語であるという噂も聞いたことがある。けれども、自分の能力を活かせば、案外、簡単に習得できるような気もする。今度、日本語でも勉強して見るか・・・と思いつつ、そんな暇もないよなぁ・・・と、机の上の書類に目をやった。ハーヴィーの分は終わらせた。何においても、ハーヴィー優先は絶対事項だ。問題はいつの間にか増えているルイスの分だ。ルイス自身が押し付けてくるものもあるが、他のアソシエイトがこっそりとおいて行く場合もある。どうやら、自分は「ルイスのお気に入り」と思われている節がある。いい迷惑だ。

マイクは口を尖らすと、同僚に貰った茶色の小瓶をメッセンジャーバッグに突っ込んで、スーツのジャケットを着て、パソコンをシャットダウンした。

********************

「お、意外に早かったな」

ハーヴィーのペントハウスを訪れたマイクを見て、ハーヴィーが言った。

「ルイスの書類は放置してきた。だって、邪魔が入ったんだもん。なんだか、やる気が失せちゃった。明日、少し早く出勤してやることにするよ」

「邪魔って?」

「うん。日本に出張してたアソシエイト。彼から、変わったものもらった」

そう言ってマイクはメッセンジャーバッグから茶色の小瓶を取り出してハーヴィーに渡す。

「日本製のドリンクか。日本語はわからんな」

「ハーヴィーにもわからないことがあるんだー」

「この世の公用語は英語だ。ん?なんだ、これは」

「そのラベルに気合てある唯一の英語が『SEX』っていうのがさ、胡散臭いよね。なんだと思う?」

「・・・得体が知れない。飲んでみたらどうだ?」

「やだ」

「即答だな」

「セックス・ドラッグだったらどうするのさ」

「ドラッグだったら持ち込めないだろう。犬が見つける」

「まあ、そうだよね。・・・ハーヴィー、飲んでみない?」

「君が飲まないものをどうして俺が飲むんだ」

「でもさ、日本製だよ?日本製はクオリティが高いじゃん。悪いものじゃないかも。なんかよくわかんないけど、あいつも『凄い』って言ってたから、実際に飲んでみたんだと思うし」

「効能は聞かなかったのか?」

「聞こうとしたら、さっさといなくなった。ねえ、このさぁ、『SEX』の前に書いてある文字ってなんだろうね。漢字じゃないってことは何と無くわかるんだけど」

「さあ。うちの事務所にも日経の人間がいるだろう。聞いてみたらどうだ?」

「・・・この、なんちゃらSEXってヤツを?恥ずかしいから、いや」

言いながら、茶色の小瓶をハーヴィーに差し出す。が、ハーヴィーも受け取らない。そんなハーヴィーに口を尖らせるマイク。

「面白くないね、ハーヴィー」

「そんな得体の知れない液体、ハッパよりも気味が悪い」

「んー・・・じゃあさぁ、半分ずつ飲むっていうのは?」

「・・・そういうことなら考えなくもない」

「さすが、ハーヴィー!」

マイクは指先に力を入れて、小瓶についている金属製の蓋をぐるりと回した。

「はい、どうぞ」

「俺が先か?ったく」

言いながらも、ハーヴィーはおとなしく受け取り、きっかりといかないまでも、ほぼ半分だけ飲んだ。そして、瓶をマイクに返す。

「じゃ、いただきまーす」

ハーヴィーが口にしたのを見て安心し、その液体を口に含んだ。が、すぐにハーヴィーに近寄ると、頰を掴んで引き寄せる。そして、口の中の液体を全て、ハーヴィーの口腔内へと流し込んだ。意表を突かれたハーヴィーはそれを全て飲み込んでしまった。

「っ!!!ゴホッ!・・・お、おいっ!約束が違うだろうが!!!!」

「だって~。やっぱり人体実験は怖いし」

「だからって俺で実験をしようとするな!!」

「ねえ、味は?」

「知るか。・・・まあ、変な味はしない」

「吐き気は?お腹は痛くない?」

「そういう心配をするなら、飲ませるな」

「だって、気になるじゃん。どうなるか」

「だったら自分でにめばよかっただろうが」

「だから。自分での人体実験は怖いってば」

ケラケラと笑うマイクに、ハーヴィーを眉間を皺を指で押さえた。

********************

これといって、何か劇的なことも起こらず、何だか拍子抜けしつつ、ハーヴィーとマイクはベッドに潜り込んだ。そして、いつものパターン。しかし今夜は違った。ハーヴィーに仕掛けられる行為に、いつもならくすくすと笑いながら応えるマイクだったが、それどころではなかった。ハーヴィーの体がいつになく、熱い。火照ったように熱をもっているし、マイクの顔にかかる、その吐息も熱い。なにより、瞳がいつもと違った。

基本的に、セックスに関して、ハーヴィーはマイクを大切に扱う。乱暴に扱えば壊れてしまうビスクドールのように、丁寧に愛撫を施す。これでもか、というほどに。マイクが「早く欲しい」と甘い声で根を上げるまで。それはもう、余裕の涼しい顔で、マイクを抱くのだ。それなのに、今夜のハーヴィーは違った。獲物を捕らえ、逃がすものか、というような瞳でマイクの体を抑え込んでいる。そう。視線だけで。

「・・・は・・・ヴィ?」

恐る恐る、マイクはハーヴィーの名前を呼ぶ。しかし、ハーヴィーはその声を振り払うかのように首を振った。そして。

「ああ・・・ダメだ。悪い、マイク。我慢しろ」

そう言って、マイクの両脚を開き、肩に抱え上げた。

「うっ・・・わっ・・・」

突然取らされた体勢に、マイクは声を上げる。いつにないハーヴィーの様子に、上体を起こそうとしたが、それはできなかった。

「ひゃっ・・・あっ・・・」

熱くて柔らかいものが、マイクの後孔に潜り込んで来たからだ。それは入り口付近をグリグリと押すように舐めて、さらに中へと入って来た。・・・ハーヴィーの舌。

「だっ・・・めっ・・・ハーヴィーっ・・・汚いってばぁっ・・・ああんっ」

抵抗しようとするが、がっしりと脚と腰を押さえつけられていて叶わない。

「う・・・んっ・・・んんんっ・・・」

シーツを掴んで、その滑りに耐える。しかし、すぐにマイクは喘いだ。何故なら、舌だけではなく、指も入って来たからだった。

「やっ・・・あ・・・ああ・・・ハーヴィー・・・」

後ろで蠢く舌と指の動きに翻弄される。もう、その動きの激しさだけで、イってしまいそうだった。決して、いつものように優しくはない、行為。それに自分は溺れそうになっている。マイクはシーツから自分の指を気力で剥がし、そろそろと下肢へと伸ばした。刺激が欲しかったからだ。穴に中でバラバラに動く指が、時折前立腺に当たり、既にマイク自身も勃ち上がっていた。両手で包み込み、上下に動かす。先走りの液体が、ちょうど良い滑りとなる。

「はっ・・・あ・・・い・・・イキそ・・・ああ・・・」

マイクが白い喉を仰け反らせる。足の指先に力が篭りそうになったとき、突然、後孔が解放された。ぱっくりと空間が空いてしまったような感覚。放り出されたような気さえする。

「はー・・・ヴィー・・・?」

訝しげに声を出したマイクに、熱い体が伸し掛かって来た。いつになく、汗ばんだ体。

「覚悟しとけ、マイク」

ハーヴィーが不穏な言葉を発した直後、マイクの後孔が太くて熱い楔に塞がれる。

「んくっ・・・あっ・・・やっ・・・あんっ・・・おっき・・・い・・・」

まるで体を切り裂くような律動。男のセックスに慣れた体でなければ、壊れているだろう行為。いつもより、ベッドの上で、マイクは激しく揺さぶられた。もう、自分自信を慰めるどころの話ではない。ハーヴィーの突き上げについていくのが必死だった。

乱暴。けれども、暴力とは思わなかった。切実に・・・否、まるで切羽詰まったように、体を求められているような感じがするからだった。

マイクは両腕と両脚をハーヴィーの体に巻きつけ、その乱暴な動きを全身で受け止めようとしがみついた。

「あ・・・来て・・・ハーヴィー・・・もっと・・・来て・・・?」

ハーヴィーの熱っぽい耳元でマイクが囁く。

「もっと・・・奥・・・突いて・・・めちゃくちゃにして・・・」

宝物のように、優しく大事に抱かれるのも良かったけれども、今夜のように、野獣みたいに乱暴に犯されるのも良かった。刺激的で、興奮する。

マイクはペロリと舌舐めずりをして、後ろをキュッと締め上げた。

「くっ・・・」

ハーヴィーが呻く。こんな声、聞いたことがない。

「ハーヴィー・・・中・・・中に出して・・・いっぱい・・・僕の中に・・・出して・・・」

その言葉をが聞こえたのか、ハーヴィーは楔をギリギリまで引き抜くと奥まで一気に突くことをことを数度くり返す。そして、最後に、先端をマイクの最奥に押し付けたまま、白濁を放つ。マイクも同時に、自分の腹に性液をばらまく。

けれども、ハーヴィーは楔を抜くことなく、マイクの体を膝の上に引き上げて、インターバルなく、下から再び突き上げるのだった。

********************

「・・・ハーヴィー・・・すごい・・・新記録じゃない?」

「・・・うるさい・・・ちょっと黙ってろ・・・」

「ねえ、お水持ってこようか?」

「動けるのか?」

「・・・あはは・・・無理。腰が立たない。だって、ハーヴィーってば激しいし、回数も多いんだもん。・・・僕、明日は仕事を休みたいって感じ」

体は動かないものの、口は達者に動くマイクだった。

「でも・・・さ・・・すっごく・・・良かった。今日みたいなセックスも好き」

「君には被虐の気があったのか?」

「Mじゃないよぅ。・・・ただ、あんな風に、切羽詰まったハーヴィーの表情もセクシーだなって」

「・・・俺は不本意だ」

むすっとハーヴィーは応える。

「やっぱり、あのドリンクのせいかなぁ・・・」

「そうに決まってる。全く、全部、俺に飲ませやがって」

「でも、体に害はないみたいだよね」

「セックスに害がある」

「そお?僕は満足だけど?」

「・・・体が自分のものじゃない感じが嫌なんだ。変な別の生き物の衝動に駆られてるような感じだった」

「ふうん・・・。じゃあ、やっぱり僕も半分飲めば良かったかなぁ・・・。あいつ、もう1本、持ってないかなぁ・・・なんちゃらSEXっての」

「俺は絶対に飲まないぞ」

「なんで?」

「決まってるだろう。俺は、自分の意志で、君の体を堪能したいんだ!」

「え?じゃ、今夜は全然堪能できなかったってわけ?僕は抱かれ損?」

「・・・そういうわけじゃない。ただ、気持ちが大事だろう?こういうことは」

「まあ、確かに、今夜は野獣セックスだったよね。・・・でも、たまには刺激があっていいんじゃない?・・・だって、いっつも大事にされすぎちゃって、ハーヴィーは満足してるのかなぁって・・・僕、思ってたから。今日みたいなハーヴィーも好き。だから・・・機嫌を直してよ」

怠い体をズルズルと動かして、マイクは横たわったハーヴィーの体に乗り上げる。

「ねえ、キスして?・・・もう、ドリンクの効き目は消えたんでしょ?・・・だから、とびきり、甘くて優しいの・・・」

マイクの指がハーヴィーの唇を突く。もう、先ほどのような熱さはない。

ハーヴィーはマイクの髪を梳きながら、角度を変えつつ、何度も優しく、甘く口付けた。マイクのリクエストに応えて。

********************

翌日のハーヴィーのオフィス。案の定、マイクはベッドから出ることができず、出社は午後からでいいと言って、自分は仕事をバリバリとこなした。

そして、昼過ぎ。

「ハーヴィー!」

「よく来れたな。午後からでいいと入ったが、1日無理かと思った」

「そんなにやわじゃないよ。それよりもさ、わかったんだ」

「何が」

「なんちゃらSEXのなんちゃらの部分」

ハーヴィーは片眉を上げた。

「流石にドリンクの瓶をそのまま見えるのははばかられたからさ、なんちゃらの部分だけ書き写して、日系のアソシエイトに見せたんだ。そしたらね、日本語のカタカナなんだって」

「意味は?」

「dynamite」

「・・・・・・・・・・」

「つまり、Dynamite Sexってこと。いやあ、確かに昨日のハーヴィーはダイナマイトだったよね!」

ケラケラとマイクが笑う。

「マイク。君は2度と、変な土産物を貰うな。そしてそれを俺に押し付けるな。いいな?」

「はーい」

案外、マイクは素直に返事をした。ただし、笑顔はそのままで。

「でもさ、アレが夜の繁華街にある薬局でバカ売れって理由・・・分かるよね。うん。ハーヴィーには必要ないかもしれないけど、お手軽バイアグラって感じだもんね。・・・通販ってないのかなぁ」

「マーイク」

「あはは。冗談。ハーヴィーには必要ないもんね」

「マイク。今夜は覚悟しとけよ」

「へ?」

「君が懇願するまで、ガラス人形のように、丁寧に、可愛がってやるからな」

「え・・・それ・・・って、精神的に、結構キツイんだけど?」

マイクが後ずさる。

「逃げるなよ」

「う・・・・・・。僕が貴方から逃げるわけないの知ってて、よく言うよ!もうっ。僕、仕事に踊るね!」

有言実行。マイクはパタパタとアソシエイト・オフィスへと逃げて行った。けれども、ハーヴィーからは逃げない。きっと今夜も、ハーヴィーの部屋に来るのだ。

ハーヴィーは、ニヤリと笑いながら、パソコンの検索サイトを開いた。そして、何やら入力し始める。もちろん、それは、先ほどマイクから教えてもらった単語だった。そして、小さく呟く。

「酒に混ぜて飲ませればいいだろう。熱を持て余すマイクを無題に優しく抱くのも面白そうだ」

そんな不穏な言葉だった。

END

Dreamcatcher

週の大半の夜をハーヴィーの部屋で過ごす堕天使は、ものすごく寝起きが悪かった。夜遅くまで、ハーヴィーが堕天使を眠らせないことも理由の一つではあるのだが、それにしても、だ。

目を瞑ったまま、朝食のパンケーキの匂いに釣られて、羽を出したまま、もぞっとベッドから出て、目を瞑ったままふらふらとキッチンにきて、なおかつ目を瞑ったままカウンターの椅子に座ってメープルシロップをたっぷりとかけたパンケーキを頬張るという行為は如何なものか、とハーヴィーは思う。責める気はないのだが、あまりにも器用すぎる。これも天使の特殊能力なのか?

目を瞑ったまま、パンケーキをもぐもぐ食べるマイクの顔の前で、パチンっと両手で大きな音を立てると、ようやく堕天使は、「ほえ?」と薄く目を開けるのだ。そして、「美味しい夢見てた」と言う。いや、それは夢じゃない、現実だ。と、ハーヴィーはパンケーキで膨らんだ頰を指で突くと、ハッと我に返ってキョロキョロと辺りを見回して、「ああ・・・、またやっちゃった」としょげるのだ。まあ、それもまた、可愛いのであるが。

しかし。

このところの堕天使ことマイクは、妙にスッキリと起きるようになった。理由は・・・。

「ハーヴィー!変な夢を見なかった?それともいい夢を見た?」

と、羽を出した裸の天使が、ベッドの上でハーヴィーに跨って訊いてくるのが習慣になったからだ。

「悪夢は見ていない。君が腕の中にいるときは夢心地だった」

「んー、そういうんじゃなくってさ~」

マイクは、ハーヴィーの体から降り、ベッドからも降りると、大きな窓に近寄った。カーテンのない窓。その窓上の壁から吊り下げられているのは・・・マイクお手製のドリームキャッチャーだった。2、3週間前に、深夜番組で、ネイティブ・アメリカンの、ある部族のドキュメンタリーを観た。その中で出てきたのがドリームキャッチャーだった。悪夢は網目に引っかかり良い夢だけが網目から羽根を伝わって眠る人に運ばれる。そんなアイテム。ドリームキャッチャーの機能にもマイクは注目したが、それと同じくらい、ドリームキャッチャーを構成する「羽根」に心を奪われた。

ハーヴィーとの情事の度に抜け落ちる羽根。ハーヴィーはそれを集めてガラスの瓶に保管していた。マイクの体の一部だから、絶対にゴミ箱などには捨てられないのだそうだ。その瓶の数はハーヴィーしか把握していなかったが、マイクはびんの存在を知っていた。

だから。ある日、仕事帰りに手芸店に寄って、羽根以外の材料を買ってきた。後は、ネットで検索などして見よう見まねで作った。羽根はもちろん、自分の体から抜け落ちたもの。だから、テレビで見た茶色っぽいドリームキャッチャーとは様相の違う物が出来上がった。それでもマイクは満足で、寝室の窓に飾ったのだ。初めて作った試作品のような、少々形が歪な方は、自分のアパートに飾ってある。

マイクは腕を伸ばして羽根に触れると、ハーヴィーを振り返った。

「やっぱり、僕の羽根じゃ効果がないのかなぁ・・・」

「そういう問題じゃないだろう」

ハーヴィーが手招きする。マイクは素直に、ふらふらとベッドに戻り、上体を起こしたハーヴィーの腕の中に納まった。

「あ、羽、邪魔だね。しまう?」

「いや、いい」

そう言って、ハーヴィーはマイクの白い羽に鼻を埋めた。パールがかった白色。最近は蜜のような、甘い香りすらするような気がする。

「ハーヴィーは夢を見ないの?」

「君と暮らし、添い遂げる夢なら、いつでも」

「いやいや、そっちの夢でなくて」

「わかってる」

ハーヴィーは可笑しそうに笑った。

「マイク。ドリームキャッチャーと君では、民族というか、種族が違うだろう?」

「・・・やっぱり、天使の羽根がダメだったのかなぁ・・・」

マイクが唇を尖らす。

「ハーヴィーにはいい夢を見てもらいたいんだ」

「君がこの部屋に泊まる夜は、いつだっていい夢を見てる。昨夜だって」

言いながら、ハーヴィーはマイクの背中の羽の付け根を撫でさすった。

「ひゃんっ」

「相変わらず、敏感だな」

「そこはダメなの!弱いの!もうっ」

そんなことを言いつつも、マイクは額をグリグリとハーヴィーの片口に押し付けた。

「また・・・君にいい夢を見させてもらうとするか、まだ、時間もあるしな」

「子守唄でも歌う?」

「天使の歌声はさぞかし、美しいだろうな。しかし・・・今はこっちだな」

ハーヴィーの指が背中を下降し、マイクの形の良い尻に触れる。そして、ゆっくりと双丘を割る。マイクは小さく笑いながら、軽く腰を上げた。

「いきなりでも大丈夫か?」

「・・・貴方が、僕の体から出て言ったの、ほんの数時間前だよ?」

「愚問だったか。それなら、遠慮なく」

ハーヴィーはマイクに口づけを与えると、さらに力強く尻を割り、ヒクついているであろう場所に、自分の屹立を当てがった。

「行くぞ?」

「ん・・・いいよ、もちろん」

ハーヴィーの動きに合わせるように、マイクも自分の体をゆるゆると落とした。何の抵抗も痛みなく繋がる。ハーヴィーが動くよりも先に、マイクは自分の体を揺らし始めた。うっとりと目を閉じて、ハーヴィーの熱を享受する。激しく突かれるのも好きだが、こうやってゆっくりと味わうのも好きだった。

「はっ・・・あっ・・・」

結合部から、ドロドロと自分が溶けていくような感覚。温めたチョコレート。

マイクは、ぎゅっとハーヴィーにしがみ付いた。

「は・・・ヴィ・・・羽、しまうね・・・」

何だか、ハーヴィーにのし掛かられて、激しく突かれたくなった。ハーヴィーもマイクの意図をすぐに理解する。羽を畳んで仕舞い終えたマイクの体をシーツに沈める。

「ふあ・・・あ・・・きて・・・ハーヴィー・・・」

天使の笑みはある意味、凶器だ。抗うことなどできない。ハーヴィーはマイクを抱く度に、自分が堕ちていくのを感じる。天使のオーラに絡み取られ、身動きが取れなくなる。しかし、それが心地いい。

ハーヴィーはマイクの脚を抱え直すと、自分の楔を深く深く打ち込んだ。

「はっ・・・あっ・・・あんっ・・・いいっ・・・ハーヴィーっ・・・」

揺さぶられながら、白い喉をハーヴィーに差し出す。ハーヴィーはその頸に吸い付きながら、律動を与え続ける。柔らかい後部は、ハーヴィーの形を覚え、しっかりと包み込んでいる。赤い唇から、赤い舌が覗く。白い肌とは対照的な朱。それがまた、ハーヴィーの欲情を誘う。左手でマイクの腰を支え、右手で勃ち上がっているマイクを可愛がってやる。部屋にマイクの嬌声がより一層、響く。

「あ・・・あ・・・あ・・・い・・・イく・・・イっちゃう・・・ああんっ・・・」

その言葉を合図に、ハーヴィーはマイクの体を抱き起こした。と同時に、マイクの真っ白な羽が左右に広がる。そして全身の緊張。ピクピクと引き攣る足の指先。当然、それに合わせて、ハーヴィーも己の精をマイクの中に注ぐ。それから甘い吐息とともに訪れる弛緩。マイクはくたりとした体を、ハーヴィーの胸に預ける。

「は・・・はぁ・・・はぁ・・・」

軽く汗ばんだマイクの額をハーヴィーがそっと撫でる。

「・・・ハーヴィー・・・キス・・・して?」

甘いおねだりにハーヴィーが応えないわけもなく。両頬を包んで、角度を変えながら、キスを送る。舌を絡めながら、甘い唾液を味わう。最近のマイクはどこもかしこも甘い。まるで綿菓子のようだった。それもくどくはない、さらりとした、甘さ。純度の高い、甘味料のようだった。

「ん・・・」

何度も角度を変えたキスから、最初に逃れたのはマイクだった。悪戯っ子のように、笑う。

「・・・いい夢だった?」

「ああ。・・・君自身がドリームキャッチャーだからな。君は?」

「・・・基本的に、天使は眠らないから。夢は見ないよ。でも・・・貴方といると、いつだって夢心地」

うっとりと笑って、マイクはハーヴィーの肌を指先でなぞった。そして、ちらりと、窓にかかっているドリームキャッチャーを見遣ったのだった。

********************

「俺はちょっと野暮用があるから、君は先に部屋に行ってろ」

「うん、わかった。・・・えっと、クライアントとの会食?」

「いや。そんなに時間のかかる用事じゃない。だから、自分のアパートではなく、俺の部屋に帰るんだぞ?」

「うん。・・・でも、貴方の部屋に帰るって言い方・・・おかしいね」

言いつつも、マイクは笑う。そして、揃えた書類のファイルをハーヴィーのデスクに置いた。

「じゃ、僕、これで帰るね。・・・貴方の部屋に」

「いい子の返事でよろしい」

マイクはハーヴィーのオフィスを出て考える。本当なら、先に帰る自分がハーヴィーのために夕食を作ってあげたいと思う。けれども、自分の家事能力は壊滅的だった。この間、上級天使であり、自分の監督者でもあるレイチェルに目玉焼きの作り方を教わった。しかし、結果は散々で、マイクのアパートのキッチンは利用不可になってしまったのだ。たかが、目玉焼きで。レイチェルは盛大に溜息をつき、「やっぱり、貴方はシリアルに牛乳をかけるだけにしなさい」と言い放ったのだった。

「料理がダメだから・・・デリかなぁ・・・。あ!」

マイクは最近できた、イタリアンのデリを思い出した。帰り道をちょっと外れるが、美味しいと評判だということはドナに聞いていた。料理はダメだが、食べることは大好きなマイク。ウキウキしながら、イタリアンのデリの店へ行くことを決め、オフィスを出たのだった。

********************

ハーヴィーが寄り道をして、部屋のドアを開けると、トマトソースの香りが鼻をくすぐった。一瞬、嫌な予感がしたが、焦げた匂いはない。それでもハーヴィーはキッチンへと急いだ。

「あ、ハーヴィー、おかえりー!!今夜はイタリアンだよ!」

「まさか・・・作って・・・ないよな?」

「それは、無理」

マイクはきっぱりと真剣な表情で言った。

「それは、よかった」

「さすがに、2回もハーヴィーの部屋のキッチンを壊しちゃ申し訳ないもん」

「自覚してるなら、いい。・・・ん?じゃあ、この匂いは・・・」

「デリだってば。新しくできたイタリアンのデリ!ドナも美味しいって言ってたから!」

「そうか」

「ハーヴィーは意外に早かったね?もっと帰りは遅いのかと思ってた」

「まあ、ちょっとした買い物をしただけだからな」

「ふうん。あ、僕も、さっき帰ったばっかりだから、まだ料理はあったかいよ!早く食べようよ!」

「そうだな」

キッチンカウンターに並べられた料理は、デリとは思えないほど、美味しそうに見えた。

「ワインでも開けるか。ちょうど、イタリア・ワインがある」

「やったー!」

「飲み過ぎるなよ?まあ、酔っ払い天使もなかなかセクシーでいいんだが」

「・・・ハーヴィーのエッチ!ワインは神様の血なんだからぁ」

「ああ、そうだったな」

「ほら、早く座って!」

「よほど、腹が減ってるな、君は」

「あ、バレた?」

「食い意地の張った天使だからな」

「だって~、すっごいいい匂いでしょ?ガーリックの効いたトマトソースがたまらないでしょ?」

「それは否定しないな」

ハーヴィーは手早くワインとグラスを用意すると、カウンターの椅子に座ったのだった。

********************

「で?ハーヴィーは何を買ってきたの?」

トロンとした表情で、首を傾げてマイクが問う。

「あ、内緒で秘密のものだったらいいんだけど」

「いや、君のために買ってきた」

ハーヴィーはカウンターの恥に置いておいた紙袋を取り上げた。それをマイクに渡す。

「開けていいの?」

「ああ。君のだ」

「なんだろう」

ガソゴソと、マイクは紙袋を開けて、中身を取り出した。

「あれ?・・・これ・・・ドリームキャッチャー?でも、なんか違う」

マイクはキラキラしたガラス玉で作られたものを手に首を傾げる。小さなガラスで円形が作られ、そこからいくつかの大小のガラス玉がぶら下がっている。

「それはサンキャッチャーだ」

「サンキャッチャー?」

「ああ。太陽の光を捕まえる。伝説は色々とあるな。ドリームキャッチャーのように、ネイティヴ・アメリカンが作ったものという説や、日照時間の少ない地域で作られたものだとか・・・。それに、君の羽根を追加してカスタマイズするといい」

「へぇ・・・綺麗・・・」

「部屋の照明でもなかなかだが、太陽に光を集めると、もっと綺麗らしいぞ」

「うわぁ・・・明日の朝が楽しみ。ねえ、これ、ドリームキャッチャーの隣に飾っていい?」

「もちろんだ。そのために買ってきた」

「ありがとう!」

マイクは早速、寝室へ行き、お手製のドリームキャッチャーと並べて飾る。それから、ハーヴィーが保管しているガラス瓶から、自分の羽根をいくつか見繕うと、ぶら下がったガラスの間に糸でくくりつける。

「夜でも綺麗だね」

「朝日を浴びるともっと綺麗だ」

「太陽の光を集めるんだぁ・・・凄いね」

「集まった光を浴びた君の体もきっと綺麗だろう」

「・・・ねえ、どうして、サンキャッチャーを買ったの?」

「君が俺のためにドリームキャッチャーを作ってくれたお礼だ。それに、そういうキラキラしたものは、天使と相性がいいように思った」

「僕っぽい?」

「ああ、とても」

「じゃあ、明日も早起きしなくちゃ」

「最近の君は寝坊助じゃなくなったからな」

「お利口さんでしょう?」

「少し、寂しくはあるがな。寝こけながらパンケーキを食べる君を見ることができないのは」

「やーめーてー。もう・・・それ、絶対に駄目天使じゃん」

「事実だろう」

「過去形にしてってば!」

一瞬、頰を膨らませたマイクだったが、すぐに普通の顔に戻り、サンキャッチャーを見る。

「ねえ、これも綺麗だよね」

寝室の可動式の間接照明をサンキャッチャーに向ける。

「ほう・・・」

「ね?夜も楽しめるなんて、最高。ありがとう、ハーヴィー。僕、これ気に入ったよ」

サンキャッチャーを通した部屋の明かりが、マイクに綺麗な陰影を映す。綺麗な夜の天使。その天使を腕の中に納めるべく、ハーヴィーはマイクに近寄った。

END

I want to stay 05

朝食は早く起きた方が作ったり、夕食は待ち合わせて外食したり、あるいは早く帰った方が作ってみたりと、そんな生活を10日間ほど続けた。その間、マイクは仕事やハーヴィーの陰謀(待ち伏せ)によって、一度もアパートに行くことはできなかった。

けれども、ある日の昼前に、アパートの大家から、ようやく連絡がきた。暖房が復旧した、と。マイクはすぐにハーヴィーにメールを送った。暖房が直ったから一度アパートに帰る、と。そして、荷物は後で取りに行く、と。

とうとう、この日が来たな、と思う。ハーヴィーの好意に甘えた10日間はとても楽しかった。しかし、それは永遠のものではない。ハーヴィーの傍に居過ぎて、自分の感覚が狂ってしまう前に、決着をつけた方がいいと思った。

アパートに帰ったら、まずは鍵を付け替えよう。ハーヴィーの持つ合鍵が使えなくなるように。ハーヴィーが部屋にいないときを狙って、荷物を取りに行こう。そして、ハーヴィーの部屋の合鍵を返す。聡いハーヴィーのことだから、きっと自分が言わんとしていることはわかるだろう。別れの言葉は、「今まで、ありがとう。楽しかった」というメモだろうか。それで、おしまいだ。

*********************

どうして、好きになったのだろう。

それは、ハーヴィーが自分を必要としてくれ、そして自分を守ってもくれたからだ。

自分にそんな風に接してくれる両親は子どもの頃に亡くなり、祖母も逝ってしまった。親友だと思っていた人間には裏切られた。何もない自分にいろいろなものを与えてくれたのはハーヴィーだった。心の隙間を埋めてくれたのはハーヴィーだった。だから、好きになった。上司としてだけでなく、一人の人間として好きになった。

けれども、自分とハーヴィーのいる世界は違いすぎる。一生、自分がハーヴィーの横に立ち続けることなどできるわけがない。

そして何よりも、ハーヴィーを失うことが怖かった。失うくらいなら、自分から離れた方がずっとマシだと思えた。・・・それが、今日のこの日だ。

*********************

マイクはできるだけ早く仕事を終わらせると、いつもよりは遅くない時間にオフィスを出た。ビルの外にレクサスはなかった。メールをしたから、暖房が直って自分がアパートに戻ることを、ハーヴィーは了解しているのだろう。

久しぶりに古ぼけたレンガ造りのアパートの前に立つ。たった10日ほどなのに、懐かしい感じがする。確かに、祖母と暮らした思い出もあるからだろう。

マイクは鍵を開けて、一呼吸した。自分のアパートなのに、変な感じだった。暖房が直ったとはいえ、スイッチは切れているだろう。きっと寒いだろうな、と思いながら、マイクはドアを開けた。

そして、そこに、信じられない光景を見た。

何もない、本当に何もない床の中央に1枚のメモが落ちていた。マイクがそれを拾い上げると、一言だけ、書いてあった。

『早く、家に帰ってこい。 H』

「・・・マジ?こういうこと・・・する?」

マイクは鞄を掴んで踵を返した。

*******************

「ハーヴィー!!!!!」

マイクはタクシーでハーヴィーのペントハウスに行き、ドアを開けるなり、叫んだ。

「お。案外、早かったな」

「貴方・・・一体、何をしたのさ!っていうか、人の物、勝手に捨てないでよ!貴方にはわからないかもしれないけど、大事なものがいっぱいあるんだからね!」

「捨ててない」

「そういう問題じゃなくて!・・・て、捨ててない?」

「君の部屋にあったものは全て、ゲストルームに入れてある。ほら、例えば、おばあさんお手製のパンダの刺繍とか、な。ああ、ただ、ベッドだけは処分させてもらった。悪いな」

しれっと言うハーヴィを見ながら、マイクは慌ててゲストルームのドアを開けた。

ダンボールの山。ただし、祖母のパンダの刺繍だけは見えるように置かれていた。

それを見て、マイクはその場にへたり込んだ。

「安心したか?」

「した・・・って、そんなわけないでしょ!!何で、僕の部屋の荷物が全部ここにあるの!!!!!」

「引っ越したから」

「誰が!」

「君が!」

「何処に!」

「此処に」

「どうして!」

「一緒に暮らしたいと思ったから。もちろん、俺が」

「なっ・・・・そんな・・・わけ・・・わかんないし・・・」

へたり込んでいるマイクの隣にハーヴィーが片膝をついてしゃがんだ。マイクの片手を取り、もう一方の手で、その頰に触れる。そして、軽く力を入れて自分の方を向かせる。

「Mike. I want to stay with you forever.」

マイクの心臓が一瞬、跳ねた。永遠なんてない。そう思っていた自分に発せられた言葉。マイクはハーヴィーに視線を合わせた。

「別に返事はいらない。俺は俺のやりたいようにするだけだ。君が嫌だと言っても、俺はずっと君のそばに居続ける。俺が有言実行の人間だってことは十分わかってるだろう?マイク。ちなみに、君のアパートはとっくに解約しているから、帰る場所はない」

そう言って、ハーヴィーはニヤリと笑った。何処までも不遜な男。でも、それがマイクが憧れて愛した男だった。

「ハーヴィー・・・」

マイクは自分の手をハーヴィーの頰に当てて、言った。

「永遠なんて・・・存在するの?」

「俺の中ではな」

「僕には、縁のない言葉だと思ってた」

「だろうな。だから、実力行使に出た。どんなに言葉を紡いでも、君は信用しないと思った」

「よくわかってるよね」

「人の心を読むのが仕事だからな。特に君の心は読み応えがある。信じられなければ、信じなくていい。俺も信じてもらう努力はしない。ただ、ずっと一緒にいるだけだ」

「僕が逃げると思わないの?」

「逃さないから。・・・俺の前から消えられるのは、一度で十分だ」

きっと事務所を辞めたことを言っているのだろう。

いつも瞳の何処かに笑みを浮かべているハーヴィーだったが、今は真剣そのものだ。きっと、その言葉に嘘はないに違いない。

「僕・・・ずっと貴方に言わなかった言葉がある」

「そうだな。言えなかったんだろう?」

「うん。永遠なんて、ないからね」

「ふん。永遠なんて、つくるものだ」

「貴方ならそう言うと思った。・・・ハーヴィー。僕は貴方に『愛している』と言っていいのかな?」

「その言葉を言うのに、許可なんか、いらないんだぞ。俺なら何回でも言うさ」

「・・・薄くなりそう」

「馬鹿。深くなるんだ」

「どんなふうに?」

「こんなふうに」

ハーヴィーがマイクに口付ける。マイクもそれに応える。けれども、しばし唇を重ねた後、マイクはハーヴィーの体をちょっと押しやった。

「どうした?」

「ここじゃちょっと・・・なんか、ばあちゃんに見られてるみたいでさ・・・」

「あの、パンダか」

「うん、まあ、そう」

「じゃあ、場所を移そう。どうせ、荷物の整理は明日以降だ」

ハーヴィーはマイクを立たせると、その腰を抱いて寝室へと誘った。

********************

「嘘!5日前に荷物を移したの?」

気だるい体を半分ハーヴィーに乗せて、マイクが驚いた声を出す。

「本当。別にそんなの業者に頼めばすぐにやってもらえる」

ハーヴィーは愛しそうに、マイクの髪やら顔やらを触っている。

「僕、全然、気づかなかったよ」

「君は奥ゆかしいから、勝手にゲストルームのドアを開けることなんてしないからな」

「そりゃまあ、そうだけど。僕にだって、遠慮ってものはあるよ」

「遠慮が過ぎるような気もするがな。もっと我儘になってもいいものを」

「貴方みたいに?」

「俺が?我儘?」

「そうでなきゃ、勝手に人のアパートを解約したり、荷物を移したりしないでしょ」

「それは愛がなせる技というんだ」

そう言って、ハーヴィーからのキスが一つ。マイクも素直にそれを受ける。

「それに、最近、病気のせいか、調子が悪かったんだ」

「えっ?何?ハーヴィーが病気?病院には行った?」

「行ってない。もう解決したから」

「治ったの?なんて病気?」

「・・・マイク欠乏症」

「・・・何それ」

「一緒に仕事をしていたときは、毎日、君に接することができていたからな。それが投資会社に行ってしまったら、滅多に会えなくなった」

「デスクに僕の写真を置けば?」

「じゃあ、君は自分のデスクに俺の写真を置くか?」

「んー・・・置かない」

「そういうことだ」

「会えない人の、触れられない人の写真が目の前にあったら、虚しいもんね」

「まあ、俺の場合は、無理にでも会うけどな。しかし、君はそういうことはしないだろう」

「うん」

「だから、一緒に暮らすことを考えた。そんなときに運良く、君のアパートの暖房が壊れた。チャンスだと思った」

「そういうチャンスは絶対に逃さないよね、貴方」

「そう褒めるな」

「褒めてないって」

笑いながら、マイクが答える。

「でも・・・嬉しいよ。そう言ってもらえるの」

ことん、とマイクが頭をハーヴィーの胸に置く。

「ハーヴィー。僕も言っていいかな」

「何なりと」

「・・・・・・ I want to stay with you forever, too」

「やっと言えたな」

「返品は効かないからね」

「返品する相手もいないしな。そこは安心している」

「ああ、でも捨てられるのはアリかなぁ・・・」

「誰が捨てるか、こんな綺麗なもの」

「綺麗じゃないよ。恥ずかしいから、やめてよね」

「綺麗だろう」

ハーヴィーが起き上がり、体をマイクと入れ替える。

「さて。これからどうする?同居祝いにステーキでも食べに行くか?それとも・・・」

「ステーキは明日でいいよ。それよりも・・・もう一回、しよ」

「積極的で何より」

ハーヴィーは満足げに笑うと、思いう存分に、唇をマイクの体に這わせ始めた。ハーヴィーの愛撫を受けながら、マイクは頭の隅っこで、永遠について自分の考えを改めるのだった。

END

La maison de paradis 09

その日、マイクは娼館のマダムに呼ばれた。館の中でも一際豪華な造りの部屋で、細かな装飾の施された机を挟んで、マイクはマダムの前に立った。

「マイク。あんたの部屋をそろそろ、若い子に譲りたいんだよ。いくら、Mr.スペクターにい含められているとはいえね、こちとら商売だ。若い男を抱きたいと言ってくる客はいるってことは・・・悪よねぇ、マイク」

おそらく、ハーヴィーのことを心の何処かで気にはしているのだろう。マダムは少々上目遣いにマイクを見た。自分の一存で、あの部屋からマイクを追い出すという体裁にはしたくないのだ。マイクの意志で、あの部屋を出て、そして5階に行く。そうしたいのだろう。

マイクは頷いた。荷物は無いに等しいので、部屋はすぐに出られます。そう・・・今すぐにでも」

「いやいや、そんな急ぐことはないさね。そう・・・まあ・・・2、3日ぐらいであの部屋を開けわしてもらえれば・・・ね」

「・・・わかりました」

「5階にあんたの部屋は用意しておくから」

「ありがとうございます、マダム」

マイクは精一杯の笑顔をつくり、そして部屋を出たのだった。

********************

本当にマイクの荷物は無いに等しい。服は、クローゼットの中にある、一番シンプルなシャツとズボンでいい。私物は青いショールだけだ。他に持って生きたいものといえば・・・。

マイクは、ベッドの下から箱を引っ張り出した。そして蓋を開ける。そこに入っているのは、美しいチョコレートの箱だけだった。マイクは、その箱を畳んだショールの間に挟んだ。そして・・・指先で、右の耳朶に触れる。アクアまりんのピアス。それを外すかどうか、考える。どう考えても、5階で暮らす人間の装いにはふさわしくない。しかし、マイクは、今、それを外すことはせず、5階に行く日に外し、チョコレートの箱に入れることにした。

荷物は・・・それだけだ。本当に今すぐにでも、この部屋を出ることができる。マイクはテーブルの上にショールを置くと、小さな机に向かった。ハーヴィーに手紙を書こうと思ったのだ。

ハーヴィーと出会えたこと。二人での語り合いがとても楽しかったこと。書きたいことはたくさんあったが、未練がましくなるようで、マイクは感情を抑えながら、短い手紙を書いた。最後は、「さようなら」の言葉で締めくくった。・・・じわりと、涙がこみ上げてきた。けれども、それを指先で拭って、手紙を5階で働く人間に託した。

********************

「マイク、5階に行っちゃうのね」

マイクと仲の良い娼婦が、昼に近い食堂でマイクの隣に座った。

「うん。今日、今の部屋を出て、5階に行く」

「・・・Mr.スペクターがいるんだもの。マイクは、ずっとあの部屋にいたっていいと思うのに」

「そういうわけにもいかないよ。だいたい、ハーヴィーはお客とはちょっと違うから」

「でも、マダムの懐には、きちんとお金が入るのよ?マイクがミスターと寝ても寝なくても」

「そうかもしれないけど・・・でも、客商売なんだから、いつまでも、僕があの部屋を占領するわけにはいかないよ。・・・それより、君とこうやって食事をするのもこれで最後だね」

「・・・寂しくなるわ、マイク」

「まあ、同じ娼館の5階にいるんだから、何か用事があったら言いつけてよ。何でもするよ」

「ありがと。・・・でも・・・マイク、5階での生活はきっと大変よ?」

「うん。覚悟はしてる。でも、仕方のないことだから。心配してくれてありがとう」

マイクはスープの皿を空にすると、ゆっくりと立ち上がった。

「さよならは、言わないよ。また、会えるから」

「そうね。何かあったら、マイクを頼るわ」

「そうして。じゃ・・・」

マイクは食器を片付けて食堂を出ると、今日は最後になる自室へと向かった。朝、ベッドの上に置いたショールを持って5階に行く。ただ、それだけだ。

「あれ?」

マイクは自室のドアが少し開いていることに気づいた。きちんと閉めたはずなのに。もしかしすると、5階の誰かが迎えにきたのだろうか。

マイクはそっと扉を開けた。そして、息を呑んだ。

ハーヴィー・スペクターが長い足を組み、カウチに座っていたからだ。それも、ものすごく不機嫌な表情で。

「ハ・・・ハーヴィー・・・?」

ハーヴィーは立ち上がった。

「行くぞ。荷物があるなら、持て」

「え?ちょっと・・・その、僕、これから5階に・・・」

「うるさい。君は俺と一緒にくるんだ。早く、荷物を持て」

有無を言わせない、厳しく、強い口調だった。

「言うことを聞かないのなら、引きずるぞ」

「それは・・・でも・・・その・・・」

痺れを切らしたハーヴィーがマイクの腕を掴んだ。

「君に選択肢はない。俺と一緒にこの部屋を・・・いや、この娼館を出るんだ」

マイクは、その力強さに逆らうことができなかった。

********************

ハーヴィーが娼館の重たい扉を押し開いた。その後について、マイクはゆっくりと娼館を出た。少し、歩いたところで、ハーヴィー立ち止まり、マイクを見た。

「・・・本当に、君には、それしか荷物がないんだな」

マイクは鞄ひとつ持たず、ただ、古ぼけたショールを手にしていただけだった。自分の持ち物はこれだけだったからだ。

ハーヴィーは、油脂に包んだ物をマイクに渡した。

「・・・これは?」

「金だ。君は借金のかたに、あの娼館に売られたわけではない。君自身に借金はない。君が客をとって稼いだ金は、衣食住に使ったであろう分を除けば、全て君の物だ。それを女将に清算させた。だから・・・その金は、純粋に、君のものだ」

「僕は・・・貴方に買われたわけじゃ・・・ないってこと?」

「そういうことだ。君は自由だ。何処へでも行ける。右でも左でもいい。東西南北、何処へでも行ける。そして、何でもできる。・・・元来、頭のいい君だ。・・・己の才覚で、生きろ」

「・・・何でも・・・できる?」

「ああ。何でも」

「僕は・・・自由?」

「ああ」

「何を・・・望んでも・・・いいの?」

「もちろんだ」

ハーヴィーは笑って、頷いた。

「僕は・・・」

マイクの言葉の続きを待つ。

「僕は・・・」

マイクは、スッとハーヴィーの顔を見つめた。

「僕は・・・貴方と一緒にいたい。・・・貴方の傍にいたい。・・・それは、望んでも、いいこと?」

真摯な質問に、ハーヴィーはそっとマイクに近づいた。

「そういう生き方もある。・・・ただし、俺は役にたつ人間が欲しい。ただの愛人はいらない」

「・・・わかってる。貴方のために、自分の能力を使いたい」

「いい心がけだ。・・・ただ・・・愛人はいらないが、恋人は欲しいと思う」

そう言って、ハーヴィーはマイクの顎に指をかけた。

「娼館を出たから、言おう。マイク、君を愛している」

「・・・僕は汚れていて・・・愛される資格はないよ?」

「その汚れは、俺が洗い落としてやろう」

ハーヴィーは、マイクに口付けた。今まで何度も娼館であっていたにもかかわらず、ハーヴィーがこうしてマイクに触れ、キスをしたのは初めてだった。

それが、ハーヴィーのマイクに対する、矜持だったからだ。

離れた唇の隙間からマイクが言う。

「僕も・・・愛してる。たぶん・・・初めて会った時から・・・好きになってた・・・」

無垢な笑顔を見せる。それはハーヴィーが初めてみる表情だった。

「・・・さて、俺の屋敷に帰るとするか。今日から、君の家になる」

「・・・いいの?」

「一緒にいたいんだろう?」

「・・・時々、会えたら・・・それでいいって・・・思っただけで・・・」

「そう言うな。実は、君の部屋も用意してあるんだ」

マイクは驚いて、目を見開いた。

「君が言い出さなければ、拉致するところだった。そうせずにすんで良かった。さあ、来い」

ハーヴィーが’馬車に促す。

マイクは、古ぼけたショールを握りしめ、その後に続いたのだった。

********************

「うわ・・・あ・・・」

馬車から降りたマイクは、口をポカンと開けて、それしか声が出なかった。上流階級の人だから、相当な屋敷に住んでいるであろうことは想像していたが、まさか、これほど大きな屋敷とは思わなかった。ただし、娼館しか知らない、世間の狭いマイクのことなので、スペクター邸に限らず、きっと驚いたに違いない。

「ほら」

ハーヴィーが促すが、マイクはなかなか1歩が踏み出せなかった。

ハーヴィーと一緒に行きたい・・・とは言ったものの、実はそれは非常に身の程知らずな言動だったのではないか、と今更ながらに思った。そんなマイクの腕をハーヴィーが掴んだ。

「臆するな。使用人は皆、君が来ることを知っている」

「え?・・・で、でもっ・・・」

マイクがハーヴィーに一緒に行きたいと言ったのは、ついさっき、娼館を出たときだ。それなのに。

「言っただろう。君が言い出さなければ、拉致するところだったと。俺は随分と前からこの屋敷に君を連れて来るつもりで、その準備を進めていた。決行を決めたのは・・・君から手紙を受け取ったからだ。・・・何が、『さようなら』だ。悪いが、俺には君と会えない生活など考えられないからな。それはこれから嫌というほど、教えてやる」

そう言いながら、ハーヴィーはマイクを半ば引きずるようにして屋敷の玄関へと引っ張って行ったのだった。

「おい、帰ったぞ」

「おかえりなさいませ。ご主人様。ああ、よかった。マイク様もご一緒ですね」

出迎えた壮年の執事が笑顔で言った。

「お申し付け通り、ご主人様の部屋に、簡単な食事とお茶を用意しています。どうぞ、ごゆるりとお休みください、マイク様」

「え・・・あ・・・その・・・えっと・・・」

「敬語で呼ばれたことのないマイクは正直戸惑った。けれども、執事を笑顔を見ると、自分は歓迎されていないわけではなないことは理解できた。

「あの・・・お世話になります・・・」

マイクはペコリと頭を下げた。

「ご主人様の指示で色々と準備をさせていただきましたが、もし、足りないこと、足りないものがございましたら、遠慮なく、申し付けてください」

「え・・・そんな・・・・こんな風に押しかけてきたのに・・・こっちが迷惑をかけてるんじゃないないかと・・・」

「いえいえ。マイク様はご主人様が非常に大切にしているからですから。ですから、私はマイク様の使用人でもありますから、遠慮なく、何なりと」

「・・・そ・・・そんな・・・」

マイクは困ってしまった。ちらりとハーヴィーの顔を窺い見る。

「マイク。執事は嘘は言わない。嫌味も言わない。彼の言葉は心からのものだ。遠慮するな。それよりも、2階の部屋に行くぞ」

「ごゆっくりとお休みくださいませ」

執事は一礼し、ハーヴィーとマイクを見送ったのだった。

********************

「荷物・・・そのショールはそこのテーブルにでも置いておくといい。いや、俺が置こう」

ハーヴィーが手を出し、マイクが持っている青いショールを受け取ろうとした。が、マイクは後退りをした。反射的に。

「どうした?」

「あ・・・大丈夫・・・自分で置けるから・・・」

その、少々挙動不審な態度に、ハーヴィーが眉を潜めた。そして、一瞬の隙を狙って、マイクの手からショールを奪い取った。

「あっ・・・!」

マイクが慌てて手を伸ばすが、さっさとハーヴィーがマイクから離れた。そして、ショールの手触りに違和感を覚える。何かが、間に挟まっている。ハーヴィーは綺麗に畳まれた青いショールを開いた。そして、おやっと、目を開く。そこには、ハーヴィーが初めてマイクに与えた、チョコレートの箱があった。

「これは・・・」

「あの・・・本当は・・・ショールだけって思ったんだけど・・・その箱綺麗で・・・それに貴方との思い出だから・・・その箱を見たら・・・5階に行っても頑張れるかなって・・・それに、ピアスを入れるものが、他にはなくて・・・」

「ピアス?」

ハーヴィーは改めてマイクの耳を見た。今更だが、自分が与えたアクアマリンのピアスは見当たらなかった。ハーヴィーはチョコレートの箱を持ち上げ、それを振った。すると、カラカラと音がする。テーブルの上に置き、蓋を開けると、そこにはアクアマリンのピアスが入っていた。

「・・・ごめんなさい。外さないようにって言われてたけど・・・5階では・・・不具合で。でも・・・あの部屋に残して来るのも嫌で」

「いや。謝ることはない。このチョコレートの箱にしても、ピアスにしても、俺からの贈り物を大切にしてくれている気持ちは伝わる」

ハーヴィーは箱の中からピアスを取り出すと、マイクに近づき、その右耳にピアスをつけてやった。

「もう、外すなよ」

「・・・うん」

ハーヴィーはマイクの蜂蜜色の髪を梳き、撫でると、上を向かせてキスをした。娼館の前ではできなかった分、じっくりと。何度か角度を変えながら、唇を喰んだ理、舌を絡め吸ったりする。

「んっ・・・んくっ・・・」

飲み込みきれなかった唾液が、マイクの口の端を伝った。

「あっ・・・ふっ・・・」

わずかに離れた隙間から、必死に呼吸をする。幸福感と息苦しさが綯い交ぜになって、マイクはハーヴィーのフロックコートの襟を指先で掴んだ。

ようやく、ハーヴィーのキスから解放されたときには、もう、マイクの膝はガクガクだった。娼館の客に、こんなキスをされたことは。否、娼館ではキスすらされたことがない。

「こんなところで、がっつくこともないな。時間はたっぷりあるし、柔らかなベッドもある」

「え・・・」

流石のマイクも、そのセリフから、ハーヴィーが意図することはわかった。マイクは一度唇を引き結ぶと、意を決したように言った。

「あの・・・お風呂・・・入らせてもらっても・・・いい?僕・・・あの娼館を出たままだから・・・その・・・なんていうか・・・汚い。・・・もちろん、お風呂に入ったからって・・・綺麗な体になるわけじゃないけど・・・」

「気持ちの問題・・・ということか?」

「う・・・ん・・・」

「いいだろう。バスルームはこっちだ。下着とガウンは用意しておこう」

「・・・ありがと・・・ハーヴィー・・・」

ハーヴィーにバスルームに連れて行ってもらう。パタンっとドアを閉めると、マイクはようやく、大きな溜息をついた。

ものすごく、急展開だった。

あの部屋を出て5階に行こうとしたら、ハーヴィーがいた。そして自分を娼館から連れ出してくれた。それどころか、自分を屋敷にまで連れてきてくれた。切羽詰まった、自分の思いを、後先考えずにぶつけただけなのに、ハーヴィーは受け入れてくれた。しかも、ずっと以前から考えていたという。

あの人には、敵わない。心底、そう思った。そんな彼に、自分が今できることを考える。

考えながら、マイクはバスタブに湯を張り始めた。

********************

泡だてた湯船の中で、マイクは丁寧に体を洗った。洗ったところで、これまでのマイクの生活は消えるわけではなかったが、それでも、マイクは時間をかけて体を洗った。そして、海綿を湯船の中にするりと落とすと、そろそろを指を体の後ろに回した。

さっきのキスで、ハーヴィーが望んでいることは十分すぎるほどにわかっていたし、自分もそれに応えたいと思った。ここが娼館であったなら、いつも準備している香油を使うのだが、さすがにそんなものは持ってきていない。マイクは左手でバスタブの縁に掴まりながら、右手を自分の体の中へと侵入させていった。そこを清めることと、解すことと。その2つが目的だった。準備で快感を得ることはない。ただ、ハーヴィーに汚らしいと思われたくなかった。しばらくしてから、ようやく指を抜くと、マイクは立ち上がって、全身の泡を洗い流した。大きめのタオルで体の水分を拭う。ハーヴィーの部屋とバスルームの間の小部屋に行くと、ラタン製のチェストの上にガウンが置いてあった。さっきハーヴィーが言っていた着替えだろう。マイクが触り心地の良いガウンを手にすると、その下に下着が置いてあった。が、それを見てマイクは思わず、あんぐりと口を開けてしまった。

「・・・な・・・何を考えてるの・・・ハーヴィー・・・」

マイクはその白い下着を見ると、頭を抱えた。幾ら何でも・・・と思う。けれども、それがハーヴィーの所望なら、仕方がない。逡巡の後、マイクはその白い下着を手に取った。

********************

「マイク、腹は減ってないか?」

バスルームから姿を現した、ガウン姿のマイクにハーヴィーが声をかけた。すでにハーヴィーも、ネクタイを外し、くつろいだ服装になっている。

「え・・・あ・・・うん。大丈夫。・・・えっと・・・その・・・僕、先にベッドに入っていた方が・・・いい?」

喉奥から絞り出すような掠れた声で、マイクが尋ねる。その質問にハーヴィーは片眉を上げた。その仕草に、マイクは「しまった」と思う。どうやら自分はしくじったのかもしれない。ただ、どんなしくじりかは自分でもわからなかった。どうしていいかわからず、目を泳がせる。そんなマイクの蜂蜜色の髪を撫でながら、ハーヴィーは言った。

「君を抱きたくない・・・と言ったら嘘になるが、急ごうとは思ってない」

「え・・・でも・・・えっと・・・・あの・・・」

「どうした?マイク」

「だって・・・その・・・用意してあった・・・その・・・下着が・・・なんていうか・・・」

「ああ」

悪戯っ子のように、ハーヴィーが笑った。

「あのパーティーでの黒いランジェリーも良かったが、君には白の方が似合うと思った。タナーの馴染みの娘が、あれを用意したんだろう?それで、買った店を聞いて、色違いを用意した」

「えっ・・・貴方が・・・買いに行った・・・の?」

「そうだが?」

へらっとハーヴィーは言った。マイクの方が顔を赤らめる。自分で見るのも恥かしいのに、それを買いに行ったとは。マイクは思わず、ガウンの胸元をキュッと合わせ直してしまった。

「・・・見せてくれるか?マイク」

「・・・・・・ここは・・・ちょっと。・・・ベッドの方が・・・まだ恥ずかしくない」

「わかった。先に入ってろ」

「・・・ん」

マイクはハーヴィーから離れると、天蓋付きのベッドに近づき、そのさらりとしたリネンの中に潜り込んだ。ガウンをどうしようかと思ったが、少し考えて、リネンの中でガウンを脱ぐと、ふわっと床に落とした。けれども、体はしっかりとリネンで隠す。そこへ、ハーヴィーが近づいてきた。

「君をこの屋敷に連れてこようと決めてから、すぐにベッドを買い替えた。君には、天蓋付きのベッドが似合うと思った。それに・・・使用人が入ってきても、寝乱れた君の姿を見せなくて済む」

「う・・・」

その言葉に、マイクはますますリネンを引き上げる。そこへハーヴィーがベッドに乗り上げてきた。

「隠すことはない。見せてくれるんだろう?」

「・・・み・・・見るだけ・・・だよね?」

「ああ・・・まずは、見るだけ」

マイクは、ゆっくりとハーヴィーに背を向けた。あの娼館のパーティーで見せたのと同じランジェリーだ。ただ、色が違うだけ。だったら、後ろを見せた方がいいと思った。マイクも、恥ずかしさが薄れる。

するっとリネンから、背中をから腰を見せる。折り畳んだ足も。

レースの多い、ハイウエストのランジェリー。腰の辺りを彩る白いリボンが、ともすれば、コルセットのようにも見える。セクシーであるが、白いので可愛らしくもある。

ハーヴィーは指先で、マイクの背中を上から下へと、掠めるようになぞった。

「ひゃっ・・・あ・・・ハ・・・ヴィー・・・見るだけって・・・言った・・・」

「・・・それは・・・無理な話だな」

言いながら、唇を寄せて、今度は背中に口付ける。

「本当は・・・あのパーティーの夜に君を抱きたいと思った。しかし、客として、あの場所で、君とセックスはしたくなかった。実に俺は理性的だと、自分を褒めてやりたい」

そんなハーヴィーの告白に、マイクの胸がとくんっと鳴る。

話しながらもハーヴィーの唇は下へとゆっくり降りていった。レースとリボンで彩られた肌の隙間を舌先で突く。

「ふっ・・・んっ・・・」

擽ったさなのか、それとも気持ちの良さなのか、マイクは小さく鼻を鳴らした。ただ、嫌悪感はなかった。ハーヴィーに触れられることが、恥ずかしくもあったが、嬉しかった。

指先でキュッとリネンを握りしめながら、マイクは体を捩った。

ハーヴィーは歯でリボンを端を噛むと、すうっと結び目を解いた。そして、リボンに指を絡め、ゆっくりと引き抜き始めた。

「ふあっ・・・あ・・・」

リボンがマイクの素肌に擦れる。それが絶妙な刺激になる。空いているハーヴィの手が、リネンの中に潜り込み、マイクの平らな胸を撫でた。そんなところ、娼館では触られたこともない。

「あ・・・の・・・ハ・・・ヴィー・・・」

「ん?なんだ?」

「・・・えっと・・・その・・・セックスするなら・・・あの・・・別に・・・僕・・・」

言いながら、マイクがランジェリーのウエスト部分に指をかけようとした。が、その手はすぐに外された。

「俺の楽しみを奪うな。ああ・・・できることなら、ただ・・・感じてろ」

「・・・か・・・感じるって・・・その・・・」

マイクは「感じる」ことがわからない。娼館で春を鬻いてはいたが、それは客の欲望を満たすためであって、自分の快楽を求めるわけではなかった。マイクにとって、セックスとはそういう行為だ。だから、ハーヴィーが挿入しやすいように、ランジェリーを脱ごうと思ったのだ。それを遮られた。

いつの間にか、マイクは胸と下腹部を、ハーヴィーの手で柔らかく揉むように触られていた。

「あ・・・」

血液が、体の中心に集まってくるような感覚がある。ランジェリー越しに、確実にハーヴィーの指先がマイクを高めてくる。それに、どう反応していいかわからない。もちろん、体は正直だ。次第にランジェリーの中で自分が主張してくるのはわかる。けれども、自分は一体どうしたら良いのかがわからない。マイクはリネンの端っこを噛みながら、ぎゅっと目を瞑った。そんなマイクの頰を、ハーヴィーが背後から片手で挟むように掴んだ。自然とマイクの口が開き、口からリネンが落ちた。

「はぐぅ・・・」

マイクが小さなうめき声を漏らした。その開かれた口に、ハーヴィーが指を差し込む。もちろん、もう片方の手は、マイクを弄り続けている。マイクはハーヴィーの指を噛まないように口を半開きにした。そうすると、下腹部への快感が声となって漏れる。

「は・・・あ・・・ああ・・・あ・・・」

小さな声ではあったが、ハーヴィーはニヤリと笑った。可愛らしい、いい声だと思う。もっと啼かせてみたいと思う。・・だから、マイクの下半身を揉み込む手に力を込めた。

「ひゃっ・・・はっ・・・あっ・・・あっ・・・あ・・・あ・・・め・・・・あ・・・ゔぃ・・・」

首の後ろをキツく吸い上げる。所有痕を残すように。

「ひっ・・・いっ・・・いいっ・・・」

ハーヴィーの指が口の中に入ったまま、それを噛まないように啼きながら、マイク背中を仰け反らせた。客も触らない、自分でも触らない、そこを執拗に刺激されて、マイクはランジェリーの中に精を解き放った。薄い生地があっという間に濡れてしまったのが分かる。そこでハーヴィーが、ようやくマイクの口から指を抜いた。

「あ・・・はぁ・・・あ・・・ごっ・・・ごめんなさいっ・・・」

「ん?どうして謝る?」

ハーヴィーがマイクの耳に息を吹きかけるようにして言いながら、アクアマリンのピアスごと、マイクの耳朶を舐った。

「あのっ・・・その・・・は・・・離して・・・ハーヴィーの手・・・汚れちゃうから・・・」

ランジェリーの薄い生地越しに、マイクの精液はハーヴィーの手を濡らしてしまっているはずだ。

「気にすることはない。・・・君は、こうしてイッたことはないのか?」

「・・・・・・」

無言のマイクに、ハーヴィーはこういう経験がないことを悟った。娼館でマイクがどんなセックスを強いられてきたのか。それが垣間見えたような気がした。

ハーヴィーは上手くマイクの体に手をかけ、リネンの上に仰向けに横たわらせた。けれどもマイクは起き上がって、ハーヴィーの手を確かめ、リネンで拭おうとする。しかし、ハーヴィーはそれをスイッと避けると、わざとマイクに見せつけるように、自分の指先を舐めた。

「やっ!嘘っ!だめっ!汚いってば!」

マイクは慌ててハーヴィーの手首を掴んだ。

「何だ、この程度のことで。これからもっとすごいことをするのに」

ハーヴィーはトンっとマイクの体をベッドにし戻した。そして、ランジェリーのウエストに手をかける。

「じっ・・自分で脱ぐし!・・・それに、自分で拭くから!」

「ああ・・・煩いなぁ・・・」

ハーヴィーは嫌な顔はせず、ただそう言うと、すぐにいいことを思いついたような表情をした。天蓋のレースをマイクの手首に巻き付け、縛ってしまう。両方の手を別々に。マイクはベッドの上で両腕を上げるような格好になった。

「暴れてベッドを壊すなよ?落ちてきたら怪我をするからな」

そして、先ほどの続きを始めたのだった。ゆっくりと、ランジェリーを下ろしていく。精液で濡れてしまったランジェリーを取り払われるのはいいのだが、如何せん、この格好が恥ずかしい。マイクは情けない表情で、横を向いた。

ふるんっと、力を失ったマイクがランジェリーから現れる。マイクもハーヴィーに迷惑をかけないようにと、膝を軽く立てて協力した。

ランジュエリーの中で放ったせいで、下腹部や鼠蹊部も濡れている。ハーヴィーはそこに顔を寄せて舐め始めた。

「っ!・・・ハーヴィーっ!!!」

思いがけない行為に、マイクが焦った声を出す。もう、悲壮感しかない。

「やめて・・・ねえ・・・お願い・・・ハーヴィー・・・そんなことしないで・・・」

けれども、ハーヴィーは聞く耳は持たず、下腹部と鼠蹊部を綺麗に舐め上げると、今度はマイク自身を口に含んだ。

「やあっ!!・・・だめっ!・・・それ、だめっ!!本当に汚いからっ!!!」

マイクが足をジタバタさせた。それをハーヴィーは軽く押さえ込んでしまう。クチュリクチュリとわざと音を立てて、吸い上げる。

「ハー・・・ヴィー・・・っ!!!」

マイクの声に泣きが入ってきた。けれども、ハーヴィーは止めることはしなかった。ここはターニングポイントだと思ったからだ。娼館にいたマイクは、自分を汚いと思っている。相手に奉仕させることはいけないことだと思っている。ただ、無理矢理、挿入されることをだけを強いられてきたマイクに、セックスの気持ち良さを教えたかった。

両手首を戒められているマイクは足しか動かすことができない。最初はバタバタしていたが、次第にリネンを擦るように、足が動き始めた。

「あ・・・や・・・やだ・・・やだぁ・・・ハー・・・ヴィー・・・」

拒絶の言葉ではあるが、その声質には甘さが含まれるようになってきた。ハーヴィーは舌だけでなく、指も使ってマイクを高めていく。

「ふっ・・・んっ・・・んくっ・・・」

マイクの腰が少しずつ、ハーヴィーに押し付けるように浮いてきた。その腰を支えながら、陰茎を吸い上げた。

「ひ・・・あっ・・・あっ・・・ああああーっ・・・!」

ビクンビクンと、ハーヴィーの口腔でマイクが爆ぜる。ハーヴィーは躊躇うことなく、全てを飲み干した。痙攣。そして、ようやくの弛緩。マイクの体がリネンの上に落ちるのを確かめてから、ハーヴィーは口からマイクを解放してやった。

「・・・ハ・・・ヴィ・・・まさか・・・その・・・えっと・・・」

指先で口元を軽く拭うハーヴィーの仕草を見て、マイクが申し訳なさそうに眉を下げた。

「・・・ごめんなさい」

「謝るな。俺はこういうセックスがしたかったし、君にも知ってもらいたいと思ったんだ。・・・ここは、娼館じゃないし、俺は君の客じゃないからな」

「う・・・」

「・・・気持ち・・・良かっただろう?」

マイクは恥ずかしそうに俯いた。イエス、ということだろう。

「あの・・・じゃあ・・・次は、貴方が気持ちよくなる番だよね」

「別に今日は君だけが気持ち良くなっててもいいぞ」

「そんなの・・・ちょっと・・・」

「もちろん、君が嫌でなけれれば、中に入らせてもらおうか」

マイクは静かに頷いた。そして、

「あの・・・さっきお風呂で準備してきたから・・・その・・・すぐに挿入れても・・・」

「おいおい。ここは娼館じゃないと言ったばかりだろうが。俺の楽しみを奪うな」

半分呆れ、半分笑いながら、ハーヴィーは言った。そしてベッド脇のチェストの中から、香油を取り出すと、それを自分の指にたっぷりと絡めた。そして、マイクにキスをしながら、後孔の入り口を軽く突いた。それほどでもないが、少しの柔らかさはある。きっと石鹸を使って自分で解したのだろう。けれども、ハーヴィーにしてみれば、まだまだそこは固い。時間をかけて、入口だけを丹念に弄り解す。

「んっ・・・ふっ・・・だ・・・大丈夫・・・だよ・・・?」

「だめだ、もっと奥まで準備をしないと」

マイクの中に入りたいという欲はあるが、今はそれよりも、自分の指でマイクの体を柔らかく開いていることに喜びを覚える。少しずつ奥まで指を進め、そして指の数も増やしていく。時間をかけて。

「いい子だな。上手に指を呑み込んでる」

「そ・・・そんなに丁寧にしてくれなくても・・・僕・・・慣れてるから・・・大丈夫なのに・・・」

「君が、今まであの娼館でやってきたことはセックスとは違う。心無い人間の性欲の捌け口になっていただけだ。そういうのはセックスとは言わない」

「でも・・・その・・・あの・・・」

マイクが恥ずかしそうに目を泳がせる。

「どうした?」

「・・・僕・・・ハーヴィーに入って欲しくて・・・その・・・嫌じゃなくて・・・貴方に、気を使ってるとかそんなんじゃなくて・・・」

「・・・欲しい・・・ということか?」

マイクは恥ずかしそうに唇を噛んで頷いた。そう自分からねだってしまうほどに、ハーヴィーから与えられる快感は恥ずかしくもあったが、心地よかった。

「それと・・・手首・・・外してもらえたら・・・嬉しい。・・・貴方に・・・触れたい・・・」

そんな可愛らしいおねだりを断る理由もなく、ハーヴィーはすぐにレースの戒めを解いてやった。そうすると、恐る恐る、マイクの手がハーヴィーの腕に触れてきた。

「ようやく、ロストヴァージンだな」

「え?でも、僕・・・」

「あの娼館でのことはカウントしない。ここからがスタートだ」

そう言うと、ハーヴィーはマイクの腰の下にクッションを押し込み、そして両足を抱え上げた。後孔に自分をあてがい、ゆっくりと腰を押し進めた。それに合わせるように、マイクの腕がハーヴィーの上半身に絡まる。完全に体が密着してから、ハーヴィーは体を揺り動かした。

「ハ・・・ヴィー・・・僕ね・・・泣かなかったんだ・・・娼館で抱かれているときは・・・絶対に・・・泣かなかったんだ・・・でも・・・今・・・すごく・・・泣きたい・・・」

「辛いのか?」

「違う。・・・嬉しくて・・・ハーヴィーが優しくて・・・幸せで・・・だから・・・」

体を揺すられるマイクの目尻から、涙が一筋溢れた。けれども表情は穏やかで、とても綺麗だった。

*********************

事後。と言うよりは情事の後、と言った方が正しいだろう。マイクはハーヴィーに抱きしめられて、リネンに包まっていた。ハーヴィーの指は、マイクの蜂蜜色の髪を弄っている。マイクは緩慢に瞳だけを動かして、改めて寝室の中を見回した。

そして。

「え・・・あ・・・れ・・・え?・・・嘘・・・」

マイクは、のそりと体を起こした。そして、正面の壁を指差す。美しい装飾の額に彩られた1枚の絵。ハーヴィーが買い求めた。青いショールを裸体に巻きつけるマイクの絵だった。

「なかなか絵師だな。君の言っていた爺さんは」

「・・・今まで気づかなかった」

「最初は今に飾ってたんだがな。執事に怒られた。『大事な方のこのような絵を、他人様に見せるものではありません』とな。こういうのは一人で楽しむのがいいらしい。俺は見せびらかしたかったんだが」

「・・・やめて・・・居間は・・・やめて・・・。執事さんに感謝するよ、僕」

「しかしな。この寝室に飾るのもやめようと思う」

「え?」

「本物が側にいるんだ。寝室には必要ないだろう?となると・・・どこがいいか・・・仕事部屋・・・ダメだな。君には事業の手伝いをしてもらうから、仕事部屋にも絵は必要ないな。となると・・・廊下か・・・図書室か・・・」

「あの・・・僕、本をいっぱい読ませてもらいたいから、図書室はちょっと・・・」

「そうか?じゃあ・・・ああ・・・廊下がいいな。あまり人の通らない廊下だが、見晴らしのいいテラスに行くときに通る廊下がある。そこがいい。そうしよう」

ハーヴィーは満足気に言った。

「あの・・・僕・・・本当に貴方の仕事の手伝いをするの?」

「そうだ」

「僕・・・学がないから、あまり役には立てない・・・」

「だったら勉強すればいい。それに、娼館を出たときに『自分の能力を使いたい』と言ったのは君だぞ。ああ、そうだな。君なら、すぐに数カ国語はマスターするだろう。まずは、そこからだな。俺の事業は世界展開だ」

「・・・凄い・・・ね。・・・僕、頑張るから。・・・あの場所から、僕を救い出してくれてありがとう」

「気にするな。それよりも、勉強と仕事に夢中になって、俺を放っておくことのないようにな。俺はそっちの方が心配だ」

「放っておく?」

「・・・セックス」

マイクはその単語に顔を赤らめた。

「もし君の体が大丈夫なら、もう一度、君の中に入りたい」

ハーヴィーがマイクの頰を撫でる。マイクは小さく頷くと、自分からハーヴィーに腕を絡め、柔らかなキスを送ったのだった。

「イエス」・・・という言葉の代わりに。

END

La maison de paradis 08

マイクの病気が治ったか、それを確認するためにも、娼館に行きたかったのだが、マイクのアイディアで着手した事業が忙しくなり、その対応でハーヴィーはなかなか娼館に行けなかった。せっかくマイクのアイディアを取り入れた事業だったから、それがどれだけ繁盛しているかをマイクに伝えたかった。だから、もう少し結果が出てから・・・という思いもあった。しかし、仕事そっちのけで足げく娼館に通うタナーから、マイクの病気が完治したことを聞けた。そして、彼は手紙まで預かってきた。珍しくタナーのことを「使える友人」と認識したタナーだった。さほど高級な便箋や封筒ではないのだが、マイクらしい、繊細で大人しい装飾が施されたものだった。内容は、タナーが言った通り、病気が完治して元気になったこと、薬の礼、貸した「アッシャー家の崩壊」の感想、それから自分の風邪がハーヴィーに感染っていやしなかったかという心配などが記されていた。ハーヴィーが、寂しいと感じたのは、「会いたい」とか「また来てください」といった言葉がなかったことだ。まあ、それもマイクらしいといえばm、マイクらしいのだが。それでも、やはり手紙は嬉しく、ハーヴィーはずっとフロックコートの内ポケットに入れて歩いた。

何はともあれ、マイクが全快したのは喜ばしいことだった。

「君は招待状をもらったか?ハーヴィー・スペクター」

事業家の集まりで一緒になったタナーがハーヴィーに近づいていきなり尋ねてきた。

「招待状?また、何処かの面倒臭いパーティーのか?俺は自分に利益があるパーティーにしか行かないぞ」

「違う。仕事じゃない。・・・って、その様子からすると・・・貰っていないんだな、マイクから。てっきりこの間預かった手紙に同封されているばかり思ってたんだがなぁ」

「ちょっと待て。招待状って・・・娼館か?」

「ああ。年に数回、馴染みの客だけを招待してやるパーティーがある。女の子たちはいつも以上に艶めかしく着飾るし、料理も酒も美味い。なかなか楽しいぞ。・・・マイクからの手紙に、入っていなかったか?招待状」

ハーヴィーは口を結んで眉を顰めた。招待状どころか、手紙にはパーティーのことすら書いていなかった。それが面白くない。これは・・・押しかけるしかないだろう。マイクの今一番の馴染みは自分の筈だ。客ではなく、友人ではあるが。

「タナー。パーティーはいつだ」

「明日の夜。ん?行くつもりか?」

「当然だろう」

「まあ、招待状がなくても、君なら顔パスだろう」

タナーはニヤリと笑ってハーヴィーを見た。ハーヴィーはそれには興味を示さずに、フロックコートの上から、マイクの手紙を手でそっと押さえたのだった。

********************

娼館の大広間は、淫猥な照明と娼婦たち、そして彼女らに絡みつく男たちで彩られていた。来てみてから、ここにマイクはいないのではないかと思った。いつものように、自室で静かに本を読んでいるのではないか、と。だから、ハーヴィーに招待状も寄越さなかったし、手紙にもパーティーのことを書かなかったのではないか、と。

ハーヴィーは、もう一度だけ大広間をぐるりと見回すと、マイクの部屋に行ってみようと思った。が、その時。

「・・・ハー・・・ヴィー・・・?」

背後から名前を呼ばれた。マイクの声だった。ハーヴィーはすぐに振り向いて、その姿を視界に納めた。

「どうして・・・ここにいるの?」

驚いたマイクの顔がそこにある。

「どうして?それはこっちのセリフだな。君はこのパーティーの招待状も寄越さないし、手紙にも一言だって書いていなかった。・・・どうしてだ?」

「え・・・あ・・・その・・・」

マイクが目を泳がせる。

「俺は君の馴染みの客ではないが、かなり馴染みの友人だと思っていたんだがな」

「・・・ごめんなさい。ハーヴィー・・・こういうお祭り騒ぎみたいなのは嫌いかなって・・・そう思って・・・」

「まあ、それは正解だな。しかし、君がいるなら、話は別だ。・・・会いたかった。元気になったと聞いて安心はしていたんだが、やはり、この目で確かめたかった」

「うん・・・もう、大丈夫。ハーヴィーの薬のおかげ・・・」

マイクが笑った。その右の耳朶にアクアマリンが光る。

「ちゃんと着けているんだな」

「だって・・・貴方がそうしろって・・・」

恥ずかしそうに俯きながら、マイクは指先で耳朶に触れる。ハーヴィーは、マイク蜂蜜色の髪をスッと撫でた。心なしか、艶が戻っているような気がする。

「いい子だ。やはり、よく似合ってる」

「あ・・・ハーヴィー、お酒、飲む?ちゃんとマッカランもあるよ」

「そうだな。もらおうか」

「持ってくる。そこに座って待ってて」

マイクが朱色のソファを指差して言った。そして、タタッと駆けていく。その後ろ姿を、ハーヴィーが柔らかい眼差しで見送る。体の動きを見ると、本当に病気は完治したのだな、とわかった。

ハーヴィーはソファに座り、長い足を組んで、改めて大広間を見回した。いつもマイクの部屋に直行なので、他の娼婦を見る機会はない。ドレスなのか下着なのか。相当、露出度の高いランジェリーを身に纏った女たちが、微笑みながら、揺蕩っている。一緒にいるのは馴染みの客なのだろう。

「ハーヴィー、お待たせ。は、どうぞ」

グラスを渡してくるマイクは、いつものように白いブラウスと、黒いズボンだった。

「あの・・・座っても?」

ハーヴィーは答えずに、隣をぽんぽんと叩いた。マイクが嬉しそうに座った。手には赤い液体の入ったグラスを持っている。

「君はワインか?」

「ちょっと当たり。これ、サングリアだよ」

「ああ。甘そうで、君ぴったりだ」

「あ!・・・僕のこと・・・お子様とか思った?」

「少しな」

「ひどいなぁ」

言葉とは裏腹に、マイクは嬉しそうだった。やはり、来てみてよかったと思う。

「年に数回やってるって?こうしたパーティーを」

「うん。・・・どうして知ってるの?」

「タナーの奴から聞いた」

「ああ、Mr.タナー。・・・えっと・・・僕の手紙・・・」

「受け取った。今も持ってる」

「え・・・なんで・・・。そういうのって、家のデスクの引き出しとかに入れておくんじゃないの?」

「嬉しかったから。それに、仕事が忙しくて君に会えなかったから。・・・君のことは心配していたんだ。ちゃんと病気は治ったのか、と」

「うん。もう大丈夫。元気。だから、こうしてパーティーにも引っ張り出される。まあ、主役は女の子たちで、僕はボーイのお手伝いみたいなもんだけど」

そうは言いつつも、マイクはいつもより上質な生地のブラウスとズボンを履いていた。けれども。

「・・・マイク、どうして裸足なんだ?」

「え?・・・えっと・・・その・・・」

マイクが言いにくそうに口籠もる。ハーヴィーは、少し長めのズボンから見える、その爪先をしげしげと見た。そして、気づく。サングリアのグラスを持っているマイクの手の指先も見た。

「爪を・・・綺麗にしているんだな」

「・・・うん。ほら、僕、男だから、女の子たちみたいにお化粧なんかしないでしょ?それで、仲間の子たちが、爪を磨いてくれたんだよね」

観念したようにマイクが答えた。

「なるほど」

グラスを持たない方の手を取る。もともとマイクの手は綺麗だ。それに磨かれた爪がついている。けばけばしい化粧よりもシンプルでありながら、美しい。ハーヴィーの好みだった。

「ねえ、ハーヴィー。こういうパーティー・・・嫌じゃない?えっと・・・娼館で働いている僕が言うのも変だけど・・・ちょっと・・・その・・・下品でしょ?」

「それが娼館のウリだろう。人間に欲望に忠実な場所だと思うぞ。それに、俺は君に会えたらそれでいいからな。ただ、俺に招待状を寄越さないとか、せっかくの手紙にパーティーのことを書かないとか、それはいただけないな。・・・俺たちは、友人だと思ってたのに」

「・・・友人だから・・・だよ・・・。貴方が客だったら、ちゃんと招待状も渡したと思う。でも、貴方は友人だから・・・その・・・ちょっと・・・それに・・・いつもは僕の部屋だけど・・・ここには、可愛くてセクシーな女の子たちがいっぱいいるし・・・う・・・も・・・何言ってるかわかんなくなってきた・・・」

グラスを弄りながら、マイクが俯きながら言うのを聞いて、ハーヴィーは嬉しくなる。

「だったら、ここを抜け出して、君の部屋で飲み直そう」

ハヴィーは立ち上がり、マイクに手を指しのべる。マイクも素直にその手を取った。

「あっ・・・じゃ、僕、先に部屋に行く。まさか、こんなことになるなんて思わなかったから、ちょっと散らかってるんだ。えっと・・・その5分くらい後に来てもらえる?」

「わかった。少し飲んでから行くとしよう」

「ありがとう、ハーヴィー!」

マイクはグラスを手近なテーブルに置くと、走って大広間を駆け出して行った。その後ろ姿を見送っていると声をかけられた。

「元気になってよかったな、あの子」

タナーだった。そのお隣には、可愛らしいランジェリー・ドレスを着た娼婦が立っている。

「こんばんは、Mr.スペクター。私、マイクとは結構仲良くしてるの」

「彼の爪を磨いてやったのも君か?」

面白そうにハーヴィーが訊く。

「ええ。最初は恥ずかしがって嫌がったんだけど。でも、マイクは男の子だけど、綺麗な子だから。それに、Mr.タナーから、貴方が今夜来るって伺ったし。マイクには内緒にしてたけど」

笑いながら娼婦が言う。そして彼女は言葉を続けた。

「ねえ、Mr.スペクター。今夜のマイクは、とっても可愛らしくてセクシーなランジェリーを身につけているから」

その言葉に、ハーヴィーは、「おや」っと、片眉を上げたのだった。

********************

結局、10分ほどしてから、ハーヴィーはマイクの部屋を訪れた。ノックもせずに中に入る。もう、ここは、ハーヴィーとっては、自分の部屋同然だった。

「もう部屋は片付いたか?」

「あ、うん。もともと物は少ないから。・・・えっと・・・ああ、まずはお酒だよね」

「いや。それは後でいい。それよりもこちらへ」

ハーヴィーがマイクを手招きする。マッカランの置いてある棚に行こうとしたマイクは吸い寄せられるようにハーヴィーに近づいた。

「何?ハーヴィー」

「爪以外にも、パーティーに合った装いをしていると聞いたんだが?」

「えっ・・・ええ?」

「タナーの馴染みの女の子から聞いたんだがなぁ・・・」

言いながら、ハーヴィーはマイクのブラウスのボタンに指を伸ばした。

「あっ・・・ダメ!・・・その・・・えっと・・・そ、そ、そんなことないから。普通だから!」

後ずさるマイクの体をハーヴィーは逃さなかった。腰をつかんで引き、自分の腕の中に収める。

「自分で脱ぐか?それとも俺に脱がされるか?」

「あの・・・さ。脱ぐ以外の選択肢ってないの?」

「ないなぁ」

「う・・・。でっ・・・でも、ハーヴィーは客じゃなくて、友人だから・・・」

「ほう。客相手なら見せるのか」

「だって・・・それは、仕事だし・・・」

「俺には見られたくないし、見せたくないってことか?」

ハーヴィーがわざと傷ついたような声色で言う。

「その・・・ちょっと恥ずかしいだけで・・・ハーヴィーをないがしろにするとか・・・そういうんじゃなくて・・・」

「俺に招待状を寄越さなかったペナルティとして、見せるっていうのはどうだ?ん?」

「それ・・・言う?・・・うう・・・もう・・・わかったよ・・・わかったってば!」

「聞き分けのいい友人でよかった」

「ちょっと・・・離れて・・・ハーヴィー・・・」

素直にマイクを腕の中から解放する。マイクは数歩、移動するとハーヴィーに背中を向けた。背筋を伸ばしたその立ち姿は、とても美しく、ハーヴィーの目には映った。

「えっと・・・笑ったりするの・・・ナシ・・・だよ?笑われたら・・・僕、もう、二度とハーヴィーに会えない。恥ずかしくて・・・」

「笑わないから、安心しろ」

「ん・・・・・・」

マイクは観念したように、自分の指をウエストにかけた。ズボンのボタンを外す。緩めのそれはすとんっと、床に落ちた。マイクはかがんでズボンを片付けることはせずに、足を抜いて横に立ち直した。長めのブラウスのせいで、ランジェリーは見えない。

「ねえ・・・ハーヴィー・・・」

「笑わないから」

速攻で遮られた。マイクは小さな溜息をついて、ブラスのボタンを外し始めた。動きがゆっくりなのは、本当に恥ずかしいからだ。しかし、さりとて、そうそう時間が稼げわけでもない。マイクはするっとブラウスを肩から落とした。腕を下ろせば、袖が抜け、ブラウスはふわりと床に落ちた。

「ほう・・・」

ハーヴィーが感心したような声を上げる。

「確かに、これは可愛いし、セクシーだな」

マイクが身につけていたのは黒いハイウェストのランジェリーで、レースがふんだんに使われていた。後ろはまるでコルセットのように繊細な紐がクロスになって編み上げられ、結ばれていた。ランジェリーも可愛らしくセクシーであったが、それから除く白い尻たぶが形良いし、ウエストも男のわりには細い。ハーヴィーは思わず近づいて、その頸に軽く唇を押し付けた。

「ひゃっ・・・ハーヴィー・・・?」

「君を抱くわけじゃない。俺は客じゃないからな。ただ、思わず、こうしたくなった。親愛のキスだとでも思ってくれればいい」

ハーヴィーが口付けたのは一度だけで、すぐにマイクから離れた。

「もう・・・服を着てもいい?」

「そう、急ぐことはないだろう。まだ、見ていたいからな。しかし・・・そのままじゃ寒いな。待ってろ」

ハーヴィーは、いつもマイクが使っている青いショールを持ってきて、それを肩にかけてやった。

「俺に背を向けていいから、カウチに座れ」

「うん」

マイクは素直に、ハーヴィーに背を向けてカウチに横座りになった。ハーヴィーがショールをうまく調整して、ランジェリーは見えるように、しかし肩や足は隠れるようにしてやる。

「・・・ハーヴィー・・・楽しい?」

「ああ、すごく。これは、他の男には見せたくない格好だ」

「何を言ってるの。僕は娼館で働く人間なんだからね」

「この姿を他の男に見せるとでも言うのか?」

「・・・そうだね。ハーヴィーが、この部屋に来なくなったらそうなるでしょ?」

「だったら、足げく通わないといけないな」

「ちゃんとお仕事して。っていうか、忙しいんでしょ?仕事。Mr.タナーが言ってた。・・・その手紙をお願いした時に」

「まあな。それも、君のおかげなんだがな」

「えっと・・・自社製品の話?」

「そうだ。しかし、ある程度軌道には乗ったし、もう少し頻繁にここに来よう」

「無理しないで」

「君こそ、だ。この間の風邪は薬が合ったからよかったようなものの。もしもっと重篤な病気だったらどうするんだ」

「どうしようもないよ?・・・ここでは、病気になってもただ、寝てるだけ。使いものにならなくなったら、5階に行く。ただ、本当にそれだけ。あるいは・・・命を落とすか・・・」

「縁起でもないことを言ってくれるな」

「ごめん」

マイクは、『でも、本当のことだから』と言いかけて、口を閉ざした。いずれ消え去る関係だ。あえて、今、ハーヴィーの気分を損ねるようなことを言うこともない。マイクは話題を変えた。

「そういえば・・・ハーヴィーがお見舞いにきてくれた時、クロワッサンとお菓子も持ってきてくれたでしょう?」

「ああ、そうだったな。食べたか?」

「うん。美味しかった。クロワッサンなんだけど、ちょっとオレンジマーマレードをつけてみたんだ。それがすっごく美味しかった。普通のクロワッサンもいいんだけど、ジャムを練りこんだパンって作れないのかなぁって思った」

「ふむ。うちの料理長に言って作らせてみよう。面白そうなアイディアだ」

「それとお菓子も美味しかった。あれ、なんていうの?」

「あれは、マドレーヌだ」

「ハーヴィーの会社で作ってるの?」

「いや」

「そうなんだ。せっかく砂糖を扱ってるんだから、お菓子屋さんをやったらいいのに。あ、僕の考えって単純すぎる?」

「いや。かえって新鮮だ。検討しよう」

「・・・ハーヴィー・・・。あんまり、僕の適当な話を鵜呑みにしちゃダメだよ?」

「会社の外からの意見は大事だ。参考になる」

「だったら、いいんだけど・・・」

本当にマイクは聡い。何気ない一言だが、ハーヴィーに刺激をもたらす。新たな事業拡大の方向性が見えてくる。

「マイク」

「ん?何?」

「今夜は、本当にここに来てよかった。君のランジェリー姿は見られるし、仕事の話もできた。まあ、何より、君の元気な姿を見ることができたことが一番だがな。もう、病気になんかなるなよ」

「うん。気をつける。僕も・・・辛いの、嫌だし」

マイクは上半身を捻って、ハーヴィーに顔を向けた。キラリと耳朶のアクアマリンが光る。そして、微笑み。

ハーヴィーは、この綺麗な生物を、自分のものにする方法を考え始めた。

to be continued

La maison de paradis 07

仕事が忙しかったのと、宝石店に注文した品が、なかなか出来上がらなかったことが重なり、ハーヴィーは2週間ほど、娼館を訪れていなかった。マイクに逢いたい気持ちはあったのだが、状況がなかなかそれを許さなかった。けれども、ようやく、宝石店から、オーダーメイドの品が出来上がったという連絡が入った日が、夜の会合もない日でもあったため、ハーヴィーは、小さな箱と菓子の包み、それから1冊の本を持って、久しぶりに娼館へと赴いた。

********************

「会えない?」

娼館の女将に言われ、ハーヴィーは眉を潜めた。

「まさか、また俺に黙って勝手に客を取らせたんじゃないだろうな」

ハーヴィーが声に凄みを利かせて言うと、女将は一歩後ずさりをして、激しく首を横に振った。

「ちっ・・・違います!違います!・・・マイクは、ちょっと病気で・・・」

「病気?だったら、なおさら会いたい」

「けれども、スペクター様に感染りでもしたら・・・」

「そんなに重篤なのか?」

「いえ。ちょとした、性質の悪い風邪で・・・」

「何だ、風邪か。驚かせるな。・・・きちんと養生はさせているんだろうな。薬はちゃんと飲ませているのか?」

女将は、具合悪そうに、もごもごと口を噤んだ。ハーヴィーは心の中でため息をついた。ここは娼館だ。きっと、ただ寝せているだけなのだろう。ハーヴィーは再びため息をついて女将に言った。

「紙とペンを」

女将に渡された便箋に、ハーヴィーは数行のメモを書くと、

「これを俺の屋敷に届けさせろ。今すぐに」

女将は少し渋ったが、ハーヴィーに幾許かの紙幣を握らされると、すぐに5階の使用人を呼び出した。その姿を確認してから、ハーヴィーはマイクの部屋と向かった。

********************

マイクが床に伏せってから4日ほどが経つ。最初は体がだるいなぁ・・・と感じていただけだったのが、次第に頭痛と体の関節の痛みを伴ってきた。そして寒気。食事は仲間の娼婦が部屋まで運んでくれたが、ほとんど食べられずにいた。喉が痛かったからだ。マイクはただ、体の辛さを我慢して、ひたすらベッドの中で体を丸めているしかなかった。今は動けないから女将は何も言わないが、もしかすると、少しでも体が回復したら、とうとう5階に追いやられるかもしれない。マイクはそう思った。そろそろ、自分も潮時なのだろう。最後に、もう一度くらい、ハーヴィーに会いたかったな・・・。ぼうっとした頭の隅で、そんなことを思う。

「・・・・・・・マイク」

ハーヴィーのことを考えていたせいか、彼の声が聞こえたような気がした。

「・・・マイク」

まただ。

「マイク!」

肩を揺さぶられた。その現実的な感覚に、マイクは静かに目を開けた。自分を覗き込む、鳶色の瞳。自分の目の焦点が合わないが、それだけは確認できた。

「大丈夫か?マイク」

頰を摩られる。夢ではなく、現実。

「・・・ハー・・・ヴィー・・・?」

「よかった。意識はあるんだな」

2、3度瞬きをすると、ようやくぼやけていた視界がクリアになってきた。自分を見下ろす人間の輪郭もはっきりとしてくる。

「ああ・・・ハーヴィー・・・」

マイクは、ハーヴィーの存在を認識した。そして、体を起こそうとした。が、すぐにハーヴィーに遮られた。

「いいから、寝ていろ」

「・・・でも・・・」

「風邪だと聞いたが・・・どんな感じなんだ?」

マイクは頰にハーヴィーの手の感触に心地よさを感じながらも、その手から逃れようと頭を動かそうとした。しかし、それもまたハーヴィーに遮られた。

「・・・あの・・・ハーヴィーに感染ったら・・・大変だから・・・」

「俺はそんなに軟弱じゃない。それよりも、どんな症状か言ってみろ」

ハーヴィーの刺すような、それでいて優しい視線に圧倒されて、マイクは小さく口を開いた。

「・・・最初は・・・ちょっと体がだるくて・・・。でも、そのうち、頭痛と体の痛みがきて・・・それから・・・すごく・・・寒くて・・・」

「食事は?」

「・・・喉が痛くて・・・あんまり食べたくなくて・・・。ちゃんと仲間が部屋まで運んではくれてるんだけど・・・」

「いつからだ?」

「4、5日前・・・」

「ふむ。どうやら、最近、流行の性質の悪い風邪みたいだな。今、屋敷から薬を持ってこさせてる。飲めば、少しは楽になるだろう」

「え・・・そんな薬なんて・・・高価なもの・・・」

「ただの風邪なら、暖かくして寝ていれば治るが、最近、流行っている風邪は薬が必要だ。いいから、気にするな。友人だろう。俺たちは」

その言葉を聞いて、マイクが儚く笑った。

「よかった。最後に友人に会えて」

「は?何が最後なんだ。どうして最後なんだ?」

「・・・だって・・・その・・・ハーヴィー、最近来なかったし。それに、病気になったら、5階に行くかもって思ったから・・・。5階に行ければいい方で、このまま病気で死んじゃうかもしれないし・・・」

「ああ・・・悪かった。仕事が忙しくて、来られなかった。・・・君を不安にさせるぐらいなら、手紙の1つでも書くべきだったな」

そこへ、ノックの音がした。ハーヴィーは短く「入れ」と言った。おそらく5階で働いている人間だろう。恐縮した面持ちで、ドアのところに立っていた。ハーヴィーはマイクに「起き上がるなよ」と釘を刺して、ドアの方へと赴いた。そして男から包みを受け取ると、代わりに数枚の小銭を渡した。男は嬉しそうに礼をすると、すぐにドア閉めて去って行った。

ハーヴィーはグラスに水差しから水を汲むと、マイクのところに戻った。

「薬だ。ゆっくりでいい。起き上がれるか」

「・・・うん・・・」

マイクはハーヴィーの腕を借りながら起き上がり、ヘッドボードのクッションに体を預けるようにして座った。

「少し苦いかもしれないが、我慢して飲め」

「・・・あの・・・薬代はちゃんと返すから・・・」

「いらん。俺たちは友人だろう。気にするな。まずは、体を治すことを考えろ」

マイクはハーヴィーから大事そうに、薬の包みを受け取った。

「・・・ありがとう・・・ハーヴィー・・・。僕、薬なんて飲むの・・・初めてだよ」

「そうか。苦味は覚悟しておけよ。良薬は口に苦し、と言うからな」

ハーヴィーは笑いながら、言った。

薬の包みを開き、上を向いて粉薬を口に入れると、すぐにハーヴィーが水の入ったグラスを渡してくれた。確かに、苦い。けれども、そこにはハーヴィーの優しさが含まれているような気がした。

「ちゃんと飲み込んだか?」

「僕・・・そんな子供じゃないよ?」

微笑むマイクの手から、空になった薬の包みとグラスを受け取り、サイドテーブルに置いた。それを見届けてから、マイクは口を開いた。

「貴方に会えて、本当に嬉しい。こんなに誰かに会いたいって思ったこと、初めてだ」

「俺も会いたかった。土産も持ってきたんだが・・・それは、君の体調が良くなってからにしよう」

「だったら・・・今夜は、帰った方がいいよ?感染ったら、大変だから。仕事に差し支える」

「大丈夫だ。俺には感染らない」

「何?その自信」

「日々、栄養のあるものを食べているし、適度な運動もして体を鍛えている。屋敷は衛生的だしな」

「じゃあ、ますます、帰らなくちゃ。・・・ここは・・・衛生的じゃない」

「そういう話じゃない。俺には感染らないという話だ。それよりも、横になるといい。飲んだ薬には、少し眠くなる成分が入っている」

「・・・もう、4日くらい寝てばっかりなのに・・・」

「起き上がれなかっただけの話だろう。そういうのは、寝て休んでいるとは言わない。食欲はないのか?」

「ごめん・・・本当に・・・今は、何も・・・。でも、薬と一緒に飲んだ水は美味しかった。喉が乾いてたけど、ベッドから出るのが億劫で」

「じゃあ、もう少し、水を飲むか?」

「ううん。もう、大丈夫」

答えながら、ハーヴィーに促されて、ベッドに横になり、毛布をかけられる。

「ハーヴィー。今夜は来てくれてありがとう。・・・とても会いたかったんだ」

「俺もだ。今夜は来て正解だった。タイミングが良かった。もう、2、3日来るのが遅かったら、君がどうなっていたか・・・。考えただけでもぞっとする」

ハーヴィーがマイクの蜂蜜色の髪を撫でる。心なしか、パサついているように感じる。顔も小さくなった。体も細くなった。人間の体は正直で、口にしたものでできている。ここ数日の栄養状態が、明らかに体に現れているのだろう。

「・・・なんだろう・・・」

「どうした?マイク」

「なんだか・・・ふわってする・・・」

「薬が効いて来たんだろう。もうすぐ・・・眠くなる」

「・・・ああ・・・本当にもったいないなぁ・・・。せっかく、貴方が傍にいるのに・・・」

「まずは、体を治すことが最優先だ。俺は・・・いなくならないから」

「そうだね。ハーヴィーは・・・永遠だから」

マイクの瞳に陰りが現れたが、すぐに目を閉じてしまったので、それ以上のことは確かめられなかった。ハーヴィーは、パサついた髪を、ゆっくりと何度も撫でた。

「ゆっくり休め、マイク」

マイクは、頷く代わりに、静かに眠りへと落ちていった。

***********************

寒くなく、痛みもなく、寂しさもない眠りは、一体いつ以来のことだろう。今まで、毛布の中で縮こまって眠っていたことが嘘のように、マイクは夢の中で体を伸ばしていた。まるで、羽根が生えたような感覚さえある。眠る前に、最後に見たのが、ハーヴィーの優しい顔だったせいだろうか。彼からもらったチョコレートを食べて眠る夜よりも、ずっと多幸感があった。もっとも、ハーヴィーからもらったチョコレートはすでに食べてしまっていて、病になる前は、チョコレートが入っていた綺麗な箱を撫でてから眠るにすぎなかったのだが。

目を瞑った闇の中で、マイクは幸せだった。その闇のずっと遠い向こうに、小さな明るい光が見えた。自分を見ると、羽根が生えている。・・・ああ、だから、体が軽いのだと納得すると、マイクはその羽根を動かして、その光の方へと進んで行った。あの光の中には、ハーヴィーがいる・・・という確信。マイクは一生懸命、羽根を動かした。光はどんどん大きくなり、その中心に、1つのシルエットが浮かび上がった。ハーヴィーだ。マイクはそう思った。歯がゆくなって、腕を伸ばした。そうしたら、その黒いシルエットもまた、自分に腕を差し出してくれる。マイクはますます嬉しくなって、その腕を取った。それは幻ではなく、確実に実体を伴っていた。体を引かれ、抱き寄せられた。羽根が邪魔かと思ったが、いつの間にかそれは消えてなくなっていた。

温かな体温を感じる。ずっと感じていたいと思うほどの温かさと優しさだった。

けれども、マイクが自分の腕に力を込めようとした瞬間、そのシルエットは消えてしまった。光も。温かさも。マイクは途方にくれ、泣きそうになった。・・・いや、本当に泣いてしまった。小さな熱を持った涙が、頰を伝うのを感じていた。

********************

闇の中で目を瞑っていた。そう。瞼は閉じたままなのに、それなのに、突然、明るさを感じた。それと新鮮な空気。

「ん・・・う・・・」

マイクはゆっくりと、重たい瞼を動かした。

陽の光。久しぶりに見る、太陽の光だった。ここ数日は、カーテンを閉め切って眠っていたからだ。

・・・誰が、そのカーテンを開けたのか。

「起きたか?眩しいかもしれないとは思ったが、太陽の光と新鮮な空気は、病気を早く治すのに役立つからな」

ハーヴィーの声だった。

「えっ・・・」

マイクは慌てた。陽の光があるということは夜ではない。少なくとも、朝だ。朝なのに、この部屋にハーヴィーがいる?

マイクは怠い体を両手で支えながら起き上がった。明るい方を見ると、ハーヴィーが窓辺に立っていた。しかし、逆光で、その表情は見えない。けれども、その影は、ゆっくりとマイクに近づいてくる。次第に、その表情がはっきりとする。

「・・・ハーヴィー・・・貴方・・・帰らなかったの?」

「病気で臥せっている大事な友人を放っておけるわけがないだろう。まあ、少し、そこのカウチで仮眠はさせてもらったがな。ああ、それと、君の寝間着、着替えさせた。もちろん、俺が」

「えっ・・・?」

その言葉に自分の姿を見ると、手触りの良い、新しい寝間着だった。

「あれから屋敷の者に届けさせた。それと、朝食もな。ふむ、やっぱり薬が効いたようだな。昨夜よりも、すっきりとした表情をしている」

そういえば・・・とマイクも思う。怠さはまだあるが、辛さはない。何か、悪いものが体から抜けて行ったような感覚がある。

「ぐっすりと眠っていたから、俺が何をしても君は起きなかった。なかなか楽しかったぞ」

「う・・・」

「ずっと、着替えてなかったんだろう?」

「・・・ごめん・・・体を動かすのが億劫で」

「ついでに体も拭いておいた」

「ええっ・・・」

マイクは思わず両手で自分の体を抱きしめてしまった。体の全部を見られてしまったのかと。体を売るのが自分の仕事だから、裸を見られることくらいどうってことないはずなのに、相手がハーヴィーというだけで、恥ずかしくなる。

「さて。屋敷から届けさせたシチューがある。それと君が美味しいと絶賛していたパン。クロワッサンもある。食欲は?」

「・・・・・・」

マイクは自分の体を抱いていた腕を解いて、手のひらを腹部に当てた。その瞬間、「きゅうぅぅ」という音が鳴った。

「空腹なんだな。それは良かった」

ハーヴィーは笑うと、カウチ前のテーブルからシチュー皿とスプーンを持ってくる。

「温かいぞ」

「・・・どうして?」

「ここの厨房で温めさせたから。ほら、見てみろ。この娼館のシチューと比べて、どうだ?」

「・・・すごい・・・。肉も野菜も・・・大きい・・・」

「そうか。それでも君が食べやすいように、小さめに切らせたんだがな。ほら、口を開けろ」

「じ・・・自分で食べられるから・・・」

「いいから。大事な友人の世話ぐらい、焼かせろ」

そう言ってハーヴィーは、肉の乗った白い、シチューをマイクの口元に運ぶ。

「ほら、マイク」

これ以上、強情を貼るものではない、とマイクは思った。素直に口を開ける。その中にハーヴィーがスプーンを差し入れた。マイクは唇を閉じて、シチューを味わった。肉を咀嚼して、飲み込む。

美味しかった。この間、ハーヴィーと「夜のピクニック」と称して食べた食事と同じくらいに美味しかった。

「あまり行儀のいいものではないが、パンをシチューに浸して食べるのも美味いぞ」

ハーヴィーがベッドに皿を置き、ちぎったパンを浸して柔らかくしたのを、再びマイクの口に運んだ。マイクはそれを素直に口にした。やっぱり、美味しい。

そんな風にして、マイクはハーヴィーが持ってこさせたシチューとパンを平らげた。時間はかかったけれども。

「さて。食事の後は薬だな。この薬は2、3日続けて飲んだほうがいい」

「え・・・また・・・眠くなっちゃう・・・」

「そうだな。しかし、さっきまでぐっすりと眠っていたから、そうすぐには眠気は襲って来ないだろう」

ハーヴィーはシチュー皿を片付け、代わりにグラスに入った水と薬を持ってきた。

「やっぱり、飲まなくちゃ・・・ダメ?」

「この性質の悪い風邪を甘く見るな。街では命を落とした人間もいるんだ。だから。ほら」

「ん・・・」

マイクは仕方がなく、グラスと薬に手を伸ばした。飲み終えて、グラスをハーヴィーに渡すと、マイクは本当に申し訳なさそうに彼の顔を見た。

「ハーヴィー。・・・その、本当に、薬代・・・ちゃんと返すから」

「その話はもう終わっただろう?」

「だけど・・・」

「マイク。実はな、薬代なら、もうもらった」

「え?誰から?」

マイクに身内はいない。いったい誰が、高い薬代を払うというのだろう。あの娼館の女将であるはずがない。

「君自身からだ、マイク」

「え?・・・僕・・・何も渡してないし・・・何も・・・してない・・・」

「そう思うか?」

ハーヴィーが笑った。

「実は、君のおかげで新しい事業を始めた。そして、それがなかなか好評でな。これからどんどん儲かりそうなんだ」

「・・・何の・・・話?それ」

「この間の、ブラックベリーの話を覚えているか?」

「えっと・・・ハーヴィーが持ってきてくれた・・・果物の?」

「ああ、そうだ。あの時、君は、砂糖の取引をしているのなら、加工品も作ったらいい・・・そう言ったよな?」

「え?・・・あ、ああ・・・うん」

「早速やってみた。自砂糖会社の自社製品として、ジャムを作ってみた。社内で余っている人員をどうしようかと思案していたんだが、雇用が必要になったから、クビにせずにすんだ。しかも、ジャムの売れ行きもいい。まあ、それで忙しくてここに来れなかったんだが・・・。それは少々、誤算だったな」

「えっと・・・それって・・・僕の言ったことが、ハーヴィーの事業の役に立ったってこと?」

「そいうことだ。つまり、君のアイディアのおかげで、俺は新しい儲け話を得たんだ。つまり、俺は薬代以上のものを君からもらったんだ。だから、これ以上、栗代がどうとか言うなよ?こっちがアイディア料を支払いたいくらいなんだ」

「うわぁ・・・」

マイクは思わず、声をあげた。喜びの声だ。自分が役に立った。それも、友人であるハーヴィーの役に立った。それが、とても嬉しかった。

「だから。君にはプレゼントがあるんだ」

そう言って、ハーヴィーはベストのポケットから小さな箱を取り出した。綺麗な細工の施された、木製の箱。ハーヴィーはマイクの目の前で、その蓋を開けた。現れたのは小さ目の青い石だった。

「何・・・これ・・・」

「アクアマリンのピアスだ。君の耳につけたいと思った。左は穴が塞がっていると言うから、右だけ。特別に誂えた。指輪とも思ったが・・・やはり、すぐに目に入る、ピアスがいいと思ってな。着けてもいいか?」

「大丈夫かな・・・穴は空いてるけど・・・ピアスなんて普段しないし・・・」

「痛かったら言ってくれ」

ハーヴィーは箱の中から水色のピアスを取り出すと、マイクの右の耳朶に差し、金具で留める。

「ああ・・・」

ハーヴィーは満足気に笑った。

「これで、君に空と海が揃った」

「・・・空と・・・海?」

「君の瞳はスカイ・ブルーだろう。そしてこの石はアクアマリンだ。どちらも蜂蜜色の君の髪に合う。見るか?」

「・・・うん・・・ちょっと・・・見てみたい」

ハーヴィーはチェストの上から手鏡を持ってくると、マイクに渡した。マイクは、ドキドキしながら手鏡に映る自分の顔を見る。特に、右の耳を。それは透明感のある、綺麗な深い青い石で、周りには金で装飾が施されていた。

「君の髪色に合わせて、銀ではなく、金にした。よく似合ってる」

「僕・・・女の子じゃないのにね。・・・でも、なんだか、嬉しい。ありがとう、ハーヴィー」

マイクは笑って、礼を言った。たぶん、ハーヴィーが与えてくれるものなら、自分はなんでも喜んでしまうのだろう。マイクは指先で、ピアスに触れた。硬質な感触ではあったけれど、温かい。

「それとな・・・」

「え?」

「本も持ってきた。『アッシャー家の崩壊』だ。貸すと言ってあっただろう?俺は仕事があるから、そろそろ帰るが、眠くなるまで、ベッドの中でそれを読んでいるといい。それと・・・夜にもちゃんと薬は飲めよ?薬は1日に3回だからな。いいな?」

ハーヴィーが脅すように口調を強めると、マイクは肩を竦めて、微かに笑った。

「それから・・・」

「まだ・・・何かあるの?・・・ちゃんと寝てるよ、僕」

「いや、そうじゃなくて。・・・そのピアス。ずっと着けていてほしい。俺たちの友情の証に」

「友情?」

「ああ。装飾は純金だから錆びることはない。だから、どんな時でも、着けていてほしい」

「えっと・・・お寝るときも、風呂に入るときも?」

「そういうことだ」

「・・・お客を取るときも?」

「・・・まあ、そういう心配はすることはない」

「でも・・・ここにいる限り・・・僕は・・・。それに、5階に行ったら、こういう宝石は・・・着けられないし・・・」

「・・・君は・・・心配性だな。俺が指名するんだから、大丈夫だ。女将にもそう言ってある」

「・・・・・・でも・・・」

「マイク。今は、俺との友情だけを考えろ。それと、病気を治すことをな。先のことは、これから考えたらいい」

ハーヴィーは立ち上がって、フロックコートを手に取った。

「また、来る」

マイクの少しカサついた蜂蜜色の髪を撫で、ハーヴィーは優雅に部屋を出て行った。マイクは、何も言えずに、その後ろ姿を見送った。そして、ドアが閉まると、ハーヴィーが渡してくれた本の表紙を、指先で撫でたのだった。

to be continued

La maison de paradis 06

1週間が過ぎた。その間、ハーヴィーが娼館に訪れることはなかったが、いつ彼が現れてもいいように、マイクは毎晩、綺麗に身支度をして待っていた。日付が変わってもハーヴィーが現れなければ、チョコレートを1粒食べる。そんな生活だった。けれども、客を取ることはなかったので、体は十分に回復し、男手が欲しいときは、5階の人たちと一緒に働くこともあった。その方が、気も紛れた。

その日もマイクは、夜の帳が下りると、いつものブラウスとズボンに着替えた。ベッドやマッカランの置いてある棚を確認する。それとカウチ。手で、パンパンと誇りを払う。ちょっと首を傾げてから、青いショールを取ってくると、カウチに座る。そして横に置いてある本を手に取った。今は、エドガー・アラン・ポーの短編集を読み直している。この部屋にある本は全て読み終わった本だ。新しい本を買うお金はないから、昔の客に貰った本を読み直すしかない。一度読んだ本は、一字一句覚えているが、それでも、活字を追うことは楽しかった。そんな風に、本に夢中になっていて、ドアが開いたことに気づかなかった。

「熱心だな」

「え?・・・あっ・・・ハーヴィー・・・」

自分の目の前に立つ男に存在に気づいて、マイクは慌てて本を閉じた。

「ごめんなさい。僕、気づかなかった」

「かまわない。・・・何を読んでいた?・・・ほう・・・ポーか」

「この短編集の中の、『黄金虫』が好きで・・・」

「暗号を用いた推理小説だな」

「読んだことが?」

「ああ、読んだ。君とは、本当に趣味が合うな。『アッシャー家の崩壊』は?」

「それは、読んだことはないです」

「読むといい。面白い」

「・・・機会がったら・・・」

マイクは誤魔化すようにして笑った。自分で本を買うことはできない。だから、勧められても、読むことはできない。けれども、ハーヴィーのせっかくの好意の言葉だった。だから、本当のことは言わない。しかし、ハーヴィーは、本を並べてある棚をざっとみると、こう言った。

「今度、持ってきてやる。貸してやろう」

「え?」

「・・・俺は物知らずじゃない。娼館に住む人間が、個人の物を持つことの大変さくらいはわかってる。しかし、君は友人だ。本ぐらい、貸す。そうしたら、また俺たちの話題も増えるというものだ。違うか?」

マイクは、少し間をおいてから、コクリと頷いた。

「それじゃあ、今夜のお楽しみとするか」

よく見ると、ハーヴィーは荷物を持っていた。以前、マイクを痛めつけて遊ぼうと、色々な拷問具を持ってきた客がいたが、それとは様相が違う。ハーヴィーが持っているのは、少し大きめのバスケットだった。ハーヴィーは床にバスケットを置き、バスケットの上に置いてあったブランケットを広げた。

「さあ、夜のピクニックだ」

ハーヴィーは悪戯っ子のように笑って言った。

ハーヴィーに促されて、マイクはおずおずとブランケットの上に座った。

「ピクニックって・・・」

「屋敷から、色々と持ってきた。まずは、ワインだ。ああ、グラスも持ってきたから、君は座ってろ」

グラスを取りに行こうとしたマイクをハーヴィーが制した。コルクを優雅に抜き、グラスに赤い酒を注ぐとマイクに渡す。

「ありがとうございます。・・・ああ、ボルドーだ」

「ワインの知識もあるのか?」

「いえ。ただ、ラベルがフランス語だし、それにボトルの肩がイカリ肩なので。ブルゴーニュならなで肩だから。・・・その程度の知識」

「それで十分だ。俺はワイン相手にくだらん蘊蓄を語る奴が嫌いでな。美味いものは美味い。それでいいだろう。違うか?」

「あはは。その考えには賛成。僕も難しいことはわからないし」

ハーヴィーも自分のグラスにワインを注ぐと、軽く上に掲げた。マイクもそれに合わせる。そして互いに一口、飲む。

「・・・ああ・・・軽めのワインですね。飲みやすいや、これ」

「酒は好きじゃないのか?」

「好きかどうかわかるほど飲んだことがないから。でも、これは・・・好き」

「そうか。それなら良かった。ボルドーは渋めの種類が多いんだが、今夜は酒よりも料理を楽しんでもらいたかったからな。マイク、夕食は?」

「いつものように、それなりに食べましたよ」

「いつもどんなものを食べてるんだ?」

「たいていは、パンと具沢山のスープかシチューです。今夜は、クリームシチューでした」

「肉や魚は出ないのか?」

「そのスープかシチューに入っている程度です。でも、お腹いっぱいは食べられるので」

「じゃあ、今は満腹か?」

「あまり、食欲がなくて。少し食べると、それで満足しちゃうんですよ」

「ふむ・・・。君は、食事を楽しんだことがあるのか?」

「え?食事を?・・・楽しむ?」

マイクは首を傾げた。食事は空腹を満たすための行為だ。それ以上に何を楽しむというのか。

「まあ、いい」

ハーヴィーはバスケットの中から、肉の塊を取り出した。マイクが興味深げに眺める。

「なに?それ・・・」

「ローストビーフだ。少し小ぶりの塊で作らせた。ここに持ってくるにはちょうどいいサイズだ。どうやら、食べたことがない顔だな」

「っていうか、そんな肉の塊を見るのも初めて」

「外側はしっかりと焼くが、中はレアでジューシーだ。そして、ローストビーフを切り分けるのは、一家の主人の仕事とされている」

「へぇ・・・」

「だから、俺が切ってやるから、待ってろ」

そう言って、ハーヴィーは大きなナイフとフォークを取り出すと、薄く肉の塊を削ぐようにして切った。スーッと1枚を切ると、今度は食事用のフォークで軽くたたみ、突き刺してからマイクの方へと差し出した。

「ほら、口を開けてみろ」

マイクはその強引な物言いに、反射的に口を開けた。すぐにその中に、肉を優しく押し込まれる。マイクは唇と歯を上手に使って、肉をフォークから離すと、ゆっくりと咀嚼した。肉だけを、こんな風に食べたのは初めてだった。肉といえば、スープやシチューに入っている、破片のようなものしか知らなかった。マイクは、柔らかなローストビーフを十分に咀嚼するとゆっくりを飲み込んだ。

「どうだ?」

「美味しいです」

「肉そのものの味がわかったら、今度は、クランべリーソースをつけてみるか」

ハーヴィーはまた、ローストビーフから肉を薄く削ぎ落とすと、くるりと丸めて、小さな容器には言いたソースを少しつけて、再びマイクに差し出した。濃い、とろりとした赤色のソース。甘酸っぱい匂いがマイクの鼻腔をくすぐった。口の中に広がる味は、先ほどとは違い、もっと深い味わいがする。ゴクリと肉を飲み込んだ後、マイクは思わず、口を押さえてしまった。あまりにも美味しすぎたからだ。食べ物を美味しいと思ったのは、初めてだった。もちろん、ハーヴィーに貰ったチョコレートは美味しかったが、あれはスイーツだ。食事とは違う。

「今度はサンドイッチにしてやるから、ワインでも飲んで待ってろ」

「サンドイッチ?」

「ああ、パンに肉や野菜を挟む。まあ、ジャムを挟む甘いサンドイッチもあるがな。今夜はローストビーフサンドだ。パンはバケットにした。少し固めだが、美味いぞ。うちの料理長がフランス出身でな。ああ、今度クロワッサンを持ってきてやろう。うちの料理長のクロワッサンは絶品だ」

知らない食べ物の名前が出てきて頭の中にたくさんのクエスチョンマークが現れるが、ここで質問したら興ざめかと思い、マイクは黙って、ワインを口にした。それよりも、ハーヴィーの手の動きが気になる。ハーヴィーの形の良い指が器用に動いて、パンにローストビーフや野菜を挟んでいく。

「ハーヴィー・・・上流階級の男の人って、そういうこと・・・するの?・・・貴方・・・スペクター家の主人だよね?」

「まあ、君限定だがな。それに今でこそ上流階級とは言われているが、元は一般庶民だ。いわゆる、成り上がりの上流階級だ。血筋じゃない。しかし、所詮、アメリカ人なんてそんなものだろう?」

軽く肩をすくめながら、ハーヴィーは言い、出来上がったローストビーフサンドをマイクに手渡した。

「あ・・・ありがとう。ハーヴィー」

マイクは素直にバケット・サンドを受け取ると、すぐに噛り付いた。そして、すぐに目を輝かせる。

パンの端っこを食べただけなのに、その美味しさに驚く。

「・・・ハーヴィー・・・このパン、すっごく美味しい」

「パンがか?まだ、ロースト・ビーフにたどり着いていないようだが?」

「だって・・・パンに味がある。確かに外側は硬いんだけど、中の白い部分が柔らかくて・・・何だろう・・・このうっすらとした塩味?僕、パンとワインだけでも美味しいと思う」

「そんなことを言ったら、うちの料理長が泣くぞ」

ハーヴィーが笑いながら言った。そして、

「君は毎日、どんなパンを食べてるんだ」

「どんなって・・・まあ・・・普通の・・・パン?固くもないし、柔らかくもないし・・・でも、こんな味はしない。いつもシチューやスープにつけて食べるから、別にそれで良いんだけど・・・」

「どうやら、美味しくないから、シチューやスープにつけてるようだな」

「ん・・・それは・・・そうかも。そもそも、さっきも言ったけど、食事が美味しいなんて、思ったことないし」

「今は?」

「・・・美味しい。すっごく、美味しい」

マイクは笑って、サンドイッチを食べ進めた。何だか、小動物を餌付けしているようで、ハーヴィーは面白くなってきた。こうして見ていると、意外にもマイクの表情は豊かなのだな、と思う。もちろん。娼館で暮らす人間特有の、何処か諦めたような、投げやり空気を纏う時もあるが、本来は素直で、感受性の高い青年なのだろう。

サンドイッチを食べ終わったマイクが、指についてしまったソースを拭うものを探している様子を見て、ハーヴィーは腕を伸ばしてその手首を掴んだ。

「えっ・・・」

そして、指先を口に含んで、ソースを舌で舐め取ってやる。

「うわぁ・・・ハーヴィー・・・」

顔を真っ赤にしながら、マイクが手を引こうとする。けれども、ハーヴィーは指先については自分の口から解放してやったものの、マイクの手首を離さなかった。

「随分と初心な表情をするんだな」

「は・・・恥ずかしいよっ!・・・まだ、セックスする方が恥ずかしくないっ」

「・・・君にとって、セックスとは何だ?」

「そんなの・・・仕事だよ・・・。ああ、でも・・・貴方のおかげでこの1週間は客を取らなくて済んだから、すごく体が楽で・・・助かったから・・・ありがとう。でも、そろそろ大丈夫だから」

「大丈夫って、何がだ?」

「僕が今まで通りに客をとるってこと。客を取らなくちゃ、僕はここでは暮らしていけない。仕事もしないのに、ここにいるわけにはいかないから」

「女将に何か言われたか?」

マイクは首を横に振った。

「言っただろう。女将にはそれなりのことをしてある。君は客を取る必要はない」

「・・・それは、違うと思う。貴方が・・・ハーヴィーが僕の客なら、それでいいと思う。でも、貴方は僕を抱かない。それに・・・友人になろうって・・・。僕とハーヴィーは・・・ただの友人なんだから・・・だから・・・その・・・ああ・・・何て言ったら言いのかな・・・」

マイクが困ったように俯いた。本当は簡単なことなのだ。マイクは娼館の人間だから、客を取って金を稼ぐことが普通なのだ。それが、どんな思惑かはわからないが、ハーヴィーの策で、自分が何もせずに娼館にいることは許されないと思うだけなのだ。それを上手に伝えられない。仕方なく、マイクは言った。

「貴方が何て言おうと・・・僕は、客を取るから。・・・もちろん・・・僕を求める客がいれば・・・の話だけど・・・。そうでなかったら、そろそろ、5階に行く頃合いだと思うし」

マイクは唇を噛んだ。

「・・・君の気持ちは、わかった」

ハーヴィーは気を悪くした風でもなく、マイクの手首をそっと離した。

「しかし、俺と君の関係は変わらないな?」

「えっと・・・友人関係?」

「ああ」

「うん。・・・貴方みたいな友人ができて、僕は嬉しい」

「その友人として、助言させてもらおう。・・・君の選択肢は2つしかないのか?男娼として生きるか、5階に行って娼館の下働きとして生きるか。・・・その2つしかないのか?他に考えたことはないのか?」

マイクは顔を上げて、真っ直ぐにハーヴィーを見つめた。そして言う。

「・・・考えることに意味が・・・あるの?」

ハーヴィーはその言葉に軽く眉を顰めた。マイクを包む雰囲気が一瞬で変わったからだ。幼い頃から、この娼館で暮らしてきたマイクには、他の選択肢など考えつかないのだろう。この部屋か。5階か。それ以外の道など、空想したこともないのだろう。しかもマイクは男だ。女なら、愛人として身請けされる・・・という道もあるが、マイクにとってそれは考えにくい。

ハーヴィーの表情が曇ったのを察して、マイクは笑顔を作った。

「ごめんなさい。ちょっと現実を言ってみただけ。ハーヴィーは悪くないんだ。貴方には本当に感謝してるんだよ。・・・あの・・・1週間前の紳士にされたこと、本当に辛かったんだ。体が。僕たちはモノ扱いしかされない。特に、僕みたいな男はね。でも、ハーヴィーのおかげで体は回復してて・・・それに、今日は食べることがこんなに美味しくて楽しいって初めて知った。ありがとう、ハーヴィー」

マイクは客に対する媚ではなく、心から本気で微笑んだ。

「いや・・・俺も厳しい言い方をした。すまない」

「ハーヴィーは友人として、僕のことを心配してくれたんだよね?すごく嬉しい。・・・それよりも・・・ねえ、バスケットの中にまだ何かありそうなんだけど?」

マイクが悪戯っ子のように首を傾げた。この場の空気を変えようとする。

「ああ・・・そうだ。フルーツも持ってきた」

「ええ?凄い!ここではそういうの、食べられないから!見てもいい?バスケットの中!」

「ああ。いいぞ」

マイクが膝で移動してバスケットに近づく。そして、中から2つの入れ物を取り出した。

「開けるね?」

蓋を開けると、爽やかな香りが広がった。

「オレンジとブラックベリーだ。オレンジは買ったものだが、ブラックベリーは屋敷の庭で採れたものだ。うちの庭師の力作だ」

「じゃあ、ブラックベリーから食べなくちゃ」

マイクは指を伸ばして、ブラックベリーを摘んだ。どれも綺麗な形をしていて、黒い宝石のようだった。

「初めて食べるのか?」

「うん。・・・っていうか、僕、リンゴ以外の果物って食べたことがないかも・・・食事に出ないから・・・」

「じゃあ、リンゴは何処で食べたんだ?」

「ほら。僕を描いてくれたフランス人の画家がいたでしょう?あの人、リンゴを齧りながら絵を描く人だったから。その、お裾分けをもらって食べた。甘酸っぱくて、美味しかったかなぁ・・・」

思い出すように、マイクの視線が宙を動いた。

「ブラックベリーは酸味と渋みがある。甘さはあまり期待するなよ」

「そうなの?こんなに艶々してて、綺麗なのに」

マイクはひょいっとブラックベリーを口の中に入れて噛んだ。確かに、酸味と渋みがある。けれども、その奥には、微かな甘みがあった。

「美味しい。ハーヴィーが言うから、もっと酸っぱくて苦いのを想像しちゃってた」

「気に入ったか?」

「うん。もっと食べていい?」

「全部、君のだ。砂糖を入れてジャムにするともっと美味い」

「へぇ・・・ハーヴィーも事業でジャムを作って売ったりしてるの?」

「いや・・・屋敷でメイドやシェフが作るだけだが・・・」

「えー。せっかく砂糖の取引をしてるのに勿体無い。何て言うのかな、そういうジャムみたいな・・・加工品?そういうのも作って売ったらいいのに。ジャムを作る人手も必要だから、雇用も増えるよね」

ブラックベリーを食べながら、そんなことを簡単に言うマイクに、ハーヴィーは正直驚いた。加工品と雇用。考えたことはなかった。しかし、マイクの言うことにも一理あった。やはり、賢く、聡い青年だと感心する。

「どうかした?ハーヴィー。オレンジも食べていい?」

「ああ、もちろんだ」

スマイルカットされたオレンジの皮を、器用に剥きながら、マイクはオレンジも美味しそうに食べ始めた。その姿を見ながら、ハーヴィーは新しい事業のことを考えた。加工品と雇用。新しい着眼点だった。オレンジの汁でべたついた指を舐める顔に何処か、あどけなさも感じる。しかし、やはり、この娼館で生かしておくには勿体無い何かを秘めている青年だった。

ふと、ハーヴィーの視線がマイクの右耳に止まった。

「マイク、君はピアスをするのか?」

今まで気づかなかったが、耳朶に小さな穴が開いている。

「え?あ・・・ああ・・・これ・・・」

マイクは指先で自分の耳朶を触った。

「2、3年前かなぁ・・・客に太い針で無理矢理開けられた。そういうのが好きな人みたいで・・・。左もやられたんだけど、そっちは塞がっちゃった。危うくね、全身にピアスの穴を開けられそうになったんだ。流石に商売道具にならなくなるからって、女将がやめさせてくれたけど。まあ、仕方がないよね。僕は男だから、大概の客は乱暴に扱ってもいいと思ってるんだ」

「触っていいか?」

「いいよ。もう、痛くないから」

ハーヴィーがマイクの両方の耳を触って確認したが、残っているのはやはり右側だけだった。

「それで?君はピアスを持っているのか?」

「まさか。女の子じゃないから、必要ないよ」

マイクが笑って言った。

「ふむ」

ハーヴィーは、再びブラックベリーに手を伸ばしたマイクを見ながら、この先のことに思いを巡らせた。

to be continued