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籠の鳥 愛の個人授業 05

翌朝、ホッチのいない緋色の部屋で目覚めたリードは、少ししょんぼりしながら、自分の部屋と戻った。身を清め、普段着に着替えると、ベッドの上に膝を抱えて座った。小さなテーブルにはアンダーソンが運んでくれた朝食があったが、何となく食べる気にもならず、そのまま置いてある。そして、小さな溜息をついた。

昨夜は、ものすごく幸せだったのに。目が覚めたら魔法が解けていた。そんな感じだった。もちろん自分は緋色の部屋にいて、身体に残る痕跡から、あの時間は実際のリアルなものであることは充分に分かっていた。それなのに、そこはかとなく寂しい。

「僕に・・・魅力がないのかなぁ・・・」

誰に語るわけでもなく、リードはポツンと呟いた。彼は、紳士はキスを教えてくれた。自分の体で、感じる意外なところも教えてくれた。でもそれだけで、抱かれていない。それが、寂しかった。自分は春を鬻ぐのが仕事だ。だから、知識として、自分が果たすべき役割は学んだ。だから、自分はちゃんと覚悟をもって、あの小さなステージに立った。自分を買ってくれたのが、あの紳士であったことが嬉しかった。美丈夫な紳士・・・否、貴族。とはいっても、その肩書きが嬉しかったわけではない。客席から自分を見る瞳に惹かれた。それ故、逆らうこともなく、彼に従ったのだ。もちろん、相手が誰であれ、逆らうことなど許されるわけもなかった。それでも、リードは手を引かれながら、緋色の部屋に行くとき、嬉しかったのだ。理由などなく、それは心の奥底から湧き出てくる想いだった。嬉しくて、自分ができることは何でもしようと思った。体を裂かれる痛みは大きい・・・とは聞いていたが、我慢できると思った。それにも関わらず、まだ自分は彼に真の意味で抱かれていないのだ。ここは娼館だというのに!・・・どう考えても、自分に至らない部分があるとしか思えなかった。それで、自分には、性的な魅力がないのかと、落ち込んでいるのだ。リードは、ゆったりとしたブラウスの胸元を引っ張って、自分の身体を見た。平らな胸。そして、その下には少し肋骨の見える胴。薄い身体だ。

「ああ・・・」

リードは自覚した。いや、思い出したといってもいい。そう。自分は男だったのだ。何故、そんな初歩的なことに気づかなかったのか。柔らかい身体もふくよかな胸も、自分にないのだ。他の娼婦とは違うのだ。娼館では、異質で異形なのだ。昨今、男を抱くことが、一部の間で流行っている。しかし、あの紳士が本当に男を抱くことが目的で自分を買ったのではないかもしれない。綺麗で可愛らしい娼婦を抱く方が楽しく、、気持ちがいいに決まっている。もしかしたら、ちょっとした気分転換に自分を買っただけかもしれない。だから、彼は自分を抱かないのかもしれない。そう・・・自分が寝入ってしまった後、あの緋色の部屋を出た紳士は、別な娼婦の待つ部屋に行き、彼女を抱いているのかもしれない。そう考えれば、彼がこの娼館に来る理由がはっきりする。

「・・・僕・・・男だもん・・・そうだよね。気持ち悪いよね・・・男を抱くなんて・・・」

リードは膝小僧に顔を埋めるようにして身体を丸めた。とても悲しくなってきた。現実を自分で自分に突き付け、そしてショックを受けてしまったのだった。

********************

「スペンサー・リード・・・って、この名前だけで調べろっていうのか?、無茶だな、あんたは」

ホッチの友人である、デレク・モーガン伯爵が呆れたように肩を竦めた。

「本当なら、自分で調べたいところなんだがな。仕事が入った」

「女王陛下がらみか」

「そうだな。まあ、それ以上は聞くな。本当は、今夜も娼館に行って、本人から色々と聞こうと思っていたんだが・・・」

「陛下の仕事とあらば、そちらが優先ではあるな。分かった。調べる。・・・しかし・・・」

モーガンがじっとホッチを見た。

「どうした?」

「いや・・・意外というか、そうでもないというか」

「何なんだ」

「最近、あんたが女遊びをしてないっていう噂は聞いていたんだがな。まさか・・・今度の相手が男とは・・・女に飽きたからなのか・・・」

「そういうんじゃない。とてもいい子だ。どうやら、母親が病気らしい。入院の金を工面する為に、

娼館で働くことになったということだ」

「そうか。じゃあ、病院も調べておくか」

「悪いな」

「気にするな。あんたの頼みだ。しかし・・・本当は自分で調べたいんだろう?」

モーガンがニヤリと笑った。ホッチは苦虫を噛み潰したように渋面を作る。そうなのだ。本当はリードのことは自分で調べて、把握したかった。それも早急に。しかし、仕事は待ってはくれない。しかも、女王陛下の仕事である。おろそかにするわけにもいかない。そこで、ホッチは信頼のおける友人であるモーガン伯爵に、スペンサー・リードの身元調査を頼んのだ。しかも、今夜は娼館には行けそうもない。しかし、後で使いの者には贈り物を届けさせるつもりでいた。

「惚れたのか?」

「そうだな・・・。そう言われたら、そうなのかもしれないが・・・。とにかく、庇護欲を煽る子だ。守ってやりたくなる」

「その青年が演技をしているのではなくて?」

「それはない。そんなことをする子じゃない」

ホッチは声を強くして、激しく否定した。

「そうか。その態度で、本気だってことがわかるな。面白い。そんなアーロン・ホッチナー侯爵様が惚れた子が、どれだけいい子か楽しみだ。しかし・・・世の中に綺麗事っていうのは存在しない。もしかしたら、あんたの気にそぐわないことも発覚するかもしれないぞ」

「承知の上だ」

「いい覚悟だ。清々しいほどにな」

モーガンは立ち上がった。

「それじゃあ、早速、調査活動に入るとしよう。あんたの代わりにな」

「頼む」

ホッチも立ち上がり、友人に信頼の視線を送ったのだった。

********************

「あれっ。まだ、食べてないんですか?」

アンダーソンはテーブルの上の銀盆を見て声をあげた。リードへの届け物をしに部屋を訪れたのだ。ついでに、朝食も下げようと。

「・・・ん・・・何だか、食欲がなくて・・・」

「・・・昨日、あの紳士に嫌なこと・・・された・・・とか?」

「うっううんっ!!違う!そんなんじゃない!全然・・・そんなんじゃない!」

リードが慌てて否定する。リードが真摯に無体なことなど一切されていないからだ。それは事実だ。

「なら、いいけども。まあ、そりゃそうか。嫌な感じのする人じゃなかったし、それに今日だって贈り物が届いてるし」

「えっ!?」

「ほら」

アンダーソンは自分が抱えていた箱をリードの方に差し出した。大きさの違う3つの箱だ。

「手紙も」

「本当に!?」

リードはベッドから降りて、アンダーソンに駆け寄った。一番上の箱。その上に綺麗な封筒が置かれていた。リードはその封筒を手に取って胸に当てる。アンダーソンは銀盆の横に3つの箱を重ねたまま置いた。

「朝食はどうしますか?」

「え?あ・・・えっと・・・他、食べる!」

「冷めちゃってますから、新しいのを・・・」

「大丈夫!食べ物は大切にしないといけないから!」

まだ、内容も読んでいないのに、手紙を貰ったというだけで、嬉しい。心が暖かくなる。

「食べたら、僕が食堂に片付けておくから。ありがとう、アンダーソン。あ、それと・・・」

リードは小さなチェストの上に置いてあった箱から、ショコラ・ド・オランジュを数個つまむと、紙に包んでからアンダーソンに渡した。

「これ、貰い物なんだけど・・・お菓子。食べて」

「いいんですか?」

「うん。すっごく、美味しいよ」

「ありがとうございます!」

アンダーソンは嬉しそうに笑うと、部屋を出て行った。それを見送ってから、リードはベッドに腰掛ける。そして、前と同じように、丁寧に封を切った。手紙には、箱の中身についてと、仕事があって今夜は会えないことが記されていた。けれども、近いうちに必ず、会いに来るとも。その時には、贈ったランジェリーを身に付けて欲しいと。会えないことは残念だったが、そもそもが毎晩娼館を訪れる男の存在の方が稀だ。それよりも、また、いつか、必ず会えるのだという喜びが身体中に満ちる。リードはテーブルの上に目をやった。箱が3つ。リードは開けてみることにした。一番上の小さな箱。開けてみると、中にはお菓子が詰まっていた。クッキーやマドレーヌなどの焼き菓子。それにチョコレート。

「うわぁ・・・美味しそう」

幼い頃から貧しかったので、お菓子を食べることができなかった。だから、自分が甘いものが好きかどうかなんてわからなかった。けれども、ショコラ・ド・オランジュを食べさせてもらって、自分は甘いもの好きということが分かった。次に真ん中の箱を開ける。

「綺麗・・・」

それはピンク色のランジェリーだった。汚れないように気をつけながら、取り出す。なにやら、付属品的なものが付いている。一体、どう身に付けるものなのか。リードは首を傾げた。しかし、

「後で、エルに聞いてみよう」

と、娼館でわりと仲良くしている娼婦に尋ねることにした。何れにせよ、今度、あの紳士が訪れる時に身につけるランジェリーだ。丁寧に箱にしまう。最後は大きな箱。中に入っていたには、綺麗な白色のブラウスだった。今、自分が着ている素材とは違う、シルクだった。ゆったりとしていて、綺麗な刺繍とレースが美しかった。デザインの違うものが2着入っていた。それから、ベルベット素材のズボン。手のひらでなぞると、とても滑らかな手触りだった。全ての贈り物に、溜息が出てしまった。どれもが素敵だった。けれども、一番嬉しかったのは手紙だ。内容はなんてことのない、事務連絡のようなものだった。愛の言葉など、1つもない。けれども、そんなことは気にならなかった。大体、娼館に身を置くものが、愛の言葉などもらえるはずもない。ただ、また、逢える。それだけが嬉しかった。心から、嬉しかった。

to be continued

籠の鳥 愛の個人授業 04

ベルギーレースで彩られたベビードールはとても生地が薄い。だから、リードの平らな胸の飾りはとても綺麗に透けて見えていた。薄紅色のささやかな突起である。そこをホッチは生地の上からこすりあげた。

「あ・・・」

リードは小さな声を漏らし、うっとりと目を伏せた。商売なのは分かってはいたが、リードはこの紳士に触れられることが嬉しかった。女将のストラウスや先輩の娼婦たちから、自分が受ける扱いのことを聞いてはいたが、何だかそれとは違っていた。無体なことはされず、とても優しく扱って貰える。専属になったとはいえ、これがいつまでも続くわけではないだろう。ただ、この瞬間の幸せを噛み締めたかった。だから、リードはホッチの指の暖かさを覚えるかのように、素直に受け入れた。胸を擦りあげられ、押しつぶされ、摘まれる。そんな動きに、リードは小さな声をあげ続けた。ホッチの方も、そんな素直なリードの様子に満足げな笑みを浮かべた。擦れていない、純真無垢な青年。その花を手折っているのは自分なのだという優越感。とにかく、自分好みにしたいと思った。

「は・・・あ・・・ん・・・」

気持ち良さを享受するかのように、リードの身体が揺らめいた。素質のある子なのだろう。ホッチはベビードールの肩紐をするりと外し、落とした。桃色の乳首が露わになる。それはすでにぷっくりと立ち上がっていた。今度は生地越しではなく、直接その突起を摘み、刺激を与える。

「ああっ・・・」

ひくんっとリードの体が動き、腰が揺らめく。その姿が、愛らしく、好ましく、可愛らしい。ふと視線を落とすと、青年の股間もふっくらと形を成してきている。

「リード」

ホッチは青年の名を優しく呼ぶと、その手を取って、彼の下腹部へと導いた。

「自分で触ってみるといい」

少し意地悪かと思いながらも、ホッチはリードが自分で慰めるところが見たかった。リードは逆らう素振りなど微塵も見せずに、自分の綺麗な指を白いパンティの上に置いた。そして、ゆっくりと動かし始める。その姿を眺めながらも、ホッチは青年の胸を責めることを続ける。リードの指の動きが早くなる。

「あっ・・・ああっ・・・あっ・・・あっ・・・」

胸に与えられる刺激。自分で下腹部に与える刺激。その両方を享受しながら、リードは美しい声をあげた。その喘ぎ声はホッチの耳にも心地よい。

「ひゃっ・・・あっ・・・あああああああっ・・・・」

限界に達したにだろう。リードの身体が緋色のカウチの上で跳ねた。

「あ・・・は・・・・」

倒れそうになる身体をホッチが抱きとめた。

「いい子だ」

「はぁ・・・はぁ・・・あ・・・ごめんなさい・・・また・・・僕、一人で・・・」

「いいんだ。充分に楽しませてもらっているからな」

青い瞳が申し訳無さそうに揺れ、それでもホッチを見る。奉仕しなければならないのは自分なのに、それなのに自分だけが気持ちの良い思いをしてしまっているのではないかと心配になってしまう。けれども、ホッチは満足そうに笑い、先ほどの紙箱を取った。

「さあ、ご褒美だ」

ホッチはショコラ・ド・オランジュを1つ取り出すと、それをリードの口の中に差し込んだ。先ほどと同じ、甘い香りと味が口の中に広がる。本当に美味しい。

「気に入ったんだな」

「はい。とっても美味しいです。この世の中には、こんなに美味しいものがあったんですね」

「・・・君は、普段、一体どんなものを食べているんだ?」

ホッチが尋ねると、リードは隠す風でもなく、答える。

「そうですねぇ・・・幼い頃から、食事はパンとスープばかりでした。でも、パンだけってこともあったかなぁ・・・。だから、スープがあると嬉しかったです。でも、この娼館に来てからは、毎日パンとスープを食べることができるようになりました」

そんなリードの説明に、ホッチが微かに眉間に皺を寄せた。随分と身体の細い青年だとは思っていたが、幼少期の不十分な食事がそうさせているのだろう。階級社会ゆえに、そういった層が社会に存在していることは知っていたし、ましてやここは娼館だ。貧しい人間が集まる場所といっても過言ではない。ホッチは思わず、その細い身体を引き寄せて抱きしめた

「あ・・・あの・・・ミスター・ホッチナー?」

本当に、この青年を専属にして良かったと思う。庇護欲。守ってやりたいという感情が沸き起こってくる。

「何か不自由なことはないのか?」

「いいえ!・・・貴方が僕を専属にしてくださったおかげで、パンとスープ以外の物も食べられるようになりました。・・・それに、お給金も良くなるので、ありがたいです。早く借金が返せそうです」

「借金があるのか?」

娼婦にかける言葉としては、当たり前すぎなのだろうが、思わずホッチは問い返してしまった。

「はい。母が病気なので。その病院代が必要なんです」

「それじゃあ、君がこの娼館に来た理由は・・・」

「母を良い病院に入れるためです。本当は、下男として働く予定だったんですが、外見がこうなので・・・女将さんが物は試しにって・・・あの催しに出ました。そうしたら、貴方が僕を買ってくださったので。本当にありがとうございます」

リードは花のように笑うと、軽く小首を傾げた。屈託のない笑みだった。娼婦にありがちな、卑屈で、薄暗い影など、何一つ見えなかった。この青年は、純粋に母を助けたかったのだろう。そのために、自分の身体を犠牲にすることなど厭わなかったのだろう。

「リード、おいで」

ホッチはリードの手を取って、カウチから立たせた。そうしてベッドへと誘う。リードは、「ああ、いよいよだな」と思った。昨夜は、何の奉仕もせずに、紳士を帰してしまった。娼館で働く者としては最低な行為だ。ホッチは、リードをベッドに座らせた。

「あの・・・今夜は、僕にご奉仕させていただけませんか?それが・・・僕の仕事ですし・・・」

「いや。それは、また今度の楽しみにしておこう。さあ、寝るといい。今夜も君が眠るまで付いててやろう」

「え・・・そんなの・・・ダメですよ」

「いいから」

ホッチはリードをベッドに横にすると、自分はベッドの端に腰掛けた。

「君の可愛らしい寝顔を見るのも悪くない。むしろ、楽しませてもらっている」

「・・・申し訳・・・ないです・・・」

「身体を売るだけが、娼館で働く人間の仕事ではない。ほら、目を瞑って」

「貴方の顔を・・・もう少し見ていたいです・・・」

「また、来るんだから」

ホッチが手の背で、リードの頬を優しく撫でてやる。リードは両手を伸ばしてホッチの手を緩く掴むと、チュッと唇を寄せた。愛しい手だった。母親を思い出す。決して、自分を甘やかすことのない母親で、何処からかもらって来た小難しい本を子守唄代わりに読んで聞かせるような母親だった。それでも、自分には大切な母親だった。そんな母親のために、自分が苦界に身を落とすことは平気だった。本当なら・・・自分はもっと辛い目にあっているはずだった。それなので、このアーロン・ホッチナーという貴族のおかげで、自分は幸福感に満たされている。たとえ、その幸福感が続くのが、ほんの少しの間だとしても、自分はこの瞬間の暖かな思い出だけで生きていけそうな気がした。リードは、うっとりとホッチに微笑みかけると、そっと瞳を閉じた。そんなリードの美しい顔を見ながら、ホッチは笑みを浮かべ、その額に小さなキスを落としたのだった。

to be  continued

籠の鳥 愛の個人授業 03

夕刻もすぎ、すっかりと陽が落ちて、星が輝き始めようか・・・という頃合いになってから、リードは紳士から贈られた白いランジェリーを身に纏い、緋色の部屋に向かった。ストラウスがその部屋を使うように言ったのだ。部屋に入り、リードはどうやって、紳士・・・否、あの貴族を待っていればイイのかを考える。立ったままもおかしい。ベッドの入っているべきなのだろうか。けれども、お客様を迎えるのにベッドというのは失礼だ。やはり・・・。リードは、昨夜、紳士と一緒に座った緋色のカウチに目をやる。ここは、座って待っているのが懸命のような気がした。そう思って、カウチに腰を下ろす。今度は座り方に困ってしまう。客を迎えるのには一体どんな座り方が良いのだろう。先輩の娘に訊いておけばよかった。膝を抱えて座る?・・・それはあまりに子どもっぽい。脚を組んで座る?・・・紳士相手に、失礼な座り方かなと思う。白いレースのランジェリーを気にしながら、リードはもぞもぞと、座り方を考える。けれども、全然、決まらない。

「どうしよう」

しょんぼりと溜息をついていたら、ドアをノックする音が聞こえた。リードは慌ててカウチから立ち上がった。そうなのだ。客を出迎えるために立つのだから、座り方などどうでも良かったのだ。ドアに駆け寄ろうとする前に、それは開けられ、するりと長身の男が入ってきた。

「ミスター・ホッチナー・・・あ、違った・・・サー・ホッチナーですね」

その言葉を聞いて、ホッチは眉を潜めた。そんなホッチの表情に不興を買ってしまったかと、リードが萎縮する。しかし、ホッチはリードに歩み寄ると、金髪に指を差し入れて、優しく梳いたのだった。

「女将のストラウスにでも聞いたか?」

「はい。貴方は、アーロン・ホッチナー侯爵様だと・・・」

「ふん。確かにそうだが、ここではその肩書きは忘れてくれ」

「・・・ごめんなさい」

「謝る必要はない。そんなことよりも・・・似合っているな」

そう言うと、ホッチはリードが身に付けている白くて薄い生地のベビードールに触れた。レースの彩りが、リードの綺麗な肌の魅力を際立たせている。

「あ・・・ありがとうございます。僕・・・こういうの、持ってなくって」

「昨日の黒いランジェリーは?」

「あれは、この娼館が用意してくれたもので、僕のものではないんです。まさか、僕にお客様がつくなんて思ってなくて・・・その・・・」

「わかった。だったら、これからは俺が贈ろう。そうだな。普段着る服は持っているのか?」

「少し」

そうは言ったが、リードが持っている服は本当に最小限で、白いブラウスが2枚とズボンが2つだけだった。外には出ないから、それで十分足りる。ただ、それはホッチには言わなかった。

「そうか。しかし、普段着も明日、届けさせる。君が俺の専属になったことは?」

「女将さんから伺いました。・・・その・・・本当にいいんでしょうか?」

「ん?何故だ?」

「僕は・・・男ですし・・・それに、この娼館には、もっと可愛らしい女の子がいっぱいいます」

「俺は君が気に入ったんだ。ほら、座るといい」

ホッチがカウチへとリードを促す。再び座り方に困りそうになってしまったが、ホッチもカウチに座ってしまったので、その隣に斜めに身体を向き合わせるようにして座った。細くて長い脚は斜めに伸ばす。リードは無意識に長めの髪を耳にかけながら、ホッチを見た。

「あの・・・昨夜は・・・申し訳ありませんでした。本当は僕がお客様である貴方にご奉仕させていただかなくちゃいけないのに・・・」

「気にすることはない。俺は充分に楽しんだ。せっかく君を専属にしたんだ。時間をかけてゆっくりと楽しみたい」

「でも、僕、寝ちゃって・・・」

「寝顔も可愛らしかった」

そんなホッチの物言いに、すっかりリードは赤面してしまった。

「しかし、君は俺に奉仕したいんだな」

「あ、はいっ!・・・だって・・・それが僕の仕事ですし・・・」

「そうか。・・・じゃあ、昨日の復習をしようか」

「復習?」

「ああ、そうだ。キスの復習を」

ホッチが微笑む。その表情にリードは嬉しくなってしまった。心の中がほんわりと暖かくなる。リードの好きな表情だった。

「ほら」

「えっと・・・じゃ・・・その・・・失礼します・・・」

リードはカウチに両手を付いて身を乗り出した。そして、軽く目を伏せて、それでいながらホッチの唇をしっかりと見て、自分の唇をそっと押し当てた。技巧はない。ただ、昨夜のことを思い出して、夢中で口付ける。ほんの少しの唇の隙間から、舌を差し込んでみる。ホッチの舌は動かなかったが、リードはそのまま自分の舌を絡めて、その暖かい肉の薄い塊を慈しんだ。そしてその反面、自分はちゃんと出来ているのだろうとかと不安にもある。何せ、自分には経験がない。知識としてはしっていても、それが実地で発揮されるかというとそういうものでもない。紳士の好みもあるだろう。そんな不安を心に秘めながら、リードは一生懸命、ホッチに口付けた。呼吸をするのも忘れるほどに。唇を食むように動かしてみたり、軽くホッチの舌を吸ってみたりもする。もう、自分の舌なのか、相手の舌なのかわからなくなるくらいに、絡め合った。

「ふっ・・・んっ・・・はふっ・・・」

頭の中がぼうっとし始めた頃、リードの髪に指が差し込まれ、顔を引き離された。

「あ・・・」

不興を買ってしまったかと思い、リードはホッチの表情を伺うようにして見た。

「苦しいだろう?」

いつの間にか、リードの方は呼吸困難で軽く上下していた。

「ごめんなさい」

「君は謝りすぎた。・・・上手だった。いい子だな」

「上手?」

「ああ。昨夜教えた以上に、上手なキスだった。そんないい子にはご褒美をあげないといけないな」

「ご褒美?」

「そうだ。・・・君は甘いものは好きか?」

「・・・わからないです。あまり・・・食べたことがないので・・・」

幼い頃から貧しかった。甘いものを食べたことなど、遠い記憶の彼方は、存在しないのかもしれない。ホッチはカウチの隅に置いてあった箱を取ると、リードに見せた。リボンは掛かっていなかったが、茶色とオレンジ色が美しい紙の箱だった。ホッチはそっと蓋を開けると、甘い香りが瞬時に漂った。

「うわぁ・・・いい香り・・・」

リードがうっとりとしたように言う。

「ショコラ・ド・オランジュという菓子だ。今、市井で流行っているらしい」

「チョコレートとオレンジ・・・」

「フランス語が分かるのか?」

「少し・・・」

「まあ、簡単な言葉だしな」

そう言うと、ホッチはチョコレートがけされたオレンジピールを1つ摘み、リードの口元に運んだ。

「ほら、口を開けて」

素直にリードが唇を開くと、キスで涎まみれになっている口に菓子が差し込まれた。一瞬躊躇いながらも、リードは歯を菓子にたてる。一種にして、甘い味が口中に広がる。思わず、目を見開いてしまう。それほどに、菓子は、甘くて美味しかった。

ゆっくりと噛みしめるように咀嚼して飲み込む。

「どうだ?」

「凄く・・・凄く、美味しいです。・・・こんなに甘くて美味しいものを食べたのは初めてです」

「もう1つ食べるといい」

ホッチは自分で取るようにと、リードに箱を差し出した。リードが恐る恐るは箱の中に指を伸ばす。白くて細い、美しい指。リードは、丁寧な所作で、まるで宝石を扱うかのように、ショコラ・ド・オランジュを1つ摘み上げた。そのオレンジピールの半分に茶色いチョコーレトがまぶされている。よく見れば、チョコレートには金色の粉がまぶされていた。

「綺麗」

「金だそうだ」

「えっ!?・・・お金・・・ですか?」

「まさか。金貨を粉に資したわけじゃない。金を薄く伸ばした金箔を細かくしたものだ」

可笑しそうに笑うと、ホッチは食べるように促した。金と聞いて、思わず緊張してしまったが、それでも再び、あの甘い味を感じたくて、リードはそっと口の中に菓子を運んだ。そしてまたゆっくりと食べる。

「・・・本当に・・・美味しい・・・」

「好きになったか?」

「はい!・・・僕、自分が甘いものが好きだって、今初めて知りました!」

今までどんな食生活を送ってきたものやら、とホッチは思いながらも、菓子箱をカウチの上に置いた。

「これで復習は終わりだ。今夜は新しいレッスンをするとしよう」

「新しいレッスン?」

「そうだ。上手に出来たら、また菓子をやろう」

ホッチはそういうと、白いランジェリーの胸元に見える薄紅色の小さな突起を指でそっと触ったのだった。

to be continued

籠の鳥 愛の個人授業 02

「ん・・・んぅ・・・ん?」

リードは柔らかなベッドの上で目が覚めた。自分の部屋のベッドとは違う、ふかふかでシーツの肌触りも良いベッド。

「あ・・・あっ!」

リードは慌てて身体を起こした。朝だった。緋色のカーテンの隙間から太陽光が差し込んでいる。部屋も薄明るい。周囲を見回したが、自分を買った紳士の姿はなかった。

「ああ・・・どうしよう・・・僕・・・」

リードは手触りの良いシーツを指先でぎゅっと握りしめた。そして記憶に刻まれた昨夜のことを思い出す。ホッチナーという紳士は、リードを抱き上げてベッドに運び横たえた。そして、カウチでしたのよりも柔らかくて、それでいて深いキスをリードに与えてくれた。舌を絡ませ合うことをリードは覚えた。そして、その心地良さを知り、それが自分の体に変化を及ぼすことも理解した。下半身が熱くなり、カウチでの時と同じように、両方の太腿を無意識に擦り合わせてしまうのだ。腰が揺れているのも意識の向こうの自覚していた。もちろん、自分の分身の異変も。唇の隙間から小さな喘ぎ声を溢す自分をあやすように、紳士はレースの布地の上から、膨らんだリードを指や掌で触ったり、擦りあげたりしてくれた。それが、堪らなく気持ちが良かった。初めての刺激に戸惑うこともあったが、リードはすっかり安心して、真摯に身体を委ねたのだった。

小さな叫び声を上げて、下着の中で弾けたことも覚えている。本当は自分が紳士に奉仕しなければならないのに、自分ばかりが快楽を感じてしまっていた。弾けた後、恐れ慄きながら紳士を見たが、彼は優しく笑いながら、リードに「いい子だ」と言ってくれた。そして、ぐったりとなってしまった自分が眠りに落ちるまで、きっと傍にいてくれたのだ。

「・・・せっかく・・・僕を買ってくださったのに・・・」

娼館の女将のストラウスや、先輩の娼婦たちから教わったことを、何一つできずに、リードは紳士を帰してしまったのだ。何という失態を犯してしまったのだろう。

リードはベッドから降りると、床に落ちていた黒の薄衣を拾い、肩に掛けながら緋色の部屋を出た。そして、足早に自分の部屋へと戻ったのだった。

********************

この娼館の娼婦たちは、2人で1つの部屋を充てがわれていた。1つの部屋に小さなベッドと小さなチェストがある。個人的な持ち物は箱や缶に入れて、ベッドの下の置いておくのが常だった。けれども、娼館の男はリードだけだったので、1人で部屋を使わせて貰っていた。客を取るときに、特別な部屋へと赴くのだ。リードが先刻までいた緋色の部屋は娼館の中で最高級の客を取る部屋だった。リードも初めて入った部屋だ。全てが豪奢で、そして扇情的で、背徳的な設えだった。今夜は、一体どんな客が自分を買うのだろうか。・・・もし、客があったとしての話だが。自分は男だから、需要はさほど多いようには思えなかった。客が取れなければ、借金は返せないし、それに食べることだってできない。娼館の中にもヒエラルキーはある。上客がつけば、ストラウスはその娼婦を可愛がり、特権すら与えてくれる。けれども、男である自分は、その日その日を何とか食いつないでいければいい方なのかもしれなかった。リードは溜息をつくと、黒いランジェリーを脱ぎ、濡れたタオルで身体を拭いた。顔も洗って服を着る。娼館で充てがわれた、白いゆったりとしたブラウスと濃い紫色のベルベットのパンツ。

身支度を整えると、リードは唇を噛んだ。まずは、女将のストラウスに謝らなければならない。昨夜の紳士の不興を買ったであろうことは間違いない。そしてそれは娼館の評判にも繋がる。もしかしたら、今日は食事抜きかもしれない。リードは緊張した面持ちでストラウスの部屋と向かった。

********************

「なかなか楽しげな表情をしているな、ホッチ」

「貴方のおかげですよ、デイヴ」

ホッチの屋敷に訪れたロッシが、その顔を見るなり言ってのけた。どうやら、この若い貴族は昨夜の催しをお気に召したらしい。

「よほど気に入ったんだな、あの珍しい物を」

「ええ、非常に。楽しい時間を過ごさせていただきました」

「毎日、退屈そうな顔をしているホッチの良い刺激になったというわけか。連れて行った甲斐があったというものだ。それで?」

「何ですか?デイヴ」

「高値で競り落として、それっきりか?」

「まさか。ストラウスには話をつけましたよ。あの青年を自分の専属にすると」

「ほう。それほど良かったか」

「まだ、キスしかしていませんが」

「何と。君とあろう人間が?」

「俺をどういう人間だと思っているんですか」

「いやいや」

ロッシが笑った。その時、高らかな笑い声とともに、3人の女性が客間に入ってきた。ホッチの従姉妹たちである。

「やっぱり!屋敷の前に豪華な馬車があったから、ロッシが来てると思ってたわ!」

そう言ったのは、派手な色合いのドレスに身を包んだガルシアだった。その後に、細身の上品なドレスを着たJJと乗馬服姿のエミリーが続いている。

「お前たちか。ノックもせずに、レディの嗜みはどうした?」

「あら、ホッチに言われたくないわ。紳士の嗜みは?挨拶のハグもしてくれないの?」

とJJ。その後ろでエミリーが笑っている。

ホッチは仕方なく立ち上がると、ガルシア、JJ、エミリーの順に歓迎のハグをした。

「それで?今日はどうしたんだ?」

「ちょっと近くまで来たから。顔を見に来たのよ」

ホッチの問いにエミリーが答える。

「最近、仕事にも遊びにも興味がないって噂を聞いたから。ちょっと心配で」

「そんな噂が流れているのか」

「世間は狭いから。でも・・・なんだか、噂よりも楽しそうな顔をしてるわね」

下から覗き込むようにエミリーがホッチを見上げる。

「どうやら、新しい玩具を手に入れたようだよ」

とロッシが言う。

「デイヴ!」

慌ててホッチが遮るが、ロッシは素知らぬ顔で笑うばかりだった。

「新しい玩具?あら・・・まさか・・・ロッシ!」

JJがキツイ眼差しでロッシを見て言葉を続ける。

「ホッチを良からぬ場所に連れて行ったんじゃないでしょうね?」

「娼館通いも紳士の嗜みだよ、JJ」

「まあ!ロッシったら!」

「しかし、ホッチはかなりご執心のようだ。それはそれは綺麗な子でね。君よりは少し暗いが、美しい金髪の子だよ。瞳は青かったかな」

「そうなの?ホッチ」

ガルシアが興味深そうにホッチの隣に座李、尋ねる。

「まあ・・。そうだな。確かに綺麗な子だった」

「でも、娼婦だから、一夜限りなんでしょう?情けをかけるのは」

「それが、違うらしいのだよ、ガルシア。どうやら、ホッチはかなりその子を気に入ってね。専属の契約をしたらしい」

「それって、本気ってこと?ホッチ」

「・・・まあ・・・そうとも・・・言える・・・か」

その言葉に3人の従姉妹たちはそれとなく納得はしたらしい。侯爵家の娘たちではあるが、考え方や生き方はリベラルだ。

JJもエミリーも並んで座り、ホッチを見つめる。否、その思いを見極めているといったところだろうか。

「それで?ホッチはその子をどうやって繋ぎ止めるの?」

とエミリーが問う。

「繋ぎ止める?」

意外な話にホッチが聞き返す。

「だって、貴方は見初めた子なのでしょう?だったら、相当素敵な子に違いないわ。そういう子は引く手数多よ、きっと」

「しかし、専属の・・・」

「ダメダメ!そんな言葉を信じちゃ。娼館だって商売なんだから。ホッチがちゃんとその子を繋ぎ止める手立てをして、娼館にもそれなりのことをしなくちゃ、その子はもっとお金を出してくれる殿方のところに行っちゃうわ。ねえ?ロッシ」

JJがロッシに同意を求める。

「まあ、そうだろうな。あの世界の者を繋ぎ止めるのはなかなか骨が折れる」

「ほらね。遊び人のロッシがこう言うんだから間違いないわ」

「むぅ・・・・・・・・」

ホッチは眉間に皺を寄せた。確かにあのストラウスのことだ。他に上客があれば、そちらにリードを委ねてしまうかもしれない。

「どうしたら・・・いいんだ?」

ホッチがそこにいる従姉妹たちに問いかける。

「あら!そんなの簡単よ!」

隣に座るガルシアがパンと手を鳴らして言ってのけた。

「贈り物よ!素敵な贈り物!ねえ?みんな、そうよね?」

ガルシアの言葉にその場にいたホッチ以外の全員が頷く。

「ねえ、ホッチ、その子にもう贈り物はしたの?」

「い・・・いや・・・まだだ・・・」

「ダメじゃない!その子への贈り物と、娼館への付け届けは必須よ!」

「そうそう。一度、お金を払えばいいってものじゃないわ」

エミリーも腕組みをしながらうんうんと頷いている。

「そういうものか」

「そういうものよ!」

と、断言するガルシア。

「そうねぇ・・・」

JJが宙を見ながら考えて言う。

「まずは、美味しいお菓子がいいわ。それと・・・そういう場所の子だったら、綺麗なランジェリーがいいわね。どう思う?エミリー」

「私もそれがいいと思う。娼館の子の衣装は格付けになるらしいから」

「詳しいな、エミリー」

「上流階級の嗜みとしての知識です」

にっこりとエミリーが微笑む。

「お菓子は、ショコラ・ド・オランジュがいいわ。今、街で流行っているのよ」

情報通のガルシアが言った。

「なんだ、それは」

「チョコレート菓子よ。チョコレートがけのオレンジピール。高級な物はチョコレートの部分に金粉がまぶしてあるの」

「ランジェリーは・・・プリマ・ドンナのがいいわ。ベルギーの高級レースを使ってるの。手触りが最高で、デザインも最先端よ!」

「詳しいな、JJ」

「あら、こんなの、女子の常識だわ。じゃあ、これからみんなで買い物に行きましょうよ。お菓子とランジェリー!ね、ホッチ。ロッシも行くでしょ?」

「もちろんだとも」

ロッシは即答だった。ホッチは少し考えた。自分が選んだランジェリーを見つけたリードの姿を見るのも悪くはない。そしてホッチは静かに立ち上がった。

「せっかくだ。外で食事もしよう。ご馳走する」

「あら、嬉しい」

「君たちのアドバイスの礼だ」

「相談なら、いつでも乗るから!」

ガルシアが元気よく言った。ファッションもさることながら、食べることも大好きなガルシアだった。

********************

「え?・・・専属?・・・あの・・・ミスター・ホッチナーの?」

叱られると思ってストラウスの部屋に行ったリードだったが、予想に反して女将は上機嫌だった。

「そうだよ。よっぽど、あんたは気に入られたんだね。昨晩、あんたを専属にしたいと、お金を積んで帰ったんだよ。娼館に男なんて、どうしたものかと思ったけれどもね。これはいい買い物をしたよ、リード。せいぜい、あの貴族様に飽きられないように頑張るんだね」

「え?貴族?」

「おや、知らなかったのかい?あの方は、アーロン・ホッチナー侯爵様だよ」

「え・・・ええええええっ!!!」

「まあ、貴族の気晴らしだろうけれどもね。稼げるときはしっかりと稼ぐといい。それにしても、昨夜は随分と首尾よく、貴族様のご機嫌を取ったんだねぇ。いい子だ、スペンサー・リード。今日は美味しいものでもお食べ。食堂に用意させるから・・・いや、アンダーソンに部屋に運ばせることにしよう。他の娘たちの手前もあるからね」

そう言うと、ストラウスは、にんまりと笑った。その表情を見ながら、訳のわからないまま、リードはストラウスの部屋を辞した。本当に訳がわからない。昨夜はキスしかしなかった。本当は自分があの紳士に奉仕しなければならなかったのに、自分だけが気持ちの良い思いをして、その上朝まで寝入ってしまったというのに。

リードは自分の部屋に戻ると、ぽすんっとベッドに腰掛けた。すっかり自分は不況を買ってしまったかと思っていたのに。けれども、あの紳士に再び会えるのは正直嬉しかった。今度はちゃんと奉仕しようと思った。上手にできるかどうかわからなかったけれども。

トントン、とドアがノックされた。リードはベッドを降り、ドアを開けた。そこには、銀盆と箱を持ったアンダーソンが立っていた。

「リードさん。女将さんが食事を持って行けって。それと、これはお届けものです」

リードは最初に銀盆を受け取ると部屋の中の小さなテーブルに置き、再びアンダーソンの所に戻った。

「それは?」

「多分、贈り物だと思いますよ。手紙も付いています」

ピンク色の綺麗な箱で、可愛らしいリボンがついていた。その箱の上には上質な紙の封筒が置かれていた。仰々しく、封蝋がしてある。「H」という文字が押されている。おそらく、ホッチナーのHなのだろう。

「ありがとう、アンダーソン」

「それじゃ」

ドアを閉め、リードはベッドに戻った。ちらっとテーブルの上に銀盆を見たが、見たことのない美味しそうな料理が乗っていた。今までは、ずっとパンとスープだけだったのに。お腹は空いていたが、それよりも手紙が気になった。丁寧に封を切ると、便箋を取り出した。これも上質な紙だ。手紙には、今夜またこの娼館を訪れるということと、贈り物のランジェリーを身に付けて迎えて欲しい旨が書いてあった。たったそれだけの素っ気無い手紙ではあったが、リードは思わず、その便箋を抱き締めてしまった。また、あの紳士・・・貴族に会えるのかと思うと胸が高鳴る。今夜はちゃんとご奉仕しようと、思った。教わったように。教えられたように。そして、手紙をベッドに置くと、綺麗な箱のリボンを解き、中身を確かめた。そこには、白い、美しいレースで彩られたランジェリーが入っていたのだった。

to be continued

籠の鳥 愛の個人授業 01

貴族であるアーロン・ホッチナーは女には不自由などすることのない男だった。パーティーに赴けば、数々の着飾った美しい花たちが、彼に纏わりついた。侯爵の称号をもつホッチの家に嫁入りすることを望む女大勢おり、隙あらば彼の気を惹こうと、色々な手練手管が繰り出された。しかし、貴族の仕事もさることながら、そんな女たちにも飽き飽きしていたホッチであった。そんな折、年上の友人であるデヴィッド・ロッシから誘いを受けた。「娼館に行ってみないか」と。それを聞いたホッチは、正直、「また、女か」と密かに溜息をついてしまったのだが、遊びの師匠でもあるロッシの誘いを無下に断るわけにもいかず、またロッシから「面白い趣向がある」という話も聞き、少々重たい腰を上げて、彼と共に馬車に乗ったのだった。

「今日は競りがあるんだよ」

「競り・・・ですか?」

「ああ。馴染みの娼館が、年に一度行うイベントだ。小さなステージの上に、綺麗に着飾った女たちが引き出される。どれも初物・・・という触れ込みでね」

「紛い物もいる・・・と?」

「そこは、商売だ。何せ、ストラウスの娼館だからな」

「女には不自由はしていませんが・・・」

「まあ、そう言うな。ちょっとした情報を小耳にしたんだ。今年は、変わった品物が並ぶと」

「変わった品物?」

「まあ、それは見てのお楽しみだろうな」

「貴方は、その品物についてご存知なんですね?」

「少しな。しかし、確かな情報じゃない。だから、今は秘密・・・ということにしておこう。ただ、今のホッチにはいい刺激になるであろうことは間違いない・・・と保証するよ」

「それは・・・楽しみだ」

半分は本気、半分は義理で、ホッチは口角を少し上げて微笑むと、馬車の窓から外を眺めた。夜の帳が下り始めている。春の終わり。夏の始まり。良い、気候の夕方である。大して期待もせずに行けば、それなりの暇つぶしにはなるだろう。ホッチはそう考えたのだった。

********************

「さほど客は多くありませんね」

娼館の特別なフロアに案内されて、緋色の椅子に座ることを勧められたホッチは、周囲を見渡してロッシに言った。

「客を厳選しているからだ。招待状がなければ、このイベントに参加することはできない。それだけ特別な催しなんだ」

「自分は招待状を持っていませんが・・・」

「私の連れは顔パスだよ」

「さすが、ですね」

遊び慣れている年上の友人。それでいて、さほどエゲツない遊びはしない友人。デヴィッド・ロッシからはいろいろな遊びを教わった。娼館に通うこともその一つであったが、さほど嵌ることもなく、馴染みの女を作ることもなく、いつしかホッチの足は娼館から遠のいていた。から、今回、ストラウスの娼館に来るのは、本当に久しぶりのことだった。そして、今いる場所は、ホッチが初めて立ち入る場所でもあった。ロッシが言っていたように、部屋の前方にステージがある。小さなステージだ。しかし、緋色のカーテンで彩られ、橙色の照明で照らされている。おそらく、このステージに、初物の女たちが引き出されてくるのだろう。そして、この場にいる男たちに競られて、買われていく・・・という趣向なのだ。女など、金で買わずとも・・・と思いはしたが、せっかく誘ってくれえたロッシの手前、それは口には出さなかった。そして、客席の照明が絞られ、気怠い音楽が漂い始めた。

「始まるな」

「そのようですね」

娼館の女将であるストラウスが、いつも以上に着飾ってステージの横に立つ。そして、女の名前を呼んだ。それに合わせて、露出度の高いランジェリーや薄衣で着飾った女たちが、1人ずつ、ステージへと引き出されて行った。ロッシの言う通り、初物なのだろう。その表情は硬く、足取りもぎこちなかった。今日の初物は全部で15名らしい。女たちがステージに立つ度に、客の声が上がる。ただし、それは数字だけの無為なものだった。女に付加される、金に変えられた、価値。ストラウスのs娼館で競られる女たちとだけあって、素人でも皆、美しかった。しかし、美しいだけの女には、すでに興味を失っているホッチにとっては、その辺の花屋で売られている花と、何も変わりはなかった。そうしているうちに、14人目の女が、買い取った男に連れらてステージを降りた。

「さあ、最後だ。ホッチ、次が変わった品物だ。君が気にいるといいが」

「・・・女は・・・どれも同じでしょうに」

「それはどうかな」

思わせぶりにロッシが笑った。そしてそれに、ストラウスの声が重なる。

「さて。次が最後の商品でございます。スペンサー・リード!」

ホッチは「おや?」と思った。呼び上げられた名前が、男のものだったからだ。しかし、それを説明するかのようにストラウスが言葉を続けた。

「私の娼館でも、新しい風を起こそうと思いまして。今年はこのように変わった商品もご用意させていただきました」

橙色の照明に照らされた、小さなステージの中央に立ったのは、黒いランジェリーと薄衣をまとった金髪の男だった。少年と青年の間くらいの年齢だろうか。両手で黒い薄衣の裾を握りしめている。しかし、小さなブラジャーが隠している胸は平らな、男のそれだった。ホッチは思わず、生唾をゴクリと飲み込んだ。琴線に触れたといってもいい。思わず、懐から小さなオペラグラスを取り出して、ホッチはその姿を舐めるように観察した。軽く伏せられた瞳は青い。グロスが塗られた唇は綺麗に整っていた。男にしては長めの髪。軽くウェーブがかかっている。今まで相手にしてきたどの女よりも美しいと思った。

「気に入ったか?ホッチ」

そんな友人の言葉も耳に入らないほど、ホッチはスペンサー・リードという名の青年に目を奪われていた。思考さえも。しかし、そんなホッチを現実に引き戻す声が聞こえた。数字だ。あの美しい青年に付加された金額。思わずその声の方に目をやると、脂ぎって太った中年男だった。あんな薄汚い男に、スペンサー・リードが組み敷かれるのは我慢ならなかった。ホッチは反射的に、その上をいく金額を言い放った。しかし、即座に中年男も値を釣り上げる。数度、値のやり取りを行った後、イラついたようにホッチは椅子から立ち上がった。

「その男が言う金額の倍額を出そう、ストラウス」

その言葉を聞いて、女将のストラウスがニヤリと笑った。

「勝負がついたようですね。では、このスペンサー・リードは、その紳士様に」

きっとストラウスはホッチが貴族であることを知っているのだろう。しかし、それをあえて言わないのが、この世界のルールだ。

太った男が、何やら捨て台詞を吐いていたが、ホッチは美しい宝石を迎えるべく、ステージへと向かった。黒の薄衣を握りしめている指に触れると、青年がおずおずと顔を上げた。

「さあ、来るんだ」

「あ・・・あの・・・」

「君は俺に買われたのだから」

「あ・・・は・・・はい・・・」

ホッチはリードをステージから降ろすと、部屋の隅に控えていた娼館の下男、アンダーソンに声をかけた。

「最高の部屋を用意しろ」

「かしこまりました」

心得た、というように頷くと、下男のアンダーソンは廊下へと続く扉を開けた。ホッチはリードの腰に手を回すと、歩くように促した。とても細い腰。女物のランジェリーを纏っても、それがおかしく見えないほどに細い。そして青年の横顔も美しかった。いや、何処から見ても美しいだろう。この美しい顔が、ベッドでどのように変貌するのか。ホッチは心を踊らせたのだった。

********************

アンダーソンが案内したのは緋色を基調とした部屋だった。壁、椅子、カウチ、テーブル、ベッドなど、全てが緋色に染まっており、今リードが身につけている黒のランジェリーがとてもよく映える部屋だった。ホッチは部屋の入り口で多めのチップをアンダーソンに渡した。そして、ストラウスに言伝を頼んだ。「このスペンサー・リードを自分の専属にしたい」と。アンダーソンは「心得ました」と一礼すると、静かに去っていった。その背中を見送り、ホッチは部屋の扉を閉めた。

振り向くと、所在無げに立っている金髪の青年。恥ずかしげに俯いている。ホッチはリードに近づくと、小さな顎に手をかけ、自分を見させた。青い瞳は、逸れることなく、ホッチを見上げる。青い瞳。

久しぶりの執着だった。どんな遊びにも、どんなに美しい女にも、飽き飽きしてしまって動かずにいた心が動かされた。この青年に。

「あの・・・ミスター・・・」

「アーロン・ホッチナーだ」

「ミスター・ホッチナー・・・」

「君の体をもっとよく見せてもらってもいいだろうか?」

ホッチはリードが纏っている黒い薄衣に手をかけた。

「あ・・・はっはいっ・・・」

リードは慌てて薄衣を体から滑り落とした。自分の立場はわきまえている。お客様のいう通りにしなければならないことは、ストラウスに教わった。

「ほう・・・」

ホッチは改めて感嘆の声を上げた。黒いランジェリーは、まるでボンデージのようだった。白い首が黒い布で彩られている。その細い布は体の中心を這い、黒いパンティと繋がっていた。

「美しいな・・・」

「あ・・・衣装は・・・娼館が用意してくれて・・・」

「違う。君がだ。君、そのものがだ」

「え・・・ぼ、僕?」

「ああ、そうだ。気が進まない催しだったが、これは来て正解だった」

「あの・・・僕・・・男で・・・その・・・・」

「心を動かすものに男も女も関係ない」

ホッチは青年の金髪に指を差し込み一撫ですると、その指を唇へと移動させた。ふるりと、青年の体が震える。

「ん?・・・キスをしたことは?」

「・・・な・・・ないです・・・あの・・・その・・・ごめんなさいっ!・・・僕・・・全然・・・経験がなくて・・・だから・・・ミスター・ホッチナーを満足させられないかも・・・です・・・」

そんな言葉を聞いて、ホッチは脳天をかち割られるような気がした。まさに、初物。これはストラウスの娼館に誘ってくれたロッシに盛大なる感謝をしなければならない。

「構わない。一から手ほどきをするのは一興だ。むしろ楽しい。ああ、今夜はなんと素晴らしい夜だろうか。俺が君に、全てを教えてやろう」

「すべて?」

「ああ。君は今夜から俺の専属だ。少しずつ、教えよう。そうだな・・・今夜は・・・キスからだな。ベッドがいいか?それともカウチがいいか?」

「あの・・・僕にはわからないので・・・どちらでも・・・」

「では、カウチにしよう。今日のランジェリーが映える」

ホッチはリードの腰を優しくエスコートして、緋色のカウチに促した。座らせると、ますますリードの身につけている黒のランジェリーが際立つ。ホッチもその隣に座り、両手でリードの顔を包んだ。口付ける前から、青い瞳が潤んでいる。

「緊張しているのか?」

「・・・ど・・・どうしていいかわからなくて・・・」

「君は何もしてくていい。全て、教えてやるから。ただ、大人しく受け入れていればいい」

「・・・受け入れる?」

「そうだ。・・・俺のことは嫌か?」

「・・・そんなこと・・・ない・・・です・・・最初に太った紳士に値をつけられたときは正直・・・その・・・なんていうか・・・でも、貴方に買い取ってもらえて・・・嬉しかった・・・です・・・」

「そうか。それは良かった」

気を良くしたホッチは、優しく笑うと、リードの唇に軽く口付けた。柔らかい青年の唇は逃げることなく、受け止める。チュッチュと、角度を変えてキスを与える。けれども、与えられたリードはどう受け止めていいかわからなかった。それでも、心がふわふわするような感じがする。娼館は怖いところだと聞いていた。客に優しくしてもらえる場所ではないと聞いていた。女たちは物扱いされるばかりで、人格などあってないようなものだと。しかも、自分は男で、商品としての価値はもっと下がる。それなのに、この紳士はとても優しく自分に接してくれるのだ。リードはおずおずと、自分の指先を仕立ての良いホッチの上着にそっと置いた。そして、自分からも軽く唇を押し付けた。それ以上はどうしていいかわからない。

「いい子だな」

唇の隙間でホッチが囁く。

「少し、唇を開けてみるんだ」

言われて、リードはその通りにした。すると、生暖かい肉片が口の中に入ってくる。ホッチの舌だった。それが、リードの舌を絡め取り、蠢く。

「んっ・・・んっ・・・」

リードの頭がぼうっとする。昂揚感に襲われる。それと同時に、腰の辺りがムズムズとする。思わず、両方の太腿を擦り合わせてしまう。今まで感じたことのない感覚が下半身に巡る。

「あ・・・ん・・・」

その動きに気づいたホッチが、指先をリードの股間に滑らせた。

「ひゃっ・・・」

思わず、リードはホッチから体を離す。そして。ハッとして、俯いた。

「ごっ・・・ごめんなさいっ・・・逆らう気は・・・」

「わかってる。びっくりしたのだろう?何せ、初めてなんだから。しかし、それがいいんだ」

そう言って、ホッチはリードの細い体を抱きしめると再び口付ける。キスだけで、反応する身体だ。才能がある・・・と思った。これはとてもいい買い物・・・否、神様の巡り合わせだと感じた。そして、心ゆくまで、その甘くて柔らかな唇を堪能したのだった。

to be continued

nice and warm

ハーヴィーはここ5日間ほど、ウルフパックを離れていた。新しく群れの縄張りを変えたので、周囲の様子を確認することを、ジェシカから頼まれたからだ。

縄張りに近づくと、久しぶりに仲間たちの匂いがする。その中には、もちろん、あの仔犬の匂いもあった。少し疲れてはいたが、歩調を速める。縄張りのギリギリ境目の所に、黒と茶色の塊がいた。

「ハーヴィー!!!」

ドナからきつく言われているのだろう。縄張りを出て走り寄ってくることはせず、ただ立ち上がって、ブンブンと尻尾を振っている。今にも跳ね回りそうな勢いだった。ハーヴィーはマイクの所まで走り寄った。

「ハーヴィー!ハーヴィー!ハーヴィー!」

「わかった、マイク。動くな。止まれ」

その言葉でようやくマイクは座ったが、尻尾は激しく振ったままだった。よほど嬉しいのだろう。狼と犬はそこそこ近い関係ではあるが、狼はあそこまで尻尾を振ったりはしない。

「おかえりなさい!ハーヴィー!」

「よく帰ってくるのがわかったな」

そう言ってから、愚問だったことに気づく。マイクは嗅覚が鋭い。おそらく自分の数倍は匂いを嗅ぐ能力は高いだろう。それで、このウルフパックは守られたのだ。

「ハーヴィーの匂いがしてから、ずっとここにいたんだよ!」

「そうか」

ペロリと鼻筋を舐めてやる。お返しにマイクも舌を出してきたが、背が届かず、それはハーヴィーの鼻先を掠っただけだった。

「ジェシカの所に行ってくる。君は他の仔狼と遊んでろ」

「えー。ハーヴィーと一緒に行っちゃダメなの?」

「駄目だ。大人の会議だからな。ほら、行け」

「はーい」

マイクはしょんぼりと一鳴きすると、とぼとぼとハーヴィーに背を向けて縄張りの奥へと、歩いて行った。それを見送り、ハーヴィーはジェシカの所へと向かった。

少し時間をかけて、ジェシカ、ルイス、ドナにハーヴィーが見てきたことを話し終える。ジェシカは自分のウフルパックが安心な状態であることに安堵し、ハーヴィーを労った。ルイスはハーヴィーがいない間、自分がどれだけパックを守るために尽力したかを熱く語り、ドナは話し終えたハーヴィーの毛繕いを軽くした。

「いい男が台無しよ。ハーヴィーらしくないわ」

「毛繕いよりも、調べる方が重要だろう」

ハーヴィーは「話は終わった」というように、静かにその場を離れた。

疲れた体を休ませるために、自分が寝床にしている所に向かう。その途中、仔狼たちが団子になって眠る場所を通った。マイクが他の仔とうまくやっているかどうか、確認したかったのだ。

色々な毛色の数匹の仔狼が、団子を作るように固まって寝ていた。しかし、マイクの姿が見当たらない。黒と茶色の混ざった、折れ耳の仔犬。そこには、匂いもなかった。訝しげに眉を潜めながらも、自分の寝床へ行くと、そこにマイクが丸くなっていた。

「マイク」

「あ!ハーヴィー!大人の会議は終わったの?」

起き上がったマイクが嬉しそうに尻尾を振った。

「何故、みんなと寝ないんだ?」

「・・・んーとね。・・・追い出されちゃうんだ」

「?」

「僕は狼じゃないから、来るなって。カイルとかカトリーナに追い出されちゃうんだ」

「・・・それで?ここに逃げてるのか?」

「・・・・・・ごめんなさい」

「謝るっていうことは、自分が悪いとはわかっているんだな」

「・・・弱い仔は、ハーヴィー、嫌いでしょ?」

「嫌いだな」

他の仔狼と一緒に寝ることができないということは、きっと食事も満足にできていないのだろう。よく見れば、少し背骨がはっきり見える。ハーヴィーは鼻先を使って、マイクをひっくり返した。

「うきゃんっ」

マイクは遊んでもらえると思ったのか、嬉しそうに鳴いた。しかし、ハーヴィーはその腹に注目する。軽く引っ込んだ腹を見て、ハーヴィーは溜息をついた。

「いつから食ってない?」

「た・・・食べてるよ?ちゃんと、ご飯食べてるよ?」

「嘘をつくな。そんなぺったんこの腹をして何を言ってる。子どもの腹もっと膨らんでるもんだ

!」

「食べてるもん!・・・ハロルドが、分けてくれるんだ。ハロルド、優しんだよ」

ハロルド・・・ああ、あのちょっと鈍臭いガキだ。あいつだって、自分の取り分をなかなか確保できていないタイプだ。

「マイク。おとなしくここで待ってろ」

「え?ハーヴィー、また何処かに行っちゃうの?」

心細そうな表情でハーヴィーを見上げる。

「すぐに戻って来る。いいな。動くなよ」

ハーヴィーは駆け出した。自分の食事は明日でもいいかと思っていたが、マイクは相当腹を空かしているに違いない。兎の一匹でも狩れば十分だ。

30分もしないで縄張りに戻ると、マイクは言いつけを守らずに、また境界線ギリギリの所で尻尾を振っていた。兎を銜えたハーヴィーは目で「ついてこい」と伝えると、さっさと自分の寝床に向かった。そして、ポトリと兎を地面に落とす。

「さあ、食べろ、マイク」

「え?・・・これ?」

「そうだ。腹が減ってるだろう」

「ありがとう!ハーヴィー!・・・ねえ、ハーヴィーは食べないの?」

「俺はいい」

「でも、ハーヴィーもお腹が空いてるんじゃないの?」

「後で食べる」

「でも・・・」

「五月蝿いな。さっさと食え!!!」

「でも・・・僕・・・食べ方、わかんない・・・」

困ったようにマイクが俯いた。

そこからかよ!とハーヴィーは心の中でツッコミを入れた。

しかし確かについ最近まで人間に飼われていた犬だ。ハロルドがくれた肉も、原型を留めていない、ただの肉の塊だったのだろう。丸ごとの兎を寄越されても、マイクがどうしていいかわからないのも頷ける。だが・・・。

マイクがこの群れの一員になりたいというのであれば、越えなければならない壁だ。

「マイク。教えるのは一度だけだ。よく見て覚えろ。兎の食い方をな。覚える気がない、覚えられない、というのであれば、人間の所に帰れ」

「やだ!僕、ここにいたい!・・・だから、覚える!ハーヴィー!兎の食べ方を教えて!」

ハーヴィーはひっくり返した兎の腹に牙を立てた。

「うわーっ!お腹いーっぱい!」

やはり、マイクは相当腹を空かせていたらしく、コツを掴むと自分から兎に小さな牙を立てて食べ始めた。ころんと転がって見せた腹は、さっきよりもずっと膨らんでいる。ハーヴィーがマイクの前足や口周りを舐めて、血を落としながら言う。

「マイク。食事の後はちゃんと体を舐めろ。いつまでも血の匂いを残すな」

「はーい」

マイクは素直に起き上がって、ペロペロと前足を舐め始めた。

「なあ、マイク」

毛繕いをするマイクを見ながら、ハーヴィーが話しかける。

「なあに?」

「本当に、この群れに入りたいと思っているんだな?」

「うん!僕はハーヴィーと一緒にいたい!」

「俺はこの群れのメンバーだ。俺と一緒にいたければ、君は狼として生きるしかない。たとえ、犬という種族であったとしてもだ。それはわかるな?」

「うん」

「そして俺は弱い奴は嫌いだ。カイルに追い出されてメソメソするような奴は大っ嫌いだ」

「・・・やだ。・・・ハーヴィーに嫌われるの、やだ!」

「じゃあ、強くなれ。逃げないで、強くなれ」

「・・・僕・・・強くなれる?」

「ああ。俺が強くなる方法を教えてやる。だから君は絶対に強くなる。明日から特訓するぞ。いいな?」

「うん!僕、頑張るよ!!!」

「今夜はここで一緒に寝てもいい。しかし、明日は他の子どもと一緒に寝ろ。そうして群れのルールを覚えろ」

「わかった!」

横になったハーヴィーの腹にマイクが潜り込む。

「やっぱり、ハーヴィーはあったかいね!犬のお父さんやお母さんみたい!」

「俺は狼だ」

「じゃあ、はハーヴィーは僕の狼のお父さんだね!」

「ふんっ」

『おじさん』よりもマシか、とハーヴィーは反論することもせずに、前足に顎を乗せた。腹毛の中でマイクがもぞもぞと動いている。

「さっさと寝ろ」

「んー。やっぱりハーヴィーはお母さんじゃなくて、お父さんだね!だって、おっぱいがないもん!」

ハーヴィーは立ち上がると、マイクの首を銜えて放り投げた。

「きゅーん!!」

「やっぱり、一人で寝ろ!」

「やだーやだー!何で怒ってるかわかんないけど、ごめんなさーい!」

とりあえず謝るマイクだった。

それから、3日後。

仔狼たちの食事の時間になった。数匹の子どもたちが、肉に群がる。そこから少し離れた所に、ハーヴィーとマイクが立っていた。

「マイク。行け」

「うんっ!」

マイクは仔狼たちの群れに走って飛び込んでいった。狙いは肉ではない。カイルだ。カイルに体当たりをして、転がす。不意打ちを食らったカイルは1mほど吹っ飛んだが、すぐに相手がマイクであるのを認めると、唸り声を上げて、飛びかかってきた。マイクはその喉元に噛み付いた。牙は刺していない。相手の動きを封じ込めるためだけの動きだ。そして、カイルを地面に倒すと足を乗せて体重をかけた。周りの仔狼たちはびっくりして、固まっている。マイクは足でカイルを押さえたまま、口を離した。

「僕もここでご飯を食べさせてもらうよ」

「何だよ!犬のくせに!」

「ふーん。その犬に簡単に倒されたくせに」

「不意打ちだったからだ!卑怯者!」

「でも、狩をするときは不意打ちだよ?それともカイルは、兎を狩るときに挨拶すんの?」

「うっ・・・」

マイクはカイルの上から降り、肉に近づいた。

「ねぇ、ハロルドもこっちに来て一緒に食べようよ!」

「あ・・・う、うん」

ハロルドがおずおずとマイクの隣に座った。

「お・・・お前なんか!犬のくせに!俺は絶対に認めないからな!」

「いいよ。別に。そうだよ。僕は犬だよ。でも、君なんかよりもずっと狼らしくなってみせる。もっと強くなってみせる」

「ちくしょうっ!」

カイルが怒ってマイクに飛びかかろうとしたとき、ハーヴィーが鋭く吠えた。その声に、子狼たちが動きを止める。

「カイル。そこまでだ。今日のところは、お前はマイクに負けたんだ。それは認めろ。俺が言っておいたから、マイクは牙を立てなかった。しかし、殺そうと思えば、マイクはお前を殺せたんだ。マイクはお前を仲間だと思っているから、牙は立てなかった」

その言葉にカイルがシュンとする。気が強いと入っても、まだ仔狼だ。傍にいたカトリーナも、ここで口を挟むのは得策ではないと思ったのか、無言だった。

「ねえ、カイルも一緒に食べようとよ。そしてさ、明日また、喧嘩しようよ。もしかしたら、明日はカイルが勝つかもよ?今日は僕のまぐれだったかもしれないんだから」

そう言って、マイクはハロルドとの間にカイルの場所を作った。

「・・・明日は・・・明日は、負けないからな!」

お腹が減っているカイルは、そろりと、その隙間に収まった。

『まあ、今日のところはこんなもんだろう』

ハーヴィーは、仔狼たちが食事をする姿を、静かに眺めていた。

夜。

仔狼たちが、団子になって眠っている。今夜はマイクもそこにいた。ただし、端っこの方に。お尻をハロルドにくっつけて丸くなっている。

ハーヴィーはそっと近づくと、マイクの首の後ろを優しく銜えて持ち上げた。そして、自分の寝床の方へと運ぶ。

「んー?ハーヴィー?」

マイクが寝ぼけた声を出す。ハーヴィーマイクを地べたに下ろすと、自分は仔犬を守るように丸くなった。

「・・・一緒に寝ていいの?」

「今日は頑張ったからな。ご褒美だ」

ハーヴィーは機嫌良さそうに、マイクの毛繕いもしてやる。マイクもお返しと、小さな舌でハーヴィーをペロペロと舐めた。

「明日は狩の仕方を教えてやる。君の鼻はとても役に立つだろう」

「本当?わーい!やったー!僕、兎の匂いは覚えたよ!」

「そのうち、もっと大きな獲物も狩るぞ。まあ、その前に、君がもっと大きくならなくてはな」

「うん!いっぱい食べて、いっぱい大きくなるね!」

もぞもぞと、マイクは居心地のいい場所を探して動いた。

「僕、ハーヴィーのお腹の所で寝るの、大好き!でもね、ハーヴィーのことがもっと好き!大好き!」

「俺に嫌われないように、せいぜい頑張るんだな。強くなれ」

「わかったよ!」

そんな2匹の姿を、岩の上から、ドナが見守っていた。

「あらあら。随分と仔犬に優しいハーヴィーだこと。今までは子狼たちのことなんてほったらかしだったくせに。おチビちゃんを育てるなんて、まるでお父さんみたいだわ。ふふふ」

幸せそうなハーヴィーとマイクの姿に、思わずほっこりするドナだった。

END

Drive Date

安物のスーツか、超絶にカジュアルか。マイクのワードローブは、その二択しかない。だから、久しぶりのオフである今日は、カジュアルだ。それでも、買ったばかりのお気に入りのパーカーとジーンズ。それにコンバースを合わせる。腕時計を見ると、ちょうど、ハーヴィーが迎えに来る時間だった。窓から、ハーヴィーの存在や車を確認することももどかしく、マイクはそのまま古びたアパートの部屋を出た。

今日は、ハーヴィーとの、デートだ。ドライブ・デート。レイが運転するレクサスではない、ハーヴィーのコンバーチブル。マイクはまだ、その車を見たことがなかったけれども、それだけにとてもワクワクしていた。外気につながる扉を開けると、オープンカーのハーヴィーがいた。自分を見て笑っている。

「ハーヴィー!ごめん!待った?」

「いや。今、ちょうど着いたところだ」

「よかった。・・・って・・・え?え?え?」

運転席に座るハーヴィーの姿に、マイクが固まる。何故なら、ハーヴィーがスーツ姿だったからだ。

「どうした?」

「え・・・・っと・・・」

ドライブ・デートだから、すっかりカジュアルな感じでいいと思った。ハーヴィーのプライベートな車はスポーティだと聞いていたし、まさかスーツ姿で現れるとは思っていなかった。もちろん、車とハーヴィーのスーツがチグハグだということではない。滅茶苦茶に似合っている。格好良すぎる。それに比べて、自分は・・・。と、マイクは自分のコンバースとジーンズとグレイのパーカーを順に確認した。合わない。確実に、今のハーヴィーに、自分は釣り合っていない。

「きっ・・・着替えて来る!!!!」

マイクが踵を返すのと同時に、ハーヴィーが車を降り、その細い腰にスーツの腕を回した。

「別にその格好でもいいだろうに」

「ダメ!!絶対にダメ!!僕もスーツを着る!っていうか、着なくちゃ!!」

必死に言うマイクに苦笑しながら、ハーヴィーは腕を腰に回したまま、マイクを促した。

「じゃあ、俺も付き合うとしよう」

そう言って、マイクをエスコートするかのように歩き出したのだった。

********************

「待ってて!すぐだから!あ、それともコーヒーでも飲んで待ってる?」

パーカーを脱ぎながらマイクが言う。パーカーの下は、濃いネイビーのTシャツだった。

「いや、コーヒーはいい」

そう言いながら、ハーヴィーはスーツのジャケットを脱いだ。そして、ネクタイを抜き、ベストも脱いでしまう。

「へ?ハーヴィー?何してんの?」

「君が脱ぐから」

「僕は着替えるの!スーツに!ハーヴィーに合わせるの!」

騒ぐマイクなど御構い無しに、ジャケット、ネクタイ、ベストを小さなソファに放り投げると、ハーヴィーはマイクをベッドの方へと押し付ける。

「ちょ・・・ちょっと!ハーヴィーっ!」

「ドライブもいいが、その前に君が欲しくなった」

そのストレートな物言い、マイクの気持ちが緩む。けれども、愛する人の高いスーツが皺になってしまうのはいただけない。マイクはするりとハーヴィーの体からすり抜けると、ソファに駆け寄って質の良い生地のジャケットを取り上げた。

「せめてハンガーに掛けさせて」

返事も待たずにマイクはジャケットとベストをハンガーに掛ける。

「ワイシャツだって、スラックスだって・・・」

と言いかけて振り向いた時は、マイクは既にハーヴィーの力強い腕によって、ベッドに放り投げられた。あまりスプリングのよくないベッドは、ギシっと嫌な音を立てる。

「ハーヴィーっ・・・」

抗議の声をあげかけたマイクだったが、ハーヴィーの表情を見て、口を噤む。完全にスイッチが入ってしまった表情だったからだ。

「ドライブもいいが、今はこっちだな。こんな晴れた日に、狭苦しい場所に閉じ籠るのも背徳的でいい。そう思わないか?」

「う・・・」

蜂蜜色の髪を撫でられながら言われてしまえば、最早、反論する余地もない。マイクはベッドに上に起き上がると、ハーヴィーの体に手を伸ばして、賛同の意を示したのだった。

********************

ベッドの上に座るハーヴィーに跨り、足はその広い背中に絡み付けた。そして両腕はハーヴィーの首に。そうしなければ、自分に姿勢を保っていられなかったからだ。自分の後孔に納まっている、太い楔一つで繋がっているだけだったので。

「あ・・・あふっ・・・んんっ・・・」

自重で深く飲み込んでいる体を、下から揺さぶられている。窓から差し込む光はとことんに明るい。まだ、昼前だった。

ハーヴィーから誘われたドライブ・デート。すごく楽しみしていた。何処に連れて行ってもらえるのか、何も知らされないデートだった。それなのに、今はこうして性を貪っている。もちろん、嫌いな行為ではない。ただ、当初の予定と違っていて、そこにちょっとした不満がないわけでもない。オフの日に、二人で外に出かけるなんて、しかもハーヴィーの車で、運転で。それはとってもレアなことで、本当に数日前から楽しみしていたのだ。本当に外は晴れていて、気候も良く、きっよオープンカーでドライブをしたら、最高に気持ちが良かったに違いない。そんなことを思いながら、マイクはハーヴィーの耳朶を噛んだ。ただし、甘く。けれども、批判の意味も込めて。そんなマイクの行為に、ハーヴィーはくすりと笑うと、膝の上の体を大きく揺らしてやった。

「ああっ・・・」

マイクがハーヴィーにしがみつく。いいところを掠られたからだ。

「心配するな。ちゃんとドライブには連れて行ってやるから」

「んっ・・・ハ・・・ヴィ・・・僕・・・楽しみにしてたんだからぁ・・・ハーヴィーの車・・・」

「わかってる。だから言ってるだろう?ちゃんと連れて行くと・・・ほら、自分でも動いてみろ」

「・・・う・・・ん・・・」

マイクは絡めた足を解くと、膝をベッドに付けた。そして、両手をハーヴィーの肩に置き、自分から体を揺らし始めた。何度も体を重ねているから、自分の好きなところは分かってる。ハーヴィーが惜しみなくそれをくれることも知っている。ただ、マイクはちょっとだけでも早く出かけたくて、自分の体を動かした。今日のメインはセックスではなくて、ハーヴィーとのドライブなのだから。

「あっ・・・い・・・きそ・・・んんっ・・・あんっ・・・」

「手伝おうか?」

マイクはコクコクと頷いた。このボーダーライン擦れ擦れの気持ち良さを長く感じることも好きだが、今はもっと大きくて激しい刺激が欲しい。もっと激しく突き上げて欲しい。

「お願い・・・もっと・・・奥・・・突いて・・・」

「いい子だ」

ハーヴィーは、静かにマイクをベッドに押し倒すと、その体に伸し掛かり、マイクの足を開き、ぐぐっと体重をかけた。

「ひゃっ・・・あっ・・・あああーっ・・・」

確実に感じる場所を擦り上げ、マイクの体を翻弄する。マイクの指がハーヴィーの上半身のいろいろな部分を彷徨う。

「い・・・イく・・・イっちゃう・・・ハーヴィーもイって!!!」

「ああ、一緒にな」

余裕な笑みを浮かべると、ハーヴィーは腰を大きくグラインドさせた。

********************

「え?仕事に行ってたの?だからスーツだったの?」

「ああ、そうだ。急にクライアントとオフィスで会うことになったから。着替えは車に積んであるんだ」

「言ってよ!そういうことは早く言ってよ!」

狭いバスルームで二人で一緒に汗を流した後、これまた狭いリビングで事の経緯を知る。

「君が慌てて勘違いしたのが先だろう?」

「だって・・・」

プゥ・・・・とマイクが頬を膨らませた。言い返したいが、言い返せない。確かに、一言、確認すれば良かったのだ。ハーヴィーがスーツだからと、慌てて着替えに部屋に戻ったのが自分だ。

「車に着替えを取りに行ってくる。君もその間に服を着ておけ。さっきのパーカーでいい」

ワイシャツとスラックス姿のハーヴィーが笑いながら、マイクの部屋を出る。

マイクは慌てて、窓に近寄った。外に停めてある、ハーヴィーのオープンカー。確かに後部座席に紙袋が見える。でも、きっと。たとえカジュアルな服だとしても、高級品だ。本当に自分とハーヴィーは釣り合わない。

車から紙袋を取り出したハーヴィーがマイクの部屋を見上げる。ガラス越しに目が合った。ハーヴィーの笑顔。マイクの好きな表情の一つ。マイクも少々引きつった顔で笑いかえすと、脱ぎ散らかしたTシャツとパーカーを着込む。お気に入りだけど、ちょっとヨレたパーカー。

「マイク」

ドアが開くなり、名前を呼ばれた。

「あ、ハーヴィー、着替えたよ。ハーヴィーが着替える間、コーヒーでも淹れようか?」

「いや、いい。着替えはすぐに終わる。それよりも早くドライブに行きたいんだろう?」

「・・・うん・・・まあ・・その・・・そうなんだけど・・・さ・・・」

「先に車に乗ってるか?部屋の鍵はかけておくぞ?」

「え?いいの?」

「ただし、勝手に計器を弄るなよ」

「それはしない。っていうか、できないもん。でも、いいの?ご主人様よりも先に乗ってて」

「構わない。部屋の鍵は持ってるから、とにかく先に行ってろ」

「ありがと!じゃあ・・・お言葉に甘えて!」

マイクは嬉しそうに笑うと、たたっと部屋を飛び出した。

正直、車には、あまりいい思い出はない。両親の生命を奪った機械だ。けれども、ハーヴィーは違う。彼は決して、人の生命を奪うことはしない。そういう運転はしない。

マイクはオープンカーの助手席に収まると、その座り心地の良さにうっとりした。天気は良いし、今は無風。車が走り始めたら、きっと心地よい風が顔を撫でるに違いない。ハーヴィーは自分を一体どこへ連れて行ってくれるのだろう。

「待たせたな」

「ううん。そうでも・・・って・・・え?」

マイクの目が点になる。ハーヴィーの服装。それはかなりラフだった。マイクのそれと同じくらいに。というか、ほとんど同じ。茶色のパーカーに白いTシャツ。そしてジーンズ。色違いのペアルックといったところだ。

「・・・ハーヴィーもそういう格好をするんだ・・・」

と呟いたが、きっと質はとても良いものなのだろう。けれども・・・。

ちらりと見えたパーカーのタグが、マイクのパーカーのそれと同じだった。同じメーカー。決して高くはない。というよりもむしろ安物だ。

「俺にだって、貧乏な時代はあったからな」

口角を上げてニヤリと笑うと、ハーヴィーはエンジンをかけた。

「さて。お待ちかねのドライブだ。行き先は、俺が決めてある。良いな?」

「うん。車でハーヴィーと一緒に出かけられるだけで嬉しいから」

「まずは、ランチでもしよう。君のお気に入りのサンドイッチ屋でテイクアウトはどうだ?」

「賛成。意義なし。・・・食べる場所は・・・?」

「少し離れた公園。今日は、人混みから離れることにしよう」

「良いね」

ハーヴィーはマイクに微笑みかけてから、スマートに車を発進させたのだった。

出だしは予定と少々違ってはしまったが、ハーヴィーとマイクのドライブ・デートが始まったのだ。

END

White Day in N.Y.

「ねえ、ハーヴィー。14日の夜って空いてる?」

マイクは昨日ハーヴィーから頼まれ、今朝、完成した書類を手に、上司のオフィスにやって来た。書類をファイルごと渡しつつ、尋ねたのが先ほどの問いである。3月14日の土曜日。ハーヴィーに・・・というか、自分たちにはカレンダー通りの休日はない。特にハーヴィーは仕事中心の生き方だから、休暇を取る、という概念があまりない。それでも、マイクと付き合うようになってからは、幾分を仕事をセーブし、マイクの為の時間を割くことは増えてきた。それがいいのか、悪いのか。マイクとしては嬉しい反面、仕事のできるハーヴィーをこよなく愛しているので、自分が仕事の妨げになるようなことは避けたいと思っている。それでも、14日のスケジュールを訊いてしまった。

「14日?土曜日だな。ドナに確認すれば時間がはっきりするが、確か会食が入っていたはずだ」

「あ、そうなんだ」

「どうした?何か用事があるなら、会食はキャンセルしても・・・」

「ダメ。それは絶対にダメ。ちゃんと仕事して」

「別に会食は仕事じゃない。汚いおっさんの顔を見て食事をするよりも、君を見ていた方が有意義だ」

「僕は、仕事じゃないの。もう一度言うけど、ちゃんと仕事して」

「・・・わかった。しかし・・・何かあるんだろう?だから、予定を訊いてきた」

「・・・ん・・・まあ・・・。でもさ、別にハーヴィーのお仕事会食の後でもいいんだ、僕は。って言うか、ハーヴィーが会食の方が僕にとっては都合がちょっといいかも」

「何なんだ。おかしな話だな」

「会食でも、ハーヴィーは帰ってくるでしょ?」

「おっさんと泊まる趣味はない」

「すっごい美女だったりして」

「ああ・・・しかし、俺の心を動かす魅力は半減以下だな。皆無だ」

「変わったねぇ、ハーヴィー」

マイクがおかしそうにクスクスと笑うと、ハーヴィーは片眉を上げて言った。

「それは、君のせいだ」

「そう?僕は胸も大きくないし、セクシーなドレスも似合わないよ」

「それでも、だ」

それを聞いて、マイクはにっこりと綺麗に笑った。

「じゃあさ、14日の夜、ハーヴィーの部屋に行ってもいい?」

「すでに一緒に住んでいるようなもんだろう」

「ハーヴィーがいないときは遠慮してる。・・・ハーヴィーがさ、会食してる時間から、ハーヴィーの部屋に居てもいい?」

「もちろん、構わない。しかし、どうして14日なんだ?別に今夜だっていいだろう」

「14日は特別な日なの。とにかく、14日ね。お邪魔するね。でもって、ハーヴィーは・・・」

「ちゃんと仕事する。すればいいんだろう?顔の汚いおっさんと」

「時間は気にしないで。ハーヴィーが遅くなってもちゃんと待ってる。ただ・・・さ」

「ん?」

「14日のうちに帰って来て欲しいんだ」

「俺にシンデレラになれ、と?」

「そういうこと。そうでないと、意味がなくなっちゃうから」

「わかった。14日な」

「ありがと。じゃ、僕は仕事に戻るね。またルイスの書類爆撃を受けているんだ」

「あいつめ」

「でも、いいんだよ。その方が僕の力になるから。ハーヴィーは余計な手を回しちゃダメだよ?」

「向上心があるのはいいが・・・無理はするなよ」

「わkってるって。じゃね」

手をひらひらと振って、マイクはハーヴィーをオフィスを出た。その後ろ姿を見送ってから、ハーヴィーはスマホのスケジュールアプリを開いた。取り立てて、何か、行事があるわけでもない。首を傾げつつも、ハーヴィーはマイクが持って来た書類に目を通し始めた。

*********************

そして、14日。

会食を終えたハーヴィーがレストランの外に出て時計を確かめると、21:00を過ぎていた。すぐにレイの運転するレクサスで自分のペントハウスに帰る。何かマイクに土産を・・・と思ったが、早く帰ることが一番の土産だろうと考えて、何処にも寄らずに帰宅した。

結局、3月の14日の意味はわからないままだった。ただ、マイクにとっては特別にことがある日なのだろう。マイクと付き合うようになってから、よくドナに言われるようになった。

「ハーヴィー、貴方、柔らかくなったわよね」

と。屈託のない笑みを、あらゆる人間に振りまくマイクを見ていると、時々腹立たしくなることがある。あの笑顔を独占したくなるのだ。恐らく、ハーヴィーがいま、一番恐れていることは、マイクからの拒絶だ。それだけ、自分はマイクに依存しているのだ。最初は無自覚だったが、今はそのことをしっかりと自覚している。誰にも語ったことはないが。しかし、勘のいい赤毛に秘書にはきっとバレていることだろう。自分がマイクを失うことをどれだけ、恐れているのか、ということを。

自分の部屋のドアの前に立つ。いつもであれば、一緒に帰るか、あるいは残業を押し付けられたマイクが遅くに来ることが多い。マイクは主人の居ない部屋に、勝手に上がり込むことに対しては、遠慮している節がある。それは付き合い始めてからの方が顕著だった。だから、こんな風に、マイクが先にハーヴィーの部屋にいることは至って珍しいことなのだ。何処か新鮮な気持ちを感じながら、ドアを開けようとすると、まるで自動ドアであるかのように、中から扉が開けられた。

「お帰りなさい、ハーヴィー。って言うのも変だよね。ここは貴方の部屋なんだから。窓からレクサスが見えたのに、中々ドアが開かないから変だと思って・・・。ん?どうしたの?ハーヴィー」

「いや・・・。珍しいな、と。その格好が」

「えっと・・・まぁ・・・その・・・勝手に借りてごめんね」

「大歓迎だ」

ハーヴィーは部屋の中に入り、黒いシャツを着たマイクの細い体を引き寄せると腕の中に閉じ込めてキスをする。キスをしながら、するりとシャツの裾から手を滑り込ませる。そして、唇の隙間から小さな声で言った。

「残念。履いていたか」

「あっ、あったり前じゃん!!!もうっ!ハーヴィーったら!!」

「セーターもいいが、シャツもいいな。これは一体どういうサービスだ?いつもなら嫌がるくせに」

そんなハーヴィーの問いに、マイクは恥ずかしげにそっぽを向いた。上半身はハーヴィーの黒いシャツ。そして、下半身はハーヴィーがちらっと見たところによると、グレーのボクサーパンツ。いつもマイクはスウェットを履きたいとか、ジーンズを履きたいというのだが、ハーヴィーがマイクの綺麗な足を見るのを好むので、大体において、履かせない。それが今夜はマイク自らが「履かない」という選択をしたらしい。

「そういう格好と、14日に何か密接な関係があるのか?」

「んーまー・・・ちょっとだけ・・・かな?えっと、ハーヴィーは夕食を食べてるからあんまりお腹は空いてないよね?でも、お酒はちょっと飲むでしょ?」

「ああ、いいな、それは」

「じゃあ、ソファで座って待ってて。お酒と簡単なおつまみを用意するっていうか、してあるから」

そう言って、マイクは静かにハーヴィーから離れた。

********************

ハーヴィーがソファに座ると、テーブルには、数種類のチーズとナッツが用意されていた。すぐにマイクがシャンパングラスとボトルを持って来る。

「見たことのないボトルだな。・・・これは・・・日本語か?」

「そう。SUZUNEって読むらしいよ。日本酒のスパークリングなんだって。日経のアソシエイトが出張から帰って来たんだよね。お土産にって、くれたんだ」

そう言って、グラスに注ぐ液体は、スパークリングワインそのものだった。が、香りが甘い。

「それで?そろそろ種明かしをしてくれてもいいんじゃないか?今日が何の日か?色々と考えたが分からん。付き合い始めて何ヶ月目かの記念日とかいうわけじゃないだろう。君は、そういうのは無頓着だ」

「あ・・・根に持ってる?」

以前、ハーヴィーが付き合い初めて、というかベッドを共にして1か月目のい記念日に、とマイクに贈り物をしたら、ドン引きされたことがある。

「だって、僕は女の子じゃないから、そういうのってあんまり・・・正直どうでもいいていうか。それよりも、ハーヴィーがそういうことにマメっていう方が驚きっていうか・・・ああ、でも今まで素敵な女性を相手にしてたんだから、そういうのは当たり前なのか」

「いつだって、君が喜ぶことを考えているつもりなんだがな」

「でも、今日が何の日か知らないんだよね?やったね!そういうの気分がいい」

「マーイク」

「あはは。ごめん。あのね、このお酒をくれた同僚が教えてくれたんだけどさ、今日はホワイト・デーなんだって」

「?・・・何だ、それは」

「アメリカにはないよね。でもね、日本では普通にる風習なんだって。日本のバレンタインってアメリカと違ってさ、女の子が男の子に愛を告白する日なんだって。で、その1か月後の3月14日がホワイトデーで、男の子が女の子にお返しをするんだってさ」

「ふむ。だったら、そういうことはもっと早く教えろ。俺は君に何も用意してない」

言いながら、ハーヴィーは、「やはり何か土産を買って来るべきだったか」と思う。

「いいの。だってさ。先月のバレンタイン、僕ハーヴィーにめっちゃおもてなししてもらったもん。美味しいレストランの予約とか、ホテルとか、タイピンとか、花とか・・・何だか、僕ばっかり、いつもだけどハーヴィーに甘やかされれてばっかり。そんな時には、ホワイト・デーの風習を聞いたんだよね。僕にとっては、チャンス。ハーヴィーにお返しができるなって」

「別に俺は見返りは要求してないぞ」

「そういうんじゃなくて。僕も、ちゃんとハーヴィーのことを愛してるよって伝えたいってこと。もちろん、いつだって、僕はハーヴィーが好きだよ?でも、いつも、僕、ハーヴィーに大事にされるだけで、何も返せてない」

「返す必要はない。ただ、傍にいてくれればいい。ああ、そうだな。一生離れない、という誓約が欲しいとは思うがな」

「・・・さらりとすごいこと言うね、ハーヴィー・・・。でも・・・だったら、ちょうどいいかなぁ・・・。ハーヴィー、ちょっと待ってて」

マイクは立ち上がると、寝室に消え、そしてすぐに戻って来る。手に、細長い綺麗な箱を持って。

「これ。・・・ハーヴィーの趣味に合うといいんだけど」

「開けていいのか?」

「うん。バレンタインのお返し」

箱を見ただけで、中身がネクタイであることが分かる。

「ハーヴィーの行きつけのお店に行って、テーラーさんとも相談したんだ。ハーヴィーが持ってるスーツに合うものをセレクトしてもらって、最終的にはちゃんと僕が決めた」

ラッピングを剥ぎ、蓋を開けると、ハーヴィー好みのネクタイが現れる。それを手にして

ハーヴィーは満足げに笑った。

「ネクタイを贈る意味を知ってて、これにしたか?」

「・・・ん・・・まあ・・・その・・・調べた」

「上出来だ」

貴方に首ったけ

あまり、自分の思いを口にしないマイクだが、こういうところはきちんと押さえている。

「早速、仕事で使うとしよう。ああ、仕事が捗りそうだ」

「良かった。気に入ってもらえて。ハーヴィーって着るものとか装飾品とかのハードルが高いからさ・・・内心、ドキドキしてた。でも、喜んでもらえて嬉しい」

そう言って、恥ずかしげにマイクはグラスのお酒を飲んだ。

「うわっ・・・甘い!・・・けど、美味しい。ハーヴィーも飲んでみて」

言われてハーヴィーもシャンパングラスを手にし、一口飲む。

「確かに、女子向きの酒かもしれんな」

「後で、マッカランで口直しをする?」

「いや。口直しは、君でするとしよう」

「え?」

ハーヴィーがポンポンと自分の膝を叩く。マイクは少し躊躇ったが、「重いよ?」と言いながら、ハーヴィーと顔を合わせるようにして、その膝に座った。すぐにハーヴィーの手がシャツの中に入ってくる。

「・・・んっと・・・ここで・・・する?」

「いや。酒もつまみもまだあるからな。君もベッドの方がいいだろう。今は・・・こうして触れられればいい」

「んっ・・・でも、ハーヴィーの触り方・・・やらしぃ・・・」

「我慢できないか?」

それを聞いてマイクを口を尖らせた。

「いつも言うけどね。貴方に誘惑されて、我慢できる人間はいないの!!!もうっ・・・」

それでも、マイクはことんっと頭をハーヴィーの肩に乗せて、恋人の温かい掌の感触を享受する。

「愛の大きさ比べなんてナンセンスだけど、僕・・・ハーヴィーが思っている以上に貴方のこと好きだよ。すごく・・・愛してる」

耳元で囁かれたマイクの言葉にハーヴィーの芯に火が付く。

「ああ。前言撤回だ。ベッドに行こう。捕まってろ」

ハーヴィーはマイクの太腿を掴んで立ち上がると、スタスタとベッドルームに向かった。

「うわっ・・・ハーヴィー・・・危ないよっ」

「君とは体の鍛え方が違う」

ベッドの上に投げ出されて、マイクの体がバウンドする。

「今夜は寝かせてもらえると思うな」

「明日はオフ?」

「俺も君もな」

そう言って、ハーヴィーはマイクの体に静かに、そしてやや乱暴に覆いかぶさっていった。

有言実行するために。

END

Papa, I love you.

公共の交通機関を降りて、リードは腕時計を見た。予定の時刻よりも遅い。オフィスで面白い書類に没頭していたせいだ。せっかくの逢瀬なのに。ホッチは会議の会場から直接、リードのアパートに来ると言った。だから、自分はそれよりも先に帰って、簡単な夕食くらいは作って待っていたいと思ってた。それなのに。不覚。何かに夢中になると、周囲が見えなくなるのが自分の悪い癖だ。こんな癖のせいで、愛する人に嫌われるのが怖い。リードは足早に階段を駆け上がり、駅を出た。が、外は雨。

「嘘・・・」

踏んだり蹴ったりとはこのことか。夕食の材料を昨日のうちに買っておいたことだけが、正解だった。

「ホッチは大丈夫かな。雨とかに当たってないかな」

しとしとと雨を降らせる天空を見ながら、リードは走り出した。

********************

「ごめんなさい、ホッチ!待たせちゃった?あっ・・・うわっ・・・」

部屋のドアを開けるなり、視界を塞がれる。そして、髪をゴシゴシとされた。

「んっ・・・ホッチっ!・・・はふっ・・・」

ようやく自分の視界を遮ったものが取り払われると、目の前に、タオルを持ったホッチが怒った表情で立っていた。どうやら、自分は濡れた髪を拭いてもらった・・・ということらしい。

「えっと・・・」

「窓から、お前が走って来るのが見えたから。天気予報は?見なかったのか?」

「うん。でも、オフィスを出るときは降ってなくて・・・」

「ついさっきだ。振り始めたのは。俺がここに来るときも降ってはいなかった。まあ、俺も天気予報は見ちゃいなかったがな」

そう言って、ふっとホッチがようやく笑った。

「随分と濡れたな。ほら、鞄を下ろして・・・」

リードが斜めがけの鞄を外して床に下ろすと、ホッチはリードからカーディガンを脱がせ、細いネクタイも抜き散ってしまった。

「濡れた服をいつまでもいているのは良くない。ああ、やっぱりシャツも湿っているな」

ホッチがリードのチェック柄のシャツに触れると、タオルを当てて、水気を取ろうとする。

「ふふっ・・・」

「どうした?何がおかしい?」

「だって。ホッチってば、パパみたいなんだもん。心配性なパパ」

「・・・息子がこんなに色っぽいとは困ったものだな」

「え?」

ホッチがリードの体を引っ張って、腕の中に抱き込む。「濡れちゃうよ」と言おうとしたリードの言葉は、ホッチの唇に塞がれた。腕の中は暖かくて、居心地が良かった。唇で熱を交換し合ってから、

ホッチは一言呟いた。

「まずは、息子を風呂に入れるとするか」

********************

シャワーの音は雨の音に似ている。けれども暖かさは全然違う。泡だらけのバスタブに二人で浸かりながら、シャワーの雨に当たりつつ、ホッチとリードは抱き合っていた。

「やっ・・・んっ・・・あんっ・・・あ・・・パパぁ・・・」

リードの体の中には、ホッチの楔がすでに打ち込まれている。

「ひゃんっ・・・も・・・また・・・おっきくなってるぅ・・・ん・・・パパったらぁ・・・」

リードがホッチを「パパ」と呼ぶ度に、自分の体の中で大きく存在を主張する怒張に、若い恋人は悪い気はしていない。それに年上の恋人を「パパ」と呼ぶのは、どこか背徳的だった。

「パパ・・・好き・・・」

ホッチの頬を両手で包んで、キスをすると、ホッチもすぐにそれに対して情熱的に応える。 

「随分と淫乱な息子だな」

湯の中でリードを握り込んでやると、その背中が仰け反った。

「あっ・・・」

泡のぬめりと、湯による摩擦の具合で、いつもよりも感じ方が違う。もどかしような、気持ちが良いような。いや、それよりも、この年上の恋人を「パパ」と呼びながら喘ぐことの、非日常的な状況に酔っているのかもしれない。それはホッチも同じであって、「パパ」と呼ばれる度に無意識に反応してしまう自分に苦笑がこみ上げて来る。

「スペンス、イくか?」

リードはこくりと頷いた。ただし、ねっとりとした薄い瞳で、「パパも一緒なら・・・ね」と蠱惑的に言って除けるのだった。

「まったく・・・とんでもない、息子だ」

湯船の中で、自分をリードの中から引き抜く。そして、立ち上がらせた。

「壁に手をついて」

「ん・・・わかった・・・パパの言う通りにする・・・」

聡いリードは先を読む。両手のひらをバスルームの壁に付くと、くいっと白い尻を突き出した。

「パパ・・・来て・・・入れて・・・突いて・・・」

「そんなに欲しいか?スペンス」

「うん。パパの・・・ちょうだい?僕、お利口にするから・・・」

言いながら、頭を下げる。そうすると、余計に尻がホッチの方へと差し出される形になる。

「パパ・・・」

ホッチは大きな手で尻を掴み、指を使って尻たぶを左右に割り開く。さっきまで自分を飲み込んでいたそこは、ぱっくりと開いており、ひくひくと待ちわびていた。

「あ・・・ん・・・パパぁ・・・やだ・・・焦らさないで・・・ちょうだい・・・」

「ああ、そうだな」

ホッチは、リードの後孔に自分を充てがうと、一気に腰を推し進めた。

「んっああっ・・・好きっ・・・パパ・・・もっと・・・もっとぉ・・・」

そんな擬似息子のリクエストに、ホッチはガツガツと腰を押し込んだ。

「スペンス・・・そんなにパパのが好きか?」

「ん・・・好き・・・大好き・・・パパとするの・・・好きぃ・・・」

それからバウルームに響くのは父と息子の荒い呼吸音だけだった。しばらくして、細い嬌声が響く。その声とともに、ホッチはリードの中に、リードはバスルームの壁へと、白い精を放ったのだった。

********************

「んもうっ・・・大丈夫だってば。一人で拭けるってば」

「いいから、やらせろ」

「ふふっ・・・過保護。さすが、僕のパパ」

「スペンス、そういうことを言うと・・・」

ホッチがリードをちろりと睨む。

ここは乾いたベッドの上だった。バスルームでくたりとしてしまったリードをホッチは慌ててベッドに運び、その体を拭いているのだった。

「・・・パパ・・・」

「・・・スペンス・・・・」

「パパの・・・また、おっきくなってる。・・・ねえ、今度は口でしてもいい?パパの、僕のお口に入れてもいい?」

上目遣いにリードが強請る。ホッチは思わず、天井を見上げてしまったが、リードの行動力の方が早かった。するりとベッドから降り、ペタンと床に座ると、すかさずホッチを熱い口腔に含んだ。バスルームで吐き出した後とは思えないほど、それはまだ硬く大きかった。口に含みきれない根元の部分は、細い指先を使って丁寧に愛撫する。先端は自分の喉奥に当たるほどに飲み込んだ。

クチュッ・・・じゅ・・・。

淫猥な音が部屋に響く。

ホッチはまだ濡れているリードの髪を指で梳いてやった。セックスを続行するのは構わなかったが、リードが風邪をひかないように、もう少し髪を乾かしてやりたかった。が、どうやらリードの欲は強く、それを拒み切れるほどの強さを自分は持っていなかった。

それにしても・・・と思う。リードの口から発せられる「パパ」と言う言葉が、これほど自分の理性を失わせてくれるとは知らなかった。

「んっ・・・おいひい・・・」

ホッチは優しくリードの頭を掴むと、ゆっくりと自分から引き剥がした。

「あっ・・・ん?パパ?」

「スペンス、口もいいが、もっと違うところに入らせてもらおうか」

「ん・・・僕・・・下手だった?パパ」

困ったような顔をして、首を傾げるリードに、ホッチは首を横に振った。

「いいや。上手だ。今日だけじゃなく、いつも、な。しかし・・・パパのお願いを聞いてくれないか?」

「お願い?もちろん!パパのお願いなら、何でも聞くよ!」

それを聞いて、ホッチはリードの体をベッドに押し倒した。

「ねえ、パパ・・・どんなお願い?」

「そうだな・・・パパの子どもを孕んでもらおうか」

「子ども・・・赤ちゃん?パパと僕の・・・赤ちゃん?」

「そうだな。パパとスペンスの赤ちゃんだな」

「うん!・・・だったら・・・パパ、僕の中にいっぱい出して!」

そう言って、リードは細い両脚をホッチの体に絡めた。

「辛くても、やめないぞ?」

「辛くないもん。・・・パパとのセックス・・・好きだもん・・・だから・・・パパ、赤ちゃん、作ろう?」

リードは手のひらで自分の薄い腹を撫でた。

「ここに、いっぱい、パパの赤ちゃんの種をちょうだい?」

期待に満ちた声。

「ああ、いっぱい、出してやるからな」

「うん」

ホッチは、甘ったるいキスをしながら、幾たびめかの欲望を、リードの中に押し込んだった。

END

処女淫魔が落ちていたので・・・ 03

「あっ・・・あっ・・・あんっ・・・いっ・・・いいよぅ・・・」

出勤を2時間遅らせて、ベッドに戻った二人はすぐに衣服を脱いだ。といっても、断然リードの早い。何せ、彼はホッチのシャツ1枚でいたのだから。

先にベッドで仰向けになってホッチを待ちながら、その瞳はスーツを脱いでいく彼に釘付けだった。昨夜は淫魔でありながら、人間のホッチに翻弄されてばかりのリードだったが、いまは少しだけ気持ちに余裕がある。スーツに隠されていた身体はがっしりとしていて、とても逞しかった。その姿を見て、リードの下腹部が、きゅんっとなる。好きな身体付きだった。全裸になったホッチがリードに覆いかぶさると、金髪の淫魔は両手と両脚を絡めて、その暖かさを享受した。

けれども。

「今度は、僕にさせて・・・ね?」

淫魔特有の蠱惑的な笑み(これは魔界の講義で練習した)を浮かべて、身体を入れ替えると、リードはホッチに跨るようにして腰を落ち着けた。

「慣らさなくていいのか?」

「ふふっ、やだな。僕、淫魔だよ?いつでも受け入れられる身体なの」

そう言って、腰を上げると、すでにそそり勃っているホッチのペニスに細い指を添えて、自分の後孔に当てがった。ズブズブと難なく受け入れることができるのは、淫魔特有の身体のおかげだ。昨夜も感じたその柔らかい内壁の熱さに、ホッチは口角を上げる。お手並み拝見といこうか・・・といったところである。そして、冒頭のリードの喘ぎ声に繋がるのだ。

「んっ・・・すごいの・・・おっきくて・・・ふとくて・・・すぐに・・・おくに・・・きちゃうの・・・」

上下に腰を動かしながらも、そんな言葉を甘ったるい声で発する淫魔。さすが、といおうか、天然なのか。煽り上手なリードの腰をホッチはグッと掴んだ。

「リードの奥は、もっと深そうだ。手伝ってやろう」

ホッチがグイッと、下からリードを突き上げる。

「ひゃんっ!!!ひゃ・・・あ・・・あぐっ・・・んんんんぅ・・・・」

ホッチの腹についていた指が離れたが、腰をしっかりと掴まれているので倒れることはない。それよりも、強烈で深い突き上げに、思わず後ろで締め付けてしまう。

「ああ・・・いいな。さすが、淫魔だ。締め付けるのが上手だな、リード」

可愛らしいリードのペニスも勃っていて、先端からは蜜が溢れている。それを感じている証拠と捉え、さらにホッチはしたからリードの身体を揺さぶって突き上げた。

「あっ・・・ちょ・・・ちょうだい?・・・ホッチの白いの・・・僕の奥にいっぱいかけて・・・美味しいの・・・昨日もすっごく美味しかったから・・・ああんっ・・・それと・・・キスも・・・」

「欲張りな淫魔だな。しかし、悪くない。お望み通りにしてやろう」

ホッチはリードの腰を掴んだまま、そして自分の楔を打ち込んだまま、軽々ち体勢を入れ替えた。白い両脚を抱え上げ、折り畳み、プレスするように体重をかける。そうすると、顔と顔が近づいた。目の前に、濡れたリードの赤い唇がある。彼の望み通りに、唇を貪る。口の中に唾液を流し込むようなキスをする。

深い交わりと、深いキス。

その隙間で、リードが息も絶え絶えに呟く。

「・・・ホッチ・・・本当に・・・美味しい・・・苺ジャムより好き・・・」

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BAUの敏腕プロファイラーは、その言葉に心臓を撃ち抜かれ、結局のところ、4時間遅れて職場に赴くことになったのだった。

END