籠の鳥 愛の個人授業 07

ホッチは背後からリードの体を抱き締めた。無下に力を入れたら、折れてしまいそうな細さだった。幼い頃から、きちんとした栄養を取ることができず、身長だけは伸びたものの、体に肉がつかなかったのだろう。そんな細い体を、ホッチは静かに、ゆっくりと撫で摩った。

「温かいですね・・・貴方の手は・・・そして、とても優しい」

うっとりとした口調でリードが呟く。

「そうか?本性はとてつもなく酷い男かもしれないぞ?」

「・・・きっと、そんなことはないですよ?だって・・・貴方は・・・アーロンは、とても綺麗な目をしているもの」

自分を抱き込む腕にそっと触れながらリードが言う。自分はさほど良い人間とは思っていないが、ホッチは「ありがとう」とリードの耳元で囁いた。

「スペンスはいつから、この娼館にいるんだ?」

「・・・えっと、貴方に買われる3日前です。母を病院に入れるお金が必要で。それが新聞の売り子じゃとても払えない金額だったんです。でも、入院させないと母の具合は良くならないって言われて。そんな時に、アンダーソンがこの娼館の下男の仕事を教えてくれたんです。新聞の売り子よりは稼げるからって。それで・・・来たんですけど・・・その・・・女将さんが・・・」

「君を、あのステージに立たせたというわけか」

「ちょっとした・・・遊びっていうか、余興のつもりだったと思うんですけど・・・」

「しかし、俺が目をつけた」

「・・・ありがたかったし・・・何より、嬉しかったです」

「嬉しかった?」

「はい。・・・あのステージの上で・・・僕はものすごく緊張していて・・・だから、何が何だかって感じだったんですけど・・・客席の中にいる貴方の顔を見たら、何故だかホッとしちゃって・・・あ、なんか変ですよね、僕」

「いや、嬉しい。俺は君のお眼鏡に叶ったというわけだな」

「そんな・・・恐れ多いです。そういうんじゃないです。僕こそ、貴方に買っていただけて・・・専属にまでしてもらって・・・感謝してます。下男の仕事だけじゃ、母の入院費用は賄えないから」

「母親は、病院では息災にしているのか?」

「・・・それは・・・わからないんです。娼館では、勝手に出かけることは許されていませんし」

「心配だな」

「・・・はい。病気ではありますが・・・大切な母なので。・・・僕がまだ小さいのに、読み聞かせをしてくれた本はプルーストでした」

「ほう・・・。『失われた時を求めて』・・・か?」

「はい。小さな子ども相手なのに、おかしいと思うでしょう?でも・・・僕には分かったし、面白かったし・・・好きだった。本も、母も。・・・『音が窓ガラスにして、なにか当たった気配がしたが、つづいて、ばらばらと軽く、まるで砂粒が上の窓から落ちてきたのかと思うと、やがて落下は広がり、ならされ、一定のリズムを帯びて、流れだし、よく響く音楽となり、数えきれない粒があたり一面をおおうと、それは雨だった。』・・・僕ね。全部覚えてるんですよ?」

「あの長編をか」

「変ですよね・・・。でも、無意識に覚えちゃうんです」

「フランス語で読んだのか?」

「母が読み聞かせてくれたのは英語です。でも、教会にあったのは原書だったので・・・」

「フランス語か?」

「はい。教会で、ドイツ語やラテン語も教わりました」

「そうか」

モーガンの言った通りだった。決して学のない子ではなかったのだ。しかし、あのプルーストの長編を暗記しているとは驚きだった。

「本は好きか?」

「はい。・・・でも、すぐに読み終わっちゃうから・・・。教会にある本もあっという間に読む本がなくなってしまいました」

「プルーストはどのくらいで読み終わったんだ?」

「フランス語だったので、少し時間はかかりましたけど・・・1週間かからなかったかな・・・」

全部で7篇からなる大作だ。それを母国語ではない言語で、1週間もかけずに読むことに、ホッチは正直驚いた。

「でも、牧師様にラテン語を教えていただいたのが一番良かったです。おかげで、フランス語もドイツ語も楽に覚えることができました」

「・・・そうか。それは・・・凄いな。それだけの言葉を操れるとは・・・」

「そうですか?凄いですか?」

ホッチの腕の中で振り向いたリードの表情はきょとんとしていた。

「ああ、凄い。俺はフランス語やドイツ語はそこそこ理解ですが、ラテン語なんてからっきしだ」

「でも、単語は元々ラテン語由来のものが多いんですよ?」

「あのな、君のように、英語の他にフランス語、ドイツ語、ラテン語ができる人間はそうそういないぞ」

「え・・・じゃあ、ロシア語も分かるって・・・おかしいですか?」

「ロシア・・・語?」

これはモーガンの調査にはなかったことだった。

「スペンスは・・・素晴らしく頭がいいんだな。・・・学校には、通ったことがないんだろう?」

「はい。貧乏だったので。その日のご飯のお金を稼ぐことで1日が終わっちゃいます。だから、教会で本が読めるのも1時間ぐらいでした」

ちょっと待て。と、ホッチは思った。毎日1時間の読書で、7篇もあるプルーストを1週間もかけずに読み終わるとは、一体どういう読書スピードなのだ、と。

「どうしてもお金が稼げない時は、教会でご飯を食べさせてもらえたの、凄くありがたかったです」

とても切ない話を、懐かしそうに話すリードの姿に、ホッチは軽く胸が痛む。その思いが、リードを抱く手に表れたのか、ぎゅっと力を入れて身体を引き寄せた。おのずと二人の身体が密着する。

「どうしました?・・・アーロン?」

ホッチのファーストネームを呼ぶ声はまだ遠慮がちだったが、ちゃんと言われたことを実行に移す様子は素直で好ましい。

「また・・・君に触れたくなった」

「え?こんなにくっついているのに?」

「これ以上に、だ」

ホッチは上体を起こすと、リードを仰向けにして、その顔を覗き込む。

「もう一度、スペンスの可愛い声が聞きたくなった」

「・・・あ・・・」

その言葉でリードも理解したらしく、顔を赤らめた。そして言葉を続ける。

「あ・・・あの・・・それだったら・・・アーロンの服をお脱がせしても・・・良いですか?・・・僕だけじゃ・・・その・・・恥ずかしくて・・・」

「そうだな。・・・それに、今夜は泊まっていくとしよう」

「え!?本当ですか?嬉しいな」

屈託無く笑うリードにホッチの表情も和らぐ。リードの手が、ホッチのシャツに触れる。

「・・・よろしいですか?」

「脱がせてくれるのか?」

「はい!」

リードは自分の居住まいを正して、上質な生地で仕立てられた服を脱がせていった。

「・・・すごく・・・鍛えていらっしゃるんですね。僕の身体、情けないから・・・恥ずかしいや」

「いや。君はそのままでいいぞ。ああ・・・ただ、もう少し食べて肉を付けた方がいいがな」

「ごめんなさい」

「謝るんじゃない。スペンスは今まで生きるのにも大変な環境にいたんだから。これからいっぱい美味しいものを食べればいいんだ。ここでの食事は?十分か?」

「はい。アーロンが僕を専属にしてくださったおかげで、ちゃんとご飯が食べられます。・・・でも、僕は今までスープとパンぐらいしか食べたことなくて。こんなにたくさん食べてもいいのかなって・・・心配になってしまいます」

「そういうことは気にせずに、うんと食べるといい」

「そうですね。・・・母さんにも食べさせてあげたいなぁ・・・」

精神分裂症と診断されているリードの母。しかし、ホッチは知らないことにした。

「見舞いに行きたいか?」

「・・・お給金も少しいいので。そう・・・この間アーロンからいただいたショコラ・ド・オランジュを買ってあげて行きたいです」

「そうか。それは、いいな」

鍛え上げた身体を使い、力強くリードの身体を引き寄せ、深いキスをする。リードも教わった通りに、舌を積極的に絡める。呼吸が苦しくなるのも気にならなくなるほど、リードは溺れた。リードはそれほど、ホッチという存在に安心感を得ていた。ホッチの手は余すところなく、リードの身体を撫でて愛でる。そして、先ほど口で愛した部分に触れる。

「あ・・・あん・・・あ・・・あ、アーロン・・・ぼ、僕にはご奉仕させていただけ・・・ませんか?」

「それは、また今度・・・な。それよりも、俺の首に腕を回してくれ」

はぐらかすように言うと、形を成し始めたリードを扱き始めた。

「んっ・・・んっ・・・んっ・・・あ・・・は・・・」

経験の浅いリードはすぐに高まってしまう。そして、ダメだ、と分かっていてもイキそうになる。それを我慢するように、軽く唇を噛んで首を横に振る。

「スペンス。我慢をしなくていい。好きなだけイケばいいんだ。その顔が見たい」

「・・・恥ずかし・・・い・・・」

「そんなことはない。イく時のスペンスは可愛いぞ」

「・・・はっ・・・そ・・・そんな・・・あんっ・・・ダメ・・・っ!!!」

リードは仰け反り、大きなホッチの手の中で爆ぜる。しかし、それでもホッチはリードを離すことはしなかった。そのまま扱き続ける。親指で鈴口を撫でたり、先端部分だけを執拗に弄ったりする。一度弛緩したリードの身体が再び小刻みに震え始める。

「んっ・・・やっ・・・やっ・・・だ・・・め・・・変・・・や・・・変なの・・・」

「気持ち悪いか?」

リードは金髪を横に振った。

「違うの・・・何だか・・・変なの・・・あ・・・ダメ・・・アーロン・・・出ちゃう・・・」

「出せばいいだろう?さっきみたいに」

「・・・あ・・・だから・・・違うの・・・バ、バスルームに・・・行かせて・・・ください・・・っ」

「それは・・・ダメだな」

「だってっ・・・出ちゃうっ・・・」

「何が?」

「やん・・・出ちゃうよ・・・おしっこ・・・出ちゃう・・・」

「いいんだよ、出して」

「ダメ・・・そんなの・・・ダメ・・・」

リードの耐える姿にホッチも思わず興奮する。そして、愛撫する手や指の動きは変えない。そのまま、リードのペニスを弄り、扱き続ける。

「ああ・・・出ちゃう・・・本当に・・・出ちゃう・・・あ、ああああああーー!!」

仰け反るリードの先端から、白濁ではない、透明な液体が吹き出る。

「あー・・・あー・・・」

全てを吐き出すと、リードの身体は力が抜け、ぐったりとホッチの胸に凭れかかった。

「は・・・あ・・・」

「気持ちよかったか?」

「あ・・・ああっ・・・ごめんなさい・・・僕・・・粗相をしちゃった・・・」

「それは違うな。これは尿じゃない。透明な液体だ。スペンスは潮を吹いんたんだ」

「潮?」

「そう。簡単に言うと、女の子みたいにイッたってことだ」

「女の子みたいに?」

「そう。これで、スペンスは俺の女の子になったな」

「女の子・・・?・・・僕、そんなに可愛くないです」

「いや、可愛い。可愛くて、綺麗だ。イッた時の表情はものすごく妖艶だった」

リードの身体を優しく抱き込み、ベッドに倒れ込む。

「眠ろうか?」

「あ、アーロンの身体をお拭きしなくちゃ」

慌てて起き上がろうとするリードの身体をホッチが押し留める。

「汚くないから。大丈夫だ。それよりも、スペンスは温かくていいな。落ち着く」

「アーロンも温かいです。貴方と一緒にいると、幸せな気持ちになります」

「そうか」

ホッチは毛布を引き上げて、リードの身体を包む。

「眠りたくないな・・・」

「どうして」

「明日の朝、貴方がいなかったら寂しいから・・・」

「大丈夫だ。俺は約束は守る。今夜は泊まると言っただろう?安心して。ほら、目を瞑るといい」

「・・・はい」

リードは素直に呟くと、そっと目を閉じた。

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とても温かい夢を見た。それは愚形化されておらず、どこか概念的なものであったが、リードの心を柔らかく解した。気怠い身体。しかし、痛みはない。リードは目を開ける。そして、その瞬間、バッと起き上がった。隣にホッチがいなかったからだ。慌ててベッドを降りる。昨夜、丁寧に脱がせた衣服もない。リードはがっくりと肩を落とした。やっぱり、自分は置いて行かれたのだ。けれども仕方がない。自分は娼館に勤める者なのだから。思わず溢れそうになる涙を、リードは指先で拭った。その時、バスルームへとつながるドアが開いた。そして、身支度を整えたホッチが現れる。

「アーロン!」

リードはパタパタと走り寄った。しかし、抱きつくことはしない。ホッチが一部の隙もなく、身なりを整えていたからだ。それを乱すわけにはいかない。しかし、それなのに、ホッチの方がリードの身体を引き寄せた。

「起こしたか?」

「い、いえ・・・自然に・・・目覚めました」

「そうか。それなら良かった。スペンス?今夜も来ていいだろうか?」

「え?今夜も・・・来てくださるんですか?」

「ああ。それと、昨夜、、君に渡すのを忘れていたものがあった」

ホッチはリードから離れると、赤いカウチの上の紙箱を取り上げた。そしてリードの元に戻る。今夜は、これを着て待っていてくれると嬉しい」

「あ・・・は、はいっ!」

リードは嬉しそうに箱を受け取った。

「それと、これも」

小さな箱もリードに渡す。

「これは菓子だ。スペンスは甘い物が好きだろう?」

「そうみたいです。この間いただいたお菓子もとっても美味しかったです。エルと一緒に食べました」

「エル?」

「あ、はい。えっと、娼婦仲間で・・・僕、このランジェリーの身につけ方が分からなくて・・・教えてもらったんです」

リードは自分の身につけているピンクのランジェリーをちらっと見ながら言った。

「そうだったか。しかし、よく似合っている。今夜も楽しみだ。また、楽しませてくれ」

そう言いながら、リードの頰にキスをする」

「本当はもう少し、君と居たいんだが、仕事だと言う電報が届いた。悪いな」

「いえ!いいんです!・・・お仕事は大事にしなくちゃ!」

「ありがとう。しかし、今夜もちゃんと来るから。その約束は違えない」

「・・・はい」

リードは花のように笑うと、静かに、礼儀正しく、ホッチを部屋から送り出したのだった。

to be continued