籠の鳥 愛の個人授業 03

夕刻もすぎ、すっかりと陽が落ちて、星が輝き始めようか・・・という頃合いになってから、リードは紳士から贈られた白いランジェリーを身に纏い、緋色の部屋に向かった。ストラウスがその部屋を使うように言ったのだ。部屋に入り、リードはどうやって、紳士・・・否、あの貴族を待っていればイイのかを考える。立ったままもおかしい。ベッドの入っているべきなのだろうか。けれども、お客様を迎えるのにベッドというのは失礼だ。やはり・・・。リードは、昨夜、紳士と一緒に座った緋色のカウチに目をやる。ここは、座って待っているのが懸命のような気がした。そう思って、カウチに腰を下ろす。今度は座り方に困ってしまう。客を迎えるのには一体どんな座り方が良いのだろう。先輩の娘に訊いておけばよかった。膝を抱えて座る?・・・それはあまりに子どもっぽい。脚を組んで座る?・・・紳士相手に、失礼な座り方かなと思う。白いレースのランジェリーを気にしながら、リードはもぞもぞと、座り方を考える。けれども、全然、決まらない。

「どうしよう」

しょんぼりと溜息をついていたら、ドアをノックする音が聞こえた。リードは慌ててカウチから立ち上がった。そうなのだ。客を出迎えるために立つのだから、座り方などどうでも良かったのだ。ドアに駆け寄ろうとする前に、それは開けられ、するりと長身の男が入ってきた。

「ミスター・ホッチナー・・・あ、違った・・・サー・ホッチナーですね」

その言葉を聞いて、ホッチは眉を潜めた。そんなホッチの表情に不興を買ってしまったかと、リードが萎縮する。しかし、ホッチはリードに歩み寄ると、金髪に指を差し入れて、優しく梳いたのだった。

「女将のストラウスにでも聞いたか?」

「はい。貴方は、アーロン・ホッチナー侯爵様だと・・・」

「ふん。確かにそうだが、ここではその肩書きは忘れてくれ」

「・・・ごめんなさい」

「謝る必要はない。そんなことよりも・・・似合っているな」

そう言うと、ホッチはリードが身に付けている白くて薄い生地のベビードールに触れた。レースの彩りが、リードの綺麗な肌の魅力を際立たせている。

「あ・・・ありがとうございます。僕・・・こういうの、持ってなくって」

「昨日の黒いランジェリーは?」

「あれは、この娼館が用意してくれたもので、僕のものではないんです。まさか、僕にお客様がつくなんて思ってなくて・・・その・・・」

「わかった。だったら、これからは俺が贈ろう。そうだな。普段着る服は持っているのか?」

「少し」

そうは言ったが、リードが持っている服は本当に最小限で、白いブラウスが2枚とズボンが2つだけだった。外には出ないから、それで十分足りる。ただ、それはホッチには言わなかった。

「そうか。しかし、普段着も明日、届けさせる。君が俺の専属になったことは?」

「女将さんから伺いました。・・・その・・・本当にいいんでしょうか?」

「ん?何故だ?」

「僕は・・・男ですし・・・それに、この娼館には、もっと可愛らしい女の子がいっぱいいます」

「俺は君が気に入ったんだ。ほら、座るといい」

ホッチがカウチへとリードを促す。再び座り方に困りそうになってしまったが、ホッチもカウチに座ってしまったので、その隣に斜めに身体を向き合わせるようにして座った。細くて長い脚は斜めに伸ばす。リードは無意識に長めの髪を耳にかけながら、ホッチを見た。

「あの・・・昨夜は・・・申し訳ありませんでした。本当は僕がお客様である貴方にご奉仕させていただかなくちゃいけないのに・・・」

「気にすることはない。俺は充分に楽しんだ。せっかく君を専属にしたんだ。時間をかけてゆっくりと楽しみたい」

「でも、僕、寝ちゃって・・・」

「寝顔も可愛らしかった」

そんなホッチの物言いに、すっかりリードは赤面してしまった。

「しかし、君は俺に奉仕したいんだな」

「あ、はいっ!・・・だって・・・それが僕の仕事ですし・・・」

「そうか。・・・じゃあ、昨日の復習をしようか」

「復習?」

「ああ、そうだ。キスの復習を」

ホッチが微笑む。その表情にリードは嬉しくなってしまった。心の中がほんわりと暖かくなる。リードの好きな表情だった。

「ほら」

「えっと・・・じゃ・・・その・・・失礼します・・・」

リードはカウチに両手を付いて身を乗り出した。そして、軽く目を伏せて、それでいながらホッチの唇をしっかりと見て、自分の唇をそっと押し当てた。技巧はない。ただ、昨夜のことを思い出して、夢中で口付ける。ほんの少しの唇の隙間から、舌を差し込んでみる。ホッチの舌は動かなかったが、リードはそのまま自分の舌を絡めて、その暖かい肉の薄い塊を慈しんだ。そしてその反面、自分はちゃんと出来ているのだろうとかと不安にもある。何せ、自分には経験がない。知識としてはしっていても、それが実地で発揮されるかというとそういうものでもない。紳士の好みもあるだろう。そんな不安を心に秘めながら、リードは一生懸命、ホッチに口付けた。呼吸をするのも忘れるほどに。唇を食むように動かしてみたり、軽くホッチの舌を吸ってみたりもする。もう、自分の舌なのか、相手の舌なのかわからなくなるくらいに、絡め合った。

「ふっ・・・んっ・・・はふっ・・・」

頭の中がぼうっとし始めた頃、リードの髪に指が差し込まれ、顔を引き離された。

「あ・・・」

不興を買ってしまったかと思い、リードはホッチの表情を伺うようにして見た。

「苦しいだろう?」

いつの間にか、リードの方は呼吸困難で軽く上下していた。

「ごめんなさい」

「君は謝りすぎた。・・・上手だった。いい子だな」

「上手?」

「ああ。昨夜教えた以上に、上手なキスだった。そんないい子にはご褒美をあげないといけないな」

「ご褒美?」

「そうだ。・・・君は甘いものは好きか?」

「・・・わからないです。あまり・・・食べたことがないので・・・」

幼い頃から貧しかった。甘いものを食べたことなど、遠い記憶の彼方は、存在しないのかもしれない。ホッチはカウチの隅に置いてあった箱を取ると、リードに見せた。リボンは掛かっていなかったが、茶色とオレンジ色が美しい紙の箱だった。ホッチはそっと蓋を開けると、甘い香りが瞬時に漂った。

「うわぁ・・・いい香り・・・」

リードがうっとりとしたように言う。

「ショコラ・ド・オランジュという菓子だ。今、市井で流行っているらしい」

「チョコレートとオレンジ・・・」

「フランス語が分かるのか?」

「少し・・・」

「まあ、簡単な言葉だしな」

そう言うと、ホッチはチョコレートがけされたオレンジピールを1つ摘み、リードの口元に運んだ。

「ほら、口を開けて」

素直にリードが唇を開くと、キスで涎まみれになっている口に菓子が差し込まれた。一瞬躊躇いながらも、リードは歯を菓子にたてる。一種にして、甘い味が口中に広がる。思わず、目を見開いてしまう。それほどに、菓子は、甘くて美味しかった。

ゆっくりと噛みしめるように咀嚼して飲み込む。

「どうだ?」

「凄く・・・凄く、美味しいです。・・・こんなに甘くて美味しいものを食べたのは初めてです」

「もう1つ食べるといい」

ホッチは自分で取るようにと、リードに箱を差し出した。リードが恐る恐るは箱の中に指を伸ばす。白くて細い、美しい指。リードは、丁寧な所作で、まるで宝石を扱うかのように、ショコラ・ド・オランジュを1つ摘み上げた。そのオレンジピールの半分に茶色いチョコーレトがまぶされている。よく見れば、チョコレートには金色の粉がまぶされていた。

「綺麗」

「金だそうだ」

「えっ!?・・・お金・・・ですか?」

「まさか。金貨を粉に資したわけじゃない。金を薄く伸ばした金箔を細かくしたものだ」

可笑しそうに笑うと、ホッチは食べるように促した。金と聞いて、思わず緊張してしまったが、それでも再び、あの甘い味を感じたくて、リードはそっと口の中に菓子を運んだ。そしてまたゆっくりと食べる。

「・・・本当に・・・美味しい・・・」

「好きになったか?」

「はい!・・・僕、自分が甘いものが好きだって、今初めて知りました!」

今までどんな食生活を送ってきたものやら、とホッチは思いながらも、菓子箱をカウチの上に置いた。

「これで復習は終わりだ。今夜は新しいレッスンをするとしよう」

「新しいレッスン?」

「そうだ。上手に出来たら、また菓子をやろう」

ホッチはそういうと、白いランジェリーの胸元に見える薄紅色の小さな突起を指でそっと触ったのだった。

to be continued