アーロン・ホッチナーは、昨夜、淫魔を拾った。それも処女の。「魔界を首席で卒業した」と言っていたが、別に普通のセックスだったと思う。もっと、淫魔・・・リードが物凄いことをやらかしてくれるのかと思ったが、いたって普通のセックスだった。とはいえ、ホッチに不満はない。ホッチは路地裏に落ちていた淫魔に、見事に堕ちたのだから。
「ん・・・」
もぞもぞとリードが動きながら、ホッチに体を摺り寄せてくる。ホッチ的には、そろそろ起きる時刻だ。BAUのリーダーたるもの、遅刻は許されない。しかし、この可愛らしい寝顔をまだみていたい・・・という思いも事実で。
ホッチは、右手の指を金髪に差し込むと、その頭を支えるようにして、口付けた。ほんの少し開いていた唇に舌を滑り込ませる。そういえば、昨夜は満足なキスをしていなかった。
「んん・・・」
ホッチが自分の舌をリードのそれに絡めて吸うと、目を瞑ったままではあったが、淫魔は反応した。クチュクチュとリードの舌もホッチの舌を味わうように動いている。
覚醒しているのか、いないのか。いや、起き始めてはいるのだろう。リードの指が、ホッチの腕にかかる。大きなリップ音を立てて、しかし名残惜しそうにホッチが離れると、リードの眼はしっかりと開いていた。
「おはよう、リード」
「おはよう、ホッチ。美味しかった」
「美味しい?」
「うん。これ、朝御飯?」
「どういう意味だ?」
「ああ・・・そっか・・・。えっとね、唾液もご飯になるの、僕たちの場合は」
「なるほど。そういうことか」
淫魔にとって、体液は全て栄養になるということなのだろう。
「朝食は別に用意しよう。人間界のものを」
「うわぁ。僕、人間のご飯も好き。昨日のご飯も美味しかった。ゴミ箱のご飯と違うよね。あったかくて、いい匂いで」
「・・・二度と、ゴミ箱のものは食べないように」
「え・・・でも・・・」
「でも?」
「だって・・・その・・・」
言い淀むリードを見つめるが、どうやらリードは睨まれると感じたらしい。しょんぼりと項垂れてしまった。
「まあ、いい。あまり時間はないが、朝食を取りながら、話をするとしよう。シャワーを浴びてくるといい。もうやり方はわかるな?」
「うん!泡だらけにするんだよね!」
少々違うが、それは言わないでおくことにする。リードがベッドを降りてバスルームに走って行くのを眺めながら、自分は朝食の準備をするべく立ち上がった。
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「これ、なあに?」
「ベーコンエッグとサラダ。それにコーンスープとトースト」
「この赤いの、甘い匂いがする」
「苺ジャム。パンにつけて食べる」
ホッチがちぎったトーストに苺ジャムをつけて渡すと、リードはパクリと口に入れて咀嚼する。そうして瞳を輝かせる。
「美味しい!!!!僕、こういう甘いの好き!!!!」
どうやら、この淫魔は甘党らしい。そうしたら・・・。と、ホッチはコーヒーに目をやった。おそらく、ブラック・コーヒーは好まないだろうと。
ホッチはリードの分のマグカップを持ち、立ち上がった。
「どうするの?その黒いの」
「これはコーヒー。君は甘いのが好きらしいから、砂糖とミルクを入れる」
キッチンで、かなり甘いミルク・コーヒーに仕上げると、ホッチはマグカップをリードに渡した。
「熱いから、気をつけろ」
「うん。・・・ん?んん?これ、ちょっとほろ苦いけど・・・甘い!!!美味しい!!!!」
「それは良かった。緑色のも食べるように」
「はーい」
リードがサラダを口に入れると、動きが止まった。
「どうした」
「甘くない」
「当たり前だ。それはサラダ。野菜だからな。しかし、食べるんだ」
「う・・・」
「赤い野菜は甘いぞ。トマトだ」
リードはようやくレタスを嚥下すると、トマトを口に入れた。今度は表情が明るくなる」
「ジャムとは違う甘さだけど、これは美味しい野菜だね!甘いね!」
ホッチは楽しくなる。殺風景だった一人きりの食卓が、リードがいると明るくなる。その百面相とともに。
「俺はこれから仕事だから、もうすぐ家を出る」
「うん・・・わかった。じゃあ、僕もどっかに行くね」
「どうして?」
「どうしてって・・・」
「ここにいればいい」
「いいの?」
「’というか、俺は君をここにいさせなければならない。その義務がある」
「義務?・・・でも、僕、淫魔だよ?人間じゃないよ?」
「確かに君は淫魔だが、バージンだったろう?」
「うん・・・セックスをしたのは昨日が初めて・・・。あ、でも!僕、主席卒業だし!」
「それはわかった。とにかく、人間界では、バージンを貰ったら、一生大事にして、生涯の伴侶として、傍に置いておかなくてはならないというルールが存在する」
大嘘をホッチは真剣に語った。普段は無口なホッチだが、さすがBAUリーダー。ハッタリをかますことには長けている。
「そ・・・そうなんだ」
「魔界ではそういうことは習わなかったか?」
「・・・うん。テキストには書いていなかった・・・」
「つまり、俺は君のバージンを貰った。だから、君は俺の花嫁ということだ。俺は君を傍に置いておく義務がある。だから、君はもう、ゴミ箱のものは食べない、ということだ」
「あー・・・そこにつながるんだー」
「俺は君の夫として、君の衣食住を保証する義務があるんだ。まあ、服に関しては、とりあえず、俺のものを着ることにして、今度の休みにでも一緒に買いに行こう。住処はここ。まあ、もう少し広いところに引っ越してもいいな。それから、食べることに関しては、こうやっておやつを与えるし、もちろん、君の主食も提供する。それが夫の務めだからな。ただし、絶対的な条件が1つある」
ホッチは真剣な表情で人差し指を1本、立てた。
「な・・・何?」
ここまでの話でだいぶ圧倒されているリードも、真剣に聞き返した。
「花嫁は、夫以外の人間と食事をしていけない、ということだ。おやつは許すが、主食は絶対にダメだ」
「つまり・・・その・・・セックスは、ホッチとしかしちゃいけないってこと?」
「そういうことだな。人間界の言葉で言えば、貞操を守る、ということだ」
「貞操を守る・・・」
リードは頭の中のノートにメモをした。魔界で勉強したことのない情報が盛り沢山だ。人間界で暮らすのにも、色々とあるらしい。もっと先輩淫魔に話を聞いておけば良かった。人付き合いが苦手なリードは、もっぱら講義と書物だけで、勉強をしていたのだ。けれども、どうやら、この人と一緒にいれば、食べることには困らない、ということは理解できた。
「ということで、俺は仕事に行く。君は?」
「この部屋にいる」
「いい子だ。暇だったら、書棚の本でも読むといい。冷蔵庫の中の物も勝手に食べていい。ただし、外には出るな」
「うん。わかった!」
話は終わり、というようにホッチは立ち上がった。時計を見れば、仕事に行くちょうど良い、いつもの時刻だった。
「あ、待って・・・」
ドアに向かうホッチの背中をリードが追いかける。
「どうした?」
「ありがとう、ホッチ!僕・・・野良淫魔にならなくてもいいんだね。なんだか、嬉しいな」
リードの嬉しそうな顔が、ホッチの表情も綻ばせた。
「リード。もう1つ、人間界のルールを教えてやろう」
「うん!僕、いっぱい覚えるから!」
「夫が出かけるときは、『行ってらっしゃい』と言って、キスをするんだ」
「わかった!えっと・・・行ってらっしゃい!」
リードはちょっとだけ踵を上げると、両手でホッチの頬を軽く包んでキスをした。軽いキスと深いキスと、どっちがいいのかな?・・・と考えていたら、ぐっと腰を引き寄せられる。そして、暖かい舌がリードの口の中に入ってきた。どうやら、深いキスが正解らしい。だから、リードも舌を絡めた。この人の体液は美味しい。温かくて、甘い。昨夜は精飲できなかったから、今度は口で飲んでみたいな、と思う。夫とか、花嫁とか、よくわからないけれども、たった一度のセックスでお別れしたくなかったから、正直、嬉しい。食事をしたい・・・というよりも、このアーロン・ホッチナーという人とセックスしたい。そういうことだ。
ようやく唇を離すと、ホッチが溜息をついた。
「まずいな。俺の方が歩いが、朝のキスは軽いやつじゃないと、毎日遅刻だ」
そう言って、ホッチはスーツの内ポケットから携帯端末を取り出した。
「・・・ああ、ロッシ。俺です。すみません。2時間ほど遅れます。いえ、体調は大丈夫です。ちょっとした私用です。じゃあ」
携帯端末を切ると、ホッチは片手でリードの腰を掴んだまま言った。
「さあ、ベッドに戻るぞ。2時間しかないがな。君の食事タイムだ」
ホッチはリードを横抱きにすると、ズカズカと部屋を横切って、ベッドの上に可愛らしい金髪の淫魔を落としたのだった。
END