親愛ラプソディ

「ジェイク。ジェイクジェイクジェイク。ジェイク~」

コヨーテによる面接と試験を乗り越えて、ハングマンをジェイク呼びする許可を得るなり、ルースターは少々、五月蝿い男になった。名前を呼ばれているハングマンは適当に聞き流している。なので、「ジェイク」という名前だけが、宙に霧散する。とはいえ、基地や仕事中にジェイク呼びをすると、氷の視線で睨めつけられるので、今のところ二人っきりの時やコヨーテが一緒の時にしか、ジェイク呼びはしていない。

「なあ、ジェイク。今度の休み、一緒にマーヴェリックのところに行かないか?」

「・・・モハーヴェか?」

以前したBBQの話を思い出して聞き返す。

「あ、いや。そっちの方じゃなくて。あ、もちろん、BBQもみんなとやりたいんだけどさ。えっと・・・正確に言うと、アイスおじさんとマーヴェリックの家」

「・・・どうして?」

「う・・・その・・・えーと・・・」

グリズリーのようなデカい男が言い淀んでいる姿が面白い。

「まあ、いい。行けばいいんだろ」

そう返事をすると、ルースターの顔がパァッと明るくなる。単純な奴だな、と思いながら「で?手土産は何がいいんだ?」と言ってやった。

「いや!ジェイクそのものが手土産だから!」

と、訳のわからないことを言いながら、ルースターは子どものように喜んだ。

***

結局のところ。二人の休みが一致したのは、それから二週間後のことだった。その二週間の間にも変化はあって、ルースターが自分の官舎に帰る回数が減り、彼の私物がハングマンの部屋の次第に増えて行ったこと。それと、同じベッドで眠るようになったことだった。と言っても、ルースターは今のところ、ハングマンに手を出していない。キスすらしていない状況である。思うに、ハングマンの過去のことがあるからだろう。

アイスマンとマーヴェリックの家に行く日は、晴れていた。

「あー・・・、こんなにいい天気なら、アイスおじさんの家でなくて、何処かビーチとか行きたいよなぁ」

とルースターが言うのを聞いて、

「その言葉、そのまま大佐に伝えるぞ」

とハングマンは言った’。すると、ルースターは慌てて「ごめん!やめて!内緒にして!」と焦っていた。よほど、それを言うと、マーヴェリックと面倒なことになるらしい。

「別に。一日中、大佐の家にいるわけじゃないだろうから、午後からはどこかに行けるだろ」

「え!?いいのか!?えー、何処に行こう」

嬉しそうに検索し始めようしたので、ハングマンはスマホを取り上げた。

「いいから。まずは、行くぞ。俺の気が変わらないうちに」

「え、気が変わる?いや、行こう。まずは、アイスおじさんの家に行こうっ」

ルースターはハングマンの手を引くと、空色のブロンコのドアを開けた。

「乗って」

「言われなくても」

本当は、この二週間の間で、ハングマンの気は変わりそうだった。正直にいえば、コヨーテに相談した。行くのは、あまり乗り気ではない、と。そうしたらコヨーテは「怖いんだね」と言って、ハングマンの短いブロンドを撫でてくれた。親友の言葉を聞いて「そうか。自分は怖いのか」と自覚した。一体、何に?自分の存在?負い目?よくはわからないが、「怖い」ということは自覚した。そんなハングマンにコヨーテは「カザンスキー大将も、教官も、ジェイクの良き理解者だと思うよ?ここは、親友を信じてみなよ」。その言葉がなかったら、きっとハングマンは、この休みの日に急遽仕事を入れていたかもしれない。ウォーロックに頼み込んで。

空色のブロンコは、もう走り出している。戻ることはできない。

ハングマンは、流れる外の景色を見ながら、自分が作らなければならない表情のことを考えた。

***

「おかえり!ブラッドリー!」

「ただいま、マーブ。昨日も、基地で会ってるけど」

「仕事とプライベートは違うだろう?やあ、ハングマン!いらっしゃい。待ってたよ」

とびきりの「例の顔」で迎え入れられる。

「お邪魔します」

「ジェイク、遠慮しないで。入って」

「ジェイク?」

マーヴェリックが、耳ざとくキャッチアップする。

「そうか。そうだよな。ねぇ、ハングマン。僕も君のことを「ジェイク」って呼んでいいかな?いいよね!よかった。ほら、入って。アイスも待ってる」

自己完結するのが大佐のナチュラルスタンダートなんだな、とハングマンは思いつつ、否定はしなかった。リビングでは、ラフな服装の海軍大将がコーヒーを淹れていた。

「先日は会ってくれてありがとう」

「いえ。こちらこそ、美味しい酒をご馳走になりました」

「座るといい」

「失礼します」

ルースターにとっては「アイスおじさん」だが、ハングマンにしてみれば、「海軍大将」である。最低限の礼儀は弁える。それを「崩すように」と無理強いしないところがありがたかった。皆が、ソファセットに座る。ハングマンは、視線だけで、さっ三人を見渡した。絵に描いたような、幸せな家族。確かに、ルースターとマーヴェリックの間には、深い溝があったのだろうが、きっとそれはほぼ解消されたのだろう。

「えーっと、それでね。アイスおじさん、マーヴェリック。前にも言ったんだけど・・・」

ルースターが話し出したのを、マーヴェリックが遮った。悪気はなく、言いたくて仕方がなかっただけだろう。

「それにしても、ジェイクがブラッドリーと付き合うなんて、本当に喜ばしいと思うよ」

マーヴェリックが嬉しそうに言う。

「付き合っていませんよ」

ハングマンは爽やかに答えた。最高の笑顔を伴って。

「え?」

困惑の表情を浮かべるマーヴェリック。

「ルースターに付き合ってほしいと言われたことはありません」

「あ・・・(汗)」←付き合っているつもりでいた。

ハングマンの言葉に、詰まるルースター。

「そもそも、彼に好きだと言われたこともありませんし」

「・・・あ・・・(滝汗)」←好きだと伝えたつもりになってた。

ハングマンは優雅な手つきでコーヒーカップを持ち上げると、薄い口唇を陶器に付けた。

「・・・ブラッドリー・ブラッドショー大尉っ!!!」

マーヴェリックの鋭い声がリビングに響く。

「Yes,Sir!」

上官モード全開で名前を呼ばれて、ルースターは思わずソファから立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。

「どうやら君には教育的指導が必要のようだ。来なさいっ!」

「Yes,Sir!」

「アイス、ジェイクを頼む。ジェイク、ちょっとこのバカ息子を指導してくるから、ゆっくりとお茶しててね。ブラッドショー大尉、こちらへ」

前半はとても慈愛に満ちているが、後半は厳しい口調だった。ハングマンの目の前の海軍大将は肩を震わせて笑っている。

「すみません。大佐に誤解を与えていたようですが、事実なので」

「いや・・・いい・・・いいんだ」

可笑しみが止まらないらしい。手で口を押さえて、笑っている。

「けれども、どうなのかな?あの子が君に、きちんと伝えたら、君は受け入れてくれるんだろうか。ジェイク」

いつの間にか、海軍大将にまでファースト・ネーム呼びされるのか。展開が早いな、この家族は。などと思いながら、ハングマンは小さく首を傾げた。

「・・・・・・自分に拒否権がありますか?」

「どういうことかな?」

「俺がΩだということを、大将も大佐も失念していませんか?」

「ああ・・・それは、関係ないな。面白い昔話を聞かせてやろう。昔、私がマーヴェリックにプロポーズしたら、あいつはどうしたと思う?」

「・・・さあ」

わからないので、そう答えるしかない。

「あいつは逃げんたんだ。しかも普通の逃げ方じゃない。わざと問題を起こして、海外の戦地に飛ばされるようにして私から逃げた。だから、Ωだからと言って、αに縛られる必要はないんだよ」

「・・・マーヴェリックらしい話ですね」

「君にはブラッドリーを拒否する権利がある。けれども、拒否されてもブラッドリーはしつこく君を追うだろう。あの子は、F14でマーヴェリックを迎えに行った私の姿を見ているからね」

「は?」

「逃げられたら、追うしかないだろう?諦めたくない相手だったら。だから、私は指輪を持ってF14を飛ばして、マーヴェリックのところへ行った。待つのは苦手な性分なんだ」

すごいな、この夫婦。軍法会議もののことをやったんだ、若い時に。スケールがバカデカ過ぎて、理解に苦しむ。ああ、でも、だから海軍のビッグカップルなのか。でもやってることは、バカップルだな。などと、失礼なことを考える。

「・・・拒否したら、ルースターは・・・」

「ストーカーという犯罪者にならないように見張っておくよ、と言いたいところだが、できれば君に受け入れてもらえると嬉しいね」

「・・・受け入れていないわけではないので。さっきは、少々意地の悪いことを言いました」

「いや。きちんと言葉にしないブラッドリーが悪い。けれども、今の君の言葉を聞いて本当に嬉しく思うよ」

そう言われても、この幸せそうな家族の中に自分が入るは憚られる。ハングマンは、一息ついて、アイスマンをしっかりと見た。

「ルースターは言わなかったそうですが・・・自分は昔、子ども流しています。暴力を受けて妊娠して、暴力を受けて流産しました」

何の感情も込めずに、ハングマンは海軍大将に打ち明けた。目の前のアイスマンは動揺することもなく、ハングマンを優しく見つめる。

「・・・私が、空を降りて、海軍大将にまで登り詰めたのには理由がある」

「マーヴェリックですね?」

「マーヴェリックだけじゃない。君のような優秀な人間が、第二の性ゆえに、その力や翼を折られるのが我慢ならないからだ。もちろん、女性の地位向上のためもある」

ハングマンはフェニックスやヘイローの顔を思い浮かべた。彼女たちは、生き生きと空を駆ける。けれども、きっとマーヴェリックたちが若い頃は、そうではなかったのだろう。

「それと・・・差し出がましかったかもれないが、過去に君を傷つけた輩は、すでに排除した。もはや軍籍ではないし、社会的にも行く途は閉ざした」

アイスマンは、先ほどまでの温かな笑みを消し、絶対零度の酷く冷えた乾いた笑みを目に浮かべた。ハングマンの背筋がゾクリとする。敵に回してはいけない存在。

「・・・お手数をおかけしました」

「それが、私の仕事だ」

おそらく。海軍大将は義理の息子の話の断片から、ハングマンの過去のことを調べ上げたのだろう。当時の配属、ハングマンが行った病院。いくらでも調べることは可能だ。海軍大将であれば。サイクロンやウォーロックも動いたかのかもしれない。

「あの・・・大佐は知っていますか?」

「いや。君の許可なく話すことはしない。それが妻であっても。」

「でしたら・・・大将から話してくださって。構いません。・・・この先、ルースターとの関係がどうなるかは、正直わかりませんが・・・もし、番ったとしても、子を孕める身体かどうかはわかりません。・・・大佐は、子どもが好きそうなので。言っておかないと、がっかりさせるかもしれません」

「・・・伝えておこう。しかし、マーヴェリックは、ただただ、息子の好きな君の存在を大事にすると思うがね」

ハングマンは返事をせず、ただ小さく笑った。

バタバタと、人が階段を降りてくる音がする。どうやら、マーヴェリックによる教育的指導が終わったらしい。

「ほら!ブラッドリー!ケジメはちゃんとつけなさい!」

「はいっ!」

マーヴェリックに背中を押されて、ルースターがハングマンに近づく。そして、床に膝をついた。

「えっと・・・ごめんっ!!!俺、ちょっと浮かれてて、色々と順番が逆になった!・・・ジェイク・・・今更なんだけど、すっごく好きなんだ。だから、俺と付き合ってくださいっ!!!」

義理の親の前で公開告白を強要される雄鶏が可愛くて、そして少し可哀想になる。だから、ハングマンは答えた。

「ああ。いいよ」

その姿を、アイスマンとマーヴェリックが、微笑ましく眺めていた。

***

「あーっ!!!最悪っ!」

「・・・親の前で公開告白したことか?」

「違うっ!!!それはそれで嬉しかった!!最悪なのは、俺!!!・・・俺さ、本当に言ったつもりになってたんだ。ジェイクのことがずっと好きだったし、ジェイクは俺のためにご飯作ってくれるし、家に泊まってもO Kだし・・・。それが・・・伝えていなかったなんて・・・。マーヴに殴られても仕方がない」

「殴られたのか?」

「いや。それはないんだけど。ただ・・・俺のガキの頃の有る事無い事を基地の連中に言いふらすって脅された」

「は?」

それが脅しになるんですか、大佐。あなたは子どもですか。大人気ない。

上官の精神年齢を疑いながら、ハングマンは運転席の雄鶏を見やった。けれども、あの人らしいな、とは思う。ハングマンはさっきのことを思い出した。

「昼食を一緒に」とマーヴェリックが言い、キッチンへ行ったので、ハングマンは「手伝います」と一緒にキッチンに立ったのだ。

二人で昼食を作りながら、

「僕のことをお母さんて呼んでくれてもいいじゃないかっ」

「呼びませんよ。呼ぶわけないじゃないですか。あーっ!大佐!油を入れすぎです!」

「せめて、マーヴって呼んでくれても!」

「いいから!フライパンを見てください!火が!!早く、食材を入れてください!」

というやりとりを行った後、結局ハングマンが作ることになった。キッチンでテキパキと動くハングマンの背中を見て、

「なんて、いい子がブラッドのお嫁さんになってくれたんだ」

と泣きそうになっているので、思わず「まだ、嫁じゃないです!」と否定した。その後、ものすごく悲しい顔をされたので、失敗したなとは思ったが、アイスマンが「マーヴェリック、少し落ち着きなさい」と間に入ってっくれて助かった。

空のレジェンドも、ポンコツなところはあるんだな、と失礼なことを思った。

それでも、「いい家族なんだよな、きっと」とも思う。

ルースターがブロンコを路肩に停めた。シートベルトを外して、ハングマンの方に身体を向ける。そして、そっとハングマンの腕に触れる。

「なぁ、キスしていい?」

「・・・そうだな。コヨーテがいいって言ったら、いいぞ」

「え?それもコヨーテの許可制なのか!?ちょっと待って!電話する!」

ルースターが尻のポケットからスマホを取り出してタップする。

ああ、前にも見たな、この光景。

ハングマンは、小さく笑いながら、ルースターとコヨーテのやりとりを聞いていた。動かない、車窓からの景色を眺めながら。

END