転んでパンチラ

スペンサー・リードは、名前こそ男だが、女性である。何故、女性なのに「スペンサー」という名前を付けられてしまったかは、親ののみぞ知るところであり、リード本人もよくわかっていない。しかし、IQ187の彼女にとってはそんなことはどうでもいいことで、数学、工学、化学の博士号を持っていて、いつもそのことを熟考できればそれで良いし、分厚い本を与えておけば、機関銃のような専門知識を一方的に喋り続けて周囲を困らせることもなかった。ただし、数冊与えておかなければ、30分もしないうちに、またペラペラと喋り始めてしまうのだが。そんな彼女の服装は、ほとんどルーティーン化している。シャツに細いネクタイにカーディガン。それにボックスプリーツのスカート。それに左右柄違いの靴下だ。靴は黒のコンバース。所謂、私服の制服化・・・というヤツである。その日によって、シャツがチェックだったり、スカートがチェックだったりするが、その両方がチェックということはない。何故なら、おしゃれ番長のガルシアの厳しい査察が入ったからだ。チェック柄は、上半身か、下半身のどちらかに・・・ということらしい。確かに、その方が目がチカチカしないで済むが、如何せん、靴下が左右奇抜な柄違いなので、足元を見ると、目がチカチカすることは否めない。しかし、祖母の教えだから・・・ということで、靴下の件だけは、どんなにガルシアに注意されても直すことはしなかった。意外に頑ななところもある、リードだった。今日はトーンの違った紫色のシャツとネクタイとカーディガンで、スカートはチェック柄だった。靴下は、左が黄色い星柄で、右が赤のストライプだった。流石のガルシアも、靴下については、言うのを諦めたらしい。そんなスペンサー・リードは、毎朝、茶色い斜め掛けバッグの中に、本を詰めてBAUにやって来る。その日によって違うが、円周率や素数や星座の名前や・・・もうBAUの仲間たちが「?」を脳内の浮かべるような独り言を呟きながらオフィスに入って来るのだ。特に今日は意味不明だった。英語とは思えないことをブツブツと呟きながらエレベーターから現れた。

「おはよう、スペンス。今日は何の呪文なの?」

すっかり慣れて、姉のような存在のJJが優しくリードに訪ねた。大きな黒縁眼鏡を掛けたリードが、ニッコリと笑って答えた。

「ジャパンの歴代のテンノーヘーカの諡!」

もうわからない。その場にいるBAUのメンバーにはさっぱりわからない。けれどもJJは、

「そう。リードは博識ね」

と笑顔で受け止めたのだった。さすが、姉もどき。

リードは自分のデスクに茶色いカバンを置くと、中から本を取り出した。

「それはなあに?」

エミリーが尋ねる。

「ジャパンの本!」

「リードは日本語がわかるの?」

「今、勉強中!」

そう言うと、リードは細い指でページを捲りながら、周囲の人間が全く理解できない言葉をブツブツと呟きだした。

「リードは勉強家ね」

自分の世界に入り込んでしまったリードの頭を優しくポンポンと叩きながら、エミリーはコーヒーを淹れに行った。さすが、こちらも姉もどき。

そこへガルシアが現れた。

「おはよう、リード。うん。靴下以外は合格ね。可愛いわ、その紫色」

「ありがとう、ガルシア」

ちらっとガルシアを見てリードが微笑む。本に集中しながらも周囲への注意もきちんと払える能力もあるのだ。激甘のコーヒーをリードのデスクに置くと、ガルシアは言った。

「30分後にミーティングよ」

「事件?」

「まだわからないの。ホッチが先方と確認を取ってる。だから、ミーティングまでに飲み終わってね。猫舌リードのために、少しだけぬるめにしておいたから」

「うん。わかった」

リードは事件が好きだ。もちろん、誰かが酷い目に遭ったり、殺されたりするのは嫌だ。けれども、人を助けるために、自分の能力を発揮することが好きだった。そこに自分の存在意義を感じるからだ。勉強ができて、小さい頃からスキップばかりしていたから、友達はできなかった。友達以前にイジメに遭った。ずっとずっとイジメられていた。体育館の倉庫に閉じ込めら他こともあったし、バスケットゴールの支柱に縛り付けられたこともあった。ブラとパンティの下着姿で。心ない男子にレイプされそうになったこともある。けれども、このBAUはとても居心地が良かった。誰もリードをイジメたりはしない。それどころかみんな優しかった。だからリードはBAUが好きだった。みんなが好きだった。仕事の役に立てることが嬉しかった。

リードはカーディガンの上から嵌めた腕時計を確認した。残り、27分35秒。もう少し、本を読み進めることができそうだった。

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「事件だ。集まってくれ」

上からホッチの声がした。反射的にみんながそちらを見る。事件かどうかわからなかったことが、「事件」と判断されたのだ。リードは本を鞄にしまうと、みんなと一緒にブリーフィングルームに向かった。

連続殺人事件。ジェットは290分後に飛ぶことになった。ファイルをバタバタと纏めてメンバーが立ち上がる。不器用なリードは遅れを取った。みんなに追いつこうと慌てて椅子から立ち上がり、後を追おうとした瞬間、その椅子に躓いた。

「うわっ」

バサバサとファイルを落として、床に手をつこうと頑張る。運動神経がほとんどないリードにしてみれば、よくできた反応だった。しかし、床に手はつけたものの、脚の方が疎かになった。というよりも、思わず、足を踏ん張ってしまったのだ。だから、手と膝を床について、腰を高くあげる姿勢になってしまった。そのせいで、自然にボックスプリーツのスカートが捲れあがった。

「イチゴ柄か」

背後から、ユニットチーフであるホッチの声が聞こえた。

「あ・・・あわわ・・・」

へんてこりんな姿勢になっているリードの斜め後ろに、ホッチは片膝をついた。

「おかしいな。俺が贈った下着はどうした?」

「え?え?・・・そ、その・・・だって・・・あれ・・・ちょっと・・・レースとかフリルとか透けてたりとか・・・」

だんだんとリードの声が小さくなる。

「誰に見せるわけでもなし。今度からちゃんと履くように。返事は?」

「・・・・・・はい・・・・・・」

ホッチはイチゴ柄の尻をひと撫ですると、リードが立つのを助けてやった。出張用のバッグの中に入っているか?」

「・・・いいえ・・・」

「安心しろ。ちゃんと俺が用意してあるから」

「ふえっ・・・」

リードが出張先のホテルで、セクシーランジェリーを身につけることになるのは明白だった。なにせ、それがホッチの趣味なのだから。

END