「まだ、終わらないか」
「ああ・・・中将。すみません。まだ、かかりそうなので・・・」
「さっさと始末書を書き始めないからだ。慣れているだろうに」
「だから、気を許しました」
「それでこの時間か」
「すみません」
「ミッチェル大佐。始末書は私のオフィスのデスクへ」
「イエッサー。・・・中将は、もうお帰りに?」
「ああ。・・・大佐はカワサキで来ているんだろう?」
「はい」
「だったら、先に帰って夕食を作って待っている」
サイクロンはニヤリと笑った。
「だったら、早く仕上げないといけませんね」
「そうしてくれ」
マーヴェリックも悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「それじゃあ、大佐」
「お疲れ様です。中将」
マーヴェリックは大きな背中を見送ると、ラップトップPCに再び向かったのだった。
***
「お帰り。意外と早かった」
「お帰りって・・・ここは僕の家じゃない」
「1週間も、あの砂漠のハンガーに帰っていないのに?」
「貴方が帰してくれない」
「命令違反ばかりする狼は、目の届くところに置いておいた方がいい。ほら、手を洗って座って。料理が冷める」
「美味しそう。ああ、違う。ボーの作る料理は何でも間違いなく美味しい」
そう言って、マーヴェリックは洗面所に行き、手を綺麗に洗ってダイニングに戻る」
「別に、いつも作ってるわけじゃない。貴方が来る時だけだ」
「そっかぁ・・・じゃあ、もう1週間も夕食を作ってるんだ。・・・ごめん」
「どうして、そこで謝罪の言葉が出てくるんだ?」
「余計な仕事を増やしてるなって」
「料理くらい大したことはない。それよりも始末書の数を減らしてくれ」
「あー・・・努力します・・・」
明後日の方向を向いて、マーヴェリックは誤魔化した。けれども、いい匂いに釣られて、テーブルに視線を送る。
「今夜はチキンのロースト」
「赤いのは?」
「ベリーのソース」
「甘い?」
「お菓子ほどではないが」
「チキンとベリー。・・・ボーの思考が分からない」
「ちゃんとしたレシピがある」
「それ、覚えてるの?」
「ああ」
「僕には無理」
「F18のマニュアルを一晩で覚える人間なら、できるさ」
「そうかなぁ・・・」
「冷める前に」
「うん」
ナイフとフォークで切り取られたチキンがマーヴェリックの更に乗せられ、ベリーのソースでドレスされる。
「いただきます」
「サラダも」
「わかってるって!・・・基地でも、ここでもお小言かい?ご飯は美味しく食べたいんだけど?」
マーヴェリックはサラダのリーフレタスにフォークを刺す。
「まあ、地上ではそこそこお利口さんだからな、貴方は」
「始末書を書くので忙しいので」
「だから。始末書を書かなければなならないことをしなければいい」
「だよな。でも・・・たぶん、無理!あー!このソース美味しいな。チキンも柔らかい!」
誤魔化されたな・・・とサイクロンは思ったが、食事は美味しく食べる方がいい。それ以上の小言を言うことは控えた。食事中はあまり仕事の話はしない。ただ、お互いに飛行機乗りだから、やはり機体の話では盛り上がる。P-51の整備が終わったら、サイクロンを乗せて飛ぶと言う。それは楽しみだった。
・・・何故、この黒髪の狼は、砂漠の中のハンガーを棲家としたか。それは尊敬する、トム”アイスマン”カザンスキー海軍大将から聞いた。あそこは、アイスマンが天外孤独となるであろうマーヴェリックの棺なのだと。マーヴェリックが認めたお気に入りの大切なものを詰め込む、棺なのだと。ただ、敬愛する海軍大将は言った。
「あそこが・・・彼の本当の棺にならないようにしてほしい。ボー”サイクロン”シンプソン”中将」
と。
「ピート”マーヴェリック”ミッチェルを頼む」
と。
「彼から空が奪われることのないように」
と。
最初は酷く面倒なことを押し付けられたと思った。出会いは最低だった。けれども、あのミッションの2分15秒が、サイクロンの心を変えた。何故、海軍大将が、自分のキャリアを賭けるようなことをしてまで、このやんちゃな狼を守っていたのか。彼を目で追ううちに。日々、小言を言うたびに。時折、処分を言い渡すたびに。何故か・・・愛おしいと、思うようになったのだ。庇護欲。自分の立場を利用してでも、守りたいと思う存在となるのに、そう時間は掛からなかった。マーヴェリックも空を奪われなければ、存外に大人しいのだ。ただ、純粋、空と飛行機を愛しているのだ。そんなサイクロンの思いを知ってか知らずか、魔pーヴェリックも特段サイクロンに逆らうわけでもなく、自由を求めるが故の命令違反はするが、むしろ懐いた・・・と言ってもいいだろう。
「ボー?」
食卓は終わり、二人はリビングのソファで食後のコーヒーを楽しんでいた。手動のコーヒーミルでマーヴェリックが挽いた豆を、サイクロンが丁寧にドリップした。コーヒーメーカーもあるが、時間と手間をかけたコーヒーの方がサイクロンは好きだった。最初、そんな淹れ方をしたコーヒーを飲ませたら、
「美味しいけど・・・めんどくさっ!」
と言われたのはいつだったか。それに対してサイクロンは、
「戦闘機だって、時間をかけて、手間をかけて整備した機体の方がいいだろう」
と返したのだった。
「そっかー。そういう例えだったら、分かるな」
と納得するマーヴェリックが可愛らしかった。
説教。お小言。処分。そんなことばかり、マーヴェリックに対して行っている自分に嫌気が差すこともあったが、マーヴェリック自身は気にする風でもなく、サイクロンを慕った。・・・海軍大将が亡くなってからは、一層に。そう、感じた。彼に、問うたことはなかったけれども。
そんな傷心の年上の部下を、手に入れるために、サイクロンは慎重に行動した。少しずつ距離を詰めた。
「・・・ボーは、どうして戦闘機から降りたんだ?」
「・・・それは・・・」
男としての出世欲か。階級社会の中での上昇思考か。おそらく両方だろう。しかし、後悔はしていない。戦闘機乗りだけでは、海軍は組織として成立しないからだ。誰かが空から降りて、組織を統べなければならない。それに、今は、ピート”マーヴェリック”ミッチェルを守らなければならない。守るためには、権力が必要だった。敬愛する海軍大将のように。だから、満足しているのだ。
「・・・アイスは・・・僕のために空から降りたって言ってた。冗談だと思うけど。やっぱ、あいつも出世したかったんだよなぁ・・・」
手の中でコーヒーカップを弄びながら、マーヴェリックは言った。
冗談ではなかった。海軍大将は、本当にマーヴェリックのために空から降りた。彼を守るために。彼を飛ばせるために。今は自分がその役目を負う。押し付けられたとはもはや思ってはいない。こういう運命だったのだろう。空を駆ける黒い狼は魅力的だった。その姿に惹かれた。空を見上げる姿が愛おしいと思った。
だから、その手を取り、抱きしめてしまった。
最初は驚いていたマーヴェリックも、間を詰めていた関係に慣れていたのか、素直にサイクロンの身体に寄りかかった。
マーヴェリックがサイクロンのことを「シンプソン中将」ではなく「ボー」と呼ぶのに時間は掛からなかった。サイクロンもまた、「マーヴェリック」と呼ぶよりも「ピート」と呼ぶ方がしっくりときた。キスも身体を重ねることも、慣れたように、マーヴェリックは受け入れた。サイクロンはその身体を大切に扱う。海軍にとって必要な戦闘機乗りだから。海軍大将から託された、大切な人間だから。しかし、サイクロンにとっては、それ以上の存在となっている。宝石箱に閉じ込めておきたいほどの宝物だった。
「ボー?僕は質問してるんだけど?ずっと考え込んでる」
「ああ、それは悪かった。ただ、思い出していただけだ。カザンスキー大将のことを」
「アイスのこと?」
マーヴェリックに眉間に皺が寄ったが、サイクロンは気づかなかった。
「君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」
カシャンっ。
乱暴にテーブルに置かれたコーヒーカップ。唇を噛み締めて、立ち上がるマーヴェリック。
「ピート?」
「・・・帰る」
ジャケットを取り、それを着ながら玄関に向かう。
「ピート!」
サイクロンがマーヴェリックの腕を掴む。
「触るな!」
「一体、どうした!?急に!」
「うるさい!」
マーヴェリックは1週間ぶりにカワサキに跨ると、振り向くこともなく、サイクロンの前から走り去ったのだった。
***
住居にもなっているハンガーに戻る。
鈍く光るP-51マスタングの機体をそっと撫でた。
「・・・少し、ほったらかしちゃったなぁ」
サイクロンの家にいたのはどのくらいだったろうか。たぶん、1週間かそこら。マーヴェリックが毎日丁寧に整備している機体を放置してしまうほどに、サイクロンの家は・・・否、サイクロンの傍は居心地が良かったのだ。
それなのに。
彼は言った。マーヴェリックのことを。
「君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」
と。
自分がアイスの僚機でなければ、今頃自分はサイクロンの傍にはいない。アイスの僚機だから。アイスに託されていなければ、サイクロンは自分の傍にはいない。
アイスの存在は関係なく、マーヴェリックはサイクロンを信頼した。惹かれた。恋した。そして、愛した。愛したから傍にいたいと思った。だから、傍にいた。
ああ、それなのに。
マーヴェリックは深い溜息を吐いた。そんな時、彼の鋭い耳はエンジン音を捉えた。
「ああ・・・来たんだ」
たぶん、こうなると思っていた。捨て台詞を吐いて、シンプソン邸を飛び出したのだ。アイスから預かった自分を見届けるという義務感。責任感。
ハンガーの扉の隙間から見えたヘッドライトの光が消えた。そして、ドアの閉まる音と、足音。
「マーヴェリック」
「・・・・・・別に・・・僕の帰る場所はここしかないから。貴方が心配することはない」
「それでも、だ」
「敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」
サイクロンの家で聞いた言葉がリフレインする。けれども、言いたいことは全て、サイクロンの家で吐き出した。今はもう、空っぽだった。話を蒸し返す気もない。
「・・・コーヒーでも?」
マーヴェリックはサイクロンの顔を見ずに言った。
「ああ、貰おう」
居住スペースに向かえば、何も言わずにサイクロンもついてくる。2、3度来たことのある場所だ。マーヴェリックがコーヒーの準備を始めたのを見ると、サイクロンはまるで我が家のように古ぼけたソファに腰を下ろした。
「・・・貴方の家とは違うから、ミルは電動だよ」
「気にすることはない」
「・・・・・・」
別に言い返すこともなく、気分を害することもなく、マーヴェリックは二人分の豆を電動のミルに入れた。異質な感じのする機械音。それでも、挽きたての香りがサイクロンの鼻をくすぐった。サイクロンが好きで常備しているのと同じ豆の香り。
時間をかけてドリップしたコーヒー。
マーヴェリックは、ファイヤーキングのマグカップに入れたコーヒーを無言でサイクロンに渡した。サイクロンも無言で受け取る。マーヴェリックはソファではなく、簡易的なダイニングテーブルの椅子に座った。
無言の時間が過ぎる。
けれども、サイクロンにとっては無意な時間ではない。
謝罪と贖罪を。
「・・・悪かった。・・・もっと、言葉を選ぶべきだった」
「選んだところで、貴方の放った言葉は消えない」
「違う。言葉が足りなかったということだ。・・・君も最後まで聞かずに飛び出ていくし」
「僕が・・・悪い?・・・一方的に?」
「君は、何一つ悪くはない。悪いのは、私だ」
「・・・・・・」
サイクロンはローテーブルにマグカップを置くと、立ち上がってマーヴェリックに近づいた。
「確かに、カザンスキー大将から君のことは託された。ただそれは、君から空を奪わないで済むように、だ」
「・・・昔の仲間が言ってた。アイスは僕の守護天使だって」
「その役目を私が引き継いだ。・・・後悔したよ、正直」
マーヴェリックは唇を噛む。
「けれでも、アヴィエタイターとして、君を素晴らしいと思った。そして、惹かれた」
「飛行機乗りとして?」
「最初は。・・・けれども、恋をした。君自身に。そして、愛した」
「アイスが僕を貴方に託した、その責任感?」
「それは違う。カザンスキー大将に託されたのは君の処遇だけだ。愛することは含まれていない。私が君に恋して、君を愛したのは、私の意志だ」
「じゃあ、何でアイスのことを引き合いに出したんですか」
「それは私のミスだ。それと、最後まで君が私の言葉を聞かなかったせいだ」
「・・・僕が悪い?」
「悪くない」
「・・・・・・」
「マーヴェリック」
伸びたサイクロンの掌が、マーヴェリックの頬に触れる。それが振り払われることはなかった。
「今度は最後まで聞いてほしい。私は、こう言いたかった。君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・大切な、私の宝物だ」
「!・・・」
マーヴェリックはまじまじとサイクロンを見つめた。
「君は私のかけがえのない、宝物だ。だから守りたいし、守らなければならない」
サイクロンの親指がマーヴェリックの頬を往復するように撫でる。マーヴェリックは、ようやく唇を開いた。
「僕はアイスに惹かれた。恋した。愛した。・・・身体も繋げた。・・・だから、貴方に対して何処か後めたい思いがあった」
「・・・まだ、カザンスキー大将に恋心を?」
マーヴェリックは首を横に振った。
アイスにはサラっていう奥さんができた。それで、僕たちは友人になった。かけがえのない友人に。・・・今、僕が恋してるのは貴方で、愛してるのも貴方で・・・」
「カザンスキー大将のことも含めて、私は貴方を愛している。あの方あってこその、ピート”マーヴェリック”ミッチェルなのだから。あの方が守らなければ、君はここにはいない。私は君と出会うことさえできなかっただろう」
「・・・アイスって・・・守護天使じゃなくて、キューピッドだったんじゃないか?・・・ははっ」
ようやく、マーヴェリックが笑顔を見せた。
「・・・中将・・・」
階級で呼ばれ、サイクロンは指でマーヴェリックの唇を優しく押した。
「・・・ボー・・・」
サイクロンも柔らかい表情でマーヴェリックを見る。
「・・・ボー・・・ごめん。・・・ちゃんと貴方の言葉を最後まで聞かなくて・・・」
「誤解は・・・解けたということかな?」
マーヴェリックはこくりと頷いた。そして立ち上がると、両手をサイクロンの肩に置き、ぽてんっとその逞しい胸の頭を預けた。
「本当に、ごめん」
「貴方が謝る必要はない。私が誤解をさせた」
「・・・でも、ごめん」
戦闘機を操るのはレジェンドと呼ばれるほどに巧みなのに、人の心の機微には完全に疎い。そういう人間であることを、サイクロンは忘れていたのかもしれない。あまりにも二人の関係が順調だったから。そう、思い込んでいたから。もしかしたら、自分の思いとは裏腹に、この黒髪の一匹狼は、心の何処かでよくわからない感情を抱え込んでいたのかもしれないのだ。
マーヴェリック故に。
「・・・ボー・・・仲直り・・・する?」
「ああ、是非に」
サイクロンはマーヴェリックの脇下に手を入れるとグッと持ち上げて、木製のダイニング・テーブルに座らせる。
「え・・・ここ?」
「まずは」
マーヴェリックの身体を押し倒し、指を繋ぎ、テーブルに止めてしまう。マーヴェリックも抵抗らしい抵抗もせず、静かにサイクロンを見上げる。瞳の色は緑。マーヴェリックにはよく分からないが、違う緑色だと彼は言う。「貴方の瞳の色は様々な緑に変わる」と、言われたことがあった。自分ではよく分からないし、そもそも自分の容姿にあまり興味がない。マーヴェリックが好きなのは、空と飛行機と生死を共にした仲間。今は亡きアイスマンにグース。・・・そして、可愛いブラッドリー。今は随分と大きくなって、自分の僚機としてミッションに参加もした。マーヴェリックの交友関係の範囲は、驚くほど狭い。狭いが故に、一度関係を繋げば、それが深くなることもある。サイクロンも関係を深くした数少ない人間の一人だった。そんなサイクロンの唇がマーヴェリックに降りる。重ねて、そっと吸い上げる。確かめるように。言い方は悪いが、マーヴェリックの反応が気になる。本当は、まだ、怒っているのではないかと。自分の不用意な言葉に。
「・・・ボーとアイスは違う・・・」
唇の隙間からマーヴェリックが呟いた。
「僕はアイスを愛した。アイスも僕を愛してくれた。・・・でも、僕とアイスは、それ以上に・・・僚機なんだ。それが僕たちの関係を一番に正しく表現する言葉だと思う」
自分の身体の下で、敬愛する大将の名前を出しても、何故か嫉妬の思いは込み上げてこなかった。それよリモ、拙い口調で一生懸命に話す人が愛おしい。
ああ、そうだ。この感情だ。愛おしいと。そう思ったはいつのことだったか。自分よりも年上のくせに、やんちゃで無謀な飛び方をする部下。カザンスキー大将に託されながらも、最初は嫌味と小言で、そのうち怒鳴って、その行動を諌めるようになった。それでも、ピート”マーヴェリック”ミッチェルは変わらなかった。次第に命令違反よりも、彼の身体を、生命を心配するようになった。そして芽生えた、愛おしいという感情。
「・・・でも、ボーは違う。・・・上司だけど、何だか、ごめん。僕にとっては、ボーが僕を叱るたびに・・・嬉しくなってて・・・。ああ、凄く心配されてるんだなって・・・。それ・・・アイスと違うんだ。・・・アイスも僕を叱ったけど、やっぱり何処か共犯だったんだ。でも、ボーは・・・違ってたら、ごめんなんだけど・・・僕を・・・アイスとは違う方法で、僕を愛してくれた。・・・違う・・・かな?」
「過去形なところを除けば、合ってる、ピート」
「・・・アイスは、僕をピートとは呼ばなかった。いつだって、マーヴェリック。やっぱり、僚機なんだよ。僕とアイスは。だから・・・ボーは違うんだ・・・」
ダイニング・テーブルからぶらりと落ちている自分の脚の内側を、マーヴェリックはサイクロンの腰に軽く擦り付けた。
「・・・好きだよ、ボー。ボーも僕のことを好きになってくれたら・・・嬉しい」
「ずっと前から、貴方が好きですよ、ピート」
好きだと言い合い、身体を重ねてきたくせに、今改めて「愛している」と痛感する。
「ベッドへ」
「ん・・・でも、ボーのベッドみたいに、スプリングは良くないよ?」
笑ってマーヴェリックが言う。サイクロンはマーヴェリックを引き起こし、テーブルから下ろした。手を引き、隣の部屋に誘う。しばらくの間、住人がいなかった部屋は、何処か埃っぽく、湿っていた。背徳的な空間だった。
踵を上げたマーヴェリックが、両手でサイクロンの頬を包み、キスをする。サイクロンは両手を動かし、腰から尻を撫でるように摩る。
「ふっ・・・ん・・・」
唇の隙間から二人で酸素を補給する。サイクロンの長い指が器用にベルトを外し、ジーンズのボタンも外す。そのまま手を入れると、すぐに肌の感触を遠ることができる。動きの邪魔にならない、という理由で、いつもTバックを身につけているからだ。そんなこと、自分以外の人間には知られたくはない。敬愛する大将は別として。
マーヴェリックも自分の手もサイクロンの頬から、糊の効いた薄いブルーのシャツへと動く。キスを続けたまま、ボタンを外す。素肌に手を這わせ、その感触を楽しむ。それから、スッと身体を離すと、マーヴェリックは床に膝をついた。すぐに意図を理解し、サイクロンは前をくつろげる。履かない主義のサイクロンのそれに、マーヴェリックは口付けた。雄の匂いがする。
「無理はしないように」
「させてくれないよね」
言いながら、大きなものを頬張る。絶対に根元までは飲み込めない。上の口では。
唇と舌と器用に使って愛撫する。そうすることがマーヴェリック自身を昂らせる。サイクロンがそんな狼の黒髪に指を差し込んだ。艶やかな短髪。付き合い始めた頃はパサついていた。何せ、「面倒臭い」という理由で、ボディソープで髪も顔を洗っていたのだから。一緒にシャワーを浴びた時には驚いた。素材がいいのに勿体無い。本当に、空と飛行機以外には興味がない。
けれども、今は、自分にも興味をもってもらえているだろうか。かの海軍大将ほどではないにしても。
睫毛が揺らいで、サイクロンを見上げてくる。
「・・・ピート。そろそろ貴方の中に入っても?」
マーヴェリックはゆっくりと口を外すと綺麗に笑った。そして、スニーカーもジーンズもTシャツも脱ぎ捨てると、無自覚に尻を見せつけるようにしてベッドに上がった。すぐさまサイクロンも追う。高く上げられた腰。尻の割れ目に隠れる黒いストリングに指を引っ掛ける。脱がすつもりもなく、サイクロンは、自分を受け入れてくれる場所に舌を差し込んだ。
「んっ・・・やっ・・・それ、いらない・・・」
逃げるように腰が動く。しかしサイクロンは、それを両手で押さえ込んだ。逃がさない。
「・・・そんなこと・・・しなくても・・・んっ・・・あ・・・ほんと・・・や・・・」
サイクロンに対する遠慮から、いつもそんなことを言う。けれども、この美しい戦闘機乗りを無意味に傷つけるわけにはいかない。サイクロンは一層、丁寧に濡らす。指も一緒に差し込みながら。
「ボー・・・っ・・・無理・・・我慢・・・無理・・・お願い・・・ンンッ・・・」
マーヴェリックの指がシーツをぎゅうっと掴む。快楽からはもう逃れられない。
「はっ・・・あ・・・ボーが・・・言ったくせに・・・」
「確かに」
サイクロンはマーヴェリックの尻たぶをきつく吸い、そして体勢を整えた。親指で尻を開きながら、しっかりとホールドする。そして、大きな自分を当てがい、グッと押し込んだ。
「ひっ・・・あ・・・あああっ・・・」
身体が二つに引き裂かれるような感覚。それでも愛しいものが体の中に入ってきているのだと思うと、痛みは感じない。
男の身体ゆえに、終着点はない。サイクロンの長さの分だけ、奥を蹂躙する。ガツガツと突きながら、時折、狼の背中にキスを送る。そうして、サイクロンはまーvエリックのウエストに腕を回し、その身体を引き起こした。胡座を描いた自分に座らせるように。一気に終わりのない奥に入り込む。根元まで。しっかりと。
「やっ・・・ああああーっ・・・あっあっあっ・・・」
大きく脚を開いたマーヴェリック身体。右手が上から後ろに回される。ダークブラウンの髪を指先が撫でる。サイクロンの手のひらがマーヴェリックの下腹を押した。
「っ・・・あ・・・やっ・・・ああ・・・」
言葉にならない声。それは、甘く溶けるような音。サイクロンはマーヴェリックの左耳に顔を寄せる。今は塞がったピアスの穴が視界に入る。そして目を細めて、耳朶を唇で喰んだ。
「ああ。そうだ。ピアスを贈ろう」と、サイクロンは思った。エメラルドの小さなピアスを。だったらピアスホールは2つ並べて開けるといい。一つは自分。そしてもう一つは敬愛する海軍大将。
「・・・ボー・・・あ・・・好き・・・」
いつの間にか身体から力の抜けた動物が腕の中にいる。Tバックの前はしっとりと濡れている。
「私は、愛してる」
そう言って、サイクロンはマーヴェリックの中に白濁を解き放った。
***
数日後。
「痛くはない?」
「平気。昔、開けた時も平気だった。まあ、この年齢になって、またピアスホールを開けるとは思わなかったけど。でも、なんで二つ?」
「貴方には必要でしょう。・・・嫌だったかな?」
「・・・それは、いいんだけど・・・。ボーは嫌じゃないのかなって」
マーヴェリックの左耳に、小さなピアスが二つ並んでいる。エメラルドはサイクロンが贈った。サファイアはハンガーにある祭壇とも言える場所に置いてあった、小さな箱の中にあったものだ。
「ピートが認めてくれるのであれば、貴方の守護天使は二人だ。好きなだけ空を飛んでも安全だ」
「そう言うわりには、お小言が多いし」
「それは貴方が命令違反をするから」
「好きに飛んだら、そうなる」
「大丈夫。貴方から空を奪うことはしない」
「ふーん。意外な発言。さっき、1週間の謹慎って言ったの誰?」
「だから。それは貴方が命令違反をするから。1ヶ月のところ1週間にしたのは私だ」
「あ、そうなんだ。ありがと、ボー。じゃあ、少しはお利口さんにしてるよ」
「整備士に混じって仕事をするのは大人しくするとは違う」
「えー・・・つまんない」
どうやら、本気で謹慎中に整備の仕事をする気でいたらしい。
「大人しくしていないと、ベッドに繋ぐという手も」
「それは、勘弁して」
「だったら、礼儀正しく、教官の仕事を」
「え?」
「貴方の今週のミッションだ。ひよっこたちを鍛えるように。彼らを死なせないために」
「・・・優しいよね、そういうところ」
「そろそろ、時間だ。一緒に?」
「うん。どうせ、行き先は同じだから」
サイクロンの車で基地に向かうべく、マホガニーのダイニング・テーブルから立ち上がる。今朝のコーヒーはサイクロンが淹れた。ただし、手動のミルで豆を挽いたのはマーヴェリックだ。わりといつもの朝のように。違ったのは、太陽に光で煌めく、マーヴェリックの耳にある二つの小さな宝石だけだった。
END