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いつだって一緒

デヴィッド・カーソンはセミダブルのベッドで寝返りを打った。そうしたら、身体のあちらこちらに、「むにっ」と何かが当たったか。何か・・・とは、わかりきっている。人体だ。諸般の事情で同居している、相棒。パイロットのエヴァン・レインツリーだ。

「またかよ」

と、心の中で呟いてから、目を開けた。視界には、くうくうと、気持ち良さげに寝こけている相棒の姿が映る。カーソンは、枕元の時計で時刻を確認した。6:00。まあ、起きても悪くない時間ではある。いつもは、自分の方が寝汚く、起きるのが遅いのだが、たまにはこういう日があってもいいだろう。そろり・・・と身体を動かすと、カーソンはベッドから降りようとした。

が。しかし。

「うわっ・・・!」

突然、後ろから腕を掴まれて引っ張られた。ベッドの上に引き戻される。

「まだ、早い」

直前まで、寝息を立てていた相棒が、パッチリと目を開けて自分を見ていた。

「あー・・・あんた、起きてたの?」

「お前がベッドから出ようとするから」

「そりゃね。朝だから」

「いつもなら、まだ寝てる」

「たまには、こういう日もあんの。何、起きちゃダメなわけ?」

「・・・俺が先に起きる」

「なんで」

「朝食を作るから。俺が」

「あー・・・そー・・・そうね。朝食は大事ね」

家事が壊滅的に出来ないカーソンなので、食事を作るのはいつだってレインツリーの方だ。本人もそれを嫌がってる風でもないので、そういう分担になった。いや、分担も何も、掃除も洗濯も相棒がやっている。

「じゃあ、俺、シャワーを浴びるから、朝食を作れよ。OK?」

「OK」

相棒の動きは早く、すっとベッドから降りて、Tシャツを被ると、さっさとカーソンの寝室を出て行った。

「しっかしなぁ・・・寝室を別にしてる意味、無くね?」

カーソンは呟いた。

********************

眠気はとっくに冷めてはいたが、朝のシャワーは気持ちがいい。なかなか取れない爪の間の黒い汚れは、整備士という仕事の勲章みたいなものだ。それでも、カーソンは丁寧に指先も洗った。ブラシを使って軽く擦る。

カーソンは元々はハワイアン・エアラインの整備士だった。空港のハンガーが、カーソンの城だった。そこへ何故か、やたらとやって来ていたのが、パイロットのエヴァン・レインツリーだった。「パイロットは飛行機を飛ばしてりゃいーじゃん。CAとイチャイチャしながらさ~」と思っていたカーソンだったので、レインカーがやたらとハンガーに来て、整備の様子を見てるのが不思議でたまらなかった。だから、ある日、つい言ってしまったのだ。

「何。何なの。俺の整備がそんなに信用できないわけ?あ?」

と物凄く挑戦的に。

しかし、パイロットは穏やかに首を横に振った。

「いや。違う。その逆だ。お前の整備は信頼できる」

「は?」

パイロットに整備の何がわかるんだ!という思いもあったが、レインカーの前職を聞いて納得した。元空軍のパイロット。F15イーグルを操っていた、戦闘機乗り。空軍のパイロットは、自分の機体を整備士任せにはしない。必ず、自分の目と手を使ってチェックする。その癖だ。その癖が抜けずに、ハンガーに来るのだ。けれども、決して、カーソンの仕事に手出しや口出しをすることはなかった。ただ、静かに、見ていた。

「面白い?暇じゃない?」

「楽しいし、暇は感じない」

「あっそ。まあ、いいけど、そのシャキッとした制服を汚さないように気をつけなさいよね」

「ああ。ありがとう」

わりと、紳士的な口調。

「でさぁ、何で、俺の整備が信頼できるって言うわけ?その根拠は?」

「・・・音・・・かな」

「音?」

「ああ・・・そう。音だ。エンジン音やフラップ音・・・色々な音を聴いて、そう思った」

「へえ・・・いい耳してるじゃんよ」

カーソンは汚れた指で鼻を擦った。黒いオイルのようなものが鼻に付いたかもしれない。しかし、そんなことを気にしていては、整備士は務まらない。

エヴァン・レインツリーは空が好きな男だった。だから、空軍のパイロットになった。空に近づくために。それが理由は語らなかったが、民間航空会社のパイロットになった。同じ空でも、戦闘機と航空機とでは、見える世界は違うだろうに。

カーソンは、レインツリーが明日乗る機体の整備を仲間達と終えて、ほっと一息ついた。いつの間にか、レインツリーが傍にいた。

「ありがとうな」

「これが、俺の仕事だし。あんたは、安全に乗客を空の旅に連れて行ってくれ」

「そうする」

そう言うと、レインカーはポケットから白いハンカチを出して、カーソンの汚れた鼻を拭いた。

「へっ・・・」

驚いたカーソンが1歩後ずさる。

「な、何すんの、あんた」

「綺麗な顔だから」

「・・・あんた・・・眼科に行ったほうがいいわ・・・マジで」

それが、レインツリーとカーソンが、よく会うようになったきっかけだった。

********************

「お!チョコチップバナナパンケーキ!!」

テーブルに並んだ朝食を見て、カーソンが満面の笑みを浮かべた。甘いものが大好きなカーソンだったが、レインツリーが作るパンケーキの中でも、このチョコチップバナナパンケーキが一番の好物だった。他にも、卵料理とソーセージ、コーヒーにミルクが用意されている。

カーソンが座ると、肩にタオルをかけたレインツリーも座った。そしておもむろに、コーヒーにバターを入れてかき回し始める。

「うわ・・・」

「何だよ」

「いや・・・それ・・・何回見ても、引くわー」

「栄養価が高くなるんだ」

「それは100回くらい聞いたっての。でも、引くわー」

カーソンは眉を顰めた。が、チョコチップバナナパンケーキを一口食べたら、ふわっと表情が柔らかくなった。

「ん。やっぱ、美味いわ、これ」

「そうか。それは良かった」

「エッグスンシングスもブーツ&キモズもいいし、カフェカイラ好き。モケズだって捨てがたい。でもさ、あんたのパンケーキが一番落ち着く。美味いし。飛べなくなったら、パンケーキ屋でも始めたらいいんじゃねーの?」

「その時は、お前も一緒だな」

「何で。俺は一生整備士やるの」

「だったら、俺は一生、お前が整備した飛行機を飛ばす」

「・・・整備士は他にもいっぱいいるでしょ」

「俺はお前が整備した機体にしか乗らないって決めてる」

この男の、自分に対する執着は一体何なのだろう。きちんと完璧に整備された飛行機に乗りたい気持ちはわからないでもない。けれども、それは自分でなくたっていいはずだ。もちろん、カーソンは自分の力量には自負がある。それを認めてもらえることは正直、嬉しい。ただ、レインツリーにはそれ以上の何かがある。ハワイアン・エアラインのパイロット辞めた時、レインツリーはその足でカーソンの所にやって来て言ったのだ。

「俺、専属の整備士になれ」

その言葉は提案でも何でもなく、まるで決定事項の命令だった。あれよあれよと言う間に、カーソンは、プライベートビーチのあるレインツリーの家に連れてこられた。そして、現在に至る。パイロットと整備士はコンビだから、いつも一緒にいなくちゃいけない・・・と言うのが彼の言い分だ。最初は難色を示していたカーソンだったけれども、自分の苦手な家事の一切を文句も言わずにやってくれるので、これはお買い得では?・・・と思ってしまった自分もいた。正直、この家は居心地がいい。慣らされてしまったなぁ・・・と後悔しても今更遅い。何せ、身体の関係までもってしまったのだから。成り行きで。・・・成り行き?・・・そうだったか?・・・同意。合意。・・・少々、酒も入っていたしなぁ・・・。

「冷めるぞ」

「あ?ん・・・そだね。・・・もっとメープルをかけようっと」

カーソンはメープルシロップをたっぷり変えると、満足気にパンケーキを頬張った。

「今日は?レナーズか?それともリリハ・ベーカリー?」

「んー・・・そうね。今日はココパフって気分」

「じゃあ、リリハだな」

「よろしく」

カーソンは甘いものが大好きだ。オヤツに必ず、マラサダやココパフを買って行く。いろんな店をチェックしているが、最近はレナーズのマラサダかリリハ・ベーカリーのココパフがルーティーンだ。カーソンはコーヒーを飲みながら、昨日もした会話をもう一度した。

「今日は?カマロ?シルヴァラード?」

「どっちでも。しかし、運転は俺だ」

「あー、はいはい。じゃあ、俺のカマロな」

「OK」

「なあ、ミルクもいいんだけど、オレンジジュースが飲みたい」

「わかった。持ってくる」

どんな些細な我儘も、どんな大きな我儘も、レインツリーはあっさりと受け入れる。飛行機と車の運転いついて以外は。とにかく、機械を動かすこと、操縦することが好きな男だ。もしかすると、彼は自分のことも操縦している気でいるのかもしれない。けれども、それが不愉快に思えないところが不思議だった。

「ほら」

大きなグラスに注がれたオレンジ色。

「あんがと」

カーソンは喉を鳴らしてオレンジジュースを飲んだ。

「んま」

カーソンが美味しそうに食べたり飲んだりするのを、レインツリーはいつも穏やかに微笑んで見てる。その視線にはカーソンも気づいてる。こんなおっさんの飲食する姿を見て何が楽しいのか。わからない。けれども、興味を持たれるのは悪くはない。

「なあ、今日は何処、飛ぶの」

「マウイ島。新婚カップルの輸送だ」

「モノじゃないだから。しかし、いいね、マウイ島。俺、ラハイナの街並み、好きよ」

「そうだな。半日以上は、観光してるらしいから、俺たちも少しは自由時間があるぞ。街歩き、するか?」

「いいね。ただし、完璧な整備が終わってからな」

「わかってる」

「オノ・ジェラート・カンパニーに行きたい」

「わかった」

本当に、車の運転は譲らないが、他のことに関しては、ほとんどカーソンの言うなりだ。それが、また、この男との居心地をよくしている要因の1つなのだろう。

「あー・・・俺って飼い慣らされる?」

とカーソンは言葉に出さずに、心の中で呟いた。

「なあ・・・」

今度は言葉にした。

「何で、今朝、俺のベッドにいたの?」

「コンビはいつも一緒にないとダメだから」

「お前が俺の寝室に来れば、俺はお前の寝室には行かない」

「・・・・・・寝室を熱にしてる意味、なくない?」

レインツリーはそれには答えなかった。カーソンも別に答えは求めていなかった。案外、寂しがり屋なんだな、と思うだけだ。彼の、バックグラウンドはまだまだ知らないことだらけだったが、まあ、一緒に空を飛べたらそれでいいか・・・と思う。

「今日も空が青いね」

「ああ。絶好のフライト日和だ」

大きな窓から見える真っ青な空を見ながら、二人は静かに笑ったのだった。

END

Yea please quit 01

逃げたかった。
いや、現在進行形で逃げたい。
金髪碧眼が美しいダニエル・ウィリアムズ刑事は、上司であり相棒でもあるスティーヴ・マクギャレット少佐宅の2階寝室のベッドの上でブランケットにくるまりながら心底そう思っていた。
いや、現在進行形で思っている。
先にシャワーを使わせてもらったものの、あまりにもダラダラしていたら(30分位)、とうとうスティーヴがバスルームに押し入ってこようとしたので、慌てて脱出。入れ替わりにバスルームに消えた相棒からはしっかりと目をそらし、自分がこの家を脱出する算段を頭の隅っこで考えながら服を探したら、一式なかった。靴もなかった。いやいや、裸でなければなんとかなる!とスティーヴのクローゼットを物色しつつ、あれ?カマロのキーは?と思ったら、それもなかった。スマホもなかった。ダニーの家の鍵もなかった。全てがなかった。
「マジかよ」
そう呟いて、ベッドサイドの時計を見たら、確実にバスルームを出てから2分は経過していた。まずい。猶予は残り1分しかない。1分で何ができる?たかが1分。されど1分。しかし、ダニーが置かれた状況下においては、たかが1分でしかなかった。嗚呼。もう残り30秒。とりあえず、素っ裸で部屋に立ってるのは絶対によろしくないことだけはわかる。
しかし、ダニーはミノムシよろしく、ブランケットを全身に巻きつけてベッドに座ることしかできなかった。
そして、今、目の前には、スティーヴがいる。という状況である。
冒頭に戻るが、ダニーの心と頭は、「逃げたい」というフレーズで埋め尽くされていた。

「ダニー、確認するぞ」
「ああ・・・うん」
「俺はダニーが好きだ。OK?」
「まあ、それは聞いた。OK」
「最早それはlikeではなく、loveだとも言った。OK?」
「・・・そだね。そんなこと言ってたね」
「つまり、俺はダニーを愛してる。OK?」
「すっげー物好きだと思うけど、それも聞いた。OK」
「俺たち、普通にハグしてるよな?OK?」
「一般的なアメリカ人男性の頻度としてちょっと多すぎで長すぎって気がしないわけでもないけど、OK」
「キスだってしてるよな?OK?」
「まあ、俺から進んでしたことはないけどね。・・・OK」
「俺達は、相思相愛ってことだよな?OK?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ダニー、何故、黙る?」
怖い。スティーヴの目が怖い。完全に容疑者を問い詰める視線になっている。いつから、ここは取調室になったんだと、ダニーは思う。しかし、スティーヴの質問にうっかりと答えたら、確実に貞操の危機だ。っていうか、すでに野獣に体を押さえつけられている状態に等しい。
「ダニーは俺のことが嫌いだったのか?」
「うー・・・いや・・・まあ、その・・・ね?なんつうかね?そうじゃないんだけど・・・」
「じゃあ、好きなんだな?愛してるんだな?だったら、何も問題ないよな!」
そう言って、スティーヴの手がダニーをくるんでいるブランケットに伸びる。
「いやいやいやいやいやいやいや!!!!問題あるでしょ!!!!!」
ピタっとスティーヴの手が止まる。そして、眉間の皺が増える。怖い。マジ、怖い。いろんな意味で怖い。何が怖いって、スティーヴというよりも、スティーヴがこれからやろうとしていることが怖い。
「何が問題なんだ?俺には理解できない。付き合っていれば、誰もが通る道だろう?」
「とっ通らねえよ!!少なくとも俺は通ってない!あんたは、軍で通っちゃってるかもしれないけどさ!!」
「それは軍隊に対する偏見だぞ?ダニー。俺だって、男相手はは初めてだ」
初めて同士、ますます怖い。
「でも、大丈夫だ。俺は優勝でエリートだから」
何がー!何処がー!オーマイガー!
スティーヴの意味不明な自信にダニー頭を抱えたくなる。しかし、それをやるとブランケットがずり落ちるので、頭は抱えずにしっかりとブランケットを握りしめる。
「ももももも・・・もうちょっと段階を踏んだらいいんじゃないか?お付き合いってさ。な?」
「だから、さっき確認しただろう。告白した。ハグもした。キスもした。しかも、合意で。次の段階は言わずもがなだろう?」
と、眉間の皺を解いて爽やかスマイルで答えるスティーヴ。
告白を受け入れた、ハグを許した、キスも許した、そんな自分の浅はかさを呪うダニー。こうなることは予想出来ていたはずなのに。けれども、スティーヴのことは嫌いではないのだ。相棒としても、人としても。ただちょっとLOVEの見解にちょっとばかり相違があったような気がしないわけでもないのだが。
「でもさー、俺、男だし」
「それは十分に分かってる」
「じゃあ、男同士でセックスするって、いかがなものかと・・・」
「そうか。ダニーは保守的だったな」
「そっそうそうそうそうそうそうそう!わかってんじゃん!俺ってそういう人間だからさ!」
「でも、新しいスイーツは好きだよな」
「へ?」
「ニュージャージーにはない、ハワイ特有のスイーツは、ビビらないで率先して食べるよな。レナーズのマラサダとかリリハ・ベーカリーのココパフとかテッズ・ベーカリーのハウピアパイとか。つまり」
「・・・つまり?」
「自分が保守的だっていうのは、ダニーの単なる思い込みということだ」
・・・何なの、その論理展開。再び頭を抱えたくなる。が、それをこらえて、ブランケットを握りしめる。
「愛してるんだ、ダニー。だから、俺はダニーの全部が欲しい。そう思うのは、当然の成り行きだと思わないか」
愛とセックスの関連性については、ダニーも否定はしない。30年も生きていれば、好きだなーっていう女の子とセックスに及んだことは多々ある。愛とセックスは詰め合わせである。だがしかし。今目の前にいるのはスティーヴ・マクギャレットという男であって、可愛い可愛い女子ではないのだ。しかも、あまりにも恐ろしく確認できずにいるのだけれども、その体格差と相手のコントロールフリークっぷりからいって、ダニーの方が受ける入れる側であることはあまりにも明白だった。
それが、怖い。激烈に、怖い。猛烈に、怖い。何はなくとも、怖い。
だって。アソコはそういう器官じゃないし。消去法でいったら、アソコを使うしかないってだけの話だし。たぶん、全知全能の神様はそういう使用方法を考慮して、アダムを造ってないと思うし。無理っしょー。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、ダニーはスティーヴに抱きしめられていた。
「絶対に後悔させないから、ダニー」
いやもう、すでに自分は後悔してます。己のパーソナルスペースにアニマルを侵入させたことが大間違いでした。と、ぶるぶる怯えるダニー。
「嫌か?」
「・・・・・・つーか、あのね」
ダニーがボソボソと喋り始める。無理矢理押し倒されることだけは避けたい。
「何だ?」
「笑わないで、聞いてほしーんだけさ。・・・あー。確かに、俺はあんたのこと嫌いじゃないよ?確かに、好きって言葉と受け入れたし、キスだって拒んでない。でもさ、でーもーさー」
「だから、何なんだ?」
「うー。・・・あんねー。・・・おっかねーの!マジ、怖いの!」
「俺が?」
「セックスしようとするあんたが!」
「心外だな」
「鏡を見てみろよ。なんか、捕食動物を目の前にした猛獣って感じ。それに男同士のセックスも怖い!」
「じゃあ、俺は一体どうしたら、いいんだ?」
「だーかーらー。こういうお付き合いは段階を踏みましょうって!」
「それはない」
「即答?」
「俺は十分に段階を踏んだ」
「じゃあ、俺の気持ちは無視なわけ?大事にしてくれないわけ?最低!」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す。ダニーも俺の気持ちを大事にしてくれてない」
「しょうがないじゃん!」
「ダニー。喧嘩はしたくない」
スティーヴの声は荒げることなく、穏やかだった。
「ダニーを傷つける気もない。ただ、愛したいだけなんだ」
何かを押し殺したような、優しい声。それに対して、ダニーはあまりきつい言葉を返せなくなる。
「いや、まあ、その、そういうのがわからないわけでもないんだけど・・・さ・・・」
「本当に嫌だったら、殴っていい。それともベッドサイドに銃を置いておこうか?」
「何だよ、それ」
「心の底から嫌なら、俺を撃ち殺せばいい。レイプになるからな。正当防衛だろう?」
「・・・そこまでして、抱きたいわけ?」
「抱きたい」
「・・・・・・わ・・・わーったよ」
ダニーは小さくため息を付く。そこまで言われたら、そろそろ腹を括るしかないようだった。

to be continued

Let`s meet for Pau hana

いつものように、電話で呼び出され。
いつものように、被害者を検分し。
いつものように、銃撃戦になだれ込み。
いつものように、相棒は無茶をし。
いつものように、俺はハラハラさせられ。
けれども、
いつものように、事件は解決。
4人で報告書を分担し、それも終わる。
コンピュータのエンターキーを押して、
俺は椅子に深く寄りかかった。
デスクの上に飾ってある、グレイスの写真を見やる。
無意識に口角が上がるのは仕方がない。だって、彼女は俺の可愛いモンキーで、元気の源だから。
「ダニー」
俺のオフィスの入り口に無鉄砲男が立っていた。
「Let’s meet for Pau hana」
「へ?パウハナ?」
このハワイっ子は時折、俺のわからない言葉を会話にぶち込んでくる。
あー。やだやだやだ。だから、こう答えてやる。
「I don’t know」
よっぽど俺は仏頂面をしていたんだろう。
スティーヴがニヤリと笑った。余計にムッとする。
「”仕事は終わり”って意味だよ、ダニー」
「じゃあ、最初っから、そう言えよ」
「”郷に入りては郷に従え”って言うだろ?ダニーだって、最近は、AlohaやMahaloを使ってるぞ?」
「そうだっけ?」
「使ってる。この間もパンケーキ屋のウェイトレスに言ってたぞ」
「あの程度は、世界共通言語に近いだろう。Pau hanaは知らない」
「じゃあ、これで新しい言葉を覚えたな。スキルアップだ」
「俺はハワイっ子じゃないからいーの」
「これからハワイっ子になるかもだろう」
「なんで」
「ハワイ永住とか」
「しないしないしないしない!俺はグレイスのいるところにいるの!もし、グレイスが日本に行っちゃったら、俺だって日本に行くもんねー」
「俺が日本に行ったら?」
「はぁ?お前は勝手に行っただろうがよ!置き手紙一つで!ふざけんな!」
あの時のことを思い出して、だんだん、腹が立ってきた。
「悪かった、ダニー。膨れるなって」
「膨れてねーし」
実のところ、心はめっちゃ膨れていたわけだけれども。
「機嫌直してくれ。ビール、奢るから」
「今夜の飲み代、全部持ってくれるなら」
「仕方がないな」
「ふーん。気前がいいね。気持ち悪い」
「で?ププは何がいい?」
”ププ”ってハワイ語は大好きだ。おつまみって意味だから。
「そりゃあ、パイナップル抜きのピザ」
「それなら、冷凍庫に入ってる」
「え?お前んちなの?」
「帰らなくていいから、楽だろう?着替えも置いてあるし」
「えー」
「心配するな。ビールはちゃんと冷やしてある」
「そういう問題じゃないんだけどさー」
と、文句を言っている間に、スティーヴが近づいてくる。
あー、これは、来るなーと思った。
今日の銃撃戦は結構激しかったし。
アニマルのアドレナリン出まくってたし。
俺は、左手を伸ばして、グレイスの写真をデスクに伏せた。
と、同時に、唇を塞がれる。
これは序の口だ。
いや、序の口にさせる。何せ、ビールとピザが先だからな。
すっと唇が離れた瞬間に、俺は立ち上がった。そして、ポケットからカマロのキーを出し、スティーヴの目の前で左右に振る。
「安全運転で、よろしく」
「わかってる」
「それと、家に着くまで、お触りナシね」
「そりゃ、ないだろう」
「サカるときは、場所を考えろって言ってんの!ほら、行くよ!」
すでに、チンもコノもいなくなったfive-0の本部。釘を刺しておかないと、何をするかわからないアニマルボーイ。違った。アニマルおっさんか。
腰をホールドされる前に、俺はさっさと歩き出した。
「電気を消すのと、戸締り忘れんなよー」
ひらひらと手を振って後を任せる。
”Pau hana”
うん。悪い言葉じゃない。仕事は終わり。これで、上司と部下関係はリセット。
いつでも主導権を握られてたまるかってんだ。
俺は、心の中のハワイ語辞典に、”Pau hana”といういう言葉を書き入れた。

END

Never let you go. Side:S

今日の俺はカマロではなく、自分の車、シルバラードのハンドルを握っていた。隣にはチンが座っている。
「ダニーの膝、大丈夫だといいね」
チンの言葉に、「ああ」と呟く。
ダニーがファイブ・オーに入った頃、彼は膝の前十字靭帯を痛めた。本人曰く、俺が散々無茶をさせたせいだと言う。そのときは、「なんて、軟弱なんだ!」と思ったが、今にして思えば、俺にも悪いところがあったかな・・・と反省はしている。
その痛めた膝を、先日の容疑者確保のときにアスファルトに打ち付けてしまい、しばらく病院通いを続けている。事件がなければ、俺がダニーにのカマロで病院に連れて行くのだが、今日は聞き込みがあって、それはできなかった。
「心配だろう?」
チンが話しかけてくる。
「ああ」
クスリと、隣から笑い声が聞こえた。チンが笑ったからだ。
「チン?」
「ごめん。なんか、心、ここにあらずって感じだったから」
「・・・・・・そんなこと、ない」
「聞き込みが終わったら、病院に寄ろうか?」
「いや、いい」
「意地を張らなくても」
「張ってない」
「そうだね。スティーヴはいつだって、自分の感情に素直だからね」
また、チンが笑った。
俺は思わず、唇を噛んだ。
父親の元相棒。子どもの頃の俺を知ってるだけに、チンにはかなわない。
一応自分の方がボスとはいえ、チンの方が年上だしな。
「・・・銃器店の聞き込みが終わったら、病院に寄っていいか?チン」
「もちろん。それがいいよ。ダニーも喜ぶ」
「喜ぶ?」
「そう。相棒に心配されて、迎えに来てもらったら、絶対に喜ぶよ」
「そんなもんか」
「そうだよ。そういうものだよ」
相棒か。・・・そうだな、俺とダニーは相棒だ。
・・・・・・でも、相棒と寝るか?セックスをするか?
ただの相棒なら、しないと思う。でも、ダニーはただの相棒じゃない。
相棒じゃなかったら、何なのか。
ダニーを抱いておいて、こんな自問自答をするのはおかしいけれども、自分にとってのダニーの存在意義を真剣に考えてみたことはなかったかもしれない。
ただ、欲しかった。自分のモノにしたかった。あの五月蝿い言葉も、オーバーリアクションも、膨れた顔も、笑顔も、体も全て、自分のモノにしたかった。
けれども、何度、体を重ねてみても、ダニーが自分のモノになったという実感がない。いつだって、どこか、もどかしさがある。
ある時、夜中に目がさめたら、隣にダニーの姿がなかった。外を見たら、カマロがなかったから、家に帰ったことがわかった。俺はすぐにダニーの家に車を走らせた。ダニーの家のセキュリティはたいしたことはなく、ピッキングで鍵はすぐに空いたし、ベッドで熟睡するダニーは俺の存在にも気づかなかった。
ただ、その姿を見て、ほっとしたことを覚えている。そのあとに芽生えた感情はよくわからない。
そんなことが2、3度続いてから、ダニーは勝手に家に帰らなくなった。
正確に言えば、俺が帰さないようにしていたからだけれども。
ダニーの体温を感じていると、とても安らいだ。だから、離したくないのか?
ダニーは俺の精神安定剤なのか?
「スティーヴ?大丈夫か?もう、着くよ。聞き込み先」
「あっ・・・ああ」
チンの言葉で、思考から現実に引き戻された。

銃器店で満足な情報を得る。それをメールでコノに送った。調査を彼女に任せる。
「せっかくだから、ダニーにココパフかマラサダを買って行ってあげようか。きっと喜ぶよ」
「喜ぶ?」
「そう。仲間になった頃は、ハワイ・ネガティブ・キャンペーンの多かったダニーだけど、ココパフとマラサダにはすっかりはまったよね。それと、パンケーキも。まあ、もともと甘いモノが好きなんだろうけどね。こうして、ダニーの好きなモノが、ハワイに増えていくといいよね。どうせだから、両方買って行ってあげようか。ん?スティーヴ?」
「チンは・・・随分とダニーのことがわかるんだな」
「ダニーの甘いモノ好きは見ていればわかるよ。女子のコノ顔負けに、甘いモノを見ると嬉しそうな顔をするからね。気づかなかった?」
「・・・いや。まあ・・・・・・」
「ん?どうした、スティーヴ。ダニーといる時間は、俺なんかよりずっと長いだろうに」
チンが意外そうな顔をする。
確かに、そうだ。カマロの助手席でも、よく甘いモノを食ってるなっていうのは気づいていた。でも・・・・・・。
「スティーヴ。ちょっと車を停めてくれるかな」
「ああ、わかった」
車を道路脇に寄せる。別にココパフやマラサダの店の前というわけでもない。
「スティーヴ。ダニーと何かあった?喧嘩したわけでもなさそうだけど。っていうか、口喧嘩はいつものことだしね」
「別に・・・・・・喧嘩はしてない」
「じゃあ、ダニーの膝のことかな?あれは仕方のないことだよ。古傷を打ってしまったことは不可抗力だ」
「・・・・・・わかってる」
「じゃあ、どうしたのかな?」
チンに問われても返事ができない。自分でも理解不能だからだ。
ただ、心の中がざわついていることだけは確かだ。
「スティーヴ?」
「チン。よくわからないんだが・・・・・・」
「何かな?」
「一緒にいたはずなのに、夜中に目が覚めたとき、一人だった。そのとき、どうにもならなくて、相手の家まで追いかけた」
「へぇ。情熱的だね。スティーヴらしい」
「俺らしい?」
「捜査と一緒。容疑者の確保一筋と同じってこと。ただ、その相手は容疑者じゃないからね。情熱的っていうよりも、愛が溢れてるっていうのかな?」
「愛?」
「だって、相手の家まで追いかけたんだから、そうなんじゃないか?」
うんうん、とチンが頷く。
「じゃあ、相手が逃げないように、手錠か何かで繋ぎ止めておきたいっていうのは?」
「スティーヴ。それを実行に移したら犯罪だからね。ただ、そういう感情はわかる。それは、執着ってことかな。あ、まさか本当に手錠で繋いだりは・・・・・・」
「していない」
「それは、よかった」
ただ、逃げられないように、がっちりと腕の中に収めているだけだ。それは、心の中で補足しておく。
「いいね。愛と執着。それは表裏一体のものだよ。愛しているから、相手に執着してしまう。そして執着してしまう、愛もある。ただし、相手の気持ちを無視して、やり方を間違えると、ただのストーカーだからね」
「・・・・・・たぶん、それは・・・大丈夫だ」
ダニーは俺を拒んではいない。少なくとも、セックスは合意の上だ・・・と思う。
けれども、自分はダニーの気持ちを確かめたことがあっただろうか。
そもそも、自分が、自分の思いをダニーに言ったことがあっただろうか。
・・・・・・それはない。何せ、自分で自身でもわからない感情だからだ。
「スティーヴ。言葉って大事だよ。大切で手放したくない相手なら、ちゃんと、『愛してる』って言ってあげないとね。さ、ダニーにココパフとマラサダを買っていこう」
その言葉を合図に、車を発進させる。
チンに言われたことを噛み締めながら。

「あれー。チンと一緒じゃねーの?」
病院についたら、ちょうどエントランスからダニーが出てきたところだった。
「何か用事を思い出したらしい。買い物の後、別れた」
「買い物?今日は聞き込みじゃなかったっけ?」
「チンが、ココパフとマラサダをお前に買っていこうって・・・」
「え?マジ?両方あんの?さーすーがー!チン!」
そういってダニーは、さっさとシルバラードの助手席に乗り込んだ。俺も慌てて運転席に座る。すでにダニーはマラサダの箱を開けている。
「膝・・・どうだった?」
「ん、美味しい!あん?ああ、膝ね。大丈夫。今日で通院もおしまい。古傷も悪化してないって」
「そうか。よかった」
「ほんっとだよ。これで膝が壊れちゃったら、俺、ファイブ・オーを辞めて、どっかの警察署で内勤だね」
「そんなことさせない」
「何、言ってんだか。あんたに人事権はないでしょうが。知事様の言う通りってやつだよね」
「知事には報告しない」
「はぁ?あのさあ、なんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いよ?まったく、これだからコントロール・フリークの言うことって、いやいやいやいや」
ダニーが首をブンブンふりながらマラサダを頬張る。
「そうだ、本部に行く前に、俺の家に寄ってくんない?銃もバッジも置いてきちゃったんだよね。俺ってうっかりさん!」
「わかった。ダニー、そこらへんに砂糖を散らかすなよ」
「あーはいはい。これはあんたの車だもんねー。ったく、こういうときはカマロの助手席の方が都合がいいよな。自分の車なら、砂糖をこぼし放題!なんてね」
ケラケラ笑いながら、2つ目のマラサダに手を伸ばすダニーを、視界の端に捉えながら、俺はダニーの自宅へと車を走らせた。

「ちょっと車で待ってろよ。それとも、俺のカマロに乗り換える?」
「いや。一緒に行く」
「拳銃とバッジを取りに行くだけよ?」
「いいから」
「はいはい。わかりました。逆らいませんって」
ダニーが両手を挙げて、降参のジェスチャーをする。
家の中へ入るなり、俺は後ろからダニーを抱きしめた。
「!・・・スティーヴ?」
ダニーの怪訝そうな声。
「あんね。今、まだ、勤務時間中。しかも真昼間。だから、離れなさいっての」
「嫌だ」
「あーあーあーあー。まーた、始まった。なんか、スイッチ入っちゃった?アニマル・ボーイ」
ダニーの口調はあくまでも軽い。そういえば、セックスのときも、真剣な言葉のやり取りはなかった。いつだって、軽口を叩きながら、ダニーは俺を受け入れる。
背後から、ダニーの耳たぶを喰む。
「うわっ。くすぐったいよ!それ!やめ!」
身じろぐダニーの耳たぶを解放し、その代わりに顎を掴んで唇を重ねる。少し無理な体勢にダニーは辛くなったのか、自分から俺の腕の中でくるりと向きを変えた。随分とキスがしやすくなる。
ダニーの腕が俺の腰に回された。
貪るようなキスをして、それから、そっと唇を離す。
綺麗なブルーの瞳が俺を見つめる。
「で?この後は?本部?それともベッド?」
片眉を上げての質問。その言葉の裏に、どこか諦めのようなものを感じるのは気のせいか。
「なあ」
「んー?」
「・・・俺は・・・ダニーを愛してるのか?」
「!・・・・・・は?い、今、なんとおっしゃいましたか?」
「だから・・・俺は、お前を愛してるのかって・・・・・・」
「ぶわっかか!あんたは!そんなん知るかよ!俺はエスパーじゃないの!俺にテレパシーを求めんな!ほんとに、あんたって、アニマルな!知性がないのか。いやいやいやいや、そんなことを言ったら世の中のアニマルに失礼だ!あんた、アニマル以下、もとい未満!はい、決定!」
腕の中で騒ぎ立てるダニーが、ふと可愛いな、と思った。カマロの中での会話でも、そんな風に思ったことがある。
「ショックだったんだ。夜中に目が覚めたとき、ダニーがいなかったことがあったろう。ものすごく、傷付いた」
「あーはいはい。それで、あんたは、わざわざ俺の家に来て、ピッキングして、気配を消して俺のベッドに潜り込んでたんだよね!きゃーこわーい」
「それは・・・愛だって、チンに言われた」
「ちょっと待て。俺とあんたが寝てるってチンに言ったのか!」
「それは言ってない」
「あー、よかった。一応、良識あんのね」
ほっとしたように、ダニーが天井を仰ぐ。
「なあ、俺は・・・・・・」
「知らねーよ」
「まだ、言ってないだろう」
遮られて、むっとする。
「あのなあ、スティーヴ。俺はマジ、エスパーじゃないから、あんたの考えてることなんてわかんないの!そりゃ、相棒としてはわかるよ。もう、ツーカーで敵陣に突っ込んでいけちゃうもんね。まあ、あんたの無茶っぷりにも慣れたっつうの?でもさー、愛とか恋と、そういうのはわかんね。ただ・・・さぁ・・・」
「ただ?」
「・・・・・・んー。怒るなよ」
「怒らないから、言ってくれ」
「・・・・・・あんた。寂しいんじゃない?」
「寂しい?」
「あー。自覚がなかったらごめんね。でもさ、あんたの周りからいろんな人がいなくなったじゃん。父親、母親、それとジェナにロリ。それから、えーと、そう。あんたの親友っていう、フレディ・ハート?妹のメアリーだって住んでるのは遠くだし、デブおばさんだってさ・・・・・・」
確かに。ダニーが言ってることは事実だ。だくさんの人が俺の周りから消えた。
「でもさ、その穴埋めを俺でしようとしてるわけじゃないと思う。まあ、俺の自惚れだったらごめんなさいだけどさ、俺がいなくなること、心配してない?」
ダニーがいなくなる。自分の傍からいなくなる。それは、想像もしたくないこと。
「スティーヴ。心配しなくていいよ。俺に飽きるまで、俺に執着してればいいよ。俺、寛大だから」
執着。チンも言っていた言葉。執着から始まる愛もある・・・と。
だとしたら、これは・・・・・・。
「ダニー」
「んー?」
「俺は・・・お前を・・・」
「はい、ストップ。やめとけ、やめとけ。なあ、それよりも、俺は、あんたの傍にいることは嫌じゃない。苦痛じゃない。それをなんて言葉で表していいかはわかんねー。でも、セックスも含めて、嫌じゃないんだよ」
口角を綺麗に上げて、ダニーが笑う。その小柄な体をもう一度抱きしめた。
「なあ、スティーヴ。今は仕事に戻ろうか。で、今夜、お前んちで飲もうぜ」
「わかった」
即答する。
きっと、今夜もダニーをベッドの中で離すことはないだろう。
勝手に帰ったりしないとはわかっていても、腕をその腰に絡めて眠りにつくだろう。そして、その温かな体に安心感を覚えるのだろう。
そして、いつか。いつの日か、言ってやろう。ダニーに。
「愛している」と。
執着は、一種の愛なのだと。自分の中で、完璧に、消化しきれたら。
それきっと、遠くはない、未来だ。

END

Hair Style s1

Sean1

軍人であるが故に、休日でも早く目覚める。アイスマンとマーヴェリックはいつものように、二人でワークアウトに出かけ、部屋に戻る。

「先にシャワーを使っていいぞ」

とアイスマンが言えば、

「いいよ、一緒で。早く汗を流したいだろう?」

マーヴェリックはアイスマンの腕を掴んでバスルームへと引っ張った。ワークアウト用の服をポンポンと脱ぎ捨て、すぐに裸体になる。もう少し、恥じらいとううものはないのか・・・とアイスマンは思うが、それがマーヴェリックなのだから仕方がない。彼女が脱ぎ捨てた衣類をかき集めて、アイスマンはそれらをランドリーに放り込んだ。それからバスルームに入る。背中まであるブルネットの髪はすっかりと水を含んでいた。アイスマンはマーヴェリックよりも先にシャンプーのボトルを掴んだ。

二人が出会った頃、マーヴェリックはショートカットだった。それはそれでキュートで可愛らしかった。しかし、付き合うようになってアイスマンは驚愕した。何せ、ショートカットのマーヴェリックはボディソープで身体どころか、髪や顔まで洗っていたのだから。スキンケアに至ってはニベア1つで済ませるという、妙齢の女性にしてはあまりにも手を抜きすぎだろう・・・という感じだった。そんなことを思い出しながら、液体を手に取り、湯で泡立てると、ブルネットの髪を洗い始めた。慣れたもので、マーヴェリックもされるがままになっている。

「髪、伸ばせばいいのに・・・」

というアイスマンの呟きに言葉で答えることなく、マーヴェリックは態度で応えてくれた。毎月のように髪を切ることはなく、途中、中途半端で鬱陶しそうな時期もあったが、今は背中の中間あたりの長さをキープしている。アイスマン好みの長さだった。

指の腹を使って頭皮をマッサージしてやると、気持ちよさそうにマーヴェリックは口角を上げた。

泡を流してトリートメントを擦り込む。綺麗な髪だ。キュッと両手で水気を絞り、大きめのクリップで留めてやる。

「ありがとう。アイスは髪を洗うのが上手だよね」

「別に普通だ。マーヴェリックが雑すぎるんだ。ほら、洗顔フォームはこっちだぞ」

「あ、そうなの?そっちかと思った」

「そっちはクレンジングリキッドだ」

「見分けがつかない」

「ボトルの色が違うだろう。それにちゃんと書いてある」

「あー・・・見えなかった」

「嘘をつけ。半端ない動体視力の持つ主のくせに」

「あはは」

アイスマンは昇進のため、少しずつデスクワークが増えたが、マーヴェリックは現役アヴィエーターだ。

ボディーソープで汗を流し、その泡もすっきりと流してやると、

「秋に出てるね」

と言ってマーヴェリックは先にシャワーブースを出て行った。結局、マーヴェリックはシャワーの下に立っていただけで、全部アイスマンが洗ってやった。手のかかるお姫様。けれども、嫌ではない。

アイスマンも手早くを身体を洗うと、シャワーブースを出る。あまりゆっくりしていると、マーヴェリックは何もしない。ニベアで終わる。

「マーヴェリック。言っただろう。髪をタオルでゴシゴシと擦るな」

「んー?」

案の定。アイスマンが寝室に行くと、マーヴェリックはドレッサーに座り、ゴシゴシガシガシとタオルで髪を拭いていた・・・というよりも、擦っていた。

「ほら、貸せ」

アイスマンはタオルを取ると、優しく丁寧に、絞るように、髪の水気を取る。アウトバストリートメントを染み込ませ、それからドライヤーのスイッチを入れた。ダックカールでブロックキングしながら、内側から乾かしていく。ブルネットに艶が出てくる。

「今日の予定は?」

「そんなんのアイスの方が分かってるくせに」

「まあな」

「今日は、教官だよ。誰かさんのせいで飛ばせてもらえない」

「若鷹たちを育てるのも、使命の1つだと思え。・・・生きて還ることを教えるのに相応しい教官だと思うが?ピート”マーヴェリック”ミッチェルは」

「そうかな」

「飛ぶことと同時に、生還することも教えてやったほしい」

「分かった。アイス」

「さて。今日はサービスカーキだな。少しだけ緩めにシニョンにしよう」

マーヴェリックにとって、アイスマンの手指は魔法だった。整髪料を付けた手のひらでブルネットをまとめやすくする。きっちりと後ろに流すことはせず、サイドにほんの少しの髪を残し、器用にピンを使いながら、頭の後ろ下に髪をまとめる。トップの髪を指先で少し、引っ張り出す。公式の場に出るわけではないから、このくらいの遊び心はあっていいだろう。

次はメイクだ。

マーヴェリックがニベアの青缶に手を伸ばすのをアイスマンが止める。放っておくと、本当にこれ1つで済ませる。というか、付き合う前は済ませていた。初デートで行ったのはDiorだ。基礎化粧品をラインで揃えた。BAにメイクを施されたマーヴェリックは、素材がいいだけに、薄いメイクでも、かなり化粧映えした。アイシャドウとリップで彩られた目元と唇を鏡で見たマーヴェリックは相当恥ずかしかったのか「自分じゃないみたい」と下を向いていた。

「マーヴェリック。それは乳液。先に化粧水だ」

「だーかーらー・・・分かんないよ」

「覚える気がないだけだろう」

「あ、バレた?だって、どうせ全部アイスがやってくれるし、そういうの嫌いじゃないんだろ?」

「まあな」

言いながら、マーヴェリックの顔にメイクを施していく。今日は若鷹たちが相手だから、控えめに。けれども、マーヴェリックの美しさは最大限に引き出す。教官らしく、凛とした雰囲気が欲しいと思い、アイラインを引く。

「できたぞ」

「ありがと。アイス、軍人やめても、こういう仕事できるんじゃない?」

「これはマーヴェリック限定だ。他の女の顔に興味はない」

暗に「お前だけを愛している」と伝える。

「クローゼットからサービスカーキを出してこい」

「分かった」

その間に、アイスマンは中に身につける下着とストッキングを選ぶ。

「アイスー・・・ボタン取れてたー」

「後でつけてやる。それよりも、これ」

「着替えるー」

ベッドに上に並べられた、ブラジャー、Tバックショーツ、ガーターベルト、ストッキング。ベッドの下にはシンプルな黒のパンプスを置かれていた。

基本的に、マーヴェリックはアイスマンが用意したものに異は唱えない。信頼しているから。ヘアスタイル、メイク、ファッション。その方面にマーヴェリックは完全に疎い。というか、興味がない。だから、アイスマンに任せておけば失敗はないのだ。

「アイスーストッキングが破れるー」

「待て。履かせてやるから。前にも言ったろう。一気に履こうとするな」

「面倒臭い」

そんな悪態を吐きながらも、ニコニコしているのは、アイスマンに構って貰えるのが嬉しいからだ。アイスマンにストッキングを履かせてもらって、ガーターの留め金もやってもらう。インナーとスカート着ている間に、アイスマンが裁縫箱を用意して、取れかけたジャケットのボタンを手早くつける。

「アイスは本当に何でもできるよねー。ありがと」

繕ってもらったジャケットを受け取り、羽織る。パンプスを履き、アイスマンの前に立つ。

「どお?教官っぽい?」

「俺が教官ぽく仕上げたからな」

「ありがと」

マーヴェリックはアイスマンの首に腕を回し、その頬に口付ける。すぐに離れると、

「コーヒーを淹れてくるね。アイスも早く準備した方がいいよー」

言われてみれば、マーヴェリックにかかりっきりだったので、自分はまだバスローブ姿だ。苦笑しながら、アイスマンは頬に少しついたであろうリップを指で拭うと、メンズローションのボトルを手に取った。

***

若鷹たちが軽くどよめく。

並べられた椅子の間を歩くサービスカーキの女性教官。スカートから覗く脚はバックシームのストッキングで包まれている。

壇上に上がった教官が振り向くと、またどよめきが大きくなった。

えらく美人な・・・そしてセクシーな女性教官。

「おはよう、諸君。ピート”マーヴェリック”ミッチェルだ。今日は、君たちに、戦場から生きて還る方法を教える。ちなみに、その方法にマニュアルはない」

響く、凛とした声。

その夜。伝説のアヴィエーターが、ドチャクソ美人だった。・・・というテキストが、写真入りで飛び交ったのは言うまでもない。

END

calling you

もう、時間の感覚がない。というよりも最早、日付の感覚がない。

壁に日焼けたカレンダーはあるものの、既に役にはやっていなかった。

モバイルの電源はとっくに落ち、充電することもなかった。

映りの悪いテレビはオブジェで、気が向いた時にスイッチを入れるラジオから流れるDJの声と音楽だけが、外界と二人と辛うじて繋いでいた。とはいうものの、よほど気をつけてラジオを聞かなければ、今日が何日の何曜日なのか、わからない。そのくらい、ここは孤立していた。モハーヴェ砂漠の中の古びた、カフェの名がついたモーテル。

何となく、昼よりは少し前だろう・・・と分かるのは、この季節の太陽の高さからだ。太陽といえば、この部屋には「幻日」という名の絵が飾ってある。マーヴェリックはいつだったか、コクピットから見た映幻日の光景を思い出す。

ゆっくりと寝返りを打ちながら、手のひらで隣を探るが、そこに人はいなかった。部屋はここしか空いていないと言われて案内されたのはダブルベッドの部屋。モーテルの主人にそう見られたのかは分からないけれども、それは別にどうだっていい。

「・・・アイス?」

部屋の空間の何処かに向かって、僚機の名前を呼んでみる。

「起きたか。コーヒーを貰ってくる。お前も飲むだろう?」

「ああ・・・あ・・・ダメだ、アイス。昨日の夜、コーヒーマシンが壊れたって・・・そんなこと、言ってた」

「マジか。・・・はっ・・・まさに、バグダッド・カフェだな」

「あはは。俺も同しこと、考えてた。・・・アイス・・・」

「どうした?」

「戻ってきて。どうせ、コーヒーないんだし」

「そうだな」

Tシャツとジーンズ姿のアイスマンが、ベッドに戻り、シーツだけを身体に纏わり付かせたマーヴェリックの近くに座る。マーヴェリックは左手で身体を支えて起き上がると、右腕をアイスマンの首に回した。そして、口付ける。最初は下唇を喰むように。そして上唇を舌でなぞり、そのままアイスマンの口腔に差し込んで舌同士を絡める。アイスマンもマーヴェリックの後頭部を手のひらで支えて角度を変えながら、その感触を楽しむ。

「・・・煙草の味がする・・・」

唇の隙間でマーヴェリックが囁くように呟いた。

「嫌だったか」

「・・・好き」

「知ってる」

アイスマンはベッドに上がると、マーヴェリックに覆い被さった。マーヴェリックも素直にその体重を受け止める。

この場所で。何度、身体を重ねたかは忘れた。数える気もなかった。ここに時間はない。あるのは空間。それと互いの身体だけ。だったら、行うことは1つだけ。

「シャワーは、いいのか?」

「いい。ああ・・・でも、アイスは浴びたんだよな」

アイスマンからはボディソープの香りがする。夜は冷える砂漠だが、それを凌駕してしまうくらいに二人は汗をかいている。

「気にするな。お前の匂いは嫌いじゃない」

そう言って、アイスマンはマーヴェリックの首筋に鼻を埋める。

「んー・・・」

気持ち良さげに首を仰け反らせる。くすぐったさと快楽の瀬戸際。

「・・・すぐに入っても・・・いいぞ」

「挿れて欲しいの間違いじゃないのか」

「意地悪な言い方だな」

「どっちが」

互いに笑い合いながらも、互いを求める仕草はやめなかった。

アイスマンは手早く衣服を脱ぐと、改めてマーヴェリックを組みし敷く。片脚を上げさせて、指を一本挿れると、そこはすんなりと受け入れる。昨夜の熱が、まだ残っている。

「慣らさなくて、いい・・・」

マーヴェリックはもどかしそうに腰を揺らした。

「欲しいか?」

「欲しい・・・意地悪すんな」

マーヴェリックがアイスマンの肩を甘噛みする。動物みたいな甘え方。だから、アイスマンはあやすように抱く。両脚を抱え上げて、濡れそぼだった後孔に、欲しがっているものを与えてやる。一気に。最奥まで。

「は・・・あ・・・んぐっ・・・んっ・・・」

そのまま揺さぶってやれば、甘い声が室内に響く。

こんな風に、怠惰な数日を過ごしているのに、アイスマンの僚機は、何処か痩せたような気がする。

「あ・・・アイス・・・アイス・・・」

これほどまでに、名前を呼ばれたことがあっただろうか。古い映画の挿入歌が脳裏をよぎる。

I am calling you.

Can’t you hear me?

そんなことはない。聞こえている。名前を呼ばれる度に胸が熱くなる。自分を求める声。これほどまでに、自分の庇護欲と独占欲を煽る、生き物。放っておけば、空へ消えてしまう。

ああ。

だから。

この爛れた時間と空間の中で、古ぼけたシーツに、この幾分小さな身体を繋ぎ止めておきたいと思うのだろう。このモーテルはケージなのだ。

ドライブの途中で車が故障したのは偶然か、必然か。

車を直すための部品が届くまで、と。このモーテルに身を寄せることにしたのは無意識か、意図的か。

モバイルのバッテリーを充電しようしなかったのは、誰か。

小さな声を上げながら、快楽を追う。その表情をいつまでも見ていたいと思ったのは自分だ。このまま、閉じ込めて、翼を折ってしまえば、ずっと自分の傍にいるのだろうか。

狂気。

ああ。

できるわけがない。

マーヴェリックから翼と空を奪ったら、それはアイスマンの求める者ではなくなる。

アイスマンは、繋がったまま、僚機の身体を引き起こした。対面になることで、深く楔が突き刺さる。

「んああああーっ・・・」

翼を折る代わりに、その身体を抱き締める。繋がっている間だけは、彼を地上に繋ぎ止めておくことができる。あれほど自分すらも焦がれている空が、恋敵とは。

「マーヴェリック」

I am calling you.

Can’t you hear me?

「あ・・・聞こえてる・・・アイス・・・」

心を見透かされたか。アイスマンは小さく笑った。そして、身体を繋げたまま、深いキスを。深淵に堕ちていくようなキスを。

***

マーヴェリックが、エンジンキーを回した。

快調な音を立てて、エンジンはかかった。

「あー・・・随分と着信が溜まっているな」

アイスマンは久しぶりに充電したモバイルを見て溜息を吐いた。

結局のところ、1週間、二人はモーテルにいたのだ。2週間の休みを貰っていたとはいえ、音信不通では多方面に心配をかけただろう。案の定、着信のほとんどはスライダーからだった。きっとマーヴェリックの着信はグースで埋め尽くされているだろう。

「アイス、荷物は?OK?忘れ物はないか?」

「多分な」

「うわー・・・心配。そのバッグの中、絶対にカオスだ」

「うるさい。ほら、いくぞ、整備士兼、運転手」

「はいはい」

故障した車の部品が届けば、後はマーヴェリックが自分で直せる。そうして蘇らせた車に乗り込む。アイスマンは、サイドミラーの映ったモーテルの看板を見た。

バグダッド・カフェ

古い映画のタイトルと同じ名前のモーテル。

ふっ、と笑いながら、アイスマンはサングラスをかけた。そして、モバイルを操作する。

「・・・ああ、悪いな、スライダー。音信不通で。・・・別に、事故じゃない。マーヴェリックも一緒だ。そっちは?は?グースが泣いてる?・・・伝えてやってくれ、マーヴェリックは無事だ。生きてる。ちょっと二人で長い休憩を取ってただけだ。・・・ああ、そう。車が壊れてな。悪かったって言ってるだろ。いや、マーヴェリックは運転中だから。何処かで休憩するときに、グースに電話すればいいんだろう?わかったから。約束する。・・・ああ・・・そうだな。明日、4人で会おう。じゃあな・・・」

アイスマンはモバイルをポケットにしまった。

「マーヴェリック。早く帰ったほうがいいみたいだ。グースがお前の捜索願いを出そうとしていたらしい」

「えー、大袈裟だなぁ、グースの奴!」

ケラケラと笑いながらマーヴェリックは運転する。半日もあれば、帰り着くだろう。

マーヴェリック

I am calling you.

マーヴェリック

Can’t you hear me?

アイス

I know you hear me.

サイドミラーの遠くに、幻日が見えたような気がした。

END

肩翼の烙印

「アイス!」

廊下の向こうから走ってきたのは基地一番のやんちゃなアヴィエーターであるマーヴェリックのRIOだった。

「どうした、グース。・・・今日、アレは一緒じゃないのか?」

「アレって・・・なあ、マーヴを物扱いするなよな」

「別にそういうわけじゃない」

「なあ、頼みがあるんだ。ちょっと、こっちに来てくれよ。あんまり他人に聞かれたくない話だ」

そう言って、グースはアイスマンの腕を引き、物陰に身体を納めた。

「またやらかしたのか?だったら、今更隠れて話す必要も・・・」

「違うんだって。あのさ、俺の代わりにマーヴの部屋に行ってくれないか?本当なら俺が行ってやりたいっていうか、いつもは俺が行ってるんだけど、今日はキャロルと一緒にブラッドリーの誕生会の準備をしなくちゃいけなくて」

「それならマーヴェリックも一緒に準備をしたがるんじゃないか?」

「今日っていうか、しばらくマーヴは部屋を出せない」

「意味がわからん」

「行けばわかる、なあ、アイス。これはアイスにしか頼めないんだって。頼むから、黙ってこの鍵を持ってマーヴのところに行ってやってくれ」

「病気なのか?まさか、二日酔いとかじゃないだろうな」

「誓って違う。病気や二日酔いの方がよっぽど安心できる」

 グースは本当に困った顔をして、アイスの青い瞳を覗き込んだ。こんな真剣な表情は珍しい。

「・・・わかった。貸せ、その鍵」

アイスマンは部屋の鍵をグースから受け取ると、それを手の中で軽く弄ぶ。

「俺、お前のこと、信頼しているから」

グースがアイスマンの肩を痛いくらいに掴んだ。そして、唇を噛みしめながら小さく溜息をついた。

「本当に・・・信じてるから。頼れるの、お前しかいないんだ、アイス。・・・じゃ、頼む」

グースは踵を返して来た廊下を戻り始めたが、時折振り返って、アイスに視線を送ってくる。本当に信頼されてるのか怪しい行動だ。アイスは手のひらの中の鍵を軽く見やると、訪れたことのあるマーヴェリックの部屋に行くべく歩き出した。

***

一応ノックをする。しかし、返事はない。その為の合鍵か、と納得する。病気でも二日酔いでもなければ何なんだ。

アイスは静かに部屋のドアを開けた。

「マーヴェリック・・・」

名前を呼び、姿を探そうとしたが、アイスはすぐに眉を顰めた。部屋中に充満する香り。香水でもぶちまけたかとお思うほどの濃密さ。

アイスマンは寝室であろう奥の部屋に足を進めた。ベッドに小さな山ができていて、微かに動いている。そして、この部屋に溢れている香りの発信源。

アイスマンは米神を指で揉み解しながら小さな溜息をついた。「そういうことか」と。アルファであるアイスマンが、抑制剤を服用していても、かなり体に来る濃密な香りだった。おそらく、オメガのヒート。アイスマンはベッドの端に座り、白い小さな山を軽く叩いた。

びくんっと小山が跳ねる。

「マーヴェリック、顔を出せ」

「・・・やだ」

小山の中から小さな声が聞こえた。確かに、こんな状態のオメガにやってやれることはない。ヒートの嵐が収まるのを待つか、それとも・・・。

アイスマンは白い毛布の端を掴むと、力任せに引っ張った。

「ひゃっ」

現れたのは横向きになって小さく蹲るマーヴェリックだった。

「返せってば!」

「意味ないだろう。隠れていたって、すごい香りだ。ああ、最初に言っておくが、グースに頼まれてここに来た。それとお前がオメガでも驚かない」

「・・・何で?」

「知ってたから」

「?」

マーヴェリックが潤んだ瞳を細める。意味が分からないらしい。

「初めて会ったときから、お前がオメガだって知ってた」

「っ・・・何で・・・?」

「俺はアルファだから。そういうことには鼻が利く。・・・マーヴェリック。ここまでヒートが酷いのは初めてか?」

「・・・たぶん。・・・わりと抑制剤が効くし、グースが身の回りの世話をしてくれて・・・」

「フォローもな」

「・・・・・・」

「飛べない時もあったんだろうが」

「・・・・・・」

無言は是だ。きっとヒートでマーヴェリックが跳べない時は、グースが適当な不始末をでっちあげて、相棒が飛ばなくてもいいようにしていたのだろう。

「起き上がれるか」

「・・・・・・」

普段とは違い、言葉が少ない。それでもマーヴェリックはゆっくりと起き上がった。

「抑制剤は飲んだんだろう?」

「ちゃんと飲んでる。でも、最近、効きが悪い」

「勝手に薬を増やすなよ。ちゃんと医者に言われたとおりに飲め。肝臓をやられるぞ」

「わかってる。・・・アイスは・・・平気なのか?ここにいて」

「グースに頼まれたからな」

「そうじゃなくて・・・」

マーヴェリックがそう問うのは、アイスマンがアルファだからだ。マーヴェリックも初めて会った時から、アイスマンがアルファであることは察知していた。一種の防衛本能。今までも、不埒なアルファが、マーヴェリックを慰み者にしようとしてきた。それをいつも助けてくれているのがグースだ。そのグースが今はいなくて、アイスマンがいる。

「グースは?」

「ブラッドリーの誕生会の準備。だからお前のことを頼まれた」

「そっか。そうだ・・・もうすぐだ。プレゼント、買わなくっちゃ」

「今は無理だけどな。・・・何か飲むか」

「水・・・それと、抑制剤」

「今日の分は飲んだんだろう」

「でも、効いてないし・・・」

「水だけだな。待ってろ」

アイスマンは綺麗に片付いているキッチンへ行くと、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。それを、持って寝室へ戻った。

マーヴェリックはベッドのヘッドボードに凭れ掛かって、うつろな瞳をしていた。両手で体をさすっている。いつものようなキラキラとした笑みはない。

「番は・・・いないのか?」

そう訊いてから愚問だったことに気付く。番がいたら、ヒートでこんなにも苦しむことはない。しかし、マーヴェリックは気にした風でもなく、アイスマンからペットボトルを受け取った。が、それは叶わなかった。手に力が入らないのか、取り落とした。蓋が開いていなかったことが幸いだった。

「ごめん」

アイスマンは答えることなく、シーツに落ちたペットボトルを拾い上げ、蓋を開けると、その飲み口をマーヴェリックの唇に当てた。

「自分で・・・」

飲める、と言おうとしたが、グッとペットボトルを押し当てられて言葉が続かなかった。マーヴェリックがアイスマンを見ると、ゆっくりとペットボトルが傾けられた。冷たい水が口腔を潤し、喉を流れていく。それで自分が、酷く乾いていたことに気づいた。体の中を蠢く、嫌な感覚に気を取られていたからだ。半分ほどの水を飲んで、マーヴェリックは再びアイスマンを見た。もう充分、という意味を込めて。喋ることができないから。それをアイスマンは察知してくれたらしい。ペットボトルをマーヴェリックの唇から離し、蓋を閉めてベッドサイドのテーブルに置いた。

「それで?」

「?・・・な、何?」

「それで、俺はグースの代わりに何をしたらいいんだ?」

アイスマンにとっては尤もな質問だった。自分がこの部屋に来た意味を問うている。

「何って・・・別に・・・」

「グースは?グースはいつもどんな風に、ヒート中のお前の面倒を?」

「・・・部屋の掃除とか?・・・ご飯を作ってくれたりとか?・・・まあ、あんまり食べられないんだけど・・・」

「どっちも俺の苦手分野だ」

「うん。だと思う。・・・だから・・・帰っていいよ、アイス。喉が渇いていたことを思い出させてくれてありがとう。ああ、鍵は掛けなくてもいいから。どっかそこら辺に置いといてくれれば・・・」

「馬鹿か、お前は。そんな危険な真似できるか」

アイスマンは眉を顰めて、若干、声を荒げた。どこまで無防備なんだ、この僚機は。あまりにも危機感が薄い。しかし、目の前の飛行機馬鹿は、本当に意味がわからない・・・というように首を傾げている。

「あのな。お前の匂い、相当だぞ。下手すれば、部屋の前を通っただけでも分かる。それがアルファだったらどうする?目の前に御馳走が寝てるようなもんだろうが。しかも、お前は、ピート”マーヴェリック”ミッチェルだぞ?」

ヒートでなくとも、オメガでなくとも、自分の僚機に好きあらば近寄ろうとする不埒な輩は大勢いる。今無事なのはRIOのグースと、僚機の自分が様々な馬鹿野郎どもを人知れず排除してきたからだ。きっと、ヒートの時にグースが傍にいるのも、マーヴェリックが放つ甘い香りに吸い寄せられる不埒な馬鹿から、相棒を守るためなのだろう。

「俺は掃除も料理もできないが、お前を危険から守ることはできる」

「・・・んー・・・」

「何だ、その不満そうな態度は」

「何だか、自分が情けないから。自分で自分を守れないなんて、軍人じゃない」

「別に軍はお前にそういうのを求めてはいないと思うぞ。そういうのはネイビーに任せておけ」

「意味が分からない」

「分からなければ、それでもいい。それよりも、どうしたら、少しでも気が紛れる?」

「・・・抑制剤」

「駄目だ。健康診断で引っ掛かれば、飛行機に乗れなくなるぞ」

「やだ」

「じゃあ、我慢だ」

「んー・・・」

マーヴェリックは、寄り掛かった姿勢から、ポテンっとベッドに身体を落とした。丸めた姿勢でシーツを手繰り寄せる。巣作りのように。

「何で・・・何で、オメガに生まれちゃったんだろう」

「その代わり、優秀なアヴィエイターになれただろう」

「二番目だけどな。一番はアイスだし。アイスはアルファだし。・・・いいな、アイスは。何でも持ってる」

「何を言ってるんだか」

アイスは呆れたように言った。自分が一番なのは、上官を怒らせないからだ。上官が望むように飛ぶからだ。それだけの技術があるからだ。自分には、マーヴェリックのような天性のセンスはない。神はそれを自分には与えてくれなかった。

「・・・アイス・・・悪いけど、向こうの部屋に行っててくれないか?」

「?」

「・・・アイスの匂い、結構、キツい」

「・・・分かるのか?」

「ん・・・悪い意味じゃない。すごく、いい匂いがする。だから、あっち行って」

「ふうん。それは悪くないな。お前もいい匂いがする」

「・・・何・・・それ・・・」

アイスマンは確信をもって、体重はかけずに、マーヴェリックに覆い被さった。

「俺たちは身体も僚機だってことだ」

アイスマンはニヤリと笑って、その黒髪を撫でた。

「え・・・ちょっと・・・アイス・・・何、その言い方っ」

「ああ、悪い。心も身体もだ。初めて会った時から気になっていた」

マーヴェリックは思い出す。自分の斜め後ろに座っていたアイスマン。カレッジ・リングを嵌めた指で、器用にペンを回していた。随分を自分を見てくるな・・・と思いながら、彼がアルファであることに本能的に気づいた。だから、自分も挑戦的な視線を送った記憶がある。向こうも自分がオメガであることを見破っていた、ということだ。

「嫌か?」

「嫌な匂いじゃない・・・」

「俺も、好きな匂いだ」

アイスマンがマーヴェリックの首筋に顔を埋めた。そして、その香りを吸い込む。頭がクラクラするような・・・。マーヴェリックも彼の好きなようにさせて、その身体を突っぱねることはしなかった。思考の隅っこで、「ここで頸を噛んでもらえたら、一生、楽になるな」と思った。言葉にはしなかったけれども。ただ・・・。

「なあ、アイス」

「どうした?」

「身体が辛いから、楽になりたい・・・」

アイスマンはそれが何を意味するか、すぐに悟る。

「いいのか?」

「いい。アイスなら・・・いい・・・?」

「そうか」

アイスマンは一度、マーヴェリックから身体を離し、着ていたシャツを脱いだ。そして、マーヴェリックのTシャツにも手を掛ける。

「自分で脱げる」

「いいから、やらせろ」

Tシャツの中に手のひらを潜り込ませ、その鍛えられた筋肉の感触を楽しむ。柔じゃないところがいい。

「ん・・・」

ヒートのせいで、だいぶ感じやすくなっている身体は、少しの刺激にも確実に応えた。Tシャツを脱がせ、下着にも手を掛けると、マーヴェリックの脚がアイスマンを撫でるように絡みついてくる。その太腿の内側に吸い付いてやると、「んんっ」とマーヴェリックは声を上げた。

「あ・・・アイス・・・そういうの・・・いいから・・・」

「悪いが、そんなに即物的な人間じゃないんでな」

「ん・・・」

それでも、マーヴェリックが辛そうにしている顔を見るのも可哀想で、アイスマンはその整った尻に手を這わせた。割れ目を撫でると、すでに濡れている。オメガ特有の現象。指を差し込むと、そこはすぐに飲み込んでくる。グジュリ・・・という淫猥な音。アイスマンの指に絡み付く粘膜。アイスマンはマーヴェリックの表情を確かめながら、指を動かし、増やしていく。僚機の表情が次第に緩んでくるのを見て、その耳元に唇を近づける。

「スキンは?」

「・・・ない・・・」

「それは困ったな。こんな状態のお前を置いて買いに行くのも興醒めだしな」

下半身の感覚を追うことに専念していたマーヴェリックが、腕を動かしてアイスマンの首に回す。

「いい・・・挿れて・・・して・・・無理・・・我慢できない・・・」

「・・・孕んだら、しばらく飛べなくなるぞ?」

ぴくんっとマーヴェリックの身体が震える。ゆっくりと睫毛が動き、緑色の瞳が覗く。

「・・・アイスは、そういうことにならないようにしてくれる」

「・・・冗談だろう?まったく。・・・わかった。体外に出す。しかし、避妊率は100%じゃないからな」

半分呆れながらも、我儘な姫君の言うことを聞くのも悪くはない。アイスマンは体勢を整えると、すっかり濡れて緩んだ後孔に自分の楔を打ち込んだ。

「はっ・・・あ・・・ああ・・・ああっ」

本当なら最奥まで責めてやりたいところだが、今日のところは我慢する。そう、今日のところは。マーヴェリックの身体を揺らしながら、勃ち上がった屹立も手で慰めてやる。

「やっ・・・あっ・・・ああんっ・・・」

喉を仰け反らせてマーヴェリックが達するのと同時に、アイスマンは自身をその身体から引き抜いた。そして、マーヴェリックに腹に白濁を撒き散らす。と、同時に、僚機を抱きすくめると、その頸に犬歯を立てたのだった。

***

「深い!!!!」

「悪かった」

「痛い!!!!」

「悪かった」

「めっちゃ傷になってる!!!!」

「悪かった」

「何で噛むんだよ!!!」

「番だから」

「へ?」

「何だ、その反応は。どう考えたって、俺たちは番だろう」

「いや、僚機」

「いや、番」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

話が噛み合わず、見つめ合うアイスマンとマーヴェリック。

「えっと・・・」

「身体は楽になっただろう?」

「うん、すごく・・・ってそうじゃなくて!!!!何で俺とアイスが番になるんだ?」

「お前、マジでそれを言ってるのか?」

「俺はいつだって真面目だぞ」

「真面目な奴は戦闘機を壊さない」

「話をすり替えるな!」

「お前、オメガだよな?」

「そうだよ」

「オメガの特性は?」

「・・・・・・」

「お前、オメガ教育を受けてないのか?」

「・・・つまんないから寝てた」

「リーフレットとかあっただろう?」

「F14のマニュアルなら読む」

「マーヴェリック、お前は本当にオメガとしての危機感がなさすぎる。これじゃあ、グースも苦労するよな。っていうか、お前、今まで本当によく無事でいたな」

アイスマンは呆れて天井を仰いだ。それでもすぐにベッドに座るマーヴェリックを抱き締めた。そして深い傷になってしまった噛み跡を舐める。

「初めて見た時から、お前は俺の番だと思っていた。それが僚機になって本当に嬉しかった。今は、それと同じくらいに嬉しい」

「アイス?」

腕の中でマーヴェリックが身じろいだ。嫌なわけではなく、居心地の良いところを探して、だ。相変わらず、いい匂いがして、それもまた落ち着く。多少なりとも精を注いでもらって、頸を噛まれて、身体を駆け巡る嫌な熱も引いた。

「・・・なあ、アイス。番って何?」

「・・・あー・・・それは、明日から俺がみっちりと教えてやる。ただ・・・身体は今、楽だろう?」

「うん」

「セックスしたことと、俺に頸を噛まれたからだ」

「・・・じゃあ、もうヒートは来ない?」

「それは、来る」

「何だ・・・また辛くなるんだ」

「そうしたら、また抱いてやる。ただし、他の男には抱かれるなよ」

「殴るから。今までもそうしてきたし」

どうやらアイスマンとグースの知らないところでも、危ないことはあったらしい。本当に、無自覚なオメガは厄介だ。けれども、その厄介さも愛おしいと思うアイスマンだった。

「明日・・・飛べるかなぁ・・・」

「明後日だな。我慢しろ。お前がマーヴェリックである限り、空は逃げない」

「んー」

「マーヴェリック。背中、いいか?」

「ん?」

アイスマンはマーヴェリックの背後に回り、右の肩甲骨に唇を当てる。そして、強く吸い上げた。

「うあっ・・・ん・・・」

やや暫くしてから離れると、肩甲骨の朱痕が残る。それをアイスマンは満足気に眺めた。

「な、何?」

「子羊が群れから逸れないように、な。印だ」

きっと。

マーヴェリックを抱く度に、同じように痕を残す。自分の所有の印を。

END

銀色の翼

「あ・・・う・・・んうっ・・・」

顎を上げて仰反るマーヴェリックの姿を眼下に眺めながら、アイスマンは口角を上げた。自分の腕に食い込む、その指すら愛おしいと思う。

「は・・・あ・・・」

アイスマンは自身を抜くことせずに、ぎゅうっと自分と同じくらいに鍛え上げられた、それでいて自分よりも小柄な身体を抱き締める。

「んー・・・んっ・・・」

腕の中で、マーヴェリックが苦しそうにもがいた。ただ、その口から漏れる声がそこはかとなく、甘い。

「満足したか?」

至近距離で、瞼が開き、綺麗な緑色の瞳がアイスマンを見た。

「・・・アイスは?」

「いくらでも、付き合うぞ’

「・・・少し・・・休みたい・・・」

「そうか。わかった」

少し枯れた声を出す唇に小さなキスを落としてから、アイスマンはゆっくりとマーヴェリックの身体の中から抜け出た。

「ふっ・・・あ・・・」

マーヴェリックの声を聞きながら、アイスマンは時計を見た。随分を長い時間、この身体を組み敷いていたと気付く。汗ばむ身体を冷やさないように、薄手のブランケットをかけてやりながら、空調をリモコンで調整する。冷えた部屋でブランケットに包まるのがマーヴェリックのお気に入りだった。

「水は?」

「いらない」

アイスマンがベッドを降りようとしたのを止めるかのように、手首を掴まれた。さほど力は強くない。本当なら、相当な握力の持ち主だが、今はすっかりと脱力している。

「・・・傍・・・いて・・・」

「わかった」

アイスマンがブランケットに潜り込むと、マーヴェリックはすぐさま腕の中の居心地の良い場所を見つけて、頭を落ち着かせた。汗ばむ額にかかる黒髪を撫で上げてやる。睫毛が揺らいで、緑色の瞳が自分を捉える。何か、言いたそうな、緑色の瞳。

「どうした?」

「・・・・・・・・・・・・昇進・・・おめでとう・・・」

たっぷりとした沈黙の後に、マーヴェリックが口を開いて言葉にしたのは自分への祝福の言葉だった。

「ああ・・・。ありがとう」

そして、再び沈黙が落ちる。祝福の言葉は、そこはかとなく、暗く、重かった。無理もない。出世をすれば、飛ぶことも少なくなる。

僚機。

そう言い合った、過去。共に空を駆けた過去。アイスマンは、自由に空を駆け巡るマーベリックを愛した。けれども、それと同時に、危うさも感じていた。

いつか、こいつは、翼を奪われる

と。

一匹狼は、秩序を守らない。それが彼の魅力でもあり、存在意義でもあった。空を飛ばない彼は、もはや彼ではない。彼が彼で無くなる日。そんな日が訪れることを許すわけにはいかない。

だから。

自分は、出世をすることを選んだ。愛する彼の翼を守るために。やんちゃな一匹狼を守り切る為には、権力が必要だった。自分の翼よりも彼の翼を大切に守りたかった。・・・マーヴェリックから銀色の翼を奪う者は、誰であっても許すわけにはいかないのだ。だからこそ、権力を求めた。

・・・彼に、言ったことはないけれども。

きっとマーヴェリックは不満なのだ。空から少しずつ離れていく、自分のことが。僚機が、空から離れていくことが。

「大丈夫だ。俺はウィングマークを手放す気はない」

「・・・でも・・・」

マーヴェリックは唇を噛んだ。存外、この狼は我儘なのだ。しかし、仕方がない。グースの死後、一層顧みずな操縦をするようになってしまったのだから。

時折、不安になる。飛んで。空を飛んで。そして、そのまま、グースの所へ行ってしまうのではないかと。むしろ、その為に飛んでいるのではないかと思う時すらある。それを地上に引き止め、繋ぎ止めるのも自分の役目、とアイスマンは思っている。飛ばせながらも、繋ぎ止める。矛盾した話だ。しかし、そうでもしなければ、この男は消えてしまいそうなほどの儚い存在なのだ。

「心配するな。俺は、空も翼も捨てない」

「本当に?」

「約束する。だから、お前も約束しろ」

「何を」

「必ず、地上へ戻れ。どんなに遠くへ飛んでもいい。しかし、必ず、戻ってこい」

「・・・・・・」

「何だ、その沈黙は。そんな約束もできないのか?」

「約束しなかったら、アイスは・・・」

「さあ、どうしようかな」

「っ・・・駄目だから!」

マーヴェリックは身体を起こすと、アイスマンを見下ろした。緑色の瞳に涙を溜めながら。

「・・・マーヴ?」

アイスマンも驚いて、上体を起こした。

「・・・アイス・・・空を捨てるなよ・・・翼・・・どんなに飛びたくても、飛ばなくなった奴だっているんだっ」

・・・ああ。やっぱり。グースのことだ。二律背反。本当はグースの為に翼を捨てるわけにはいかないくせに、それでいてグースの為に、無茶な飛び方をして、その傍に行こうとする。何という我儘な一匹狼。

「そうだな」

泣きじゃくるマーヴェリックを、あやすように抱き寄せる。右手で背中をトントンと叩きながら、左手で頬を撫でてやる。

「明日・・・飛ぶか」

「・・・フライト・プラン・・・提出してないぞ」

「お前が言うか?マーヴ」

ククッと笑いながら、アイスマンは小柄な身体を抱き絞めた。

**************************

なあ、知ってるか、グース。

お前がどれだけ、この銀色の翼に愛されているかを。

過去形じゃない。現在進行形でだ。

俺と同じ刻を生きながらも、お前の所へ行こうとする一匹狼。

俺は・・・きっと・・・死んでもお前には勝てない。

END

恋してる 愛してる

「まだ、終わらないか」

「ああ・・・中将。すみません。まだ、かかりそうなので・・・」

「さっさと始末書を書き始めないからだ。慣れているだろうに」

「だから、気を許しました」

「それでこの時間か」

「すみません」

「ミッチェル大佐。始末書は私のオフィスのデスクへ」

「イエッサー。・・・中将は、もうお帰りに?」

「ああ。・・・大佐はカワサキで来ているんだろう?」

「はい」

「だったら、先に帰って夕食を作って待っている」

サイクロンはニヤリと笑った。

「だったら、早く仕上げないといけませんね」

「そうしてくれ」

マーヴェリックも悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「それじゃあ、大佐」

「お疲れ様です。中将」

マーヴェリックは大きな背中を見送ると、ラップトップPCに再び向かったのだった。

***

「お帰り。意外と早かった」

「お帰りって・・・ここは僕の家じゃない」

「1週間も、あの砂漠のハンガーに帰っていないのに?」

「貴方が帰してくれない」

「命令違反ばかりする狼は、目の届くところに置いておいた方がいい。ほら、手を洗って座って。料理が冷める」

「美味しそう。ああ、違う。ボーの作る料理は何でも間違いなく美味しい」

そう言って、マーヴェリックは洗面所に行き、手を綺麗に洗ってダイニングに戻る」

「別に、いつも作ってるわけじゃない。貴方が来る時だけだ」

「そっかぁ・・・じゃあ、もう1週間も夕食を作ってるんだ。・・・ごめん」

「どうして、そこで謝罪の言葉が出てくるんだ?」

「余計な仕事を増やしてるなって」

「料理くらい大したことはない。それよりも始末書の数を減らしてくれ」

「あー・・・努力します・・・」

明後日の方向を向いて、マーヴェリックは誤魔化した。けれども、いい匂いに釣られて、テーブルに視線を送る。

「今夜はチキンのロースト」

「赤いのは?」

「ベリーのソース」

「甘い?」

「お菓子ほどではないが」

「チキンとベリー。・・・ボーの思考が分からない」

「ちゃんとしたレシピがある」

「それ、覚えてるの?」

「ああ」

「僕には無理」

「F18のマニュアルを一晩で覚える人間なら、できるさ」

「そうかなぁ・・・」

「冷める前に」

「うん」

ナイフとフォークで切り取られたチキンがマーヴェリックの更に乗せられ、ベリーのソースでドレスされる。

「いただきます」

「サラダも」

「わかってるって!・・・基地でも、ここでもお小言かい?ご飯は美味しく食べたいんだけど?」

マーヴェリックはサラダのリーフレタスにフォークを刺す。

「まあ、地上ではそこそこお利口さんだからな、貴方は」

「始末書を書くので忙しいので」

「だから。始末書を書かなければなならないことをしなければいい」

「だよな。でも・・・たぶん、無理!あー!このソース美味しいな。チキンも柔らかい!」

誤魔化されたな・・・とサイクロンは思ったが、食事は美味しく食べる方がいい。それ以上の小言を言うことは控えた。食事中はあまり仕事の話はしない。ただ、お互いに飛行機乗りだから、やはり機体の話では盛り上がる。P-51の整備が終わったら、サイクロンを乗せて飛ぶと言う。それは楽しみだった。

・・・何故、この黒髪の狼は、砂漠の中のハンガーを棲家としたか。それは尊敬する、トム”アイスマン”カザンスキー海軍大将から聞いた。あそこは、アイスマンが天外孤独となるであろうマーヴェリックの棺なのだと。マーヴェリックが認めたお気に入りの大切なものを詰め込む、棺なのだと。ただ、敬愛する海軍大将は言った。

「あそこが・・・彼の本当の棺にならないようにしてほしい。ボー”サイクロン”シンプソン”中将」

と。

「ピート”マーヴェリック”ミッチェルを頼む」

と。

「彼から空が奪われることのないように」

と。

最初は酷く面倒なことを押し付けられたと思った。出会いは最低だった。けれども、あのミッションの2分15秒が、サイクロンの心を変えた。何故、海軍大将が、自分のキャリアを賭けるようなことをしてまで、このやんちゃな狼を守っていたのか。彼を目で追ううちに。日々、小言を言うたびに。時折、処分を言い渡すたびに。何故か・・・愛おしいと、思うようになったのだ。庇護欲。自分の立場を利用してでも、守りたいと思う存在となるのに、そう時間は掛からなかった。マーヴェリックも空を奪われなければ、存外に大人しいのだ。ただ、純粋、空と飛行機を愛しているのだ。そんなサイクロンの思いを知ってか知らずか、魔pーヴェリックも特段サイクロンに逆らうわけでもなく、自由を求めるが故の命令違反はするが、むしろ懐いた・・・と言ってもいいだろう。

「ボー?」

食卓は終わり、二人はリビングのソファで食後のコーヒーを楽しんでいた。手動のコーヒーミルでマーヴェリックが挽いた豆を、サイクロンが丁寧にドリップした。コーヒーメーカーもあるが、時間と手間をかけたコーヒーの方がサイクロンは好きだった。最初、そんな淹れ方をしたコーヒーを飲ませたら、

「美味しいけど・・・めんどくさっ!」

と言われたのはいつだったか。それに対してサイクロンは、

「戦闘機だって、時間をかけて、手間をかけて整備した機体の方がいいだろう」

と返したのだった。

「そっかー。そういう例えだったら、分かるな」

と納得するマーヴェリックが可愛らしかった。

説教。お小言。処分。そんなことばかり、マーヴェリックに対して行っている自分に嫌気が差すこともあったが、マーヴェリック自身は気にする風でもなく、サイクロンを慕った。・・・海軍大将が亡くなってからは、一層に。そう、感じた。彼に、問うたことはなかったけれども。

そんな傷心の年上の部下を、手に入れるために、サイクロンは慎重に行動した。少しずつ距離を詰めた。

「・・・ボーは、どうして戦闘機から降りたんだ?」

「・・・それは・・・」

男としての出世欲か。階級社会の中での上昇思考か。おそらく両方だろう。しかし、後悔はしていない。戦闘機乗りだけでは、海軍は組織として成立しないからだ。誰かが空から降りて、組織を統べなければならない。それに、今は、ピート”マーヴェリック”ミッチェルを守らなければならない。守るためには、権力が必要だった。敬愛する海軍大将のように。だから、満足しているのだ。

「・・・アイスは・・・僕のために空から降りたって言ってた。冗談だと思うけど。やっぱ、あいつも出世したかったんだよなぁ・・・」

手の中でコーヒーカップを弄びながら、マーヴェリックは言った。

冗談ではなかった。海軍大将は、本当にマーヴェリックのために空から降りた。彼を守るために。彼を飛ばせるために。今は自分がその役目を負う。押し付けられたとはもはや思ってはいない。こういう運命だったのだろう。空を駆ける黒い狼は魅力的だった。その姿に惹かれた。空を見上げる姿が愛おしいと思った。

だから、その手を取り、抱きしめてしまった。

最初は驚いていたマーヴェリックも、間を詰めていた関係に慣れていたのか、素直にサイクロンの身体に寄りかかった。

マーヴェリックがサイクロンのことを「シンプソン中将」ではなく「ボー」と呼ぶのに時間は掛からなかった。サイクロンもまた、「マーヴェリック」と呼ぶよりも「ピート」と呼ぶ方がしっくりときた。キスも身体を重ねることも、慣れたように、マーヴェリックは受け入れた。サイクロンはその身体を大切に扱う。海軍にとって必要な戦闘機乗りだから。海軍大将から託された、大切な人間だから。しかし、サイクロンにとっては、それ以上の存在となっている。宝石箱に閉じ込めておきたいほどの宝物だった。

「ボー?僕は質問してるんだけど?ずっと考え込んでる」

「ああ、それは悪かった。ただ、思い出していただけだ。カザンスキー大将のことを」

「アイスのこと?」

マーヴェリックに眉間に皺が寄ったが、サイクロンは気づかなかった。

「君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」

カシャンっ。

乱暴にテーブルに置かれたコーヒーカップ。唇を噛み締めて、立ち上がるマーヴェリック。

「ピート?」

「・・・帰る」

ジャケットを取り、それを着ながら玄関に向かう。

「ピート!」

サイクロンがマーヴェリックの腕を掴む。

「触るな!」

「一体、どうした!?急に!」

「うるさい!」

マーヴェリックは1週間ぶりにカワサキに跨ると、振り向くこともなく、サイクロンの前から走り去ったのだった。

***

住居にもなっているハンガーに戻る。

鈍く光るP-51マスタングの機体をそっと撫でた。

「・・・少し、ほったらかしちゃったなぁ」

サイクロンの家にいたのはどのくらいだったろうか。たぶん、1週間かそこら。マーヴェリックが毎日丁寧に整備している機体を放置してしまうほどに、サイクロンの家は・・・否、サイクロンの傍は居心地が良かったのだ。

それなのに。

彼は言った。マーヴェリックのことを。

「君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」

と。

自分がアイスの僚機でなければ、今頃自分はサイクロンの傍にはいない。アイスの僚機だから。アイスに託されていなければ、サイクロンは自分の傍にはいない。

アイスの存在は関係なく、マーヴェリックはサイクロンを信頼した。惹かれた。恋した。そして、愛した。愛したから傍にいたいと思った。だから、傍にいた。

ああ、それなのに。

マーヴェリックは深い溜息を吐いた。そんな時、彼の鋭い耳はエンジン音を捉えた。

「ああ・・・来たんだ」

たぶん、こうなると思っていた。捨て台詞を吐いて、シンプソン邸を飛び出したのだ。アイスから預かった自分を見届けるという義務感。責任感。

ハンガーの扉の隙間から見えたヘッドライトの光が消えた。そして、ドアの閉まる音と、足音。

「マーヴェリック」

「・・・・・・別に・・・僕の帰る場所はここしかないから。貴方が心配することはない」

「それでも、だ」

「敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・」

サイクロンの家で聞いた言葉がリフレインする。けれども、言いたいことは全て、サイクロンの家で吐き出した。今はもう、空っぽだった。話を蒸し返す気もない。

「・・・コーヒーでも?」

マーヴェリックはサイクロンの顔を見ずに言った。

「ああ、貰おう」

居住スペースに向かえば、何も言わずにサイクロンもついてくる。2、3度来たことのある場所だ。マーヴェリックがコーヒーの準備を始めたのを見ると、サイクロンはまるで我が家のように古ぼけたソファに腰を下ろした。

「・・・貴方の家とは違うから、ミルは電動だよ」

「気にすることはない」

「・・・・・・」

別に言い返すこともなく、気分を害することもなく、マーヴェリックは二人分の豆を電動のミルに入れた。異質な感じのする機械音。それでも、挽きたての香りがサイクロンの鼻をくすぐった。サイクロンが好きで常備しているのと同じ豆の香り。

時間をかけてドリップしたコーヒー。

マーヴェリックは、ファイヤーキングのマグカップに入れたコーヒーを無言でサイクロンに渡した。サイクロンも無言で受け取る。マーヴェリックはソファではなく、簡易的なダイニングテーブルの椅子に座った。

無言の時間が過ぎる。

けれども、サイクロンにとっては無意な時間ではない。

謝罪と贖罪を。

「・・・悪かった。・・・もっと、言葉を選ぶべきだった」

「選んだところで、貴方の放った言葉は消えない」

「違う。言葉が足りなかったということだ。・・・君も最後まで聞かずに飛び出ていくし」

「僕が・・・悪い?・・・一方的に?」

「君は、何一つ悪くはない。悪いのは、私だ」

「・・・・・・」

サイクロンはローテーブルにマグカップを置くと、立ち上がってマーヴェリックに近づいた。

「確かに、カザンスキー大将から君のことは託された。ただそれは、君から空を奪わないで済むように、だ」

「・・・昔の仲間が言ってた。アイスは僕の守護天使だって」

「その役目を私が引き継いだ。・・・後悔したよ、正直」

マーヴェリックは唇を噛む。

「けれでも、アヴィエタイターとして、君を素晴らしいと思った。そして、惹かれた」

「飛行機乗りとして?」

「最初は。・・・けれども、恋をした。君自身に。そして、愛した」

「アイスが僕を貴方に託した、その責任感?」

「それは違う。カザンスキー大将に託されたのは君の処遇だけだ。愛することは含まれていない。私が君に恋して、君を愛したのは、私の意志だ」

「じゃあ、何でアイスのことを引き合いに出したんですか」

「それは私のミスだ。それと、最後まで君が私の言葉を聞かなかったせいだ」

「・・・僕が悪い?」

「悪くない」

「・・・・・・」

「マーヴェリック」

伸びたサイクロンの掌が、マーヴェリックの頬に触れる。それが振り払われることはなかった。

「今度は最後まで聞いてほしい。私は、こう言いたかった。君は敬愛するトム”アイスマン”カザンスキー大将から預かった・・・大切な、私の宝物だ」

「!・・・」

マーヴェリックはまじまじとサイクロンを見つめた。

「君は私のかけがえのない、宝物だ。だから守りたいし、守らなければならない」

サイクロンの親指がマーヴェリックの頬を往復するように撫でる。マーヴェリックは、ようやく唇を開いた。

「僕はアイスに惹かれた。恋した。愛した。・・・身体も繋げた。・・・だから、貴方に対して何処か後めたい思いがあった」

「・・・まだ、カザンスキー大将に恋心を?」

マーヴェリックは首を横に振った。

アイスにはサラっていう奥さんができた。それで、僕たちは友人になった。かけがえのない友人に。・・・今、僕が恋してるのは貴方で、愛してるのも貴方で・・・」

「カザンスキー大将のことも含めて、私は貴方を愛している。あの方あってこその、ピート”マーヴェリック”ミッチェルなのだから。あの方が守らなければ、君はここにはいない。私は君と出会うことさえできなかっただろう」

「・・・アイスって・・・守護天使じゃなくて、キューピッドだったんじゃないか?・・・ははっ」

ようやく、マーヴェリックが笑顔を見せた。

「・・・中将・・・」

階級で呼ばれ、サイクロンは指でマーヴェリックの唇を優しく押した。

「・・・ボー・・・」

サイクロンも柔らかい表情でマーヴェリックを見る。

「・・・ボー・・・ごめん。・・・ちゃんと貴方の言葉を最後まで聞かなくて・・・」

「誤解は・・・解けたということかな?」

マーヴェリックはこくりと頷いた。そして立ち上がると、両手をサイクロンの肩に置き、ぽてんっとその逞しい胸の頭を預けた。

「本当に、ごめん」

「貴方が謝る必要はない。私が誤解をさせた」

「・・・でも、ごめん」

戦闘機を操るのはレジェンドと呼ばれるほどに巧みなのに、人の心の機微には完全に疎い。そういう人間であることを、サイクロンは忘れていたのかもしれない。あまりにも二人の関係が順調だったから。そう、思い込んでいたから。もしかしたら、自分の思いとは裏腹に、この黒髪の一匹狼は、心の何処かでよくわからない感情を抱え込んでいたのかもしれないのだ。

マーヴェリック故に。

「・・・ボー・・・仲直り・・・する?」

「ああ、是非に」

サイクロンはマーヴェリックの脇下に手を入れるとグッと持ち上げて、木製のダイニング・テーブルに座らせる。

「え・・・ここ?」

「まずは」

マーヴェリックの身体を押し倒し、指を繋ぎ、テーブルに止めてしまう。マーヴェリックも抵抗らしい抵抗もせず、静かにサイクロンを見上げる。瞳の色は緑。マーヴェリックにはよく分からないが、違う緑色だと彼は言う。「貴方の瞳の色は様々な緑に変わる」と、言われたことがあった。自分ではよく分からないし、そもそも自分の容姿にあまり興味がない。マーヴェリックが好きなのは、空と飛行機と生死を共にした仲間。今は亡きアイスマンにグース。・・・そして、可愛いブラッドリー。今は随分と大きくなって、自分の僚機としてミッションに参加もした。マーヴェリックの交友関係の範囲は、驚くほど狭い。狭いが故に、一度関係を繋げば、それが深くなることもある。サイクロンも関係を深くした数少ない人間の一人だった。そんなサイクロンの唇がマーヴェリックに降りる。重ねて、そっと吸い上げる。確かめるように。言い方は悪いが、マーヴェリックの反応が気になる。本当は、まだ、怒っているのではないかと。自分の不用意な言葉に。

「・・・ボーとアイスは違う・・・」

唇の隙間からマーヴェリックが呟いた。

「僕はアイスを愛した。アイスも僕を愛してくれた。・・・でも、僕とアイスは、それ以上に・・・僚機なんだ。それが僕たちの関係を一番に正しく表現する言葉だと思う」

自分の身体の下で、敬愛する大将の名前を出しても、何故か嫉妬の思いは込み上げてこなかった。それよリモ、拙い口調で一生懸命に話す人が愛おしい。

ああ、そうだ。この感情だ。愛おしいと。そう思ったはいつのことだったか。自分よりも年上のくせに、やんちゃで無謀な飛び方をする部下。カザンスキー大将に託されながらも、最初は嫌味と小言で、そのうち怒鳴って、その行動を諌めるようになった。それでも、ピート”マーヴェリック”ミッチェルは変わらなかった。次第に命令違反よりも、彼の身体を、生命を心配するようになった。そして芽生えた、愛おしいという感情。

「・・・でも、ボーは違う。・・・上司だけど、何だか、ごめん。僕にとっては、ボーが僕を叱るたびに・・・嬉しくなってて・・・。ああ、凄く心配されてるんだなって・・・。それ・・・アイスと違うんだ。・・・アイスも僕を叱ったけど、やっぱり何処か共犯だったんだ。でも、ボーは・・・違ってたら、ごめんなんだけど・・・僕を・・・アイスとは違う方法で、僕を愛してくれた。・・・違う・・・かな?」

「過去形なところを除けば、合ってる、ピート」

「・・・アイスは、僕をピートとは呼ばなかった。いつだって、マーヴェリック。やっぱり、僚機なんだよ。僕とアイスは。だから・・・ボーは違うんだ・・・」

ダイニング・テーブルからぶらりと落ちている自分の脚の内側を、マーヴェリックはサイクロンの腰に軽く擦り付けた。

「・・・好きだよ、ボー。ボーも僕のことを好きになってくれたら・・・嬉しい」

「ずっと前から、貴方が好きですよ、ピート」

好きだと言い合い、身体を重ねてきたくせに、今改めて「愛している」と痛感する。

「ベッドへ」

「ん・・・でも、ボーのベッドみたいに、スプリングは良くないよ?」

笑ってマーヴェリックが言う。サイクロンはマーヴェリックを引き起こし、テーブルから下ろした。手を引き、隣の部屋に誘う。しばらくの間、住人がいなかった部屋は、何処か埃っぽく、湿っていた。背徳的な空間だった。

踵を上げたマーヴェリックが、両手でサイクロンの頬を包み、キスをする。サイクロンは両手を動かし、腰から尻を撫でるように摩る。

「ふっ・・・ん・・・」

唇の隙間から二人で酸素を補給する。サイクロンの長い指が器用にベルトを外し、ジーンズのボタンも外す。そのまま手を入れると、すぐに肌の感触を遠ることができる。動きの邪魔にならない、という理由で、いつもTバックを身につけているからだ。そんなこと、自分以外の人間には知られたくはない。敬愛する大将は別として。

マーヴェリックも自分の手もサイクロンの頬から、糊の効いた薄いブルーのシャツへと動く。キスを続けたまま、ボタンを外す。素肌に手を這わせ、その感触を楽しむ。それから、スッと身体を離すと、マーヴェリックは床に膝をついた。すぐに意図を理解し、サイクロンは前をくつろげる。履かない主義のサイクロンのそれに、マーヴェリックは口付けた。雄の匂いがする。

「無理はしないように」

「させてくれないよね」

言いながら、大きなものを頬張る。絶対に根元までは飲み込めない。上の口では。

唇と舌と器用に使って愛撫する。そうすることがマーヴェリック自身を昂らせる。サイクロンがそんな狼の黒髪に指を差し込んだ。艶やかな短髪。付き合い始めた頃はパサついていた。何せ、「面倒臭い」という理由で、ボディソープで髪も顔を洗っていたのだから。一緒にシャワーを浴びた時には驚いた。素材がいいのに勿体無い。本当に、空と飛行機以外には興味がない。

けれども、今は、自分にも興味をもってもらえているだろうか。かの海軍大将ほどではないにしても。

睫毛が揺らいで、サイクロンを見上げてくる。

「・・・ピート。そろそろ貴方の中に入っても?」

マーヴェリックはゆっくりと口を外すと綺麗に笑った。そして、スニーカーもジーンズもTシャツも脱ぎ捨てると、無自覚に尻を見せつけるようにしてベッドに上がった。すぐさまサイクロンも追う。高く上げられた腰。尻の割れ目に隠れる黒いストリングに指を引っ掛ける。脱がすつもりもなく、サイクロンは、自分を受け入れてくれる場所に舌を差し込んだ。

「んっ・・・やっ・・・それ、いらない・・・」

逃げるように腰が動く。しかしサイクロンは、それを両手で押さえ込んだ。逃がさない。

「・・・そんなこと・・・しなくても・・・んっ・・・あ・・・ほんと・・・や・・・」

サイクロンに対する遠慮から、いつもそんなことを言う。けれども、この美しい戦闘機乗りを無意味に傷つけるわけにはいかない。サイクロンは一層、丁寧に濡らす。指も一緒に差し込みながら。

「ボー・・・っ・・・無理・・・我慢・・・無理・・・お願い・・・ンンッ・・・」

マーヴェリックの指がシーツをぎゅうっと掴む。快楽からはもう逃れられない。

「はっ・・・あ・・・ボーが・・・言ったくせに・・・」

「確かに」

サイクロンはマーヴェリックの尻たぶをきつく吸い、そして体勢を整えた。親指で尻を開きながら、しっかりとホールドする。そして、大きな自分を当てがい、グッと押し込んだ。

「ひっ・・・あ・・・あああっ・・・」

身体が二つに引き裂かれるような感覚。それでも愛しいものが体の中に入ってきているのだと思うと、痛みは感じない。

男の身体ゆえに、終着点はない。サイクロンの長さの分だけ、奥を蹂躙する。ガツガツと突きながら、時折、狼の背中にキスを送る。そうして、サイクロンはまーvエリックのウエストに腕を回し、その身体を引き起こした。胡座を描いた自分に座らせるように。一気に終わりのない奥に入り込む。根元まで。しっかりと。

「やっ・・・ああああーっ・・・あっあっあっ・・・」

大きく脚を開いたマーヴェリック身体。右手が上から後ろに回される。ダークブラウンの髪を指先が撫でる。サイクロンの手のひらがマーヴェリックの下腹を押した。

「っ・・・あ・・・やっ・・・ああ・・・」

言葉にならない声。それは、甘く溶けるような音。サイクロンはマーヴェリックの左耳に顔を寄せる。今は塞がったピアスの穴が視界に入る。そして目を細めて、耳朶を唇で喰んだ。

「ああ。そうだ。ピアスを贈ろう」と、サイクロンは思った。エメラルドの小さなピアスを。だったらピアスホールは2つ並べて開けるといい。一つは自分。そしてもう一つは敬愛する海軍大将。

「・・・ボー・・・あ・・・好き・・・」

いつの間にか身体から力の抜けた動物が腕の中にいる。Tバックの前はしっとりと濡れている。

「私は、愛してる」

そう言って、サイクロンはマーヴェリックの中に白濁を解き放った。

***

数日後。

「痛くはない?」

「平気。昔、開けた時も平気だった。まあ、この年齢になって、またピアスホールを開けるとは思わなかったけど。でも、なんで二つ?」

「貴方には必要でしょう。・・・嫌だったかな?」

「・・・それは、いいんだけど・・・。ボーは嫌じゃないのかなって」

マーヴェリックの左耳に、小さなピアスが二つ並んでいる。エメラルドはサイクロンが贈った。サファイアはハンガーにある祭壇とも言える場所に置いてあった、小さな箱の中にあったものだ。

「ピートが認めてくれるのであれば、貴方の守護天使は二人だ。好きなだけ空を飛んでも安全だ」

「そう言うわりには、お小言が多いし」

「それは貴方が命令違反をするから」

「好きに飛んだら、そうなる」

「大丈夫。貴方から空を奪うことはしない」

「ふーん。意外な発言。さっき、1週間の謹慎って言ったの誰?」

「だから。それは貴方が命令違反をするから。1ヶ月のところ1週間にしたのは私だ」

「あ、そうなんだ。ありがと、ボー。じゃあ、少しはお利口さんにしてるよ」

「整備士に混じって仕事をするのは大人しくするとは違う」

「えー・・・つまんない」

どうやら、本気で謹慎中に整備の仕事をする気でいたらしい。

「大人しくしていないと、ベッドに繋ぐという手も」

「それは、勘弁して」

「だったら、礼儀正しく、教官の仕事を」

「え?」

「貴方の今週のミッションだ。ひよっこたちを鍛えるように。彼らを死なせないために」

「・・・優しいよね、そういうところ」

「そろそろ、時間だ。一緒に?」

「うん。どうせ、行き先は同じだから」

サイクロンの車で基地に向かうべく、マホガニーのダイニング・テーブルから立ち上がる。今朝のコーヒーはサイクロンが淹れた。ただし、手動のミルで豆を挽いたのはマーヴェリックだ。わりといつもの朝のように。違ったのは、太陽に光で煌めく、マーヴェリックの耳にある二つの小さな宝石だけだった。

END

Happy Present

「フィンランドのサンタクロースに、もう手紙は書いたのか?」

ホッチは朝食のコーヒーを飲みながら息子に尋ねた。

「うん!とっくに書いたよ!」

ジャックは明るく応えた。

「父さんには見せてくれないのか?」

「内緒だもん。僕とサンタクロースの秘密なんだ」

「・・・そうか」

そんなジャックの返答を聞いて、ホッチは困る。これでは、クリスマスまでに息子の為のプレゼントを用意することができない。正直、困る。去年までだったら、いつも嬉しそうに教えてくれるのに。今年は秘密とは。

「せめて、ヒントをくれないか?ジャック」

「やだよ。これは絶対に内緒の絶対に秘密のクリスマスのお願いだから。とっておきなんだ」

とっておきのプレゼント。どうやら、いつものヒーローグッズではなさそうだ。ホッチは心の中で頭を抱えた。

***************************

「内緒のクリマスプレゼントなの?」

リードはホッチの運転する車の助手席で首を傾げた。

「ああ、そうなんだ。だから、困ってる。一体、何を靴下に入れたらいいものやら。まあ、大きなものなら、クリスマスツリーの下だが・・・」

「ふうん・・・。でも、きっと、ものすごく欲しいものなんだろうね」

「だからこそ、困ってる。ヒントもくれない」

「・・・僕から、聞いてみようか?もしかしたら、ちょっとはヒントをくれるかも」

「そうだな。そうしてくれると助かる。ジャックもリードには懐いているし、勉強も教えてもらっているし、何か言うかもしれん」

「うん、わかった。それとなく聞いてみるね」

仕事が終わり、二人は車でホッチの家へと向かっていた。夕食を3人で食べるのと、リードがジャックの勉強を手伝うためだ。科学のプレゼンテーションがあって、ジャックがリードにアドバイスを願ったのだ。

「今日は冷えるから、ビーフシチューだ。食べられるな?」

「大丈夫。僕、好き嫌いはないよ?」

「俺がいないと、まとも食事も取らないくせに」

「だって、面白い本があると・・・つい・・・・・・ごめんなさい」

「別に謝ることはない。ビーフシチューには人参も入っているからな」

「もうっ。食べられるってば!そんなにお子様じゃないよー!」

「ははっ。そうだな。しかし、リードが野菜を食べると、ジャックも嫌がらずに食べるからありがたい」

「ふふっ。ちょっと野菜の好き期待があるもんね。ジャックは。でも、大丈夫。大人になったら、味覚って変わるから」

「だといいが」

ホッチは車をガレージに入れた。

***************************

「うわぁ!リード、いらっしゃい!!!!」

破顔したジャックがリードを迎え入れた。

「ダッドもおかえりー。あのね、ビーフシチューを少し温めておいたよ」

「父さんがいないときに、キッチンを使ったのか?」

「それくらい、できるもん。でも、ナイフは使ってないよ?だから、サラダは、まだ」

「じゃあ、僕がサラダを作るね」

リードが袖を捲る。

「リードが作ったサラダなら、僕、食べる!」

「ええ?お父さんが作ったサラダは食べないの?」

「・・・だって、細切りの人参とかピーマンとか入ってるし・・・」

「今日のビーフシチューだって人参が入ってるよ?」

「・・・煮込んでるから、大丈夫。それにリードがいるから」

「僕、関係ある?」

「あるよー!!」

「ほら、二人とも、夕食にするぞ。リード、サラダを頼む。俺は最後の仕上げをするから」

「うん。ほら、ジャック、レタスを千切るのを手伝ってくれる?」

「はーい!!」

そんな二人の姿を見て、まるで母親と息子だな、とホッチはかすかに笑った。

ビーフシチューにイギリスパン、それにリードとジャックが作ったサラダ。人参が若干少なめなのは、まあ良しとしよう。

「ねえ、リード。夕食が終わったら、僕の科学のレポートとプレゼンテーションを見てくれる?明日、覇票なんだ!」

「OK。もちろんだよ。そうそう。人参をしっかりと食べると、賢くなるよ?」

「ええ?嘘だぁー」

「本当だよ。僕は人参を食べるようになって、勉強もすっごくできるようになったから」

「そうなんだー。そっかー。リードが言うなら間違いないよね。うん、わかった!僕、食べる!」

そう言って、ジャックはビーフシチューの中に少し大きめな人参にフォークを刺したのだった。

***************************

「どお?」

「いいね。よくまとまっているレポートだと思うよ。そうだな、この辺りに、根拠となるデータを添付するといいかも。スライドショーは完璧だね」

「ありがとう!!」

ジャックの部屋で、リードはレポートとプレゼン資料を見て、アドバイスをした。しかし、さすがホッチの息子。たいしてアドバイスすることはなかった。優秀で本当に賢い。

シャックは、デスクの上を片付け始めた。その様子を見ながら、リードが尋ねる。

「ねえ、ジャック。クリスマスは楽しみ?」

「え?あ、うん!もちろん!だって、サンタクロースが願い事を叶えてくれるんだよ!」

「願い事っていうか、プレゼントをくれるんじゃないかな?」

「プレゼントって願い事の1つでしょ?」

「うーん。まあ・・・そうかな。・・・ねえ、ジャックの欲しいものって、靴下に入るの?」

「入らないよ」

ヒント、ゲット。リードは心の中でガッツポーズをした。

「じゃあ、クリスマスツリーの下に置くしかない物なんだね」

「えー・・・それもないかなぁ・・・。それだったら、ちょっと怖い」

「え?ツリーの下に置けないの?」

「うん。それだと死体みたいになっちゃう」

「し、死体?」

これはヒントか?そうではないのか?リードは眉間に皺を寄せた。

***************************

「・・・それは・・・等身大のヒーロー人形とかか?」

「わかんない。けど、可能性はあるけど・・・でも、違うような気もする。だって、ジャックはヒーローに憧れてるけど、一番のヒーローはホッチ、貴方でしょ?ホッチの等身大マネキンとか欲しがらないでしょ?本物が側にいるのに」

「・・・迷宮入りだな。・・・頼む、リード。クリスマス・イブはうちに泊まってくれ。俺は25日の朝が怖い」

「困っちゃったね。ジャックの欲しいものがわからない。とにかく大きいってことだけ」

「それと・・・置いたら死体になる・・・か。わからん」

「でもさ、ジャックは絶対にサンタさんに貰えるって自信があるみたい」

「親の欲目だが、いい子だからな」

「そう。本当にいい子。・・・だから、あげたいよね。ジャックが本当に、欲しい物」

「ああ・・・」

しかし、二人ともジャックの欲しい物に検討がつか図、溜息をつくばかりだった。

***************************

「等身大のアイアンマンとかスパイダーマンの人形をあげたらいいんじゃね?」

「あら、等身大のバービー人形かもよー」

「女の子じゃないんだから」

「女の子じゃないから、欲しいってこともあるだろー」

などと、無責任な発言をするBAUメンバーたちに囲まれつつ、事件も解決しながら、とうとうクリスマス・イブの日がやってきた。ホッチやリードのみならず、BAUの仲間たちも探りを入れてくれたし、なんだったらJJが息子を使って聞き出そうともしてくれた。しかし「これは絶対の秘密のプレゼントだから」となかなか口を割らないジャックだったのだ。

「クリスマス・ディナーは完璧なんだがな」

「そうだね。ホッチはジャックの食べたいもの全部用意したもんね。あ、僕は空想科学読本の本をあげることにしたよ」

と、リードがラッピングされた四角い物をホッチに見せた。

「空想科学?リードらしくいないな」

「そお?でもさ、これもしヒーローが実在したらどうなるかってことを科学的に検証した本なんだよ。元々はジャパンの本の発想なんだけど、それのマーベル版って感じ?」

「そうか。しかし・・・」

「ホッチ、気を落とさないで。ジャックはいい子だから、貴方が用意したものをジャックは喜ぶよ?」

そんなホッチが用意したのは、等身大ではないが、あらゆるマーベルヒーローたちのフィギュアだったのだ。

「ねーねー、ダッド!リード!ディナーにしようよ!」

キッチンでこそこそしている二人に、ジャックが声をかける。

「あ、ああ、そうだな」

「い、今、行くね」

***************************

ホッチお手製の豪華で美味しいディナー。3人での楽しい会話。独りぼっちのクリスマスが多かったリードには新鮮で嬉しかった。きっとホッチとジャックも二人でささやかなクリスマスを過ごしていたのだろう。リードは赤ワインでほろ酔い気分になりながら、ハンサムな父親と活発なその息子を、ニコニコとした笑顔で眺めたのだった。幸せだなぁ・・・と思いながら。

「じゃ、僕はもう寝るね!早く寝ないとサンタさんがきてくれないから!」

食事を終え、片付けを手伝い、風呂と歯磨きをしたジャックが、そう宣言する。ホッチとリードがそれぞれジャックの頭にお休みのキスをする。

「おやすみ」

「おやすみー」

軽快に階段を上がって行くジャックを二人は見送った。ドアのパタンと閉まる音で、ふーっと溜息をつく。

「・・・プレゼント・・・置こっか?ホッチ」

「・・・ああ・・・そうだな」

マーベルヒーロのフィギュアと空想科学読本。それからBAUのメンバーたちから預かったプレゼントを、クリスマスツリーの下に並べる。

果たして、この中に正解はあるのか。

「大丈夫だよ、ホッチ。今から、そんな顔をしないで」

「ああ・・・そうだな。・・・せっかく、リードもいるんだし、これから大人のクリスマスをするか」

「大人のクリスマス?」

「ああ。良いシャンパンがある。それにチーズ。シャンパンに合うチョコレートもあるぞ」

「いいね」

「それらをトレイに乗せて、寝室に行こう」

「え?ベッドの上で、飲んで食べるの?お行儀悪くない?」

「いいんだ。大人のクリスマスだからな。さあ、準備を手伝ってくれ」

「OK!」

寝室で大人のクリスマス会が始まる。シャンパンを飲みながら、軽いスキンシップやボディタッチ。それがいつしか、冗談ではない、本物になる。

「は・・・あ・・・ダメ・・・だよ・・・ジャックが・・・いるんだからぁ・・・」

「もう、眠ってる」

「でも、起きちゃうかも」

「サンタを待つ良い子だから、絶対に起きない」

「なあ・・・に・・・それ・・・んっ・・・」

耳朶を甘く噛まれて喉奥から声が出そうになる。これまでもホッチの家の寝室で抱き合ったことはあるが、それはジャックがお泊まり会や合宿で不在の時だ。ジャックが在宅している時に、この部屋でリードがホッチに抱かれたことはない。それはリードが自分で決めたルールでもあった。それが今、破られそうになっている。

「ホッチ・・・ホッチ・・・だめ・・・ねぇ・・・だめ・・・」

「ダメじゃない」

ホッチは強い力でリードをシーツに縫い留める。

「声・・・出ちゃうもん・・・」

「我慢できるか?」

リードは首を横に振った。

「・・・自信ない・・・」

「そうか」

ホッチは静かにゆっくりとリードの身体を裏返した。そして首の後ろを舐め上げる。

「ひ・・・んぐ」

リードは声を出しそうになった瞬間、シーツを噛んだ。

「それでいい。それなら、ジャックにも聞こえない」

ホッチは顔に笑顔を貼り付けながら、丁寧にリードの衣服を剥いでいった。至るとこを吸った李、舐め上げたりしながら。確実に朱痕を残しながら。

「ぐ・・・く・・・・んグゥ・・・」

「可愛らしい声で哭くリードもいいが、こうして堪えているのもいいな」

「んっんっんっ・・・んんっ・・・んっ・・・」

リードの身体を背後から揺らしながら、ホッチが耳元で囁く。指先で乳首をキュッと摘むと、リードの体が跳ねた。楔を打ち込まれている白い尻を、ホッチの腹に擦り付けるように動かめかす。可愛らしいこと、この上ない。シーツに白い精を解き放つリードを見ながら、ホッチのその体内に白濁を押し込むように注いだのだった。

***************************

「ふ・・・ん?」

ほわん・・・とした気持ちでリードはゆっくりを目を覚ました。

「何処だっけ?」

と眼球を動かして、周囲を確認する。

「・・・あ・・・あ!!!!!!」

リードは怠い身体をなんとかベッドの上に起こした。自分の身体もシーツも綺麗だ。ホッチが全て後始末をしてくれたのだろう。いつものように。

ホッチの寝室には、幾ばくかの自分の衣服は置いてある。チェストの引き出しを開けて下着を出すが、肝心のトップスとボトムがない。仕方がないので、椅子にかかっていた、ホッチのシャツを羽織る。昨日、脱がされた服をも当たらないからだ。すでに部屋のホッチはいない。きっとすでに階下なのだろう。

「ああっ!ジャックのプレゼント!!!」

リードはシャツのボタンを留めながら、寝室を慌てて出て、1階に降りる。そこには、クリスマスツリーの下で体育座りをしているジャックと、その姿を項垂れるようにして見下ろすホッチの姿があった。どうやら、マーベルのフィギュアはハズレだったらしい。しかし、黙っているわけにもいかない。

「・・・お、おはよう、ジャック、ホッチ。えっとジャック?サンタさんに何を貰ったか見せて教えてくれる?」

そうリードが言った瞬間、ジャックは立ち上がり、顔に満面の笑みを浮かべて、リードに走り寄ってきたのだった。そして、リードの腰の辺りにしがみつく。

「ジャ、ジャック!?」

ジャックを身体を抱きしめがら、その向こうにホッチを見る。ホッチは何故か驚いたような顔をしていた。

「やっぱり、サンタさんにお願いしてよかった!!!」

「え?何?どういうこと?ジャック?何をお願いしたの?やっぱり、マーベルのフィギュアが嬉しかった?」

「違うよ!僕は、サンタクロースに、『リードがママになって欲しい』ってお願いしたんだ!」

「へ?」

「クリスマスの朝になって、起きてもリードがいなかったから、きっと僕、悪い子だから、サンタクロースはお願いを聞いてくれなかったんだって思ったの!でも、こうしてリードが家にいてくれるってことは、リードは僕のママになってくれるってことだよね!?」

「えっと・・・その・・・」

ジャックのフォローのために泊まったとは言えない状況だった。そして、気づけばホッチが近くにいた。

「そうだ。ジャック。リードはジャックのママになってくれるんだよ。父さんがちゃんとお願いしたから」

ホッチが息子の頭をポンポンと愛情を込めて軽く叩く。

「ありがとう!ダッド!」

「ちょっと!ホッチ!」

「それじゃあ、朝食にしようか。ジャックは何がいい?」

「リードママのの作ったパンケーキ!」

「そうか。作ってくれるか、リード?」

「・・・つ、作るよ・・・作るんだけど・・・」

「僕、エプロン、持ってくるね!」

タタタっとジャックが駆けて行く。

「・・・ホッチ?どうしよう・・・」

「どうもこうも。リードが下に降りてくるまで、ジャックは意気消沈してたんだ。自分は悪い子だからお願いを聞いてもらえなかったって。何をお願いしたかも教えてくれなくてな。しかし・・・リードママとは。確かに、ツリーの下でリードが横になってたら、死体だな」

「そういうことじゃなくて!」

「・・・今日は買い物に行こう。指輪を買わなくてはな。ああ、それと、色々と順番が逆になったが・・・リード、結婚しよう」

「・・・それ、決定事項?」

「先にママになったがな」

「ジャックのことは悲しませたくない。でも・・・」

「今日はクリスマスだ。嫌な言葉はなしで」

「・・・いいの?僕で」

「俺もジャックも君がいい」

「・・・ありがとう。・・・なんだか、僕にとっても最高のクリスマスかも・・・」

「Merry Xmas、リード。そして、愛してる」

「うん。僕も・・・」

二人の唇が重なろうとした瞬間。

「リード!エプロン持ってきたよー!!!」

「あっ、ありがとうっ」

慌てて離れる。けれども。

「ダッドもママは、おはようのキスしてもいいんだよ?」

そんなジャックの言葉に赤面するリードだった。

 Happy Merry Christmas !

END