それは蜜月だった。毎日ではないにせよ、二人が一週間も合わないということはなかった。互いの時間を調整し、互いのアパルトマンで逢瀬を重ねた。そして週末の今日は、二人連れだっての外出だった。
ヴァンヴの蚤の市。
骨董品の掘り出し物が多い蚤の市だ。
リードは赤いドレスと赤いハイヒール。それに黒いショールを合わせている。ホッチはいつもの古びたフロックコートだが、リードと出かけるという理由で、ものすごく時間をかけて丁寧にブラシを掛けた。
「久しぶりに来たよ。蚤の市なんて。仕事が忙しかったのもあるけど、貴方に会う時間を大事にしたかったから」
ホッチの腕に、自分の腕を絡めて歩きながら、リードが言った。
そうなのだ。二人は会えば、アパルトマン・・・というよりも、ベッドの中から出ることがなかったのだ。こうして、外に出るなどと考えることもなく、ずっと互いの身体を貪っていた。
けれども、今日は、リードの方から、「外へ出かけよう」と言ってきた。どうやら、踊り子仲間に何か言われたらしい。出がけに、「僕たち、身体だけの関係じゃないもんね?」と上目遣いにホッチに言ってきたからだ。ホッチは「もちろん」と答えて、リードの金髪を撫でて安心させてやった。そしてやって来たのが、このヴァンヴの蚤の市だったのだ。
「僕、踊り子になったばっかりの時は、今よりもずっとお金がなかったから、生活用品はモントルイユの蚤の市で揃えたよ」
「俺も似たようなものだ。・・・リード。何か、気になる物や欲しいものはないか?」
「どうして?」
「いや・・・君に、何か贈り物をしたい・・・」
そう言葉にしたホッチの唇をリードが人差し指でそっと押さえた。
「僕、前にも言ったよね?貴方に会えることが最高の贈り物だって。こうして二人で腕を組んでデートできるなんて・・・本当に最高!」
「しかし・・・」
ホッチの新聞の連載は順調だった。そのおかげで収入も増えた。幾許かのお金も貯まった。ホッチはそれを、自分の為ではなく、リードの為に使いたかった。
「そんな困った顔をしないで?ね?・・・僕、貴方と一緒にいるだけで本当に幸せなんだよ?」
「そうは言っても・・・」
ホッチはリードを見つめ返した。
「・・・もう・・・ホッチったら・・・。んー・・・わかった。じゃあ、こうしない?」
「なんだ?」
「あのね。お互いに贈り物をしようよ。僕も貴方に何か贈りたい。・・・えっと・・・そう・・・せっかくの蚤の市だもん。何か、掘り出し物があるかも。ねえ、お互いに贈り物を探そうよ。内緒で。だから・・・1時間後に、あそこのベンチでまた会うってどお?」
「しかし、それでは、君が何が欲しいかわからない」
「僕はホッチが贈ってくれるものなら、なんだって嬉しいよ?ね?何だか、楽しくなってきた。そうしよう?」
「・・・よし、わかった」
ようやくホッチは頷いた。
「じゃあ、1時間ね?」
そう言って、赤いドレスを見に纏った踊り子は、雑踏の中に軽やかに消えて行った。その後ろ姿が見えなくなったのを確認して、ホッチは周囲を見回した。
「さて・・・と」
実のところ、ホッチはリードに贈りたいものは決めていた。ただ、彼に似合う物が、このヴァンヴの蚤の市にあるかどうか。しかし、ただ立っていても仕方がない。ホッチは、目ぼしい露店を探して歩きは始めた。
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ようやく満足のいく目当ての物を買い、待ち合わせのベンチに行くと、すでにリードが座って待っていた。彼の隣には何故か猫がいて、リードはその美しい毛並みを撫でていた。
「あ、ホッチ!」
その声で、猫はベンチの上に立ち上がると、トンっと地面におり、ニャアと一鳴きすると、てってってと歩き去って行った。
「野良猫・・・か?」
「多分。でも、綺麗な猫だったよ。僕、動物が好きだから、癒されちゃった。ホッチは?」
「俺も好きだ。昔、犬を飼っていたな」
「犬派なの?」
「いや、犬も猫も好きだ」
「僕も。どっちも可愛いよね。さ、座って」
リードの膝の上には茶色い紙袋が置いてあった。蚤の市だ。綺麗なラッピングなどという小洒落たものなど存在しない。ホッチが買った品物も、粗末な紙箱に入れてくれただけだった。それはフロックコートのポケットの中に入っている。ホッチはリードの隣に腰をおろした。
「はい、ホッチ。そこの屋台で買ったコーヒー。歩いて喉が乾いたでしょ?」
リードは粗末な紙製のコップに入ったコーヒーをホッチに渡した。
「美味しいよ。さっき一口飲んだけど、ホッチに教えてもらったカフェと同じレベル」
「そうか」
そう言って、口をつけると、本当に美味しかった。リードへの贈り物を探しているときは気にならなかったが、こうして飲んでみると、喉の渇きを自覚できた。
「あのね。ホッチが贈り物にこだわる理由がわかった気がする。僕、ホッチへの贈り物を考えながら探してて・・・それが、すっごくワクワクして楽しかった。好きな人のことを考えながら買い物をするって楽しいね」
リードがにっこりと微笑む。そして膝の上の紙袋をそっと撫でた。
「・・・これから・・・どうする?ここで、贈り物を見せ合う?」
「リードは・・・どうしたい?」
「僕・・・貴方のアパルトマンに行きたい。そこで、渡したいな」
「そうだな。賛成だ。俺も落ち着いた場所で渡したい」
「ふふ。意見があったね。じゃ、行こう?コーヒーは歩きながら飲もうよ。それも楽しいよ」
「ああ」
ホッチは紳士的にリードの腕を取り、ベンチから立たせた。リードも素直にそのエスコートに従う。そして、ヴァンヴの蚤の市の喧騒から、離れて行った。
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「ねえねえ、風を入れてもいい?」
「ああ。構わない」
ホッチの住む屋根裏部屋には、木製のテラスがついていた。そこにつながる大きなガラス戸を開けると、心地よい風が入ってくる。
「ホッチの部屋って本当に素敵」
「ただの安い屋根裏部屋だぞ?」
「でも、こんなテラスがついてるって、珍しいでしょ?」
「まあ、確かに。それもそうだな」
ホッチはリードに近づいた。ポケットに手を入れて、その中の紙箱を確かめる。リードも紙袋を持ったままだった。
「贈り物を見せるのは、同時?僕が先?それとも貴方?」
「そうだな・・・どうしたい?」
リードの意見を尊重しようと思う。
「じゃあ・・・僕が先に貴方に見せてもいい?もう、待ちきれないんだ。早く貴方に渡したくて!」
瞳をキラキラさせてリードが言う。それならと、ホッチは頷いて、リードを促した。
「はいっ!これ!貴方にぴったりだと僕は思ってて・・・それで、喜んでくれたら・・・嬉しい」
差し出された紙袋を受け取ると、それはほんの少し重かった。
「何かな」
「開けてみて?」
がさりと折りたたまれた袋の上部を開ける。中には2つの品物が入っていた。羽根ペンとインクの瓶。ホッチはその2つをテーブルの上に置いた。そして改めて、羽根ペンを手にする。それはとても手に馴染んだ。ずっと自分が使い込んできたかのように。
「ベタかもしれないけど・・・やっぱり、作家の貴方には、ペンとインクかなって。インクはね、ブルーブラックなんだ。セピアもいいけど、僕、そのインクの色が好きなの」
「ああ・・・リード。早速、使わせてもらおう。とてもいい物語が書けそうだ」
「本当?」
「本当に」
「良かったぁ・・・。やっぱりね、渡すまではドキドキするね。自分の選んだ物がアタリかハズレか。でも、喜んでもらえて嬉しい」
確かにそうだった。果たして、リードは自分が選んだものを喜んでくれるだろうか。
「リード」
「なあに?」
「手を・・・」
ホッチはリードの左手を取ると、空いた手でポケットを探り、紙箱の中から小さな品物を取り出した。リードの手を持ち上げ、その薬指に、自分が選んだアクセサリー・・・リングを嵌める。
「え・・・あ・・・綺麗・・・これ・・・この赤い石・・・」
「ルビーだ」
「嘘。だって・・・高いよ?こんな高価な物・・・」
リードは自分の薬指を彩る赤い石に驚いた。これでは、自分が送った物と釣り合わない。
「俺の懐事情は知ってるだろう?いくら原稿料が入ったと言ってもたかがしれてる。本当に、無理はしていないんだ。ちゃんと、自分で買うことのできる石を選んだ。・・・君がいつも着るドレスの色に合わせたつもりだ」
リードはルビーからホッチに視線を移した。
「ありがとう・・・ホッチ・・・でも・・・」
「本当に、無理はしていない。ヴァンヴの蚤の市だぞ?宝石店の石じゃないんだ。本当なら、もっと高価な・・・うわっ」
ホッチの言葉が終わらないうちに、リードがホッチに抱きついた。
「本当にありがとうホッチ!!!僕、とっても嬉しい!!!」
「そ、そうか?君ならいつもショーで宝石を身に付けているだろう?」
「だって・・・あれは僕のじゃなくて、お店からの借り物だもん。僕、自分の宝石は1つも持ってないんだ。だから・・・これが初めての・・・僕のアクセサリー」
「そ、そうなのか」
「うん」
そういえば・・・とホッチは振り返った。いつもリードは赤いドレスで着飾ってくるが、装飾品は1つも身に付けてはいなかった。リード自身があまりにも綺麗で、装飾品の有無など気にしていなかった。リードはそっとホッチから離れると、再びルビーのリングを眺める。その表情はとても嬉しそうだった。
「ホッチは、いつも僕に初めてをくれるんだね。・・・あ、でも、どうして僕のリングのサイズがわかったの?」
「ああ、それは・・・。君が眠っている間に、糸で・・・」
「気づかなかった」
「君がぐっすりと眠っていたときだったから」
「だって、ホッチってば、激しいんだもん。・・・嫌じゃないけど」
言いながら、リードは赤い石に口付けた。
「ねえ・・・まだ・・・時間・・・あるよね?」
リードは蠱惑的に微笑むと、赤いドレスとハイヒールを脱いだ。レースの下着と赤い石だけのスペンサー・リード。これ以上に美しい者があるだろうか。ホッチはすかさず、その身体を抱き上げると、粗末なベッドへと運んだ。
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「ふっ・・・あっ・・・あっ・・・あっ・・・」
レースのパンティが、リードの片方の太腿に、まるでガーターのように引っかかっている。そしてその脚は宙で揺れていた。ホッチに身体を抉られ、揺さぶられているからだ。窓が全開なので、声を抑えるために、リードは唇をホッチの肩に押し付けるようにしていた。逞しい男の首に回された腕。その左手には赤い石が輝いている。
「んっ・・・んっ・・・んっ・・・んふっ・・・」
すでにリードは2回ほど達しており、二人の腹はベトベトだった。けれども、ホッチはまだ精を放ってはいない。が、それも時間の問題だった。
「くっ・・・」
ホッチは唇を噛むと、リードから身体を離そうと動く。踊り子の身体の中に出すわけにはいかなかった。
「やっ・・・だめっ・・・なかっ・・・中に出してっ!」
リードは小さな声を上げて、懇願した。
「それはできないと、いつも言っているだろう?君は、今夜も仕事だ」
「いいの!大丈夫なの!お願いなの!」
リードは長い脚をホッチの腰に絡めた。そしてぎゅっと力を入れる。
「中に・・・ホッチの・・・熱いの・・・すごく、欲しいの・・・お願い・・・」
「駄目だ」
「やだっ」
余計にリードの身体に力が入る。ホッチの分身が体内で締め付けられる。
「くぅっ・・・」
リードから身体を離そうとしたが、それができない。
「リ、リードっ・・・」
「お願い・・・僕の中で気持ち良くなって・・・」
ぎゅっとリードに抱きしめられる。ホッチは唇を噛んだ。もう、無理だった。踊り子の身体を犯す罪悪感。しかし、快楽には耐えきれず、ホッチはとうとう、リードの中に精を放った。
「あ・・・ああ・・・くる・・・熱いの・・・は・・・ああ・・・嬉しい・・・」
どくどくと体内に放たれる熱い液体の感触をリードは教授した。
「・・・ああ・・・凄く・・・幸せ・・・」
「リード・・・」
ホッチの指がリードの金髪を優しく梳く。リードはホッチの首から腕を解き、両手で彼の頬を撫でる。視界に、ホッチの顔とルビーが入る。2つの幸せ。いや、身体を重ね合わせることも入れたら3つだった。これらの幸せがあったのなら、リードはこれから自分の身に起こるであろうことを、我慢できるような気がした。