「さあ、食べて」
台所女中のブレイクが、女中ホールのテーブルに並べた料理を披露した。リードが見たことのない料理が所狭しと湯気を立てている。
「ほらほら、リード。遠慮しないで」
「そうそう。ストラウスが来たら、お喋りもできやしない。だから、今がチャンス。まあ、基本的にストラウスは自分の部屋で食べるけれどもね」
「お肉とお魚、取り分けてあげるわね。ブレイクの白身魚のフリッターは絶品よ。お腹にも優しいわ。このタルタルソースが美味しいの」
「この部屋ではテーブルマナーなんて気にしなくていいわ。食べたいものをフォークで突き刺して食べるの。ああ、もちろんスープはスプーンでよ。ふふふ」
エミリーとJJ、ガルシア、そしてブレイクが色々とリードに食事の世話を焼く。そんな時、キュウ
・・・とリードのお腹が鳴った。風呂の後にお菓子は食べたけれども、こういった食事はまた別だ。どれも美味しそうで、良い香りがする。今まで食べる物は、何処かゴミの匂いがした。
リードはそっとフォークを握りしめると、恐る恐る白身魚のフリッターに突き刺し、口に運んだ。
「!」
ゆっくりと咀嚼すると、リードはため息をついた。
「美味しい・・・とても・・・温かくて・・・美味しい・・・」
思わず泣きそうになった。実際、目尻に涙が浮かんでしまった。
「大丈夫?リード。美味しすぎて、感動しちゃった?でもブレイクの料理の腕はこんなものじゃないのよ?」
「す・・・すごく・・・美味しい・・・です」
「やあねえ。さっきも言ったでしょ?私たち相手に敬語は不要よ。まあ、ストラウスには丁寧語を使っておいた無難だけど。もちろん、ご主人様には絶対敬語だけれどもね。ほら、リードサラダもどうぞ。家庭菜園で作った新鮮な野菜のサラダよ」
「うん・・・ありがとう・・・」
「ずっと食べていなかったみたいだから、ゆっくりね。よく噛んで。料理は逃げやしないから。一度にたくさん食べたからと言って、身体は正常にはならないわ。時間をかけて、体調を整えていきましょうね」
ブレイクが母親のように言いながら、リードの綺麗に結い上げられた栗色の髪を撫でた。
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「えっと、一応、この屋敷の仕組みを教えておくわね。リードをこの屋敷に連れてきたのが、女中頭のストラウス。使用人の中で一番偉いの。偏屈だから、逆らわない方が面倒が少ないし、さっきも言ったけど行儀作法に煩いから、丁寧語で話した方がいいわ。まあ、私はかなり右から左にお小言は聞き流してるけど」
ガルシアがケラケラと笑いながら言った。
「私たち3人はハウスメイド。料理以外のことはなんでもやるわ。そうそう。ブレイクは台所女中で、この屋敷の人間の胃袋をがっつりと掴んでるわ」
夕食の後、リードは、エミリーとJJ、ガルシア、そしてブレイクに囲まれてお茶をしていた。紅茶ではなく、カモミールティーだった。リードにとっては初めての飲み物だ。というか、全てが、初めてだ。
「ガルシアは服飾を主に担当しているわ。繕い物もそうだけど、メイド服を作ってるのはガルシアよ」
「あ・・・僕のも・・・」
「そうよ!この屋敷に来る初めての侍女だから、張り切って最高級の黒生地で作っちゃったわ!ご主人様と好きなようにしていいって言ってたし!ホワイトブリムも通常の3倍は生地を使ったの!とっても可愛く仕上がったわ!」
そう言って、ガルシアはリードの頭の上に乗るホワイトブリムをツンっと触った。
「エミリーはメイドでもあるけど、ご主人様の近衛兵でもあるの。何かと政敵の多いご主人様だから、ボディガードも兼ねてるの。だから、さっきも言ったけど、エミリーのコルセットは防弾防刃繊維で作ってあるのよね。そしてブーツもごついでしょ?爪先に鉄板が入っているのよ」
「・・・戦うの?」
「まあね。もちろん、こちらから仕掛けることはあまりないわ。ご主人様が狙われた時だけ。ご主人様を守るために戦う。でも、ご主人様自体が強くていらっしゃるから、最近、出番がなくてつまんないわー」
エミリーが唇を尖らせた。
「まあまあ、いいじゃないの。ご主人様も運動不足解消になってるんだから。あ、ちなみに私のコルセットも防弾防刃仕様よ」
金髪のエミリーが笑って言った。
「え?」
「とは言っても、私の場合は、この屋敷を守るため。エミリーがいない時にね。 もちろん、エミリーと一緒にこの屋敷を守ることもあるわ」
「・・・強いんだ・・・二人とも。・・・僕、男なのに・・・変だよね」
「ねえ、リード。男も女も関係ないわよ。神様が与えてくれた役割を、果たせばいいの。だから、私もエミリーも自分の生き方を残念に思ったり、否定したりはしないわ。満足してる。それに、ホッチナー家に雇われたって最高よね」
「そうそう。ちょっと気難しいところがあるご主人様だけど、待遇がいいもの」
「そうよねぇ。薔薇のローションに、薔薇のクリーム。普通なら奥方様しか誓えないようなコスメを使わせてくれるものね」
「料理に使う食材だって、お金に糸目はつけないから、作り甲斐はあるしね」
ブレイクが言った。とても料理をすることが好きらしい。
そして、4人とも暖かな雰囲気を見に纏っている。リードの緊張も次第に解けてきた。
「僕・・・その・・・こんな素敵な場所、初めてで・・・ずっと、貧民窟にいたから・・・。最初に僕を見た時、とっても汚かったでしょ?」
「人は何処で生きたかじゃないわ。どう生きたかよ。ねえ、リード。貴方は神様に背くような生き方をしてきたの?」
リードは逡巡した。そして首を横に振った。盗みはしなかった。身体も売らなかった。ただ、寒さとひもじさを我慢した。そうやって、存在していただけだった。
「だったら、いいのよ。確かに、神様は貴方に試練をお与えになったかもしれない。でもリードはそれをちゃんと受け入れて真っ当に生きた。それで充分なのよ。だから、私たちは貴方を歓迎してるわ」
「・・・ありがとう」
リードはようやく、硬くなっていた頰を和らげた。それでも今まで笑うことをして生きてこなかった彼にとっては、かなりぎこちない笑みであったけれども。
エミリーが壁掛け時計を見た。
「そうね。もう1時間くらいしたら、ストラウスが来て、リードをご主人様の部屋に連れて行くと思うわ」
「・・・・・・」
リードは唇を噛んだ。自分が侍女として、この屋敷に連れてこられた理由はわかっていた。数週間の教育を受けた。自分は・・・子を孕む器だ。その役割を果たすために、連れて来られたのだ。
「でも、まだ、時間があるわ。ねえ、今度はコーヒーにたっぷりと生クリームを入れて飲みましょうよ」
「あら!ウィンナコーヒーね!最高!ねえ、ブレイク、作ってくれる?」
「もちろんよ!最高のウィンナコーヒーを淹れるわ!」
「ブレイクの泡立てるクリームって絶品なのよね」
3人のメイドたちはきゃっきゃと笑い合った。それを見ながらリードは「コーヒーにソーセージみたいなのが入ってるのかな?」と心の中で首を傾げたのだった。