赤い風車 02

「1・2・3・4・5・6・7・8」

「1・2・3・4・5・6・7・8」

カウントを取る振付師の声に合わせて、踊り子たちがフロアでステップを踏む。ラインダンスだ。

「1・2・3・4・5」

「うわっ、あっ・・・」

どたんっと音がして、踊り子が一人、転んだ。リードだった。

「いててててて・・・」

「大丈夫?スペンス!」

JJが駆け寄る。エミリーもタオルを持って近づいた。

「お尻・・・打っちゃった・・・」

リードがお尻を摩りながら、立ち上がるのをJJが手を出して助ける。エミリーが床を確認すると、一部分が汗で濡れていた。

「あら、これが原因だわ。拭いておくわね」

「ありがと、JJ、エミリー。僕、ドジでごめんね」

「リードのせいじゃないわよ。エミリーが言った通り、汗が床が濡れていたのが原因よ」

「でも、ちょっと集中力に欠けてたかも」

「うふふ。ステージではビシッとダンスを決めるのにね。リードったら、練習の時ってわりと転けるわよね」

「だって・・・苦手なんだもん・・・ダンス」

「何を言ってるのよ、ムーラン・ルージュの看板娘が!」

エミリーの背中を軽く叩かれる。

「僕だって必死なんだよぅ・・・。みんなの足を引っ張らないようにって・・・そればっかり考えてる。だから、ステージでは絶対にミスをしないようにしてるんだ」

「ふうん・・・」

JJが意味深な声を上げた。

「な、何?JJ・・・」

リードが伺うような視線をJJに向けた。

「最近・・・ステージで雑念を感じるのよねぇ・・・。そう思わない?エミリー」

「あー・・・わかる。時々、心、ここにあらずっていうかぁ・・・客席の一点を見つめては、小さな溜息をついてる踊り子は、いるわよね」

「そうよねー」

言いながら、JJとエミリーがニヤニヤと笑いながらリードを見た。

「えっ・・・ぼ、僕?」

「確か、あの席って、デヴィッド・ロッシ様のお連れ様が座っていた席よねー」

「そうそう。あれ以来、全然いらしてくださらないけどー」

「・・・え?・・・そ、そうかな?・・・僕、別に・・・その・・・そんなこと・・・」

「リードは思わず床を見つめてしまった。JJとエミリーの視線から逃れるように。名前も知らない客。あれから一週間。リードはステージに立つ度に、その客席を見た。そこに彼の姿が見当たらないときは、客席全体を見て、彼を探した。しかし、彼の姿を見ることはできなかった。その度にがっかりしてしまうのだが、リードもプロだ。すぐに気を取り直して、笑顔で踊り、そして妖艶に歌った。存在しない、男の姿を想像して、彼に向かって踊り、歌った。もう一度、会いたいな・・・と思った。けれども、自分は彼の名前さえ知らないのだ。

「それはそうと」

エミリーが話題を変えた。

「ねえ、リード。今度の新しい出し物の練習は進んでる?」

「あ、うん」

リードは思考を現実に戻した。そして肩を竦める。

「あれ・・・怖いよね」

「そうね。空中ブランコは怖いわよね」

「やらなくちゃダメかなぁ・・・」

「さすがにガルシアもストップをかけたらしいけど、オーナーの強い希望だものね」

「高いところ・・・怖い・・・」

「そうよね」

JJもリードの肩に手を添えながら、慰めるようにして言った。

「まあ、シルクのトラベジストのようなことやるわけじゃないから。でも確かに、高い所だものね」

「僕・・・運動神経、ないのに・・・」

「命綱はつけるから大丈夫だとは思うけど」

「・・・それやったら・・・お給金、上がるかなぁ・・・」

「そこはガルシアが交渉してくれるわよ。彼女、そういうの上手いから」

「うん。そうだね」

そこへ、噂のガルシアが現れた。手には銀色のスパンコールが一面に散りばめられた衣装を持っている。

「リード!新しい衣装ができたわ。空中ブランコ用の衣装。それとシルクハット。命綱はデザイン性も考慮して、素敵なのにしたわ。安全面もバッチリよ!」

「ありがとう!・・・でも、怖いなぁ・・・」

「オーナーには、危険手当を上乗せするように言っておいたわ」

「さすが、ガルシア!!」

と、JJとエミリーが手を鳴らす。

「それと、リードの不安を払拭する情報を持ってきたわよ」

「ん?情報?」

「ほら、先日、デヴィッド・ロッシ様といらっしゃった殿方のことよ。リード、ずっと気にしてるでしょ。バレてるんだから。私はいっつも袖から見てるんだからね!」

「そ・・・そんな・・・僕・・・」

「いいからいいから。否定したって無駄。まあ、聞きなさいよ」

リードも気にならないわけではない。そこへJJやエミリーも興味をもって聞き耳を立てる。

「あの殿方の名前は、アーロン・ホッチー様。デヴィッド・ロッシ様のご友人。職業は小説家。とは言ってもあまり売れてはいないらしくて、新聞にコラムを書いたり、詩を書いたり、頼まれたら簡単な戯曲を書いたりもしているらしいわ。住まいはモンマルトルにある古いアパルトマンの屋根裏部屋。これが、住所」

そう言って、ガルシアが一枚のメモをリードに渡した。

「え・・・どうして、僕に・・・」

「お誘いしなさいよ。新しい出し物に合わせて。今度のトラペーズヴォランは結構、話題になるわ。そのことを書いていただいたら、このムーラン・ルージュのいい宣伝になるわよ。それに、お会いしたいんでしょ?リード」

「・・・・・・」

「その無言は肯定の意味ね」

ガルシアが眼鏡のフレームを上げて言った。JJとエミリーも、両端からリードを軽く突く。

「えっと・・・そ、そだね。うん。ムーラン・ルージュの宣伝をしてもらうんだもんね。これも仕事だもんね」

「そうそう、仕事仕事」

「じゃ、また、レッスンを頑張らなくっちゃ!」

リードは思わず緩くなってしまう表情を隠すように、仲の良い3人に背中を向けたのだった。

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アーロン・ホッチナーは寝食を忘れたかのように、古びた机にずっと向かっていた。羽ペンがスラスラと動く。今書いているのは、踊り子の物語だった。美しい踊り子の物語。名前とその姿しか知らない踊り子を思い浮かべて、ホッチは物語を紡いだ。新聞社に頼まれた原稿もあったのだが、それをそっちのけで、自分の思うがままに、ペンを走らせていた。あのとき抱いた感情と感動が風化する前に、文字にしたかった。しかし、それは杞憂だった。日を重ねるごとに、情景は鮮やかになった。美しき踊り子の表情がより鮮明に、ホッチの脳裏に浮かんだ。ホッチの書く物語は、告白であり、恋文だった。笑顔で踊るスペンサー・リードに、ホッチは心を奪われた。彼の美しさを完璧に文字で表すことなどできない。しかし、自分にできることは、文字を書き起こすことだけなのだ。だから、ホッチは必死に書きつらねた。恋してしまった踊り子の物語を。何処に発表する当てもない、物語だった。しかし、書かずにはいられなかったのだ。ホッチは目をつむり、あのムーラン・ルージュで見た彼の姿を思い起こした。美しい装飾、照明、演出・・・それは全て、スペンサー・リードに集約された。全てが彼のためにあったような気がした。もう一度、会いたい。もう一度、ムーラン・ルージュを訪れたい。しかし、しがない物書きであるホッチにとっては、それは叶わないことだった。だから、ホッチは自分の中で、そして原稿用紙に中で、再現するのだ。ムーラン・ルージュでも彼の姿をを。美しい、彼の姿を。彼がソロで歌ったとき、彼は自分だけを見てくれていたような気がした。決して、そんなことはないのだろうが、そう感じたのだ。だから、自分も彼を見つめ返した。美しいドレスに身を包み、美しい照明の中で、美しい声で歌を奏でる、スペンサー・リードの姿を。

ホッチは、小さな溜息をついた。原稿用紙に書き連ねた彼の姿が、現実のものとなって浮かび上がってくれたなら、と。そんな叶わぬことを夢想した。

トントン。

古びたドアが叩かれた。

トントン。

ホッチは振り返った。滅多に客など来ない、屋根裏部屋だ。新聞社の人間だって、こんな所には来ない。もしかすると、電報か何かかもしれない。

そう思って、ホッチはがたつく椅子から立ち上がった。

トントン。

3度目のノック。ホッチは、軋むドアをゆっくりと開けた。そして、息を飲む。

「こんにちは。えっと・・・初めましてって言った方がいいのかな・・・」

そんなことを言いながら、立っていたのは、指先で金髪を耳にかけながら、上目遣いにホッチを見る、赤いドレスをきたスペンサー・リードだった。

to be continued

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シルク・・・サーカス

トラベジスト・・・空中ブランコ乗り

トラペーズヴォラン・・・空中ブランコ