気が付けば、1週間が’経過していた。ホッチはし仕事に忙殺され、自分の自由な時間は奪われていた。しかし、ようやく仕事が片付き、カレンダーに目をやると、最後にあの青年とあった日から1週間が過ぎてしまっていたのだ。ホッチは屋敷の書斎で溜息をついた。今夜リードの待つ娼館へ行くべきか、それとも明日か。それに、モーガン伯爵から調査が終了したことは電報を読んで分かっていたが、詳しい内容を聞く時間はなかった。ホッチは一息着くと、電報を打つために、メイドを呼んだのだった。
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「父親は行方知れず、母親は病院に入院している。・・・窓に鉄格子の嵌っているような病院だ」
ホッチナー邸にやって来たモーガンは、手元の資料を見ながら話し始めた。
「・・・精神病質者・・・なのか?リードの母親は」
ホッチはリードが母親の病院代のことを話していたのを思い出した。
「精神分裂症だ。重篤なものではないらしいが、周囲の偏見があるからな」
「そうか・・・」
「そんな家庭環境のせいか、リードは教育を受けたことはない。ただ、ああいった貧民層は街の教会の世話になることがあるだろう?入院する前の母親のために、食べ物が欲しかったせいもあるかと思うが、よく教会にには行っていたらしい。貧しい教会だが、そこの牧師が結構リードを可愛がっていたっていう話だ。文字の読み書きや計算なんかもその牧師に教わっている」
「まったく学がないわけではないんだな」
「ああ。しかも、すごいぞ。ラテン語、フランス語、ドイツ語ができる。教会にある本を片っ端から読んでいたらしいが、1冊の本を半日で読み終え、しかも内容もちゃんと覚えている、と牧師が言っていた」
「賢い・・・という言葉では表現できないな」
「ああ。まさに天才君だ。他にも、あの娼館に行くことになった経緯や、借金の額なんかもここにまとめてある」
モーガンは手に持っていた数枚の紙をホッチに渡した。
「助かるよ、モーガン。本当なら本人に直接尋ねればいいのだろうが、どうも複雑そうでな。それに明るく、屈託なく笑うリードを見ていると中々聞けなかった」
「だろうな。そもそも自分の置かれた悲惨さを表に出して同情を買うような人間は、娼館には向いていない」
「でも、彼のことを知りたかった。とんだ我儘だな」
「惚れたか」
「・・・かもしれない」
「おいおい。相手は娼館の売り物だぞ」
「そうだな・・・・」
ホッチは呆れるモーガンの向こうにある壁を見つめながら呟いた。
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「電報ですよー」
ノックと共に、部屋の扉が開いた。リードはひょいとベッドから降りると、アンダーソンに駆け寄った。
「だっ誰から?」
「アーロン・ホッチナー侯爵様からですよ」
「本当!?」
リードは差し出された電報を受け取り、紙片に目を落とす。
「うわぁ・・・今夜、来てくださるって!ミスター・ホッチナーが!!」
「良かったですね」
嬉しそうに微笑むリードの姿を見ながら、アンダーソンも心の中で笑った。何せ、この1週間、本当に元気がなかったのだ。先週、3つの箱の送り物が届いた日が元気だったが、それからは手紙もなく、リードはとてもしょんぼりとしていたからだ。リードから笑顔が消えると、アンダーソンも何処か寂しい気分になった。けれども、いま、目の前にいるリードは瞳をキラキラと輝かせている。そんな表情を見ていると、アンダーソンも嬉しくなった。
「ありがとう!アンダーソン!」
「また、来てくださることになってよかったですね」
「うん!」
「それじゃあ」
もっとリードの笑顔を見ていたいような気もしたが、アンダーソンは部屋を辞することにした。きっと、ミスター・ホッチナーを迎える準備もあるだろうと思ったからだ。
パタンとドアが閉まると、リードはもう一度、電報を読み直した。仕事で来ることができなかったこと、今夜娼館に来ること、そして先週送ったランジェリーを身に付けて欲しいことが書かれていた。リードは電報を丁寧にテーブルに置くと、それからチェストの上の紙箱を手に取った。そっと蓋を開けると、美しい生地とレースで彩られた、可愛らしいピンクのランジェリーが現れる。リードは嬉しそうに、生地に優しく触れた。と、同時に眉を潜めた。ランジェリーが嫌なのではない。ただ、何やら付属品が多いのだ。キャミソールから伸びた長めの紐。その先には留め具。それにレースがふんだんに使われた長い靴下。要するに、リードはこのランジェリーの身に付け方がわからないのだ。紳士は、これを着た自分に会いに来るというのに。リードはしばらく悩み考えた後、ハッとしたように手を叩いた。
「そうだ!エルに聞けばいいんだ!」
リードはランジェリーの入った箱を大事そうに抱えると、先輩娼婦である、エルの部屋へと走ったのだった。
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「あらー。素敵!可愛い!リードにぴったりのランジェリーね!これは・・・例の紳士からの贈り物?」
「え?あ・・・う、うん・・・」
リードはエルの言葉に照れながら頷いた。
「で、でもね、どうやって身に付けたらいいか分からないんだ。ほら、変な紐とか金具とかがついてるでしょ?」
「変?やあね。これはね、然るべくして付いてるのよ。あ、ちょうど私、似たようなランジェリーを持っているから、着て見せてあげるわ。ちょっと後ろを向いててね」
「あ、うん!」
リードは素直に、身体をドアの方に’向ける。いくら同じ’娼館で働く仲間とはいえ、エルは女性で自分は男だ。そのあたりのことはわきまえている。程なくして。
「いいわよ、リード」
リードはゆっくりと振り向いた。そこには、真紅のランジェリーを纏ったエルがポーズを取って立っている。
「うわぁ・・・綺麗!」
「私が?ランジェリーが?」
「もちろん、両方だよ!」
「うふふ。満点の答えだわ。じゃ、説明するわね。これね、ガーター付きのキャミソールなのよ」
「ガーター?」
「そう。靴下留めのことよ。ほら、箱の中に長い靴下が入っていたでしょ。それをこの金具でこんな風に留めるのよ。ほら、もっと近づいて見て」
「へぇ・・・そっかぁ。靴下を留める金具なんだ」
「気をつけることが1つあるわよ」
「何?」
「ちゃんと靴下をガーターで留めてから、パンティを履くのよ」
「ん?」
「そうでないと、いざっていう時に、パンティが脱げないでしょ?」
「・・・あ・・・そっか・・・そうだよね」
「それと長靴下は破けやすいから、爪を立てないように、気をつけてゆっくりと履いてね」
「うん!わかった!ありがとう、エル!それと・・・これ・・・ちょっと少ないけど・・・」
リードは紙に包んだお菓子を差し出した。先週、箱でホッチから貰ったものの1つだ。
「あら。いい香り。芳醇なバターの香りね。これもミスターから?」
「うん」
エルは包みを開いた。大きくて厚みのあるクッキー。
「美味しそう。ねえ、お茶を入れるから食べない?」
「いいの?」
「たまにはお喋りしましょうよ」
「じゃあ、僕、部屋からもっとお菓子を持ってくる!ちょっと待ってて!」
「お茶を入れながら待ってるわ」
エルはまるで弟に向けるような眼差しでリードを見送った。
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夜。エルに教えられたように、リードはピンクのランジェリーを身に付けた。破けないように長靴下を履くのに苦労したし、レースを傷めないようにガーターの留め具を付けるのにも気を遣った。それでも、今夜、あの紳士に会えるのが嬉しかった。お菓子のお礼にと、エルに貰ったローズムスクのお香を焚く。心地良い香りが部屋に広がる。紳士に気に入って貰えるだろうか。この香りも。このランジェリーを身に付けた自分も。深呼吸をしながら、気持ちを整える。身体にお香の香りを馴染ませようと、そっと腕を手のひらで摩ってみる。ガーターの紐が捻れていないか、鏡で確かめてみる。とにかく、落ち着かなかった。落ち着いて座っていることができないのだ。何時に紳士が来るか分からないというのに。リードが部屋の中をウロウロして30分。ドアがノックされた。
「あ!」
慌ててドアに駆け寄るが、それよりも先にドアが開かれた。姿を見せたのは、ずっと会いたかった人。
「ミスター!!」
リードは後ろ手にドアを閉めた紳士に抱きついた。
「おいおい。どうした?リード。抱きつかれたら、その可愛らしい顔が見えないぞ」
ホッチは優しい手つきで、自分の身体からリードを引き剥がした。
「あ・・・ごめんなさい・・・」
「そんなに俺に会いたかったか?」
「・・・そんなの・・・」
リードは顔を真っ赤にして俯いた。
「はしたないことをして・・・ごめんなさい・・・」
「かまわない。気にすることはない。俺も嬉しい。ただ、もっと顔をよく見せてくれ。久し振りなんだから」
そう言うと、ホッチはリードの顎に指をかけた。潤んだ青い瞳が美しい。
「どうした?泣いているのか?」
リードは頭を振った。
「違います。・・・何だか・・・嬉しくて・・・」
「俺を待っていた?」
「・・・ずっと。・・・ごめんなさい。僕みたいな人間がこんなこと・・・言って・・・分不相応ですよね」
「そんなことはない。俺も会いたかった。すまなかったな。1週間も来ないで・・・」
「だって・・・それは・・・お仕事だったから・・・。我儘をいうつもりはないんです。ただ・・・また、会えて・・・とても嬉しくて・・・」
「そうか。俺も嬉しい。・・・ベッドへ行こうか。贈ったランジェリーをよく見せてくれ」
リードは恥ずかしげに頷くと、そっとホッチの手を取って、ベッドへと歩いた。そしてベッドの横に立つと手を話し、クッションがふんだんに置かれたヘッドボードに寄りかかるようにして座った。長い足を斜めに伸ばすようにして。これは、昼間、エルに教えて貰った座り方だった。セクシーに見える座り方らしい。自信なかったが、試してみたのだった。ホッチは絵画を
鑑賞するかのように、リードの姿を眺めた。そして。
「ああ。やはり、美しいな、君は」
そう言って、ベッドに上がる。薄いピンク色の長靴下に包まれた形の良い脚を下からゆっくりと投げ上げる。パンティと長靴下の狭間は、手の甲を使ってさわさわと撫でた。
「ん・・・」
リードはうっとりと目を細めて小さな声を漏らした。この1週間、街気がれていた、手の暖かさ。
「・・・ミスター・ホッチナー・・・」
「リード。その可愛らしい唇からは、アーロンと呼んでもらいたいものだな」
「え・・・そんな・・・恐れ多い・・・」
「いいから。言ってごらん」
躊躇いで、青い瞳が’揺れたが、意を決したように、リードは小さな声で「アーロン」と呟いた。
「それでいい」
満足気に言うと、ホッチはリードの金色の髪を優しく撫でた。
「あの・・・アーロン?」
「何だ?」
「・・・その・・・復習をしても・・・?」
「復習?」
「・・・えっと・・・その・・・キスの・・・」
一瞬驚いたように目を見開いたが、ホッチはすぐに目を細めて、ますます金髪を撫でる。
「まさか、他の誰かと練習などしていないだろうな?」
わざとそう言うと、リードは慌てて首を振って否定した。
「そっ・・・そんなことしてませんっ!!・・・だって・・・僕は貴方の専属なんですし・・・」
「そうだな。悪かった。冗談だ」
ホッチはリードの身体を抱き寄せて、自分の腕の中に納める。リードは身じろぐと、ホッチを見上げて、視線で唇を捉えた。そして、そっと口付ける。最初は唇を合わせるだけ。けれど、すぐに押し付け、唇の隙間から舌を潜り込ませた。自分は上手にできているのだろうか。そんな不安を抱えながらも、一生懸命、唇と舌を動かす。
「ん・・・ふっ・・・」
呼吸をしようと、少し唇を離した瞬間に腕を掴まれて身体を引き剥がされてしまった。
「あ・・・ごめんなさい・・・僕・・・下手・・・でしたか?」
「いいや」
ホッチは即座に否定した。そして、ゆっくりとリードをベッドに押し倒した。今度はホッチがリードにキスを与える。深いキスではない。ただし、ホッチの唇は、リードの身体のラインを辿るように、下へ下へと降りてゆく。顎、首筋、薄い胸、その小さな突起、鳩尾、臍。そして、パンティラインのギリギリのところをチュッと吸い上げる。
「はっ・・・ん・・・」
そしてレースの上から、リードの膨らみに口付ける。
「リード、腰を上げて」
リードは言われるまま、素直に腰を少し浮かせる。スッとホッチの指がパンティのサイドの紐にかかり、ピンク色の下着を引き下ろした。
「あっ・・・」
股間を突然外気に晒され、一瞬声を上げてしまう。羞恥で身体を捩るが、逞しいホッチの腕がそれを許さなかった。そして、あろうことか、まだ柔らかいペニスを口に含まれてしまった。
「あ、ダメっ・・・貴方がそんなことしちゃ・・・ダメ・・・」
そんなリードの言葉を受け流し、ホッチは口での愛撫を始める。リードにしてみれば、それは経験のない、初めての感覚だった。全身の血液が、その一点に集まってしまうような感じ。ホッチは指を使って睾丸を弄びながら、リードの中心を高めていった。
「ふっ・・・あ・・・ダメ・・・だ・・・め・・・ああ・・・」
言葉ではダメだと言いながらも、腰が自然と浮き、ホッチに押し付けてしまう。頭の隅ではしたないと思いながらも、リードはその快感を享受することに抗えなかった。長い脚をM字に割り開かれ、その膝は快感でガクガクと震える。逃れようにも、太腿をしっかりと掴まれ、どうにもならない。リードは手の甲を口に当て、はしたない言葉が出ないように努めたが、快楽の吐息はどうしようもなく見れてしまった。追い上げられ、昇りつめ、もう吐き出すしかないところまで追い込まれる。
「ダメ・・・出ちゃう・・・ダメ・・・ダメ・・・だ・・・あ・・・ああああああーっ!」
とうとうリードは堪えきれずに、ホッチの口の中に自分の欲望を吐き出してしまった。
「あ・・・あ・・・あ・・・」
ホッチは気にすることもなく、全てを飲み干し、まるで精液や唾液を拭うように、リードの可愛らしいペニスを舐め上げた。そしてようやくリードの下半身を回避雨すると、身体を動かし、青年と目を合わせる。
「上手にイケたな。本当に君はいい子だ」
「う・・・ごめんなさい。・・・本当は僕が貴方にご奉仕しなくちゃいけないのに・・・」
リードが涙目でいうと、ホッチは気にする風でもなく、そのこめかみにキスを落とした。
「いいんだ。俺がこうしたかったんだ。そのために選んだランジェリーだからな。すごくセクシーだ」
パンティは脱がされたものの、ガーター付きのキャミソールと長靴下はそのままだった。
「あ・・・」
急に恥ずかしくなったリードはシーツを引き寄せて隠そうとする。しかし、それはホッチの手によって阻まれた。
「そのままで」
「・・・変・・・じゃないですか?・・・僕、男ですし・・・」
「わかってて、君を俺のものにしたんだ」
「あの・・・今度は、僕にご奉仕させていただけませんか?・・・それが僕の仕事なんですし・・・」
「そうだな。・・・しかし、それは、また今度にしよう」
その言葉に、リードはまた会える、という喜びを見出した。と、同時に、今夜はもう紳士が帰ってしまうのかと落胆した。だから、リードは、思わず、ホッチの手を取ってしまった。両手で、包むように。
「どうした?」
「あ・・・ごめんなさい。・・・お仕事、忙しんですよね?・・・引き留めるようなことをしてしまって・・・」
言いながら、リードは慌てて、ホッチの手を離した。
「君に引き止められるとは光栄だ。リード・・・いや、スペンサーだから・・・スペンス、と呼ぼうか。嫌か?」
リードは首を横に振った。大好きな人に愛称で呼んでもらえるほど、嬉しいことはない。
「スペンス」
「・・・・・・あ・・・アーロン?」
「いい子だ。そうだな、今夜はここに泊まっていくことにしよう」
ホッチは靴とジャケットを脱ぐと、リードの横に並んで横たわった。
「あの・・・お仕事は?」
「終わったから、君に会いに来たんだ、スペンス」
ホッチはリードの細い体を腕の中に納めるようにして抱き込んだ。
「いい香りだ」
「たぶん、お香の香りだと思います」
「そうか?スペンスからもいい香りがする」
きっと、エルから貰った薔薇のシャボンの香りだな・・・とリードは思った。
「眠りますか?」
「そうだな。・・・しかし、君の話が’聞きたいな」
「僕の話?」
「ああ。幼かった頃の話とか」
「つまらないですよ?」
「君をもっとよく知りたいんだ」
そう言いながら、ホッチはモーガンが持って来た調査書類のことを思い起こしていたのだった。