籠の鳥 愛の個人授業 01

貴族であるアーロン・ホッチナーは女には不自由などすることのない男だった。パーティーに赴けば、数々の着飾った美しい花たちが、彼に纏わりついた。侯爵の称号をもつホッチの家に嫁入りすることを望む女大勢おり、隙あらば彼の気を惹こうと、色々な手練手管が繰り出された。しかし、貴族の仕事もさることながら、そんな女たちにも飽き飽きしていたホッチであった。そんな折、年上の友人であるデヴィッド・ロッシから誘いを受けた。「娼館に行ってみないか」と。それを聞いたホッチは、正直、「また、女か」と密かに溜息をついてしまったのだが、遊びの師匠でもあるロッシの誘いを無下に断るわけにもいかず、またロッシから「面白い趣向がある」という話も聞き、少々重たい腰を上げて、彼と共に馬車に乗ったのだった。

「今日は競りがあるんだよ」

「競り・・・ですか?」

「ああ。馴染みの娼館が、年に一度行うイベントだ。小さなステージの上に、綺麗に着飾った女たちが引き出される。どれも初物・・・という触れ込みでね」

「紛い物もいる・・・と?」

「そこは、商売だ。何せ、ストラウスの娼館だからな」

「女には不自由はしていませんが・・・」

「まあ、そう言うな。ちょっとした情報を小耳にしたんだ。今年は、変わった品物が並ぶと」

「変わった品物?」

「まあ、それは見てのお楽しみだろうな」

「貴方は、その品物についてご存知なんですね?」

「少しな。しかし、確かな情報じゃない。だから、今は秘密・・・ということにしておこう。ただ、今のホッチにはいい刺激になるであろうことは間違いない・・・と保証するよ」

「それは・・・楽しみだ」

半分は本気、半分は義理で、ホッチは口角を少し上げて微笑むと、馬車の窓から外を眺めた。夜の帳が下り始めている。春の終わり。夏の始まり。良い、気候の夕方である。大して期待もせずに行けば、それなりの暇つぶしにはなるだろう。ホッチはそう考えたのだった。

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「さほど客は多くありませんね」

娼館の特別なフロアに案内されて、緋色の椅子に座ることを勧められたホッチは、周囲を見渡してロッシに言った。

「客を厳選しているからだ。招待状がなければ、このイベントに参加することはできない。それだけ特別な催しなんだ」

「自分は招待状を持っていませんが・・・」

「私の連れは顔パスだよ」

「さすが、ですね」

遊び慣れている年上の友人。それでいて、さほどエゲツない遊びはしない友人。デヴィッド・ロッシからはいろいろな遊びを教わった。娼館に通うこともその一つであったが、さほど嵌ることもなく、馴染みの女を作ることもなく、いつしかホッチの足は娼館から遠のいていた。から、今回、ストラウスの娼館に来るのは、本当に久しぶりのことだった。そして、今いる場所は、ホッチが初めて立ち入る場所でもあった。ロッシが言っていたように、部屋の前方にステージがある。小さなステージだ。しかし、緋色のカーテンで彩られ、橙色の照明で照らされている。おそらく、このステージに、初物の女たちが引き出されてくるのだろう。そして、この場にいる男たちに競られて、買われていく・・・という趣向なのだ。女など、金で買わずとも・・・と思いはしたが、せっかく誘ってくれえたロッシの手前、それは口には出さなかった。そして、客席の照明が絞られ、気怠い音楽が漂い始めた。

「始まるな」

「そのようですね」

娼館の女将であるストラウスが、いつも以上に着飾ってステージの横に立つ。そして、女の名前を呼んだ。それに合わせて、露出度の高いランジェリーや薄衣で着飾った女たちが、1人ずつ、ステージへと引き出されて行った。ロッシの言う通り、初物なのだろう。その表情は硬く、足取りもぎこちなかった。今日の初物は全部で15名らしい。女たちがステージに立つ度に、客の声が上がる。ただし、それは数字だけの無為なものだった。女に付加される、金に変えられた、価値。ストラウスのs娼館で競られる女たちとだけあって、素人でも皆、美しかった。しかし、美しいだけの女には、すでに興味を失っているホッチにとっては、その辺の花屋で売られている花と、何も変わりはなかった。そうしているうちに、14人目の女が、買い取った男に連れらてステージを降りた。

「さあ、最後だ。ホッチ、次が変わった品物だ。君が気にいるといいが」

「・・・女は・・・どれも同じでしょうに」

「それはどうかな」

思わせぶりにロッシが笑った。そしてそれに、ストラウスの声が重なる。

「さて。次が最後の商品でございます。スペンサー・リード!」

ホッチは「おや?」と思った。呼び上げられた名前が、男のものだったからだ。しかし、それを説明するかのようにストラウスが言葉を続けた。

「私の娼館でも、新しい風を起こそうと思いまして。今年はこのように変わった商品もご用意させていただきました」

橙色の照明に照らされた、小さなステージの中央に立ったのは、黒いランジェリーと薄衣をまとった金髪の男だった。少年と青年の間くらいの年齢だろうか。両手で黒い薄衣の裾を握りしめている。しかし、小さなブラジャーが隠している胸は平らな、男のそれだった。ホッチは思わず、生唾をゴクリと飲み込んだ。琴線に触れたといってもいい。思わず、懐から小さなオペラグラスを取り出して、ホッチはその姿を舐めるように観察した。軽く伏せられた瞳は青い。グロスが塗られた唇は綺麗に整っていた。男にしては長めの髪。軽くウェーブがかかっている。今まで相手にしてきたどの女よりも美しいと思った。

「気に入ったか?ホッチ」

そんな友人の言葉も耳に入らないほど、ホッチはスペンサー・リードという名の青年に目を奪われていた。思考さえも。しかし、そんなホッチを現実に引き戻す声が聞こえた。数字だ。あの美しい青年に付加された金額。思わずその声の方に目をやると、脂ぎって太った中年男だった。あんな薄汚い男に、スペンサー・リードが組み敷かれるのは我慢ならなかった。ホッチは反射的に、その上をいく金額を言い放った。しかし、即座に中年男も値を釣り上げる。数度、値のやり取りを行った後、イラついたようにホッチは椅子から立ち上がった。

「その男が言う金額の倍額を出そう、ストラウス」

その言葉を聞いて、女将のストラウスがニヤリと笑った。

「勝負がついたようですね。では、このスペンサー・リードは、その紳士様に」

きっとストラウスはホッチが貴族であることを知っているのだろう。しかし、それをあえて言わないのが、この世界のルールだ。

太った男が、何やら捨て台詞を吐いていたが、ホッチは美しい宝石を迎えるべく、ステージへと向かった。黒の薄衣を握りしめている指に触れると、青年がおずおずと顔を上げた。

「さあ、来るんだ」

「あ・・・あの・・・」

「君は俺に買われたのだから」

「あ・・・は・・・はい・・・」

ホッチはリードをステージから降ろすと、部屋の隅に控えていた娼館の下男、アンダーソンに声をかけた。

「最高の部屋を用意しろ」

「かしこまりました」

心得た、というように頷くと、下男のアンダーソンは廊下へと続く扉を開けた。ホッチはリードの腰に手を回すと、歩くように促した。とても細い腰。女物のランジェリーを纏っても、それがおかしく見えないほどに細い。そして青年の横顔も美しかった。いや、何処から見ても美しいだろう。この美しい顔が、ベッドでどのように変貌するのか。ホッチは心を踊らせたのだった。

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アンダーソンが案内したのは緋色を基調とした部屋だった。壁、椅子、カウチ、テーブル、ベッドなど、全てが緋色に染まっており、今リードが身につけている黒のランジェリーがとてもよく映える部屋だった。ホッチは部屋の入り口で多めのチップをアンダーソンに渡した。そして、ストラウスに言伝を頼んだ。「このスペンサー・リードを自分の専属にしたい」と。アンダーソンは「心得ました」と一礼すると、静かに去っていった。その背中を見送り、ホッチは部屋の扉を閉めた。

振り向くと、所在無げに立っている金髪の青年。恥ずかしげに俯いている。ホッチはリードに近づくと、小さな顎に手をかけ、自分を見させた。青い瞳は、逸れることなく、ホッチを見上げる。青い瞳。

久しぶりの執着だった。どんな遊びにも、どんなに美しい女にも、飽き飽きしてしまって動かずにいた心が動かされた。この青年に。

「あの・・・ミスター・・・」

「アーロン・ホッチナーだ」

「ミスター・ホッチナー・・・」

「君の体をもっとよく見せてもらってもいいだろうか?」

ホッチはリードが纏っている黒い薄衣に手をかけた。

「あ・・・はっはいっ・・・」

リードは慌てて薄衣を体から滑り落とした。自分の立場はわきまえている。お客様のいう通りにしなければならないことは、ストラウスに教わった。

「ほう・・・」

ホッチは改めて感嘆の声を上げた。黒いランジェリーは、まるでボンデージのようだった。白い首が黒い布で彩られている。その細い布は体の中心を這い、黒いパンティと繋がっていた。

「美しいな・・・」

「あ・・・衣装は・・・娼館が用意してくれて・・・」

「違う。君がだ。君、そのものがだ」

「え・・・ぼ、僕?」

「ああ、そうだ。気が進まない催しだったが、これは来て正解だった」

「あの・・・僕・・・男で・・・その・・・・」

「心を動かすものに男も女も関係ない」

ホッチは青年の金髪に指を差し込み一撫ですると、その指を唇へと移動させた。ふるりと、青年の体が震える。

「ん?・・・キスをしたことは?」

「・・・な・・・ないです・・・あの・・・その・・・ごめんなさいっ!・・・僕・・・全然・・・経験がなくて・・・だから・・・ミスター・ホッチナーを満足させられないかも・・・です・・・」

そんな言葉を聞いて、ホッチは脳天をかち割られるような気がした。まさに、初物。これはストラウスの娼館に誘ってくれたロッシに盛大なる感謝をしなければならない。

「構わない。一から手ほどきをするのは一興だ。むしろ楽しい。ああ、今夜はなんと素晴らしい夜だろうか。俺が君に、全てを教えてやろう」

「すべて?」

「ああ。君は今夜から俺の専属だ。少しずつ、教えよう。そうだな・・・今夜は・・・キスからだな。ベッドがいいか?それともカウチがいいか?」

「あの・・・僕にはわからないので・・・どちらでも・・・」

「では、カウチにしよう。今日のランジェリーが映える」

ホッチはリードの腰を優しくエスコートして、緋色のカウチに促した。座らせると、ますますリードの身につけている黒のランジェリーが際立つ。ホッチもその隣に座り、両手でリードの顔を包んだ。口付ける前から、青い瞳が潤んでいる。

「緊張しているのか?」

「・・・ど・・・どうしていいかわからなくて・・・」

「君は何もしてくていい。全て、教えてやるから。ただ、大人しく受け入れていればいい」

「・・・受け入れる?」

「そうだ。・・・俺のことは嫌か?」

「・・・そんなこと・・・ない・・・です・・・最初に太った紳士に値をつけられたときは正直・・・その・・・なんていうか・・・でも、貴方に買い取ってもらえて・・・嬉しかった・・・です・・・」

「そうか。それは良かった」

気を良くしたホッチは、優しく笑うと、リードの唇に軽く口付けた。柔らかい青年の唇は逃げることなく、受け止める。チュッチュと、角度を変えてキスを与える。けれども、与えられたリードはどう受け止めていいかわからなかった。それでも、心がふわふわするような感じがする。娼館は怖いところだと聞いていた。客に優しくしてもらえる場所ではないと聞いていた。女たちは物扱いされるばかりで、人格などあってないようなものだと。しかも、自分は男で、商品としての価値はもっと下がる。それなのに、この紳士はとても優しく自分に接してくれるのだ。リードはおずおずと、自分の指先を仕立ての良いホッチの上着にそっと置いた。そして、自分からも軽く唇を押し付けた。それ以上はどうしていいかわからない。

「いい子だな」

唇の隙間でホッチが囁く。

「少し、唇を開けてみるんだ」

言われて、リードはその通りにした。すると、生暖かい肉片が口の中に入ってくる。ホッチの舌だった。それが、リードの舌を絡め取り、蠢く。

「んっ・・・んっ・・・」

リードの頭がぼうっとする。昂揚感に襲われる。それと同時に、腰の辺りがムズムズとする。思わず、両方の太腿を擦り合わせてしまう。今まで感じたことのない感覚が下半身に巡る。

「あ・・・ん・・・」

その動きに気づいたホッチが、指先をリードの股間に滑らせた。

「ひゃっ・・・」

思わず、リードはホッチから体を離す。そして。ハッとして、俯いた。

「ごっ・・・ごめんなさいっ・・・逆らう気は・・・」

「わかってる。びっくりしたのだろう?何せ、初めてなんだから。しかし、それがいいんだ」

そう言って、ホッチはリードの細い体を抱きしめると再び口付ける。キスだけで、反応する身体だ。才能がある・・・と思った。これはとてもいい買い物・・・否、神様の巡り合わせだと感じた。そして、心ゆくまで、その甘くて柔らかな唇を堪能したのだった。

to be continued