La maison de paradis 07

仕事が忙しかったのと、宝石店に注文した品が、なかなか出来上がらなかったことが重なり、ハーヴィーは2週間ほど、娼館を訪れていなかった。マイクに逢いたい気持ちはあったのだが、状況がなかなかそれを許さなかった。けれども、ようやく、宝石店から、オーダーメイドの品が出来上がったという連絡が入った日が、夜の会合もない日でもあったため、ハーヴィーは、小さな箱と菓子の包み、それから1冊の本を持って、久しぶりに娼館へと赴いた。

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「会えない?」

娼館の女将に言われ、ハーヴィーは眉を潜めた。

「まさか、また俺に黙って勝手に客を取らせたんじゃないだろうな」

ハーヴィーが声に凄みを利かせて言うと、女将は一歩後ずさりをして、激しく首を横に振った。

「ちっ・・・違います!違います!・・・マイクは、ちょっと病気で・・・」

「病気?だったら、なおさら会いたい」

「けれども、スペクター様に感染りでもしたら・・・」

「そんなに重篤なのか?」

「いえ。ちょとした、性質の悪い風邪で・・・」

「何だ、風邪か。驚かせるな。・・・きちんと養生はさせているんだろうな。薬はちゃんと飲ませているのか?」

女将は、具合悪そうに、もごもごと口を噤んだ。ハーヴィーは心の中でため息をついた。ここは娼館だ。きっと、ただ寝せているだけなのだろう。ハーヴィーは再びため息をついて女将に言った。

「紙とペンを」

女将に渡された便箋に、ハーヴィーは数行のメモを書くと、

「これを俺の屋敷に届けさせろ。今すぐに」

女将は少し渋ったが、ハーヴィーに幾許かの紙幣を握らされると、すぐに5階の使用人を呼び出した。その姿を確認してから、ハーヴィーはマイクの部屋と向かった。

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マイクが床に伏せってから4日ほどが経つ。最初は体がだるいなぁ・・・と感じていただけだったのが、次第に頭痛と体の関節の痛みを伴ってきた。そして寒気。食事は仲間の娼婦が部屋まで運んでくれたが、ほとんど食べられずにいた。喉が痛かったからだ。マイクはただ、体の辛さを我慢して、ひたすらベッドの中で体を丸めているしかなかった。今は動けないから女将は何も言わないが、もしかすると、少しでも体が回復したら、とうとう5階に追いやられるかもしれない。マイクはそう思った。そろそろ、自分も潮時なのだろう。最後に、もう一度くらい、ハーヴィーに会いたかったな・・・。ぼうっとした頭の隅で、そんなことを思う。

「・・・・・・・マイク」

ハーヴィーのことを考えていたせいか、彼の声が聞こえたような気がした。

「・・・マイク」

まただ。

「マイク!」

肩を揺さぶられた。その現実的な感覚に、マイクは静かに目を開けた。自分を覗き込む、鳶色の瞳。自分の目の焦点が合わないが、それだけは確認できた。

「大丈夫か?マイク」

頰を摩られる。夢ではなく、現実。

「・・・ハー・・・ヴィー・・・?」

「よかった。意識はあるんだな」

2、3度瞬きをすると、ようやくぼやけていた視界がクリアになってきた。自分を見下ろす人間の輪郭もはっきりとしてくる。

「ああ・・・ハーヴィー・・・」

マイクは、ハーヴィーの存在を認識した。そして、体を起こそうとした。が、すぐにハーヴィーに遮られた。

「いいから、寝ていろ」

「・・・でも・・・」

「風邪だと聞いたが・・・どんな感じなんだ?」

マイクは頰にハーヴィーの手の感触に心地よさを感じながらも、その手から逃れようと頭を動かそうとした。しかし、それもまたハーヴィーに遮られた。

「・・・あの・・・ハーヴィーに感染ったら・・・大変だから・・・」

「俺はそんなに軟弱じゃない。それよりも、どんな症状か言ってみろ」

ハーヴィーの刺すような、それでいて優しい視線に圧倒されて、マイクは小さく口を開いた。

「・・・最初は・・・ちょっと体がだるくて・・・。でも、そのうち、頭痛と体の痛みがきて・・・それから・・・すごく・・・寒くて・・・」

「食事は?」

「・・・喉が痛くて・・・あんまり食べたくなくて・・・。ちゃんと仲間が部屋まで運んではくれてるんだけど・・・」

「いつからだ?」

「4、5日前・・・」

「ふむ。どうやら、最近、流行の性質の悪い風邪みたいだな。今、屋敷から薬を持ってこさせてる。飲めば、少しは楽になるだろう」

「え・・・そんな薬なんて・・・高価なもの・・・」

「ただの風邪なら、暖かくして寝ていれば治るが、最近、流行っている風邪は薬が必要だ。いいから、気にするな。友人だろう。俺たちは」

その言葉を聞いて、マイクが儚く笑った。

「よかった。最後に友人に会えて」

「は?何が最後なんだ。どうして最後なんだ?」

「・・・だって・・・その・・・ハーヴィー、最近来なかったし。それに、病気になったら、5階に行くかもって思ったから・・・。5階に行ければいい方で、このまま病気で死んじゃうかもしれないし・・・」

「ああ・・・悪かった。仕事が忙しくて、来られなかった。・・・君を不安にさせるぐらいなら、手紙の1つでも書くべきだったな」

そこへ、ノックの音がした。ハーヴィーは短く「入れ」と言った。おそらく5階で働いている人間だろう。恐縮した面持ちで、ドアのところに立っていた。ハーヴィーはマイクに「起き上がるなよ」と釘を刺して、ドアの方へと赴いた。そして男から包みを受け取ると、代わりに数枚の小銭を渡した。男は嬉しそうに礼をすると、すぐにドア閉めて去って行った。

ハーヴィーはグラスに水差しから水を汲むと、マイクのところに戻った。

「薬だ。ゆっくりでいい。起き上がれるか」

「・・・うん・・・」

マイクはハーヴィーの腕を借りながら起き上がり、ヘッドボードのクッションに体を預けるようにして座った。

「少し苦いかもしれないが、我慢して飲め」

「・・・あの・・・薬代はちゃんと返すから・・・」

「いらん。俺たちは友人だろう。気にするな。まずは、体を治すことを考えろ」

マイクはハーヴィーから大事そうに、薬の包みを受け取った。

「・・・ありがとう・・・ハーヴィー・・・。僕、薬なんて飲むの・・・初めてだよ」

「そうか。苦味は覚悟しておけよ。良薬は口に苦し、と言うからな」

ハーヴィーは笑いながら、言った。

薬の包みを開き、上を向いて粉薬を口に入れると、すぐにハーヴィーが水の入ったグラスを渡してくれた。確かに、苦い。けれども、そこにはハーヴィーの優しさが含まれているような気がした。

「ちゃんと飲み込んだか?」

「僕・・・そんな子供じゃないよ?」

微笑むマイクの手から、空になった薬の包みとグラスを受け取り、サイドテーブルに置いた。それを見届けてから、マイクは口を開いた。

「貴方に会えて、本当に嬉しい。こんなに誰かに会いたいって思ったこと、初めてだ」

「俺も会いたかった。土産も持ってきたんだが・・・それは、君の体調が良くなってからにしよう」

「だったら・・・今夜は、帰った方がいいよ?感染ったら、大変だから。仕事に差し支える」

「大丈夫だ。俺には感染らない」

「何?その自信」

「日々、栄養のあるものを食べているし、適度な運動もして体を鍛えている。屋敷は衛生的だしな」

「じゃあ、ますます、帰らなくちゃ。・・・ここは・・・衛生的じゃない」

「そういう話じゃない。俺には感染らないという話だ。それよりも、横になるといい。飲んだ薬には、少し眠くなる成分が入っている」

「・・・もう、4日くらい寝てばっかりなのに・・・」

「起き上がれなかっただけの話だろう。そういうのは、寝て休んでいるとは言わない。食欲はないのか?」

「ごめん・・・本当に・・・今は、何も・・・。でも、薬と一緒に飲んだ水は美味しかった。喉が乾いてたけど、ベッドから出るのが億劫で」

「じゃあ、もう少し、水を飲むか?」

「ううん。もう、大丈夫」

答えながら、ハーヴィーに促されて、ベッドに横になり、毛布をかけられる。

「ハーヴィー。今夜は来てくれてありがとう。・・・とても会いたかったんだ」

「俺もだ。今夜は来て正解だった。タイミングが良かった。もう、2、3日来るのが遅かったら、君がどうなっていたか・・・。考えただけでもぞっとする」

ハーヴィーがマイクの蜂蜜色の髪を撫でる。心なしか、パサついているように感じる。顔も小さくなった。体も細くなった。人間の体は正直で、口にしたものでできている。ここ数日の栄養状態が、明らかに体に現れているのだろう。

「・・・なんだろう・・・」

「どうした?マイク」

「なんだか・・・ふわってする・・・」

「薬が効いて来たんだろう。もうすぐ・・・眠くなる」

「・・・ああ・・・本当にもったいないなぁ・・・。せっかく、貴方が傍にいるのに・・・」

「まずは、体を治すことが最優先だ。俺は・・・いなくならないから」

「そうだね。ハーヴィーは・・・永遠だから」

マイクの瞳に陰りが現れたが、すぐに目を閉じてしまったので、それ以上のことは確かめられなかった。ハーヴィーは、パサついた髪を、ゆっくりと何度も撫でた。

「ゆっくり休め、マイク」

マイクは、頷く代わりに、静かに眠りへと落ちていった。

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寒くなく、痛みもなく、寂しさもない眠りは、一体いつ以来のことだろう。今まで、毛布の中で縮こまって眠っていたことが嘘のように、マイクは夢の中で体を伸ばしていた。まるで、羽根が生えたような感覚さえある。眠る前に、最後に見たのが、ハーヴィーの優しい顔だったせいだろうか。彼からもらったチョコレートを食べて眠る夜よりも、ずっと多幸感があった。もっとも、ハーヴィーからもらったチョコレートはすでに食べてしまっていて、病になる前は、チョコレートが入っていた綺麗な箱を撫でてから眠るにすぎなかったのだが。

目を瞑った闇の中で、マイクは幸せだった。その闇のずっと遠い向こうに、小さな明るい光が見えた。自分を見ると、羽根が生えている。・・・ああ、だから、体が軽いのだと納得すると、マイクはその羽根を動かして、その光の方へと進んで行った。あの光の中には、ハーヴィーがいる・・・という確信。マイクは一生懸命、羽根を動かした。光はどんどん大きくなり、その中心に、1つのシルエットが浮かび上がった。ハーヴィーだ。マイクはそう思った。歯がゆくなって、腕を伸ばした。そうしたら、その黒いシルエットもまた、自分に腕を差し出してくれる。マイクはますます嬉しくなって、その腕を取った。それは幻ではなく、確実に実体を伴っていた。体を引かれ、抱き寄せられた。羽根が邪魔かと思ったが、いつの間にかそれは消えてなくなっていた。

温かな体温を感じる。ずっと感じていたいと思うほどの温かさと優しさだった。

けれども、マイクが自分の腕に力を込めようとした瞬間、そのシルエットは消えてしまった。光も。温かさも。マイクは途方にくれ、泣きそうになった。・・・いや、本当に泣いてしまった。小さな熱を持った涙が、頰を伝うのを感じていた。

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闇の中で目を瞑っていた。そう。瞼は閉じたままなのに、それなのに、突然、明るさを感じた。それと新鮮な空気。

「ん・・・う・・・」

マイクはゆっくりと、重たい瞼を動かした。

陽の光。久しぶりに見る、太陽の光だった。ここ数日は、カーテンを閉め切って眠っていたからだ。

・・・誰が、そのカーテンを開けたのか。

「起きたか?眩しいかもしれないとは思ったが、太陽の光と新鮮な空気は、病気を早く治すのに役立つからな」

ハーヴィーの声だった。

「えっ・・・」

マイクは慌てた。陽の光があるということは夜ではない。少なくとも、朝だ。朝なのに、この部屋にハーヴィーがいる?

マイクは怠い体を両手で支えながら起き上がった。明るい方を見ると、ハーヴィーが窓辺に立っていた。しかし、逆光で、その表情は見えない。けれども、その影は、ゆっくりとマイクに近づいてくる。次第に、その表情がはっきりとする。

「・・・ハーヴィー・・・貴方・・・帰らなかったの?」

「病気で臥せっている大事な友人を放っておけるわけがないだろう。まあ、少し、そこのカウチで仮眠はさせてもらったがな。ああ、それと、君の寝間着、着替えさせた。もちろん、俺が」

「えっ・・・?」

その言葉に自分の姿を見ると、手触りの良い、新しい寝間着だった。

「あれから屋敷の者に届けさせた。それと、朝食もな。ふむ、やっぱり薬が効いたようだな。昨夜よりも、すっきりとした表情をしている」

そういえば・・・とマイクも思う。怠さはまだあるが、辛さはない。何か、悪いものが体から抜けて行ったような感覚がある。

「ぐっすりと眠っていたから、俺が何をしても君は起きなかった。なかなか楽しかったぞ」

「う・・・」

「ずっと、着替えてなかったんだろう?」

「・・・ごめん・・・体を動かすのが億劫で」

「ついでに体も拭いておいた」

「ええっ・・・」

マイクは思わず両手で自分の体を抱きしめてしまった。体の全部を見られてしまったのかと。体を売るのが自分の仕事だから、裸を見られることくらいどうってことないはずなのに、相手がハーヴィーというだけで、恥ずかしくなる。

「さて。屋敷から届けさせたシチューがある。それと君が美味しいと絶賛していたパン。クロワッサンもある。食欲は?」

「・・・・・・」

マイクは自分の体を抱いていた腕を解いて、手のひらを腹部に当てた。その瞬間、「きゅうぅぅ」という音が鳴った。

「空腹なんだな。それは良かった」

ハーヴィーは笑うと、カウチ前のテーブルからシチュー皿とスプーンを持ってくる。

「温かいぞ」

「・・・どうして?」

「ここの厨房で温めさせたから。ほら、見てみろ。この娼館のシチューと比べて、どうだ?」

「・・・すごい・・・。肉も野菜も・・・大きい・・・」

「そうか。それでも君が食べやすいように、小さめに切らせたんだがな。ほら、口を開けろ」

「じ・・・自分で食べられるから・・・」

「いいから。大事な友人の世話ぐらい、焼かせろ」

そう言ってハーヴィーは、肉の乗った白い、シチューをマイクの口元に運ぶ。

「ほら、マイク」

これ以上、強情を貼るものではない、とマイクは思った。素直に口を開ける。その中にハーヴィーがスプーンを差し入れた。マイクは唇を閉じて、シチューを味わった。肉を咀嚼して、飲み込む。

美味しかった。この間、ハーヴィーと「夜のピクニック」と称して食べた食事と同じくらいに美味しかった。

「あまり行儀のいいものではないが、パンをシチューに浸して食べるのも美味いぞ」

ハーヴィーがベッドに皿を置き、ちぎったパンを浸して柔らかくしたのを、再びマイクの口に運んだ。マイクはそれを素直に口にした。やっぱり、美味しい。

そんな風にして、マイクはハーヴィーが持ってこさせたシチューとパンを平らげた。時間はかかったけれども。

「さて。食事の後は薬だな。この薬は2、3日続けて飲んだほうがいい」

「え・・・また・・・眠くなっちゃう・・・」

「そうだな。しかし、さっきまでぐっすりと眠っていたから、そうすぐには眠気は襲って来ないだろう」

ハーヴィーはシチュー皿を片付け、代わりにグラスに入った水と薬を持ってきた。

「やっぱり、飲まなくちゃ・・・ダメ?」

「この性質の悪い風邪を甘く見るな。街では命を落とした人間もいるんだ。だから。ほら」

「ん・・・」

マイクは仕方がなく、グラスと薬に手を伸ばした。飲み終えて、グラスをハーヴィーに渡すと、マイクは本当に申し訳なさそうに彼の顔を見た。

「ハーヴィー。・・・その、本当に、薬代・・・ちゃんと返すから」

「その話はもう終わっただろう?」

「だけど・・・」

「マイク。実はな、薬代なら、もうもらった」

「え?誰から?」

マイクに身内はいない。いったい誰が、高い薬代を払うというのだろう。あの娼館の女将であるはずがない。

「君自身からだ、マイク」

「え?・・・僕・・・何も渡してないし・・・何も・・・してない・・・」

「そう思うか?」

ハーヴィーが笑った。

「実は、君のおかげで新しい事業を始めた。そして、それがなかなか好評でな。これからどんどん儲かりそうなんだ」

「・・・何の・・・話?それ」

「この間の、ブラックベリーの話を覚えているか?」

「えっと・・・ハーヴィーが持ってきてくれた・・・果物の?」

「ああ、そうだ。あの時、君は、砂糖の取引をしているのなら、加工品も作ったらいい・・・そう言ったよな?」

「え?・・・あ、ああ・・・うん」

「早速やってみた。自砂糖会社の自社製品として、ジャムを作ってみた。社内で余っている人員をどうしようかと思案していたんだが、雇用が必要になったから、クビにせずにすんだ。しかも、ジャムの売れ行きもいい。まあ、それで忙しくてここに来れなかったんだが・・・。それは少々、誤算だったな」

「えっと・・・それって・・・僕の言ったことが、ハーヴィーの事業の役に立ったってこと?」

「そいうことだ。つまり、君のアイディアのおかげで、俺は新しい儲け話を得たんだ。つまり、俺は薬代以上のものを君からもらったんだ。だから、これ以上、栗代がどうとか言うなよ?こっちがアイディア料を支払いたいくらいなんだ」

「うわぁ・・・」

マイクは思わず、声をあげた。喜びの声だ。自分が役に立った。それも、友人であるハーヴィーの役に立った。それが、とても嬉しかった。

「だから。君にはプレゼントがあるんだ」

そう言って、ハーヴィーはベストのポケットから小さな箱を取り出した。綺麗な細工の施された、木製の箱。ハーヴィーはマイクの目の前で、その蓋を開けた。現れたのは小さ目の青い石だった。

「何・・・これ・・・」

「アクアマリンのピアスだ。君の耳につけたいと思った。左は穴が塞がっていると言うから、右だけ。特別に誂えた。指輪とも思ったが・・・やはり、すぐに目に入る、ピアスがいいと思ってな。着けてもいいか?」

「大丈夫かな・・・穴は空いてるけど・・・ピアスなんて普段しないし・・・」

「痛かったら言ってくれ」

ハーヴィーは箱の中から水色のピアスを取り出すと、マイクの右の耳朶に差し、金具で留める。

「ああ・・・」

ハーヴィーは満足気に笑った。

「これで、君に空と海が揃った」

「・・・空と・・・海?」

「君の瞳はスカイ・ブルーだろう。そしてこの石はアクアマリンだ。どちらも蜂蜜色の君の髪に合う。見るか?」

「・・・うん・・・ちょっと・・・見てみたい」

ハーヴィーはチェストの上から手鏡を持ってくると、マイクに渡した。マイクは、ドキドキしながら手鏡に映る自分の顔を見る。特に、右の耳を。それは透明感のある、綺麗な深い青い石で、周りには金で装飾が施されていた。

「君の髪色に合わせて、銀ではなく、金にした。よく似合ってる」

「僕・・・女の子じゃないのにね。・・・でも、なんだか、嬉しい。ありがとう、ハーヴィー」

マイクは笑って、礼を言った。たぶん、ハーヴィーが与えてくれるものなら、自分はなんでも喜んでしまうのだろう。マイクは指先で、ピアスに触れた。硬質な感触ではあったけれど、温かい。

「それとな・・・」

「え?」

「本も持ってきた。『アッシャー家の崩壊』だ。貸すと言ってあっただろう?俺は仕事があるから、そろそろ帰るが、眠くなるまで、ベッドの中でそれを読んでいるといい。それと・・・夜にもちゃんと薬は飲めよ?薬は1日に3回だからな。いいな?」

ハーヴィーが脅すように口調を強めると、マイクは肩を竦めて、微かに笑った。

「それから・・・」

「まだ・・・何かあるの?・・・ちゃんと寝てるよ、僕」

「いや、そうじゃなくて。・・・そのピアス。ずっと着けていてほしい。俺たちの友情の証に」

「友情?」

「ああ。装飾は純金だから錆びることはない。だから、どんな時でも、着けていてほしい」

「えっと・・・お寝るときも、風呂に入るときも?」

「そういうことだ」

「・・・お客を取るときも?」

「・・・まあ、そういう心配はすることはない」

「でも・・・ここにいる限り・・・僕は・・・。それに、5階に行ったら、こういう宝石は・・・着けられないし・・・」

「・・・君は・・・心配性だな。俺が指名するんだから、大丈夫だ。女将にもそう言ってある」

「・・・・・・でも・・・」

「マイク。今は、俺との友情だけを考えろ。それと、病気を治すことをな。先のことは、これから考えたらいい」

ハーヴィーは立ち上がって、フロックコートを手に取った。

「また、来る」

マイクの少しカサついた蜂蜜色の髪を撫で、ハーヴィーは優雅に部屋を出て行った。マイクは、何も言えずに、その後ろ姿を見送った。そして、ドアが閉まると、ハーヴィーが渡してくれた本の表紙を、指先で撫でたのだった。

to be continued