仕事が忙しかったのと、宝石店に注文した品が、なかなか出来上がらなかったことが重なり、ハーヴィーは2週間ほど、娼館を訪れていなかった。マイクに逢いたい気持ちはあったのだが、状況がなかなかそれを許さなかった。けれども、ようやく、宝石店から、オーダーメイドの品が出来上がったという連絡が入った日が、夜の会合もない日でもあったため、ハーヴィーは、小さな箱と菓子の包み、それから1冊の本を持って、久しぶりに娼館へと赴いた。
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「会えない?」
娼館の女将に言われ、ハーヴィーは眉を潜めた。
「まさか、また俺に黙って勝手に客を取らせたんじゃないだろうな」
ハーヴィーが声に凄みを利かせて言うと、女将は一歩後ずさりをして、激しく首を横に振った。
「ちっ・・・違います!違います!・・・マイクは、ちょっと病気で・・・」
「病気?だったら、なおさら会いたい」
「けれども、スペクター様に感染りでもしたら・・・」
「そんなに重篤なのか?」
「いえ。ちょとした、性質の悪い風邪で・・・」
「何だ、風邪か。驚かせるな。・・・きちんと養生はさせているんだろうな。薬はちゃんと飲ませているのか?」
女将は、具合悪そうに、もごもごと口を噤んだ。ハーヴィーは心の中でため息をついた。ここは娼館だ。きっと、ただ寝せているだけなのだろう。ハーヴィーは再びため息をついて女将に言った。
「紙とペンを」
女将に渡された便箋に、ハーヴィーは数行のメモを書くと、
「これを俺の屋敷に届けさせろ。今すぐに」
女将は少し渋ったが、ハーヴィーに幾許かの紙幣を握らされると、すぐに5階の使用人を呼び出した。その姿を確認してから、ハーヴィーはマイクの部屋と向かった。
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マイクが床に伏せってから4日ほどが経つ。最初は体がだるいなぁ・・・と感じていただけだったのが、次第に頭痛と体の関節の痛みを伴ってきた。そして寒気。食事は仲間の娼婦が部屋まで運んでくれたが、ほとんど食べられずにいた。喉が痛かったからだ。マイクはただ、体の辛さを我慢して、ひたすらベッドの中で体を丸めているしかなかった。今は動けないから女将は何も言わないが、もしかすると、少しでも体が回復したら、とうとう5階に追いやられるかもしれない。マイクはそう思った。そろそろ、自分も潮時なのだろう。最後に、もう一度くらい、ハーヴィーに会いたかったな・・・。ぼうっとした頭の隅で、そんなことを思う。
「・・・・・・・マイク」
ハーヴィーのことを考えていたせいか、彼の声が聞こえたような気がした。
「・・・マイク」
まただ。
「マイク!」
肩を揺さぶられた。その現実的な感覚に、マイクは静かに目を開けた。自分を覗き込む、鳶色の瞳。自分の目の焦点が合わないが、それだけは確認できた。
「大丈夫か?マイク」
頰を摩られる。夢ではなく、現実。
「・・・ハー・・・ヴィー・・・?」
「よかった。意識はあるんだな」
2、3度瞬きをすると、ようやくぼやけていた視界がクリアになってきた。自分を見下ろす人間の輪郭もはっきりとしてくる。
「ああ・・・ハーヴィー・・・」
マイクは、ハーヴィーの存在を認識した。そして、体を起こそうとした。が、すぐにハーヴィーに遮られた。
「いいから、寝ていろ」
「・・・でも・・・」
「風邪だと聞いたが・・・どんな感じなんだ?」
マイクは頰にハーヴィーの手の感触に心地よさを感じながらも、その手から逃れようと頭を動かそうとした。しかし、それもまたハーヴィーに遮られた。
「・・・あの・・・ハーヴィーに感染ったら・・・大変だから・・・」
「俺はそんなに軟弱じゃない。それよりも、どんな症状か言ってみろ」
ハーヴィーの刺すような、それでいて優しい視線に圧倒されて、マイクは小さく口を開いた。
「・・・最初は・・・ちょっと体がだるくて・・・。でも、そのうち、頭痛と体の痛みがきて・・・それから・・・すごく・・・寒くて・・・」
「食事は?」
「・・・喉が痛くて・・・あんまり食べたくなくて・・・。ちゃんと仲間が部屋まで運んではくれてるんだけど・・・」
「いつからだ?」
「4、5日前・・・」
「ふむ。どうやら、最近、流行の性質の悪い風邪みたいだな。今、屋敷から薬を持ってこさせてる。飲めば、少しは楽になるだろう」
「え・・・そんな薬なんて・・・高価なもの・・・」
「ただの風邪なら、暖かくして寝ていれば治るが、最近、流行っている風邪は薬が必要だ。いいから、気にするな。友人だろう。俺たちは」
その言葉を聞いて、マイクが儚く笑った。
「よかった。最後に友人に会えて」
「は?何が最後なんだ。どうして最後なんだ?」
「・・・だって・・・その・・・ハーヴィー、最近来なかったし。それに、病気になったら、5階に行くかもって思ったから・・・。5階に行ければいい方で、このまま病気で死んじゃうかもしれないし・・・」
「ああ・・・悪かった。仕事が忙しくて、来られなかった。・・・君を不安にさせるぐらいなら、手紙の1つでも書くべきだったな」
そこへ、ノックの音がした。ハーヴィーは短く「入れ」と言った。おそらく5階で働いている人間だろう。恐縮した面持ちで、ドアのところに立っていた。ハーヴィーはマイクに「起き上がるなよ」と釘を刺して、ドアの方へと赴いた。そして男から包みを受け取ると、代わりに数枚の小銭を渡した。男は嬉しそうに礼をすると、すぐにドア閉めて去って行った。
ハーヴィーはグラスに水差しから水を汲むと、マイクのところに戻った。
「薬だ。ゆっくりでいい。起き上がれるか」
「・・・うん・・・」
マイクはハーヴィーの腕を借りながら起き上がり、ヘッドボードのクッションに体を預けるようにして座った。
「少し苦いかもしれないが、我慢して飲め」
「・・・あの・・・薬代はちゃんと返すから・・・」
「いらん。俺たちは友人だろう。気にするな。まずは、体を治すことを考えろ」
マイクはハーヴィーから大事そうに、薬の包みを受け取った。
「・・・ありがとう・・・ハーヴィー・・・。僕、薬なんて飲むの・・・初めてだよ」
「そうか。苦味は覚悟しておけよ。良薬は口に苦し、と言うからな」
ハーヴィーは笑いながら、言った。
薬の包みを開き、上を向いて粉薬を口に入れると、すぐにハーヴィーが水の入ったグラスを渡してくれた。確かに、苦い。けれども、そこにはハーヴィーの優しさが含まれているような気がした。
「ちゃんと飲み込んだか?」
「僕・・・そんな子供じゃないよ?」
微笑むマイクの手から、空になった薬の包みとグラスを受け取り、サイドテーブルに置いた。それを見届けてから、マイクは口を開いた。
「貴方に会えて、本当に嬉しい。こんなに誰かに会いたいって思ったこと、初めてだ」
「俺も会いたかった。土産も持ってきたんだが・・・それは、君の体調が良くなってからにしよう」
「だったら・・・今夜は、帰った方がいいよ?感染ったら、大変だから。仕事に差し支える」
「大丈夫だ。俺には感染らない」
「何?その自信」
「日々、栄養のあるものを食べているし、適度な運動もして体を鍛えている。屋敷は衛生的だしな」
「じゃあ、ますます、帰らなくちゃ。・・・ここは・・・衛生的じゃない」
「そういう話じゃない。俺には感染らないという話だ。それよりも、横になるといい。飲んだ薬には、少し眠くなる成分が入っている」
「・・・もう、4日くらい寝てばっかりなのに・・・」
「起き上がれなかっただけの話だろう。そういうのは、寝て休んでいるとは言わない。食欲はないのか?」
「ごめん・・・本当に・・・今は、何も・・・。でも、薬と一緒に飲んだ水は美味しかった。喉が乾いてたけど、ベッドから出るのが億劫で」
「じゃあ、もう少し、水を飲むか?」
「ううん。もう、大丈夫」
答えながら、ハーヴィーに促されて、ベッドに横になり、毛布をかけられる。
「ハーヴィー。今夜は来てくれてありがとう。・・・とても会いたかったんだ」
「俺もだ。今夜は来て正解だった。タイミングが良かった。もう、2、3日来るのが遅かったら、君がどうなっていたか・・・。考えただけでもぞっとする」
ハーヴィーがマイクの蜂蜜色の髪を撫でる。心なしか、パサついているように感じる。顔も小さくなった。体も細くなった。人間の体は正直で、口にしたものでできている。ここ数日の栄養状態が、明らかに体に現れているのだろう。
「・・・なんだろう・・・」
「どうした?マイク」
「なんだか・・・ふわってする・・・」
「薬が効いて来たんだろう。もうすぐ・・・眠くなる」
「・・・ああ・・・本当にもったいないなぁ・・・。せっかく、貴方が傍にいるのに・・・」
「まずは、体を治すことが最優先だ。俺は・・・いなくならないから」
「そうだね。ハーヴィーは・・・永遠だから」
マイクの瞳に陰りが現れたが、すぐに目を閉じてしまったので、それ以上のことは確かめられなかった。ハーヴィーは、パサついた髪を、ゆっくりと何度も撫でた。
「ゆっくり休め、マイク」
マイクは、頷く代わりに、静かに眠りへと落ちていった。
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寒くなく、痛みもなく、寂しさもない眠りは、一体いつ以来のことだろう。今まで、毛布の中で縮こまって眠っていたことが嘘のように、マイクは夢の中で体を伸ばしていた。まるで、羽根が生えたような感覚さえある。眠る前に、最後に見たのが、ハーヴィーの優しい顔だったせいだろうか。彼からもらったチョコレートを食べて眠る夜よりも、ずっと多幸感があった。もっとも、ハーヴィーからもらったチョコレートはすでに食べてしまっていて、病になる前は、チョコレートが入っていた綺麗な箱を撫でてから眠るにすぎなかったのだが。
目を瞑った闇の中で、マイクは幸せだった。その闇のずっと遠い向こうに、小さな明るい光が見えた。自分を見ると、羽根が生えている。・・・ああ、だから、体が軽いのだと納得すると、マイクはその羽根を動かして、その光の方へと進んで行った。あの光の中には、ハーヴィーがいる・・・という確信。マイクは一生懸命、羽根を動かした。光はどんどん大きくなり、その中心に、1つのシルエットが浮かび上がった。ハーヴィーだ。マイクはそう思った。歯がゆくなって、腕を伸ばした。そうしたら、その黒いシルエットもまた、自分に腕を差し出してくれる。マイクはますます嬉しくなって、その腕を取った。それは幻ではなく、確実に実体を伴っていた。体を引かれ、抱き寄せられた。羽根が邪魔かと思ったが、いつの間にかそれは消えてなくなっていた。
温かな体温を感じる。ずっと感じていたいと思うほどの温かさと優しさだった。
けれども、マイクが自分の腕に力を込めようとした瞬間、そのシルエットは消えてしまった。光も。温かさも。マイクは途方にくれ、泣きそうになった。・・・いや、本当に泣いてしまった。小さな熱を持った涙が、頰を伝うのを感じていた。
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闇の中で目を瞑っていた。そう。瞼は閉じたままなのに、それなのに、突然、明るさを感じた。それと新鮮な空気。
「ん・・・う・・・」
マイクはゆっくりと、重たい瞼を動かした。
陽の光。久しぶりに見る、太陽の光だった。ここ数日は、カーテンを閉め切って眠っていたからだ。
・・・誰が、そのカーテンを開けたのか。
「起きたか?眩しいかもしれないとは思ったが、太陽の光と新鮮な空気は、病気を早く治すのに役立つからな」
ハーヴィーの声だった。
「えっ・・・」
マイクは慌てた。陽の光があるということは夜ではない。少なくとも、朝だ。朝なのに、この部屋にハーヴィーがいる?
マイクは怠い体を両手で支えながら起き上がった。明るい方を見ると、ハーヴィーが窓辺に立っていた。しかし、逆光で、その表情は見えない。けれども、その影は、ゆっくりとマイクに近づいてくる。次第に、その表情がはっきりとする。
「・・・ハーヴィー・・・貴方・・・帰らなかったの?」
「病気で臥せっている大事な友人を放っておけるわけがないだろう。まあ、少し、そこのカウチで仮眠はさせてもらったがな。ああ、それと、君の寝間着、着替えさせた。もちろん、俺が」
「えっ・・・?」
その言葉に自分の姿を見ると、手触りの良い、新しい寝間着だった。
「あれから屋敷の者に届けさせた。それと、朝食もな。ふむ、やっぱり薬が効いたようだな。昨夜よりも、すっきりとした表情をしている」
そういえば・・・とマイクも思う。怠さはまだあるが、辛さはない。何か、悪いものが体から抜けて行ったような感覚がある。
「ぐっすりと眠っていたから、俺が何をしても君は起きなかった。なかなか楽しかったぞ」
「う・・・」
「ずっと、着替えてなかったんだろう?」
「・・・ごめん・・・体を動かすのが億劫で」
「ついでに体も拭いておいた」
「ええっ・・・」
マイクは思わず両手で自分の体を抱きしめてしまった。体の全部を見られてしまったのかと。体を売るのが自分の仕事だから、裸を見られることくらいどうってことないはずなのに、相手がハーヴィーというだけで、恥ずかしくなる。
「さて。屋敷から届けさせたシチューがある。それと君が美味しいと絶賛していたパン。クロワッサンもある。食欲は?」
「・・・・・・」
マイクは自分の体を抱いていた腕を解いて、手のひらを腹部に当てた。その瞬間、「きゅうぅぅ」という音が鳴った。
「空腹なんだな。それは良かった」
ハーヴィーは笑うと、カウチ前のテーブルからシチュー皿とスプーンを持ってくる。
「温かいぞ」
「・・・どうして?」
「ここの厨房で温めさせたから。ほら、見てみろ。この娼館のシチューと比べて、どうだ?」
「・・・すごい・・・。肉も野菜も・・・大きい・・・」
「そうか。それでも君が食べやすいように、小さめに切らせたんだがな。ほら、口を開けろ」
「じ・・・自分で食べられるから・・・」
「いいから。大事な友人の世話ぐらい、焼かせろ」
そう言ってハーヴィーは、肉の乗った白い、シチューをマイクの口元に運ぶ。
「ほら、マイク」
これ以上、強情を貼るものではない、とマイクは思った。素直に口を開ける。その中にハーヴィーがスプーンを差し入れた。マイクは唇を閉じて、シチューを味わった。肉を咀嚼して、飲み込む。
美味しかった。この間、ハーヴィーと「夜のピクニック」と称して食べた食事と同じくらいに美味しかった。
「あまり行儀のいいものではないが、パンをシチューに浸して食べるのも美味いぞ」
ハーヴィーがベッドに皿を置き、ちぎったパンを浸して柔らかくしたのを、再びマイクの口に運んだ。マイクはそれを素直に口にした。やっぱり、美味しい。
そんな風にして、マイクはハーヴィーが持ってこさせたシチューとパンを平らげた。時間はかかったけれども。
「さて。食事の後は薬だな。この薬は2、3日続けて飲んだほうがいい」
「え・・・また・・・眠くなっちゃう・・・」
「そうだな。しかし、さっきまでぐっすりと眠っていたから、そうすぐには眠気は襲って来ないだろう」
ハーヴィーはシチュー皿を片付け、代わりにグラスに入った水と薬を持ってきた。
「やっぱり、飲まなくちゃ・・・ダメ?」
「この性質の悪い風邪を甘く見るな。街では命を落とした人間もいるんだ。だから。ほら」
「ん・・・」
マイクは仕方がなく、グラスと薬に手を伸ばした。飲み終えて、グラスをハーヴィーに渡すと、マイクは本当に申し訳なさそうに彼の顔を見た。
「ハーヴィー。・・・その、本当に、薬代・・・ちゃんと返すから」
「その話はもう終わっただろう?」
「だけど・・・」
「マイク。実はな、薬代なら、もうもらった」
「え?誰から?」
マイクに身内はいない。いったい誰が、高い薬代を払うというのだろう。あの娼館の女将であるはずがない。
「君自身からだ、マイク」
「え?・・・僕・・・何も渡してないし・・・何も・・・してない・・・」
「そう思うか?」
ハーヴィーが笑った。
「実は、君のおかげで新しい事業を始めた。そして、それがなかなか好評でな。これからどんどん儲かりそうなんだ」
「・・・何の・・・話?それ」
「この間の、ブラックベリーの話を覚えているか?」
「えっと・・・ハーヴィーが持ってきてくれた・・・果物の?」
「ああ、そうだ。あの時、君は、砂糖の取引をしているのなら、加工品も作ったらいい・・・そう言ったよな?」
「え?・・・あ、ああ・・・うん」
「早速やってみた。自砂糖会社の自社製品として、ジャムを作ってみた。社内で余っている人員をどうしようかと思案していたんだが、雇用が必要になったから、クビにせずにすんだ。しかも、ジャムの売れ行きもいい。まあ、それで忙しくてここに来れなかったんだが・・・。それは少々、誤算だったな」
「えっと・・・それって・・・僕の言ったことが、ハーヴィーの事業の役に立ったってこと?」
「そいうことだ。つまり、君のアイディアのおかげで、俺は新しい儲け話を得たんだ。つまり、俺は薬代以上のものを君からもらったんだ。だから、これ以上、栗代がどうとか言うなよ?こっちがアイディア料を支払いたいくらいなんだ」
「うわぁ・・・」
マイクは思わず、声をあげた。喜びの声だ。自分が役に立った。それも、友人であるハーヴィーの役に立った。それが、とても嬉しかった。
「だから。君にはプレゼントがあるんだ」
そう言って、ハーヴィーはベストのポケットから小さな箱を取り出した。綺麗な細工の施された、木製の箱。ハーヴィーはマイクの目の前で、その蓋を開けた。現れたのは小さ目の青い石だった。
「何・・・これ・・・」
「アクアマリンのピアスだ。君の耳につけたいと思った。左は穴が塞がっていると言うから、右だけ。特別に誂えた。指輪とも思ったが・・・やはり、すぐに目に入る、ピアスがいいと思ってな。着けてもいいか?」
「大丈夫かな・・・穴は空いてるけど・・・ピアスなんて普段しないし・・・」
「痛かったら言ってくれ」
ハーヴィーは箱の中から水色のピアスを取り出すと、マイクの右の耳朶に差し、金具で留める。
「ああ・・・」
ハーヴィーは満足気に笑った。
「これで、君に空と海が揃った」
「・・・空と・・・海?」
「君の瞳はスカイ・ブルーだろう。そしてこの石はアクアマリンだ。どちらも蜂蜜色の君の髪に合う。見るか?」
「・・・うん・・・ちょっと・・・見てみたい」
ハーヴィーはチェストの上から手鏡を持ってくると、マイクに渡した。マイクは、ドキドキしながら手鏡に映る自分の顔を見る。特に、右の耳を。それは透明感のある、綺麗な深い青い石で、周りには金で装飾が施されていた。
「君の髪色に合わせて、銀ではなく、金にした。よく似合ってる」
「僕・・・女の子じゃないのにね。・・・でも、なんだか、嬉しい。ありがとう、ハーヴィー」
マイクは笑って、礼を言った。たぶん、ハーヴィーが与えてくれるものなら、自分はなんでも喜んでしまうのだろう。マイクは指先で、ピアスに触れた。硬質な感触ではあったけれど、温かい。
「それとな・・・」
「え?」
「本も持ってきた。『アッシャー家の崩壊』だ。貸すと言ってあっただろう?俺は仕事があるから、そろそろ帰るが、眠くなるまで、ベッドの中でそれを読んでいるといい。それと・・・夜にもちゃんと薬は飲めよ?薬は1日に3回だからな。いいな?」
ハーヴィーが脅すように口調を強めると、マイクは肩を竦めて、微かに笑った。
「それから・・・」
「まだ・・・何かあるの?・・・ちゃんと寝てるよ、僕」
「いや、そうじゃなくて。・・・そのピアス。ずっと着けていてほしい。俺たちの友情の証に」
「友情?」
「ああ。装飾は純金だから錆びることはない。だから、どんな時でも、着けていてほしい」
「えっと・・・お寝るときも、風呂に入るときも?」
「そういうことだ」
「・・・お客を取るときも?」
「・・・まあ、そういう心配はすることはない」
「でも・・・ここにいる限り・・・僕は・・・。それに、5階に行ったら、こういう宝石は・・・着けられないし・・・」
「・・・君は・・・心配性だな。俺が指名するんだから、大丈夫だ。女将にもそう言ってある」
「・・・・・・でも・・・」
「マイク。今は、俺との友情だけを考えろ。それと、病気を治すことをな。先のことは、これから考えたらいい」
ハーヴィーは立ち上がって、フロックコートを手に取った。
「また、来る」
マイクの少しカサついた蜂蜜色の髪を撫で、ハーヴィーは優雅に部屋を出て行った。マイクは、何も言えずに、その後ろ姿を見送った。そして、ドアが閉まると、ハーヴィーが渡してくれた本の表紙を、指先で撫でたのだった。