ハワイ・メディカル・センターの病室。
ベッドで上半身を起こしたダニーがココパフを頬張っている。
それを半ば呆れたような、それでいてどこか安心した表情でスティーヴは眺めていた。
人質のふりをしていた犯人が撃った弾丸は、至近距離ではあったが、防弾ベストが止めてくれていた。肋骨に罅が入ることもなく、打撲だけすんだのは不幸中の幸いといえよう。検査のためだけの入院なので、明日には退院ができる。
「いくつ食べる気なんだ?ダニー」
「んー。まだ、2つ目だから、あと1個かなー。朝飯食ってねえし、あんたが持ってきて切れたサンドイッチも食い損ねたし。病院食は不味くて食う気がしないしー。やっぱ、あと2個はいけそうかなー」
「食べ過ぎだ、ダニー」
「いいじゃん。俺、けが人なんだから。労われよ。好きにさせろよ。あ、明日、迎えに来てよ。そんとき、マラサダをよろしくー」
「ダニー!」
「んだよ」
2つ目のココパフを食べ終えて、ペロリと指についた砂糖を舐めとる。
「もう少しで死ぬところだった」
「そだねー。でもすごいよね、防弾ベスト。あれ、特注だよね。あれだけの至近距離で38口径を止めるんだから、すげーわ。45口径だったら、肋骨が折れてたかもしれないけどさ」
「頭を撃たれていたら助からなかった!」
「でも、撃たれなかった」
「・・・・・・俺のせいだ」
「は?何が?」
「人質に犯人が混ざっていたことに気づかなかった。俺のミスだ」
「あんたさー、どんだけ自分が仕事できる男だと思ってるわけ。口にテープ貼って転がってりゃ、誰だって、人質だって思うよ。俺も思ったもん。まさか、フェイクとはねー」
あくまでも、ダニーは軽く応答する。
犯人のフェイクに気づかなかったのは、スティーヴだけの責任ではない。あのときは誰も気付きようがなかった。責任があるとすれば、メンバー全員だ。
3つ目のココパフに手を伸ばそうとしたダニーの手をスティーヴが掴む。
「心配したんだ」
「それは悪かったね。ちょっと衝撃が強くて気を失っただけじゃん」
「ダニー」
スティーヴが椅子からベッドの上に移動する。
「スティーヴ。これはソファじゃなくて、ベッド。しかもシングル。なおかつ、病人用ですけど?」
「心配したんだ」
「はいはい、それ、2回目ね」
スティーブのたくましい腕が、ダニーを彼の腕ごと抱きしめる。
「いって!馬鹿力アニマル!俺はけが人っていってるでしょうが!」
「ダニー」
金色の髪を頰に感じながら、スティーヴはダニーの肩に鼻を埋める。
「スティーヴ?」
いつもは強気な男の、どこか甘えたような様子にダニーは小さくため息をついた。
ダニーとてスティーヴの心配がわからないわけではない。普段だったら、逆の立場なのだ。危険を顧みず暴走する相棒の心配をする比率は絶対的にダニーの方が多いのだ。
「スティーヴ?ちょっと離れてくんない?」
「いやだ」
速攻で拒否される。それだけ、自分のことを心配してくれているのだろう。しかし、この体勢は違う。
「スティーヴ。撃たれたところがすっげー痛い」
がばっと、スティーヴが秒速で離れた。
「大丈夫か?ナースを呼ぶか?それとも医者・・・」
「ストーップ!いいから、黙れ」
「だって、痛むんだろう?」
「いいから!あ、ココパフの砂糖がついちゃったらごめんねー」
そう言って、ダニーの両腕がスティーヴの首に回されて、そっと引き寄せられる。自分の首元にスティーヴの頭を落ち着かせ、ポンポンと背中を叩いてやる。まるで、親が子どもをあやすように。
「なあ、スティーヴ。ハグってこういうもんじゃねーの?俺は丸太じゃないんだから、腕ごと締め付けんのはやめて。ほら、お前の腕はどうすんの?それとも、脳みそが筋肉でできてるアニマルボーイはハグの仕方もわかんないの?」
ふふんと、ダニーが鼻で笑う。
「馬鹿にするな」
そう言って、スティーヴの腕がそろそろとダニーの腰に回った。
「よくできました」
ダニーが笑顔で褒める。そして、
「なあ、俺がいっつもどれだけあんたのことを心配してるかわかる?無茶で無謀で猪突猛進で。まあ、それが軍人のやり方かもしんないけどさ、俺はいつだって冷や汗モノなんだよ」
「・・・・・・」
「スティーヴ?返事は?」
「・・・わかった」
「いい子だねー。よしよし」
「子ども扱いするな」
「子どもだよ。なんつうか。あんたのまっすぐなところはね」
「失いたくないんだ。せっかく出会えたのに。失いたくない。これ以上、誰も失いたくない」
失いたくない人。それは、父親と母親のことだろうと、ダニーにはわかった。
愛され慣れていない少年は、愛されないままに大人になった。だから、愛し方もちょっとわからない。
スティーヴはそういう人間なんだろうと、ダニーは思った。
我儘は寂しさの裏返しだ。
そして、自分はスティーヴにとって、特別な存在だ。スティーヴがダニーにとって、特別な存在であるように。
ダニーがスティーヴの頭を撫でてやる。ちょっと、ココパフの砂糖がついたが気にしない。
スティーヴの顔がふっと上がる。お互いの鼻先が触れ合う。
「口元に砂糖がついてる」
「そちゃ、ココパフを食べたからね」
「取ってやろうか」
「遠慮しとく」
すっとダニーが体を引いた。腕は首に絡めたままであるけれども。
不満そうにスティーヴが眉をひそめる。
「絶対に、舐めとる気だったろう?」
「両手が塞がってるからな」
「いーよ。自分で取るから」
そういって、絡めた腕を解こうとしたのを、止められる。
「ダメだ」
「何?ハグがいいの?」
「キスがいい」
そうきたか。まあ、ハグとくれば、キスだよな。ダニーもそれは予想していた。
けれども、それを許したくない理由もある。
キスは簡単。でも、動悸が自分の納得することでなければ、許してやるつもりはない。
「キスしたい?」
スティーヴが肯定の意味で顔を寄せてくる。
すっとダニーはそれをよける。
「ダニー?」
「俺の質問に、満点の答えを言ったらキスしていいよ」
「質問?」
「そう。まあ、試験ともいうかな。口頭試験ね」
意地悪く笑いながら言ってやる。
下がり眉がますます下がるスティーヴが可愛い。
「俺とキスしたいのは、俺がΩだから?」
「違う。お前がダニー・ウィリアムズだから」
「ふうん。じゃあ、あんた今、発情期?」
「違う」
「もし俺が番じゃなくても、キスしたいって思える?」
「もちろん」
「1問30点として、3問だから90点ゲット。残り、10点」
「次はどんな質問だ?」
「俺の欲しい言葉を言ってみな」
「・・・・・・」
「無理?じゃあ、キスはお預けな」
「・・・ダニー。簡単だ。何度でも言う。前に言ったことだ。ダニー、出会ったときから、愛してる」
互いがαとΩであると知れる前。二人が番であると知れる前。
そのときから惹かれあっていた。
「・・・・・・悔しいけど、合格。いいよ、満点のご褒美だ」
ダニーがスティーヴの体を引き寄せる。スティーヴの舌がペロリとダニーの口元の砂糖を舐めとる。そして、唇を重ねる。
角度を変えて、静かに、何度も。
病室の外。
「ねえ、チン、知ってた?二人のこと」
コノが壁に寄りかかりながら、天井を仰ぐように言う。
「いいや。スティーヴがαだっていうのは知っていたけど、ダニーのことは知らなかった」
チンもコノ同様、天井を仰いでいる。
「しかも、番ですって。それって世界規模で言ったら凄いことよね」
「まず、出会える確率はないに等しいね」
「それが、出会っちゃったのね」
「奇跡だね、コノ」
「私、もう、ボスのこと、『気色悪い」なんて言わないわ」
「そうだね。それがいい。暖かい目で見守ってあげよう」
「ところでこれ、どうしよう?」
コノがマラサダの入った、レナーズのピンク色の箱をチンに見せる。
「ちょっと病室には入れない状況だね。スタッフステーションに持って行こう」
「そうね。お邪魔しちゃ、悪いものね」
従兄妹コンビはふふっと笑いながら、移動した。
END