「どれだけ眠りが深いんだ」と思いながら、スティーヴはダニーを担いで自宅に入った。ダニーではなく、スティーヴの家だ。
居間のソファにダニーを下ろし、メアリーが置きっ放しにしていった大きめのストールを掛けてやる。
発情抑制剤。副作用は、だるさ、食欲不振、それと眠気。
フォンが言ったことを心の中で復唱する。
それにしたって、寝すぎじゃないか。
いや、そんなことは重要じゃない。もっと大事なのは、ダニーがΩ属性だったということだ。ずっとベータだと思っていたのだ。
けれども、周期的に訪れる相棒の体調不良、そして今日の様子を見れば、納得がいく。
そして。
「ん・・・ん?」
ダニーの体がもぞりと動いた。
「起きたのか、ダニー」
スティーヴがソファの側に跪く。
「え?寝てた?・・・げ、ここ・・・何処?今、何時?あれ?まだ明るい?」
「俺の家だ。それと今は、午後6時」
「事件は?」
「チンとコノに任せた。容疑者も確保した」
「・・・・・・悪い。やっぱ、俺、今日は休みを取るべきだったわ。まったくの役立たずだ」
ものすごい自己嫌悪感を表しながら、ダニーはソファに座りなおした。
「俺の車・・・で、ここに来た?」
「ああ。」
「じゃあ、帰るわ。マジ、今日は迷惑をかけて悪かった。明日からはちゃんと体調管理する」
ソファから立ち上がろうとするダニーの腕をスティーヴが掴んで引き止めた。
「家で晩飯を食って、泊まっていけばいいだろう。俺の車は本部に置いてきたから、その方が助かる」
「んーでもなー」
ダニーが眉を顰める。
「ちょっと風邪気味っぽいから、薬を飲みたいんだよねー。今日の体調不良、風邪のせいだったんだよ。うん。そうそう。あんたにうつしても悪いしね、帰るわ」
再度立ち上がろうとするが、スティーヴがダニーの腕を離す気配はない。
「スティーヴ?ちょっと離してくんない?」
「・・・・・・今日はもう、規定量以上、飲んでいるんじゃないか?」
「は?」
「抑制剤」
ダニーの顔が青ざめる。けれども、すぐに取り繕うように笑う。
「な、な、何何何何?何の話?」
「フォンに調べさせた。PTPシートが助手席に落ちていたから。水が欲しかったのは、薬を飲むためだろう?」
「・・・・・・・・・・・・」
無言は肯定の返事だ。
「ダニー?」
「・・・・・・じゃあ、どうして俺が帰りたがってるか、わかるよな」
「帰さない」
「うわっ!出たよ、このコントロールフリーク!仕事は我慢するけど、プライベートは干渉しないでもらいたいもんだね。それとも何、今は勤務中なわけ?」
「心配なだけだ。帰ったら、また薬を飲む気だろう?それじゃあ、ほとんどオーバードーズだ!」
「しょうがないだろう!?こっちだって好きで薬に頼っているわけじゃない!必要以上に飲まずに済むんならそうしたいよ!ったく!ハワイに来てからロクなことがない!」
「どういう意味だ?」
「ニュージャージーにいた頃はコントロールできてた!薬を飲まずに済むことだってあった!それなのに、ハワイに来てから・・・つか、ファイブ・オーに入ってからおかしいんだよ!周期は狂うし、薬の効き目は悪いし!あーもー自分の家どころか、ニュージャージーに帰りたいね!」
吐き捨てるように、ダニーが怒鳴る。そうして唇を噛みながら、顔を背けた。
「そんなことは許さない」
「はあ?あんたいつから俺の親になったんだよ!」
「ダニー。蜂蜜の匂いがわかったのは、俺だけだ。チンもコノもわからなかった。それがどういうことがわかるか?いや、わかるよな?」
スティーヴが断定する。それ以外の答えはないというように。
「ダニー、俺は・・・・・・」
「ストップ!!!!」
「ダニー?」
「あのさあ、俺、こういう展開になるのが嫌だったんだよね。あんたがαだってことは結構前に気づいてた!でも、αとΩが出会いました、じゃあ、番いましょうって違くない?それじゃあ、野生動物と同じじゃん。悪いけど、俺には感情があんの!人間なの!しかも男なの!あんたには悪いけど!」
一気にまくし立てると、疲れたようにダニーはソファに背を預けた。
「知ってたのか、俺がαだって・・・・・・」
ダニーがちらりとスティーヴを見やる。
「・・・・・・俺の場合は蜂蜜の香りなんだろうけど、あんたの場合はアドレナリン異常大放出的な行動とか、まあ、体臭だよね。ライムの香りのデオドラントで誤魔化してるみたいだけど」
図星だった。スティーヴの場合は、抑制剤を飲んでいても、攻撃的な性格になる。α属性の男は大抵そうだった。ましてやスティーヴは職業柄、それがヒートアップする。
「そのライムの香りがさ、わりと定期的だなってので、気づいた」
「俺はお前の蜂蜜の匂いに、今日初めて気づいた・・・・・・」
「抑制剤のおかげ。でも今日は周期が狂って、薬を飲むのが遅かったんだ。まったく、あんたのせいだ」
「俺のせい?」
「チンもコノも、あんたがα属性だって知らないんだろう?ただのアニマル脳みそまで筋肉無鉄砲ネイビーシールズだって思ってるだろう?でも、俺はあんたがαだって気づいた!」
なんだかボロクソに言われたような気もするが、スティーヴはとりあえず、その部分は聞き流すことにした。それよりも大切なのは。
「ダニー、自分が何を言ってるかわかってるか?」
「・・・・・・わかってるけど、言いたくない」
「言ってほしい」
「やーだーねー」
「ダニー!」
ダニーが逃げられない程度の強さで、スティーヴは両手でダニーの顔を包み込んだ。そして、半ば強引に目を合わせる。遠浅の海の色。それが揺らいでいるのは、発情期のせいだろう。
「じゃあ、俺が言う」
「聞きたくない」
「ダニー、俺たちは・・・・・・」
「わーわーわーわーわー!!!!!!」
両手をぶんぶん振り回しながら、スティーヴの言葉を遮ろうとする。
「わかった。言い方を変える。ダニー」
「聞かないもんねー!」
「愛してる」
「っ・・・」
ダニーの動きが止まる。
「俺はダニエル・ウィリアムズを愛してる。ずっと前から。きっと出会ったときから。だから、拒むな。番だからじゃない。ダニーだから、愛してる」
ダニーが動けないでいることをいいことに、スティーヴはさっさと次の行動に移る。両手で包んだ顔を引き寄せて口付ける。
甘い香り。蜂蜜の匂い。ふわりと漂い、包み込む。
ダニーの唇の柔らかさを十分に楽しんでから、そっと離す。
返事は必要なかった。ダニーの表情を見ただけで、わかった。
少なくとも、拒否はされていない。
「・・・・・・スティーヴ」
「ダニー」
「・・・・・・あのさあ、俺、男だよ?Ω属性でも男なんだけど?」
「だから?それがどうした?信じられないなら、もう一度言おうか。愛・・・」
「いや、もういい。すっげー恥ずかしい!!」
脱力してソファに沈み込むダニー。
「奇跡だと思わないか、ダニー。こんな風にして出会える番は滅多にない。しかも愛し合ってるなんて・・・・・・」
「ちょっと待った!俺は、愛してる、なんて一言も言ってねーけど?勝手に話を作らないでくんない?」
再びソファに座りなおすダニー。忙しい。でも、顔はとても嬉しそうだった。そして、どこか吹っ切れたような表情。そんなダニーをスティーヴは抱きしめる。蜂蜜色の髪の毛に鼻を埋める。そうして、蜂蜜の匂いを堪能する。その広い背中に、ダニーの手が回る。おずおずと。けれども縋るように。
今は言わない。言わないけれども、きっといつか。近い未来に、自分の言葉で言えるときが来るだろう。
「スティーヴ。俺も愛している」
と。