キスをする

ハーヴィーの部屋だろうが、マイクの部屋だろうが、二人の朝はキスから始まる。大抵はハーヴィーからのキスだ。何故なら、マイクは超絶に寝起きが悪いからだ。その原因はハーヴィーにある。夜中過ぎまで、あるいは朝方近くまで、体を離してもらえないからだ。だから、ハーヴィーと夜を過ごしたマイクは、彼より先に起きることができた試しはない。

この日はマイクの部屋だったが、やっぱり部屋の主人よりも先に、ハーヴィーの方が先に目が覚めた。本当はハーヴィーの寝室のベッドの方が寝心地はいいし、安アパートの壁の薄さを気にすることもない。けれども、昨夜行ったレストランに近いのはマイクのアパートの方であって、尚且つハーヴィーも早くマイクを抱きたかったので、流れでそうなった。部屋を掃除していないとか、壁が薄いとか、シーツを取り替えていないとか、ハーヴィーには居心地が悪いとか、色々と理由をつけたマイクだったが、相手がマイクであれば、そこらへんの公園の芝生でも構わないと思っているハーヴィーなので、結局のところ、スプリングの悪いマイクのベッドで体を重ねることになったのだ。上になったり、下になったり、後ろからだったりと、3回ほどスポーツのようなセックスを楽しんだ後、速攻で爆睡状態に陥ったのはマイクの方だった。そんなマイクに悪戯を仕掛けるのが楽しいので、ハーヴィーはあまり寝ていない。しかし、今朝も元気なハーヴィーだった。むしろ、いつも以上に。マイクの部屋が久しぶりだったので、それが楽しかったということもある。もちろん、壁の薄さを気にして、喘ぎ声を堪えるマイクの姿が妖艶だったというのもある。これが薄暗い路地裏とかだったら、もっと楽しいかもしれないという不埒なことを考えながら、ハーヴィーは寝ているマイクに顔を寄せる。もちろん、恒例の朝のキスのためである。白い頰を手の甲で撫で上げ、そのまま蜂蜜色の髪を撫でる。ちょっとだけマイクは身じろぎをしたが、目を覚ます気配はない。だから、ほんの少し開いた唇に、舌を軽く差し込みながら、ハーヴィーはマイクに口付けた。自分の唇で相手の唇を甘噛みするように。もちろん、舌も絡めながら。

「・・・ん・・・ん・・・んぅ・・・?・・・ん・・・ふっ・・・」

至近距離で、マイクの目が開き、青い瞳が見えた。

トンっと拳で軽く肩を叩かれる。ハーヴィーは一瞬だけ唇を離したが、すぐにマイクの体を自分の下に敷き込むと、深いキスを与え始める。

「んんっ・・・んっ・・・んんんんーっ」

とうとうマイクが両方の拳でハーヴィーの胸を叩きはじめた。それでハーヴィーはようやく体を離す。そして、言ったセリフがこれだった。

「まだ、寝てていいんだぞ、眠り姫」

「っ・・・い、息ができないよっ!!!普通に起こしてよっ!」

「起こすつもりなんかない。キスをしたかっただけだ」

しれっと言うハーヴィーだった。

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一緒に夜を過ごさなかった二人の翌朝も、キスから始まる。

例えば、ハーヴィーのオフィス。

「ハーヴィー!昨日指示された書類ってこれでいいんだよね?それから、役に立ちそうな資料も探してコメントをつけておいたよ!」

「ほう。できる子犬だな。ファイルを寄越せ」

マイクがハーヴィーのデスクに近づいて茶色いファイルを手渡す。それを受け取りながら、ハーヴィーはマイクの手首を掴んで引き寄せる。

「うわっ・・・」

慌てて両手をデスクについたときには、すでにマイクの顎はホールドされている。そして、ファイルの陰で軽いキス。ガラス戸の向こうにドナがいても、ハーヴィーはやる。それにマイクは毎回引っかかる。フォトグラフィック・メモリーと学習能力は別物らしい。

マイクは、全力で、ハーヴィーから離れた。ベッドじゃないから、簡単に離れることができる。けれども、顔は真っ赤で、アワアワした態度と表情は隠せない。ちらっとオフィスの外をみると、電話を受けているドナの背中が見えた。

「・・・ハーヴィーっ!」

マイクは小声で叫んだ。

「オフィスではやめてって言ったじゃん!」

「学習しない君の方が悪い。隙があるんだ。そう言う隙を見せる相手は俺だけにしとけよ」

「・・・うー・・・もうっ!ハーヴィーなんか知らない!」

と言いながら、プンスコしながらオフィスから出て行くマイクを笑顔で見送る。

「ああ。やっぱり、キスがないと、1日が始まらないな」

ハーヴィーは小さく呟いた。もちろん、笑顔を崩さずに。それから、マイクが持ってきた書類に目を通しはじめたのだった。

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諸般の事情で、二人が朝に顔を合わさないことはよくある。しかし、マイクの行動パターンをストーカー並みによく理解しているハーヴィーである。

「ふむ」

と時計を見てから、レストルームに行くと、ちょうど手を乾かして出てくるマイクと会った。マイクにとっては想定外だが、ハーヴィーにとっては想定内だ。マイクのウエストに腕を引っ掛け、そのまま個室に連れ込んだ。そして、キスをする。そこで、ようやくマイクも状況を理解した。レストルームでのキスも一体これで何度目のことか。両手でマイクの頰を包み、その唇を啄ばむハーヴィーを押しのけることができないわけでもないが、この状況を第三者に見られるのは非常にマズイ。と、常識人のマイクは思う。だから、ハーヴィーのスーツを軽く掴みながら、大人しく相手が満足するのに付き合うのだ。頭の隅で、「ちょっと!ここでコトに及ばないでよ!お願いだから!」と念じながら。何せ、ハーヴィーには前科があるからだ。尤もあの時は残業していての深夜だったから、気をつける相手はセキュリティぐらいしかいなかった。けれども、今は真昼間だ。いつ、レストルームに人が来るかはわからない。マイクは、ハーヴィーのスーツを掴む指に力を込めた。意味は『お願い。プリーズ。もう、やめて』だ。それでようやくハーヴィーがマイクから離れる。最高の笑顔で。

「・・・満足した?」

「ああ、したな。昨夜は一緒じゃなかったし、君も今朝は俺のオフィスに来ないし。だったら、こうするより他にないだろう?まあ、アソシエイト・オフィスを選ばなかったことは褒めてくれ」

「うわっ!マジ!それは勘弁して!!!!」

慌てて、個室から出ようとするマイクの手首をハーヴィーが掴んだ。

「これからの予定は?」

「予定も何も、仕事!だよ!」

「じゃあ、ランチを一緒に。その後、デザート代わりにホテルをつけようか」

「ハーヴィー・・・お願い。仕事して」

懇願顔のマイクに、ハーヴィーは涼しい表情で言った。

「ああ、もちろん。君がちゃんと毎日キスをくれたら、俺だってちゃんと仕事をする」

「・・・わかったよ・・・ランチしよ。でも、その後のホテルは無しだよ?・・・その代わり・・・」

マイクはきちんとハーヴィーに向き合うと、自分からその魅力的な唇にキスをしたのだった。

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結局のところ。

キスがなければ、ハーヴィーの一日は始まらないし、終わらないということだ。

終わり