珍しく、同じ時刻に出勤することになった。玄関を出る前に、マイクがキュッとハーヴィーのスーツの袖を引いた。
「マイク?」
「あの・・・今日も、スコッティに会うんだよね・・・?」
ハーヴィーと目を合わさずに、マイクがぽそっと言う。
「ああ・・・。しかし、担当をルイスに任せようかと思う」
「えっ・・・ダメだよ・・・だって・・・仕事なんだし・・・その・・・」
「君の気持ちの方が大切だ。・・・嫌だろう?俺が彼女と会うのは」
「いいんだよ!・・・仕事なんだから。・・・ただ・・・その・・・」
言いづらそうにマイクが’唇を噛む。ハーヴィーがその口元に親指を当てる。
「噛むな。切れる。・・・マイク?俺は、君の嫌がることは、もうしたくない」
「・・・あの・・・さ・・・スコッティと仕事をするには仕方がないから、いいんだ。ただ・・・できれば、彼女と二人っきりで会うのだけは・・・やめてくれたら・・・嬉しい。会うなら・・・ハーヴィーのオフィスで・・・ドナが近くにいるときとか・・・それだったら・・・その・・・」
「わかった」
ハーヴィーが嬉しそうに言う。この可愛い子犬が、こんな我儘を言うのは初めてだったからだ。
「・・・打ち合わせとか言って・・・一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりするのも・・・やだ」
「ああ・・・そんなことは絶対にしない」
「・・・ごめんなさい。こんな我儘を言って」
「そうか?俺にとっては大歓迎な我儘だけどな」
そう言ってハーヴィーがマイクの体を引き寄せる。
「他には?」
「え?」
「他に言いたい我儘はないのかと聞いている」
ハーヴィーは心底楽しそうだった。
「・・・ダメになっちゃった・・・・あの、ディナーなんだけど・・・その・・・やっぱり・・・・行きたいなって・・・もちろん!・・・ハーヴィーの仕事が落ち着いてからで・・・」
「明日の夜に予約を入れておく」
即答だった。
「無理しなくて・・・いいんだけど・・・」
少し慌ててマイクがハーヴィーを見る。しかし、ハーヴィーは意に会した様子もなく、嬉しそうに笑っている。
「もう、ないのか?」
「・・・ないよ・・・でも・・・キスしていい?」
ハーヴィーは返事をせずに、マイクの頰を両手で包み、その唇を啄ばんだ。
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「・・・どうしたの?ハーヴィー。朝から浮かれた顔をして」
ガラス張りのオフィス前でドナが呆れた声を出して、ハーヴィーを迎える。
「浮かれている?まあ、そうだな。今の俺はかなり、ご機嫌だ。ロンドンとの案件はルイスにうまいこと押し付けたしな」
「あら、それをジェシカが認めたの?」
「さっき彼女のオフィスでピーチクパーチク言われたような気もしたが、聞いちゃいなかった。それよりも、スコッティが来ても、絶対にオフィスに入れるな。食い止めてくれ」
「高いわよ?」
「これからエルメスに行くか?」
「いいわね。でも、それはお昼休みの楽しみに取っておくわ。・・・あら、噂をすれば、来たわよ。スコッティが」
「じゃあ、あとは頼んだ」
ハーヴィーはさっさとオフィスに入るとドアを閉め、スマホを取り出した。明日のディナーの予約をするためだ。ガラスの向こうで美女が二人、言い争っているが、ハーヴィーは完全にそれに対して無視を決め込んだのだった。
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仕事をさっさと終わらせてペントハウスに帰り、ドアを開けると、パタパタと足音が聞こえてくる。マイクだ。今日はマイクも早く仕事を終えたらしい。
「おかえり、ハーヴィー」
マイクが自分のシャツだけを着て、足を出している。まあ、下着は履いているのだろうが。それにしても珍しい。これはハーヴィーの好きな服装なのだが、マイクは自分から進んでこういう格好しない。だいたい自分の服を着て、その後でハーヴィーに色々と言いくるめられて着替えさせられるパターンが多いからだ。
マイクがハーヴィーに近づき、両手を胸の奥と鼻を近づけてくる。どうしたんだと思いながらも、好きにさせていると、マイクが安心したように言った。
「よかった。鈴蘭の香りがしない」
「鈴蘭?」
「知らなかった?スコッティの香水、ミュゲなんだよ。鈴蘭の香り」
「そうだったか」
「でも・・・同じ部屋にはいたんでしょ?」
「いや。あの案件はルイスに押し付けた」
「えっ・・・本当に?」
「ああ。それと、明日の20:00にレストランの予約を入れた」
「あ・・・ありがと・・・」
「今日は仕事が早かったんだな」
「ああ・・・うん。ちょっと持ち帰って来たけど。料理したかったから」
「何か作ったのか?」
「チキンのクリームシチュー」
「美味そうだ」
「温めるから、着替えて来てよ」
そう言って離れようとするマイクの腰をハーヴィーが引き止めた。
「え?何?」
「軽い運動をしたら、夕食がもっと美味しく食べられるような気がするんだが?」
ハーヴィーが悪戯っ子のように、楽しげに笑った。それを見たマイクは体を離そうとしたが、それをハーヴィーは許さなかった。
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「あっ・・・はっ・・・あんっ・・・こ、こんなところでしなくたって・・・あっ・・・」
結局、ドアを背にして、片足を上げられながら、犯される。
「仕方がないだろう。我儘を言う今朝の君は可愛らしかったし、俺好みの格好で出迎えてくれるし、抱くな、と言う方が無理だ」
「んっ・・・んんっ・・・だ・・・だって・・・ハーヴィーが喜ぶことしたかったんだよ・・・」
「ああ。十分、喜んでる。・・・マイク、しっかりと掴まれ」
「え?あっ・・・うわっ・・・あっ・・・ああっ・・・・!」
両方の太腿の裏を持ち上げられ、背中をドアに押し付けられる。深く入り込んだ楔に声が上がる。最奥への突き上げに、背筋が粟立つ。
「だっ・・・だめっ・・・・ハーヴィーっ・・・お・・・下ろしてっ!」
「どうして?」
「やっ・・・は・・・ハーヴィーのスーツ・・・汚しちゃうからっ!・・・やぁっ・・・」
「気にしないで出せばいい」
「やだっ・・・やだっ・・・」
ハーヴィーの首に腕を回し、その肩口に額を置いたマイクが嫌々と頭を振る。
「お願いっ!ハーヴィー・・・ここで抱いてもいいから後ろからにしてっ!」
悲鳴のような声。ハーヴィーは仕方がないな、というようにマイクを一度床に降ろし、自分を抜いた。しかし、すぐにマイクの体を反転させると、今度は後ろから犯し始めた。マイクは両手をドアについて、体を支える。前に回されたハーヴィーの手が、マイクの高ぶりを宥めるように擦り上げる。
「ひっ・・・あ・・・やっ・・・い・・・イっちゃう・・・」
「いいぞ。俺も君の中でイキたい」
耳元でハーヴィーが囁く。マイクはこくこくと頷いて、承諾の意を示した。
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ソファでタオルケットに包まるマイクの代わりに、ハーヴィーがクリームシチューを温める。
「せっかく僕が作ったのに・・・。僕がちゃんと準備してあげたかったのに・・・」
「腰が立たないんだから、仕方がないだろう?」
「・・・ハーヴィーのせいじゃん」
ハーヴィーがシチュー皿を持って来て、ソファーテーブルに上に置いた。
「食べさせてやろうか?」
「大丈夫だよぅ・・・」
マイクはズルズルとソファから降りると床に座り込み、スプーンを手に取った。その姿を見てから、。ハーヴィーもソファに座り、スプーンで救ったシチューを口に運ぶ。
「・・・美味しい?」
「ああ。チキンは柔らかいし、何と言っても、人参が小さめなのがいい」
「人参、苦手だもんね、ハーヴィー」
笑いながら、マイクが言った。
「言ったことがあったか?」
「ううん。でもさ、料理の付け合わせに人参のグラッセがあったりすると、ちょっと嫌な顔をするじゃない」
「・・・よく、見てるな」
「でしょ?」
満足げにマイクが笑う。可愛い笑顔だ。
「ああ・・・そうだ・・・ロンドンの案件はルイスに任せた。俺がスコッティと会うことは、もうない」
「え?・・・そんなこと・・・ジェシカが許したの?」
「お小言は言われた。聞いてなかったが」
「うわぁ・・・。でも・・・ありがとう・・・ハーヴィー・・・。今朝は、仕事だから仕方がないって言ったけど・・・本当は・・・嫌だったんだ」
チキンを突きながらマイクが言う。
「我儘は、言ってみるものだろう?」
「・・・うん。そう・・・だね。でも・・・ハーヴィーの仕事の妨げになるようなことは、もう言わないから」
「仕事に私情を挟んで来たのは、スコッティの方だ。君が気にすることはないし、君を追い詰めた俺も悪かった」
「・・・・・ハーヴィー・・・」
「ん?」
「・・・大好き」
「ああ、俺もだ」
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とりあえず、スコッティという嵐は追い払った。けれども、今後、また別な嵐がくるかもしれない。そんな時、マイクはこんな風に、笑ってくれるだろうか。いや・・・。
ハーヴィーは思考を改めた。
マイクの笑顔を消さないのは、自分の役目なのだと。マイクの不安を取り去り、愛を伝え、腕の中に閉じ込めておくのは、自分の役割なのだと。
今朝、マイクは見せた小さな嫉妬を思い出しながら、ハーヴィーはこれからの未来に思いを馳せた。
END