Jealous 01

夕食は久しぶりのレストランでディナーを・・・というハーヴィーの誘いがあったものの、急にシドウェルから新しい案件を任されて、会社を出るのが遅くなった。時計を見ながら、足早に約束の場所に向かおうとした時、背後から声をかけられた。

マイクは、反射的に振り返り、そして・・・後悔した。

小柄で華奢な体躯をした、黒髮の美女。

「スコッティ・・・」

「あら。随分と嫌そうな表情をするのね。ハーヴィーと違って、ポーカーフェイスができないのね、貴方は」

可笑しそうにスコッティが笑った。

「そんなんじゃ、弁護士なんか務まらないんじゃない?・・・ああ・・・ごめんなさい。貴方はもう、弁護士ではなかったわね。今は・・・銀行投資家・・・ですって?」

マイクの今現在の立場を明確に言葉にする。しかも、勝ち誇ったような声色で。マイクが仕事で、ハーヴィーの隣に立てないことを知っている、彼女。

「・・・NYに・・・いるんですね」

「仕事でね。この間は、せっかくハーヴィーがロンドンにきてくれたのに、私は別な案件でフランスにいたの。残念だったわ、会いたかった。・・・まあ、これから、会うけど」

マイクは、自分の顔色が変わるのを、感じた。けれども、それをスコッティに悟られたくなくて、軽くを顔を背けた。

「NYで、ハーヴィーと仕事ですか・・・」

「ロンドンとNYの企業が合併を考えているの。もちろん、買収ではなく、合意の上で。だから、今回、私とハーヴィーは敵対関係ではなく、協力関係にあるの。これから、食事をしながら、作戦会議」

「えっ・・・」

マイクは小さな声を漏らした。今夜は一緒に食事をすると、朝、約束したはずだった。

「なんだか、ハーヴィーには先約があったみたいだけど、こういう仕事って早く取り掛かった方がいいのよね。まがい物でも、弁護士をしていた貴方ならわかるでしょ?だから・・・今夜の先約はキャンセルしてもらったわ」

スコッティは相手がマイクだとは言わなかった。けれども、その黒い瞳の輝きから、全てを知っているのだろうと思った。

「じゃあね、マイク。私は行くわ。これから、ハーヴィーと会うから」

そう言って、スコッティは黒髪を揺らして、マンハッタンの雑踏の中へ消えて行った。

その姿を、呆然と見送ってから、マイクは慌ててスーツの内ポケットから携帯を取り出す。着信があった。ハーヴィーからだった。マナーモードにしていたし、ジャケットを脱いで仕事をしていたから気づかなかった。メッセージも1件入っていた。慌てて再生する。内容は、『急な仕事が入って、ディナーをキャンセルしたい。申し訳ない。埋め合わせは今度する』というものだった。スコッティのことは何も書かれていなかった。

激しくなりそうな呼吸をマイクはかろうじて抑えた。けれども、ちらりと見たショップのショーウィンドウに映る自分の顔は、ものすごく歪んで見えた。

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それからどうやってペントハウスに帰ったかは覚えていない。ただ、ふらふらと歩いていたような気がする。

完全に食欲はなくなり、ようやく帰宅しても、ミネラルウォーターを一口飲んだだけで、何も受け付けなくなる。本当は、このペントハウスに帰ってくるのも億劫だった。けれども、ハーヴィーに心配をかけたくなかったし、スコッティに会ったことも悟られたくなかった。

・・・スコッティは、自分と会ったことをハーヴィーに話すのだろうか。

マイクは着替えると、私物の置いてあるゲストルーム行く。リビングにもベッドルームにも行きたくなかった。ゲストルームは、ハンプトンに行った直後に、ハーヴィーによって、綺麗に片付けられていた。ダンボールは全てなくなり、祖母のパンダの刺繍が壁にかけらている。

マイクはベッドの真ん中に膝を抱えて座ると、パンダの刺繍を眺めた。祖母の存在が懐かしい。両親のことも大事だったが、成長してからもずっと自分を見守ってくれた祖母の存在はマイクにとってとても大きかった。そんな祖母を失ったときの心の痛みを思い出すだけで、苦しくなる。その苦しみや痛みを、もう一度味わう予感がする。ぎゅっと手を握りしめる。爪が手のひらに食い込んだ。けれども、ハーヴィーを失う痛みはもっと酷いものに違いない。怖い。辛い。

だから。

愛さなければ良かった。

自分の感情に気づかなければ良かった。自分の想いを知られなければ良かった。ただの、上司と部下でいれば良かった。一緒に仕事をして、笑って、勝利を祝って、ただそれだけの関係でいれば良かった。マイクは一人で生きる術を知っていた。ハーヴィーに出会うまで、人に甘えることを知らなかった。祖母は人生の先生であり、家族であり、単純に甘えるだけの存在ではなかった。

けれども、ハーヴィーは違った。初めて、誰かを愛するということを教えてくれた人だった。それが嬉しく、幸せであることを教えてくれた人だった。

マイクは、そっと壁に近づき、パンダの刺繍に指を這わせた。今はもう感じることのできない祖母の温もり。また、マイクは、同じように、人の温かさを失うことになる予感を感じる。

「マイク」

「えっ・・・?」

マイクが振り向くと、ゲストルームのドアのところにハーヴィーが立っていた。マイクと視線が合うと、ハーヴィーはつかつかと近寄ってきて、ベッドに座った。

「今夜は悪かった。約束を反故にした」

「え・・・あ・・・いいよ。気にしてない。仕事だったんでしょ?・・・僕も・・・仕事でさ。シドウェルに新しい案件を任されて。・・・その、着信に気づかなくて、ごめんなさい」

「レストランに行く前に、メッセージには気づいたのか?」

「ああ、うん。歩きながら見た。だから・・・その・・・レストランで待ちぼうけっていうのはなかったら、大丈夫。気にしないで」

「夕食はどうした?」

「ああ、うん。簡単に済ませて帰ってきたよ。一人だったから、本当に簡単にね」

ハーヴィーがそっと手を伸ばし、マイクに触れようする。それからマイクはさりげなく逃れて、ベッドから降りた。

「シャワー浴びてくる。・・・それから、持ち帰った仕事をちょっとしようかな。・・・シドウェルったら、結構人使いが荒いんだよ?まあ、貴方ほどじゃないけどね」

そう言って、マイクはゲストルームを出た。その姿を視線で追ったあと、ハーヴィーは壁にかかるパンダの刺繍を見やった。そして溜息をつく。

マイクが、この部屋に籠る時は、だいたいにおいて精神状態が参っているときだ。おそらく、スコッティは、自分と会う前に、マイクにあったのだろう。偶然ではなく、必然的に。

一緒に食事をした時の彼女の様子から、そんな雰囲気が感じられた。こんな案件、ルイスに任せれ良かった。ジェシカに対して、我儘を言おうとも。マイクにあんな顔をさせるくらいなら、ジェシカのお小言を聞いている方がマシだった。

ハーヴィーはもう一度大きな溜息をつくと、ゲストルームから出て、綺麗なグラスにスコッチを注いだ。自分と、マイクの分と。

to be continued