マイクが帰宅したとき、ハーヴィーはまだ帰って来ていなかった。面倒な案件を抱えていると言っていたから、きっと仕事がなかなか終わらないのだろう。最近、ちょっとすれ違いな続いているな・・・とは思いながらも、マイクはさっさとシャワーを浴びてしまうことにした。
1日の汗を流してさっぱりすると、ボクサーパンツを履き、ハーヴィーのコットン・セーターを着た。本当はスウェットも履きたかったが、それをするとハーヴィーのご機嫌が速攻で悪くなる。夜、家にいるときは足を出しとけ、という主張らしい。突然の来客でもあったらどうるるんだよ、と思いながらも、そんなハーヴィーの要求には応える、甘いマイクだった。
冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出し飲んでいると、そこへハーヴィーが帰って来た。
「おかえり」
「ああ」
「今日も遅いね。なかなか片付かない案件なんだ」
「優秀なアソシエイトがいなくなったからな」
「それは言わないでよ」
守秘義務があるから、ハーヴィーもマイクも、お互いに仕事の話はしない。難しい。面倒。大変。そんな言葉の断片だけで、互いを思いやる。
ハーヴィーはジャケット脱ぎソファの背もたれにかけると、さらにその上に引き抜いたタイを放り投げた。
「皺になっちゃうよ?」
「いい。どうせ、クリーニングに出す」
「・・・じゃあ、お酒でも飲む?それともシャワーを浴びてさっさと寝る?」
そんなことを言うマイクにハーヴィーは両手を差し出す。「おいで」、あるいは「こっちに来い」という両手。マイクは一瞬だけ迷ったが、ペタペタとハーヴィーに近づいた。自分の両膝を大きく割り、ハーヴィーの膝を跨ぐようにして座った。すぐに、大きな手で背中を引き寄せられる。マイクの顎がハーヴィーの肩に乗り、鼻先がその首筋に触れた。
「いい匂いがするな」
「何言ってんの。貴方が使ってるのと同じ、シャンプーとボディソープだよ?」
「まるで違うように感じる」
「えー。ちゃんと洗ったからねー」
「そういうことを言ってるんじゃない。君だけの匂いがする」
「・・・そういう貴方もいい匂い。・・・朝つけたコロンは・・・もう、シトラスはほとんど飛んじゃてるね。でも、ムスクが残ってる。それが・・・働く男の汗に匂いと混ざってて・・・なんか、いい感じ。僕の好きな匂いだよ。・・・そうだね・・・言うなれば、セクシー?」
「誘ってるのか?」
「違うよ!もうっ!・・・貴方は疲れているんだから、さっさとシャワーを浴びて、寝なよ。明日になったら、いい考えが浮かぶかもよ?」
そう言いながらも、マイクは鼻先をハーヴィーの首筋に軽く擦りつけた。
「貴方が、シトラスだけじゃなく、ムスクも愛用してるのがわかった気がする」
「ん?」
「このセクシーな香りで、たくさんの女の人が心をやられちゃうんだね」
「現在形で言うな。今は、マイク・ロス専門だ」
「だと、いいけど」
「なんだ。君は疲れた俺を苛めるつもりか?」
「だって、貴方みたいな素敵な人が、僕だけを構うって、時々信じていいのか不安になるんだよ。本当はこれはリアルなんかじゃなくて、ずっと続いている夢なのかなって・・・さ」
「・・・マイク。まさか、ゲストルームの荷解きをしないのは、いつでも出ていけるようにしてるとか言うんじゃないだろうな」
「えっ・・・えっと・・・」
「・・・・・・マイク?」
「そ・・・そんなことを・・・ないよ」
「今抱えている仕事が終わったら、速攻で休みを取って、俺が全部、荷解きしてやるからな」
「うわっ・・・やめてよ!大丈夫だよ!出て行かないってば!・・・行くところもないし・・・。ちゃんとハーヴィーの傍にいるよ。本当だから、信じて。貴方に捨てられない限り、ちゃんと、ここにいるってば」
「誰が捨てるか。全く、君は碌なことを考えないな!」
「・・・怒った?」
「・・・疲れが倍増した」
「やっぱり、早くシャワーを浴びてよ」
マイクがハーヴィーから体を離そうとするのを、ハーヴィーは阻止した。
「君がキスをしてくれたら、疲れが飛びそうだ」
「・・・何、それ」
ハーヴィーの右手がマイクの顎を捉え、そのスカイ・ブルーの瞳を凝視する。深いブラウンの瞳に見つめられて、居心地が悪くなるが、顎を固定されているので逃げることもできない。一瞬、目を泳がせたが、マイクはスッと触れるだけのキスをした。
「それだけか?まるで幼稚園児じゃないか」
「だって・・・貴方、疲れているんだし・・・」
「大人のキスじゃないと、疲れが取れない。嗚呼・・・このままじゃ、明日の仕事に差し支えそうだ」
「うっ・・・」
わざと切ない声色を使うハーヴィーにマイクが逡巡する。けれども、結局は愛する男の言うなりになるしかない。心の奥底では、マイクもそれを望んでいる。
「・・・わかったよ」
マイクが両手で、優しくハーヴィーの頰に触れる。そして、先刻よりも深く、口付ける。唇の隙間から舌を差し込み、ハーヴィーの少し厚ぼったい舌に自分のものを絡める。けれども、だからといって、ハーヴィーは反応することもなく、ただ、マイクに任せる。いつもなら、マイクの方がハーヴィーに翻弄されて、キスだけで息が上がってしまうのに、今は自分に主導権を握らされている。いつもハーヴィーはどうしていたっけ・・・と頭の隅で思い起こしながら、一生懸命舌を動かす。そして、やっぱり自分とハーヴィーでは、実力が違うんだなぁ・・・とも思う。そんなことを考えながら、マイクはふと、無意識に、舌でハーヴィーの上顎の裏をスッと舐めた。その瞬間、マイクに触れていたハーヴィーの指が反応した。そして、ハーヴィーの方からも、より深いキスを仕掛けてくる。
「ん・・・んくっ・・・」
あっさりとキスの主導権がハーヴィーの奪われる。首の後ろを押さえられ、深く深く、貪られる。
あまりにも心地の良い苦しさに、マイクは指先でハーヴィーのシャツを握りしめる。
わずかに離れた唇の隙間から、ハーヴィーが言う。
「しっかり掴まってろ」
ハーヴィーはマイクの太腿裏に手を移動し、その体を持ち上げた。慌ててマイクが両足をハーヴィーの腰に絡め、腕もその首に回す。ハーヴィーはそのままベッドルームへマイクを運び、シーツの上に静かに落とした。
「キっ・・・キスだけじゃ、なかったの?」
「そんなわけあるか」
傍若無人な恋人は、不敵に口角に笑みを浮かべると、マイクの体にのしかかった。手際よく、セーターとボクサーパンツを取り払う。そして、視線でマイクを押さえつけながら、自分も衣服を脱いだ。
マイクに顔を近づけ、下唇を親指でなぞる。マイクの好きな行為だ。
「すぐに、君の中に入りたい。・・・いいか?」
直接的な物言いに、マイクの顔が赤くなる。けれども、『時間をかけさせてハーヴィーを疲れさせるのもな・・・』などと可愛いことを考えながら、コクリと頷いた。
『すぐに』とは言いながらも、とろりとしたローションを指にたっぷりと絡ませて、ハーヴィーはゆっくりと指をマイクの後孔に潜り込ませた。マイクの表情を確認しながら、深く、浅く、指を動かして解す。マイクの眉根が緩んだところを見計らって、指の数を増やした。
「は・・・あ・・・ん・・・ハ・・・ハー・・・ヴィー・・・いいよ・・・もう・・・大丈夫だよ・・・来て・・・よ・・・入れてよ・・・」
マイクがハーヴィーを気遣い、そんなことを言う。いつもなら、もっと時間をかけて、解してもらうが、ハーヴィーの『すぐに中に入りたい』という要求に応えたい。ハーヴィーがそんなことを言うのも珍しいからだ。
「いいか?辛かったり、苦しかったしたら言えよ?」
マイクは返事の代わりに頷いた。それを合図に、ハーヴィーはマイクの両足を抱え上げた。切っ先を確実に後穴に当てて、ぐっと体を押し進める。ただし、ゆっくりと慎重に。マイクを欲しいと思うが、決して彼に酷いことをしたいわけではない。
「んっ・・・く・・・う・・・」
いつもより解したりないマイクの中は狭く、受け入れるマイクの眉も顰められる。けれども、マイクは体を逃すことはしなかった。それどころか、両腕をハーヴィーの背中に回し、その体を自分に近づかせようとする。
「だ・・・大丈夫だからっ・・・大・・丈夫・・・だから・・・っ」
必死な声で訴えるマイクの声を聞きながら、ハーヴィーは全てをマイクの中に収めた。根元まで埋め込むと、動かずに、じっとマイクの表情を観察する。
小さな吐息。軽く上下する胸。
ゆっくりとスカイ・ブルーの瞳がハーヴィーを捉える。
「・・・ハー・・・ヴィ?」
「・・・動くぞ」
「・・・いちいち、言わないでよ。恥ずかしいし。・・・僕、女の子じゃないから、少々手荒に扱っても壊れないよ?」
「馬鹿なこと言うな。傷つけたいわけじゃない」
「ありがと。優しいね」
ふわりと笑うと、マイクは両腕に力を込めた。指での背で、マイクの頰を一撫ですると、ハーヴィーはゆっくりと律動を始めた。
動きに慣れたマイクの内部が、ハーヴィーに絡みつく。マイクの喘ぎ声にも苦しさはなく、その甘い声は快感を享受しているかのようだった。そろそろと自分自身に伸びるマイクの手を遮り、シーツに縫い止める。マイクの瞳が切なげに揺れる。
「少し、我慢しろ」
角度を変えて、ハーヴィーはマイクを責めた。いつもなら、指で刺激してやる場所を、突いてやる。難度も。何度も。擦るように。抉るように。
「やっ・・・あ・・・そこ・・・やっ・・・」
「嫌じゃないだろ?」
「だって・・・そこ・・・なんか・・・変・・・変な感じっ・・・ああっん」
「変じゃないくて、気持ちいい・・・だろ?」
マイクが首を左右に振る。その顔は、ほんのり赤く上気していた。元が色白だから、その朱がとても目立つ。
「や・・・だ・・・や・・・イく・・・イっちゃう・・・やぁ・・だ・・・ハーヴィー」
その言葉に満足しつつ、ハーヴィーは腰の動きを速める。自分も絶頂が近い。しかし、たぶん、マイクの方が先に達するだろう。前を触られることなく。
果たして、その通りになった。極め付けに、力強くマイクの感じる場所を擦り上げた瞬間、マイクは嬌声あげて、腰を跳ね上げて、吐精した。その直後に、ハーヴィーも白濁をマイクの中に放つ。
弛緩したマイクの体が、シーツの上に落ちた。
「あ・・・は・・・」
ハーヴィーはマイクの頰を両手て挟み、親指で唇をなぞった後、口の中に指の先端だけを差し込んだ。マイクは無意識にそれをペロリと舐める。
「いい子だ。後ろだけでイけたな」
「な・・・なんか・・・変な感覚・・・」
「足りないか?」
「・・・ううん。違う・・・そうじゃなくて・・・すごく・・・」
「すごく?」
「・・・良かったかも・・・。男って・・・触んないと、イけないと思ってた」
「新境地だな。・・・起き上がれるか?」
「・・・ん・・・ちょっと、まだ無理かも」
「そうか。じゃ、寝てろ。シャワーを浴びてくる」
「うん」
ハーヴィーの後に、自分もシャワーを浴びて体を綺麗にしようと思う。自分が放ったもので、腹が汚れている。そう思いながら、いつの間にか、マイクは寝入ってしまった。
「ん?」
スマホのアラームで目が覚めた。
「あ・・・シャワー・・・」
と思って、体を確かめるが、綺麗になっている。きっとハーヴィーが後始末をしてくれたのだろう。アラームを止めて時間を確認すると、いつもの起床時刻だった。ベッドの隣にハーヴィーはいない。
「・・・もう、仕事に行っちゃったのかな・・・忙しいって言ってたし・・・」
そう呟きながら、ベッドから降りようとすると、ドアの開く音が聞こえた。足音がまっすぐ、このベッドルームに向かっている。
「起きたか」
ハーヴィーだった。スーツ姿ではなく、トレーニング・ウェア姿だった」
「え?仕事に行ったんじゃないの?」
「セントラルパークを走って来た」
「げ・・・元気だねぇ・・・あ、ありがと、ハーヴィー。僕、あのまま寝ちゃって・・・」
「気にするな。それよりも礼を言うのはこっちの方だ」
「何の話?」
「君を抱いた後、妙案が浮かんだ。それを効果的に使うにはどうしたらいいか、それを考えながら走って来た。やはり適度な運動はいいな」
「運動って・・・」
「セックスとランニング。もちろん、メインの運動はセックスだがな。やはり、マイクをチャージすると思考が冴えるらしい。さあ、マイク、仕事だ。シャワーを浴びるぞ」
「ああ、うん。って・・・え?え?え?えええええ?ちょっと!!!ハーヴィー!!」
ハーヴィーに腕を掴まれてベッドから引きずり出される。
「まさか!一緒に浴びるわけじゃないよね!?」
「その、まさか、だ。さすが、君は聡いな。ああ、心配するな。今日はちゃんと前も触ってやる」
「いっ・・・いらないよっ!!」
「遠慮するな。君のおかげで仕事がうまくいきそうなんだ。その礼だ。遠慮なく受け取れ」
「イヤーーーーー!!」
そんなマイクの悲鳴は虚しく、ペントハウスに響わたるのみだった。
END