深い眠りから、静かに引き起こされるようにして、マイクは自然に目がさめた。部屋が明るい。
『ああ、ここはハーヴィーの部屋だったっけ』
と思いながら、隣を見るが、ハーヴィーの姿はなかった。そして、昨夜、セックスをしなかったことを思い出す。どうやら眠りに落ちてしまった自分を、ハーヴィーはそのまま寝かせてくれたらしい。珍しいこともあるものだ、と思いながら時計を見ると、9:00を過ぎていた。
「うわっ!寝坊!遅刻じゃん!」
マイクは慌ててベッドを出ると、リビングに行った。ソファでハーヴィーがコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。しかも、スーツ姿ではない。シャツにせーたーというラフな格好だ。
「え?・・・ええ?ちょっと待って。ハーヴィー!今日って仕事、休みだった!?」
「いや。普通に平日だ」
「仕事は!?」
「休みを取った」
「貴方はそれでいいかもしれないけど、僕は完全に遅刻だよ!うわー!最低!起こしてよ!」
「君も休みだ。俺が申請して、俺が許可した。俺は君の上司だから、それぐらいできる」
「へ?」
「顔を洗って、着替えろ。出かけるぞ」
「出かけるって・・・何処?」
「いいから」
ハーヴィーは新聞から目を離さずに、バスルームを指差した。
これ以上は何を尋ねても無駄だな、とマイクは悟り、素直に顔を洗うことにした。
「鉄道?うわー、久しぶりに乗るよ」
ハーヴィーに切符と紙袋を渡される。
「何?」
「朝食のベーグルサンドとコーヒー。朝、急かしたからな」
「ありがとう。ちょうどお腹が空いたところ!」
汽車に乗り込み座席を確保すると、ハーヴィーは部屋で読んでいたのとは別の新聞を広げ読み始めた。マイクはベーグルサンドを囓りながら、窓から見える景色を眺める。
新聞を読み終わったハーヴィーが座席の空いたところにそれを置いて、マイクに話しかける。
「結構時間がかかる。寝てていいぞ」
「あんまり眠くもないけど・・・遠いの?」
「そうだな・・・あと3時間はかかる」
「ふうん」
「行き先を聞かない、いい子だな」
「教える気があるなら、朝の段階で教えてくれてるでしょ?」
「そういう賢い仔犬は大好きだ」
ふっと笑うと、ハーヴィーも窓からの眺めに目を向けた。その目が、仕事のときとは違う、優しいものになっていることにマイクは気づいた。初めて見る表情かもしれない。そう思った。
「マイク。起きろ、着いたぞ」
眠くない、とは言いながらも、どうやら眠っていたらしい。きっと汽車の振動のせいだろう。あのリズムは眠気を誘う。
「何処?ここ・・・」
「ユーティカ」
「初めてきた。っていうか、僕、ニューヨークから出たことないし」
「旅行は?」
「両親が死ぬ前にしたことあるかもしれないけど・・・ばあちゃんとはないなぁ」
「・・・悪いことを聞いた」
「ううん。別に。気にしないでよ」
「駅から少し歩く。大丈か?」
「大丈夫。ずっと座りっぱなしだったから、逆に助かるかも」
そう言って、マイクはハーヴィーに付いて歩き出した。
高層ビルひとつない、田舎の風景。それがマイクには新鮮だった。
途中、酒屋に寄り、ハーヴィーがスコッチを買う。小さなグラスも3つ買った。
そして、さらに歩く。マイクも敢えて行き先は聞かない。酒を買った理由も聞かない。ただ、ハーヴィーに付いていけばそれでいい。
ハーヴィーが立ち止まった。
緑色のフェンスで囲まれた敷地。
「え?・・・ここ・・・墓地?」
「こっちだ」
ハーヴィーがマイクを促す。しばらく歩いて、ようやくハーヴィーが一つの暮石の前で立ち止まった。
『ゴードン・スペクター』
ハーヴィーはグラスを一つ、暮石の上に置き、スコッチを注いだ。そしてマイクに私たグラスと自分のグラスにも。
「この人って・・・」
「俺の親父だ」
「じゃあ、ユーティカって・・・」
「まあ、俺の生まれ故郷だな」
「知らなかった」
「言ってないからな」
「でも、どうして今日はここに?」
ハーヴィーは答えず、グラスをあげてニヤリと笑った。そして墓石に向かって話しかける。
「こいつはマイク・ロス。俺の優秀な部下で、俺が認めた男だ。そして、俺の大事な恋人だ」
マイクの心臓が跳ね上がる。
「ちょ・・・ちょっと、ハーヴィー!」
「生きてるうちに紹介できると良かったんだがな。許してくれ」
それは父親への言葉なのか、それともマイクへの言葉なのか。
「ハーヴィー。そういうことは先に言ってよ!だったらミッシェルの格好をしてきたのに!これじゃ、天国のお父さんもびっくりだよ!」
「・・・俺の恋人はミッシェルじゃない。マイク・ロスだ。違ったか?」
「・・・いや・・・でも・・・その・・・」
マイクが焦っていると、ハーヴィーの手が伸びて、マイクの首の後ろに手を当て、引き寄せた。そして、深くキスをする。ややしばらく、マイクの唇を楽しんだ後、ようやくハーヴィーはマイクを解放した。
「付き合ってると言ったのも、結婚を考えていると言ったのも、結構本心だったんだがな」
「あ、あれは、僕がミッシェルの格好をしてて、相手がライオネルだったから・・・」
「しかし、中身はマイク・ロスだ。そのくらい、ちゃんと認識してる。それに、ニューヨークは同性婚可能だぞ?」
「そ・・・その気持ちだけで十分だから!」
マイクの慌てっぷりにハーヴィーが苦笑する。
「なんだ。もっと喜ぶかと思った」
「・・・嬉しいよ。でも、一番、嬉しいの胃は・・・貴方が僕のことを父親に紹介してくれたってことだよ。しかも、マイク・ロスとして」
「昨夜もマイク・ロスとしてタキシード姿で現れたら良かったのに」
「それでも同じセリフを言った?」
「言ったとも」
「怖いもの知らずだね」
「怖いものがないんだ。あるとしたら・・・君を失うことぐらいだろう」
そう言って、ハーヴィーは笑った。マイクは恥ずかしくて、俯くしかなかった。
「今夜はここに泊まるぞ」
「え?墓地に?」
「馬鹿。モーテルだ」
おそらく自分のアパートよりも酷いベッドのスプリングだったが、ハーヴィーに抱かれることで、そんなことは全く気にならなかった。正確言うと、気にする間もないくらい、ハーヴィーに翻弄された。ミシミシと音を立てるスプリングに合わせて、マイクの体も揺らされる。思わず出てしまった声。その唇をハーヴィーが指で押さえる。
「そんな可愛い声を隣の部屋の奴に聞かせることもないだろう」
「あ・・・ん・・・だっ・・・だったら、加減してよっ!・・・んくっ・・・」
「それは無理だな。昨夜我慢した分、こっちは止まらない」
そう言って、自分の楔をマイクの再奥に打ち込む。
「はっ・・・んっ・・・・」
「昨日は・・・抱かれたくなかったんだろう?」
「・・・バレてた?」
「そのくらい、表情を見ればわかる。その理由もな」
「・・ふっ・・・ん・・・何でも・・・お見通しってわけ・・・」
「今夜は、容赦しないからな。覚悟しとけ」
「ん・・・いいよ・・・もう・・・嬉しくて、何でも・・・許せそ・・・」
「いい子だ」
トロンとした表情のマイクは、あのミッシェルよりも、綺麗だと思う。自分が愛した人間だから、それは当然のことなのだろう。愛しているから、マイクをこの土地に連れてきたかった。そして、父親に紹介したいと思った。昨夜のマイクの悲しげな表情を見てそう思った。
「マイク・・・」
「ん?・・・何?」
「愛してる」
マイクが嬉しそうにふわりと笑う。そして、
「僕もだよ。ハーヴィー。愛してる」
そう言って、両腕をハーヴィーに絡め、もっと欲しいと全身で強請った。
キスを。もっと深いキスを。繋がりを。もっと深い繋がりを。
そして、マイクは、体だけではない、深い幸せを心で感じていた。
END