polyamory

マーヴェリックが朝のワークアウトから家に戻ると、いつもの風景が目に入る。アイスマンはソファでコーヒーを飲みながら新聞を読み、サイクロンがキッチンで朝食を作っている。一緒に暮らすに当たっての役割分担は、かっちりと決めてはおらず、何となくそれぞれがそれぞれの得意分野でこなしている。食事に関して言えば、アイスマンは家事能力=0。マーヴェリックはそんな僚機のせいで必要最低限のことはできるようになった。しかし、ダントツにサイクロンが一番だった。初めてサイクロンが夕食を作って振る舞った時、アイスマンとマーヴェリックは顔を合わせて頷き合った。そして、アイスマンに「食事係に任命」と言われて現在に至る。深く敬愛する上司の言うことには、基本的に首肯するし、嫌いなことではないので、まあ、それでいいと思っている。そんなわけで、今朝もサイクロンの作った朝食がテーブルに並べられる。

「んー。今朝もいい匂い。シャワー、浴びてくるよ」

2階に上がろうとするマーヴェリックをアイスマンは止めた。

「マーヴェリック。シャワーは朝食の後に」

「何で?」

「食事の後で、サイクロンにグルーミングしてもらえ」

「グルーミングって、僕は猫かよ」

「いや。可愛い狼だな」

「んー・・・?ちょっと、待て。どうして僕はグルーミングしてもらわないといけないんだ?」

小首を傾げるマーヴェリックにアイスマンは小さな溜息をついた。そして「サイクロン」と声をかける。

「マーヴェリック。今日は上院議員主催の祝賀会だ。すでにスケジュールは伝えているはずだが?ウォーロックから聞いていないとは言わせないぞ」

グリーンサラダとドレッシングをテーブルの上で和えながらサイクロンが本日の予定を伝える。

「あー・・・んー・・・何か聞いたような気もするーけど・・・それ、僕も行かなくちゃいけないのか?アイスとボーが行くなら、僕ごときが行かなくたって・・・」

ぶつぶつとパーティー嫌いのマーヴェリックが文句をブウ垂れる。

「俺だって、行きたくない。だからお前を連れて行くんだ。お前が傍にいれば、まあ気が紛れる」

「そういう理由で僕を使うなってば」

サイクロンがマーヴェリックの腰に手を当てて、ダイニングテーブルに誘う。

アイスマンは新聞を置き、立ち上がる。そして、マーヴェリックを挟むようにして、サイクロンの反対側に立ち問いかける。

「お前は、どう思う?中将殿」

マーヴェリックは助けを求めるようにサイクロンを見上げる。けれども。

「本来であれば、貴方は既に将官になってもおかしくない。それが大佐止まりとあれば、周囲の人間は貴方を見下す。そうすれば、貴方だって空を飛びにくくなるはずだ。しかし、貴方に閣下や私の後ろ盾があると知らしめれば、ずっと周りを御しやすくなる」

「つまり、お前のため、ということだ。観念しろ」

「・・・わかった」

マーヴェリックは口を小さく尖らせると、オレンジジュースのグラスに手を伸ばした。

***

役割分担といえば、マーヴェリックのワードローブのほとんどは、アイスマンの管理下にある。その代わり、マーヴェリックの身体を磨き上げるのはサイクロンの役目になった。

ポイポイとワークアウト用のウェアを脱いで、マーヴェリックはサイクロンとバスルームへ向かう。ウォーキング・クローゼットにいるアイスマンに声をかける。

「アイスは?来ないの?」

「サイクロンに磨いてもらえ」

「・・・僕は行きたくもないパーティーに行くんだけど?」

小さな我儘。ご褒美の前払い要求。

「わかった。ドレスブルーを出したら、すぐに行く」

「早く来て」

バスルームではサイクロンが、いつもより多いアイテムを洗面台の上に並べていた。

「何で、ボーは脱いでないの?」

「貴方を磨くだけなので」

「・・・二人ともっ!僕はイヤイヤながらもパーティーに行くんだけど!?」

「僚機は朝から盛っているらしい」

そう言いながら、後からバスルームに入ってきたアイスマンが背後から裸のマーヴェリックを腕の中に収める。そして鏡越しにマーヴェリックと視線を合わせる。

「どうする?サイクロン?」

アイスマンは綺麗な笑みを浮かべて部下に問いかける。

「そうですね。・・・時間が有限にあるわけではないので、同時進行で・・・というのはいかがですか?」

「そうするか」

その言葉を聞いて、マーヴェリックの満足気な笑みが、鏡に映った。

***

サイクロンがマーヴェリックの髪を洗い、トリートメント塗布している最中に、アイスマンが僚機のアナルを指で解す。マーヴェリックは自分の髪をメンテナンスするサイクロンにしがみつきながら、小さな声を漏らす。漏らしながら、勃ち上がったモノをサイクロンの太腿になすり付ける。

「んっ・・・んっ・・・んぅ・・・」

「流すから、そのまま目を瞑って」

温かい無数の水滴が降ってくる。高めに設定された水圧が心地良い。サイクロンの指が、ブルネットを後ろに流すように動く。マーヴェリックは少し顎を上げると、口唇を求めた。それはすぐに与えられる。サイクロンが手探りで泡立てたボディソープがマーヴェリックの肌を撫でる。耳の後ろや首、鎖骨。好きなところを指で辿ってもらえるのがいい。背中にアイスマンの唇が這う。アナルの中の指がいつの間にか増やされている。けれども、そろそろ本物が欲しい。

「はっ・・・あ・・・アイスぅ・・・」

サイクロンと重ねている口唇の隙間から僚機の名を呼ぶ。名前を呼ばれた片割れは笑い、部下に視線を送る。それを受けてサイクロンはマーヴェリックの身体を太い両腕で固定し、安定させる。マーヴェリックは自然に腰を後ろに突き出した。アイスマンは尻を割り、切先を捩じ込んだ。

「ひゃ・・・あんっ・・・」

腰を大きな手で固定し、逃がさない。マーヴェリックは目の前のサイクロンの身体に縋ろうと指先を動かした。その手首をサイクロンが掴み、それから脇下に腕を入れて抱き止める。

「あ・・・ああ・・・」

マーヴェリックを犯しているのはアイスマンだが、その溶けた顔を見るのがサイクロンであるということが、何処か倒錯的だった。サイクロンは親指の腹で、マーヴェリックの下唇を撫でる。幾度かの往復の後、マーヴェリックは、その指を喰んだ。そして、クチュクチュとしゃぶる。水音の隙間から、喘ぐ声が漏れる。サイクロンは僅かに突き出されたマーヴェリックの舌を弄ぶ。マーヴェリックの背後からアイスマンが腕でウエストを掬い上げた。挿入が深くなる。

「は・・・ぐっ・・・ぅん・・・ああ・・・あんっ・・・」

高身長の僚機にウエストを掬い上げられて、バスルームの床から足が軽く離れる。身体が宙に浮く。バランスを崩さないでいられるのは、サイクロンのおかげだった。

「あ・・・ふか・・・ぁい・・・んっ・・」

縋る男が目の前にいる。マーヴェリックはその太い首に指を這わせる。口から赤い下をチラチラと覗かせる。年下の上司は口角を上げると、顔を近づけて狼の口唇と口腔を貪った。

「マーヴェリック、イクぞ?」

「んっ・・・うんっ・・・僕もっ・・・」

サイクロンと重ねた口の隙間から応える。サイクロンはもう一度深く口唇を捉えながら、マーヴェリックの下肢に大きな手を這わせる。太腿から脚の付け根。そして、犯されて昂っている果実。前と後ろからの刺激。

「ひゃっ・・・あっ・・・あっ・・・あっ・・・ああああああああーーーーーーっ!・・・」

バスルームに嬌声が響く。

「良い子だ」

アイスマンが身体をぶるりと震わせながら、マーヴェリックの耳に言葉を吹き入れる。

「んんっ・・・やっ・・・また・・・イっちゃう・・・」

そんな声を聞きながら、アイスマンはずるりと凶器を抜くと、マーヴェリックの身体を床に降ろした。崩れそうになる小柄な身体は、前後から支えられる。

「マーヴェリック。もう一度、身体を洗うから」

サイクロンがボディソープを取ろうとした手をマーヴェリックが止める。

「ボーが、まだ僕の中に入ってない」

下から睨め付けるようで、それでいて目尻を赤くした瞳が妖艶にサイクロンを見上げる。軽く眇められた目が、挑戦的で、まるで空にいるかのようだった。

「これから、出かけると言うのに?」

「僕に挿れてくれないなら、僕は面倒くさいパーティーになんか行かない。ベッドに戻って、一日中ブランケットの中から出ないよ?」

どういう脅しだ。と思いながら、部下の肩越しに上司を見る。氷の上司はニヤニヤと笑っている。サイクロンは盛大に溜息をついた。

「マーヴェリック。サイクロンの首に腕を回せ。そしてしっかりと掴まってろ」

アイスマンが僚機の耳元で囁く。そして、言う通りにしたのを確かめてから、小柄な身体の両膝裏に手を入れ、脚を開かせながら持ち上げた。アイスマンの放った液体が胎内から溢れ出る。至近距離にまで近づいたサイクロンに口付ける。そして、「ちょうだい」と小さな声でねだった。上司と部下から受ける圧力に、サイクロンは折れた。マーヴェリックの腰に手を巻きつけて、真下から切先を当てる。そこは既に「はくはく」と開いていて、先端を難なく迎え入れる。先ほどまでアイスマンを受け入れていたから、侵入は容易い。マーヴェリックは、小さく息を吐きながら、その質量を楽しむ。僚機と年下の上司が与えてくれる喜びはそれぞれが違う。それを二人に伝えたことはないけれども。そんなことは自分の中にだけ仕舞っておけばいい。

「ん・・・・ん・・・」

もっと深く犯して欲しいが、アイスマンに抱えられているので、自分では動きようがない。もどかしさを感じる。サイクロンが突き上げてくれたら・・・と思う。が、それもない。

「う・・・ん・・・んー・・・」

苦しいわけではなく、決定的な快感を与えられないもどかしさで眉間に浅い皺が寄る。マーヴェリックはサイクロンの首筋に額を擦り付けた。そんな僚機の様子を見て、アイスマンは太腿裏を抱えている手の力を少し抜いた。狼の身体が落ちる。合わせてサイクロンが下から突き上げる。

「ひっ・・・あっ・・・ああっ・・・んっあっ!・・・お・・・く・・・んっ・・・」

最奥の入り口近くまで入り込む。マーヴェリックはサイクロンの首にしがみ付いた。そんな僚機の身体を持ち上げては落とすことを繰り返す。それに合わせてサイクロンも動く。

「ぐっ・・・ん・・・んぅ・・・あっ・・・はっ・・・」

「気持ちいいか?マーヴェリック」

アイスマンが耳に声を吹き込む。マーヴェリックはこくこくと小さく頷く。その反応に満足気に笑うと、その笑みをサイクロンに向けた。その表情を見て、「いいんですか?」と視線を返す。それには答えず、アイスマンは殊更にマーヴェリックの身体を持ち上げた。そして、一気に落とす。サイクロンの鋒は、ぐぷっと結腸口を通り抜ける。

「あ”っ・・・がっ・・・ぐ・・・」

息が詰まる。けれども、脳天を突くような快感が背中を走る。内側から圧迫されて、下腹が疼く。無理。イく。壊れる。熱を吐き出したい。

「はっ・・・あ・・・あ・・・ああ・・・」

サイクロンから突き上げられ、アイスマンには身体を揺らされる。臨界点。限界。飛ぶ。意識が朦朧とする。熱い。熱い。熱い。

「あ・・・ああっ・・・イ・・・イきたい・・・イく・・や・・・あ・・・ああああああああっーーーーっ」

胎内で何かが弾ける。分かってる。自分の胎内で、僚機と年下の上司の液が混ざる。

「や・・・あ・・・」

指から力が抜け、するりと手がサイクロンから離れる。後ろに倒れそうになるが、アイスマンの身体で支えられる。サイクロンが自分の中から抜けるのを感じる。

「んっ・・・」

ぞわりと身体に快感が走る。と、同時に喪失感。脚が下ろされて、爪先が床につく。けれども、力が入らないのでそのまま崩れ落ちそうになる。けれども前後から支えられて、そうはならない。

「マーヴェリック。掻き出すから、サイクロンにしがみついてろ」

「ん・・・」

気怠く、身体をサイクロンに寄せる。尻を軽く突き出すと、アイスマンの指が入ってくる。けれども、良い意味で官能は引き出さない。冷静な動きだった。不思議だな、と思う。挿入前に解す指と、体液を掻き出す指は同じはずなのに、その指が持つ熱は全く違う。優しく身体の中を撫でられているような感じがする。

つぷんっと指が抜かれる。そして、体液が流れ出る感覚。

「後はサイクロンにケアしてもらえ」

そう言うと、アイスマンはマーヴェリックの身体を部下に預け、シャワーを簡単に浴びる。

「アイス・・・」

「ん?」

「キス」

アイスマンは笑うと、マーヴェリックに軽くキスを与える。マーヴェリックはにこりと笑う。大きな手が、マーヴェリックの頭を撫でる。そして、アイスマンはバスルームを出た。それを見送ると、サイクロンはマーヴェリックの身体をシャワーの湯で流した。そして、抱えて洗面台に座らせる。

「んー・・・・ん?」

マーヴェリックが首を傾げる。

「貴方はそのままで」

そう言うと、サイクロンは、ボーッとしたマーヴェリックの肌のケアを始めたのだった。

***

大体において、こういうパーティーでは、アイスマンもサイクロンも、上位の招待客に捕まるのが常だ。最初は三人でいたものの、いつしか二人は他の客たちに捕まっている。自分も色々と尋ねられたりはしたが、基本的に話すのが苦手なので、会話は盛り上がらない。最後は、場を誤魔化すように微笑んで、相手から逃げる。そんなことを繰り返していたら、いつしか身体はバンケットルームから廊下へと移動していた。このまま逃げてもいいんじゃないか、と思う。けれども、お愛想笑いで表情筋が痛いし、喉も乾いた。ラウンジで冷たいコーヒーが飲みたい。確か一階にあったはず、と思いながら、マーヴェリックはエレヴェーターを使って階下に降りた。何かあれば、セルフォンに連絡が来るだろう・・・と思って、マーヴェリックは内ポケットを押さえて、「あ!」となった。そうだ。今日はセルフォンを家に忘れてきたのだ。朝からバスルームで楽しい時間を過ごしたせいで、身支度の時間が自ずと縮小された。僚機と年下の上司が着替えを手伝ってくれたが、セルフォンは迂闊だった。ということは、電子決済が使えない。財布も忘れた。というよりも最近持ち歩いていない。大体の支払いはアイスマンとサイクロンが済ませてしまうのだ。それでも、いつもの服装だったら無意識にポケットに入れるが、普段着なれないドレスブルーだと、うっかり忘れる。

「うー・・・もう、帰ろうかなぁ・・・」

アイスコーヒーを諦めて、再びバンケットルームに戻るのは嫌だった。となれば、帰った方がいい。タクシー代は家の前でちょっと待っててもらって、それから払えばいい。

「・・・そうしよ」

そう決めて、マーヴェリックがホテルのエントランスに向かおうとした時に、後ろから声をかけられた。

「ミッチェル大佐!」

「?」

振り向くと、スーツを着た男が近寄ってきていた。何処かで会ったような気がする。近しい人間以外には全く興味がなく、記憶力を発揮しない頭で検索する。しかし、F14の操縦方法は身体が覚えていても、人間の顔と名前は覚えていなかった。が、ここは愛想笑いである。マーヴェリックは、にこっと、いつもの顔で笑い、小首を傾げた。時折、ルースターに「マーヴ。その顔、絶対にやめて。誤解されるから。ね?」と言われるが、とりあえず、この顔で生きてきたので条件反射である。対人スキルがポンコツなので、アイスマンからも「とりあえず、笑っておけ」と言われている。

「お久しぶりです!」

「えーっと・・・」

笑顔を崩さず、思い出そうとしている演技をする。が、今回は楽勝だった。何故なら、

「パーシヴァルです。貴方が編隊長を務めたチームにいたことが」

相手が名乗ってくれたからである。コールサインは割と覚えることができるマーヴェリックだったので、すぐにピンときた。

「ああ!パーシー?」

「そうです!ドミニク”パーシヴァル”エイディアです」

完全に思い出した。円卓の騎士、パーシヴァル。いつも「パーシー」と呼んでいた。自分も「マーヴ」と略されるので、そのノリである。

パーシヴァルが差し出した手をマーヴェリックは握り返した。再会の握手。

「えっと、君もこのパーティーに?あ、違うか。ドレスブルーじゃないから」

「いえ。パーティー参加者です」

「え?退役した?」

「はい。だから、今日はスーツなんです。大佐は?」

「うん・・・まあ、その・・・パーティーなんだけど・・・」

「・・・ああ。わかりました。バックれるってやつですね?」

「あはは」

「大佐はこういうの苦手ですもんね」

「ちょっとラウンジで休憩しようと思ったら、携帯も財布も忘れてきちゃって」

「それで、帰ってしまえ、と思ったわけですね」

「まあ、そういうこと」

「でも、そんなことをしたら、カザンスキー大将とシンプソン中将に叱られませんか?最初は一緒にいらっしゃいましたよね?」

「ああ、多分。説教はされるかな」

「じゃあ、僕がご馳走するんで、一緒にラウンジに行って休憩しましょう。それから会場に戻るといいですよ」

「いいよ。悪いから」

「いえいえ。貴方はお世話になった上官ですから。もちろん、無理強いはしませんけど。でも、懐かしい昔話でもできたら嬉しいです」

「んー・・・」

マーヴェリックは考えた。ここで抜け出して帰ったら、まず説教は間違いない。慣れてはいるが正直、面倒くさい。それに、冷たい氷と静かな暴風に無限で圧をかけられると居た堪れない。きっと、バンケットルームにさりげなく戻って、アイスマンやサイクロンと一緒に帰った方が無難なのは間違いない。

「じゃあ・・・ちょっと休憩しようかな」

「ぜひ!」

パーシヴァルは嬉しそうに笑った。

そして、エントランス近くのラウンジに腰を落ち着ける。

「酒がいいですか?」

「あ、それはもう十分。アイスコーヒーを飲もうかと思ってて」

「それはいいですね。実はこのラウンジのアイスコーヒーはおすすめです。急冷式ではくて、水出しなんですよ」

「ごめん。違いがわからない。教えてくれる?」

「ああ、すみません。急冷式のアイスコーヒーはポピュラーなものです。濃くドリップしたコーヒーを氷を入れたグラスに注ぐんです」

「ああ。それなら家で作ったことがある。水出しは?」

「多めの粉を不織布のフィルターに入れて水に浸すんです。8時間から12時間くらい。同じ粉でも、まろやかさとコクが出ます。このラウンジは両方のアイスコーヒーを提供してますが、水出しの方は数に限りがあります」

「へぇ・・・じゃあ、あれば水出しがいいかな」

「この時間だから大丈夫だと思います」

そう言うと、パーシヴァルはウェイターを呼び止めて、オーダーする。通ったので、どうやら水出しコーヒーが飲めるらしい。

「急冷式は注文を受けてから作りますから少し時間がかかります。けれども、水出しは冷蔵庫で冷えているので、すぐですよ」

とパーシヴァルが説明してすぐに、先ほどのウェイターが銀盆に背の高いグラスを二つ乗せて持ってきた。ストローを使って、一口含む。

「どうですか?」

「・・・んー・・・そうだな。たぶん、よく飲むアイスコーヒーと違って、深み?があると思う。ごめん。語彙力がなくて」

「そんなことないですよ。基地や空母のコーヒーは酷いですからね」

「あはは。まあ、泥水だね。とりあえず、カフェインが摂取できればいいって感じの」

「そうそう。でも、これは?」

「率直に言って、美味しい」

「それでいいと思います。美味しいものは美味しいでいいんですよ」

「そう言ってもらえると、気が楽だな。・・・で?退役って?君は結構、筋のいいファイター・パイロットだったと思うんだけど」

「光栄です。そうですね。未練がないと言えば嘘になりますが、それ以上に父の会社を大きくするのも面白そうだと。大佐とのミッションが終わって、部隊が解散した後に父が病に伏せりまして。仕事を引き継ぐ血族が僕しかいなかったです。だから、退役の時期がちょっと早まった感じなんですよ」

「じゃあ、元々、長く軍にいるつもりはなかったのかい?」

「すみません。実家の事情で、遅かれ早かれ、退役は決まっていました」

「いや。謝らなくていいよ。誰にだって、事情はある」

「ありがとうございます」

「じゃあ、仕事の方は順調に?」

「はい。父も仕事に復帰はできないまでも、かなり回復しました。来月、結婚するので、まだ生きていてほしいですね」

「へー!おめでとう!婚約者は軍にいた時から?」

「はい」

「じゃあ、パーシーが退役して、喜んだんじゃないか?」

「あ、わかりますか?そうなんですよ。僕が軍にいた時は基本的に遠距離恋愛でしたし、それに生命の危険がある仕事だからって・・・喧嘩ばかりでした。まあ、彼女の心配ゆえなんですけどね」

「そうだね」

マーヴェリックは、ふと、キャロルの言葉を思い出した。「あの子をパイロットにしないで」。心配と愛がないまぜになった母親の言葉だったのだろう。自分だって、あの可愛い子を失いたくはなかった。だから、どんなに疎まれようとも構わなかった。そして、願書を抜いた。とはいえ、結局はパイロットになり、そして困難なミッションを僚機としてこなすことになった。互いに生命を賭けて。自分にしてもブラッドリーにしても、パーシヴァルのような生き方も選べた。けれども、空と飛行機が好きで、結局は軍に自分の身を繋ぎ止めている。そう、自分の意志で。

「大佐が、今も現役で飛んでいること、嬉しく思っています」

パーシヴァルがそんなことを言った。その言葉を素直に受け取る。

「ありがとう」

「貴方は、全ての飛行機乗りの憧れですよ」

「あはは、そうかな?いっつも叱られてるけどね」

その言葉にパーシヴァルも肩を揺らして笑った。

「どうですか?少しは、気分転換になりましたか?」

「なったよ。会場に戻ってもいいかなって気になった」

「その方が、カザンスキー大将もシンプソン中将も安心しますよ。一緒に戻りましょうか」

「そうするよ」

パーシヴァルはテーブル・チェックを済ま背、マーヴェリックをエスコートする。

「もし、ご迷惑でなければ、結婚式に招待したいのですが?」

「いいの?もし、任務で何処かに飛ばされてなかったら、行けるよ」

「じゃあ、僕の結婚式が終わるまで大人しくしていてください」

二人で笑いながら、バンケット・ルームに向かう。歩きながら、マーヴェリックはパーシヴァルの結婚式の話を詳しく尋ねる。人付き合いが苦手なマーヴェリックにとって、過去に作戦で共に戦ったとはいえども、ここまで心を許すのは珍しかった。ましてや、結婚式に参加しようなどとは。けれども、今のマーヴェリックは、僚機か年下の上司のどちらかと一緒に参列してもいいかな・・・などと思っているのだ。本当は3人で休暇を取ることができたらいいのだろうが、流石にそれは無理だろう。

「ピート”マーヴェリック”ミッチェル大佐」

マーヴェリックとパーシヴァルは足を止めた。話に夢中なっているうちに、目の前に既知の人間が立っていたらしい。視線を向けた。先に、パーシヴァルが口を開く。

「・・・ダーヴィン上院議員・・・」

マーヴェリックは、首を傾げた。この男は確かに自分の名前を呼んだ。けれども、自分はこの男を知らない。いや、忘れているか、記憶していないかだけかもしれないが。そして、パーシヴァルは、この男を知ってる。上院議員?

「誰?」

マーヴェリックは小さな声で、パーシヴァルに尋ねた。ただし、不審者を見る目つきを、その上院議員とやらに送りながら。

「元海軍在籍のダーヴィン上院議員です。何かの作戦で一緒になったことは?」

「知らない」

「以前、ある部隊で僕の上官だったことがあります」

「何で、僕のことを知ってるんだ?」

「貴方は有名なので」

二人がこそこそと話しているのが面白くないのか、上院議員は腕組みをしながら、革靴の爪先で床を鳴らしている。

「ご無沙汰しております。ダーヴィン上院議員」

先にパーシヴァルが向き直って挨拶した。

「君は、この大佐と知り合いなのかな?」

「はい。一度、作戦でご一緒させていただいたことがあります」

「それは羨ましいことだ。私は噂は聞けど、なかなか同じ基地に配属なることはなかった。紹介してもらえるかな?パーシヴァル」

「・・・・・・」

パーシヴァルが逡巡したことにマーヴェリックは気づいた。そこで、思う。「あー・・・こいつな、絶対に嫌な奴だったんだな」と。若い頃から嫌なことを言われたりされたりしてきたので、マーヴェリックの「嫌な奴センサー」は高精度だった。嫌な奴なので、パーシヴァルも自分のことを紹介するのをためらっているのだろう。マーヴェリックはパーシヴァルの肩を軽く叩いて、笑った。それから、嫌な奴、もとい上院議員に向き直る。そして、いつもの「その顔」で微笑む。

「はじめまして。ピート”マーヴェリック”ミッチェルです。まあ、貴方は僕のことを知っているみたいだけれども」

「それはもう。貴方は有名人だ。例のプラント爆破の極秘作戦、伺っていますよ」

うわ、もう、これは、絶対に、嫌な奴、決定である。何故、あの極秘ミッションのことを知っているのか。議員という権力を笠に着て、余計なことに首を突っ込んだり、口を挟んだりするタイプだ。そしてそれは大抵の場合、良い結果を生み出さない。

「上院議員、待っている方がいらっしゃるので」

「また、そんな見え透いた嘘を」

パーシヴァルの言葉を嫌な奴が鼻であしらう。

「以前から、ずっと、ミッチェル大佐とは話をしたいと思っていた。・・・どうです?場所を変えて、飲み物でも?」

「議員」

パーシヴァルが止めるのを、嫌な奴が睨みつけた。

「私は元上官だ。少しは敬意を払ってもらいたい。ああ、そうだ。君は近々結婚するとか?それに、君の会社は現在特許の件で暗礁に乗り上げていると聞いたが?」

「それは・・・」

「私はこれでも政治家の端くれだ。船がそのまま転覆するか、はたまた再び航海に出るか・・・影響力はあるんだがね?」

「・・・・・・」

二人のやりとりを聞いて、マーヴェリックは小さく息を吐いた。そして。

「えっと・・・ダーヴィン上院議員?こんな僕でよければ、お酒のお付き合いくらいしますが?あ、でも携帯も財布も忘れてきてしまったので・・・」

「ああ、もちろん。ご馳走させてほしい」

「それなら」

と、マーヴェリックは「その顔」を崩さない。

「部屋を取ってあるので、いかがですか?」

「喜んで」

「マーヴェリック!」

慌てて、パーシヴァルが割ってはいる。けれども、マーヴェリックは笑顔を崩さず、パーシヴァルに告げる。

「伝言を頼まれてくれるかな?『狼は森の中』って」

「え・・・」

「じゃ、頼んだよ?・・さて、ダーヴィン上院議員、行きましょうか?」

マーヴェリックが、そっと議員のスーツの袖に触れる。すっかりと気をよくした男は、無遠慮にマーヴェリックの腰に手のひらを当てた。そして、絨毯ばりの廊下をエスコートし始めたのだった。パーシヴァルは、その後ろ姿を口唇を噛み締めながら睨みつける。それから踵を返して、バンケット・ルームに小走りで向かった。

***

「あんなパーティーのために、わざわざスイートを?」

「せっかくなのでね。好きでなった政治家だが、これもなかなか気苦労が多くてね。たまには息抜きをしたい」

「今日の息抜きの相手は、僕ってことなのかな?」

「まさか。息抜きどころか、本命ですよ。以前から、貴方とお近づきになりたいと思っていた」

「一緒に働いたこともないのに?」

「だからかな。余計に焦がれる」

一応紳士的ではあるが、過去に自分に対して良からぬ想いを抱いてきた男と所詮は同じだな、とマーヴェリックは分析する。さて、どうするか。パーシヴァルに対して、不当な権力の行使をしようとしたことは許せない。マーヴェリックは、ちらりと腕時計を見た。そして、顔を上げると極上の笑みを浮かべながら、ドレスブルーのジャケットのボタンに指を掛けた。視線を議員から外さずに、ジャケットを脱ぐと、それをカウチの上に放った。

「ほう・・・これはこれは」

「違ったかな?」

「いいえ。全然」

「それなら、よかった」

ネクタイも外して放り、シャツのボタンを外しながら議員に近づく。議員の手が伸びてきたが、それをパシンっと払いのける。ボタンを外したシャツをスラックスから引き抜く時に、シャツ・ガーターが外れたが、それはまあ、気にしないことにする。

「触らせてもらえないのは、厳しいな」

マーヴェリックは、挑戦的で蠱惑的な瞳を議員に向けた。そして、シャツを床に落とす。

「っ・・・」

議員が息を呑むのが分かった。

「この身体が何を意味するのか、分かるよね?」

議員の瞳に映るのは、美しい肌の色ではなかった。否、美しいことは美しいのだが、数種類の濃さの鬱血痕や深さがまちまちな噛み跡が、散らばっている。

「僕の身体をここまでにすることができる人間って、どういう立場にあると思う?」

「いや・・・その・・・貴方には、後ろ盾が?」

「あー・・・まあ、そういう言い方もあるね。ある上官は、彼らを僕の守護天使だと言ったから」

議員は小さな噂を記憶の端から呼び起こした。マーヴェリックのトップガン同期。86年の首席であり、彼の僚機。そして、トップスピードで昇進し続けた人間。彼は、僚機を飛ばせるために出世したという噂。まさに、守護天使。そして、最近、その天使が増えたと。

「まさか・・・貴方を守るだけではなく?」

「・・・『氷の男』はなかなか独占欲が強いんだ。『暴風』もなかなか手厳しくてね。過去、僕を守るために、社会的に抹殺された人間ってどのくらいいるのかな?僕には、よく分からないけど。興味ないし」

「その名簿に、そいつの名前を連ねればいいのか?」

突然、議員の背後から冷えた声が聞こえる。慌てて振り向くと、ドレスブルーに身を包んだ美丈夫が二人。

「久しぶりだな、ゲイリー”アキレス”ダーヴィン」

「・・・アイスマン・・・いや、カザンスキー大将」

「で?うちの僚機が脱いでいる理由は?」

「いや・・・こ、これは・・・わ、私では・・・彼が、勝手に・・・」

「ほぅ・・・」

眼鏡の向こうで青い瞳が顰められる。つかつかと、サイクロンが議員の横をすり抜けて、カウチからジャケットとネクタイを回収し、マーヴェリックに後ろから着せかける。今度はそのサイクロンが口を開く番だった。

「私は、飛行技術がカスなアヴィエイターの名前は覚えないようにしてるんだが、君のことは知っている。除隊する時のコールサインは「アキレス」だが、最初のは「タートル」だったかと」

「へぇ」

マーヴェリックがサイクロンの腕の中で、面白そうに笑う。

「ずいぶんな臆病者で、なかなかスピードが出せず、チームから置いてけぼりをくらった。違ったかな?」

「うわぁ・・・。でも、それって亀に失礼だよ」

「確かに。それで?貴方は大丈夫なのか?」

「んー・・・そうだねぇ・・・」

マーヴェリックはチラリと亀議員を見た。自分の返答次第で、この男の将来が決まる。

「わ、私は本当に何もしていない。ただ、酒を・・・そうだ。酒を一緒に誘っただけで・・・彼が勝手に・・・」

「そうなのか?マーヴェリック。大事なことだから、本当のことを言いなさい」

アイスマンに促されて、マーヴェリックは緑色の瞳を眇めた。

「自分の権力を使って、僕の友人に無理をふっかけたんだ」

「お前の友人なら、俺の友人でもあるな。どう思う?サイクロン」

「それならば、私の友人でもありますね。それに、パーシヴァルは私の部下だったこともあります」

「え?そうなの?ボー」

「私が空を降りた直後に、配属された。彼は良いアヴィエイターだ。で?この男はパーシヴァルを脅したのか?」

「そう。僕が言うことを聞かなったら、代わりにパーシーの仕事の邪魔をするってさ」

「最低だな」

「最低でしょ?」

「ち、違うっ!」

ダーヴィンはジリジリと後ずさると、突然、脱兎の如く部屋を駆け出した。スイートルームにドレス・ブルーの三人が残された。

アイスマンは軽く肩を竦めると、マーヴェリックに近付く。

「マーヴェリック。以前にも言っただろう。ハニー・トラップはやめなさい」

「だって。あいつ嫌な奴なんだ」

「まあ、それは分かる。けどな、いつもこんな風に上手くいくとは限らない。昔、俺やスライダーが間に合わなかったことがあっただろう」

「あの時は拳を使った。今も使える」

「アヴィエイターの手は大事にしろ。サイクロン、亀の始末は任せる」

「心得ました」

答えて、マーヴェリックのシャツを床から拾い上げる。

「身なりを整えるぞ」

「ん。あー・・・シャツガーターがスラックスの中で邪魔」

「全く。カザンスキー閣下の仰る通りだ。いつもこんな風に上手くいくとは限らない」

「そお?勝算はあったよ。僕が計算した時間通りに、二人とも来てくれた」

シャツ・ガーターを直すために、マーヴェリックはスラックスのベルトをカチャカチャと外す。サイクロンに身なりを整えてもらいながら、マーヴェリックは言った。

「ねえ、三人でパーシーの結婚式って行けるかな?やっぱり、アイスとボーが同時に休暇ってダメ?」

「いや、善処しよう」

アイスマンは即答する。

「彼には恩義ができたからな」

「やった!」

嬉しそうにマーヴェリックは笑った。

***

そして、3ヶ月後。

素晴らしい明るい太陽の元で、パーシヴァルの結婚式が行われた。軍服ではない盛装をした、海軍のトップと言える三人が祝福し、そして参列者の注目を浴びてしまったことは言うまでもなかった。

後に、マーヴェリックはパーシヴァルに謝った。

「ごめんね。うちの柄の悪い二人が変な目立ち方をしちゃって」

それに対して、パーシヴァルは面白そうに笑った。そして、思ったのだ。大将と中将の柄が悪かったのは、一重に、この美しい黒い狼を守るためなのだなぁ・・・と。

END