Hybrid dog 01

ハーヴィー・スペクターはマイクの憧れであり、目標でもあった。

街一番の敏腕クローザー。彼に認められることを望み、今日も山ほどある書類と格闘する。

どういうわけだか、ルイスに頼まれた仕事もあるが、これも経験だと思って、一緒に処理することにする。

フォトグラフィック・メモリーはマイクの唯一の財産だと、自分では思っている。その能力を生かし、マイクは数多くのデータや判例を頭に叩き込む。それが、いつか必ず、上司の役に立つと信じている。

退勤前に必ず持って来いと言われた書類の束を抱え、マイクはアソシエイト・オフィスを後にした。向かうのは当然、ハーヴィーのところだ。退勤時刻ギリギリでは、ハーヴィーが書類に目を通す時間はなくなる。だから、マイクはきっかり1時間前に書類を完成させ、ハーヴィーのオフィスへと走った。

オフィス前のドナに笑顔を向け、それから軽く叫ぶ。

「ハーヴィー!」

「ボリュームを落とせ。ちゃんと聞こえている」

「あ、ごめんなさい。ちょっと焦っちゃって。時間、まだ大丈夫?」

ハーヴィーはそれには答えず、片手をマイクに差し出した。書類を寄越せ、という合図だ。マイクは時系列になるように、1冊ずつファイルをハーヴィーに渡した。

無言で読み進め、最後のファイルを閉じると、ハーヴィーは立ち上がった。

「ちょうど定時だな。行くか」

「え?これから?クライアントに会うの?アポは?」

「何を言っている。食事だ。マイク、上着と鞄を取って来い」

「僕も一緒?」

「他に誰かいるか?俺には君しか見えないが?」

「いや・・・だって・・・昨日も一緒に晩御飯を食べたよね?」

「イタリアンだったな」

「一昨日も・・・」

「君のおすすめ、トラックワゴンのガーリックシュリンプだったな。たまにはB級グルメも悪くない」

「っていうか・・・ここんとこずっと、一緒に晩御飯を食べてるじゃないですか」

「文句があるのか?」

「それは・・・ないけど」

「だったら、早く帰る準備をして来い。下で待ってる」

そう言って、ハーヴィーはさっさとオフィスを出て行ってしまった。取り残される、マイク。

アソシエイト・オフィスのデスクには、まだルイスの書類が溜まってるなぁとか、どういうつもりで毎晩ハーヴィーが自分と夕食を共にするのかなぁ、とか。そんなことを考えながら天井を仰ぎ見る。

「マイク、早くしないと、ハーヴィーが怒り出すわよ?」

ドナが口角を上げながら、にっこりと笑ってマイクを急かす。

「ああ、ドナ。本当にわけがわからないよ。これって、新手のいじめかな?」

「いいじゃないの。毎晩美味しいものが食べられて。マイクも仕事が忙しくて、お昼も満足に食べてないんでしょ?私が差し入れたベーグルサンド以外に何か食べた?」

「・・・食べてない」

そう答えたら、急に空腹感を感じる。

「ほら。早く行きなさいって。ルイスの書類なんかより、ハーヴィーのお相手が優先よ。ね?」

ドナのウィンクにマイクはようやくを体を動かし始めた。

「まったく。俺を待たせるとは、君も出世したものだな」

「ごめんなさい!」

事務所の一階エントランスで、しばらくハーヴィーを待たせてしまった後、レイの車で来たのはアッパー・イーストにあるレストランだった。

「好き嫌いはなかったな。勝手にオーダーするぞ」

「うん。任せるよ。僕、よくわかんないし」

ハーヴィーはメニューも見ずに、二人分の料理をウェイターに告げる。その口調や動作、全てが様になっている。

グラスに注がれた、薄く色のついたワインを一口飲むと、さっぱりとしていながら深みのある味が口の中に広がった。

「ねえ、ハーヴィー。肉には赤、魚には白っていうけど、さっきオーダーした料理って肉だよね」

「美味い料理には、美味い酒を合わせる。それだけだ。赤も白も関係ない」

「ふうん。そういうもんなんだ」

「魚の方が良かったか?」

「ううん。育ち盛りなんで、肉の方が嬉しいけど」

「その割には、タイ同様、細い体だな」

「標準体重だと思うけど?それに僕、まだ若いんで、太いタイは無理」

「貧弱な体をしていると、クライアントの信用を得られないぞ」

「メタボよりマシでしょ?あ、別にハーヴィーがメタボって言ってるんじゃないからね」

「ふん。俺はちゃんとトレーニングしている」

「ああ、そうだよね。出勤前にジムに行くとかセントラル・パークを走るとか、僕には無理」

「若いくせに、無理ができない奴だな、君は」

「仕事は頑張ってるつもりだけど?」

「つもりじゃ駄目だ。結果を出せ」

「ですよね」

マイクは肩を竦めて、もう一口、ワインを飲んだ。

こんな風にハーヴィーと食事をするようになって何回目は忘れた。それくらい、毎晩のようにハーヴィーに連れ回されている。

今みたいな、他愛のない話。あるいは仕事の話。お互いに好きな映画の話。

ハーヴィーの愛する野球の話に関してはチンプンカンプンだったが、一緒に居られることが嬉しくて、一生懸命に頷いて聴く。最近は書類仕事が忙しくて、なかなか事務所でハーヴィーと行動を共にすることができていない。だから、この食事の時間が、マイクにとってはとても貴重なものだった。

けれども・・・。

「ねえ」

「どうした」

「ハーヴィーは最近、デートしないの?」

「突然な質問だな」

「だってさ、毎晩、僕と一緒にいたら、デートの時間がないじゃない」

「拾った野良犬に餌も与えず放っておくのは動物愛護の精神に反するからな」

「野良犬って・・・僕のこと?」

「君以外に誰がいる。それに、この食事の後が俺の大人の時間ってこともあるだろう。お子様が帰った後で、ゆっくりと楽しめることもある」

「・・・だよねー。貴方なら、そのくらいの余裕、ありそうだもの。じゃ、貴方の大人の時間が短くならないように、今日はお開きってことで」

「そうだな。君はタクシーで帰れ」

「貴方は?」

「俺の家はこの近くだ」

そうだった。ハーヴィーはアッパー・イーストの住人だった。

ハーヴィーはスマートにチェックを済ませると、これまた優雅にタクシー停め、マイクを押し込んだ。チップの分まで計算して、ドライバーに前払いまでしてくれる。

「貴方って、金払いはいい上司だよね。人遣いは荒いけど」

「拾った野良犬を寒空の下に放り出すことはしない」

「それも動物愛護の精神?」

「その通りだ」

ハーヴィーはそう言うと、マイクの暗めの金髪に指を差し込んでクシャクシャと乱した。

「ほんと、犬扱いするんだね」

「明日はお手とお代わりを仕込んでやろうか」

「遠慮しときまーす。じゃ、おやすみなさい。どうぞ、素敵な美女と素敵な大人の時間を過ごしてください」

「言われなくても、な」

ハーヴィーがバタンと、タクシーのドアを閉める。発進と同時に、マイクはシートに体を沈め、溜息をつく。

自分が言ったセリフに、何故だかわからない痛みを感じていた。

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