いつだって一緒

デヴィッド・カーソンはセミダブルのベッドで寝返りを打った。そうしたら、身体のあちらこちらに、「むにっ」と何かが当たったか。何か・・・とは、わかりきっている。人体だ。諸般の事情で同居している、相棒。パイロットのエヴァン・レインツリーだ。

「またかよ」

と、心の中で呟いてから、目を開けた。視界には、くうくうと、気持ち良さげに寝こけている相棒の姿が映る。カーソンは、枕元の時計で時刻を確認した。6:00。まあ、起きても悪くない時間ではある。いつもは、自分の方が寝汚く、起きるのが遅いのだが、たまにはこういう日があってもいいだろう。そろり・・・と身体を動かすと、カーソンはベッドから降りようとした。

が。しかし。

「うわっ・・・!」

突然、後ろから腕を掴まれて引っ張られた。ベッドの上に引き戻される。

「まだ、早い」

直前まで、寝息を立てていた相棒が、パッチリと目を開けて自分を見ていた。

「あー・・・あんた、起きてたの?」

「お前がベッドから出ようとするから」

「そりゃね。朝だから」

「いつもなら、まだ寝てる」

「たまには、こういう日もあんの。何、起きちゃダメなわけ?」

「・・・俺が先に起きる」

「なんで」

「朝食を作るから。俺が」

「あー・・・そー・・・そうね。朝食は大事ね」

家事が壊滅的に出来ないカーソンなので、食事を作るのはいつだってレインツリーの方だ。本人もそれを嫌がってる風でもないので、そういう分担になった。いや、分担も何も、掃除も洗濯も相棒がやっている。

「じゃあ、俺、シャワーを浴びるから、朝食を作れよ。OK?」

「OK」

相棒の動きは早く、すっとベッドから降りて、Tシャツを被ると、さっさとカーソンの寝室を出て行った。

「しっかしなぁ・・・寝室を別にしてる意味、無くね?」

カーソンは呟いた。

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眠気はとっくに冷めてはいたが、朝のシャワーは気持ちがいい。なかなか取れない爪の間の黒い汚れは、整備士という仕事の勲章みたいなものだ。それでも、カーソンは丁寧に指先も洗った。ブラシを使って軽く擦る。

カーソンは元々はハワイアン・エアラインの整備士だった。空港のハンガーが、カーソンの城だった。そこへ何故か、やたらとやって来ていたのが、パイロットのエヴァン・レインツリーだった。「パイロットは飛行機を飛ばしてりゃいーじゃん。CAとイチャイチャしながらさ~」と思っていたカーソンだったので、レインカーがやたらとハンガーに来て、整備の様子を見てるのが不思議でたまらなかった。だから、ある日、つい言ってしまったのだ。

「何。何なの。俺の整備がそんなに信用できないわけ?あ?」

と物凄く挑戦的に。

しかし、パイロットは穏やかに首を横に振った。

「いや。違う。その逆だ。お前の整備は信頼できる」

「は?」

パイロットに整備の何がわかるんだ!という思いもあったが、レインカーの前職を聞いて納得した。元空軍のパイロット。F15イーグルを操っていた、戦闘機乗り。空軍のパイロットは、自分の機体を整備士任せにはしない。必ず、自分の目と手を使ってチェックする。その癖だ。その癖が抜けずに、ハンガーに来るのだ。けれども、決して、カーソンの仕事に手出しや口出しをすることはなかった。ただ、静かに、見ていた。

「面白い?暇じゃない?」

「楽しいし、暇は感じない」

「あっそ。まあ、いいけど、そのシャキッとした制服を汚さないように気をつけなさいよね」

「ああ。ありがとう」

わりと、紳士的な口調。

「でさぁ、何で、俺の整備が信頼できるって言うわけ?その根拠は?」

「・・・音・・・かな」

「音?」

「ああ・・・そう。音だ。エンジン音やフラップ音・・・色々な音を聴いて、そう思った」

「へえ・・・いい耳してるじゃんよ」

カーソンは汚れた指で鼻を擦った。黒いオイルのようなものが鼻に付いたかもしれない。しかし、そんなことを気にしていては、整備士は務まらない。

エヴァン・レインツリーは空が好きな男だった。だから、空軍のパイロットになった。空に近づくために。それが理由は語らなかったが、民間航空会社のパイロットになった。同じ空でも、戦闘機と航空機とでは、見える世界は違うだろうに。

カーソンは、レインツリーが明日乗る機体の整備を仲間達と終えて、ほっと一息ついた。いつの間にか、レインツリーが傍にいた。

「ありがとうな」

「これが、俺の仕事だし。あんたは、安全に乗客を空の旅に連れて行ってくれ」

「そうする」

そう言うと、レインカーはポケットから白いハンカチを出して、カーソンの汚れた鼻を拭いた。

「へっ・・・」

驚いたカーソンが1歩後ずさる。

「な、何すんの、あんた」

「綺麗な顔だから」

「・・・あんた・・・眼科に行ったほうがいいわ・・・マジで」

それが、レインツリーとカーソンが、よく会うようになったきっかけだった。

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「お!チョコチップバナナパンケーキ!!」

テーブルに並んだ朝食を見て、カーソンが満面の笑みを浮かべた。甘いものが大好きなカーソンだったが、レインツリーが作るパンケーキの中でも、このチョコチップバナナパンケーキが一番の好物だった。他にも、卵料理とソーセージ、コーヒーにミルクが用意されている。

カーソンが座ると、肩にタオルをかけたレインツリーも座った。そしておもむろに、コーヒーにバターを入れてかき回し始める。

「うわ・・・」

「何だよ」

「いや・・・それ・・・何回見ても、引くわー」

「栄養価が高くなるんだ」

「それは100回くらい聞いたっての。でも、引くわー」

カーソンは眉を顰めた。が、チョコチップバナナパンケーキを一口食べたら、ふわっと表情が柔らかくなった。

「ん。やっぱ、美味いわ、これ」

「そうか。それは良かった」

「エッグスンシングスもブーツ&キモズもいいし、カフェカイラ好き。モケズだって捨てがたい。でもさ、あんたのパンケーキが一番落ち着く。美味いし。飛べなくなったら、パンケーキ屋でも始めたらいいんじゃねーの?」

「その時は、お前も一緒だな」

「何で。俺は一生整備士やるの」

「だったら、俺は一生、お前が整備した飛行機を飛ばす」

「・・・整備士は他にもいっぱいいるでしょ」

「俺はお前が整備した機体にしか乗らないって決めてる」

この男の、自分に対する執着は一体何なのだろう。きちんと完璧に整備された飛行機に乗りたい気持ちはわからないでもない。けれども、それは自分でなくたっていいはずだ。もちろん、カーソンは自分の力量には自負がある。それを認めてもらえることは正直、嬉しい。ただ、レインツリーにはそれ以上の何かがある。ハワイアン・エアラインのパイロット辞めた時、レインツリーはその足でカーソンの所にやって来て言ったのだ。

「俺、専属の整備士になれ」

その言葉は提案でも何でもなく、まるで決定事項の命令だった。あれよあれよと言う間に、カーソンは、プライベートビーチのあるレインツリーの家に連れてこられた。そして、現在に至る。パイロットと整備士はコンビだから、いつも一緒にいなくちゃいけない・・・と言うのが彼の言い分だ。最初は難色を示していたカーソンだったけれども、自分の苦手な家事の一切を文句も言わずにやってくれるので、これはお買い得では?・・・と思ってしまった自分もいた。正直、この家は居心地がいい。慣らされてしまったなぁ・・・と後悔しても今更遅い。何せ、身体の関係までもってしまったのだから。成り行きで。・・・成り行き?・・・そうだったか?・・・同意。合意。・・・少々、酒も入っていたしなぁ・・・。

「冷めるぞ」

「あ?ん・・・そだね。・・・もっとメープルをかけようっと」

カーソンはメープルシロップをたっぷり変えると、満足気にパンケーキを頬張った。

「今日は?レナーズか?それともリリハ・ベーカリー?」

「んー・・・そうね。今日はココパフって気分」

「じゃあ、リリハだな」

「よろしく」

カーソンは甘いものが大好きだ。オヤツに必ず、マラサダやココパフを買って行く。いろんな店をチェックしているが、最近はレナーズのマラサダかリリハ・ベーカリーのココパフがルーティーンだ。カーソンはコーヒーを飲みながら、昨日もした会話をもう一度した。

「今日は?カマロ?シルヴァラード?」

「どっちでも。しかし、運転は俺だ」

「あー、はいはい。じゃあ、俺のカマロな」

「OK」

「なあ、ミルクもいいんだけど、オレンジジュースが飲みたい」

「わかった。持ってくる」

どんな些細な我儘も、どんな大きな我儘も、レインツリーはあっさりと受け入れる。飛行機と車の運転いついて以外は。とにかく、機械を動かすこと、操縦することが好きな男だ。もしかすると、彼は自分のことも操縦している気でいるのかもしれない。けれども、それが不愉快に思えないところが不思議だった。

「ほら」

大きなグラスに注がれたオレンジ色。

「あんがと」

カーソンは喉を鳴らしてオレンジジュースを飲んだ。

「んま」

カーソンが美味しそうに食べたり飲んだりするのを、レインツリーはいつも穏やかに微笑んで見てる。その視線にはカーソンも気づいてる。こんなおっさんの飲食する姿を見て何が楽しいのか。わからない。けれども、興味を持たれるのは悪くはない。

「なあ、今日は何処、飛ぶの」

「マウイ島。新婚カップルの輸送だ」

「モノじゃないだから。しかし、いいね、マウイ島。俺、ラハイナの街並み、好きよ」

「そうだな。半日以上は、観光してるらしいから、俺たちも少しは自由時間があるぞ。街歩き、するか?」

「いいね。ただし、完璧な整備が終わってからな」

「わかってる」

「オノ・ジェラート・カンパニーに行きたい」

「わかった」

本当に、車の運転は譲らないが、他のことに関しては、ほとんどカーソンの言うなりだ。それが、また、この男との居心地をよくしている要因の1つなのだろう。

「あー・・・俺って飼い慣らされる?」

とカーソンは言葉に出さずに、心の中で呟いた。

「なあ・・・」

今度は言葉にした。

「何で、今朝、俺のベッドにいたの?」

「コンビはいつも一緒にないとダメだから」

「お前が俺の寝室に来れば、俺はお前の寝室には行かない」

「・・・・・・寝室を熱にしてる意味、なくない?」

レインツリーはそれには答えなかった。カーソンも別に答えは求めていなかった。案外、寂しがり屋なんだな、と思うだけだ。彼の、バックグラウンドはまだまだ知らないことだらけだったが、まあ、一緒に空を飛べたらそれでいいか・・・と思う。

「今日も空が青いね」

「ああ。絶好のフライト日和だ」

大きな窓から見える真っ青な空を見ながら、二人は静かに笑ったのだった。

END