銀色の翼

「あ・・・う・・・んうっ・・・」

顎を上げて仰反るマーヴェリックの姿を眼下に眺めながら、アイスマンは口角を上げた。自分の腕に食い込む、その指すら愛おしいと思う。

「は・・・あ・・・」

アイスマンは自身を抜くことせずに、ぎゅうっと自分と同じくらいに鍛え上げられた、それでいて自分よりも小柄な身体を抱き締める。

「んー・・・んっ・・・」

腕の中で、マーヴェリックが苦しそうにもがいた。ただ、その口から漏れる声がそこはかとなく、甘い。

「満足したか?」

至近距離で、瞼が開き、綺麗な緑色の瞳がアイスマンを見た。

「・・・アイスは?」

「いくらでも、付き合うぞ’

「・・・少し・・・休みたい・・・」

「そうか。わかった」

少し枯れた声を出す唇に小さなキスを落としてから、アイスマンはゆっくりとマーヴェリックの身体の中から抜け出た。

「ふっ・・・あ・・・」

マーヴェリックの声を聞きながら、アイスマンは時計を見た。随分を長い時間、この身体を組み敷いていたと気付く。汗ばむ身体を冷やさないように、薄手のブランケットをかけてやりながら、空調をリモコンで調整する。冷えた部屋でブランケットに包まるのがマーヴェリックのお気に入りだった。

「水は?」

「いらない」

アイスマンがベッドを降りようとしたのを止めるかのように、手首を掴まれた。さほど力は強くない。本当なら、相当な握力の持ち主だが、今はすっかりと脱力している。

「・・・傍・・・いて・・・」

「わかった」

アイスマンがブランケットに潜り込むと、マーヴェリックはすぐさま腕の中の居心地の良い場所を見つけて、頭を落ち着かせた。汗ばむ額にかかる黒髪を撫で上げてやる。睫毛が揺らいで、緑色の瞳が自分を捉える。何か、言いたそうな、緑色の瞳。

「どうした?」

「・・・・・・・・・・・・昇進・・・おめでとう・・・」

たっぷりとした沈黙の後に、マーヴェリックが口を開いて言葉にしたのは自分への祝福の言葉だった。

「ああ・・・。ありがとう」

そして、再び沈黙が落ちる。祝福の言葉は、そこはかとなく、暗く、重かった。無理もない。出世をすれば、飛ぶことも少なくなる。

僚機。

そう言い合った、過去。共に空を駆けた過去。アイスマンは、自由に空を駆け巡るマーベリックを愛した。けれども、それと同時に、危うさも感じていた。

いつか、こいつは、翼を奪われる

と。

一匹狼は、秩序を守らない。それが彼の魅力でもあり、存在意義でもあった。空を飛ばない彼は、もはや彼ではない。彼が彼で無くなる日。そんな日が訪れることを許すわけにはいかない。

だから。

自分は、出世をすることを選んだ。愛する彼の翼を守るために。やんちゃな一匹狼を守り切る為には、権力が必要だった。自分の翼よりも彼の翼を大切に守りたかった。・・・マーヴェリックから銀色の翼を奪う者は、誰であっても許すわけにはいかないのだ。だからこそ、権力を求めた。

・・・彼に、言ったことはないけれども。

きっとマーヴェリックは不満なのだ。空から少しずつ離れていく、自分のことが。僚機が、空から離れていくことが。

「大丈夫だ。俺はウィングマークを手放す気はない」

「・・・でも・・・」

マーヴェリックは唇を噛んだ。存外、この狼は我儘なのだ。しかし、仕方がない。グースの死後、一層顧みずな操縦をするようになってしまったのだから。

時折、不安になる。飛んで。空を飛んで。そして、そのまま、グースの所へ行ってしまうのではないかと。むしろ、その為に飛んでいるのではないかと思う時すらある。それを地上に引き止め、繋ぎ止めるのも自分の役目、とアイスマンは思っている。飛ばせながらも、繋ぎ止める。矛盾した話だ。しかし、そうでもしなければ、この男は消えてしまいそうなほどの儚い存在なのだ。

「心配するな。俺は、空も翼も捨てない」

「本当に?」

「約束する。だから、お前も約束しろ」

「何を」

「必ず、地上へ戻れ。どんなに遠くへ飛んでもいい。しかし、必ず、戻ってこい」

「・・・・・・」

「何だ、その沈黙は。そんな約束もできないのか?」

「約束しなかったら、アイスは・・・」

「さあ、どうしようかな」

「っ・・・駄目だから!」

マーヴェリックは身体を起こすと、アイスマンを見下ろした。緑色の瞳に涙を溜めながら。

「・・・マーヴ?」

アイスマンも驚いて、上体を起こした。

「・・・アイス・・・空を捨てるなよ・・・翼・・・どんなに飛びたくても、飛ばなくなった奴だっているんだっ」

・・・ああ。やっぱり。グースのことだ。二律背反。本当はグースの為に翼を捨てるわけにはいかないくせに、それでいてグースの為に、無茶な飛び方をして、その傍に行こうとする。何という我儘な一匹狼。

「そうだな」

泣きじゃくるマーヴェリックを、あやすように抱き寄せる。右手で背中をトントンと叩きながら、左手で頬を撫でてやる。

「明日・・・飛ぶか」

「・・・フライト・プラン・・・提出してないぞ」

「お前が言うか?マーヴ」

ククッと笑いながら、アイスマンは小柄な身体を抱き絞めた。

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なあ、知ってるか、グース。

お前がどれだけ、この銀色の翼に愛されているかを。

過去形じゃない。現在進行形でだ。

俺と同じ刻を生きながらも、お前の所へ行こうとする一匹狼。

俺は・・・きっと・・・死んでもお前には勝てない。

END