マイクのセックス事情 その3

時々夢を見る。夢・・・というよりも、記憶の再現だった。思い出したくもないのに、自分の能力はそれを許さない。今、幸せを感じる瞬間があればあるほど、1人でいる夜に、ベッドの中で、それは脳内で再現されてしまうのだ。

相手はトレヴァーだ。

トレヴァーとの行為が、繰り広げられる。

快楽を感じたことなど、一度もない。涙を流したのは嬉しかったからではなく、ただひたすらに痛くて辛かったからだ。それも、トレヴァーの前では泣くことすら許されなかった。もちろん、叫ぶことも。拒絶することも。

けれども、こうしてハーヴィーと出逢うことがわかっていたなら、自分も愛し愛されるチャンスを得ることができることを知っていたなら、自分は全力でトレヴァーを拒否し、拒絶しただろう。・・・それも、もはや叶わない夢ではあるが。

クライアントとの会食を終えて、ハーヴィーがペントハウスに戻ると、寝室だけ、ほんのりと灯りが点いていた。マイクに告げていた帰宅時刻よりも随分と遅くなってしまったことを申し訳ないと思いながらも、帰らずにいてくれたことに嬉しくなる。静かに寝室を見ると、マイクが毛布を抱きしめるようにして、体を丸めて眠っていた。その姿を確認して満足すると、ハーヴィーはバスルームへと行った。

ハーヴィーが寝室に戻ると、マイクは相変わらず同じ格好で眠っていた。よほど、眠りが深いのだろうか。今日はさほど、仕事は忙しくなかったはずだし、会食のある自分よりも先に帰らせた。自分に背中を見せるマイクの隣に、ハーヴィーはそっと潜り込んだ。それでも微動だにしないマイクに、つい悪戯を仕掛けたくなる。ハーヴィーはマイクの後ろ髪を搔き上げるようにしながら、その頸に口付ける。

「ん・・・」

ようやく、マイクが反応する。そのまま首を軽く舐め上げて、その流れで耳朶を甘噛みする。

「あ・・・ハー・・・ヴィー・・・?」

「ただいま。・・・遅くなって、悪かった」

「・・・んん・・・いいよ。会食だって、大事な仕事だし・・・ふっ・・・くすぐったいよ・・・」

マイクが寝返りをうとうとするのを、ハーヴィーはあえて遮った。押さえ込むようにして、その背後から、その体を撫で摩る。太腿、腰・・・そして、するりと手を臀部に移した瞬間、マイクが身じろぎした。それをハーヴィーは、良い方に解釈する。

「あ・・・ハ・・・ハーヴィー・・・」

「遅くなった埋め合わせだ・・・」

マイクの上半身を固定しながら、ハーヴィーはマイクのスウェットに手を入れようとウエストに手をかけた。その瞬間。

「や・・・やだっ!」

マイクの言葉が寝室に響き、その体が強張る。

「マイク?」

「や・・・だ・・・や・・・やめ・・・やめて・・・やだ・・・嫌だっ!!!」

強張るどころか、マイクの体が小刻みに震えているのがわかる。

「マイク?どうした?・・・おい・・・マイク?」

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・ひっ・・・ひぁっ・・・ひっ・・・」

呼吸音もおかしい。ハーヴィーは慌てて上体を起こすと、マイクの体を仰向けにした。

青い瞳が薄明かりの中で見開かれ、恐慌状態に陥っている。唇が震え、呼吸ができていない。まるで喘息発作のような状態だった。マイクの体を抱き起こし、腕の中に抱え、その背中を宥めるように摩る。

「マイク、落ち着け。ゆっくり・・・ゆっくりでいい・・・呼吸できるか」

マイクの肩が、大きく上下する。

「はーっ・・・はーっ・・・は・・・ふっ・・・はっ・・・はっ・・・ご・・・ごめ・・・ごめんなさ・・・い・・・・はっ・・・」

「いい。無理をして喋るな」

優しく抱きしめて、マイクの呼吸が整うのを待つ。しかし、これが喘息発作なら、薬が必要だろう。しかし、マイクに喘息の既往症があっただろうか。そんな話を聞いたことはなかった。

マイクは、ハーヴィーの胸に頭を預け、なんとか呼吸を整えようと努力する。

静かな時間が、寝室に流れる。

聞こえるのは、マイクの荒い呼吸音だけだ。しかし、それも次第に落ち着き、穏やかなものへと変化していった。しかし、マイクはハーヴィーの胸に顔を埋めたままだ。そして、言う。

「・・・ハーヴィーが・・・嫌なんじゃ・・・ないんだ・・・。ただ・・・怖かった・・・ハーヴィーの顔が見えなくて、触られる感触だけがあるの・・・怖かった・・・」

「怖い?俺が?」

「・・・違うんだ。ハーヴィーじゃなくて・・・その・・・顔が見えないのが・・・怖い・・・。トレヴァーとのことを・・・思い出すから・・・」

その名を聞いて、ハーヴィーは無意識に唇を噛んだ。この世の中で、最も聞きたくない名前だ。マイクを何度も傷つけ、貶めた、クズ野郎の名前。

「・・・言ったよね?・・・僕は、あいつの性欲処理の為だけに扱われたって。いつも後ろから、乱暴に犯された。・・・だから・・・顔が見えないと・・・怖い・・・もしかしたら、トレヴァーかもしれないって・・・だから・・・」

「わかった。もういい。・・・俺が悪かった。君に怖い思いをさせた、許してくれ」

「ハーヴィーは悪くない。・・・僕が悪いんだ。・・・あいつを、本気で拒絶できなかった僕が悪いんだ・・・僕は逃げることから・・・逃げた。自分を大事にしないで・・・」

「・・・君は・・・何も悪くない」

ハーヴィーがマイクの髪を撫で付け、その頭頂部にキスを落とす。

「マイク・・・俺の顔を見ろ」

ハーヴィーがマイクの顎に優しく指をかけた。ゆるゆるとマイクの顔が上がり、青い瞳がハーヴィーの顔を捉える。

「俺が・・・怖いか?」

マイクは首を横に振った。

「怖いわけ・・・ない。ハーヴィーは・・・僕に嫌なこと、しないもの。・・・僕を傷つけたりしない・・・でも・・・さっきは・・・ちょっと夢を見た後だったから・・・それに、ハーヴィーの顔が見えなくて・・・本当にごめんなさい。今の僕に触れるのは、ハーヴィーしかいないのに」

「謝るな。俺も軽率だった。・・・マイク、キスをしても?」

マイクは静かに頷いた。ハーヴィーは慎重にマイクの唇を捉えた。小さくて、微かで、優しいキスをする。マイクの体の強張りは解れ、静かにハーヴィーを受け入れる。

しばらく、互いの唇を味わってから、そっと離れる。

「・・・さっきは、驚いた。・・・喘息・・・ではないよな?」

「・・・あれは・・・過呼吸。昔のことを思い出すと、時々、ああなるんだ。自分のアパートで一人でいるときに、嫌なことを思い出して・・・」

「そうか・・・。本当に、悪かった」

「謝らまらないで・・・。さっきも言った通り、僕が悪いんだ。・・・こんな風に、ハーヴィーと出逢えるんだったら・・・もっと、考えて、自分を大事にするべきだったんだ。謝るのは、僕の方。・・・ごめんなさい・・・こんな汚い僕で・・・」

「君は・・・綺麗だ。昔のことは、もういい。俺は、今の君に惚れている。君は・・・とても綺麗だ。それに、賢くて、仕事もできる。・・・何より、俺を愛してくれているだろう?」

挑戦的な表情で、ハーヴィーはマイクを見やる。

「違うか?」

「・・・うん。違わない。・・・愛してるよ・・・ハーヴィー・・・」

すっとマイクが体を伸ばして、キスをねだる。顔さえ見えたら、何も怖いことはない。自分を脅かす人間はここにはいない。マイクは完全に体の力を抜き、体重をハーヴィーに預ける。それを軽々と受け止め、抱きしめる。啄ばむようなキスだけを与えて、ハーヴィーは言った。

「これからは、君の顔を見てから、悪戯をするさ。それなら、怖くないだろう?」

「・・・それって・・・悪戯になる?」

ふふっとマイクが笑う、。だいぶ緊張が取れた証拠だ。その様子を見て、ハーヴィーも安堵する。そして、思う。記憶を塗り替えることはできないのだ、と。ただ、薄暗い過去を凌駕するほどに、愛を重ねるしかないのだ、と。

END