というわけで(唐突)、ルースターはハングマンの官舎に入り浸っている。住んではいないが、入り浸っている。ハングマンも別に何も思わないので、何も言わない。食事はハングマンが作ることが多いが、後片付けはルースターがやってくれるので、楽だなぁ・・・ぐらいは思っているけれども。ああ、それと何故だか調子が良かった。口癖の返しではなく、本当に調子が良かった。日常的に「絶好調だ」とは言っているが、それは半分以上は嘘だ。そのことはコヨーテが一番よく知っている。調子が悪いことを知られると空を飛べなくなるので、反射的に「絶好調だ」を言うことにしている。けれども、やたらルースターが近くにいるようになってから、誤魔化しではなく本当に調子がいい。できだけ省エネで生きているのは変わらないが、奇妙な怠さとかがない。だから、今日も気分よく、飛ぶことができた。まさに「絶好調」だった。そして、今日もルースターはハングマンの官舎にやってきて(というよりも一緒に帰ってきた)、夕食を取った。昨日からセレシン家特製のソースに漬け込んでおいたスペアリブを焼いたのとグリーンサラダ。そしてルースターの前にだけ、キャロットラペが置かれている。これも昨日のうちに作っておいたものだ。炭水化物は、昨日ルースターがお気に入りのパン屋で買ったライ麦パン。つまり、昨日もルースターはハングマンの官舎に来ている。ハングマンが何も言わないので、雰囲気に甘えているのである。
「なぁ、めっちゃ美味しいんだけどさ。お前、面倒くさくない?こうやって夕食を作るの。仕事で疲れてるだろうしさ。それに朝だって・・・」
ルースターは朝食もハングマン宅で食べている。
「別に。慣れてるから大したことじゃない。作りたくなかったら、作らない」
「作りたくないなーって思ったことねぇの?」
「・・・・・・」
正直に言えば、ある。けれどもそれは、ルースターが入り浸るようになる前に話であって、今は面倒でもなんでもない。むしろ、ルースターがよく食べるので、熊に餌付けをしているようで面白い。なんでも食べるグリズリー。エンゲル係数が高くなるが、外食する時や飲む時はルースター持ちだし、なんだかんだとハングマンの好きなものを買ってくるので、イーブンどころか、きっとルースターの方が出費は多いだろう。昨日は、ブルトンヌのクッキー缶を持ってきた。ミントグリーンの缶が好きなので、嬉しい。
「ハングマン?」
急に無言になった救世主に心配げに声をかける。
「・・・とりあえず、今のところは作りたくたいって思ったことはない。作りたくない時は言う」
「うん。そうして。な?」
「ああ」
ルースターはスペアリブに齧り付き、ハングマンはナイフとフォークを使って丁寧に肉を骨から外して食べる。「美味しそうに食べる熊だな」と思いながら、柔らかい肉をゆっくりと咀嚼した。
***
夕食の後は、二人でネットフリックスを観るか、ハングマンが読書でルースターがスマホチェック(しつつのゲーム)するかのどちらかが多い。ルースターが食器を洗い終えると、ハングマンがペーパーバッグを持ってソファに行ったので、「今日は読書だな」と判断する。勝手にコーヒーを淹れて、クッキー缶と一緒に持っていく。ハングマンが本を読んでいる時は話しかけない。「ジェイクはね、読書の邪魔をされると不機嫌になりから」というコヨーテの教えを守っている。最初は、コーヒーに口をつけ、クッキーを摘みながら本を読んでいたが、そのうち、夢中になったらしく集中している。スマホチェックを終えたルースターがクッキーを一枚取り、それでハングマンの口の端っこを突くと、ハングマンは視線はそのままに顔を少し動かしてクッキー食べる。この餌付けみたいな行為が、ルースターの最近のお気に入りである。読書の邪魔をせず、ハングマンに噛むことができ、尚且つハングマンの可愛い姿を見ることができるという一石三鳥だった。問題は、ハングマンが「いつの間にかクッキーがなくなってる!!!!」と小さく騒ぐことぐらいだが、きちんと説明したところ、自分が食べたことに納得した。
それから、約1時間。
ハングマンは、。ペーパーバッグを閉じた。小さく溜息をつく。
「面白かった?」
「うん。まあ、続けて読んでるシリーズだし」
「’何で、そのシリーズが好きなんだ?」
「・・・・・・異質な物でも、家族になれる話だから・・・?よくわかんない」
ハングマンがローテーブルの上においたペーパーバッグの表紙には、「’これはいったいいつの時代のロボットですか?これは小学生の工作ですか?」というような、直方体の頭を持つロボットが描かれていた。胸の辺りはガムデープで留めてある。
「このロボットが主人公?」
「タング。そのロボット、タング。・・・タングを取り囲む全部が主役・・・。まぁ、俺の解釈だけど」
「家族か。テキサスの実家には帰ってるのか?」
「いや。ここ数年は全然」
「忙しいからか?」
「・・・何となく。お前こそ、せっかく和解したんだから、大佐のところに行けばいいんじゃないのか?」
「うん。まあ。それはそれとして。な」
今の段階では、育てのマーヴよりも、目の前の救世主である。何気なく、さりげなく、ハングマンの生活の中に入り込んでいるので、もう少し先に進みたい。
「せっかく家族が側にいるのに」
「んー、マーヴとは没交渉だったからなー。アイスおじさんとは連絡を取ってたけど」
「だからこそ、一緒にいた方がいいんじゃねぇの?」
「・・・だったら、お前も一緒に行く?」
「行かない」
即答である。少々がっくりきたものの、行ったら行ったでマーヴェリックが煩そうなので、これでいい。
「なぁ」
ハングマンがルースターを見ずに言う。
「何で、お前は俺に何もしねぇの?」
「は?」
「・・・お前、αだろ」
「いや。αだからって、見境なくΩをどうこうするっていうのは・・・ないぞ?アイスおじさんにも、そういうのはクソ野郎のすることだってガキの頃から教えられてきたし」
「・・・ああ・・・大将が・・・」
「そりゃまあ、お前とはもっと仲良くなりたいとは思ってるけど」
そこで初めて、ハングマンがルースターを見た。そして。
「変な奴」
そう言って、小さく笑った。
「いや!冗談抜きで!本当に!マジで!」
「・・・仲良くって・・・αがΩと仲良くなんて、ないだろ。友達みたいにさ」
「あると思うけどな。俺は」
と言いつつ、本当は友達以上になりたいので、複雑な心境のルースターだった。
「お前みたいな、α、珍しいな」
「そうかな。アイスおじさんを筆頭に、俺の周りには結構αがいるけど・・・みんなマーヴの味方だったし。そういうのを見て育ってきてるから・・・うん。やっぱり、そういう環境のせいなのかな。俺の中では、αとかΩとが、そういう括りがあんまりないんだよ。だって、マーヴがああいう感じだろ?それに・・・お前だって、そうだし」
「・・・Ωがお前よりも早く空を飛んだらムカつく?」
「だから。そういうのはないんだってば!」
「・・・でも、ムカつく奴はいるんだよ。軍の中にはな。むしろ、そっちの方が普通じゃねぇの?」
否定はできない話なので、ルースターは黙るしかなかった。マーヴェリックの若い頃の苦労話は、アイスマンから聞いてはいた。きっと、聞いた以上の差別はあったのだろう。時代が時代だった故に。
「・・・・・・俺たちのプロフィールには第二の性が明記されるよな」
「ああ、うん」
「上官はプロフィールを見るから、自分の部下がΩかどうかわかる」
「そう・・・だな」
「・・・昔、ドッグファイトの模擬訓練で、教官をキルしたことがある」
「すげーな。さすが救世主」
「・・・そのαの教官・・・中佐だったかな・・・それが面白くなくて、どうしたと思う?」
「え・・・ちょ、ちょっと待て」
ハングマンの瞳を覗けば、そこには何の感情もなかった。けれども、このストーリーの流れはルースターにもわかる。
「・・・・・・仲間3人と力づくで、Ωの部下を嬲った」
Ωの部下は、ハングマンのことだ。怒りも悲しも映さない緑色の瞳がルースターの向こうを見ている。何か、大切なものが抜けているような、そして抜け殻のような、身体。
「夜通し犯されたから、次の日は飛べなかった」
Ωがそんな風に精を受ければ、どうなるかは予想がつく。
「・・・子どもが・・・できた?」
「相手が三人だから、誰の子かわからねーけど」
「・・・・・・今・・・その子は?」
ハングマンは右手のひらで自分の腹をさすった。
「流れた。・・・しばらくして、具合が悪くて、病院に行って、妊娠がわかって・・・。どうしようかなって考えてる時に、また上官に捕まった。・・・抵抗しなきゃよかったんだよな。でもさ、腹に子どもいるってわかっちまったからさ。子どもに何かったら、いけないって思って、抵抗した。そうしたら、上官は逆ギレして、腹を殴った。何回もな。・・・それで、流れた。・・・そういうαしか、俺は知らない」
淡々と話すハングマンの身体をルースターは無意識に引き寄せた。
「お、お、俺がっ・・・俺が、守る・・・からっ!」
涙の混じる声。
「ん?おいおい、何、泣いてんの?お前。αの雄鶏らしくねーな」
「悔しいっ!俺、そいつらのこと、殺してやりたいっ!」
「物騒な雄鶏だな。・・・でもな、それが世の中の仕組みなんじゃねーの?・・・大佐はレアケースなんだよ」
「もっと早くに、お前のことを理解してたら、俺が守ってた!お前は空に愛されてんのにっ!何で!」
「・・・そうだな。愛されたかったな。でも、俺はダメなんだ。俺はマーヴェリックとは違う」
「愛されてるよ!だから、誰よりも速く飛べるっ!」
「・・・・・・」
ハングマンは返事をせずに、ポンポンとルースターの背中をタップした。雄鶏はグズグズとハングマンの肩で泣いている。
「俺が守るから・・・」
「・・・・・・ありがとな」
ハングマンは空いた手を、自分の腹に当てた。ほんの少し、自分の肩で泣く雄鶏の子を孕んでみてもいいかな、と思った。
END