左手を見れば、ピート”マーヴェリック”ミッチェル大佐が結婚していることは一目瞭然だった。シンプルだけれども、良質なプラチナのリング。相手は一体どんな人だろう・・・と若鷹たちの妄想が広がる。その中で、一人遠い目をしているのはルースターだけだった。
「なあなあ。お前、知ってるんだろ?大佐の奥さんがどんな人か」
「あー・・・そーねーまーねー知らなくもないけどーあーちょっとトイレー」
ハングマンに聞かれて、誤魔化すルースター。いや、別に上層部は知っているわけだし、教えてやってもいいのだが、驚愕と波紋が大きく広がるような気がして言えなかった。喧騒の中のハード・デック。飲んだり歌ったりしていたが、いつも最後はマーヴェリックの話になる。そして、相手の話。その話になる度に、ルースターは頭が痛くなる。マーヴェリック強火担であるフェニックスも、毎度のことであるが、しつこいくらいに聞いてくる。自分のルースターの父親が、マーヴェリックのRIOであったことは、みんな知っている。不幸な死を迎えたことも。そして、ルースターとマーヴェリックの間に確執があったことも。仲間たちはルースターが幼い頃、随分とマーヴェリックの世話になっていることは把握していた。
が。
しかし。
自分の面倒を見てくれていたのは、マーヴェリックだけではなかった。あの当時のマーヴェリックの同期たちは、自分がグースの息子である・・・という理由をもってして、随分と世話を焼いてくれた。そして、マーヴェリックとの冷戦期間中、ルースターが軍に入るべく色々と尽力してくれたのが、トムおじさんだった。そう、我らが海軍大将、トム”アイスマン”カザンスキー。
「ねえねえ!大佐がこれからここに来てくれるって!」
フェニックスの大きな声。
「おおおおおお!!」
「はぁああああ!?」
どよめく大衆。焦るルースター。
「どゆこと!?フェニックス!?』
「ダメ元でテキストを送ったら、来てくれるって!行動力のある私!偉い!何よ、ルースター。いいじゃない。それともあんたの許可が必要だった?」
「んなことねえよ。でも・・・」
「仲直りしたんでしょ?じゃあ、いいじゃない。あ、それとね、連れがいるけどいいかな?って大佐、言ってた。奥様・・・なわけないかー。あははははー」
「フェニックス。お前、飲み過ぎ?」
「適量ですーっす」
さらに遠い目になるルースター。連れって・・・まさか・・・ね。ルースターは、ある意味、正気を保つために、ビールを煽ったのだった。
***
それから、ややしばらくして。
「あ!大佐ー!!!」
明らかに確実に間違いなく酔っ払っているフェニックスが、目ざとくハード・デックの入り口にマーヴェリックの姿を見つけた。
「待たせたね。みんなだいぶ飲んでるのかな?」
「いえいえー夜はこれからでーす!!!大佐、ビールでいいですよねー!!!!」
すっかり出来上がってるフェニックスが、マーヴェリックを迎え入れる。
「楽しそうだね。ああ、ビールでいいよ」
笑って応えるマーヴェリックのジャケットの袖をルースターが引いた。
「マーヴ!」
微妙な小声。
「どうしたんだい?ブラッドリー。君はあまり酔っていないみたいだけど」
「醒めた。っていうか、酔えない」
「?」
「マーヴの指輪の相手のことを、みんなが気にしてる」
「え?あ、ああ・・・そうか。みんなは知らないのか。・・・ここで知ってるのは・・・」
「俺だけ。ねえ、マーヴ。連れがいるって言ったけど、まさか」
「あはは。そのまさかだよ」
「OMG・・・」
そこへハングマンがビールを持ってやってくる。
「大佐、どうぞ。えっと、連れがいるって伺ったんですが」
「今、来るよ。車で来てるから、それをちょっと預けに行ってる」
「指輪の相手ですか?」
「そうだね。僕のパートナーだね」
さらりとマーヴェリックは答えた。
「ちょっと、マーヴ。いいの?言っちゃって」
「別に隠すことじゃないし。まさか知られていないなんて思ってもいなかったし。ああ、来たよ」
ザッと若鷹たちが入り口を見る。そして・・・固まった。酔いが吹き飛ぶ。
「「「トム”アイスマン”カザンスキー大将!!!!????」」」
「やあ。楽しんでるか?」
上質なコート。襟元にはマフラー。基地に飾ってある写真と同じ顔だ。本来であれば、こういった店に来る人ではない。しかし、アイスマンはニコニコと店内を見やった。
「懐かしいものだな。こういった場所は久しぶりだ」
「アイス。ビールでいいか?」
「ああ」
「俺、もらってきます!!!!」
慌ててハングマンが走る。
「えーっと。お久しぶりです、アイスおじさん。ちょっと状況を説明させていただくとですね・・・」
ルースターがその場を仕切ることにした。
「あーそのーずっと以前から、みんなマーヴのプラチナリングに興味津々で。お相手はどんな人だろうと。まあ、フェニックスがマーヴにテキスト送って、来てくれることになって。連れがいるって聞いたら、みんなこれまた盛り上がって。それでそのーえーと・・・」
「アイス。僕たちにとっての周知の事実は、あまり知られていないみたいだよ」
「なるほど。公然の秘密にもなっていなかったのか」
「まあ、積極的に言いふらすことでもないしね」
そこへハングマンがビールを持って戻ってきた。
「どうぞ、Sir!」
「仕事の場ではないから、楽にするといい」
「あ、はっはいっ」
と、返事はするもののは、ハングマンの体は固まってる。
「大丈夫かよ、お前」
「つか、何でお前は大丈夫なんだよ、ルースター」
「だって。トムおじさんだし」
「海軍大将だろー」
そんな二人のやりとりを、マーヴェリックは面白そうに眺めている。そこへ、フェニックスがやってきた。
「あのー・・・」
フェニックスの視線がアイスマンの左手を掠める。
「お二人は、結婚してらっしゃるんですね?」
「ああ。もう、30年になるか?マーヴェリック」
「そうだね。来月、記念日だよ」
「・・・結婚30年¥・・・」
フェニックスが呟く。そして・・・。
「大佐、そしてカザンスキー大将!真珠婚式のパーティーをしませんか?っていうか、私に企画をやらせてください!!!!」
「フェニックスー!何、言ってんだよ!!」
「うっさいわね!口を挟まないでよ!結婚には節目ってもんがあるのよ!結婚30年は真珠婚式!私が、不死不死鳥の名にかけて、素敵なパーティーを開催しますっ!!!!」
「どうする?マーヴェリック」
アイスマンが口角を上げながら、隣のマーヴェリックに問う。
「そうだね。若鷹たちに任せるよ。ね、ブラッドリー?」
「え?俺?ちょっと待って。い、いいの?トムおじさん、マーヴ。フェニックスの奴、今はこんなこと言ってるけど、酔っ払いだからね?大体、不死鳥の名にかけての意味がわかんない」
「ちょっと聞き捨てならないわねっ!」
フェニックスがルースターの胸ぐらを掴む。
「カザンスキー大将!もし私が約束不履行した場合は、アラスカにでも飛ばしてください!!!!」
「あ、アラスカって結構いいところだよー」
「マーヴ!それ違う!いや、分かった!フェニックス!分かったから!」
「分かればいいのよ。・・・で?お二人は結婚式はどんなだったんですか?」
いつの間にか、手帳とペンを手にしたフェニックスがインタビューを始める。
「ハワイだったよね」
「そうだな。パールハーバーで式典があって」
「ほら、カメハメハ大王像の近くの協会」
「カワイアハオ協会だ。ちょうどプロテスタントの教会で」
「カトリックだったら、門前払いだったよな」
「二人とも式典でドレスホワイトを着てたから都合が良かった」
フェニックスが首を傾げて質問する。
「もしかして、お二人は無計画で結婚式を挙げたんですか?」
「若かったからねー。あはははー」
「まあ、その場のノリはあったな」
「素敵。それでも30年・・・」
「あー・・・フェニックス、なんか思考が別なところに行ってない?」
ルースターが心配そうに言う。
「うっさいわね!完璧な真珠婚式をするためにリサーチは重要なのよ!それで、次の質問なんですけど!!」
ハード・デックの夜はまだまだ始まったばかりのようだった。
***
シャワーの後、しっかりと髪を乾かしてベッドルームに戻る。アイスマンは銀縁の眼鏡をかけて、ベッドで本を読んでいた。仕事をベッドには持ち込まないのが昔からの主義だった。マーヴェリックはといえば、戦闘機関連の雑誌などを、数冊サイドテーブルに積んである。結婚した時に、シングルかセミダブルサイズのベッドを2つ置くことも考えたが、結局アイスマンの意見でキングサイズのベッドになった。「僕とアイスじゃ勤務形態が違うから、ベッドは別にしておいた方がいいんじゃないか?気を遣うし」とマーヴェリックは言ってみたが、「時間的なすれ違いが多いからこそ、ベッドは一緒がいいだろう」と押し通された。
結婚して30年。喧嘩をすることもあったが、1つのベッドで寝ることで、何となく関係は元に戻った。そう。喧嘩をしても、腹を立ててどちらかがソファで寝ることもなかった。それが夫婦円満の秘訣になったのかは分からないが、一緒にいることのできる時間が短いのだから、その時間を互いに無駄にしたくないという思いはあった。
何せ。何かやらかす度に、飛ばされるのだ。これまでどれだけ単身赴任をしてきたことやら。今でこそ、海軍大将にまで上り詰めたが、その過程においてアイスマンの力及ばす、マーヴェリックを遠い赴任地へと行かせることもあった。夫婦だけに、その辺りは厳しくしておかないと、職権濫用と言われかねない。当のマーヴェリック本人はというと、殊勝に「アイス、ごめん」とは言うものの、何処か旅行気分で知らない土地に行くことを嫌がらなかった。二人がそこそこ穏やかに、一緒に暮らし時間が増えたのは、アイスマンが中将に昇進した辺りからだろうか。
「今日は何を読んでいるんだ?」
「これか?『罪と罰』だ」
「ドストエフスキーだな」
「読んだことは?」
「ない。・・・その手の文学はすぐに眠くなるから」
「お前らしいな」
「アイスは読書家だよな。いろんなジャンルの本を読んでるし」
マーヴェリックはベッドに潜り込み、アイスマンの手の中の本をチラリと見る。
「仕事で始末書を読んでばかりだからな。家では気分転換したい」
「・・・ごめん」
「謝らなくていい。マーヴェリックは始末書とセットだ。30年以上前からな」
「うわぁ・・・不名誉」
「そう思うなら、若鷹たちの為に、もう少し落ち着け」
「んー・・・」
マーヴェリックは言葉を濁した。空と飛行機がある限り、その誘惑には勝てない。新しい機体があれば乗りたいし、目指す目標があれば達成したい。30年以上、そうやって飛行機乗りとして生きてきたし、退役のギリギリまでは飛び続けていたい。もう少し、夫には迷惑をかけそうだ。
アイスマンが読んでいた本をサイドテーブルに置き、眼鏡も外した。
「もう、本はいいのか?アイス。寝る?」
「そうだな」
リモコンで、淡い間接照明だけにする。マーヴェリックは居心地のいい場所を探し、作る。そんなマーヴェリックの身体をアイスマンは引き寄せて自分の腕の中に抱き込んだ。後ろから、首筋に吐息をかけながら、皮膚に唇を当てる。
「んっ・・・あ、・・・えっと、アイス・・・する?」
「いいか?」
「・・・うん」
アイスマンの腕の中でくるりと向きを変え、その表情を間近に見る。相変わらず、整ったいい男だと思う。年齢を重ねても。否、年齢を重ね、責任あるポジションにいるからこそ、こんな表情なのかもしれない。
「どうした?」
「あー・・・相変わらず、かっこいいなと思った」
「お前は、いつまでも可愛いな」
「ばーか。僕の年齢で『可愛い』はないだろ。言葉のセレクトミスだ」
マーヴェリックはアイスマンの腕を解きながら、起き上がった。そして流れるように、アイスマンの身体を推して寝かせ、自分はその身体に跨った。寝巻きがわりのTシャツとスウェットの下も脱ぐ。黒い小さな下着だけになる。手触りの良い、アイスマンのパジャマに手を這わせながら、ボタンを外していく。内勤ばかりで多少筋肉の落ちた身体が現れる。
「アイス、口でしてもいい?」
「だったら、先にキスを」
「うん」
覆い被さるようにして、アイスマンの唇を捉える。キスをしたり、ハグをしたりは日常的にしているけれども、ベッドでセックスをするのは久しぶりだった。互いに年齢なのだろう。そこまでしなくても、何処か満たされた感情があった。けれども、セックスが嫌になったわけではない。アイスマンの顔を包み込んでキスをする。すぐに舌を差し入れられ、マーヴェリックもそれに絡める。アイスマンの手は、マーヴェリックの身体のラインをなぞる。鍛えられた、現役アヴィエーターとして身体。
「はっ・・・ん・・・」
ちゅっとしたリップ音を鳴らして、マーヴェリックはアイスマンの唇から離れた。顎に吸い付き、そこから舐めるように下に降りる。パジャマの中でアイスマンが存在を主張していて嬉しくなる。布地の上から触れると、反応がある。マーヴェリックは自分の唇をひと舐めすると、取り出したアイスマンの先端を口に含む。ほろ苦い液体が口の中に広がる。久しぶりの味に、心が高鳴る。それはどんどん硬くなり、凶器へと変貌する。口に含みきれない部分は、指先を使って愛撫する。ぴちゃぴちゃという小さな水音が、寝室に響く。角度を変えて、舌を使って、そして喉奥まで迎えようとしたとき、ブルネットの髪にアイスマンの指が差し込まれた。
「マーヴェリック」
「ん・・・」
自分の名前を呼ぶ、愛する男の濡れた声に、マーヴェリックはそろそろと身体を起こした。
「慣らすぞ」
「大丈夫かも・・・」
「駄目だ。久しぶりなんだから」
「確かめる?」
マーヴェリックは膝を使って移動し、自分の尻がアイスマンの手の届くところで身体を止める。アイスマンはいつの間にか、サイドテーブルの引き出しからローションを取り出していて、自らの指を濡らしていた。アイスマンは左手でマーヴェリックの腰を支え、中指を窄まった箇所に当てて、擽るように撫でる。
「んっ・・・アイスっ・・・意地悪するな」
「慣らしてるだけだ」
「確かめて・・・って・・・あっ、んっ・・・」
つぷりと指が差し込まれた。滑った指が、中で回される。
「は・・・いい・・・ん・・・アイス、大丈夫・・・だろ?」
「もう少し」
「やっ・・・早く・・・指、増やして・・・」
腰を浮かし、指先をアイスマンの胸について、体勢を維持しているが、今にも崩れ落ちそうだった。30年以上も愛した身体だから、もうアイスマンの形を覚えている。一度、縦に割れたそこは、なかなか元には戻らない。
「ア・・・イスぅ・・・」
マーヴェリックのジュニアも勃ち上がり、フルフルと揺れている。
「ああ、いいぞ。マーヴェリック」
言いながら、身体を暴いていた指を抜く。
「ん・・・あ・・・い、いいのか?」
「我慢できなんだろう?」
マーヴェリックはコクコクと頷いた。指をアイスマンに添えて、その屹立を後孔に添える。
「焦るな。ゆっくりだ」
「うん・・・うん・・・」
マーヴェリックは、従順にゆっくりと腰を落とした。ズブズブと太くて長いものが、胎内を犯す。
「は・・・お、少し・・・」
「無理はするな」
「ん・・・もっと、奥・・・欲しいから・・・」
深く息を吸って、吐き出す時に、一気に腰を落とす。男だから、終着点はない。けれども、経験と記憶にある場所に、アイスマンが当たる。
「あ・・・そこ・・・んぅ・・・」
アイスマンはマーヴェリックの両腕を取った。腕を掴み、掴ませる。ヒューマンチェーンのように、手を繋ぐ。下から軽く突いてやると、唇が揺れて、声が漏れた。年齢のせいか、昔のようにガツガツしたセックスはしなかった。スローセックス。心と身体の奥底で、互いの熱を感じ、浸る。
目を閉じていたマーヴェリックがゆっくりを長いまつ毛を揺らしかながら、目を開ける。
「どうした?」
「・・・ハグ」
「わかった」
アイスマンは腕を解き、手をベッドに付くと上半身を起こした。そして胡座をかきながら、マーヴェリックを抱きしめる。その一連の動きで、マーヴェリックの中を犯す位置が変わったらしい。
「はっ・・・あん・・・ぅ・・・」
マーヴェリックもアイスマンの身体に腕を回して、その肩口に顔を埋めるようにする。脚もアイスマンの身体に絡める。自分に纏わり付く身体を揺らしてやる。甘ったるい熱い吐息が、アイスマンの耳を撫でる。時折、身体を揺らしてやりながら、大切に抱きしめてやる。ずっと昔に出会ったブルネットの僚機は、自分の伴侶になった。そしてそれから30年。フェニックスは、それを『真珠婚』と言ったか。
「は・・・あ・・・ん・・・」
「・・・マーヴェリック?」
「ん?・・・何?・・・アイス・・・」
「あの若鷹連中に任せてみるか?」
「え?何?」
「真珠婚式のセレモニー」
「・・・いいけど・・・アイスはいいのか?海軍大将の外聞は?」
「はっ・・・俺は登り詰めた男だぞ」
「あはは・・・強いなぁ」
「お前の為に出世したんだ。誰にも何も言わせないさ」
「本当に強いなぁ」
小さく笑いながら、マーヴェリックはアイスマンを抱く腕に力を込めた。幸せで泣きそうになる。自分がこんな幸せを手に入れることができるなんて、アイスマンと出会うまでは思ってもみなかった。僚機が、自分にくれた幸せを、マーヴェリックは自分の中で大事に育てた。永遠とまではいかなくとも、できるだけ長く続くことを願って。
「アイス・・・好きだよ・・・」
「俺は、愛してるぞ。永遠にな」
マーヴェリックの考えなどお見通しかのような、アイスマンの応え。だから、マーヴェリックも言う。
「僕だって、愛してる。ずっと・・・永遠に」
あまりの嬉しさに、マーヴェリックの目尻に涙が浮かぶ。綺麗な、真珠の涙のように。
END