Never let you go. Side:S

今日の俺はカマロではなく、自分の車、シルバラードのハンドルを握っていた。隣にはチンが座っている。
「ダニーの膝、大丈夫だといいね」
チンの言葉に、「ああ」と呟く。
ダニーがファイブ・オーに入った頃、彼は膝の前十字靭帯を痛めた。本人曰く、俺が散々無茶をさせたせいだと言う。そのときは、「なんて、軟弱なんだ!」と思ったが、今にして思えば、俺にも悪いところがあったかな・・・と反省はしている。
その痛めた膝を、先日の容疑者確保のときにアスファルトに打ち付けてしまい、しばらく病院通いを続けている。事件がなければ、俺がダニーにのカマロで病院に連れて行くのだが、今日は聞き込みがあって、それはできなかった。
「心配だろう?」
チンが話しかけてくる。
「ああ」
クスリと、隣から笑い声が聞こえた。チンが笑ったからだ。
「チン?」
「ごめん。なんか、心、ここにあらずって感じだったから」
「・・・・・・そんなこと、ない」
「聞き込みが終わったら、病院に寄ろうか?」
「いや、いい」
「意地を張らなくても」
「張ってない」
「そうだね。スティーヴはいつだって、自分の感情に素直だからね」
また、チンが笑った。
俺は思わず、唇を噛んだ。
父親の元相棒。子どもの頃の俺を知ってるだけに、チンにはかなわない。
一応自分の方がボスとはいえ、チンの方が年上だしな。
「・・・銃器店の聞き込みが終わったら、病院に寄っていいか?チン」
「もちろん。それがいいよ。ダニーも喜ぶ」
「喜ぶ?」
「そう。相棒に心配されて、迎えに来てもらったら、絶対に喜ぶよ」
「そんなもんか」
「そうだよ。そういうものだよ」
相棒か。・・・そうだな、俺とダニーは相棒だ。
・・・・・・でも、相棒と寝るか?セックスをするか?
ただの相棒なら、しないと思う。でも、ダニーはただの相棒じゃない。
相棒じゃなかったら、何なのか。
ダニーを抱いておいて、こんな自問自答をするのはおかしいけれども、自分にとってのダニーの存在意義を真剣に考えてみたことはなかったかもしれない。
ただ、欲しかった。自分のモノにしたかった。あの五月蝿い言葉も、オーバーリアクションも、膨れた顔も、笑顔も、体も全て、自分のモノにしたかった。
けれども、何度、体を重ねてみても、ダニーが自分のモノになったという実感がない。いつだって、どこか、もどかしさがある。
ある時、夜中に目がさめたら、隣にダニーの姿がなかった。外を見たら、カマロがなかったから、家に帰ったことがわかった。俺はすぐにダニーの家に車を走らせた。ダニーの家のセキュリティはたいしたことはなく、ピッキングで鍵はすぐに空いたし、ベッドで熟睡するダニーは俺の存在にも気づかなかった。
ただ、その姿を見て、ほっとしたことを覚えている。そのあとに芽生えた感情はよくわからない。
そんなことが2、3度続いてから、ダニーは勝手に家に帰らなくなった。
正確に言えば、俺が帰さないようにしていたからだけれども。
ダニーの体温を感じていると、とても安らいだ。だから、離したくないのか?
ダニーは俺の精神安定剤なのか?
「スティーヴ?大丈夫か?もう、着くよ。聞き込み先」
「あっ・・・ああ」
チンの言葉で、思考から現実に引き戻された。

銃器店で満足な情報を得る。それをメールでコノに送った。調査を彼女に任せる。
「せっかくだから、ダニーにココパフかマラサダを買って行ってあげようか。きっと喜ぶよ」
「喜ぶ?」
「そう。仲間になった頃は、ハワイ・ネガティブ・キャンペーンの多かったダニーだけど、ココパフとマラサダにはすっかりはまったよね。それと、パンケーキも。まあ、もともと甘いモノが好きなんだろうけどね。こうして、ダニーの好きなモノが、ハワイに増えていくといいよね。どうせだから、両方買って行ってあげようか。ん?スティーヴ?」
「チンは・・・随分とダニーのことがわかるんだな」
「ダニーの甘いモノ好きは見ていればわかるよ。女子のコノ顔負けに、甘いモノを見ると嬉しそうな顔をするからね。気づかなかった?」
「・・・いや。まあ・・・・・・」
「ん?どうした、スティーヴ。ダニーといる時間は、俺なんかよりずっと長いだろうに」
チンが意外そうな顔をする。
確かに、そうだ。カマロの助手席でも、よく甘いモノを食ってるなっていうのは気づいていた。でも・・・・・・。
「スティーヴ。ちょっと車を停めてくれるかな」
「ああ、わかった」
車を道路脇に寄せる。別にココパフやマラサダの店の前というわけでもない。
「スティーヴ。ダニーと何かあった?喧嘩したわけでもなさそうだけど。っていうか、口喧嘩はいつものことだしね」
「別に・・・・・・喧嘩はしてない」
「じゃあ、ダニーの膝のことかな?あれは仕方のないことだよ。古傷を打ってしまったことは不可抗力だ」
「・・・・・・わかってる」
「じゃあ、どうしたのかな?」
チンに問われても返事ができない。自分でも理解不能だからだ。
ただ、心の中がざわついていることだけは確かだ。
「スティーヴ?」
「チン。よくわからないんだが・・・・・・」
「何かな?」
「一緒にいたはずなのに、夜中に目が覚めたとき、一人だった。そのとき、どうにもならなくて、相手の家まで追いかけた」
「へぇ。情熱的だね。スティーヴらしい」
「俺らしい?」
「捜査と一緒。容疑者の確保一筋と同じってこと。ただ、その相手は容疑者じゃないからね。情熱的っていうよりも、愛が溢れてるっていうのかな?」
「愛?」
「だって、相手の家まで追いかけたんだから、そうなんじゃないか?」
うんうん、とチンが頷く。
「じゃあ、相手が逃げないように、手錠か何かで繋ぎ止めておきたいっていうのは?」
「スティーヴ。それを実行に移したら犯罪だからね。ただ、そういう感情はわかる。それは、執着ってことかな。あ、まさか本当に手錠で繋いだりは・・・・・・」
「していない」
「それは、よかった」
ただ、逃げられないように、がっちりと腕の中に収めているだけだ。それは、心の中で補足しておく。
「いいね。愛と執着。それは表裏一体のものだよ。愛しているから、相手に執着してしまう。そして執着してしまう、愛もある。ただし、相手の気持ちを無視して、やり方を間違えると、ただのストーカーだからね」
「・・・・・・たぶん、それは・・・大丈夫だ」
ダニーは俺を拒んではいない。少なくとも、セックスは合意の上だ・・・と思う。
けれども、自分はダニーの気持ちを確かめたことがあっただろうか。
そもそも、自分が、自分の思いをダニーに言ったことがあっただろうか。
・・・・・・それはない。何せ、自分で自身でもわからない感情だからだ。
「スティーヴ。言葉って大事だよ。大切で手放したくない相手なら、ちゃんと、『愛してる』って言ってあげないとね。さ、ダニーにココパフとマラサダを買っていこう」
その言葉を合図に、車を発進させる。
チンに言われたことを噛み締めながら。

「あれー。チンと一緒じゃねーの?」
病院についたら、ちょうどエントランスからダニーが出てきたところだった。
「何か用事を思い出したらしい。買い物の後、別れた」
「買い物?今日は聞き込みじゃなかったっけ?」
「チンが、ココパフとマラサダをお前に買っていこうって・・・」
「え?マジ?両方あんの?さーすーがー!チン!」
そういってダニーは、さっさとシルバラードの助手席に乗り込んだ。俺も慌てて運転席に座る。すでにダニーはマラサダの箱を開けている。
「膝・・・どうだった?」
「ん、美味しい!あん?ああ、膝ね。大丈夫。今日で通院もおしまい。古傷も悪化してないって」
「そうか。よかった」
「ほんっとだよ。これで膝が壊れちゃったら、俺、ファイブ・オーを辞めて、どっかの警察署で内勤だね」
「そんなことさせない」
「何、言ってんだか。あんたに人事権はないでしょうが。知事様の言う通りってやつだよね」
「知事には報告しない」
「はぁ?あのさあ、なんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いよ?まったく、これだからコントロール・フリークの言うことって、いやいやいやいや」
ダニーが首をブンブンふりながらマラサダを頬張る。
「そうだ、本部に行く前に、俺の家に寄ってくんない?銃もバッジも置いてきちゃったんだよね。俺ってうっかりさん!」
「わかった。ダニー、そこらへんに砂糖を散らかすなよ」
「あーはいはい。これはあんたの車だもんねー。ったく、こういうときはカマロの助手席の方が都合がいいよな。自分の車なら、砂糖をこぼし放題!なんてね」
ケラケラ笑いながら、2つ目のマラサダに手を伸ばすダニーを、視界の端に捉えながら、俺はダニーの自宅へと車を走らせた。

「ちょっと車で待ってろよ。それとも、俺のカマロに乗り換える?」
「いや。一緒に行く」
「拳銃とバッジを取りに行くだけよ?」
「いいから」
「はいはい。わかりました。逆らいませんって」
ダニーが両手を挙げて、降参のジェスチャーをする。
家の中へ入るなり、俺は後ろからダニーを抱きしめた。
「!・・・スティーヴ?」
ダニーの怪訝そうな声。
「あんね。今、まだ、勤務時間中。しかも真昼間。だから、離れなさいっての」
「嫌だ」
「あーあーあーあー。まーた、始まった。なんか、スイッチ入っちゃった?アニマル・ボーイ」
ダニーの口調はあくまでも軽い。そういえば、セックスのときも、真剣な言葉のやり取りはなかった。いつだって、軽口を叩きながら、ダニーは俺を受け入れる。
背後から、ダニーの耳たぶを喰む。
「うわっ。くすぐったいよ!それ!やめ!」
身じろぐダニーの耳たぶを解放し、その代わりに顎を掴んで唇を重ねる。少し無理な体勢にダニーは辛くなったのか、自分から俺の腕の中でくるりと向きを変えた。随分とキスがしやすくなる。
ダニーの腕が俺の腰に回された。
貪るようなキスをして、それから、そっと唇を離す。
綺麗なブルーの瞳が俺を見つめる。
「で?この後は?本部?それともベッド?」
片眉を上げての質問。その言葉の裏に、どこか諦めのようなものを感じるのは気のせいか。
「なあ」
「んー?」
「・・・俺は・・・ダニーを愛してるのか?」
「!・・・・・・は?い、今、なんとおっしゃいましたか?」
「だから・・・俺は、お前を愛してるのかって・・・・・・」
「ぶわっかか!あんたは!そんなん知るかよ!俺はエスパーじゃないの!俺にテレパシーを求めんな!ほんとに、あんたって、アニマルな!知性がないのか。いやいやいやいや、そんなことを言ったら世の中のアニマルに失礼だ!あんた、アニマル以下、もとい未満!はい、決定!」
腕の中で騒ぎ立てるダニーが、ふと可愛いな、と思った。カマロの中での会話でも、そんな風に思ったことがある。
「ショックだったんだ。夜中に目が覚めたとき、ダニーがいなかったことがあったろう。ものすごく、傷付いた」
「あーはいはい。それで、あんたは、わざわざ俺の家に来て、ピッキングして、気配を消して俺のベッドに潜り込んでたんだよね!きゃーこわーい」
「それは・・・愛だって、チンに言われた」
「ちょっと待て。俺とあんたが寝てるってチンに言ったのか!」
「それは言ってない」
「あー、よかった。一応、良識あんのね」
ほっとしたように、ダニーが天井を仰ぐ。
「なあ、俺は・・・・・・」
「知らねーよ」
「まだ、言ってないだろう」
遮られて、むっとする。
「あのなあ、スティーヴ。俺はマジ、エスパーじゃないから、あんたの考えてることなんてわかんないの!そりゃ、相棒としてはわかるよ。もう、ツーカーで敵陣に突っ込んでいけちゃうもんね。まあ、あんたの無茶っぷりにも慣れたっつうの?でもさー、愛とか恋と、そういうのはわかんね。ただ・・・さぁ・・・」
「ただ?」
「・・・・・・んー。怒るなよ」
「怒らないから、言ってくれ」
「・・・・・・あんた。寂しいんじゃない?」
「寂しい?」
「あー。自覚がなかったらごめんね。でもさ、あんたの周りからいろんな人がいなくなったじゃん。父親、母親、それとジェナにロリ。それから、えーと、そう。あんたの親友っていう、フレディ・ハート?妹のメアリーだって住んでるのは遠くだし、デブおばさんだってさ・・・・・・」
確かに。ダニーが言ってることは事実だ。だくさんの人が俺の周りから消えた。
「でもさ、その穴埋めを俺でしようとしてるわけじゃないと思う。まあ、俺の自惚れだったらごめんなさいだけどさ、俺がいなくなること、心配してない?」
ダニーがいなくなる。自分の傍からいなくなる。それは、想像もしたくないこと。
「スティーヴ。心配しなくていいよ。俺に飽きるまで、俺に執着してればいいよ。俺、寛大だから」
執着。チンも言っていた言葉。執着から始まる愛もある・・・と。
だとしたら、これは・・・・・・。
「ダニー」
「んー?」
「俺は・・・お前を・・・」
「はい、ストップ。やめとけ、やめとけ。なあ、それよりも、俺は、あんたの傍にいることは嫌じゃない。苦痛じゃない。それをなんて言葉で表していいかはわかんねー。でも、セックスも含めて、嫌じゃないんだよ」
口角を綺麗に上げて、ダニーが笑う。その小柄な体をもう一度抱きしめた。
「なあ、スティーヴ。今は仕事に戻ろうか。で、今夜、お前んちで飲もうぜ」
「わかった」
即答する。
きっと、今夜もダニーをベッドの中で離すことはないだろう。
勝手に帰ったりしないとはわかっていても、腕をその腰に絡めて眠りにつくだろう。そして、その温かな体に安心感を覚えるのだろう。
そして、いつか。いつの日か、言ってやろう。ダニーに。
「愛している」と。
執着は、一種の愛なのだと。自分の中で、完璧に、消化しきれたら。
それきっと、遠くはない、未来だ。

END