もう、時間の感覚がない。というよりも最早、日付の感覚がない。
壁に日焼けたカレンダーはあるものの、既に役にはやっていなかった。
モバイルの電源はとっくに落ち、充電することもなかった。
映りの悪いテレビはオブジェで、気が向いた時にスイッチを入れるラジオから流れるDJの声と音楽だけが、外界と二人と辛うじて繋いでいた。とはいうものの、よほど気をつけてラジオを聞かなければ、今日が何日の何曜日なのか、わからない。そのくらい、ここは孤立していた。モハーヴェ砂漠の中の古びた、カフェの名がついたモーテル。
何となく、昼よりは少し前だろう・・・と分かるのは、この季節の太陽の高さからだ。太陽といえば、この部屋には「幻日」という名の絵が飾ってある。マーヴェリックはいつだったか、コクピットから見た映幻日の光景を思い出す。
ゆっくりと寝返りを打ちながら、手のひらで隣を探るが、そこに人はいなかった。部屋はここしか空いていないと言われて案内されたのはダブルベッドの部屋。モーテルの主人にそう見られたのかは分からないけれども、それは別にどうだっていい。
「・・・アイス?」
部屋の空間の何処かに向かって、僚機の名前を呼んでみる。
「起きたか。コーヒーを貰ってくる。お前も飲むだろう?」
「ああ・・・あ・・・ダメだ、アイス。昨日の夜、コーヒーマシンが壊れたって・・・そんなこと、言ってた」
「マジか。・・・はっ・・・まさに、バグダッド・カフェだな」
「あはは。俺も同しこと、考えてた。・・・アイス・・・」
「どうした?」
「戻ってきて。どうせ、コーヒーないんだし」
「そうだな」
Tシャツとジーンズ姿のアイスマンが、ベッドに戻り、シーツだけを身体に纏わり付かせたマーヴェリックの近くに座る。マーヴェリックは左手で身体を支えて起き上がると、右腕をアイスマンの首に回した。そして、口付ける。最初は下唇を喰むように。そして上唇を舌でなぞり、そのままアイスマンの口腔に差し込んで舌同士を絡める。アイスマンもマーヴェリックの後頭部を手のひらで支えて角度を変えながら、その感触を楽しむ。
「・・・煙草の味がする・・・」
唇の隙間でマーヴェリックが囁くように呟いた。
「嫌だったか」
「・・・好き」
「知ってる」
アイスマンはベッドに上がると、マーヴェリックに覆い被さった。マーヴェリックも素直にその体重を受け止める。
この場所で。何度、身体を重ねたかは忘れた。数える気もなかった。ここに時間はない。あるのは空間。それと互いの身体だけ。だったら、行うことは1つだけ。
「シャワーは、いいのか?」
「いい。ああ・・・でも、アイスは浴びたんだよな」
アイスマンからはボディソープの香りがする。夜は冷える砂漠だが、それを凌駕してしまうくらいに二人は汗をかいている。
「気にするな。お前の匂いは嫌いじゃない」
そう言って、アイスマンはマーヴェリックの首筋に鼻を埋める。
「んー・・・」
気持ち良さげに首を仰け反らせる。くすぐったさと快楽の瀬戸際。
「・・・すぐに入っても・・・いいぞ」
「挿れて欲しいの間違いじゃないのか」
「意地悪な言い方だな」
「どっちが」
互いに笑い合いながらも、互いを求める仕草はやめなかった。
アイスマンは手早く衣服を脱ぐと、改めてマーヴェリックを組みし敷く。片脚を上げさせて、指を一本挿れると、そこはすんなりと受け入れる。昨夜の熱が、まだ残っている。
「慣らさなくて、いい・・・」
マーヴェリックはもどかしそうに腰を揺らした。
「欲しいか?」
「欲しい・・・意地悪すんな」
マーヴェリックがアイスマンの肩を甘噛みする。動物みたいな甘え方。だから、アイスマンはあやすように抱く。両脚を抱え上げて、濡れそぼだった後孔に、欲しがっているものを与えてやる。一気に。最奥まで。
「は・・・あ・・・んぐっ・・・んっ・・・」
そのまま揺さぶってやれば、甘い声が室内に響く。
こんな風に、怠惰な数日を過ごしているのに、アイスマンの僚機は、何処か痩せたような気がする。
「あ・・・アイス・・・アイス・・・」
これほどまでに、名前を呼ばれたことがあっただろうか。古い映画の挿入歌が脳裏をよぎる。
I am calling you.
Can’t you hear me?
そんなことはない。聞こえている。名前を呼ばれる度に胸が熱くなる。自分を求める声。これほどまでに、自分の庇護欲と独占欲を煽る、生き物。放っておけば、空へ消えてしまう。
ああ。
だから。
この爛れた時間と空間の中で、古ぼけたシーツに、この幾分小さな身体を繋ぎ止めておきたいと思うのだろう。このモーテルはケージなのだ。
ドライブの途中で車が故障したのは偶然か、必然か。
車を直すための部品が届くまで、と。このモーテルに身を寄せることにしたのは無意識か、意図的か。
モバイルのバッテリーを充電しようしなかったのは、誰か。
小さな声を上げながら、快楽を追う。その表情をいつまでも見ていたいと思ったのは自分だ。このまま、閉じ込めて、翼を折ってしまえば、ずっと自分の傍にいるのだろうか。
狂気。
ああ。
できるわけがない。
マーヴェリックから翼と空を奪ったら、それはアイスマンの求める者ではなくなる。
アイスマンは、繋がったまま、僚機の身体を引き起こした。対面になることで、深く楔が突き刺さる。
「んああああーっ・・・」
翼を折る代わりに、その身体を抱き締める。繋がっている間だけは、彼を地上に繋ぎ止めておくことができる。あれほど自分すらも焦がれている空が、恋敵とは。
「マーヴェリック」
I am calling you.
Can’t you hear me?
「あ・・・聞こえてる・・・アイス・・・」
心を見透かされたか。アイスマンは小さく笑った。そして、身体を繋げたまま、深いキスを。深淵に堕ちていくようなキスを。
***
マーヴェリックが、エンジンキーを回した。
快調な音を立てて、エンジンはかかった。
「あー・・・随分と着信が溜まっているな」
アイスマンは久しぶりに充電したモバイルを見て溜息を吐いた。
結局のところ、1週間、二人はモーテルにいたのだ。2週間の休みを貰っていたとはいえ、音信不通では多方面に心配をかけただろう。案の定、着信のほとんどはスライダーからだった。きっとマーヴェリックの着信はグースで埋め尽くされているだろう。
「アイス、荷物は?OK?忘れ物はないか?」
「多分な」
「うわー・・・心配。そのバッグの中、絶対にカオスだ」
「うるさい。ほら、いくぞ、整備士兼、運転手」
「はいはい」
故障した車の部品が届けば、後はマーヴェリックが自分で直せる。そうして蘇らせた車に乗り込む。アイスマンは、サイドミラーの映ったモーテルの看板を見た。
バグダッド・カフェ
古い映画のタイトルと同じ名前のモーテル。
ふっ、と笑いながら、アイスマンはサングラスをかけた。そして、モバイルを操作する。
「・・・ああ、悪いな、スライダー。音信不通で。・・・別に、事故じゃない。マーヴェリックも一緒だ。そっちは?は?グースが泣いてる?・・・伝えてやってくれ、マーヴェリックは無事だ。生きてる。ちょっと二人で長い休憩を取ってただけだ。・・・ああ、そう。車が壊れてな。悪かったって言ってるだろ。いや、マーヴェリックは運転中だから。何処かで休憩するときに、グースに電話すればいいんだろう?わかったから。約束する。・・・ああ・・・そうだな。明日、4人で会おう。じゃあな・・・」
アイスマンはモバイルをポケットにしまった。
「マーヴェリック。早く帰ったほうがいいみたいだ。グースがお前の捜索願いを出そうとしていたらしい」
「えー、大袈裟だなぁ、グースの奴!」
ケラケラと笑いながらマーヴェリックは運転する。半日もあれば、帰り着くだろう。
マーヴェリック
I am calling you.
マーヴェリック
Can’t you hear me?
アイス
I know you hear me.
サイドミラーの遠くに、幻日が見えたような気がした。
END