安物のスーツか、超絶にカジュアルか。マイクのワードローブは、その二択しかない。だから、久しぶりのオフである今日は、カジュアルだ。それでも、買ったばかりのお気に入りのパーカーとジーンズ。それにコンバースを合わせる。腕時計を見ると、ちょうど、ハーヴィーが迎えに来る時間だった。窓から、ハーヴィーの存在や車を確認することももどかしく、マイクはそのまま古びたアパートの部屋を出た。
今日は、ハーヴィーとの、デートだ。ドライブ・デート。レイが運転するレクサスではない、ハーヴィーのコンバーチブル。マイクはまだ、その車を見たことがなかったけれども、それだけにとてもワクワクしていた。外気につながる扉を開けると、オープンカーのハーヴィーがいた。自分を見て笑っている。
「ハーヴィー!ごめん!待った?」
「いや。今、ちょうど着いたところだ」
「よかった。・・・って・・・え?え?え?」
運転席に座るハーヴィーの姿に、マイクが固まる。何故なら、ハーヴィーがスーツ姿だったからだ。
「どうした?」
「え・・・・っと・・・」
ドライブ・デートだから、すっかりカジュアルな感じでいいと思った。ハーヴィーのプライベートな車はスポーティだと聞いていたし、まさかスーツ姿で現れるとは思っていなかった。もちろん、車とハーヴィーのスーツがチグハグだということではない。滅茶苦茶に似合っている。格好良すぎる。それに比べて、自分は・・・。と、マイクは自分のコンバースとジーンズとグレイのパーカーを順に確認した。合わない。確実に、今のハーヴィーに、自分は釣り合っていない。
「きっ・・・着替えて来る!!!!」
マイクが踵を返すのと同時に、ハーヴィーが車を降り、その細い腰にスーツの腕を回した。
「別にその格好でもいいだろうに」
「ダメ!!絶対にダメ!!僕もスーツを着る!っていうか、着なくちゃ!!」
必死に言うマイクに苦笑しながら、ハーヴィーは腕を腰に回したまま、マイクを促した。
「じゃあ、俺も付き合うとしよう」
そう言って、マイクをエスコートするかのように歩き出したのだった。
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「待ってて!すぐだから!あ、それともコーヒーでも飲んで待ってる?」
パーカーを脱ぎながらマイクが言う。パーカーの下は、濃いネイビーのTシャツだった。
「いや、コーヒーはいい」
そう言いながら、ハーヴィーはスーツのジャケットを脱いだ。そして、ネクタイを抜き、ベストも脱いでしまう。
「へ?ハーヴィー?何してんの?」
「君が脱ぐから」
「僕は着替えるの!スーツに!ハーヴィーに合わせるの!」
騒ぐマイクなど御構い無しに、ジャケット、ネクタイ、ベストを小さなソファに放り投げると、ハーヴィーはマイクをベッドの方へと押し付ける。
「ちょ・・・ちょっと!ハーヴィーっ!」
「ドライブもいいが、その前に君が欲しくなった」
そのストレートな物言い、マイクの気持ちが緩む。けれども、愛する人の高いスーツが皺になってしまうのはいただけない。マイクはするりとハーヴィーの体からすり抜けると、ソファに駆け寄って質の良い生地のジャケットを取り上げた。
「せめてハンガーに掛けさせて」
返事も待たずにマイクはジャケットとベストをハンガーに掛ける。
「ワイシャツだって、スラックスだって・・・」
と言いかけて振り向いた時は、マイクは既にハーヴィーの力強い腕によって、ベッドに放り投げられた。あまりスプリングのよくないベッドは、ギシっと嫌な音を立てる。
「ハーヴィーっ・・・」
抗議の声をあげかけたマイクだったが、ハーヴィーの表情を見て、口を噤む。完全にスイッチが入ってしまった表情だったからだ。
「ドライブもいいが、今はこっちだな。こんな晴れた日に、狭苦しい場所に閉じ籠るのも背徳的でいい。そう思わないか?」
「う・・・」
蜂蜜色の髪を撫でられながら言われてしまえば、最早、反論する余地もない。マイクはベッドに上に起き上がると、ハーヴィーの体に手を伸ばして、賛同の意を示したのだった。
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ベッドの上に座るハーヴィーに跨り、足はその広い背中に絡み付けた。そして両腕はハーヴィーの首に。そうしなければ、自分に姿勢を保っていられなかったからだ。自分の後孔に納まっている、太い楔一つで繋がっているだけだったので。
「あ・・・あふっ・・・んんっ・・・」
自重で深く飲み込んでいる体を、下から揺さぶられている。窓から差し込む光はとことんに明るい。まだ、昼前だった。
ハーヴィーから誘われたドライブ・デート。すごく楽しみしていた。何処に連れて行ってもらえるのか、何も知らされないデートだった。それなのに、今はこうして性を貪っている。もちろん、嫌いな行為ではない。ただ、当初の予定と違っていて、そこにちょっとした不満がないわけでもない。オフの日に、二人で外に出かけるなんて、しかもハーヴィーの車で、運転で。それはとってもレアなことで、本当に数日前から楽しみしていたのだ。本当に外は晴れていて、気候も良く、きっよオープンカーでドライブをしたら、最高に気持ちが良かったに違いない。そんなことを思いながら、マイクはハーヴィーの耳朶を噛んだ。ただし、甘く。けれども、批判の意味も込めて。そんなマイクの行為に、ハーヴィーはくすりと笑うと、膝の上の体を大きく揺らしてやった。
「ああっ・・・」
マイクがハーヴィーにしがみつく。いいところを掠られたからだ。
「心配するな。ちゃんとドライブには連れて行ってやるから」
「んっ・・・ハ・・・ヴィ・・・僕・・・楽しみにしてたんだからぁ・・・ハーヴィーの車・・・」
「わかってる。だから言ってるだろう?ちゃんと連れて行くと・・・ほら、自分でも動いてみろ」
「・・・う・・・ん・・・」
マイクは絡めた足を解くと、膝をベッドに付けた。そして、両手をハーヴィーの肩に置き、自分から体を揺らし始めた。何度も体を重ねているから、自分の好きなところは分かってる。ハーヴィーが惜しみなくそれをくれることも知っている。ただ、マイクはちょっとだけでも早く出かけたくて、自分の体を動かした。今日のメインはセックスではなくて、ハーヴィーとのドライブなのだから。
「あっ・・・い・・・きそ・・・んんっ・・・あんっ・・・」
「手伝おうか?」
マイクはコクコクと頷いた。このボーダーライン擦れ擦れの気持ち良さを長く感じることも好きだが、今はもっと大きくて激しい刺激が欲しい。もっと激しく突き上げて欲しい。
「お願い・・・もっと・・・奥・・・突いて・・・」
「いい子だ」
ハーヴィーは、静かにマイクをベッドに押し倒すと、その体に伸し掛かり、マイクの足を開き、ぐぐっと体重をかけた。
「ひゃっ・・・あっ・・・あああーっ・・・」
確実に感じる場所を擦り上げ、マイクの体を翻弄する。マイクの指がハーヴィーの上半身のいろいろな部分を彷徨う。
「い・・・イく・・・イっちゃう・・・ハーヴィーもイって!!!」
「ああ、一緒にな」
余裕な笑みを浮かべると、ハーヴィーは腰を大きくグラインドさせた。
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「え?仕事に行ってたの?だからスーツだったの?」
「ああ、そうだ。急にクライアントとオフィスで会うことになったから。着替えは車に積んであるんだ」
「言ってよ!そういうことは早く言ってよ!」
狭いバスルームで二人で一緒に汗を流した後、これまた狭いリビングで事の経緯を知る。
「君が慌てて勘違いしたのが先だろう?」
「だって・・・」
プゥ・・・・とマイクが頬を膨らませた。言い返したいが、言い返せない。確かに、一言、確認すれば良かったのだ。ハーヴィーがスーツだからと、慌てて着替えに部屋に戻ったのが自分だ。
「車に着替えを取りに行ってくる。君もその間に服を着ておけ。さっきのパーカーでいい」
ワイシャツとスラックス姿のハーヴィーが笑いながら、マイクの部屋を出る。
マイクは慌てて、窓に近寄った。外に停めてある、ハーヴィーのオープンカー。確かに後部座席に紙袋が見える。でも、きっと。たとえカジュアルな服だとしても、高級品だ。本当に自分とハーヴィーは釣り合わない。
車から紙袋を取り出したハーヴィーがマイクの部屋を見上げる。ガラス越しに目が合った。ハーヴィーの笑顔。マイクの好きな表情の一つ。マイクも少々引きつった顔で笑いかえすと、脱ぎ散らかしたTシャツとパーカーを着込む。お気に入りだけど、ちょっとヨレたパーカー。
「マイク」
ドアが開くなり、名前を呼ばれた。
「あ、ハーヴィー、着替えたよ。ハーヴィーが着替える間、コーヒーでも淹れようか?」
「いや、いい。着替えはすぐに終わる。それよりも早くドライブに行きたいんだろう?」
「・・・うん・・・まあ・・その・・・そうなんだけど・・・さ・・・」
「先に車に乗ってるか?部屋の鍵はかけておくぞ?」
「え?いいの?」
「ただし、勝手に計器を弄るなよ」
「それはしない。っていうか、できないもん。でも、いいの?ご主人様よりも先に乗ってて」
「構わない。部屋の鍵は持ってるから、とにかく先に行ってろ」
「ありがと!じゃあ・・・お言葉に甘えて!」
マイクは嬉しそうに笑うと、たたっと部屋を飛び出した。
正直、車には、あまりいい思い出はない。両親の生命を奪った機械だ。けれども、ハーヴィーは違う。彼は決して、人の生命を奪うことはしない。そういう運転はしない。
マイクはオープンカーの助手席に収まると、その座り心地の良さにうっとりした。天気は良いし、今は無風。車が走り始めたら、きっと心地よい風が顔を撫でるに違いない。ハーヴィーは自分を一体どこへ連れて行ってくれるのだろう。
「待たせたな」
「ううん。そうでも・・・って・・・え?」
マイクの目が点になる。ハーヴィーの服装。それはかなりラフだった。マイクのそれと同じくらいに。というか、ほとんど同じ。茶色のパーカーに白いTシャツ。そしてジーンズ。色違いのペアルックといったところだ。
「・・・ハーヴィーもそういう格好をするんだ・・・」
と呟いたが、きっと質はとても良いものなのだろう。けれども・・・。
ちらりと見えたパーカーのタグが、マイクのパーカーのそれと同じだった。同じメーカー。決して高くはない。というよりもむしろ安物だ。
「俺にだって、貧乏な時代はあったからな」
口角を上げてニヤリと笑うと、ハーヴィーはエンジンをかけた。
「さて。お待ちかねのドライブだ。行き先は、俺が決めてある。良いな?」
「うん。車でハーヴィーと一緒に出かけられるだけで嬉しいから」
「まずは、ランチでもしよう。君のお気に入りのサンドイッチ屋でテイクアウトはどうだ?」
「賛成。意義なし。・・・食べる場所は・・・?」
「少し離れた公園。今日は、人混みから離れることにしよう」
「良いね」
ハーヴィーはマイクに微笑みかけてから、スマートに車を発進させたのだった。
出だしは予定と少々違ってはしまったが、ハーヴィーとマイクのドライブ・デートが始まったのだ。
END