「あれ?アンジョルラスは、まだ起きてないの?」
グランテールは皆が集う場所でボソッと呟いた。
「昨夜はだいぶ遅くまで起きてたみたいだからな。まだ寝てるんだろう」
これは、コンブフェールの言葉。
「ふうん。・・・もう、こんな時間なのに。お腹、空かないのかな」
そう言って、かの美しき人が眠っているであろう階上を見上げる。
「朝ごはん・・・持って行ってあげようかなぁ・・・」
「ああ、そうしてやってくれ。首領として考えることがいっぱいあるんだろうが、時々寝食を忘れるからな」
コンブフェールが簡単な朝食の乗った、少し大きめのトレイをグランテールに渡す。
「ん?なんで二人分?僕はもう食べたけど」
「ああ、それはガブローシュの分だ。昨夜のお相手は、ガブローシュだったからな」
「えっ・・・」
ガブローシュは可愛い少年だ。アンジョルラスは綺麗な青年だ。
グランテールは、慌てて、バタバタと階段を駆け上がって行った。
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大きな足音を立てて、階段を上がったものの、グランテールは、ドアの前では静かにした。ノックをするかどうか悩んだが、それで眠っているアンジョルラス(ガブローシュは置いといて)を起こすのは嫌だ。できれば、寝顔を見たい。あわよくば・・・。
と、そこまで邪なことを考えて、グランテールはブンブンと頭を横に降った。何を考えてるだ自分は。こういうのは、「同意」とか「合意」が大事だ。
グランテールはそっとドアを開けると、静かに部屋の中に入った。カーテンを開けたまま、眠ってしまったのだろう。部屋には朝陽が差し込んでいる。
ベッドを見ると頭が2つ。けれども、その一つがすぐに反応し、起き上がった。
ガブローシュだ。
「んはっ!いい匂い!」
ガブローシュはベッドからぴょんっと降りると、グランテールが持っているトレイを覗きこんだ。
「起きてたのか、ガブローシュ」
「惰眠をむさぼるのもたまには必要だし。なあ、半分はおいらの飯?」
「ああ、そうだ。コンブフェールが持たせてくれた」
「やったね。めっちゃ腹が空いてんだ、おいら」
自分の分の食器をトレイから取って、ガブローシュは小さなテーブルへ置いた。そして、椅子に座ってガツガツと食べ始める。
「美味しいかい?」
「食えりゃ、幸せ。たった一切れのパンでもな」
ガブローシュはまだ小さい。本当なら、もっと美味しいものを食べさせてやりたいと思う。
あっという間に食べ終えると、ガブローシュは手の甲で口を拭き、椅子から降りた。
「じゃ、おいらは行くよ。ごちそうさま。んまかった。食器は自分で下げるから。それと・・・」
ガブローシュはニヤリと笑ってグランテールを見て言った。
「無抵抗の人間にやっちゃいけないことってあっからね」
「っ・・・ガ、ガブローシュっ!!」
「んじゃなー」
食器を持って部屋を出て行く少年。ドアを静かに閉めたのは、アンジョルラスへの配慮だろう。ガブローシュを見送ったグランテールは、ずっと手に持っていたトレイをテーブルに置くと、ベッドに近づいた。
金髪の青年、アンジョルラスが眠っている。いつも早起きの彼がこの時間まで眠っているということは、昨夜は相当遅かったのだろう。・・・理由は、わからないが。けれども、ガブローシュが居たということは、きっと革命話を聞かせてやっていたのだろう。アンジョルラスはその話に詳しいし、ガブローシュもその話が好きだ。
「ん・・・」
アンジョルラスに唇から、声が漏れた。思わず慌てるグランテール。何もしてない、自分は何もしてないぞ、と。・・・下心はあったとしても。
話しながら眠ってしまったのだろう。着替えることもせず、ベッドにいるアンジョルラス。ただ、タイは外しているし、シャツのボタンも数個外している。グランテール的には非常に見目麗しい光景。いやいや、ダメだダメだ。こういうことは、「同意」とか「合意」が大事なんだから。
グランテールは毛布を首元までかけてやろうと(何故なら、このままの状態は目に毒だからだ)、腕を伸ばした。アンジョルラスを起こさないように。
けれども。
グランテールが、毛布に手をかけた瞬間、アンジョルラスの瞳がパチリと開いた。
「あ・・・」
思わず、声を出すグランテール。
「・・・ん?あれ?・・・ガブローシュが、グランテールに変身した?」
相変わらず、天然なことをいう首領である。
「いや、ちゃんとグランテールだから。ガブローシュはさっきまでいたけど、朝食を食べて、さっき下に降りてった。・・・えっと・・・昨夜は、遅かった?」
「ああ・・・」
もぞもぞとベッドの上に半身を起こし、アンジョルラスは軽く伸びをした。グランテール的悩殺ショット。思わず、ゴクリと唾を飲み込む。もちろん、アンジョルラスに気づかれないように。
「うん。革命の話をね。ガブローシュには以前から、話をしてあげるって約束してたんだ。それが’叶ったのが昨夜ってことで・・・ああ、でも、あんな小さな子を夜遅くまで起こしといて悪かったなぁ・・・つい、興に乗ってしまってね」
「いや、めっちゃ元気だったから、そういう心配はいらないと思う」
「そう?なら、いいんだけど」
言いながら、アンジョルラスがベッドから降りる。その姿に、グランテールは「うっ」と小さな呻き声を上げて、鼻を押さえた。
何故なら、非常に寝乱れた状態だったからだ。シャツの裾はズボンからはみ出ていて、外した胸元のボタンのせいで、起きた瞬間、するっと片方の肩が露わになったからだ。グランテールにとっては、ある意味、殺傷能力の高い狂気。実際、鼻腔をたらりと何かが流れ落ちるのをグランテールは感じていた。
鼻血。
「どうした?グランテール・・・て!ちょっと!おい!血が出てるぞ!!!」
慌てて近づこうとするアンジョルラス、それを片手で遮るグランテール。これ以上、麗しの君が近づいてきたら確実に出血死だ。
「だ、だ、だ、大丈夫・・・らから・・・」
「そ・・・そうか?しかし・・・」
アンジョルラスはポケットを探り、ハンカチを取り出した。そしてグランテールに差し出す。
「使って」
「あ・・・あんがと・・・」
アンジョルラスからハンカチを受け取り、そうして2、3歩後ずさるグランテール。けれども、心配して間合いを詰めようとするアンジョルラス。心配はいいから、早くそのセクシーすぎる身なりを何とか整えて欲しい。出ないと、鼻血が止まらない。
「ご・・・ご飯・・・アンジョルラス・・・ご飯・・・」
グランテールはテーブルの上のトレイを指差した。
「あ、ああ・・・運んでくれたんだ。ありがとう。いただくよ」
天使の笑顔で答えると、「おやっ?」とばかりにようやくアンジョルラスは身なりを整え始めた。
「ゆゆゆゆゆゆっくり食べてくれ・・・。じゃ、下にいるから・・・」
「うん。わかった。ありがとう、グランテール」
天使の笑みを受け取りながら、グランテールは鼻を押さえて、廊下に出た。
アンジョルラスが貸してくれた白いハンカチは、真っ赤なハンカチへと変わりつつあった。洗ったとしても、元の白さは帰ってはこないだろう。
「あ、新しいのを買って返そう・・・」
言いながら、グランテールは、微笑んだ。これで公正明大に、愛する者へと贈り物ができる。
ダボダボと鼻血を流しながら、グランテールはガッツポーズを取るのだった。
END