女王陛下と下僕子犬

マイクは仕事ができる。フォトグラフィック・メモリーの持ち主であるからというだけではなく、それを生かす術も知っている。だから、ハーヴィーの役に立つ。

ハーヴィー自身、マイクと仕事をすることを面白く感じていたし、時を経るに従って、「部下」・・・というよりも、「相棒」という感覚に近くなっていた。だいたい、マイクも遠慮というものを知らない。我が物顔で自分のオフィスで寛ぐし、勝手に酒も飲む。それを厳しく窘めなかった自分も悪いが。二人でいる時間はそれなりに楽しいものだったのだから、仕方がない。

「僕、仕事、頑張ったでしょ?褒めて!褒めて!」

と言わんばかりのマイクの尻に尻尾が見えるのは気のせいではないだろう。敬礼詐称がジェシカにバレたとき、自分の進退をかけてマイクを守ったのは、彼の能力や仕事への情熱を知っていたからだけではなく、一生懸命に自分の人生を変えようと頑張るマイクの姿が可愛かったら・・・というのもあながち間違ってはいない。

しかし、甘やかすべきではなかった。

・・・と、ハーヴィーはベッドの上で後悔している真っ最中であった。

くっそ面倒くさい案件をジェシカに押し付けらた揚句、ルイスにいらんことをされて、スムーズに進むはずだった仕事が進まず、イライラし、それでも仕事は片付けなければならず、だいぶマイクをこき使った。かなりの残業もさせた。そんな状態でも、ハーヴィーに褒められたいマイクは、上司に八つ当たりされながらも、仕事を頑張った。その甲斐あって、数週間に渡る仕事も無事に片付き、ようやくハーヴィーの肩の荷も降りる。若い子犬は極限状態の中での仕事でアドレナリンが出ているのか、淡いブルーの瞳をキラキラさせて、ハーヴィーを見る。

「僕、頑張ったでしょ?褒めて!褒めて!」

だからハーヴィーはマイクの肩をぽんぽんと叩き、「今日は残業せずにさっさと帰って休め」と労いの言葉をかけた。その瞬間、キラキラしていた青い瞳が曇り、眉が顰められる。何故か、不満そうに唇も尖っている。

「そういうんじゃないのがいい」

「は?」

「早く帰ってもいい、とかじゃなくてさ、もっとなんかない?」

「何がだ」

「お祝い」

「案件が片付く度に祝うのか、君は」

「だって、今回は特別じゃん。すっごい大変な案件だったし、途中でルイスの無意識な妨害もあったし!違う?」

「まあ、違わないな」

「それに、いつもオフィスでスコッチを飲むでしょ?」

「つまり、ここで、スコッチを飲ませろ、と?」

「そういうんでもない」

「じゃあ、なんだ」

大して身長の変わらない若い部下が、小首を傾げて上司を見る。瞳の曇りは取れていて、そこには悪戯っ子のような輝きがあった。ああ、こういうのを知ってる。飼い主に構って欲しい子犬の目だ。構ってもらえることを疑わない子犬の目だ。

「ハーヴィーの部屋でお酒が飲みたい!絶対にここよりも良いお酒がおいてあるよね!」

「・・・・・・わかった」

ちょっとした逡巡の後、ハーヴィーは肩をすくめて承諾した。

「いつ来ても、ハーヴィーの部屋ってモデルルームみたいだよね」

「君の部屋が雑然としすぎてるんだ」

「そお?結構、落ち着いて、居心地がいいんだけどなぁ、あれはあれで。あ、このお酒飲んでもいい?」

確実に一番高い酒を見つける嗅覚。やはり、犬だ。

「ハーヴィー座ってて。僕が注いであげる」

勝手知ったるなんとやらで、綺麗に磨き上げられたグラスを探し出し、琥珀色の液体を注ぐと、マイクは先にソファに座ったハーヴィーに手渡した。マイクはハーヴィーの向かいではなく、隣に腰を下ろした。

オフィスで飲むのと部屋で飲むのと、一体どこが違うんだか、とハーヴィーは思う。だったら、この一番高い酒をオフィスにおいておけば、面倒はないな・・・などと考える。

「ねえ・・・」

マイクが話しかけてくる。

「今、ハーヴィーに好きな人っている?」

「今現在、付き合ってる女はいない」

「・・・君は?」

戯れに聞いてみる。

「いるよ」

即答。

「ふうん。だったら、仕事の成功をそういう女に語ってやったらどうだ?株が上がるぞ」

「ダメダメ。ちょっとやそっとのことじゃ褒めてくれないから。仕事はやって当たり前。仕事はできて当たり前。な、価値観の持ち主だから」

「ハードルが高いんだな」

「そう!その通りなんだよね。僕が寝食を犠牲にして仕事をしても、滅多に褒めてくれない。っていうか、全然褒めてくれない」

「なかなか厳しいな。でも、惚れているんだな」

「うん!そういう厳しいところも好きなんだよね、なんだかんだ言って」

「美人か?」

「めっちゃ美人さん。僕にはもったいないくらい。僕には高値の花なんじゃないかって思うくらい」

「・・・付き合っていないのか?」

「・・・それは、まだ。現在、絶賛、口説き落とし中」

「まあ、頑張れ」

「応援してくれる?」

「ああ。一応、可愛い部下だからな。仕事はできる男だぞ、と言ってやるぐらいのフォローはしてやるさ」

「ありがとう!・・・でもさ、脈があると思う?」

「相手のことを知らないから確実なことは言えない。しかし、君は見てくれは悪くないし、さっきも言ったように、仕事もできる。まあ、問題があるとしたら、経歴詐称ぐらいか・・・。バレたら・・・ダメだな」

「ああ、それは大丈夫。もう、バレてるから」

さらっと言うマイクに、ハーヴィーが固まった。

「おい。誰にも言うなと言ったはずだぞ?」

「言ってないよ。最初から知ってたんだ。わかってて僕を雇ったんだよ」

そこまで言うと、マイクはにっこりと笑った。

ちょっと待て。なんだ、この嫌な予感は。今のこの話の流れ・・・。いや、反芻したらダメだ。悪い結果しか導き出せない。

ハーヴィーは落ち着いて、ソファから立ち上がろうとした。が、その手首を掴まれて、動けない。恐る恐るマイクの顔を見ると、相変わらず笑みを浮かべた子犬の顔がそこにあった。

動揺したのがよくなかった。自分では鍛えているつもりだったが、マイクは力の入れ処を知っていた。さほど体格の違わない部下に寝室に連れ込まれる。

「マイクっ!」

マイクは器用に体を使い、乱暴はせずにハーヴィーの体をベッドに沈めた。すぐに起き上がろうちしたが、あっという間にベッドに縫いとめられる。

「びっくりした?僕、高校時代にレスリングをやってたから、体を抑え込むコツを知ってるんだよね。でも、痛くないでしょ?大好きな人に苦痛を与えるなんてこと、僕、しないから!」

「そういう問題じゃない。どうして、こうなるんだ?」

「どうしてって。ハーヴィーだって、好きな女性をすぐにベッドに連れ込むよね?それと同じだけど?」

「俺はちゃんと同意の上で事に及んでる!」

「あ、そっか。そうだよね。そこが抜けてたね。ごめんね、ハーヴィー。じゃあ、改めて言うけど、僕はハーヴィーが好きなんだ。だから抱きたい。いいでしょ?。じゃ、そういうことで」

「俺の意志を無視するな!」

「あ、そっか。そうだよね。そこも抜けてたね。ごめんね、ハーヴィー。じゃあ、改めて聞くけど、ハーヴィーは僕のこと好きだよね?だから、抱くね。だから、これは同意。じゃ、そういうことで」

「何処が同意だ!何処が!」

「だって、ハーヴィー、僕のこと好きでしょ?でなかったら、僕なんか、とっくの昔にピアソン・ハードマンから追い出されてた。自分の進退をかけてまで、僕を守ってくれた。それって、愛でしょ?ああ・・・僕って愛されてるなって、感動しちゃった」

「都合のいい解釈をするな・・・おい!」

マイクがハーヴィーの体を押さえながら、器用にスーツを脱がせていく。その指先は決して乱暴なものではなく、思いやりと労わりがあった。そんな動きに絆されそうになるが、これは貞操の危機だ。確かにマイクを可愛くない、とは言わない。好きか嫌いか、と問われれば、好きな部類に入るだろう。しかし、それとセックスとは別次元の話だ。

「マイク、落ち着け」

「んー。僕、結構冷静だよ。あ、でもやっぱりちょっとは興奮しちゃうかな。大好きな人とのエッチってワクワクするよね」

そう言いながら、マイクがハーヴィーの耳朶を喰んだ。

「くっ・・・」

かかる吐息の熱さ。冷静と言っている割りには、マイクの呼吸は荒い。男同士のセックスを情報として知らないわけではないが、まさか自分が組み敷かれるとは思ってなかった。抵抗したら・・・余計な怪我が増えそうだった。

大人の余裕を見せるべきか。

男の矜持を守るべきか。

マイクが犬のように鼻をハーヴィーの鼻に擦り付けてきた。

「キスしてもいい?」

甘えたようなマイクの声に、ハーヴィーは体の力を抜いた。

この子犬を拾ってしまった自分の責任だ。それに、何故か、この子犬には勝てないような気がした。甘いと言われればそれまでだが、この子犬が他の人間にちょっかいを出す前に、飼い主としての責任を果たした方がいいのかもしれない。

ハーヴィーは緩んだマイクの手から右腕を抜き、その後頭部をポンポンと軽く叩いてやった。

ハーヴィーのお許しを得た子犬は、それはもう嬉しそうにハーヴィーを全身を探索し始めた。

が、当のハーヴィーはそれを気持ちいいとも思わなかったし、感じもしなかった。高いところをから自分たちを俯瞰してみているような、そんな錯覚があった。後ろにローション垂らされて、マイクが中に入ってきたときだけ、一瞬、苦痛を感じたが、やはり、快楽を得る・・・ということがない。しかし、マイクは一生懸命、腰を動かしていた。おざなりに、マイクの腕を触ってみたりもするが、まあ・・・なんていうか、どうってことなかった。思考の隅っこで、何かに似てるな・・・と思う。ああ、あれだ。飼い主の足にしがみついて、一生懸命腰を振る駄犬だ。あれに似てる。思わず、ハーヴィーは、ふっと笑ってしまった。その笑いに合わせて、突然マイクの律動が止まった。

「ちょっとハーヴィーっ!!!!!」

青い瞳が怒っている。

「ちゃんとセックスしてよ!」

なんだ、その言い草は。と思ったが、黙っておく。その代わりに別なことを聞いてやった。

「ちゃんとしたセックスってどんなんだ?」

「ちゃんと感じてってこと!」

犬相手に感じろ、と言われてもな。これも思うだけで、黙っておく。きっとマイクも男相手が初めてだから、よくわからないんだろう。ハーヴィーは腕を差し出して、マイクの手を取った。

「マイク、俺の体を引き起こせ。抜かなくていいから」

マイクが素直にハーヴィーの体を引く。ハーヴィーも片手をベッドについて起き上がった。向かい合わせになったマイクの唇にキスしてやる。それは嬉しいらしい。すぐに口腔に舌が差し込まれ、舌を弄ばれる。まあ、キスは下手じゃない。ハーヴィーはしばらくしてから、両手でマイクの頭を掴み、自分から離した。

「君がしたいのは、キスじゃなく、セックスだろう」

そう言って、ハーヴィーはマイクの体をとんっと押した。不意のことに、マイクの体がベッドに落ちる。

「君は動くな」

人差し指で、マイクを制すると、ハーヴィーは両手をマイクの腹の上に置き、体を上下に揺らし始めた。マイクの中心が、自分の内部のいいところに当たるように、角度を調節する。目を瞑って、自分の快感を追うように動く。学習能力の高いマイクのことだ。これでわかるだろう。それからマイクの手を取り、自分の中心へと導く。さすがにマイクも同じ男なので、何処を触り、何処をどう刺激すればいいかはわかっているようだった。すぐに、マイクの指が繊細に、それでも次第に激しく動きは占めた。

「んっ・・・くっ・・・」

ハーヴィーの喉奥から声が漏れる。慣れない行為に、額から汗が伝う。それを拭うように、ハーヴィーは髪を掻き揚げた。その姿を下から見上げていたマイクが口を開く。

「やっぱり・・・ハーヴィーって綺麗だ・・・すっごく、セクシーだし」

「は?・・・男に褒められても嬉しくいないぞ」

「だって、それしか言えないもん。・・・でさ、僕、わかっちゃったよ」

ハーヴィーを見上げるマイクの口角が弓なりに上がる。すぐさま、マイクの片手がハーヴィーの背を支え、反対の手をベッドに付いて起き上がり、体勢を入れ替えた。柔らかなベッドに、ハーヴィーの体を押し付ける。

「くっ・・・馬鹿っ・・・いきなり動くなっ・・・」

「ふふっ。教えてくれてありがとうハーヴィー」

マイクが律動を始める。ハーヴィーが感じる部分を的確に抉る。

「どお?僕って賢いでしょ?ハーヴィーが教えてくれた場所・・・当たってるでしょ?」

ハーヴィーはそれには答えず、甘えり厚くはないマイクの胸に両手を当てる。そうしないと、マイクの突き上げが強すぎるからだ。

「マイ・・・クっ・・・か、加減しろっ!この馬鹿!」

「あー。また、馬鹿って言った。・・・僕、結構賢い子なのにぃ」

マイクが不満げに口を尖らすが、それでも腰の動きは止めなかった。ハーヴィーに絡む指の動きもそのままに、どんどん上司を追い上げていく。

「ねえ、中に出していい?」

「・・・・・・」

無言で、ちょっと露骨に嫌な顔をしてやる。

「あ、いいんだね」

「あっ、おいっ!」

「ハーヴィーの中、すっごくあったかくて気持ち良くって、最高・・・僕、そんなに早い方じゃないんだけど・・・ごめん、無理・・・イく」

そう言いながらも、マイクはハーヴィーと一緒にイキたいらしく、よりいっそう、ハーヴィーを包み込む指に力を込めた。

「はっ・・・あっ・・・くっ・・・」

いいところを覚えたマイクが与えてくる刺激に、ハーヴィーも堪えきれなくなる。

「んっ・・・」

「お願い、ハーヴィー。一緒にイって?」

激しくなるグラインドと手淫に、ハーヴィーの脳の奥が焼かれたようになる。

「うっ・・・あっ・・・」

「ハーヴィーっ・・・大好きっ!」

そんな言葉とともに、マイクはハーヴィーの体の上で伸び上がった。

「触るな。ベタベタするな。懐くな」

「えー。ハーヴィー、つれない~。こういうのって、事後も大事じゃん。もっとイチャイチャしよ?」

マイクがハーヴィーの背中を撫でたり、摩ったり、キスを仕掛けたりしてくる。

「俺はさっさとベッドを出て、シャワーを浴びたいんだ」

「ダメー。っていうかさ、ハーヴィー、今、起き上がれないよね?腰、大丈夫?」

「・・・・・・」

「マッサージしてあげようか?」

「却下」

「えー。僕なりの労りなのに」

「それだけで終わる気がしない」

「あ、バレた?僕、若いから、まだイケるよ!でも・・・この次があるなら、今日はもう我慢する」

はぁ?なんて言った?この馬鹿犬は!

ハーヴィーは盛大に眉を潜める。やっぱり、こいつは駄犬だ。馬鹿犬だ。ちょっと甘やかすと、つけあがる。

「ねえ、また、新しい案件に勝利したら、セックスしよ?」

「そんなにセックスしたけりゃ、他を当たれ。俺でなくてもいいだろう」

「え?何言ってんの?やだよ、他の人なんて。さっき言ったじゃん。聞いてなかった?」

「何を」

「僕はハーヴィーが好きなんだよ!ハーヴィー大好きって言ったもん!」

「・・・・・・」

聞いたような気もするが、それは単純に、この子犬がイくとき発した無意識の言葉じゃなかったのか?

「僕、本気なんだけど?本気でハーヴィーが好きなんだけど?だからハーヴィーとセックスしたいって思ったんだけど?だから、セックスしたんだけど?ハーヴィーは違うの?」

畳み掛けるように聞いてくるマイクの声を背中で聞きながら、頭痛がしてくる。冗談ですませておきたかったものを。

「ねえっ!ハーヴィーったらっ!聞いてる!?」

次第に大きくなるマイクの声を聞きながら、ハーヴィーは盛大にわざとらしく、溜息をついた。そして。

「ああ、聞いてる」

「良かった」

ハーヴィーは体を反転させて、マイクの方に向き直った。

「マイク。今日のは単なるご褒美だ。君が欲しいと言ったから。しかし、俺が君を好きかどうかはわからない。ただ・・・自分の進退と引き換えにするくらい、大事だとは思ってる」

「・・・うわぁ・・・ありがとう、ハーヴィー。そういうのを愛してるって言うんだよ!」

「いや・・・愛してるとは、言ってな・・・いっ・・・」

言いかけた言葉はマイクの唇で塞がれた。唇の端から酸素を取り入れながら、『この駄犬には躾が必要だな』と深く思ったハーヴィーだった。

END