マイクがアソシエイトオフィスでちょこっと残業をしていると、後ろからにゅっと腕が伸びて来て、コトリと、茶色の小瓶が置かれた。「ん?」と思って振り返ると、同じアソシエイト。さほど話をする仲ではない。が、オフィスには自分と彼しかいない。確か・・・そうだ。彼は、数日、日本へと出張に行ってたはずだ。
「お帰り。えっと、空港から直行?」
「まあね。誰かいるかなーって思ったら、マイク、君がいた」
「ふうん。じゃあ、僕に重要な用事があるってわけでもなさそうだね」
「いやいや。今、重要な用事ができた。オフィスに残ってるのが、男の君で良かった、という点においてね」
「どういうこと?」
マイクは眉を顰めつつ、首を傾げた。
「それ。その瓶」
マイクは机に視線を戻した。何やら紙製のラベルが貼ってある茶色の小瓶。
「ジャパン土産」
そいういって、彼は笑った。
「何これ」
マイクは小瓶を持ち上げて検分した。ジャパン土産というからには日本製だ。日本が書いてある。細かな成分表示らしきもの。ただ、1つだけ英語が表記されていた。
『SEX』
と。他の文字は全く読めないが、それだけは読める。唯一の英語だからだ。多分、英語だろう。
「君は・・・」
マイクは呆れたように口を開いた。
「日本で何か良からぬことをやってきた?」
「仕事はちゃんとした。でもさ、夜は暇じゃん。向こうでの仕事で知り合ったおっさんがさ、夜の繁華街に連れて行ってくれたわけ。で、何処に連れて行ってもらえるのかなーって思ったら、まさかの薬局!」
「は?何、それ。日本ではヤバイ薬を普通に薬局で売ってんの?」
「まあ、俺も一瞬はそう思ったわ。でも違うんだなー。そのドリンク、その街の夜の繁華街では相当かなり有名なヤツでさ、飲むとめっちゃ凄い」
「・・・凄いって・・・何が?」
「何がって、聞くなよなー。ラベルを見ればわかるだろう」
マイクはもう一度ラベルを見た。けれども、見たところで、読める文字は『SEX』だけだ。まあ、セックスがらみに違いない。そこを確認しようと顔をあげたら、もう彼はいなかった。おいおい、と思う。
「全く、しょうがないなぁ・・・。これを僕にどうしろっていうんだよ」
と呟きながら、再びラベルを見る。
日本語には、漢字、平仮名、片仮名があることは知ってる。凄く習得が難しい言語であるという噂も聞いたことがある。けれども、自分の能力を活かせば、案外、簡単に習得できるような気もする。今度、日本語でも勉強して見るか・・・と思いつつ、そんな暇もないよなぁ・・・と、机の上の書類に目をやった。ハーヴィーの分は終わらせた。何においても、ハーヴィー優先は絶対事項だ。問題はいつの間にか増えているルイスの分だ。ルイス自身が押し付けてくるものもあるが、他のアソシエイトがこっそりとおいて行く場合もある。どうやら、自分は「ルイスのお気に入り」と思われている節がある。いい迷惑だ。
マイクは口を尖らすと、同僚に貰った茶色の小瓶をメッセンジャーバッグに突っ込んで、スーツのジャケットを着て、パソコンをシャットダウンした。
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「お、意外に早かったな」
ハーヴィーのペントハウスを訪れたマイクを見て、ハーヴィーが言った。
「ルイスの書類は放置してきた。だって、邪魔が入ったんだもん。なんだか、やる気が失せちゃった。明日、少し早く出勤してやることにするよ」
「邪魔って?」
「うん。日本に出張してたアソシエイト。彼から、変わったものもらった」
そう言ってマイクはメッセンジャーバッグから茶色の小瓶を取り出してハーヴィーに渡す。
「日本製のドリンクか。日本語はわからんな」
「ハーヴィーにもわからないことがあるんだー」
「この世の公用語は英語だ。ん?なんだ、これは」
「そのラベルに気合てある唯一の英語が『SEX』っていうのがさ、胡散臭いよね。なんだと思う?」
「・・・得体が知れない。飲んでみたらどうだ?」
「やだ」
「即答だな」
「セックス・ドラッグだったらどうするのさ」
「ドラッグだったら持ち込めないだろう。犬が見つける」
「まあ、そうだよね。・・・ハーヴィー、飲んでみない?」
「君が飲まないものをどうして俺が飲むんだ」
「でもさ、日本製だよ?日本製はクオリティが高いじゃん。悪いものじゃないかも。なんかよくわかんないけど、あいつも『凄い』って言ってたから、実際に飲んでみたんだと思うし」
「効能は聞かなかったのか?」
「聞こうとしたら、さっさといなくなった。ねえ、このさぁ、『SEX』の前に書いてある文字ってなんだろうね。漢字じゃないってことは何と無くわかるんだけど」
「さあ。うちの事務所にも日経の人間がいるだろう。聞いてみたらどうだ?」
「・・・この、なんちゃらSEXってヤツを?恥ずかしいから、いや」
言いながら、茶色の小瓶をハーヴィーに差し出す。が、ハーヴィーも受け取らない。そんなハーヴィーに口を尖らせるマイク。
「面白くないね、ハーヴィー」
「そんな得体の知れない液体、ハッパよりも気味が悪い」
「んー・・・じゃあさぁ、半分ずつ飲むっていうのは?」
「・・・そういうことなら考えなくもない」
「さすが、ハーヴィー!」
マイクは指先に力を入れて、小瓶についている金属製の蓋をぐるりと回した。
「はい、どうぞ」
「俺が先か?ったく」
言いながらも、ハーヴィーはおとなしく受け取り、きっかりといかないまでも、ほぼ半分だけ飲んだ。そして、瓶をマイクに返す。
「じゃ、いただきまーす」
ハーヴィーが口にしたのを見て安心し、その液体を口に含んだ。が、すぐにハーヴィーに近寄ると、頰を掴んで引き寄せる。そして、口の中の液体を全て、ハーヴィーの口腔内へと流し込んだ。意表を突かれたハーヴィーはそれを全て飲み込んでしまった。
「っ!!!ゴホッ!・・・お、おいっ!約束が違うだろうが!!!!」
「だって~。やっぱり人体実験は怖いし」
「だからって俺で実験をしようとするな!!」
「ねえ、味は?」
「知るか。・・・まあ、変な味はしない」
「吐き気は?お腹は痛くない?」
「そういう心配をするなら、飲ませるな」
「だって、気になるじゃん。どうなるか」
「だったら自分でにめばよかっただろうが」
「だから。自分での人体実験は怖いってば」
ケラケラと笑うマイクに、ハーヴィーを眉間を皺を指で押さえた。
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これといって、何か劇的なことも起こらず、何だか拍子抜けしつつ、ハーヴィーとマイクはベッドに潜り込んだ。そして、いつものパターン。しかし今夜は違った。ハーヴィーに仕掛けられる行為に、いつもならくすくすと笑いながら応えるマイクだったが、それどころではなかった。ハーヴィーの体がいつになく、熱い。火照ったように熱をもっているし、マイクの顔にかかる、その吐息も熱い。なにより、瞳がいつもと違った。
基本的に、セックスに関して、ハーヴィーはマイクを大切に扱う。乱暴に扱えば壊れてしまうビスクドールのように、丁寧に愛撫を施す。これでもか、というほどに。マイクが「早く欲しい」と甘い声で根を上げるまで。それはもう、余裕の涼しい顔で、マイクを抱くのだ。それなのに、今夜のハーヴィーは違った。獲物を捕らえ、逃がすものか、というような瞳でマイクの体を抑え込んでいる。そう。視線だけで。
「・・・は・・・ヴィ?」
恐る恐る、マイクはハーヴィーの名前を呼ぶ。しかし、ハーヴィーはその声を振り払うかのように首を振った。そして。
「ああ・・・ダメだ。悪い、マイク。我慢しろ」
そう言って、マイクの両脚を開き、肩に抱え上げた。
「うっ・・・わっ・・・」
突然取らされた体勢に、マイクは声を上げる。いつにないハーヴィーの様子に、上体を起こそうとしたが、それはできなかった。
「ひゃっ・・・あっ・・・」
熱くて柔らかいものが、マイクの後孔に潜り込んで来たからだ。それは入り口付近をグリグリと押すように舐めて、さらに中へと入って来た。・・・ハーヴィーの舌。
「だっ・・・めっ・・・ハーヴィーっ・・・汚いってばぁっ・・・ああんっ」
抵抗しようとするが、がっしりと脚と腰を押さえつけられていて叶わない。
「う・・・んっ・・・んんんっ・・・」
シーツを掴んで、その滑りに耐える。しかし、すぐにマイクは喘いだ。何故なら、舌だけではなく、指も入って来たからだった。
「やっ・・・あ・・・ああ・・・ハーヴィー・・・」
後ろで蠢く舌と指の動きに翻弄される。もう、その動きの激しさだけで、イってしまいそうだった。決して、いつものように優しくはない、行為。それに自分は溺れそうになっている。マイクはシーツから自分の指を気力で剥がし、そろそろと下肢へと伸ばした。刺激が欲しかったからだ。穴に中でバラバラに動く指が、時折前立腺に当たり、既にマイク自身も勃ち上がっていた。両手で包み込み、上下に動かす。先走りの液体が、ちょうど良い滑りとなる。
「はっ・・・あ・・・い・・・イキそ・・・ああ・・・」
マイクが白い喉を仰け反らせる。足の指先に力が篭りそうになったとき、突然、後孔が解放された。ぱっくりと空間が空いてしまったような感覚。放り出されたような気さえする。
「はー・・・ヴィー・・・?」
訝しげに声を出したマイクに、熱い体が伸し掛かって来た。いつになく、汗ばんだ体。
「覚悟しとけ、マイク」
ハーヴィーが不穏な言葉を発した直後、マイクの後孔が太くて熱い楔に塞がれる。
「んくっ・・・あっ・・・やっ・・・あんっ・・・おっき・・・い・・・」
まるで体を切り裂くような律動。男のセックスに慣れた体でなければ、壊れているだろう行為。いつもより、ベッドの上で、マイクは激しく揺さぶられた。もう、自分自信を慰めるどころの話ではない。ハーヴィーの突き上げについていくのが必死だった。
乱暴。けれども、暴力とは思わなかった。切実に・・・否、まるで切羽詰まったように、体を求められているような感じがするからだった。
マイクは両腕と両脚をハーヴィーの体に巻きつけ、その乱暴な動きを全身で受け止めようとしがみついた。
「あ・・・来て・・・ハーヴィー・・・もっと・・・来て・・・?」
ハーヴィーの熱っぽい耳元でマイクが囁く。
「もっと・・・奥・・・突いて・・・めちゃくちゃにして・・・」
宝物のように、優しく大事に抱かれるのも良かったけれども、今夜のように、野獣みたいに乱暴に犯されるのも良かった。刺激的で、興奮する。
マイクはペロリと舌舐めずりをして、後ろをキュッと締め上げた。
「くっ・・・」
ハーヴィーが呻く。こんな声、聞いたことがない。
「ハーヴィー・・・中・・・中に出して・・・いっぱい・・・僕の中に・・・出して・・・」
その言葉をが聞こえたのか、ハーヴィーは楔をギリギリまで引き抜くと奥まで一気に突くことをことを数度くり返す。そして、最後に、先端をマイクの最奥に押し付けたまま、白濁を放つ。マイクも同時に、自分の腹に性液をばらまく。
けれども、ハーヴィーは楔を抜くことなく、マイクの体を膝の上に引き上げて、インターバルなく、下から再び突き上げるのだった。
********************
「・・・ハーヴィー・・・すごい・・・新記録じゃない?」
「・・・うるさい・・・ちょっと黙ってろ・・・」
「ねえ、お水持ってこようか?」
「動けるのか?」
「・・・あはは・・・無理。腰が立たない。だって、ハーヴィーってば激しいし、回数も多いんだもん。・・・僕、明日は仕事を休みたいって感じ」
体は動かないものの、口は達者に動くマイクだった。
「でも・・・さ・・・すっごく・・・良かった。今日みたいなセックスも好き」
「君には被虐の気があったのか?」
「Mじゃないよぅ。・・・ただ、あんな風に、切羽詰まったハーヴィーの表情もセクシーだなって」
「・・・俺は不本意だ」
むすっとハーヴィーは応える。
「やっぱり、あのドリンクのせいかなぁ・・・」
「そうに決まってる。全く、全部、俺に飲ませやがって」
「でも、体に害はないみたいだよね」
「セックスに害がある」
「そお?僕は満足だけど?」
「・・・体が自分のものじゃない感じが嫌なんだ。変な別の生き物の衝動に駆られてるような感じだった」
「ふうん・・・。じゃあ、やっぱり僕も半分飲めば良かったかなぁ・・・。あいつ、もう1本、持ってないかなぁ・・・なんちゃらSEXっての」
「俺は絶対に飲まないぞ」
「なんで?」
「決まってるだろう。俺は、自分の意志で、君の体を堪能したいんだ!」
「え?じゃ、今夜は全然堪能できなかったってわけ?僕は抱かれ損?」
「・・・そういうわけじゃない。ただ、気持ちが大事だろう?こういうことは」
「まあ、確かに、今夜は野獣セックスだったよね。・・・でも、たまには刺激があっていいんじゃない?・・・だって、いっつも大事にされすぎちゃって、ハーヴィーは満足してるのかなぁって・・・僕、思ってたから。今日みたいなハーヴィーも好き。だから・・・機嫌を直してよ」
怠い体をズルズルと動かして、マイクは横たわったハーヴィーの体に乗り上げる。
「ねえ、キスして?・・・もう、ドリンクの効き目は消えたんでしょ?・・・だから、とびきり、甘くて優しいの・・・」
マイクの指がハーヴィーの唇を突く。もう、先ほどのような熱さはない。
ハーヴィーはマイクの髪を梳きながら、角度を変えつつ、何度も優しく、甘く口付けた。マイクのリクエストに応えて。
********************
翌日のハーヴィーのオフィス。案の定、マイクはベッドから出ることができず、出社は午後からでいいと言って、自分は仕事をバリバリとこなした。
そして、昼過ぎ。
「ハーヴィー!」
「よく来れたな。午後からでいいと入ったが、1日無理かと思った」
「そんなにやわじゃないよ。それよりもさ、わかったんだ」
「何が」
「なんちゃらSEXのなんちゃらの部分」
ハーヴィーは片眉を上げた。
「流石にドリンクの瓶をそのまま見えるのははばかられたからさ、なんちゃらの部分だけ書き写して、日系のアソシエイトに見せたんだ。そしたらね、日本語のカタカナなんだって」
「意味は?」
「dynamite」
「・・・・・・・・・・」
「つまり、Dynamite Sexってこと。いやあ、確かに昨日のハーヴィーはダイナマイトだったよね!」
ケラケラとマイクが笑う。
「マイク。君は2度と、変な土産物を貰うな。そしてそれを俺に押し付けるな。いいな?」
「はーい」
案外、マイクは素直に返事をした。ただし、笑顔はそのままで。
「でもさ、アレが夜の繁華街にある薬局でバカ売れって理由・・・分かるよね。うん。ハーヴィーには必要ないかもしれないけど、お手軽バイアグラって感じだもんね。・・・通販ってないのかなぁ」
「マーイク」
「あはは。冗談。ハーヴィーには必要ないもんね」
「マイク。今夜は覚悟しとけよ」
「へ?」
「君が懇願するまで、ガラス人形のように、丁寧に、可愛がってやるからな」
「え・・・それ・・・って、精神的に、結構キツイんだけど?」
マイクが後ずさる。
「逃げるなよ」
「う・・・・・・。僕が貴方から逃げるわけないの知ってて、よく言うよ!もうっ。僕、仕事に踊るね!」
有言実行。マイクはパタパタとアソシエイト・オフィスへと逃げて行った。けれども、ハーヴィーからは逃げない。きっと今夜も、ハーヴィーの部屋に来るのだ。
ハーヴィーは、ニヤリと笑いながら、パソコンの検索サイトを開いた。そして、何やら入力し始める。もちろん、それは、先ほどマイクから教えてもらった単語だった。そして、小さく呟く。
「酒に混ぜて飲ませればいいだろう。熱を持て余すマイクを無題に優しく抱くのも面白そうだ」
そんな不穏な言葉だった。
END