NY DREAM 01

店先のパンをひったくって、路地裏から表通りに出ようとしたとき、別な道から追いかけてきたパン屋の親父に捕まった。その腕を振り払おうとして、バランスを崩し、パンは空中を飛び、マイクは勢い余って大通りへと体が投げ出された。そこへ、運悪く、馬車が来たのだ。そう速い動きではなかったが、マイクはその馬車が視界に入った瞬間、ほんの一瞬だが、『これで両親のところへ行けるかも』と思った。しかし、実際にはそうはならず、馬車はすんでのところで止まった。御者が馬を宥めようとしているが、すこい興奮気味の黒毛の2頭の馬は、鼻息を荒くしていた。

『自分のせいだ。自分が馬を驚かせてしまった』

と、マイクは眉を顰めた。馬は元来、臆病な動物だ。自分のせいで、馬が叱られたら、可愛そうだ。マイクはふらふらと馬に近づき、その片方に静かにゆっくりと手を伸ばした。

「ごめんね。驚かせてしまって、ごめんね。怖かったね」

そんなマイクの優しい声に、次第に馬の呼吸が整ってくる。自分の薄汚れた手で、この綺麗な馬を触るのは躊躇われたが、マイクはそのたてがみにそっと触れて、あやすように撫でた。馬も嫌がらずに、おとなしくなった。その様子を見て、マイクはホッとする。御者に小さな声で「ごめんなさい」と謝ると、馬から離れた。しかし、それと同時に、パン屋の親父に腕を掴まれる。そうだった。自分はパンを盗んで逃げている最中だった。『あー・・・これは殴られるな』マイクは、ぎゅっと目を瞑った。けれども、いつまでたっても拳は飛んでこなかった。マイクは恐る恐る目を開けた。視界に入ったのは、パン屋の親父の腕を掴む、1人の紳士の姿だった。

「こいつはパン泥棒なんだ!」

そう怒鳴る親父さんを無表情に見ていた紳士は、言った。

「いくらだ?」

「はぁ?」

「だから。盗まれたパンはいくらだ、と聞いている。ああ、もういい。面倒だ」

紳士は、御者に目で合図を送った。すると。御者がパン屋の親父に数枚の効果を渡した。マイクが盗んだパンの数倍ものお金だ。

紳士はパン屋の親父の腕を放すと、マイクに近づいてきた。

「ふん。随分と汚い小僧だな。しかし・・・馬の扱いは得意そうだ。・・・腹が減っているのか?」

マイクは、俯きながら、小さく頷いた。

「顔を上げろ」

この紳士は身なりからいって、上流階級の人間だろう。そういう人間を直接見てはいけないような気がして、マイクは顔を上げずに、か細く「ごめんなさい」と言った。

「俺は謝れとはいっていない。顔を上げろと言った」

そう言って、紳士はマイクの顎を掴み、強引に上を向かせた。

「・・・ほう・・・。体は薄汚れているが、目は綺麗だ。アクアマリンかブルートパーズといったところだな。レイ、こいつをお前の隣に座らせろ。屋敷に連れて行く」

まるで決定事項のように言われて、マイクは数歩、後ずさった。

「ああ、君に拒否権はない。君が盗んだパンの代金を払ったのは俺だ。俺が君を買ったのと同じだと思え。ただし、その道端に転がってしまったパンは諦めろ。もう、野良犬が口をつけてるしな。レイ、行くぞ」

「かしこまりました」

レイ、と呼ばれた御者は、優しくマイクを御者台へと促した。正直、『逃げたい』とは思ったが、自分をこの紳士が助けてくれたことも事実だ。この先どうなるかはわからないが、マイクは素直に従うことにした。どうせ、一度は死にかけた命だ。別にこの先どうなろうと構わないとも言える。そう思いながら、マイクは御者の隣に座った。道端では、紳士が言った通り、野良犬が落ちたパンを食べていた。

 to be continued