Sugar 04

5:30 pm

本当はもっと早くに、ハーヴィーに書類を届けるはずだったのに、随分と遅くなってしまった。でも、半分はハーヴィーのせい。ランチはベーグルで済ませようとしたのに、レストランでゆったりとミニコースを楽しんでいたから。でも、悪くない時間だった。昼日中、仕事を抜きにして見るハーヴィーは何だかとても新鮮だった。ある意味、「惚れ直した」と言っても過言ではない。けれども、やたらと人前で触りたがるには辞めて欲しいとマイクは思う。やっぱり、公私混同はダメだと、わりと常識人なマイクは考えているのだ。たとえ、恋人同士とはいってもだ。

マイクは、ハーヴィーに渡す書類を最終チェックしてから、自分のデスクを立った。

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ハーヴィーは書類に目を通すと、クールな笑顔でマイクを見た。

「よくまとまっている」

「じゃあ、合格?」

「ああ。それじゃあ、ご褒美に・・・」

そう言って、デスク越しにマイクの腕を引く。マイクは体勢を維持するために、ハーヴィーのデスクに手をついた。が、咄嗟に、空いた手のひらでハーヴィーの動きを遮った。

「ダメ!」

「・・・ドナはいないし、誰も通らない」

「でも、オフィスだから、ダメ!」

「手の甲は?」

「それでもダメ!」

「・・・ランチの時もお預けを食らったのに、ここでもか」

ハーヴィーはわざとらしく溜息をついた。

「貴方って、どうしてそう、人前で触ったり、キスしたりしたがるの!」

「我慢できないから」

「そんな・・・出来の悪い駄犬みたいなこと言わないの!」

マイクは完全に呆れている。嬉しくないことはないのだが、やはり時と場所を考えて欲しい。

「深夜のオフィスでセックスは?」

「最低なこと言わない!!!!」

「最低か?」

「最低だよ」

「男の夢やロマンだと思うが?仕事場でセックスなんて」

「仕事に対する冒涜だよ!もうっ!じゃ、僕、まだ仕事があるから!」

マイクが踵を返してオフィスを出て行こうとする。それをハーヴィーが呼び止めた。

「マイク、夕食は?」

マイクは立ち止まって振り返った。

「ん・・・まだ、片付けていない書類があるから・・・後、2時間はかかるかな」

「ふ・・・ん。じゃあ、君の仕事が終わったら食事に行こう。これは命令だ。拒否権はないからな」

「・・・めっちゃ、上司風を吹かすんだからぁ・・・。えっと、仕事がらみ?」

「いや。完全なるプライベートな時間だ」

「・・・わかった。じゃあ、僕の仕事が終わったらメッセージを送るね。下のエントランスで落ち合うでいい?」

「構わない」

「じゃ、後でね」

マイクは、ハーヴィーのオフィスを出ると、上着のポケットからスマホを出して、電話をかけ始めた。

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結局、ハーヴィーとマイクがエントランスで落ち合ったのは、8:00頃だった。

「ごめん、遅くなっちゃって」

「どうせ、アソシエイト・オフィスに戻ったら、ルイスの書類がどっさりと置いてあったんだろう?」

「あ、わかる?」

「あいつなら、やる。安心しろ、明日、ルイスを虐めといてやるから」

「いいよ。今に始まったことじゃないし。それに・・・仕事がもらえることはありがたいことだと思ってる。自分のためになるしね」

「ふむ。まあ、いい心がけだな。しかし、俺よりもルイスを優先するなよ」

「わかってるってば。ハーヴィーの仕事は第一にやるから」

「そうじゃない。時間の使い方も俺を最優先にしろってことだ」

「・・・ごめん。30分、遅れたこと、怒ってる?」

「そうでもない。さて、行くか」

「あ、待って、ハーヴィー」

「どうした?」

「ご飯食べる店って・・・もう決めてる?」

「いや?歩きながら考えようかと思っていた」

「だったら!・・・えっと、僕の知ってるお店でもいい?そんな高級なお店じゃないけど、でもイタリアンで味は保証する。それと・・・夕食は僕にご馳走させて?」

「君の知ってる店に行くのは構わないが・・・別に夕食代ぐらい・・・」

「ダメ!・・・その・・・最近の僕、ちょっとハーヴィーに甘えすぎだと思うんだよね。確かにアソシエイトで薄給だし、高いお店へはハーヴィーを連れては行けないけど、でも・・・」

マイクが俯いて何か言葉を続けようとしたのをハーヴィーは遮った。

「いいだろう。今日は君の薄い財布にご馳走になるとしよう。君と一緒なら、それでいい」

「いやいや、僕と一緒でなくても、味は美味しいから!絶対だから!」

「わかった。早く連れてけ」

「うんっ!」

マイクはハーヴィーを促すように歩き出した。

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「ほう。『マルコの店』か。確かに名前からしてイタリアンだな」

こじんまりとした、少し古めかしい店構え。マイクはドアを開けて中に入った。ハーヴィーもそれに続く。

「あ、マイク!久しぶりだな。奥のテーブルを確保しておいたぞ」

「サンキュ。えっと、この人、僕の上司」

マイクがハーヴィーの存在を紹介する。

「へえ。さすが大手の弁護士事務所のエリートって感じだなぁ。こんばんは、俺はこの店のオーナー兼シェフの・・・」

「マルコ・・・だろう?店の名前通りに」

「その通り」

マルコはニヤリと笑った。

「マイク。料理はこっちのお任せでいいんだったよな?」

「うん。頼むよ。ハーヴィー、こっち」

マイクがハーヴィーの袖を軽く引っ張って、奥のテーブル席へと連れて行った。座るなり、ハーヴィーが尋ねてくる。

「知り合いの店なんだな」

「うん。・・・僕がハーヴィーが出会う頃よりも前に、悪いことから足を洗った昔の仲間」

「ほう・・・あいつ絡みの友人か」

ハーヴィーは眉を顰めた。

「そんな顔しないで。・・・マルコは賢くて、いい奴だよ。だから、かなり早い段階でトレヴァーとを縁を切ったんだ。・・・僕は・・・馬鹿だったからさ」

マイクはテーブルに寂しそうに目を落とした。

「別に君を責めてるんじゃない。悪かった」

「・・・僕にもちゃんとした友達がいるってこと、ハーヴィーに知って欲しかったんだ。それにマルコにもハーヴィーのことや、今の僕のことを見てもらいたかったし」

「ちゃんとした生活をしてるってことをか?」

「うん。・・・マルコは、いつまでもトレヴァーといる僕を心配してくれて、何度も忠告してくれてたんだ。だけど、僕、馬鹿だから・・・」

「・・・君は馬鹿じゃない。ただ・・・本当の馬鹿と縁を切るきっかけを掴めなかっただけだ」

「ドナとハーヴィーのおかげでだよ。トレヴァーと縁を切ることができたのは」

「マイク。俺はあえて、あの馬鹿の名前を口にしていないんだが?」

「あ、ごめん。聞きたくないよね、トレヴァーの名前なんて」

「言ってるそばから・・・」

「あ、言っちゃった。ほんと、僕、馬鹿だ・・・」

そこへ、マルコが数種類の料理を持って現れた。どれもイタリアの素朴な家庭料理だ。

「えっと、ミスター・・・」

「ハーヴィーでいい」

ハーヴィーはマルコに言った。その表情に険しさはない。どうやら、マイクの良き友人と認識したらしい。

「マイクを助けて・・・そして、まともな仕事に就かせてやってくれてありがとうございます。・・・俺、すっげえ、心配してて。でも、二人の様子を見て安心しました。これからもマイクをよろしくお願いします」

マルコはぺこりと頭を下げ、そして笑って厨房へと戻って行った。

「ああいう人間の作る料理は美味いと相場は決まってるな」

「食べる前にわかるの?」

「人柄が味を生み出すんだ」

「ああ・・・だから、ハーヴィーの作るご飯って美味しいんだ」

「それは君が食べる・・・という前提だがな」

「どういうこと?」

「愛情は最高の隠し味だろう」

「・・・だから・・・公衆の場でやめて・・・」

「その割には、随分と奥まったテーブルを予約したみたいだが?」

「うー・・・そういう意地悪も言わないで。もう・・・自信がないんだから。ハーヴィーみたいな素敵な人を目の前にして、ポーカーフェイスでいるのって!だから・・・その・・・ランチの時もドキドキだったんだから・・・」

顔を赤く染めて、プイッと横を見るマイクに、ハーヴィーは思わず微笑んだ。やっぱり、自分の恋人は可愛らしい。

「さて、冷める前に食べるか」

「ああ、うん!本当に絶対に、マルコの料理は美味しいから!」

こうして二人は、料理をシェアしながら食べたのだった。

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「あー・・・やっぱり秋なんだね。空気が冷たいや・・・」

マイクが夜空を見上げながら言う。

「そうだな」

ハーヴィもチラリと空を見る。けれども、すぐにマイクに視線を移した。

「歩くか?それともタクシーを拾うか?」

「僕の家はここからわりと近いけど・・・貴方はタクシーの方がいいかも」

「じゃあ、タクシーだな」

「それじゃ、また、明日。ハーヴィー、おやすみなさい。今日は裁判所も連れてってくれて、ランチもご馳走になって・・・それと、夜はこの店に来てくれてありがとう」

「礼は受け取るが、勘違いするなよ。君も一緒にタクシーに乗って、俺の部屋に帰るんだぞ」

「えっ・・・ダメだよ。僕もう、1週間近く自分のアパートに帰ってない・・・」

「それは俺の部屋に来ない理由にはならないな」

「また同じスーツを着て、明日、出勤しろって言うの?」

「ああ、君のスーツならちゃんとクリーニングに出してあるから大丈夫だ。ほら、これで心配はゼロだろう」

「そうじゃなくてさぁ・・・僕、ハーヴィーの甘えすぎだってば」

「違う。俺が君と一緒にいたいと甘えてるんだ。我儘すぎるか?」

「・・・嬉しい・・・けど・・・」

「なら、決まりだ」

ハーヴィーはマイクの腕を掴んで、タクシーを止めた。

「迷惑じゃないの?」

「迷惑なら、誘わない。・・・本当なら、一緒に暮らしたいくらいだ」

「うわぁ・・・そんなことしたら、僕、ダメ人間になっちゃうよ・・・」

「ほら、早く乗れ」

ハーヴィーはマイクの蜂蜜色の撫でると、タクシーの押し込んだ。マイクもさほど抵抗することはなく、おとなしく乗り込んだ。ハーヴィーの側にいるのは好きだ。仕事でも、それ以外でも。ただ。自分の世界がハーヴィー一色になってしまうことが怖いだけだ。

タクシーの中で、ハーヴィーが手の指を絡めてきた。マイクはそれを離すことはせず、自分の指にも力を込めた。視線は窓の外を流れる景色を追いながら。たった指を絡ませているだけなのに、体が熱くなる。きっと今夜も離して助らえない。けれどもそれは、どこか甘美な予測でもあった。

to be continued