After Dinner

裁判の勝利祝いと称して、マイクはハーヴィーにステーキ・ハウスに連れてきてもらった。オーダーはハーヴィーに任せる。彼は常連客だから、その方が間違いなく美味しいものが食べられる。

「どうだ?」

「うん!美味しい!」

「この店は熟成肉で有名なんだ。これは60日熟成だ」

「エイジング・ビーフってやつだよね。肉の中の酵素でタンパク質が分解されて、それが旨味成分のアミノ酸に変化するんでしょ?」

「よく知ってるな」

「だって、このお店のことをテレビでやってるの見たことあるんだよ」

「なるほど」

「自分には縁のないお店だと思ってたけど。ハーヴィー、連れてきてくれてありがとう」

美味しそうにTボーン・ステーキを頬張るマイクに、ハーヴィーの表情も緩くなる。可愛くって仕方がない。仕事では生意気なことも言うし、はねっかえりだし、一人で突っ走ることもあり、上司としては、ここまでコントロールできない部下は面倒だな・・・と、思ったこともある。しかし、一緒に仕事をしてみれば、それはマイクのウィーク・ポイントではなく、ある意味大きな武器であることも知った。仕事中は「僕を褒めて!」「僕を認めて!」のかまってちゃん子犬だが、仕事を離れたら可愛い愛玩犬になる。ステーキを食べてる今が、まさにそうだった。

「ん?何?ハーヴィー。僕の顔になんかついてる?」

「唇の横に肉汁」

「えっ、うそっ」

「うそだ」

笑って言うと、マイクは口を尖らせる。

「マイク、この店のピスタチオ入りのアイスクリームは美味いぞ。オーダーしてやるから食べるといい」

「貴方は?」

「俺は別なところで別なデザートを食べる」

マイクは不思議そうに首を傾げた。

ハーヴィーの言った通り、ピスタチオ入りアイスクリームは絶品だった。お酒も好きだが、甘いものも好きなマイクは大満足で、外を歩くハーヴィーの隣をご機嫌で歩く。

けれども。

「あ、ハーヴィー。僕のアパートこっちだから。今日は裁判に勝って最高だったね。それと、夕食をご馳走してくれてありがとう」

満面の笑みを浮かべつつ、ハーヴィーから離れようとするマイクの腕をハーヴィーが掴んだ。

「もう少し付き合え」

「え?・・・いいけど」

整った顔立ちのハーヴィーに見とれながら、承諾の返事をする。こんな素敵な表情の男に頼み事をされて、断る人間なんかいないだろう。

「何処・・・行くの?」

「デザートの美味しいホテル」

「ふうん。そういえば、ハーヴィーは別な所で食べるって言ってたもんねー」

さりげなく腰に手を回されて、ハーヴィーの目指す目的地へと誘われるマイクだった。

「チェックインしてくるから、ソファに座って待ってろ」

と言われて、マイクはホテルのソファから、フロントデスクに立つハーヴィーを眺めていた。

ハーヴィーは360°、どの角度から見ても格好良い。フロントマンと軽く談笑を交わしながら、手続きをする姿、その笑顔、サインをする手つき。こんな完璧な人間ているんだなー・・・と思う。と同時に、わざわざホテルに部屋を取って、ルームサービスでデザートを食べるなんて、さすが街一番のクローザーはやることが違うよなー・・・とも思う。

チェックインを済ませたハーヴィーがゆったりとした歩調でマイクの方へと歩いてくる。その歩く姿さえも最高に格好良い。そんなハーヴィーに早く仕事で追いつかなくちゃ!と思うマイクに、すっとハーヴィーの手が差し伸べられた。

「さ、行こうか、お姫様」

「ハーヴィー。僕は男だよ。それに自分で立てるし」

そんなセリフは完全に無視されて、ちょっと強引に手を取られた。

エレベーターに促されて乗り込むと、ハーヴィーは最上階のボタンを押す。さすが、高級な男は高級な部屋を取るんだなー・・・と感心する。エレベーターを降り、廊下の突き当たりの部屋の前でハーヴィーが立ち止まり、カードキーでロックを外した。そして、先にマイクを部屋の中へ入れる。

「うわっ・・・・凄い・・・。何、この部屋」

「インペリアル・スイート。最高級のデザートを食べるなら、最高級の部屋でないとな」

そして、後ろから抱きすくめられる。ハーヴィーの熱い吐息が頸にかかる。

「えっ・・・ちょっと・・・あれ?」

「君も男ならわかるよな?こういう手を使ったことは一度や二度あるだろう」

「いやっ・・・ま・・・その・・・でも・・・分相応の所でしてたし・・・ここまで高い部屋では・・・ひゃっ・・・」

首の後ろを舐め上げられて、思わず声が出る。

「あ・・・あのーそのー・・・もしかして、ハーヴィーの言うデザートっていうのは・・・」

「もちろん、君のことだ。本当に美味しそうだな。いや、美味しいに決まってるか」

「そっ・・・そんなわけないじゃん!美味しくないよ!絶対にハーヴィーの口に合わないって!」

「マイク」

体をひっくり返されて、向き合う形になる。偏差値の高い顔が目の前にくる。それだけで、マイクの心拍数が上がる。

「確認するぞ。俺と君は上司と部下の関係だ」

「うん」

「ただし、それは仕事中の話だ」

「うん」

「仕事以外では、恋人同士だ、と昨夜、確認しなかったか?」

「・・・した・・・かなー・・・?」

目を泳がせて、ヘラっとしながら、首を傾げる。しかし、仕方がないのだ。あまりの急展開に、マイクの思考が付いて行ってない。だいたい、仕事もできて、女性にモテて、お金も地位のある、なおかつイケメンなハーヴィーが、自分を好きなどとは、本気で思えないからだ。

「マイク。話はシンプルだ。難しく考えるな。俺は君が好きだ。そして君も俺が好きだ。違ったか?」

「・・・んっと・・・僕が貴方を好きなのは、違ってない」

「しかも、君は昼間に俺に対して『僕の彼氏』発言までしたんだぞ」

「・・・へろって言っちゃった。ごめんなさい」

「謝ることじゃない。俺は嬉しかったんだから。それがここにきて、躊躇われるとはな」

「・・・怒った?」

「怒ってない。・・・悲しいだけだ」

「えっ、やだ!悲しまないで、ハーヴィー!」

「あーあ。君のせいで、ものすごく悲しくなってきた」

わざと悲しげな口調で言ってやる。

「ハーヴィー!・・・じゃあ、僕、どうしたらいい?」

「俺の恋人であることをまずは、自覚すればいい」

「・・・頑張ってみる」

「頑張らないとできないのか?」

「だって・・・自信ないもん。ハーヴィーに迷惑をかけないように、もっと仕事ができるようにならないとっ!」

「仕事と恋愛は切り離して考えろ!もちろん、始まりは、君の才能と仕事ぶりだが・・・今は違う。本当に君が・・・マイク・ロスそのものが好きなんだ」

「・・・・・・」

「今度はだんまりか」

下を向くマイクにハーヴィーがため息をつく。少し屈んでその表情を確認すると、青い瞳に薄く膜がかかっている。

「マイク?・・・どうして、泣く?」

「わかんない・・・。嬉しいのと、怖いのと・・・なんか、いろんな感情が溢れてるみたい。こんな風に誰かに必要とされるなんて・・・今まで、なかったし・・・」

「俺は君を必要としてる。自信をもっていい。だいたい、専属アソシエイトなんて、後にも先にも君だけだ」

「ありがと・・・」

「それと、もう一度言うが、俺は君が好きだ。・・・いや、愛してる」

「うわぁ・・・」

「なんだ?」

「もう、無理。僕の脳みそのキャパ・・・超えた・・・」

ぽてんっと、マイクがハーヴィーに寄りかかった。どうやら、処理しきれない感情で脳がショートしたらしい。天才青年もハーヴィーにかかったら、お子様同然だった。

よしよし、とハーヴィーがマイクの頭を撫でる。これで、この先まで進んだら、きっとマイクのメーターは振り切れるな、と思いつつも、ハーヴィーはデザートを断念する考えなど、全くもってなかった。力の抜けたマイクをさっさとベッドに運ぶ。

「美味しいデザートを食べるために、インペリアル・スイートをわざわざ取るのは俺も初めてだ。まあ、そのくらい、君に良い思い出をつくってやりたいということは理解してくれ」

そう言って、ハーヴィーはマイクのジャケットを脱がせ始めた。

両親の温かな腕を思い出す。眠るとき、優しくを自分を撫でてくれた優しい手とか。そんなことを思い出しながら、マイクはふっと目を開けた。目の前に大好きな顔があった。自分を拾ってくれて、自分に仕事と居場所を与えてくれた人。彼も両親と同じくらい、優しい手を持っている。

「ハーヴィー・・・」

マイクは夢の中で、その顔を両手で触れた。

「本当に格好良い・・・大好き・・・」

そして、そっと自分から軽く触れるようなキスをした。唇が離れる瞬間、リアルな声がマイクの耳に響いた。

「そう言ってもらえて何よりだ、マイク」

「えっ・・・」

中途半端に開けていた瞳を見開く。焦点の合った目に、ハーヴィーの笑顔が飛び込んできた。それも、とびきりの笑顔。

「ええっ・・・!!」

ズザザっと後ずさって、ベッドのヘッドボードに後頭部をいささか打ち付ける。

「痛っ・・・!」

「大丈夫かマイク」

体を引き寄せられ、整った顔がマイクに近づく。それもまた心臓に悪い。

「ふえっ・・・え?え?」

今ぶつけた後頭部も痛いが、なんだか、腰も痛くてだるい。というか、全身が痛くてだるい。

「あ・・・」

ようやく寝ぼけた頭が冴えてきた。ここはホテルのインペリアル・スイートで、ハーヴィーにでざーとを食べると称して、あんなことやこんなことやそんなことを・・・された・・・のだった。

「ひゃ・・・ひゃああああ・・・」

マイクは情けない声を出して、シーツの中に潜り込んだ。

「どうして隠れるんだ、マイク」

「だって・・・だって・・・ちょっと、無理。恥ずかしい!無理!」

「さっきは自分からキスをしてくれたくせに」

「夢だと思ったんだよ!」

叫ぶマイクの意思とは裏腹に、強引にシーツを剥がされた。

「やだっ!」

拒否するも、ハーヴィーに優しく体を押さえ込まれる。

「こっちを見ろって」

「やだ・・・無理・・・」

「あれだけのことをしておいて、今更恥ずかしがることもないだろう」

「うー・・・だって・・・それだけじゃないもん」

「じゃあ、なんだ」

「・・・ハーヴィー・・・貴方・・・もうちょっと自分の顔面偏差値の高さを自覚してよ!目覚めて、そんな格好良すぎる顔が間近にあったら、心臓に悪いってば!」

「いつも仕事で見てるだろ」

「仕事をしてるときだって、結構ドキドキしてるんだよ!僕!」

「ああ。それだけ俺に惚れてるってことか」

「何、その自信!」

「事実なんだろう?」

「・・・う・・・まぁ・・・そう・・・なんだけど・・・ねえ・・・ハーヴィー。シーツ返して」

「潜らないか?」

「・・・うん。・・・潜らない・・・」

と言いつつ、マイクは口元までシーツで自分を隠した。綺麗なスカイブルーの瞳がシーツからの覗いている。その姿も可愛いと思いながら、ハーヴィーはにこにこと眺めていた。

「・・・やっぱり・・・ハーヴィー、格好良すぎ・・・」

「言われなくてもわかってる。・・・しかし・・・そういう君はものすごく可愛い」

「・・・可愛くないもん」

「そういう言動が、もはや可愛いな」

「うううううう・・・・」

そんなマイクの髪を、ハーヴィーの指先が優しく梳く。

「君に無理はさせたくないから、今夜はここまでにしとく。でも、朝までここにいよう」

「え・・・だって、仕事あるし」

「やるだけやったら放り出すなんて、そんな雑なことを、君にしたくない。ちゃんと起こしてやるから。寝るといい」

「・・・心臓がばくばくして寝付けなさそう」

「じゃあ、寝るまで優しく撫でてやる」

「子どもじゃないよ・・・?」

「それなら、朝まで抱きしめてやる」

そう言って、ハーヴィーがマイクの体を抱き寄せる。しっとりした体が互いに心地いい。

「・・・ねぇ・・・」

「ん?」

「不味くなかった?・・・デザート・・・」

「ああ。そうだな。今まで食べた中では最高に甘くて美味しいデザートだったな。また、食べさせたもらおう。いや、デザートでなく、メインディッシュでもいいな」

「う・・・シーツに潜りたい・・・」

「駄目だ。その美味しそうな顔をちゃんと見せとけ」

親指でマイクの唇をなぞりながら、ハーヴィーは可愛い子犬の額に軽く口付けた。

そして、ハーヴィーが、マイクをメインディッシュとして食べるのも、そう遠い日ではなかった。

END