あの彼女 Harvey’s Angel

今朝のマイクも羽根を出しっぱなしで俯せで眠っている。元来が天使だから、羽根を出している方が体は楽らしい。そのおかげで、自分の腕の中にすっぽりとその体を収めることができないのが残念だが、可愛らしい寝顔を鑑賞できるのも悪くはない。しかし、時計を見れば、そろそろマイクは起きなければならない時間だ。しかしなぁ・・・とハーヴィーは思いながら、心の中で笑った。そして、蜂蜜色の髪の中に指を差し込むと、耳元で囁いた。

「起きないのか?」

「・・・ふ?・・・ん?」

薄く目を開けたマイクが、ちらっとハーヴィーを見る。それから、ベッドサイドの時計を見た。そして・・・。

「うわっ・・・マジッ・・・うそっ・・・なんで!ハーヴィー!起こしてよ!!!」

マイクは慌てて起き上がった。滑るようにベッドを降りようとしたところを、ハーヴィーに腕を掴まれる。

「え?何?」

「随分と急ぐんだな」

「あっ、あったりまえじゃん!早くしないと遅刻しちゃう!ハーヴィー!手を離してってば!」

「俺には、まだ時間があるんだ。まあ、朝のジムに行かなければの話だが」

「ハーヴィーはね!でも、僕はアソシエイトなの!下っ端なの!ハーヴィーだって言ってるじゃん!誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰れって!」

「そうだったか?」

「そうだよ!貴方よりも先に事務所に行かなくちゃダメなの!そう言ったの、ハーヴィーだよ!」

「ふむ。・・・しかし、世の中には例外があるだろう。法律や判例にだって抜け道がある」

「・・・なんか屁理屈を捏ね始めたね・・・」

嫌な予感がして、腕を掴まれながらも、マイクは後ろに下がろうとした。

「今日の朝一番の仕事はなんだった?」

「新しい案件で、貴方の補佐。クライアントと会うのは午後からだから、それまでに資料の準備」

「なんだ、じゃあ、余裕だな。昼までに行けばいいんだな」

「何を言っちゃってんのー!!!ダメ!!!」

「そうだな。俺はジムで汗を流す代わりに、ここで運動することにしよう。そうしよう」

「ハーヴィー!!!そういう問題じゃないでしょ?」

「上司の俺が決める。今日の君は合法的な遅刻だ」

そう言ってハーヴィーはマイクの両足を掴んで開き、その中心に顔を埋める。

「やっ・・・やだっ・・・やぁ・・・」

片手をベッドについて体を支え、もう一方の手の指をハーヴィーの髪に差し込んで抵抗する。しかし、それはなんら抵抗にはなっておらず、与えられる快感に体と羽が震え始める。

「ふっ・・・やっ・・・あっ・・・ひっ・・・」

ハーヴィーに抗えないことはわかってる。ただ、人一倍仕事をしなければ、守護天使になれそうにないから、言い訳をしただけだ。本当は、ハーヴィーに与えられる快楽は甘美で、大好きで、もっと欲しいとすら思う。

髪に差し込んでいた指を抜き、両手で体を支える。そうしないと、羽を下敷きにして倒れてしまいそうだったからだ。

「んあっ・・・あっ・・・はっ・・・ハーヴィー・・・っ・・・」

マイクの声が切羽詰まる。限界が近い。吐精したいという感覚が襲ってくる。

「んっ・・・んぅっ・・・」

マイクは、ぎゅっと目を瞑った。いつも、ハーヴィーの口の中に放つのは避けたいと思う。けれども、ハーヴィーが離してくれた試しは一度もない。

「ひゃっ・・・あああ・・・あーっ・・・」

白い喉を仰け反らせて、マイクは精を放った。けれども、昨夜の数回にも及ぶセックスのせいで、量はさほど多くはない。

ハーヴィーは飴をしゃぶるようにして、マイクのペニスを舌で綺麗にすると、ようやく口から解放してやった。

「薄くて、量は少なかったが・・・やはり、君のは甘いな。ああ・・・温い砂糖入りのホットミルクみたいな感じだな。あるいは薄めたコンデンスミルクか・・・」

「ふえ・・・・・・」

そんなハーヴィーの感想を目尻に涙を浮かべて、マイクが聞いている。けれども、悲しいわけではない。高まっている気持ちと連動している涙だ。そんなマイクの顔を見ながら、ハーヴィーが親指の腹で口元を軽く拭った。男の精液を飲み込むなんて、マイク相手が初めてだったが、ここまで甘く感じるのは、相手が天使だかだろうか。普通の人間の男のそれとは、明らかに味が違うように想像する。まあ、マイク以外の人間のものなど口にする気はないのだが。

マイクは、呼吸を整えると、ハーヴィーの膝の上に上がった。そして、キスをしようと口を寄せる。しかし、ハーヴィーはスッとそれを避けた。一瞬、マイクが悲しい表情をする。拒絶されたと思ったからだ。それを察したハーヴィーが蜂蜜色の髪をぽんぽんと軽く叩いた。

「今、キスをしたら、君の味がするぞ?俺は美味しいと思うが・・・君はどうかな」

「味は・・・よくわかんない。でも・・・僕が、ハーヴィーの口の中を綺麗にしてあげる」

そう言って、マイクがもう一度、唇を寄せてくる。ハーヴィーは今度はそれを避けなかった。マイクの舌が入り込み、口中を舐める。まだ口の中に残っているマイクの精液と互いの唾液。それをじゅっという音を立てて、マイクが吸って飲み込んだ。

「・・・んー・・・これ、本当に甘いの?」

「俺にはな。さて、今度は俺が運動させてもらおうか。膝で立てるか?マイク」

「・・・うん・・・」

マイクが恥ずかしそうい俯きながら返事をする。そして、ハーヴィーの肩に摑まりながら、両膝をベッドに着く。すぐにハーヴィーの指が、マイクの後孔を探った。

「まだ、柔らかい。すぐにでも入り込めそうだ」

「うん。・・・大丈夫だと・・・思う」

「まあ、そう言うな。ここを解して、もっと柔らかくするのも楽しいからな」

「うう・・・ハーヴィー・・・時間・・・」

「言っただろう。今日は合法的な遅刻をするんだ」

「ジェシカに怒られるよぅ・・・」

「仕事で結果を出せばいいんだ、気にするな」

「気にするよぅ・・・」

口ではそんなことを言うマイクだが、その声のトーンは確実に甘くなっている。いつの間にかローションをつけたハーヴィーの指が、マイクの内壁を探り始めたからだ。マイクはハーヴィーの肩に顔を埋めると、軽くイヤイヤをするように首を振った。純白ではない、少し灰色にくすんだ羽がふるりと動く。

ハーヴィーが義妹と会っているのを見てしまい、嫉妬の感情でマイクの羽はくすんでしまった。マイクはそれをとても後悔していて、しばらくはハーヴィーに羽を見せるのを拒否していたが、セックスをすると、極まった感情で自分をコントロールできなくなるらしく、いつもイくときに羽が出てしまう。ときには最初から、ハーヴィーが羽を出すことを要求することもある。

「綺麗・・・だな・・・」

朝の自然光に晒されたマイクの羽は綺麗だった。たとえそれが準爆ではなくとも、ハーヴィーの目にはとても美しく映った。

けれども、マイクは再び首を左右に振った。

「綺麗じゃ・・・ないもん。僕・・・悪い子だから・・・」

嫉妬心をもってしまったことを言ってるのだろう。そんな嫉妬の情も、ハーヴィーを喜ばせるものでしかないことを、マイクは理解できないらしい。

「・・・そろそろ・・・いいか・・・」

「ん・・・」

マイクはハーヴィーの体にし噛み付くことで首肯した。ハーヴィーは十分すぎるほどに解れ、柔らかくなった後孔に自分をゆっくりと埋め始めた。それに合わせて、ハーヴィーのしがみつくマイクの腕に力が篭る。羽が揺れ、朝日に光る。

「なあ・・・マイク。この間よりも、羽が白くなっているような気がするんだが」

「・・・そう・・・かなぁ・・・」

羽は真っ白でなくてはならないと思っているマイクなので、そう言われても素直には喜べない。けれども、確かに、嫉妬心を抱いてしまったときは、もっと濃い灰色だった。それが少しは薄くなっているような気はする。けれども、白ではない。

「もしかして・・・セックスする度に・・・白くなっていないか?なあ、マイク」

「っ・・・そ・・・そんなこと・・・ない・・・よ・・・」

マイクが否定する。けれども、それはマイクが密かにわかっていた事実だった。マイクが仕事を頑張っていい子になることが、白い羽を取り戻す条件ではあったが、それ以外にも、人を愛して、愛されることによっても、羽は白くなる。マイクはハーヴィーを愛しているからいいのだが、ハーヴィーが同じように自分を愛しているかはわからない。だから、そのことはハーヴィーには言っていないマイクだった。

ハーヴィーはマイクの体を揺らしながら、その羽を唇で撫でるように口付けた。ふと、リネンに目をやると、自然と抜け落ちたであろう羽がある。ハーヴィーはそれを拾い、朝陽に翳した。・・・白い、羽だった。

「ああ・・・この羽は白いな」

「え?・・・あ、あああ・・・貴重な白い羽が抜けちゃった?」

マイクは悲しげな声を上げる。けれどもハーヴィーは嬉しそうに、

「これは大事にとっておこう。しかし・・・使えそうだな・・・これ・・・」

と言いながら、その羽でマイクの胸を擦った。

「ひゃっ・・・」

びくんっと、マイクの体が跳ねる。

「ああ、感じたんだな」

ハーヴィーは左の指と右手に持った羽を使って、マイクの胸にいたずらを仕掛ける。

「やっ・・・あっ・・・あっ・・・」

マイクの内壁が、きゅうっとハーヴィーを締め付ける。感じている証拠だった。ハーヴィーは下からマイクを突き上げながらも、胸への悪戯はやめなかった。

「ああっ・・・やぁぁぁ・・・ああんっ・・・あっ・・・あっ・・・あっ・・・」

マイクの上半身が羽を広げて仰け反り、脚がピンっと伸びた。ヒクヒクと体が痙攣している。崩れそうになるマイクの体を、ハーヴィーが抱きとめる。そして、その体の中に精を解き放った。けれども、マイクは吐精することなく、体を震わせているだけだった。

「は・・・ハーヴィー・・・変・・・僕・・・変だよ・・・」

「ん?・・・具合でも悪くなったか?」

「ち・・・違う・・・なんだか・・・体の震えが止まんない・・・」

確かに、ハーヴィーの腕の中の体は、まだ小刻みに震えている。歯も、カチカチと小さく鳴っている。

「ああ・・・そうか。ドライでイッたんだな」

「ど・・・ドライ?」

「ああ。射精せずにイくことだ。まるで、女みたいに」

「女って・・・天使って・・・男も女もないんだけど・・・」

「しかし、君の体は男だな」

「うん。天界から堕ちるときに、そうなったから。無性だと、下界で困るから。両性具有でも、何かと面倒だし・・・」

そんなことを言っているうちに、ようやく、マイクの体の震えも治まってくる。けれども、怠そうではあった。

「大丈夫か?」

「ん・・・大丈夫・・・平気だよ・・・」

マイクが顔を上げて微笑む。やはり、その顔は綺麗だった。蜂蜜色の髪が朝陽に輝き、緩やかに畳まれた羽がハーヴィーごと体を包む。柔らかで、滑らかで、暖かな羽。ハーヴィーはその羽に口付けてから、マイクの上気した頰にも唇を当てた。

「・・・でもね、ハーヴィー・・・。もう、セックスは終わりにして、仕事に行く用意をしようよ・・・ね?」

「ああ・・・わかった」

ゆっくりと息を吐きながら、マイクは膝で立ち上がる。次第に、ハーヴィーが自分の体から抜けていくのを感じながら、幸せそうに微笑んだ。

********************

ハーヴィーの守護天使になることを決めたマイクは、早く自分の羽を白に戻すべく、今日も仕事を頑張っていた。ハーヴィーを守りたいという気持ちは当然あるが、この法律の仕事をしていると、人助けをしたい・・・とも思うようになってきた。法律の力で、誰かを助ける。その喜びを仕事に見出してもいたのだった。もちろん、ハーヴィーとの仲も良好で、まるで蜜月のようだった。自分のアパートに帰ることは少なくなり、ほとんどハーヴィーのペントハウスで同棲状態だった。

ハーヴィーも義理の妹の一件以来、自分の行動には気を付けるようにしていた。マイクに負の感情を抱かせないように、自分のプライベートをかなりオープンにしていたし、どこへ行くにもマイクを同伴するようにしていた。そのためもあって、マイクの精神はかなり安定していた。

けれども。

「マイク。今日のディナーはナシだ」

ハーヴィーがスマホを切るなり、マイクに言った。オフィスのソファで書類のチェックをしていたマイクが、ちょっとだけ顔をあげて、目を見開いたが、すぐに「わかった」と言って頷いた。

「クライアントとの会食でも入った?」

「まあ、そんなところだな。埋め合わせはするから」

「いいよ。気にしないで。仕事優先でしょ」

マイクが物分かりのいい返事をして、再び書類に目を落とした。そして顔は上げずに、

「アパートの近くに美味しそうなピザの店ができたんだよね。テイクアウトもできるみたいだから、今夜はピザとビールで映画鑑賞する。うん。久しぶりに自分のアパートで過ごすのもいいかも」

「俺の部屋に帰ってもいいんだぞ?俺の帰りも遅くはならない」

「いいのいいの。たまには離れなくちゃ。・・・いまの僕、なんか幸せすぎて怖いよ」

マイクはそう言って笑った。その笑みには全く陰りはなく、本当に幸せそうだった。だから、ハーヴィーはそれ以上のことは言わなかった。本当は、たとえ遅くなっても一緒にいたいとおもったのだが。

飲み過ぎるなよ」

「ハーヴィーもね」

マイクはもう一度軽く顔をあげると、可愛らしく、ウィンクしたのだった。

********************

仕事を終えて、アパート近くのピザの店で、大きなマルゲリータを1枚テイクアウトした。ビールはアパートの冷蔵庫にある。

マイクは、本当に久しぶりに自分の部屋に帰ったのだ。窓を開けて換気をする。鞄、ジャケット、ネクタイを小さな食卓テーブルに置くと、冷蔵庫からビールを出し、借りてきたDVDをデッキにセットした。それからTシャツとジーンズに着替えると、ソファに座って、居心地のいい場所を探る。久しぶりの、1人ムービーナイトの始まりだ。ハーヴィーと出会う前は、こんな風に夜を過ごすことが多かった。あるいは、トレヴァーと一緒に飲み歩くか。ハーヴィーは、ふと頭を振って、思考からトレヴァーを追い出した。彼と付き合ったのは、正直まずかった。ある意味面倒見の良い、いい奴ではあったのだが、それ以上に悪いこともするからだ。本当に、偶然とはいえ、ハーヴィーと出会えてよかったと思う。仕事を与えられ、友人にもなれた。今の関係を「恋人同士」と名付けていいのかわからなかったが、少なくとも、マイクはハーヴィーを愛していた。・・・口にしたことはなかったけれど。ハーヴィーが自分と同じ思いかどうか、わからないからだ。ドナに聞いたところによると、以前はなかなか、女性との密接な交友関係が多かったという。

先日のハーヴィーの義理の妹のことがあってから、ハーヴィーはやたらとマイクを連れ歩くようになった。だから、今夜みたいに、ハーヴィーだけがクライアントと会食・・・というのは久しぶりのことだった。けれども所詮マイクは下っ端のアソシエイトだ。連れ歩くにしても、限界がある。今日は、よっぽどのクライアントなのだろうと思った。

マイクはピザが冷めないうちに、一切れを摘むと、口に運んだ。マイクが下界に堕とされてからしばらくは、こんなジャンクフードばかりだった。最近はハーヴィーが美味しいレストランに連れて行ってくれたり、あるいは手料理を振る舞ってくれたりするので、こんな風にビールを飲みながらピザなんて、久しぶりだった。

「んーっ・・・おいひいっ・・・。たまには、こういうのもいいよね」

マイクはニコニコしながら、ピザを頬張り、映画に没頭し始めただった。

********************

「おはよう、ドナ。ハーヴィーに書類を届けにきたんだけど」

「おはよう、マイク。今、来客中」

言われてガラス張りのオフィスの中を見ると、ハーヴィーのデスクの前に黒髪の女性が立っている。

「あ・・・れ・・・もしかして・・・・スコッティ?」

「そうよ」

マイクはスコッティの存在を知っている。というよりも、以前のハーヴィーとスコッティの関係をだ。2人は・・・付き合っていた。けれども、ハーヴィーはマイクを守るために、スコッティを遠ざけたのだ。

「どうして・・・スコッティが・・・」

「こっちで仕事なんじゃない?私も今朝来てびっくりよ。もうっ!私が知らないことがあるなんて!」

プンスカ怒っているドナの隣で、マイクは胸がざわつくのを感じていた。

「・・・ドナ・・・この書類・・・ハーヴィーに渡しといて・・・僕、ルイスに頼まれた急ぎの仕事があるから・・・じゃっ・・・」

マイクは逃げるように、その場を立ち去った。

アソシエイト・オフィスに戻り、スマホを取り出すと、昨夜ハーヴィーと行く予定だった店に電話をかける。すぐに店の人間が出た。マイクはハーヴィーの名前を告げて、自分が部下であることを話した。そして、お連れの方が忘れ物をしたことを伝えた。しばらく待った後、連れの「女性」の忘れ物はなかったことを知らされた。マイクは礼を言うと、スマホを切った。

『連れの女性の忘れ物はなかった』

ああ。昨日・・・ハーヴィーは、スコッティと食事に行ったんだ。

そのことが、直感でわかった。まさか、自分と行く予定だった店に行くとは思わなかったが。そして、ハーヴィーが自分に嘘をついたことに少なからず、ショックを受けたのだった。

********************

それから1週間。ハーヴィーがマイクを仕事で外に連れ出すことはなかった。仕事があれが呼ばれるだろうと、アソシエイト・オフィスで待ってはいたが、呼び出されることはなかった。夕方、スマホやメッセージでハーヴィーのペントハウスに来るように言われることもなかった。そんなとき、アソシエイト・オフィスの片隅から聞こえた話声に、マイクは愕然とした。

『とうとう、ハーヴィー・スペクターが結婚する』

『相手は、あのデーナ・スコット』

『破局したかと思ったけど、まだ続いてたんだ、あの2人』

そんな、アソシエイトたちの会話。

マイクは涙を堪えて、その日、仕事を頑張った。心が痛くてたまらなかたけれど、我慢した。我慢して、ようやく定時とともに事務所を出た。他のアソシエイトたちは残業をしていたが、マイクには無理だった。とにかく、事務所を出たかったのだ。

もう、彼女の名前を聞きたくなかったから。

マイクは、事務所を出ると、昔、トレヴァーとよく通ったバーに行った。何か、酒を飲みたかった体からだ。心の中で渦巻く、黒い感情を自覚したくなかった。

自分は天使だ。愛する者のために、本来なら、祝福しなければならないのに。

今のマイクにはそれができなかった。

守護天使になることを決意したというのに。

それでも、沸き起こる、黒い感情に惑わされる。

「マイク」

背後から肩を掴まれて、名前を呼ばれた。

「・・・トレヴァー・・・」

久しぶりに会う、元友人の名をマイクは小さな声で呟いた。

そして。

それからのことは。

あまり覚えていなかった。

********************

マイクは頭痛で目を覚ました。着替えもせずに、小さなソファで眠ってしまったらしい。それでも、ネクタイは外し、靴も靴下も脱いでる。鞄は・・・入口近くの床の上だった。

マイクは痛む頭を押さえながら、ソファの上に起き上がった。着たままのスーツのジャケットは皺だらけだ。「クリーニングだな・・・」と思いながら、ジャケットを脱ぎながら立ち上がった。

くらり・・・。

眩暈がする。それと、軽い吐き気。

昨夜の自分の行動をトレースする。

・・・ハーヴィー。・・・スコッティ。・・・トレヴァー。

3人の顔がグルグルと頭の中を駆け巡る。

そして。

酒。

それから・・・。

マイクは、ギクリとした。

酒に酔って、トレヴァーの勧められた・・・マリファナ。

そうだ。マリファナをやった。マリファナを・・・。

マイクは慌てて、ワイシャツを脱ぐ。

そして。そして・・・背中に集中するのをやめた。

怖かったからだ。

けれども、確かめなくてはならない。

マイクは、狭いアパートの中の、それでも少し広い場所を探して、立った。恐ろしさに唇を噛みながら、それでもマイクは目を瞑り、背中に再び意識を集中させた。

バサッ。

マイクは、周囲のものを落とさないように、控えめに羽を広げた。目を瞑ったまま。

怖い。目を開けることが。自分の羽を見ることが。

逡巡。

しかし、たとえ羽がどうなっていようとも、それは自分の責任。自業自得だ。

マイクは小さな呼吸をすると、意を決して、静かに瞼を動かした。そして、その青い瞳を左羽へと移動させる。

「あ・・・」

マイクはその場に膝をついた。

自分が予想していたよりも酷かった。羽は濃いグレーで、それどころか、所々に真っ黒い羽根が混じっていた。

マイクの青い瞳から、涙が溢れた。

********************

昼になっても事務所に現れないマイクを心配して、ハーヴィーは後のことをドナに任せると、ガラス張りのオフィスを出た。昨夜は、自分のアパートに帰っていなかったマイクだが、この時間ならいるかもしれないと思った。レイの車で、急いでマイクのアパートへ急ぐ。

車から降りると、ハーヴィーはレイを帰した。もし、マイクがアパートにいるのなら、きっと話は長くなるだろうと思ったからだ。

階段を駆け上がり、マイクの部屋のドアを叩く。しかし、返事はなかった。ハーヴィーは躊躇なく、ドアノブを回した。

「マーイク!!」

いることを確信して、愛する者の名を呼ぶ。返事はなかったが、構わず部屋の中に入った。小さな居間。それに続く小さな寝室。そのベッドの上で、マイクが自分の羽を毟っていた。

「マイク?」

ハーヴィーの声など耳に入っていないかのように、いや、実際に聞こえていないのだろう。必死に、黒い羽根を毟っているのだ。ベッドのリネンには、小さな赤い染みが点々と付いている。恐らく、無理に羽根を引き抜いているからだろう。

「マイク・・・マイクっ!!!!」

怒鳴りながら、ハーヴィーはマイクに近づき、羽根を毟るマイクの手首を掴んだ。

「っ・・・ハ・・・ハー・・・ヴィー・・・?」

ようやくハーヴィーの存在に気づく。そして、後ずさった。

「みっ・・・見ないでっ!」

ハーヴィーに背を向け、そしてまた、黒い羽根を毟り始める。

「やめろ!マイク!」

後ろから、マイクの翼ごと抱きしめる。

「僕・・・僕・・・駄目な天使だ・・・これじゃ・・・貴方の守護天使に・・・なれない。こんな黒い羽根じゃ・・・」

「・・・マイク・・・俺のせいだろう?こうなったのは」

マイクは首を横に振った。

「違う。・・・僕が駄目な天使だから・・・。本当は、貴方とスコッティの幸せを祝福しなくちゃいけないのに・・・僕・・・また、嫉妬しちゃったんだ・・・その上・・・トレヴァーに誘われて・・・マリファナまで・・・やった・・・もうしないって、ハーヴィーと約束したのに・・・」

「トレヴァー・・・あいつ・・・」

ハーヴィーの腕の中で、マイクが泣きながら体を震わせている。

「ごめんなさい。僕、貴方の守護天使になろうって決めたのに・・・このままじゃ・・・僕・・・地獄に堕ちる・・・」

「マイク。君がさっきから言っている守護天使とはなんの話だ?」

「ぼ、僕・・・ハーヴィーとずっと一緒にいたくて・・・貴方の傍にいたくて・・・どうしたらいいかなって、考えて・・・それで・・・貴方の守護天使になったら、ずっと・・・貴方の傍にいられるって思って・・・だから、仕事頑張って・・・貴方の幸せを祝福しようって思ったのに・・・僕・・・未熟だから・・・スコッティに嫉妬しちゃって・・・もう、どうしようもなくて・・・」

「そんな時にトレヴァーに会ったんだな?」

「ん・・・偶然。だけど、1人でいたくなくて・・・それで一緒にお酒飲んで・・・マリファナ・・・勧められて・・・」

そこまで話して、マイクは再びグズグズと泣き出した。

「マイク・・・」

ハーヴィーはマイクと対峙するように、座り直した。そして両手で頬を包む。青い瞳が、涙で潤んでいる。・・・こうしてしまったのは、自分だ。ここまで追い詰めてしまったのは。

「すまなかった。変に隠さず、きちんと君に話すべきだった。スコッティのことは」

「うん・・・おめでとう・・・ハーヴィー・・・結婚・・・するんでしょ?・・・僕・・・ちゃんと、祝福するから・・・」

「いや、違う。確かに、昔は付き合っていた。それは事実だ。認める。しかし、今の俺の心は彼女にはない。お互いが抱えるクライアント同士の合併のことで、一緒に仕事をすることになった。ただ・・・君に嫌な思いをさせたくなくて・・・黙ってた。それが・・・裏目に出た。俺のミスだ。君を信じなかった・・・俺が悪い」

「ハーヴィー・・・結婚しないの?・・・スコッティと・・・」

「しない。君がいるんだ。他の誰とも、結婚しない。それよりも・・・俺の守護天使になるってどういう意味だ」

「・・・信じる人、信じない人っているけど、人間には、守護天使がいるんだ。貴方の肩には、天使の姿が見えないから・・・まだ、いないんだって思って。それなら・・・僕がなりたいって・・・」

「ちょっと待て。守護天使に・・・実体はあるのか?」

「・・・人間には見えないけど・・・」

「じゃあ、君が守護天使になったら、こうして君に触れることは・・・できなくなる?」

「・・・うん・・・その・・・そう・・・」

ハーヴィーは大きなため息をつくと天井を仰いだ。そして、言う。

「マイク。だったら、君は守護天使にならなくていい。信じる?俺は見えるものしか信じない。君の羽が、ずっと黒いままでも構わない。君に触れることができなくなるなんて、俺は絶対に拒否する」

「ハーヴィー?」

「俺は、どんな形でも、君という存在が好きだ。いや、愛している。君のいない世界はもう考えられない。君がいなくんるなら・・・見えなくなるなら・・・俺は生きている意味がない」

「や・・・だ・・・。ハーヴィー・・・そんなこと、言わないで。死んでもいいみたいなこと・・・言わないでっ!」

「じゃあ・・・言わせるな。・・・マイク・・・愛してる」

「・・・僕も・・・ハーヴィーが大好き」

「・・・愛してるとは言ってくれないんだな」

「・・・・・・そんなの・・・そんなの・・・ずっと前から・・・もう、ずっと前から・・・愛してる・・・ハーヴィー・・・」

マイクは、ハーヴィーの胸元に顔を埋める。ハーヴィーはマイクの髪の中に優しく指を差し込んだ。

「マイク、羽をしまえるか?」

蜂蜜色の髪の毛を撫でながらハーヴィーが言った。その言葉にマイクの顔がふにゃりと歪む。

「そ・・・そうだよ・・・ね。僕・・・汚いし・・・こんな黒い羽根・・・」

「ああ、いや、違う。違うんだ、マイク」

ハーヴィーが慌ててマイクの頰を両手で包む。

「いつもより、君と深く繋がりたいから・・・そうなると・・・羽が下敷きになるから・・・それは、辛いだろう?」

「ふえ?」

「君の羽色が汚いからというわけじゃない。どんな色の羽をしていても、君は君だ」

ハーヴィーは右手をマイクの首の後ろに、左手を腰に回した。そして、優しく口付けてやる。

「ん・・・」

それを合図に、シュルッと、マイクは静かに羽をしまう。それを確認すると、ハーヴィーはあまりスプリングがあまり良くはないマイクのベッドに、その体をゆっくりと押し倒した。

「すぐに、君の中に入りたいと言ったら・・・性急すぎるか?」

「ん・・・ううん・・・僕も・・・早く、ハーヴィーが欲しいよ・・・。不安・・・だったから・・・」

間近な場所で、青い瞳が揺れる。ハーヴィーは安心させるように、その眦に口付けた。

すぐにマイクの中に入りたい、とは言ったものの。この数日は体を重ねていない。そんなマイクに負担をかける気はなかった。ハーヴィーは指先でマイクの唇を突いた。そして。少し開いたそこへ、指を潜り込ませる。マイクも意図を察して、口を開いてハーヴィーの指を迎え入れた。口の中に唾液を溜めて、それを纏わりつかせるようにして舌を動かす。ぴちゃり・・・くちゅり・・・と小さな音が部屋に響く。2本の指を、マイクは丹念に舐め上げた。

「いいか?」

ハーヴィーの問いに、マイクは口から指を離した。指と舌の間に透明な糸が引く。ハーヴィーはその指をマイクの下半身に持って行くと、双丘を割って潜り込ませた。

「ん・・・う・・・」

体を重ねていなかった日の数だけ、そこは狭くなっているような気がした。けれども、ハーヴィーはマイクの表樹を確かめながらも、容赦無く、指を進めた。そして、コリっとした部分を探し当てて、そこをプッシュする。

「ひゃっ・・・あっ・・・」

マイクの赤い口腔が、視界に入る。その口を塞ぎたい気持ちと、その表情を眺めていたい気持ちが綯い交ぜになる。ハーヴィーは、喘ぎ声を立てながら、時折首を軽く左右に振るマイクの表情を見ることを選んだ。マイクの声を表情を確かめながら、執拗に前立腺を押し続ける。

「あっ・・・は・・・び・・・や・・・そこ・・・や・・・」

「どうして?気持ちいだろう?」

ハーヴィーの肩に置かれたマイクの指に口付けながら言ってやる。

「や・・・だ・・・って・・・そこ・・・そこ・・・押されてイくの・・・や・・・。は・・・ハーヴィー・・・が・・・欲しい・・・よぅ・・・」

随分と可愛らしいことを言ってくれる。

「いい子だ、マイク」

ハーヴィーは優しいキスを与えながら、マイクの腰を抱え直し、自分の体を押し進めた。指で解したとはいえ、やはり、そこはまだ狭かった。けれども、マイクは受け入れようと、呼吸を整えて、体の力を抜こうとした。それすらも、愛おしい。なぜ、こんなにもいたいけな存在を、自分は傷つけてしまったのか。

「・・・ハー・・・ヴィー・・・ねぇ・・・もっと・・・深く・・・繋がるんじゃ・・・なかったの・・・?」

「まだ、辛いだろう?」

「ヘーき・・・。僕・・・ハーヴィーが・・・欲しいよ・・・もっと・・・欲しいよ・・・」

ハーヴィーの肩口に、マイクが額を擦り付ける。

「・・・きつかったら・・・言えよ?君を傷つけたいわけじゃない」

自分は十分、マイクの心を傷つけてしまった。

「いい・・・だって・・・これ・・・仲直りの・・・セックスでしょ?」

ふわりと笑ったマイクが、ハーヴィーの首に腕を絡めて引き寄せる。それならば・・・と、ハーヴィーはマイクの両足を抱え上げて、そして折りたたんだ。ぐっと、真上から体重をかける。マイクの体の奥底を抉る。

「くっ・・・ふっ・・・・あっ・・・あっ・・・」

最初は眉を顰めていたマイクだったが、自然に眉間が開き、恍惚とした表情へと変化する。

マイクは、「仲直りのセックス」といったが、ハーヴィーにしてみれば、「許しを乞うセックス」だった。マイクは何一つ、悪くはないのだから。

「あっ・・・ああああっ・・・ふ・・・深いっ・・・ひあっ・・・くっ・・・んっ・・・」

ほぼ真上から、押し付けるように犯しながらも、ハーヴィーはマイク自身を慰めることを忘れなかった。奥深いところを抉られ、突かれ、勃ち上がったものを擦られて、マイクは呼吸が苦しくなりそうだった。けれども、それは、とてもなく、幸せだった。

どうして、ハーヴィーを疑い、あんな悪いことをしてしまったのか。自分は、まだまだ未熟な天使なのだと思い知らされる。快楽と反省と。思考がぐちゃぐちゃになっている。ただ、はっきりしているのは、自分は本当に心からハーヴィーを愛し、離れたくないと思っていることだった。

「ああ・・・ハーヴィー・・・イく・・・イっちゃう・・・・」

その言葉をきっかけに、ハーヴィーはマイクの腰を抱いて、その体を引き上げた。マイクの自重で、より一層、ハーヴィーが再奥に当たる。

「やっ・・・あっ・・・ああああ・・・あーっ・・・」

マイクの赤い口腔が、ハーヴィーの目にはとても煽情的に映る。マイクの嬌声と共に、彼の翼が激しい羽音と共に部屋中に広がった。

********************

「・・・・・・散らかったな」

「ごめん、ハーヴィー・・・。どうしてもコントロールできなくて、イく時・・・翼が出ちゃうんだ・・・」

しょんぼりとマイクが言う。

「いや・・・それはいいんだが・・・」

翼を広げるには、マイクの寝室は狭く、棚やサイドテーブルからいろいろなものを落としてしまったのだ。まあ、これは過去に経験済みではあるのだが。

「し・・・しまうね、羽・・・」

「いや、いい。見ていたい」

「・・・やだよ・・・汚いし。・・・真っ黒い羽根も混じってるし」

「それは・・・俺のせいだから」

そう言って、ハーヴィーはマイクの翼に口付ける。

「本当に・・・すまなかった」

「・・・いいんだ。ちゃんと話を聞けなかった僕も悪いんだ。勝手に誤解して・・・嫉妬して・・・悪いことして・・・自業自得なんだ」

マイクはキュッと唇を引き結ぶと、羽をしまった。

「片付けるね。あ、ハーヴィーはゆっくりしてて・・・」

そう言ってベッドを降りようとするマイクの腕をハーヴィーが掴んだ。

「それは後で俺がやっておく。それよりも・・・俺は、もっと君と一緒にいたいんだが?。ああ、離れたくない、と言った方が正しいな。それに君も、まだ体が怠いだろう」

「ん・・・」

恥ずかしそうに、マイクが頷いた。確かに、本当はもっと体を横にしていたかったのだ。ハーヴィーの傍で。

マイクはぱたんっと、ハーヴィーの隣に横になった。嬉しそうにハーヴィーを見つめる。ハーヴィーは蜂蜜色の髪を数回撫でると、その手をマイクの背中に移動させた。

「んっ・・・だめ・・・」

「くすぐったいか?」

「んー・・・」

マイクが困ったように口籠った。

ハーヴィーは「おや?」と思いながら、マイクの羽が生えるであろう、肩甲骨をスッと撫でた。

「ひゃっ・・・」

びくんっとマイクの体が小さく跳ねた。

「マイク?」

「う・・・だめ・・・ハーヴィー・・・そこは・・・その・・・だめ・・・」

「肩甲骨がか?」

「だって・・・そこは大事な場所なんだもん。・・・その・・・羽が生えるところだから・・・」

「ほう・・・」

それはいいことを聞いた、というように、ハーヴィーが口角を上げる。少し強引にマイクの体を俯せにすると、肩甲骨に唇を当てて、チュッと吸い上げた。

「ひゃぁぁぁ・・・あっ・・・やっ・・・ハーヴィー・・・だぁめぇ・・・」

可愛らしいマイクの声に気を良くしつつ、ハーヴィーは片方の手を、その下腹部に這わせる。そこは、軽く勃ち上がっている。

「やだぁ・・・」

「・・・君の新しいいいところを発見できたな」

ハーヴィーはそう呟くと、もっとキツく、肩甲骨の薄い肉を啄み始めたのだった。

END