「ハーヴィー!雪!雪が降ってきた!」
窓の外にちらちらと白い花弁を見つけたマイクが声を上げた。
「冬なんだ。雪ぐらい降るだろう。たかが雪で何をはしゃいでいるんだ。やっぱり君は子どもだな」
ピアソン・ハードマンのハーヴィーのオフィス。
デスクを挟んで、マイクが取り纏めた書類を二人はチェックしていた。
「今年は寒波が来るって言ってたけど、相当寒いのかなー」
「仕事をしろ、仕事を」
「してますよ。っていうか、しーまーしーたー。だから、この完璧な書類がここに存在しているんじゃないですか」
「言葉を伸ばすな。耳障りだ。なおかつ。書類が完璧でも、それを扱う人間がショボかったら意味がないだろう」
「え?貴方、ショボイの?」
「君だ!」
ハーヴィーがビシッとマイクに人差し指を突きつける。
「酷い」
「文句は結果を出してから言え。・・・まあ、書類に不備はなさそうだがな」
「でしょー!」
「語尾を伸ばすな」
「はーい!」
「伸ばすな」
「はいはい」
「返事は1回だ」
「はい」
ハーヴィーがパサリと手にした書類をデスクに放る。そして満足そうに片方の口角を上げた。それを見て、マイクは心の中で、ホッとする。軽口を叩きながらも、内心では不備がないかとドキドキしていたのだ。
「マイク。テーブルの上にブルーベリークリームチーズのベーグルサンドがある。食べてもいいぞ。コーヒーは少し冷めてしまったかもしれないがな」
「本当?ありがとう、ハーヴィー。サーモンとクリームチーズの相性もバッチリだけど、ブルーベリークリームチーズも美味しいよね」
「甘党か?」
「両方イケるってこと。じゃあ、いただきますね!」
マイクはソファセットの方へと移動し、テーブルの上の紙袋をゴソゴソし始めた。
その姿を見て、再びデスクの上の書類に視線を落とす。
少々面倒臭い裁判前に、これは完璧な準備だ。
マイクがフォトグラフィック・メモリーという特殊能力の持ち主とはいえ、これだけの膨大な書類を整えるには、相当神経を使ったに違いない。たまには労ってやるか。ふと、そんな親心を出す。
褒美はベーグルとコーヒーだけだなんて、そんな懐の小さい上司ではないことも教えてやろう。
それにしても・・・と、ハーヴィーは再びマイクに視線を戻した。
偶然とはいえ、随分と価値のあるものが自分のところに飛び込んできたものだと思う。
最初はただの暇つぶし、というかジェシカのアソシエイトを育てろという面倒な命令に適当に従っておくか、という気持ちだった。
だから、面接で選ぶ人間なんて、誰でもいいだろうと。そう思っていた。
ところが、面接に来たハーバード・ロースクールの若者は皆、つまらないを通り越して、そこらへんの石ころ並み、否、それ以下だった。
ハーヴィーは自分のオフィスに石ころを並べる趣味はなかった。
そんな面接にうんざりしていたところに飛び込んで来たのがマイクだった。白い薬という、余計なお荷物付きではあったが。
使える・・・というよりも、面白い。それはハーヴィーの直感だった。
こいつが傍にいたら、毎日が、そして仕事が楽しくなりそうだ。そんな直感。もちろん、マイクの特殊能力も込みで、だ。
その直感は外れることなく、マイクはアソシエイトとしての能力を開花させつつある。
イマドキの若者で、減らず口もあり、少々生意気で。しかし、仕事に対しては真摯に向かう。
直接に本人に言うとつけあがるから言ったことはないが、ハーヴィーはマイクを高く評価していた。だから、傍に置いている。
育てようとしなくても、仕事を与えれば、マイクは柔軟に吸収し、素直に成長する。それもまた面白かった。少しずつ難易度の高い仕事を与えて、少しずつ力をつけていくマイクの姿を見ることが好ましかった。
きっと、自分の傍でなければ、マイクの能力は一生ただのゴミ屑で終わっただろう。幼馴染とかいう、あの馬鹿者のいいように使われて、犯罪者になるのが落ちだ。
それでなくとも、マイクはマイノリティだ。
そう。
マイクはΩだった。
マイクを自分のアソシエイトにするために、まず最初にしたことは、履歴書の捏造だ。
そのとき、マイクは属性欄にさらりと、自分がΩであることを記入した。
普通の人間であれば、そこを詐称することが常だ。特に仕事では差別や蔑視の対象となる。
しかし、マイクはこともなげに、カミングアウトした。経歴詐称のついでに、βとでも書けばいいものを、マイクはそうしなかった。
理由は一言、
「嘘は少ない方がいいから」
と。
差別は昔からだし、抑制剤をきちんと飲めば日常生活にも仕事にも影響はないから、と。
へらりとした口調で言ったのを覚えている。
確かに、マイクと仕事をし始めてしばらく経つが、今にように意識しなければ、マイクがΩだということは忘れている。
マイクはこれまでにハーヴィーが目にしてきたΩとは様子が違っていた。
Ωに対する差別意識は大してないが、ハーヴィーがαだと知ると、気持ちが悪いほどにすり寄ってくるΩにはうんざりしていた。
しかし、マイクにはそれがなかった。自分に媚びることは一切なく、仕事を評価してくれと。常にそういうスタンスだった。
「ねえ、ハーヴィー」
話しかけられて、自分が考え込んでいたことに気づかされる。
「どうした」
「今日って、残業、ある?」
「・・・いや。これだけの準備で十分だろう」
「じゃあ、今日は定時で上がってもいいかな。21:00前に帰ったって、ルイスに知れたらクビにされそうだけど」
「何かあるのか」
「うん。クリスマスが近いから、ばあちゃんにプレゼントを買おうと思って。今日を逃したら、また裁判で忙しくなるでしょう?」
「そうだな。わかった。まあ、ルイスにバレないようにこっそり帰れ」
「ありがとう、ハーヴィー!それと、ベーグルとコーヒーもね!」
そう言って、マイクは手をひらひらさせながらオフィスを出た。ドナと会話を交わしてから、マイクはハーヴィーの視界から消えた。
「クリスマスか・・・」
何とは無しに呟く。
「クリスマス・ディナーならDaniel Bouludがオススメよ。最高にロマンチックだから。それに街一番のクローザーにぴったりのランクの店よ」
ついさっきマイクと言葉を交わしていたドナがドアの所に立っていた。
「ドナは?もう、予定は入ったのか?」
ニヤリとしながら聞いてやる。ステディな相手はいない秘書だが、デートする相手は事欠かない聡明な女性だ。
「私はAugustでディナーよ」
「ああ、知ってる。アッパーイストサイドの店だな。俺のテリトリーだ。カジュアルだが、いい店だ」
「あら。ハーヴィーのお墨付きなら、間違い無いわね。楽しみだわ。で?Danielはどうするの?」
「そうだな。24日の19:00に予約を入れておいてくれ」
「20:00じゃないのね」
「そこまで待たせたら、相手が餓死する」
「ふうん。食べ盛りの若い子が相手なのねー」
「それ以上は詮索するな」
「はいはい」
「ドナ、返事は1回だ」
「はーい」
「伸ばすな」
「はい」
ふふっと笑いながらドナが自分のデスクに戻る。そして早速電話の受話器を取り上げる。
仕事の早い秘書は、ハーヴィーも満足げに微笑んだ。