金髪碧眼の王子は、今、危機に面していた。
ガーネット色をしたマントが、森の大木の枝に引っ掛かり、彼は現在、宙にぶら下がっている状態にあるのだ。
メリメリ。ミシミシ。パキパキ。メキメキ。
さっきから嫌な音がしていた。
この国の成人男性としては少々低めの165㎝。体重は平均的に64㎏。しかし、幹ならともかく、大木とはいえ、枝は枝。その体重をぶら下げた状態にしておくにも限界がある。今がまさにその限界点間近。
「んー。どうしよっかなー」
王子らしからぬ口調でひとりごちる。
そもそも、何故、この王子が只今絶賛宙ぶらりん状態なのかというと、原因は彼の愛馬、カマロにあった。黒い毛並みで足の速い馬だった。
この日、王子は窮屈な城をこっそりと抜けだして、森へ遠乗りにやってきたのだ。
実は、この森、『絶対に立ち入ってはいけません」と、国王及び王妃、つまりは王子の両親からきつく言い渡されていた森だった。理由は、「野獣が住んでいるから」というもの。だから、この国では、子どもが悪いことをすると、「森に置いてくるよ」、「野獣に食べられてしまうよ」が脅し文句の定番だった。だから、基本的にネガティブ思考で、危ない橋は極力渡らず、堅実に安全に生きることをモットーとしている王子が、この森に来るなんてことはありえなかった。
にも関わらず、彼は今、その恐ろしい森に存在している。原因は、やっぱり彼の愛馬、カマロにあった。カマロは足が速い。とっても速い、風のように駆ける。その姿は宮廷画家がモデルにしたいくらいに美しかった。
しかし。
だがしかし。
カマロはちょっとお馬鹿だった。そして方向音痴だった。
王子は南の森に行くつもりだったのだ。けれども、カマロは見事に逆方向に走りだした。いや、一応王子は手綱を引いて、「違う違うそっちじゃない」と意思表示はしたのだ。けれどもカマロは元気にいななき、気持よくなおかつ元気に北に向かったのだ。そのいななきは、「こちいこっちこっちですよー!ご主人様ー!」と言っているかのようだった。そして、北の森にずんずんと入り込み、主人である王子のマントが木に引っかかって自分の背中からいなくなっても気づかずに、そのまま颯爽と森の奥へと行ってしまったのだ。脚が速いだけの駄馬である。でも、王子はカマロを心から可愛がっていた。何せ、国王が第一王子の成人の祝として贈ってくれたものだし、カマロ自身、王子にとても懐いてくれたからだ。
そのわりには、王子を置き去りにして走り去ってしまったが。
メリメリメリメリメリメリメリ!
「あ、落ちる」
と王子が思った瞬間、彼は垂直に落下した。そして綺麗に尻もちを付き、勢い余って後転も決めてしまった。下が草地だったのが、不幸中の幸いである。王子は草地に座り込み、首を傾げた。
「さて、どうしよう。カマロは足が速いからなぁ。結構、森の奥まで入っちゃったよな」
進むか、戻るか。駄馬とはいえ、愛馬だ。このまま捨て置きたくはなかった。進むという選択肢しか、王子にはなかった。
王子は立ち上がり、自分に怪我はないか確かめる。足に痛みはない。背中も痛くはない。マントは少々破れてしまったが、城に帰れば、代わりはいくらでもある。
しかし。
左の手の平がチクリとする。見ると、小さな棘が刺さっている。右手の爪を使って抜いてみようと試みるが、上手くいかない。しかたがないので、放っておくことにした。棘で死ぬことはないだろうと。
それよりも、カマロが心配だった。
何せ、ここは野獣のいる森だ。食べられてしまうかもしれない。王子ゆえ、一応帯剣はしているが、実は武術は苦手だった。
「どうか野獣に出会いませんように」
そんなお願いをしながら、王子は森の奥へと歩を進め始めた。