喉が渇いてふっと目が覚めた。
原因は、同じベッドで眠っている馬鹿アニマルのせいだ。
ねちっこいし、しつこいし、回数は多いし、激しいし、こっちの要望(もう、やめて)は聞かないし。
なんで、俺はこんなのと、週に2、3回はベッドを共にしてるんだ、とつくづく思う。
はぁ・・・とため息。
いや、それよりも、水。水が飲みたい。
ベッドサイドに水は用意していなかったので、飲むとしたら階下に降りるしかない。
面倒臭いが仕方がない。
そこらにシャツが落ちているはずだからそれを羽織って・・・・ん?ん?体が動かない。
ああ、そうだった。
これだ。この腕だ。いつものように鍛え上げられたスティーヴの腕が、俺の腰をしっかりとホールドしているんだ。でもって、背中が妙に暖かい。これも、いつものことだ。スティーヴは何故か、俺の背中に顔を押し当てるようにして眠ることが多い。
いやいや。向かい合って眠るなんて、そんなこっぱずかしいことできねえし。だから俺は必然的にスティーヴに背中を向けて眠ることがほとんどだった。当初、この馬鹿アニマルにはそれが不満だったらしいが、一緒のベッドにいるだけでもありがたいと思え。
あー。水。マジ、水。
腰に巻きついているスティーヴの腕を試しにペンペン叩いてみる。
・・・・・・反応なし。
次に、手首を掴んで引き剥がそうとする。
・・・剥がれねえ。接着剤でもついてんのか!
それどころか、ますますその太い腕に力が入ったのは気のせいか?
もしかして、こいつ、起きてんじゃねーの?
最初はこんなんじゃなかったよなー。
んー?最初の頃?
そういえば・・・。
スティーヴとこういう関係になって、ある夜、俺は今みたいに目が覚めて、ついでに自分の家に帰ったことがあった。着替えも置いてなかったし、朝、慌ただしい中で家に着替えに寄るのも面倒くさかったし、目覚めたついでだからって家に帰った。で、シャワーを浴びて、自分のベッドで寝たわけだ。
そうしたら、何故か、朝になってみるとスティーヴが隣で寝てた。
一瞬、自分の家に帰ったことが夢かと思ったね。でも、そこは確実に俺の家で、でもって、スティーヴのベッドよりも幾分小さい俺のベッドの中で、くうくう寝息を立てていたんだよ、こいつは!
どうっやって家の中へ入った!どうして俺は気配に気づかなかった!と大騒ぎ。それに対してこのシールズ様は、しれっと、「鍵はピッキングしたし、気配を消して敵に近づくのは初歩中の初歩だ」、とぬかしやがった。
だーれーがーてーきーでーすーかー!?
つか、夜中に帰った俺を追いかけて、忍び込むって一体どういう料簡なのよ。まったく。それを問い詰めても、こいつは真面目に、「勝手に帰る方が悪い」と俺のせいにする。
自分の家に帰って何が悪いんだ。
でも、そんなことが2、3回あったのをきっかけに、着替えをスティーヴの家に置くようになって、朝までスティーヴのベッドで寝るようにもなった。
そういや、その頃からか。こうして、スティーヴにホールドされるようになったのは。
「・・・・・・ダニー?」
「あ、起きた?助かった」
「どうした?」
「喉が渇いたんで水を飲みに行きたいの。でも、あんたの腕が剥がれなくて、ベッドから出られない」
「水なら持ってくる。待ってろ」
そう言って、スティーヴが起き上がった。
「いいよいいよ。寝てろよ」
「お前が寝てろ」
「何、その命令口調。あんたに迷惑をかけないように、自分で下に行くって言ってんでしょうが。だから、ほら、手を離せよ」
「嫌だ」
出た。アニマルボーイの我儘口調。どうして、そういうことになるかわかんない。しかも、腕の力がますます強くなる。
「スティーヴ」
「ダニー」
背中の肉を甘噛みされる。
「スティーヴ。俺の話を聞いてた?俺は喉が渇いたの!もう、わかったよ。俺はここにいるから、水、持ってきて」
「わかった」
名残惜しそうに、スティーヴが俺から離れる。脱ぎ捨てたカーゴパンツを履いて寝室から出て行った。その背中を確認してから、俺もベッドから降りる。薄闇の中でシャツを探り当て、ボタンを留めずに羽織るだけにする。そして、スティーヴの後を追って、階段を降りた。
キッチンを覗くと、ちょうどスティーヴが冷蔵庫のドアを閉めたところだった。俺の姿に気付いて、眉間に皺を寄せる。
「ベッドにいればいいのに」
「待ちきれなくて。ほら、ペットボトル、寄越せよ」
スティーヴが軽く投げてよこすボトルが、綺麗に宙を飛んだ。それを片手でキャッチする。冷えたボトルの感触が心地よい。蓋を開けて、喉を鳴らして水を流し込んだ。
「はふー。生き返ったー。スティーヴも飲む?」
「一口」
そう言って、スティーヴが近づいてくる。ボトルを投げる必要のない距離。スティーヴにボトルを手渡そうとしたら、腰を引き寄せられた。そして、唇を塞がれる。
「んー?んんん!」
ぺろりと唇を一舐めされたから、屈強な男が離れる。
「唇が冷たくて気持ちいいな」
ニヤリと笑う男。
「いきなり、何すんの!もう、離れろよ!」
「嫌だ」
さっきも聞いたセリフだ。
「なんだかなー、もう。わけわかんねー」
そんなことを言いつつも、スティーヴの行動を説明する言葉はわかるような気はする。たぶん、スティーヴ自身は気付いていないだろうけれども。
抱きつくスティーヴの頭をポンポンと軽く叩く。
「ちゃんと泊まっていくから。寝よ。喉も潤ったし。後・・・」
キッチンに置いてある時計をちらりと見る。
「事件で呼び出されなきゃ、3、4時間は眠れるだろ。それにこのペットボトルは二階に持っていくから。だから、まずは離れなさいっての」
「3、4時間ね」
その口調に、嫌な予感がする。
「じゃあ、もう一度楽しむことにする」
「げっ・・・・・・」
羽織っただけのシャツの中にスティーヴの手が入り込む。
「ちょっと待った。まさか、ここでスル気?嫌だよ、俺は!こんなとこ、絶対に体が痛くなる!」
「じゃあ、ベッドに戻ればいいんだな?」
「そういうこと!あ、じゃねーよ!そうじゃなくって!」
慌てて否定するも、時すでに遅し。腰を抱かれて移動する羽目になる。転ばないようにするのが精一杯だった。
寝室に戻ると、ベッドに押し倒される。握りしめていたペットボトルを取り上げられる。
うわおう。しっかり握ってたんだ、俺。ちょっと感心。
いやいや、そんな感心している場合じゃなかった。
「スティーヴ!落ち着けって!事件解決のために、体力は温存しておこうって!」
「俺はそんなにヤワじゃない」
「俺はか弱いの!」
「そんなことはない。ダニーは強い。でなきゃ、俺の相棒なんてやってられないだろう?」
「そりゃまあ、そうなんだけどさー」
ふっと、スティーヴの表情が変化した。さっきまでのヤル満々の野獣な顔が消えた。
「スティーヴ?」
「ずっと傍にいてくれ」
「あん?」
「ダニーが傍にいてくれたら、俺はもっと強くなれる」
「いやー。今以上に凶暴になられても困るんだけど」
「茶化すな」
薄闇の中でも、ヘイゼルの色がわかるほどに、スティーヴの顔が近くにある。
「離れないでくれ」
スティーヴが俺の首元に顔を埋めてくる。
嗚呼。やっぱり。・・・・・・不安なんだ。こいつは。
自分の傍から、一人二人と、人が消えていくのが。
父親だったり、母親だったり、軍の仲間だったり・・・・・・。
ロリも、ジェナもいなくなった。
スティーヴのダークブラウンの短髪の中に指を滑り込ませる。そして、その頭を抱き寄せてやる。
びくんっと、スティーヴの体が震えた。
アニマルボーイ、スティーヴ・マクギャレットの唯一の弱点。
喪失。
喪失を恐れるが故の執着。
今、スティーヴの執着は、この俺に向けられているのだろう。
これが、「愛」なのか、と聞かれても、「是」と答えるのは難しい。
愛なのか、友情なのか、生死を共にしている仲間意識なのか。
けれども、スティーヴの執着心だけは理解ができる。
だから、安心させてやるだけのことはしてやれる。
それが、たとえ、男同士のセックスという形であっても。
もし、他に表現する方法を知らなかったのなら、それはそれで仕方がない。
・・・・・・俺の方がずっと大人だな、と心の中で笑ってやる。
「愛してる」という言葉は言ってはやらない。俺だって、傷つきたくはない。
ただ、好きなだけ、傍にいてやることはできる。俺もスティーヴの傍は嫌いじゃない。
「なあ、スティーヴ」
スティーヴが返事をせずに身じろぐ。
「おやすみのキスをしてやろうか?そして、手を繋いで寝てやろうか?」
「キスは受け付ける。でも、手はいい。抱いている方が安心だ」
「あっそ」
啄むようにキスをする。
今夜はもう、この可哀想な我儘ボーイに背中を向けるのはやめよう。
こつんと、額をスティーヴの胸に当てる。
「おやすみ。スティーヴ」
「ああ。おやすみ、ダニー」
すかさず、体にスティーヴの腕が回される。
戒めにも似た、屈強な男の腕だ。けれども、それは何処か心地いい。
きっと、次からはまた、スティーヴに背を向けて眠るのだろうけれど、たまにはこんな夜があっても悪くないだろう。
END