Nefertiti

「あら、マイク。ハーヴィーならいないわよ?」

「知ってる。パートナー会議でしょ?だから来たんだよ。はい、これ。キャラメルカフェモカwithキャラメルソース。チョコチップ追加のホイップ増量」

マイクは手にした大きめのカップをドナに渡した。

「まあ、素敵な貢物。書類整理で頭が痛かったの。こんな時にはガツンと甘いもんものよね。遠慮なくいただくわぁ」

ドナは嬉しそうに笑って、カップを受け取り、綺麗にルージュを引いた唇をつけた。

「んー!!最高!疲れた体に沁みる~!・・・で?ハーヴィーのいないところで、私に何の相談?何だか私よりも疲れた顔してるわね」

「そうなんだ。もう・・・疲れた・・・本当に疲れた・・・」

「でも仕事が忙しいのは本望でしょ?」

「仕事のことじゃないんだ。この1ヶ月、ずーっと考えたんだけど、結局、思いつかないで、今日を迎えちゃったよ・・・ドナ」

マイクがドナのデスクカウンターに頬杖を付く。

「今日・・・ねぇ・・・。ま、相手がハーヴィーじゃね。確かに悩むわね」

「でしょ?」

「試しに欲しい物は聞いてみなかったの?」

「そんなの。『欲しいものは自分で手にいれる』って言われるのがオチだから聞けなかった」

「うんうん。懸命ね。確かにハーヴィーが言いそうなセリフ。じゃ、ディナーを一緒に誘ってみたら?」

「・・・それだと、結局ハーヴィーがご馳走してくれることになるからさ。全然、プレゼントにならない。ああ・・・好きな人の誕生日プレゼントで、こんなにも悩んだのは初めてだよ、ドナ」

そう。今日はハーヴィーの誕生日だった。かれこれ1ヶ月以上も前から、マイクは何かお祝いの品をプレゼントしたかったのだが、大抵のものは持っている男だし、きっと欲しいと思う物は絶対にマイクの手に届かない物に違いない」

「相手が女の子だったらなー。花、カード、お菓子、可愛いジュエリー・・・いくらでも思いついて簡単だったんだけど」

「まあ、あのハーヴィー・スペクターじゃねー」

「でしょ?」

「じゃあ、ここはベタに『僕をあげる』でいいんじゃない?」

「それ、全然、特別感ないし。っていうか、ドナ、その発想、すっごく恥ずかしいよ、イマドキ」

「何よ。せっかく相談に乗ってあげてるのに。やーねーイマドキの若者はー。じゃ、相談タイムは終了ってことでいいのかしら?」

「あ!あ!待って!困る!・・・ねぇ、ドナ。僕、本当に困ってるんだよ。助けてよ」

「そんなこと言われてもねー。んー。・・・マイクは、何か特別な物をあげたいの?」

「そう。ハーヴィーが持っていなくて、ハーヴィーには用意できないもの」

「ふうん。・・・そうねぇ・・・まあ、なくもないわね」

「!本当!ドナ!?何か、いいものある?」

「あるっていうか、思いついたわ。でもね、条件があるわ」

「何?何でも言うこと聞くから!教えて!」

「ふふ。何でも、ね。OK。じゃ、今から絶対に私を拒否したらダメよ。約束できる?マイク」

「する!約束するよ!特別なプレゼントのためなら!」

「二言はないわね?」

「ない!」

「じゃ、交渉成立。マイク、今日の仕事は定時に終わらせてね?」

「わかった!」

嬉しそうにホッとした表情を浮かべたマイクに、ドナは心の中で悪魔のように微笑んだ。

「ドナ!」

「なあに?ハーヴィー。必要な書類なら、デスクの上に置いてあるわ。マイクの作った資料もよ」

「・・・マイクが捕まらない」

「ああ、マイクね。ハーヴィー、時計を見てちょうだい。もうとっくに定時を過ぎてるわ。帰ったわよ」

「何だって?」

ハーヴィーは眉を潜めた。眉間に縦皺も寄る。

「だって、今日は何の日?貴方のバースデーでしょ?」

「それとマイクが定時に帰るのとどういう関係があるっていうんだ!」

ハーヴィーが自分の誕生日を思い出したのは、実は午前のパートナー会議が終わってからだった。特に祝おうとか、祝ってもらおうとかいう気は無かったが、せっかくだからディナーをマイクと一緒に、と思ったのだ。それがアソシエイト・オフィスに何度行ってもいないし、スマホを鳴らしても留守番電話。メッセージを送っても無視だった。こんなことは今まで一度もなかった。忠実な子犬は、必ず飼い主と連絡が取れるようにしている。そういえば、今日マイクに会っていない。

「そうそう。マイクから伝言を預かってるわ」

「何?」

「誕生日のプレゼントを、貴方の部屋に置いてあるって。ほら、早く帰ったら?」

「・・・そうする」

ハーヴィーは自分のオフィスに一度入り、鞄とコートを取ると、すぐさま帰途についた。

仕事上、クライアントの誕生日は大事にするが、自分の誕生日に関しては、割と無頓着なハーヴィーだった。欲しいものは、好きなときに好きな方法で手に入れるし、母親のこともあって、あまり誕生日そのもにいい思い出はない。それでも、パートナー会議後に誕生日だったことを思い出したとき、ハーヴィーはマイクと一緒に過ごしたいと思ったのだ。祝ってもらいたいととかいうのではなく、ただ、純粋にマイクと一緒にいたかった。

レイの運転するレクサスで、もうすぐ自分の家に着くという頃、スマホの着信音が鳴った。ドナからのメッセージだった。画面を開く。

『マイクからの伝言がまだあったわ。バースデープレゼントはミッシェルという可愛い女の子。どうぞ彼女と素敵な夜を過ごしてください。ですって』

「はぁっ!?」

「ど、どうしました?ハーヴィーさん?」

レイがハーヴィーの声に驚く。

「レイ。悪いが、ちょっと急いでくれ」

「わ、わかりました」

レイは安全運転を心がけながらも、ほんのすこしだけアクセルを踏み込んだ。

ハーヴィーは乱暴に部屋のドアを開け、足音を立てながらリビングに向かった。キッチンカウンターの椅子に、確かに女が一人座っている。緩く巻かれた金髪が顔を隠し、その表情はわからない。ハーヴィーはつかつかとその女性に近付き、その腕をきつく掴んだ。

「悪いが、さっさと帰ってくれ!」

「ごめんなさいっ!ハーヴィーっ!」

「?・・・その声・・・」

腕を掴まれて、体を捻るようにしてハーヴィーを見るその青い目は、とても見慣れたものだった。いつもより、睫毛の量と長さが3割り増しではあったが。

「マイク?・・・お前、マイクか?」

「ハーヴィー・・・」

まじまじと椅子に座るマイクの姿を見る。その青い瞳はおどおどと潤んでいるが、それがまた色っぽく見える。ピンクのルージュも顔色によく似合っていた。ドレスは瞳に合わせた空色で、ウエストから緩くフレアになっている。長袖ではあるが、レースになっている。どういう仕組みになっているか、ちゃんと胸の膨らみまである。足音はサテンの濃いブルーのハイヒール。マイクの姉か妹と言われたら、間違いなく納得するだろう。もちろん、マイクに姉妹はいないから、やはりこの目の前にいるのはマイク自身だ。

「ねえ・・・ハーヴィー?・・・怒ってる?」

「あ・・・ああ。まあ・・・そうだな」

「だよね。せっかくの誕生日にこんな変なのがいたら、怒るよね。・・・か・・・帰る。本当にごめんなさい」

マイクは急いで椅子から降りたが、慣れないハイヒールで足元がふらつく。体がよろめいたところを、ハーヴィーが抱きとめた。

「誤解するな。怒りは収まった。怒っていたのは、君の伝言のことだ」

「伝言?」

「さっき、ドナからメッセージが来たんだ。ほら」

そう言って、ハーヴィーがメッセージ画面を開いてマイクに見せる。

「え?何これ。僕、こんな伝言頼んでない!だいたい、ミッシェルって誰!?」

「それはこっちが聞きたい。ああ・・・でも、これはドナの悪戯だろう。ミッシェル・・・ミシェル・・・ミカエル・・・マイケル・・・マイク・・・な?君のことだ。まったく。俺もすぐに気づけばよかった」

「僕が女の子をこの部屋に寄越したと思って怒ったんだ、ハーヴィー」

「俺としては判断を誤った。しかし、君も悪い。今日は朝から全然、君に会えていない」

「だって・・・」

「まあ、いい。せっかくだ、外に食事に出よう。エスコートしてやる」

「う・・・それは無理」

「どうして?君はとても綺麗な淑女に見えるぞ。バレないと思う」

「ありがと。一応、褒め言葉として受け取っておくよ。僕もこんな格好をした甲斐があった・・・でも・・・無理」

「だから、どうして?」

「・・・・・・ハイヒールが痛くて、一歩も歩けない・・・・」

「・・・・・・」

そっちか。と、ハーヴィーはくすりと笑った。

「本当に痛いんだよ?ここまで来るのも大変だったんだから!」

「わかったわかった。じゃあ、ケータリングにしよう」

ハーヴィーがマイクの膝裏に手を入れて抱き上げる。

「うわっ・・・何っ・・・ハーヴィーっ!?」

「だって、歩けないんだろう?ダイニング・テーブルまで運んでやる」

「女の子じゃないんだから!重いよ!」

「鍛え方が違う」

言った通り、軽々をハーヴィーはマイクを抱き上げたまま移動した。もちろん、そのピンク色の唇に自分の唇を重ねながら。

「予約もなしで、これだけの料理をケータリングできるハーヴィーってやっぱすごい」

テーブルに並んだ二人分の豪華な料理を前に、マイクはすっかり色気よりも食い気モードになっている。置ききれなかった料理は、キッチンカウンターに置いてある。

ハーヴィーがグラスに注いだワインを受け取って、マイクはちょっとだけ小さな声で言った。

「誕生日おめでとう、ハーヴィー。なんか、変なことになっちゃってごめんね」

「そうか?この部屋から見える夜景は綺麗だし、何より目の前に美女がいて一緒に食事ができるんだから、文句はない。ましてや、その美女の中身がマイク・ロスだなんて、最高じゃないか。で?一体どうして、こういうことになったんだ?ドナが絡んでいるのに間違いはなさそうだが」

「んー。実はさ、この1ヶ月、ずっと悩んでたんだ。貴方の誕生日に何を贈ろうかって。でも、何にも思いつかなくてさ。それで困って、今朝ドナに相談したんだ」

「それで?」

「ドナがいいこと思いついたって。絶対に拒否しないなら、協力してくれるって。それでね、ある住所を渡されたんだよね」

「行ったのか?」

「うん。貴方の誕生日プレゼントがどうにかなるならって思ってさ。もう、賭け。それで、定時で仕事を上がって、その住所の場所に行ったんだよね」

「そうしたら?」

「・・・・・・ドナの知り合いのドラッグ・クイーンのお姉さんがいた」

「ぶっ・・・くっ・・・くくっ・・・」

「もう、笑わないでよね!僕は怖かったんだから。で、そこから身ぐるみ剥がされて、こうなっちゃいました!」

「しかし、とても清楚に仕上がってるぞ。ドラッグ・クイーンには見えない」

「そこはドナが話を通しておいてくれたみたい」

「彼女のそういう人脈は知らなかった」

「僕もびっくりだよ。あ!ハーヴィー。このテリーヌすっごく美味しい」

ハーヴィーはマイクが食事をする姿を見るのが好きだった。いつも美味しそうに食べる。マイクと出会う前に何人もの女と食事はしてきたが、あまり食べることに集中していなかったような気がする。しかし、マイクは楽しい話題で食事の場を盛り上げることと同時に、料理そのものを楽しむことができる。男とか女とか、そういう性別以前に、マイクが食べることに感謝のできる人間だからなのだろう。

「マイク、この店のローストビーフは絶品だぞ。取り分けてやろう」

「ありがとう!」

「ケータリングにして正解だったな」

「ん?」

「淑女は口元にテリーヌの欠片なんかつけて食べないからな」

「えっ、うそっ!付いてる?」

マイクが自分の手を口元に運ぶ前に、ハーヴィーの指が伸びて、テリーヌの欠片を拭い、そのまま自分の口へ運んでしまう。

「やだ、ハーヴィー。それ、恥ずかしい。なんか、子どもの頃のばあちゃんとの食事を思い出す」

「食べることに一生懸命だった子どもだったんだな。今みたいに」

「だって、ばあちゃんの料理、美味しかったんだよ。ああ、今度、ばあちゃん直伝のパスタソースを作ってあげるね」

「それは楽しみだ」

「あ、そっかー・・・今、思いついた。ハーヴィーに夕食を作ってあげるっていうプレゼントにすればよかったんだ。うう・・・どうして思いつかなかったんだろう」

「じゃあ、それはバレンタインに取っておけ。それよりもマイク。痛いんなら、ハイヒール、脱いでもいいぞ?」

「本当?」

「ただし、ベッドの上でな」

「うっ・・・」

そこからは何故か、マイクの食事スピードは落ちたのだった。

どんなにゆっくり食べても、いつかは終わるのが食事である。デザートまで食べた後、ようやくマイクはサテンのハイヒールから解放された。ただし、ハーヴィーの宣言通り、ベッドの上ではあったが。

「あっ・・・あんっ・・・あ・・・ハーヴィー・・・もっと・・・はぁ・・・あっ・・・」

水色のドレスは身につけたまま、マイクはハーヴィーの体の上で揺さぶられている。スカートの中に潜り込んだハーヴィーの手が、太腿を撫で上げ、屹立したマイクを扱く。

「可愛らしいドレスの下に、こんなものがあるなんて、なんだか、倒錯的だな。・・・唆られる」

下から突き上げられているマイクは、そんなハーヴィーの声が聞こえているのかいないのか、ピンク色の唇を半開きにして喘いでいる。肩よりも長い金髪が、ハーヴィーの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。

先端を親指の腹でグニュリと刺激されて、背筋が粟立った。その刺激で後孔に力が入る。

締め付けてくる感覚に、ハーヴィーは満足気に微笑んだ。

「マイク・・・いや、ミッシェル?もうイきたいか?」

こくこくとマイクは頷き、自らも体を上下に動かし始める。

「はあ・・・ん・・・もっと、触って・・・もっと突いて・・・ハーヴィー・・・お願い・・・もっと・・・」

マイクの可愛らしいおねだりに、ハーヴィーは笑って、応えてやった。こんな誕生日も悪くはないと。

「いや・・・ああっ・・・ああんっ・・・い・・・イクっ・・・やああああっ!!」

背筋を仰け反らせ、高みまで昇り詰めたマイクは、体を弛緩させると、ゆらりと、ハーヴィーの胸に倒れこんだ。

「はっ・・・はっ・・・は・・・」

力の抜けたマイクと体を入れ替えると、ハーヴィーはそっと、マイクの体から楔を抜いた。

「なあ、マイク?」

「・・・な・・・に?」

「もし、君だったら、自分の誕生日に俺から何が欲しい?」

そう聞かれて、マイクはなけなしの思考力で一生懸命考える。けれども答えは決まっていた。

「・・・貴方と一緒にいられたら、それでいい。毎年、一緒に誕生日を迎えられたら、それでいいかも」

「俺もだ。1ヶ月も悩んでくれたのはありがたいが、俺が欲しいのは、物じゃなくて、君自身だ」

「・・・じゃあ、ミッシェルになる必要はなかったってことだね」

「いや、それはまた別な話だな。来年はどんなミッシェルに会えるか楽しみだ。そうだ、来年は君に赤いドレスをプレゼントしよう。今度は外食できるように、ハイヒールを履く練習をしておけ。どうだ?ミッシェル?」

「う・・・も、マイクに戻して。ハーヴィーの意地悪」

「マイク、おとぎ話では、どうすれば元に戻れるんだった?」

「・・・んー、王子様とかお姫様のキスが定番だよね」

「そういうことだ」

「・・・じゃあ、キスしてよ、ハーヴィー。この魔法を解いて。マイク・ロスに戻りたい」

「そうだな。ドレス姿の君もいいが、スーツ姿の方が俺は好きだな」

マイクがハーヴィーの首に腕を絡める。

「キスをしたら、バスルームだ」

「うん。そうしたい。化粧も全部洗い流して、マイクに戻りたい。そうしてさ・・・」

「そうして?」

「もう一回、抱いてよ。ミッシェルでなくて、マイクを・・・さ」

「それはいい考えだ」

そうして、ハーヴィーはマイクに深いキスを落とす。ミッシエルという魔法を解くキスを。

翌日。

「ドナ」

「おはよう、ハーヴィー。お誕生会は楽しかった?」

「まあな。ところで、君のことだ。持ってるよな」

「あら?もしかしてこれのことかしら?」

ドナがスマホの写真アプリから1枚を表示する。

「これね、ダイアナ、ああ、私のドラッグ・クイーン友達ね。彼女から送ってもらったの。ドレスを着たメイク直後のミッシェルちゃん」

「全部で何枚ある?」

「10枚」

「じゃあ、10日間のカスタマイズラテでどうだ?それとも、エルメスのバッグがいいか?」

「両方」

「OK。交渉成立だ。昼休みに買い物に行こう。すぐに俺のスマホに写真を送ってくれ」

「了解」

ドナとハーヴィーは微笑み合い、それぞれの仕事を始めたのだった。

END