My Happiness 03

ハーヴィーは家に着くと、マイクをレクサスから抱きおろした。黒いハイヒールもきちんと持っている。

「歩けるよ、ハイヒールを履かなきゃね」

「駄目だ。お休み、レイ」

「お休みなさい、ハーヴィーさん」

「あ、お休みね、レイ。この格好のことは内緒にしておいてね」

「わかりました。マイクさんもお休みなさい」

レイの運転するレクサスが消えるのを見て、ハーヴィーが歩き始める。もちろん、マイクを横抱きにして、だった。マイクも諦めて、大人しく、腕をハーヴィーの首に回している。

「重くない?」

「前にも言っただろう。鍛え方が違う」

「そんなに鍛えてるんだなら、ハーヴィーもハイヒールに挑戦してよ」

「嫌だね」

「あーあ。僕ばっかり、こういう目に会うんだよねー」

至近距離で見るマイクは、やはりマイクだ。抱き上げる体も当然、男の体だ。

しかし、あのパーティー会場で黒いドレスのマイクを見たとき、言葉を飲み込んでしまうほど、美しいと思ったのも事実だった。本当に優雅に、歩き、佇んでいたのだ。声はアルト気味ではあるものの、上品な女性の話し方だった。絶対に、あのミランダよりも、美人だった。

部屋に入ると、マイクの要求で床に降ろしてやる。本当なら、ベッドルームに連れ込みたかったが、それについてはマイクが激しく抵抗した。けれども、キスぐらいはしたい。

目の前に立つ、マイクの頰を両手で包むと、ハーヴィーはそっと顔を寄せた。しかし、マイクは両手で胸を押し、口づけを遮る。

「マイク?」

「ごめん。・・・この姿であなたとキスするのは、嫌だ」

誕生日のときとは違う反応にハーヴィーは少し戸惑う。よく見ると、長い睫毛の奥の、スカイブルーの瞳が揺らいでいるのがわかる。赤いルージュで彩られた唇もきつく噛んでいる。

「どうした?マイク」

「ごめんなさい。なんか、ちょっと変。疲れたかな」

確かに、ハーヴィーがオフィスを出た後、ライオネルの資料を調べ直したのだろう。そして、ジェシカに報告してから、身なりを変えてパーティー会場に現れたのだ。そして、ライオネルに突きつけた言葉の数々。マイクが現れなければ、きっとハーヴィーは面倒なことに巻き込まれていたに違いない。ハーヴィーは労うように、マイクの頰をスッと撫でた。そんなマイクの瞳から涙が溢れた。

「マイク?」

「あ、ごめん。なんで、涙が出るんだろう。おかしいよね」

ハーヴィーは親指で涙を拭うと、

「先にバスルームを使え」

と言って、マイクを肩を軽く叩いた。

「ああ、でも、ネックレスを外してやる。ドレスのファスナーも。自分じゃ、無理だろう」

「あ、うん。お願い」

マイクは素直にハーヴィーに背中を向けた。そして、ネックレスを外してもらい、背中のファスナーも下ろしてもらうと、そのまま振り向かずにバスルームに向かった。

大理石の洗面台に両手をつき、マイクは鏡の中のミッシェルを見た。

『付き合っているんです』

『結婚も考えているんです』

ハーヴィーの言葉が蘇る。マイクは首を振った。あれは、ミッシェルに対しての言葉だ、と。けれども、あの瞬間、マイクは嬉しかった。たとえ、ライオネルに対する嘘だったとしても、嬉しかった。ドナには完全にバレているが、二人の関係は秘密だ。無資格以上の秘密だ。第三者に対して、マイクがハーヴィーの恋人であることを彼が言うわけがない。ミッシェルでいたから、ハーヴィーはああ言ったのだ。

マイクはため息をつきながら、自分をミッシェルたらしめるものを、一つずつ体から剥いでいった。そして、メイクを落とすために、頭から熱いシャワーを浴びる。ゴシゴシと力を入れて顔を擦る。流れるメイクと一緒に、涙も流れている。

良かれと思ってやったことだが、こんなにも自分が傷つくとは思っていなかった。

「ハーヴィー。勝手にバスローブを借りたよ」

「構わない。それより、これを飲んでみろ。パーティー会場では飲めなかったんだろ?」

「貴方を探すのと、足が痛いのとでそれどころじゃなかった。・・・赤ワイン?あれ・・・違う・・・スパークリングだ。え?赤のスワークリングワイン?」

「イタリアのランブルスコだ。そう、高いものじゃないが、結構美味い」

「うん。美味しい。へえ・・・スパークリングワインって赤もあるんだね」

「腹は減ってないのか?」

「あんまり。脱税の証拠探しのとき、ドナがサンドイッチを差し入れてくれたから」

「よく見つけたな」

「まあね。だって、ライオネルを潰す証拠を見つけなきゃ、ハーヴィーが無理矢理結婚させられるわよって、ドナが言うからさ」

「躱す自信はあったんだが」

「でも、ジェシカは、ライオネルの娘と貴方が結婚して、事務所に利益があるなら、それでもいいって思ってたみたいだよ」

「ジェシカめ。俺に身売りをさせるつもりだったのか」

「だって、事務所第一の女性だもん。だからこそ、脱税の証拠が見つかったとき、即座にライオネルを切ることを決めたよ。ジェシカは」

「そうか。マイク、君のおかげだ。俺も事務所も助かった」

「たまには役に立つでしょ?」

「?・・・いつも役に立ってるだろ」

「そお?・・・美味しいね。これ」

「マイク。目が赤いぞ」

「・・・これは・・・メイクを落とすのに、擦ったから」

「さっき、泣いただろう」

「泣いてないよ。ホッとして、涙が出ただけ。男だってバレないか、正直、ヒヤヒヤしてたんだから」

「完璧だった」

「ドラッグ・クイーンのお姉さんのおかげ」

「しかし、立ち振る舞いや、言葉遣いは違うだろう」

「さっきも言ったけど、気合い」

「その気合はどこから?」

「どこって・・・そりゃさ、貴方が結婚させられるって・・・聞いちゃったらさ。うん。やっぱり、結婚は好きな人とした方がいいよ。ハーヴィーにも早くそういう人が現れるといいね。ああ、僕のことは気にしないで。僕たちの関係性は十分にわかってるから」

「マイク?」

「ごめん。・・・疲れちゃった。ベッド、先に借りてもいい?」

「・・・わかった。先に寝てろ」

「ありがと」

マイクは半分ほど赤い液体が残ったグラスを片手に持って、寝室に消えた。その後ろ姿を、ハーヴィーは複雑な表情で見送った。

ランブルスコを飲み干し、マイクはベッドに潜り込んだ。サラッとしたシーツが心地よい。バスルームから、水音が聞こえる。もう少ししたら、ハーヴィーが来る。そうしたら、いつものようにセックスするんだろうなぁ・・・と頭の隅でぼんやりと考える。本当はそんな気分ではなかったが、きっとそうなる。そして、自分は流される。

付き合うってなんだろう。恋人ってなんだろう。そんなんことを考えなながら、マイクはそっと目を閉じた。

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