My Happiness 02

翌日の夕方、マイクがハーヴィーのオフォスに行くと、彼はタキシードを着てデスクに座っていた。

「遅い!」

「あ、ごめんlハーヴィー」

「もう少しで出かける時間なんだ。ほら、資料を寄越せ」

少し苛立っているハーヴィーに驚きながら、マイクはまとめた資料を渡した。労うこともかけず、ハーヴィーは資料を読み始める。

「ハーヴィー、時間よ」

ドナがガラス戸の所から声をかける。

「後は車の中で読む。マイク、ライオネルの弱点はこれだけか?」

「えっ・・・うん。まあ、そうだけど・・・」

「わかった。後は車の中で読む。ドナ、レイに連絡を」

「もう、下で待ってるわ。彼は時間通りよ」

「よし」

そう言ってタキシード姿のハーヴィーは書類に目を落としながら、オフィスから出て行った。

「タキシード姿のハーヴィーも、やっぱりかっこいいなぁ、と思いながら見送る。ハーヴィーの姿が完全に視界から消えたのを見計らって、マイクはドナに訊ねた。

「今日はパーティーなの?」

「そう。ライオネル主催のね」

「え?だから、今日の夕方までに調べろって言ったの?ドナ」

「そうよ」

「え?ちょっと待ってよ。だって、ライオネルのパーティーなんでしょ?なんで、そこに弱みが必要なわけ?あれ?意味わかんない」

軽く混乱しているマイクを見て、ドナは小さな溜息をついた。そして、「あのね。実はね」と事の顚末を語り始めた。

ライオネルが所有するホテルの豪華なバンケットルームでパーティーは行われていた。慈善パーティーと銘打ってはいるが、ライオネルの三女の婿探しであることは、そこにいる誰もが知っていることだった。

ハーヴィーは知り合いに挨拶を交わしながら、できるだけライオネルに近づかないように努めてはいたが、結局のところ、三女を従えた主催者に捕まることになった。

「よく来てくれた、ハーヴィー・スペクター」

「ジェシカの命令ですから。それにライオネル社は大口の顧客だ。クライアントは大事にしないと」

「うちの娘を紹介しよう」

いきなり本題かよ!とハーヴィーは心の中で毒づいた。

「三女のミランダだ。上の二人にはいい婿が見つかったが、この娘はまだでね。困ったものだ」

「こんなに美しい女性なのに?それにとても聡明な瞳をしていらっしゃる。実は既に心に決めた人がいるのでは?」

「いやいや。こう見えて、なかなか奥手な娘でね。君のようにぐいぐいリードしてくれる男が合っているんじゃないかと思っている」

「けれど、娘さんのお気持ちが第一でしょう」

「それはどうかな。ミランダ、彼・・・ハーヴィーをどう思う?」

「お噂はかねがね。このNYで一番のクローザーだと伺ってますわ。とてもやり手の弁護士だと」

ミランダは緩くまとめ上げたブルネットの髪を指先で軽く触りながら、媚びるように下からハーヴィーを見上げた。

「悪い噂も聞いているんじゃないですか?」

「あら。悪い部分もある男性の方が魅力的だと思いますわ」

ミランダがそう言うと、ライオネルはけしかけるようにその言葉に乗った。

「と、いうことは、お前はこのハーヴィーを気に入ったということかい?」

「あら。愚問だわ。お父様が私に紹介するっていうことは・・・そういうことでしょ?」

ヤバい。マズい。窮地に立たされるということはこういうことか、とハーヴィーは思う。そして、マイクから受け取った資料の内容を思い出す。しかし、優秀なアソシエイトは、確かにライオネルの弱みを見つけたが、もれなくその弱みをプラスに変えるコメントを付けて寄越したのだ。涼しげな表情をしながらも、ハーヴィーは心の中で眉間に皺を寄せ、こめかみを指で押さえていた。

「ミランダ、貴女には既にふさわしい人がいるのでは?」

「私に相応しい男性は、お父様にとっても相応しい方でないといけませんの。二人の姉のお相手もそういう方よ?そしてハーヴィー。貴方はお父様の仕事にとっても相応しい方だわ」

「愛情は要らないと?」

「貴方の噂は聞いていると言ったでしょ?貴方が愛を語るなんて・・・ふふっ」

ミランダは妖艶に微笑んだ。この父親にして、この娘ありか。

「テラスに出て、飲みません?お父様抜きで。二人っきりで」

「それはいい。老いぼれはとっとと消えるとしよう」

ライオネルがそう言い、ミランダがハーヴィーの腕に触れようとしたとき、一人のウエイターが近づいて来た。

「Mr.ハーヴィー。お連れ様が貴方をお探しでしたのでこちらへお連れしました」

そう言ったウェイターの後ろを見ると、黒いドレスを着た金髪の女性が笑顔で立っている。

「探したわ、ハーヴィー。ここ、人が多くって」

「!・・・マっ・・・」

名前を言いそうになっが、ハーヴィーは言葉を飲み込んだ。

「遅れてごめんなさい。ようやく頼まれていた仕事を片付けて来たの。ええと・・・」

ハーフアップにした金髪の女性はスッとハーヴィーの隣に立ち、ライオネルと向き合った。

「Mr.ライオネル・・・ですわよね?初めまして」

「ええと・・・君は?」

「ハーヴィーと同じ事務所に勤めております、ミッシェル・ロイズと申します」

「ほう。これは素晴らしく美しい。ハーヴィー。君の事務所は美人揃いのようだね」

「ええ。履歴書の写真を一番にチェックするんでね」

ちらりとマイクを見ながら、ハーヴィーがつらっと言う。女子したマイクの登場に驚いている場合ではない。きっと何かがあるから、マイクはここに来たのだ。しかも、女装までして。

「なるほど。しかし、うちのミランダも負けてはいないと思うがね。ええと、ミッシエル?君はハーヴィーの部下なのかな?」

「ええ・・・」

「いいえ」

ハーヴィーがマイクの言葉を遮り、その腰を引き寄せ、自分の体に密着させた。

「上司・・・ジェシカには内緒ですが、付き合っているんです。なあ、ミッシェル?」

「・・・いや・・・だわ。恥ずかしいじゃないですか、ハーヴィー」

黒い手袋を嵌めた指先で口元を隠しながら、微笑んだ。なかなかの役者である。

「あら、でもハーヴィーのことだから、結婚までは考えていない関係なんでしょう?恋愛と結婚は別物・・・ですもの。そうじゃありません?」

突然現れた美女に、ミランダの中に競争心が芽生えたらしい。

「ここだけの話、ミッシェルとは結婚も考えているんですよ。今すぐ・・・というわけではありませんが。彼女も今、仕事が楽しいらしくて。仕事の合間を縫ってデートするのが精一杯ってところでね。恋人よりも仕事を優先するんですよ」

「だって、仕事のできる女が好きでしょ?ハーヴィーは。あ!そうそう。忘れるところでしたわ」

マイクは黒いドレスの胸元から一枚の封書を取り出した。

「明日、正式にジェシカ・ピアソンからお話がありますが、うちの事務所はライオネル社との契約を切ります」

「何っ!?」

突然の話にライオネルの顔が気色ばむ。

「うちはクリーンな事務所なんです。脱税という違法行為をしているクライアントとは縁を切りたい・・・とジェシカは言っています」

「は?脱税?何を根拠にっ」

ライオネルの顔が怒りで赤くなる。

「これが証拠です」

マイクが封書を押し付ける。

「貴方が買収した会社の社長・・・つまり、貴方の義理の息子さんによる、脱税の証拠です。その会社には貴方も出資していますよね?」

「っ・・・・・・」

「告発までは考えてはいません。ですが、公になるのは時間の問題です。ですから、その前に、ライオネルとは縁を切ります」

「そんなことが許されるかっ!今までどれだけ、儲けさせてやったと思ってる!」

「クリーンなお金なら問題はありません。ですが、限りなくブラックに近いグレーなら・・・うちの事務所は手を引きます。先ほども申しましたように、うちはクリーンな事務所なので。・・・うちほどではありませんが、大手の事務所は他にもありますし・・・その中にはブラックな仕事を引きうけるところもあると思いますわ。ねえ、ハーヴィー?」

マイクの手がハーヴィーの腕に縋るように添えられる。

「その通り。では、Mr.ライオネル。これ以上、この会場にはいない方が良さそうだ。帰らせてもらいますよ。行こうか、ミッシェル」

「あら、残念。一口も美味しいお酒が飲めてないのに」

「それは後でゆっくりと、な」

ハーヴィーはマイクの腰を捉えたまま、方向転換し、バンケットルームを後にした。

「よくやった、マイク」

「あー痛い痛い痛い!ねえ!もう、このハーヒール脱いでもいい?」

「構わないぞ。どうせ、車の中だ。レイ、車を出してくれ」

「わかりました。それにしても・・・お綺麗ですよ、マイクさん!」

「あ、ありがと。でも、僕、こういう趣味はないからね!これは仕事だから!」

「わかってますって!じゃ、車、出しますよ!」

レイがいつものように、静かにスムーズに車を発進させる。

マイクは左足のハイヒールを脱ぐと、右足も、と手を伸ばした。が、ハーヴィーに足を取られる。

「うわっ」

「脱がせてやる」

楽しそうに、ハーヴィーがマイクの右足から優しい手つきでハイヒールを抜く。

「ほら、左足もこっちに寄越せ。家まで横になってていいぞ」

「ほんと?嬉しい。もう、身体中が痛い。ハイヒールって凶器だよね。バランスとって歩くだけで、全身の筋肉を使うんだよ!・・・僕、全世界の女子を尊敬する。ジェシカもドナも、よくなこんなヒールを履いて仕事ができるよね!絶対に僕よりも脚力があるよ!」

「それにしては、頑張って歩いてたじゃないか。俺の誕生日のときは一歩も歩けないって言っていたくせに」

「それはもう、気合いだよ!気合い!脱税の証拠を早く届けなくちゃと思ってさ!」

「ああ、そうだ。それだ。君が夕方、俺に寄越した書類には、脱税のことなんか書いてなかったぞ」

「思考のベクトルの問題だよ。もう、貴方が悪いんだからね!・・・顧客を守るために、ライオネルの弱みを探せってドナに言われたからさ。その弱みを強みに変えることばかり考えてたんだ。でも、よくよくドナから話を聞いたら、ハーヴィーが自分のお見合いを潰すために弱みが知りたいっていうことがわかってさ。それで慌てて方向転換だよ!」

「見合いじゃない」

「似たようなもんじゃん。ハーヴィー、結構押され気味だったよ?」

「そんなことない」

「ふーん。じゃ、僕は必要なかったんだ」

「・・・いや、そんなことはない。それよりも、ジェシカがライオネルを切る話はハッタリか?」

「ううん。事実。明日、ジェシカが対応するって言ってた。脱税はブラフでもなんでもなく、まぎれもない事実」

「そうか」

「ねえ、何、僕の足を摩ってんの?」

「労っているんだ」

「はあ、ちょっと気持ちいいかも」

「頑張ったな」

「でしょ?」

「それにしてもどうして女装なんだ?」

「ああ、これはドナが絶対に女装で行った方がライオネルの娘に対する牽制になるからって」

「ふーん。ということは、またドラッグ・クイーンのお姉さんのお世話になったというわけだ」

「そ。最初なんかさ、10㎝ヒールを持ってくるんだよ!もう、僕死ぬかと思った。懇願して7㎝ヒールにしてもらったんだ」

「この前の水色のドレスも可愛らしかったが、今夜の黒いドレスも素晴らしい」

「黒は体を細く見せるからね。目の錯覚ってやつ?ウエストなんかさ、これ以上細くできないから、胸と腰を強調することで女性らしいスタイルに近づけるんだって」

「じゃあ、この腰の丸みは・・・」

「腰パッド。あ、触っても感じないよ。っていうか、レイがいるんだからやめてよ!」

「あ、私は見てませんよー」

「って、言ってるぞ」

「もう、やだっ!」

マイクはずりずりとドアの方へと体をずらし、ハーヴィーの悪戯な手から逃げるのだった。

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