Mad About You

テレビからは、ダニーがグレイスと一緒に観たというロマンティック・ラブ・コメディが流れている。ハワイを舞台にした映画だ。1日しか記憶を保てない彼女のために、彼氏があれやこれやとデートに趣向を凝らしている。
正直言って、この映画の何処が面白いのかが理解できない。アクション物やヒーロー物は大好きだ。ガンアクションや殺陣。謀略。窮地に立たされる主人公。男たるもの、そういう映画に血湧き、肉踊るものだと思うのだが、どうやらこの相棒はそうではないらしい。曰く、「リアルな生活で十分命を賭けたアクションをやってっから、プライベートではほっこりまったりしたいのよ、俺」ということだそうだ。理解できない。しかし、愛するダニーが隣にいるってことに満足すべきか。
いつもの4人がけのソファの中央に2人で座る。ダニーはポップコーンの容器を両手で抱えて、背もたれに伸ばした俺の腕・・・そのずっと肩寄りに頭をおさめている。ちょうど置き心地がいいらしい。2人でテレビや映画を見るときはいつもこんな感じだ。物語は時間的に終わりぐらいに差し掛かったところか。
「なあ、ダニー?」
「んー」
返事はあるが、視線はない。ちょっとムッとする。つまらん。
「これ、観るの何回目なんだ?」
「んー・・・3回目かなー。1回目はスクリーンで観て、2回めはグレイスとDVDを観て、んでもって、今が3回め」
視線は相変わらず、テレビに向いている。
「面白いか?」
「んー。ほっこりまったりするわな。銃撃戦もないし、殴り合いもないし、癒される」
「飽きないか?」
「うん。飽きないね。見れば観るほど、細部にまで目や心が行き届く。新しい発見があるな」
「お前、ハワイが嫌いじゃなかったか?」
「んー。まあ、そうね。青い海。青い空。椰子の木。そこに魅力は感じないね。俺がここにいるのは、グレイスがいるからだから。でもさ、この映画の舞台はやっぱ、ハワイで正解だと思うよ。記憶が1日しか保てないなんて、本当はすっごく暗い話じゃん。でもさ、このハワイの明るさや暖かさが、それを救ってるような気がするんだよねー」
そういって、ポップコーンを口に放り込む。むぐむぐと動く口元が可愛らしい。
ダニーが何かを食べているときの口は殺人級に可愛い。それを言ったら、二度と自分の前で食事をしなくなりそうなので、言わないでおく。ああ。ポップコーンの欠片が口元にくっついている。それを指先で取ってやる。
「んー。あんがと。ついでに、ビール取って」
視線はそのままに、手だけを差し出してくる。
ダニーがDVDに夢中になっているときは、俺は完全に下僕に成り下がる。邪魔をすると、せっかくの夜が台無しになるからだ。俺にも学習能力はある。ダニーのDVDを鑑賞を邪魔して、怒られたり、キレられたり、家に帰られたりすることが続けば、俺だって、ちゃんと学習するのだ。アニマルアニマルと言われるが、文明的なアニマルなんだ、俺は。
そして、ようやくのエンディングロール。しかし、ここで己の気を許してはいけない。このエンデイングロールには魔物が住んでいるのだ。
以前、エンディングロールになったからいいだろう・・・と思って、ダニーをソファに押し倒したら、頭からビールをザバザバとかけられた。そして、「じゃ!」と言って帰られた経験がある。最後のパナビジョンマークが出るまで油断をしていけない。
そう。ダニーがDVDの電源を切るまで、俺はお利口さんな飼い犬よろしく、ステイ状態なのだ。俺って、偉い。
ダニーがリモコンの赤いボタンを押した。そして、ポップコーンをテーブルに上に置く。ある意味それがスイッチ。
ダニーが、テレビではなく、俺のものだけになる瞬間だ。
「おまたせ。今日はいい子だったねー。よしよし」
ダニーが俺の頭をぽんぽんする。俺はイヌか。それとも子どもか。
けれども、途中少しは話しかけられたとはいえ、最後まで映画を観ることができたダニーはご機嫌らしい。
「なあ。ダニーは男が務めていた水族館に行ったことはあるのか?」
「あるよ。グレイスとね。動物園も行ったし」
「そうか」
「何で?お前は?」
「子どもの頃に。大人になってからは行ってない」
「まあ、定番だよな。何、行きたいわけ?」
「そういうわけじゃない。まあ、ダニーが行くなら一緒に行ってもいい」
「何だよ、その理由」
ダニーが笑う。
「素直に言えば?俺と水族館デートがしたいってさー」
「言ったら、行くのか?」
「嫌だね」
「何だそれ」
「だって、恥ずかしいじゃん。おっさん2人で水族館デートなんて。笑える」
「俺はダニーとなら、何処へだって行ける」
「さすが、鉄の心臓の持ち主だね」
呆れたように、ダニーは肩をすくめた。いつもそうだ。ダニーは人目を気にする。シアターに行くよりは、部屋でDVDを観ることを好む。夕食をレストランで、なんて言ったら速攻で却下される。まあ、バーに飲みに行くくらいなら付き合ってはくれる。
俺としては、誰の目ににも触れさせないように閉じ込めておきたい気持ちと、あらゆる人間に見せびらかしたい気持ちと、両方の思いがないまぜになっている。
「どうする?もう一本、飲むか?それとも今夜はお開きにする?」
「え?まさか、帰るのか?」
「はん?いや、帰れって言うなら帰るけど?でもさ、ちゃんと待てができたわんこにはご褒美をあげなくちゃ駄目かなって思ったんだけど」
「その、褒美、貰う」
「遠慮がないねぇ」
けらけらと笑うのは、ビールの酔のせいもあるのだろう。
ダニーの腕が、俺の首に絡みついた。こてんっと額が肩に乗せられる。
「なんつーかさー。あんたと出かけるとさ、かわいー女の子の視線が、ぜーんぶあんたに行っちゃうんだよね。それが面白くない」
「妬いてる?」
「ちげーよ。俺の影が薄くなることに腹が立つ。中身はアニマルなくせに、見た目はイケてるからね、あんた」
「何、言ってるんだ。ダニーだって・・・」
「あー。うっさい。聞きたくないね。そういう慰めの言葉はいらないの」
指先で後頭部を小突かれる。
「ダニー。俺にはお前しか、見えてないから」
「それ、視野が狭すぎ」
「じゃあ、グレイスも見る」
「うん。そうしてやって。グレイスは腹が立つくらいにあんたに懐いてる」
「俺達はグレイス公認ってことでいいんだな」
「ばーか。お仕事仲間ではってことだよ」
「いきなりパパが2人になったら、グレイスもびっくりするしな」
「何、言ってんのよ。マジ、ばーか」
言いながら、ダニーが唇を寄せてきた。遠慮無く、それを受け止める。最初は遊びみたいなキス。それを本気にさせるのは、俺の役目だ。深く口付け、舌を差し込む。口腔内を蹂躙する。逃げられないように、ダニーの後頭部を手のひらで押さえる。僅かな隙間と僅かなタイミングで呼吸を取るダニーの呼吸が妙にエロティックで好きだった。
「う・・・ん・・・スティーヴ?」
僅かな隙間でダニーが口を開く。
「今夜はここなわけ?」
「上に行くか?」
「行く。ここもいいけど。余裕がないわけじゃないし。スティーヴは?」
「まだ、余裕。ベッドでゆっくりやろう」
「ふふん。あからさまなセリフだな」
「ご褒美、くれるんだろう」
「今のキスがご褒美のつもりだったんだけどね」
「それで済まされてたまるか」
ソファから離れる前に、もう一度深くくちづけた。

ヘッドボードに背中を預けた俺にダニーが跨る。どうやら、今夜はそういう気分らしい。こういうポジションを取るときは、結構積極的で機嫌がいい時だ。映画の最中、お利口さんにしていて、本当に良かった。
けれども、何故、Tシャツを着てるんだ?どうせ、脱ぐだろうに。まあ、脱がせる楽しみあるからいいことにする。
シャワーを浴びた後のダニーは少しほこほこしていて暖かい。
指先で俺の顎や髪やらを軽く弄りながら、啄むよようなキスだけをくれるダニーに次第に焦れてくる。
わざとだな。絶対に、これは、俺の忍耐力を試している。
「常識」という言葉が大好きで、保守的で、危ない橋は叩いて叩いて、結局は渡らない。そんな、ダニーが俺とこういう関係を築くなんて、本当ならありえないことなんだろう。想いを先に打ち明けたのは俺の方だった。我慢しきれなくて、「愛している」と伝えたとき、ダニーの心は100メートルくらい後ずさりしたような感じがしたし、物理的にも3メートルは後ずさった。そして、綺麗なブルーの瞳を見開き、口をパクパクさせて、数秒後に、「あんた、馬鹿?常識のネジをどっかに落としてきた?だったら、すぐに拾ってこいよ!」と言ったのだ。ロマンティック・ラブ・コメディが好きなわりには、愛の告白にはロマンティックに返してくれなかった。しばらくは半径メートル以内には近づいて来なかったくらいだ。命を預け合う、相棒だというのに。カマロの中でも、できるだけドアにへばりつくように座っていたような気がする。そんな態度を取られてもめげなかった俺は偉い。自画自賛かもしれないが、俺は偉い。人間、諦めが速いのは駄目だ。作戦遂行のためには、一筋の光すら見落としてはいけないのだ。
一筋の光。それを見出したのは、事件解決のために少々(ダニーにとってはかなり)無理をし、痛い目を見ながらも、作戦が成功したときのことだ。負傷した俺にダニーが走り寄って来て、一言、「心配させんな、馬鹿野郎!」と怒鳴りながらハグしてくれたときだ。まあ、その3秒後には慌てて離れられたわけだが。しかし、チャンスとばかりに、肩を貸してもらって(本当は自分一人で歩けた)、カマロの助手席に座った。さすがに運転することを主張すると、「何それ、嘘っこ怪我人?だったら、降りろよ!」と言われそうだったので、その時はおとなしく助手席に収まったのだ。そして、「ダニー、心配してくれてありがとう」と顔を寄せた。怪我人相手に無碍なこともできないと思ったのか、心配そうな顔をして、「マジ、心配したんだからな」と言って、軽いキスを受けてくれたのだ。それからは、少しずつ、時間をかけて、ダニーのパーソナルスペースを侵食していった。
実を言うと、グレイスにも協力してもらっている。「仕事の大切な相棒だから、君のパパともっと仲良くなりたいんだ。協力してくれるかな?」と言って、グレイスの信用を得て、オフのときは3人で出かけたりもしている。別にグレイスを利用しているわけじゃない。俺もグレイスが可愛い。実の娘のように可愛いと思う。もちろん、それは、あの可愛いダニーの可愛い娘ということもあるけれども。
そう。
そのくらい、ダニーに夢中だったのだ。もちろん、現在進行形で夢中だ。どんな手を使ってでも手に入れたいと思うくらいに。
「なあ」
「んー?」
「俺もお前に触れてもいいか?」
「へー。どうしたのよ、今日は。そういう確認を取るなんて、珍しーのな。いつもなら、俺の意志なんか無視してがっつくくせに。アニマルもたまにはヒューマンビーイングになるんだな」
言いながらダニーが俺の手を取って、Tシャツの中に誘い込んでくる。
ダニーの方こそ、いつもと違うような気がするんだが。
Tシャツの中で、ダニーの肌の感触を楽しむ。それは決して女性のような柔らかさはない。けれども、俺にとっては、何者よりも手のひらに馴染む感覚だった。
「スティーヴって本当に物好きだな。おっさん相手に馬鹿みたい。まあ、それに付き合ってやる俺も十分、馬鹿だと思うけど」
ペロリと鼻先を舐められた。
確かに、世間一般から見れば物好きと言われてもおかしくないかもしれない。俺は別にゲイじゃない。でも、ダニーは男であっても別格だ。ダニーだから。ダニー故に、こうなったと言える。
軍での上下関係。口答えをすることも、口答えを許すことも存在しなかった世界で生きていた俺にとって、両手をぶんぶん振り回しながら、意見してくるダニーはとても新鮮だった。嫌なことを言われることも、それに厭味ったらしく言い返すことも、まるで言葉遊びのようで楽しかった。そして、仕事もよくできるダニーは、相棒としては最高だった。そう。最初は相棒としてのパートナー。それがいつしか、伴侶としてのパートナー性を求めてしまうようになったのは、表面上だけではない、ダニーの奥底にある魅力を知ったからだ。
ダニーは優しい。するりと彼のパーソナルスペースに入り込んでしまえば、もう俺を邪険にすることはしない。反論したことはないが、ダニーは俺をどこか、「可哀想な子」だと思っている。自分で自分を可哀想などと思ったことはないが、ダニーがそう信じて俺を受け入れて甘やかしてくれるなら、それを利用しない手はない。
「今度さー、グレイスと3人で水族館に行こうか」
「いいのか?」
「んー。何か、お前っていろいろと詳しそうだし。あれ、ハワイアン・モンク・シール?」
「ああ、ハワイ固有のアザラシだ」
「そうそれ。絶滅危惧種なんだろ?俺、そういう情報なく観に行ったからさ、普通にアザラシだと思ってたわけ。もっとちゃんと見ればよかったなーって」
「説明書きがあっただろう?」
「いやいや。俺は可愛いグレイスを見るので忙しいから」
そういうところ、ダニーは正直だ。
「だったら、今度の休みにカエナ・ポイントまでドライブに行くか」
「ハワイアン・モンク・シールの生息地として有名だ。自然のモンク・シールを見られる確率が高い。まあ、2.5マイルほど歩くけどな。大丈夫かな、グレイスは。でも、砂浜で寝転んでいるシールは可愛いぞ」
「へえ。行く行く。そういえばさ、ネイビー・シールズのシールって、アザラシって意味に掛けてんのな」
「よく知ってるな」
「調べた。ウィキペディアにそう書いてあった。ほら、あんたってさ、最初の頃、アーミーとネイビーを間違えるとすっげー訂正しまくったじゃん」
「消防士と警察官くらい違う」
「はあ?どっちも軍隊でしょうが。何でそんなに仲悪いかね」
「火災現場でだって、消防士と警察官は揉めるだろう」
「んー、まあ、そうかもね」
ダニーが肩を竦める。
「ま、いいや。じゃあ、今度の休み、カエナ・ポイントに連れてけよな。グレイスに電話する」
「まさか、今じゃないよな」
「何、言ってんの。もう、グレイスは寝てる時間だよ。今は大人の時間だからねー」
「じゃあ、もっと大人らしいことをしようか」
ぐいっとダニーの体を引き寄せて、上下を逆転させる。もっと深く、ダニーに触れたい。抵抗しないところをみると、ダニーにも異存はないらしい。
「なあ、もっとハワイのいいところを教えろよ。パンケーキとココパフとマラサダ以外にもあるんだろ?」
「へえ。ハワイ、ネガティブ・キャンペーンはやめたのか」
「グレイスがいるからな。グレイスを育てていると土地だと思えば、優しくなれる。それに・・・」
「それに?」
「あんたもいるしね。あんたの力量で、俺をハワイに夢中にさせてみせろよ」
「俺としては、俺に夢中になってもらいたい」
「今更、何を言ってるんだか。そんなのとっくにだよ」
「え?」
意外な言葉がダニーの口から飛び出て正直驚く。よっぽど変な顔をしたのか、ダニーが眉を顰める。
「何だよ。俺、何か変なこと言ったか?」
「いや・・・その。夢中なのは俺だけかと思ってた」
「ば・・・馬鹿?あんた、馬鹿なの?伊達や酔狂で、こんな風に一緒にベッドに入ってるわけねーだろ!」
「いや、ダニーは優しいから・・・」
「あのなあ。俺はボランティアで男の貞操を差し出すような阿呆なことしねーよ!」
パシンっと後頭部を叩かれた。でも、それも甘い痛みだ。「本当に、もう」とか、体の下から聞こえてくる。
嗚呼。ダニーは甘やかし上手だ。男たるもの、それには誠意をもって応えねばなるまい。
水族館で働くあの主人公のように、ダニーとグレイスのために、楽しいことを考えるのも悪く無い。
でも今は、恋人と呼べるダニーのために、最大限のキスと愛撫を。

END

あとがき。
冒頭でダニーとスティーヴが観てる映画は、「50回めのファーストキス」です。
そして、ゆづさんは未見です。
以前、H「uluで観ようかな〜ハワイだし〜」と思いましたが、如何せん、ラブ・ロマンスが苦手なもので。
ええ。ブロマンスは得意ですが(笑)。←おい。