「ワオ・・・」
マイクが手を引かれて連れて来られたのは寝室だった。
「すご・・・ホテルみたい。ベッドが大きいよね」
「君はこういうベッドのあるホテルに行ったことがあるのか?」
「まさか。想像と映画やドラマから仕入れる情報。これ、キングサイズ?」
「そうだ」
「こんな大きなベッドに一人で寝てるんだ。あ、違うか。綺麗な美女が選り取り見取りだもんね、貴方」
「この状況でよくそんなセリフが出てくるな。ほら、さっさと行け。広いドッグランに」
「え?ドッグランって・・・このベッドのこと?」
ハーヴィーの返事はなく、その代わりにトンッと背中を押された。その勢いで、ベッドに軽くダイブしてしまったのは、満足に食事も取らずに仕事をして、力があまり入らなかったせいもあった。マイクは慌てて、ベッドの上に起き上がろうとしたが、それは叶わず、すぐにハーヴィーの体がのしかかってくる。
「今日の相手は君だ」
「ハーヴィー。僕には大きな胸もないし、ハイヒールの似合う華奢な足もないんだけど」
「そんなことは見ればわかる」
ハーヴィーの指がマイクのタイのノットにかかった。いとも簡単にタイが引き抜かれ、そのまま襟元のボタンも外される。
「手際・・・いいよね。貴方」
「女のドレスを脱がせるよりも楽かもな」
「あ、それわかるー。女の子の服って、どういう構造をしてるかわかんないのってあるよね。たまに破きそうになっちゃって、怒られんの」
「どの女の話をしてるんだ」
「いやー、誰ってわけでもないけど。ハーヴィーの付き合う女性は高級なドレスを着てるだろうから、大変そう」
「俺は指先が器用なんだ」
「・・・んー。それは、今、身をもって実感してるよ。ねえ、貴方、僕の服を脱がせて楽しいの?」
「ああ、楽しいな」
今、マイクは上半身を完全に脱がされ、ハーヴィーの手はスラックスのベルトにかかってる。
「あー、その、ねー、ハーヴィー」
「なんだ」
「僕もハーヴィーのネクタイを解いたりとか、シャツのボタンとか外していい?」
「上手にキスができたらな」
「さっき、したじゃん」
「あれをキスというのか?とんだ幼稚園児だな」
「まあ、それは否定しないけど・・・む~。わかった。今度はちゃんとする。僕だってやればできる子なんだからね」
ハーヴィーの手が一度止まり、「やってみろ」と言わんばかりに、挑発的にマイクを見る。マイクは肘を付いて起き上がり、両手でハーヴィーの顔を包んだ。軽く顔を傾けて、唇を触れ合わせる。さっきは気づかなかった、シトラスとムスクが絶妙に混ざり合った香りが鼻腔をくすぐった。こんなに間近にハーヴィーを感じたことはなかったな、と思いながら、そっと舌先を潜り込ませた。上司が抵抗なく受け入れてくれたことに、心の隅っこで感謝しながら、マイクは歯列の奥の舌に、自分の舌を絡ませた。
こんなキスをしたのはいつ以来だっけ?と、数少ない女の子との経験を思い出しながら、角度を変えて、ハーヴィーを悦ばせようと努力する。何が正解かわからず、ただ夢中で口付ける。
いつしか、マイクの体は再び倒され、肌触りの良いシーツに縫いとめられていた。
スッとハーヴィーがマイクから離れた。
「ハーヴィー?」
不安げにマイクが名前を呼ぶ。やっぱり、男相手じゃな、と思ってみたりもする。しかし、ハーヴィーの表情に嫌悪感はなく、面白そうな笑顔があるだけだった。
「それで?今はどの女のことを思い出しながら、キスしてた?」
「そういうこという?言っときますけどね、僕、男の人相手にキスするの初めてなんだから!」
「それはいいな」
「どういうこと?」
「躾がいがあるってことだ」
ハーヴィーがマイクに覆いかぶさり、唇を奪う。それは子どもの遊びとは違って、激しくて、深かった。
「んっ・・んんっ・・・」
吸い上げられるような感覚に、呼吸が苦しくなる。唾液が口角から溢れるのがわかる。ハーヴィーのシャツを指先で掴み、必死にわずかな隙間で呼吸しようと努力する。甘いけど、苦しい。苦しいけど、甘い。ぎゅっと指を握りしめたのを合図にするかのように、ハーヴィーが離れた。
「はっ・・・こ・・・呼吸させてよ・・・死ぬかと思った」
「鼻で呼吸すればいいだろう」
「あ、そっか。・・・でも、ねえ、途中で形勢逆転されちゃったけど、僕のは合格だったの?」
「そうだな。一応ボーダーは超えていたってことにしてやろう」
「何それ」
「これで終わりじゃないってことぐらい、わかるよな?」
いつのまにか、ベルトもスラックスのボタンも外され、ハーヴィの手がマイクのウエストにかかっている。
「まったく。随分と細くなってるじゃないか」
「言ったでしょ?僕はお仕事をしていたんだよ。食べる暇も惜しんでね」
「俺のじゃなくて、ルイスのな」
「だって。貴方、仕事をくれなかったじゃないか」
「・・・それは・・・そうだな。さっさとあのオツム空っぽ金髪坊やを追っ払いたくてな」
「口が悪いよ、ハーヴィー。アレックスだって、頑張ってたんじゃない?」
「庇うんだな」
「貴方に認められたいって気持ちはわかるよ。僕も同じだから」
「俺は君を認めてるだろう」
「本当に?」
「ああ。やっぱり、傍に置いておくのは、君がいい」
「ありがとう。嘘でも冗談でも嬉しいよ」
マイクの顎を掴んだハーヴィーの指に力が篭る。
「んあっ・・・いたっ・・・」
「あんまり自分を卑下するな。怒るぞ」
「だって・・・どこで、自信をもっていいかわかんないよ。アレックスの言う通り、僕は雑種なんだから・・・」
「また、あいつと自分を比べてるのか?」
しつこいな、とは自分でも思う。けれども、マイクにとって、アレックスの登場は記憶の隅から剥がせないくらいに強烈だった。
綺麗な蜂蜜色の髪と澄んだ海のような瞳の色。血色のいい頰。もし、彼が女性だったら、相当の美人だと思う。
それにハーバード・ロースクール出だ。父親は大企業の社長で、素晴らしい血統書の持ち主。ある意味、完璧。
「もし、アレックスが女性だったら、放っておかなかったんじゃない?」
「俺は仕事のできる人間が好きなんだ。馬鹿と寝たら、自分の価値が下がる。キスでもして馬鹿が感染したどうするんだ」
「あーあー。ハーヴィー。僕とキスしちゃったね」
「君は馬鹿じゃないからな。大丈夫だ。それと一応言っておくが、俺は、あの金髪坊やにキスはしないぞ。してほしそうな素ぶりはあったけどな」
「えっ・・・うそっ。まさかっ・・・」
「してない」
「えー。だって、あんなに綺麗な子だよ?」
「君だって、自分のことを自分でフェミニンだと言ったことがなかったか?」
「あれは冗談だよ!」
「今度、ドレスを買ってやろうか」
「いらないって!もうっ!」
「それこそ、冗談だ。そんなことよりも、そろそろ黙れ。それとも、俺を焦らしてるのか?だとしたら、性悪だな。幼稚園児より、悪い」
「焦らすって・・・一応、キスは合格でしょ?これ以上、何を・・・って・・・え?」
「キスで終わるわけがないだろうが」
「嘘だー」
「・・・天然なのか、本気で言ってるのか、どっちなんだ」
「だって、僕、男だし、ハーヴィー特有のジョークかと・・・」
「俺も男を抱こうと思ったのは初めてだ」
「・・・抱く?・・・抱くの?僕を?うっそ・・・」
「この状況で何を寝ぼけたことを言ってるんだ、君は」
「楽しくないと思うよ?」
「さあ、それはどうかな。俺は今、この瞬間も最高に楽しんでいるからな」
「怖い・・・ハーヴィー。その笑顔が怖い」
「まあ、覚悟しておけ」
ニヤリと笑ったハーヴィーに再び口付けされる。さっきとは違い、優しいキスだった。マイクは頭の中をごちゃ混ぜにされたような気になりながらも、ハーヴィーのタイに指をかけた。ハーヴィーをそれを遮ることなく、マイクの好きにさせる。
「・・・ハーヴィー?」
キスの隙間から、声をかける。
「僕・・・もう、捨てられたりしない?」
「ああ。しない。動物愛護の精神に反するからな。ちゃんと責任をもって飼ってやる。安心しろ」
「犬は、ご主人様のために働くのが好きな動物だからね。わかってる?」
「明日から、たくさん書類を回してやる。そうだな、散歩は裁判所だな」
「本当?ありがとう!ハーヴィー!」
思わず、ハーヴィーの首に腕を回す。
「君は、どっちが嬉しいんだ?」
「え?」
「俺とセックスするのと裁判所に行くのと、だ」
「あーっと。まあ、セックスは未知の世界なんで、ジャッジするのは体験してからでも、いい?」
「ふん。裁判所以上に楽しいってことをわからせてやろう」
「凄い自信だね」
「俺を誰だと思ってる?」
「・・・ハーヴィー・スペクター。街一番のクローザーでしょ?」
「それに、最強の動物愛護家とも付け加えておけ。ただし、マイク・ロス限定のな」
「・・・了解」
二人で、シーツに沈む。このシトラスとムスクの香りも。この器用な指先も。常に人を圧倒させる雰囲気を持った体躯も。全て、自分のものになったら、いいのに、とマイクは思った。本当はすでに、そうなっていることも知らずに、マイクはハーヴィーの背中に指を這わせた。